サクナヒメに転生した現代一般人の物語(仮)   作:高丸

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もう限界じゃ!

朝というには早すぎる。

 夜明け前の薄闇の中、サクナヒメは畳の上で横になっていた。

 

「い、いたたたた……っ、もうダメじゃ、我慢できん……!」

 

 敷布をどれだけ整えても、体が沈まない。

 むしろ敷布の下のムシロや藁床が突き返してくる。寝返りを打つたびに背に刺さる藁、ずれ落ちた掛け布の冷たさ、そして何より――

 

「このっ……この石みたいな枕……なんなんじゃぁ!!」

 

 叫びたくもなる。

 頭を乗せた瞬間にごつごつとした感触が頭皮を刺激し、首が変に持ち上がる。高さは合わず、その硬さは殺意すら感じる。

 眠りに落ちるどころか、意識は冴える一方だった。

 

 これがこの時代の神の寝床――

 むしろこれを「寝床」と呼ぶのが間違っているのではないかと、サクナは心から思っていた。

 

 しかしこれが、現実。

 神々の都で一般的な寝具は、こうした藁床に麻布を敷いただけの簡素なものが主流。

 布団と呼ばれる品も、ほとんどが平たく、体を包むものではない。

 枕はといえば、丸めた布、あるいは藁を束ねた硬い物が主流。

 

 そんな中にひとり、「どうしてもふかふかの寝具が欲しい!」と願う神がいた。

 

 その神の名は、サクナヒメ。

 

 ――彼女は転生者だった。

 前世の記憶を持ち、この異なる世界に突然「タケリビとトヨハナの娘」として存在していた。

 

 与えられた神格。

 与えられた名前。

 怠惰でお酒好きで、親の七光りで神界に置かれていると言われる、いわゆる“落ちこぼれの姫神”。

 

 けれど、彼女はその仮面の下で、確かに目を覚ましていた。

 

「もう無理じゃ……こんな藁束で寝てたら……朝起きたときに、死んでるぞわし……」

 

 ぐったりと身体を起こし、乱れた髪をかきあげる。

 

 肌寒さが身体を刺す。

 くたびれた掛け布の中に、温もりはない。

 前世では“羽毛布団”のぬくもりの中で冬を越していた記憶が、余計に今の惨状を際立たせる。

 

(わしは、何としてでも……ふかふかの布団を作る!)

 

 

 

****

 

「ココロワぁ~~~~~!!!」

 

 サクナは早朝から工房の扉を開け放ち、情けない声で叫んだ。

 

 寝癖でボサボサの頭、目元にはクマ、背筋は痛みで曲がっている。

 

「どうしたのですかサクナさん!? 」

 

「 わしの! わしの腰がもう限界なんじゃぁぁ!!」

 

 机に突っ伏しながら叫ぶサクナに、ココロワはただ困惑するしかなかった。

 

「……ええと、つまり……寝具が合わないと?」

 

「そうじゃ。あんな床に布敷いただけの物を寝床とは言わん!

 枕は石のようじゃし、布団は冷たい土のようじゃし……!!」

 

 目元にじわりと涙が滲む。

 それを見たココロワは、ふ、と苦笑した。

 

「ふひ……サクナさん、あなた本当に……不思議な方ですね」

 

「なんじゃい、そんな笑うことか?」

 

「いえ、いいえ。神々の都で、寝具についてここまで真剣に訴える方、初めて見ましたから」

 

「当たり前じゃ! わしは前……いや、わしは神の中の神、最高級の眠りを求める者なんじゃ!!」

 

「ふふふっ……なるほど、これはやりがいがありますね。

 では、“最高の眠り”を作りましょう、サクナさん」

 

「まずは、枕じゃ。あれさえどうにかなれば、眠りもだいぶ違うはずじゃ」

 

 サクナは手を組み、真剣な表情で語り出す。

 

「素材はな、そば殻じゃ。布袋にそばの殻を詰める。

 通気性がよく、熱もこもらず、何より沈み込みが適度で……」

 

「おぉっ、流石サクナさん、すでに構想が!? では、それ、試しましょう!」

 

 早速、都の市場でそばを扱う店を訪ね、不要となった殻を分けてもらった。

 麻布で縫った袋に詰めて、適度な高さと厚みに整える。

 完成した試作第一号の枕は、手に持った時点で「今までの藁束より全然マシ」と確信できる手触りだった。

 

「おお……おぉぉぉ……これは……!!」

 

 布を挟んだそば殻の枕に、サクナがそっと頬を預ける。

 

「ちょっと硬いが……首が沈みすぎず、頭も包まれるようじゃ……!

