#01 「真昼の空の月」
夢を見なくなったのは、いつ頃からだっただろう。
つい数年前からだった気もするし、生まれた時からずっとの気もする。
眠っている時に何を見たとしても、起きてしまえばきれいさっぱり忘れている。それが俺の日常だった。
だから今、こうして見ている光景も、目が覚めれば忘れてしまうのだろう――
そんなことを考えながら、俺は砂に埋もれた廃墟の中に立っていた。
ざく、ざくと砂の大地を踏みしめ、歩みを進める。
目的地があるわけではない。
ただ、前を歩く小さな背中についていく。
黎明か、はたまた黄昏か。
雲で埋まった薄暗い空の下をただ歩いていたそれは、おもむろに立ち止まり振り返った。
「――なんで、ここにいるの?」
青と黄色。月と太陽を思わせる、二色の瞳がこちらを見上げる。
射貫くような視線と共に、少女は俺に問いかけた。
「さあな。似た者同士ってことじゃないか?」
「――そうだね、わたしたちは似た者同士。
違う――それは俺の掲げた
過去はそれだけで価値があり、決して未来に捧げるものじゃない、確かに俺はそう断じた。でもそれは、ただ縋りつけばいいってことじゃないんだよ。
勘違いしているというのなら、俺はこいつに示さなければいけない。
彼女が行ってしまう前に、俺は手を伸ばそうとして――
「だったら、わたしのことは放っておいて」
言うが早いか、少女は俺の胸ぐらを掴み上げた。
華奢な少女とは思えない、恐ろしいほどの力が、大の大人を宙に浮かせる。
俺は反射的に足をばたつかせて――気づく。
いつの間にか足元の地面が消え、ぽっかりと奈落が広がっていることに。
それは、他ならない拒絶の証だった。
「届きもしない空の月を求めるのは――この
崖際に立ち、少女は告げる。
「だから――優しい冥王さん。他の誰かの
細い腕が、ぱっと話される。
俺は優しく、奈落に突き落とされた――
「――ぐおぁあっ!?」
後頭部から腰にかけて走った衝撃が、俺の意識を現実へと引き戻した。
どうやら何かから後ろ向きに転げ落ちたらしい。一瞬遅れて、痛みが頭から全身へと広がっていくのを感じる。
つーかヤバい、マジで動けねえ。目を閉じているはずなのに星が見える気がする。そんなに当たり所が悪かったのか。
「う、ぐ......」
思わず頭と腰を抑え、硬い床の上で呻いていると、部屋の外からドタドタと足音が近づいてきて。
「――ゼファーさん!?大丈夫!?」
少女の声が聞こえたと同時に、ガラガラと大きな音を立てて、部屋の引き戸が開け放たれた。
廊下から差し込む朝の光を浴びて、ようやく視界が明瞭になってくる。
まず目に入ってきたのは、煤けた白い天井、そして古ぼけたソファ。寝台代わりに使っているこれから滑り落ちたようだ。
未だにズキズキと痛む身体を起こすと、こちらを心配そうに見下ろす、二色の瞳と目が合った。
制服姿の小柄な少女が、この物置だった部屋......「用務員室」の入り口に立っていた。
「あ、ああ......大丈夫だ。おはよう、小鳥遊」
「おはよう、ゼファーさん。びっくりしちゃったよ、登校したとたんに凄い音が聞こえてきたから」
そう言うと、少女は大きなあくびをしながら、部屋の中に入って来る。
「ふあぁ......普段だったらもう外の掃除してる時間なのに、姿が見えないからさあ。何かあったのかと思ったよ」
「そいつは悪うござんした。俺だって寝坊することくらい......ん?」
こつん、と響く、何かを蹴ったような小さな音。
見下ろせば一本のアルミ缶が、靴下を履いた俺の足の下敷きになっている。
それを手に取ると、昨晩の記憶が一気に戻って来て......思わずため息が漏れた。
久々に身体に入れたアルコールが、どうも悪さをしたらしい。
「あぁ、そういえばコレ飲んで寝たんだったなあ......」
「何それ、見たことないラベルだけど」
「ん?あぁ、酒だよ酒。言っとくがもう一滴も残ってないからな」
「うへぇ!?お、お酒?ほんとに?」
少女は目の前にしゃがみ込み、少しへこんだアルミ缶をしげしげと眺め出した。
よっぽど珍しいらしく、青と黄色の大きな瞳が爛々と輝いている。まあ「ここ」では酒は禁制品の中の禁制品らしいし、無理もないか。
「うわぁ、ホントにお酒だぁ。実物初めて見たよ。どうやって手に入れたの?」
「”先生”からな。ボーナスだって渡されてよ。頑張って手に入れたから生徒の手に届かないようにすぐに片付けてくれだのなんだの......ったく、妙な所で気が回るんだよなあアイツ」
「まあ、先生はそういう人だからねぇ」
コップ一杯程度のミニ缶はあっという間に飲み切れてしまい、どうせならもっと大きいのを用意しろよと一人ごちていたのを思い出す。今思えばそれも、酒好きな癖に下戸も下戸な俺の身を案じてなのだろう。
今日も忙しくしてるのだろう知り合いの顔を思い出し、もう一度ため息をついていると、目の前に小さなビニール袋が置かれた。
中を見れば、水の入ったペットボトルに、いくつかの軽食が入っている。
「はいこれ、朝ごはん。来る途中に適当に買ってきたやつだけど」
「なんだよ藪から棒に。お前は俺のお母さんかっつの」
「違うよ、今日は先生が様子見に来るんでしょ?ゼファーさんいつも朝だるそうにしてるから、そんなんで大丈夫かなって思って」
しまった――と、らしくもない声が出そうになった。
確かにアイツは外面こそ優男だが、けっこう自他ともに厳しいところがある。少なくとも仕事に関して妥協を許すような男ではない。
そこそこ付き合いのある相手とはいえ......というよりだからこそ、だらしない姿を見せるとチクチクと小言を言ってくる様が容易に想像できた。
「分かった分かった。さっさと準備するから先行っててくれ。つーかそもそも今何時だ?」
「スマホ見ればいいんじゃない?はい」
ソファの近くに転がっていた薄い板が、ひょいっと投げ渡される。
さっき身体と一緒に落ちたらしいそれを顔の前に持ってくると、光沢のある真っ黒な表面に映り込むのは、見飽きた冴えない男の顔。
未だ眠そうな顔の眉間を指先でちょんとつつくと、眩しい光とともに今の時刻が表示された。
「......言うほど寝坊はしてねえか」
「ホシノ先輩ー!おはようございますー!」
「あ、アヤネちゃんたちだ。じゃあわたし行くから、また後でね~」
どうやら、後輩たちがやってきたらしい。言うが早いか、少女......ホシノは踵を返した。
小さな背中がぱたぱたと部屋を出ていくのを見送って、一度大きく伸びをする。
「はーぁ......さて」
雑多に置かれた備品の合間を縫い、カーテンに手をかける。
いつものようにカーテンを開けば、代り映えの無い景色が飛び込んで来る。
「とりあえず着替えるか......」
俺の今の仕事場――砂にまみれた「アビドス高校」の校舎が、朝日に照らされていた。
小説書くの自体ひっさびさな上に
無理に高濱さんの雰囲気真似しようとしてガッタガタになってる自覚はありますが
とにかく書かなきゃ始まらないので温かい目で見てやってください