 しかもこの、さらさらとした感触……空気が通る……」

 

「気に入っていただけましたか?」

 

「うむ、これは……神の眠りに近づいておるぞ……!」

 

 だが、その夜。

 サクナは深夜に目を覚ました。

 

「……か、かいぃぃぃいぃぃぃ!!!」

 

 顔中を掻きむしりながら飛び起きる。

 布の目が粗く、そば殻の細かい粉塵が顔に触れてしまっていたのだ。

 

 通気性と吸湿性は抜群だが、粉塵の問題、そして使用期間が経てばさらに劣化する恐れもある――

 サクナ枕試作一号、惜しくも失敗に終わった。

 

 

工房の机の上には、使えなかった素材たちが山のように積まれていた。

 

 そば殻、干し草、藁、籾殻、布くず……。

 

「どれも、いまひとつなんじゃよなあ……」

 

 サクナは、枕試作一号の残骸を見つめて、ため息をついた。

 

 そば殻は粉塵でむず痒く、干し草は音がうるさく突き刺さる。籾殻は寝返りのたびに広がる。

 

羽毛はとても良かったのだが、流通量が圧倒的に少ない。

 

「となると、やはり綿になるかの……」

 

 たくさん詰めすぎると硬くなる。少なすぎると沈む。サクナとココロワは、何度も何度も厚みと手触りを確かめながら、分量を調整した。

 

「遂に辿り着いたぞ!これが真の枕じゃ!」

 

 サクナは試作品に頭を沈めて、声を漏らした。

 感触が違う。今までのどの素材とも違う。

 

「……ああ……これ……これよ……これが、わしの求めた眠り……」

 

「まだ、袋が麻布ですけど……これでも、大丈夫ですか?」

 

「いけるっ!! これはもう、完全にいけるっ!!」

 

 いつになく真剣な目でサクナが頷いた。

 

「寝返りしても、枕が形を保っとる……しかも、首が沈みすぎぬ!

 それでいて……やさしく、頭が包まれる……」

 

 サクナが枕に顔をうずめて、ふにゃっと笑う。

 その様子を見て、ココロワもにっこりと目を細めた。

 

「しかし、これ……費用はどうなんじゃ?」

 

サクナはそのまま起き上がり、思わず眉をひそめた。布団に使える素材が見つかったことは嬉しいニュースではあったが、商売として成り立つのか、それとも手を出せないのか――その答えはまだ見えていなかった。

 

「綿は西方との取引でしか、まとまって手に入りません。この地では綿を栽培してい

る神が少ないのです。」

 

サクナはふむと考え込み、続けて言った。

 

「つまり……都で寝具用に集めようと思ったら……」

 

「米一俵ぶんで、枕一つぶんの綿、でしょうか……。ただ、これは梳き直す手間も含めて、ですが」

 

サクナは少し目を細め、しばらく黙っていた。どうやら思っていた以上に手間がかかることに気づいたようだった。

 

「なるほどのう……。すこし高すぎるな。枕だけならまだしも、敷布団用と掛け布団用も必要になると考えると、とてもではないが手を出せる価格帯ではなくなる」

 

サクナの言葉は、そのまま心配をあらわにしていた。だが、それと同時に、彼女の頭の中ではすでに別の思考が巡っているようだった。

 

「綿の栽培を他の豊穣神達に掛け合ってみることにしよう。幸い、わしの母上も豊穣神。その伝手を使えるかもしれん」

 

サクナはにやりと笑いながら言った。その表情は、ただの困惑から一転し、何か計略を思いついたかのように鋭さを見せている。

 

「しかし、了承してくれるでしょうか?」

 

ココロワが一歩引いて尋ねると、サクナは肩をすくめる。

 

「そのままでは無理であろうな。だから、まずは一つ完成品を作り、カムヒツキ様へと献上するのじゃ」

 

その言葉に、ココロワもまたひとつ、確かな希望を感じ取った。

 

「なるほど、カムヒツキ様のお墨付きであれば、他の豊穣神達も引き受けて下さるということですね」

 

「その通りじゃ。ようし……ではこの枕、“穂守枕”と名付けよう!」

 

ココロワはその言葉にびっくりしたように目を見開いた。

 

「えっ、枕にまで名を?」

 

「枕だけじゃない。“眠り”を守るすべてが“穂守”じゃ。」

 

サクナはその目を輝かせ、まるで自分の心の中で思いついたことを人々に伝えたくて仕方ないようだった。

 

「極上の眠りは、極上の寝具で包まれることでしか得られぬ!

 

穂守の名は、絶対の安眠を約束する!そういう意味を込めての命名じゃ!」

 

彼女の言葉には力強さが込められていた。

決して引き下がらず、ココロワと共に夢を形にしようと決意するその姿勢に、周囲の空気が少しだけ引き締まった。

 

「ふひっ……ええ、それなら私も全力で挑ませていただきますっ!」

 

 

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