――エイジ766。
「……連日、各都市を襲撃している正体不明の二人組ですが、昨夜以降は目撃されていません。現在は被害者の救助活動が……」
溜息と共に亀仙人がテレビを消すと、室内は重苦しい沈黙に包まれた。
背後を振り返った亀仙人の目に、うなだれる弟子の姿が映った。
正体不明の二人――人造人間17号と18号が現れ、憔悴しきったヤムチャがプーアルと共にカメハウスに身を寄せてから一週間ほどが経過していた。
――一週間前。
気を感じ取れない謎の存在が都市を破壊していることを知ったヤムチャは、自身と同じく西の都に暮らすベジータと共に、南の都の南西9キロ地点にあるパパイヤタウンへと向かった。
パパイヤタウンにはヤムチャらと同じく異変を感じ取ったクリリン、天津飯、餃子。……そして、心臓病によって帰らぬ人となった孫悟空の息子である悟飯の姿もあったが、悟空の亡き後、ベジータに次ぐ実力者になったピッコロの姿はなかった。
その理由は彼らの前に現れた二体の人造人間――人造人間19号と20号の口から語られた。
人造人間はかつてレッドリボン軍に所属していたドクター・ゲロによって作られた存在。
悟空によってレッドリボン軍が壊滅に追い込まれた後、ドクター・ゲロは復讐を果たすために小型の昆虫型スパイロボットを放って悟空たちを偵察し、情報を得ていた。
人造人間たちは、本格的な破壊活動を開始する前に神の神殿とカリン塔、そして亀仙人の実姉である占いババを襲撃していたのだ。
ピッコロが姿を現さないのは地球の神が殺害されたことにより、神と生命を共にするピッコロも消滅してしまっていたためであった。
狡猾な人造人間によって、仙豆を使った回復、ドラゴンボールでの復活、占いババによる一日限りの死者の呼び戻しは封じられた……。
絶望的な状況。
だが、その段階でもヤムチャはまだ楽観していた。
こちらにはベジータがいる。
超サイヤ人になったベジータに、敵はいないと。
事実、最初に戦った人造人間19号をベジータは圧倒し、難なく破壊して見せた。
しかし、逃亡した20号が新たに目覚めさせた人造人間17号と18号の強さはまさしく別次元だった。
目覚めた二体は、人造人間20号――自分たちを人造人間に改造したドクター・ゲロを殺害すると、ベジータらに襲い掛かった。
超サイヤ人のベジータをも超える強さを持った17号と18号に、ヤムチャ以外の戦士は殺されてしまった……。
ただ一人、人造人間から逃げきったヤムチャは西の都に帰還し、ブルマにベジータが殺されたことを伝えた。
「そんな……」
生後半年ほどの赤ん坊――トランクスという名のベジータとの間に生まれた我が子を抱いた彼女は泣き崩れた。
母親の泣き声で目を覚ました赤ん坊もぐずり始める。
ヤムチャは泣き続ける母子に手を伸ばしかけ――何もできなかった。
ベジータを見殺しにした自分に、そんな資格はないと思った。
しばらくして、泣き止んだブルマが口を開いた。
「他の、みんなは……?」
「……死んだ。クリリンも、天津飯も餃子も……悟空の息子も。神様とピッコロも殺されたから、ドラゴンボールで生き返らせることも出来ない……」
カリン塔が破壊されたということは、おそらくカリン様とヤジロベーも……。
「……何でよ?」
「……え?」
泣きはらした目のブルマが顔を上げた。
「みんな、みんな……ベジータも、クリリンくんたちも死んだのに、なんで……!?」
その先を、ブルマは口にしなかった。
だが、燃える様な瞳が雄弁に物語っていた。
――なんで、あんただけが生きてるの?
ヤムチャは、逃げた。
どこまで逃げても、燃える瞳と、赤ん坊の泣き声が追ってくる気がした。
行く当てのないヤムチャは、プーアルと共に師匠の住むカメハウスに身を寄せた……。
仙豆にドラゴンボール……そして、姉ちゃんもか……。
亀仙人は、失われたものの大きさを思った。
考え得る限り、現状は最悪。
だが――
亀仙人はうなだれる弟子に目を向けた。
まだ、こやつがいる。
ヤムチャだけでも、生き残ってくれたのは僥倖だった。
「……いつまで、そうしておるつもりじゃ?」
亀仙人は、うなだれ続けるヤムチャに声をかけた。
「悟空がおらず、他のみなも死んでしまった今、人造人間とやらと戦えるものはおぬししか……」
くっくっと、乾いた笑いが響いた。
「無理ですよ。……オレに、何が出来るって言うんです? ベジータが……悟空と同じ超サイヤ人になったベジータすら勝てなかったやつらに、オレなんかが、何が出来るって言うんだ!」
――どうして、オレなんだ?
そうだ、ブルマの言う通りだ。
どうしてオレが生き残ってしまったんだ。
ベジータが、いや、せめて悟飯が――悟空の息子が生き残っていてくれたら、希望があったのに。
どうして、オレなんかが生き残ってしまったんだ……!
「ヤムチャさま~」
プーアルのすすり泣く声だけが、しばらくのあいだ聞こえた。
「……ジャッキー・チュンという老人のことを、覚えておるか?」
ポツリと、亀仙人が言った。
「え……?」
唐突に発せられた予想外の名前に、うなだれていたヤムチャが思わず顔を上げる。
「え、ええ……。天下一武道会でオレが敗れた相手です。クリリンや、悟空にも勝って優勝した……。凄まじい達人でした」
そうだ、あまりの達人ぶりに、オレはあの老人の正体が変装した武天老師さまなのではないかと疑ったんだ。
しかし――
「あの人が、何か……?」
今、あのジャッキー・チュンという老人が何の関係があるのだろう。
「今のおぬしがあの老人と戦ったとして、おぬしが遅れをとると思うか?」
「それは……」
今の自分はあの頃とは比べ物にならないほど強くなっている。
あの老人に負ける様なことはないだろう。
ヤムチャの反応に、ふっと笑って亀仙人は続けた。
「では、ピッコロ大魔王はどうじゃ? 地球にやって来たラディッツという名の悟空の兄は? ……今のおぬしなら、苦もなく倒せてしまうのではないか?」
「いや、それが……そんなことが今、何の関係があるんです? 今更、そんなやつらに勝てたところで人造人間には……!」
「なぜ、勝てぬ……!? なぜ勝てぬと決めつける!」
師の怒声が、ヤムチャの背筋を伸ばした。
「……おぬしは、強い。かつては武術の神・武天老師と呼ばれたわしを大きく超え、わしや我が師、武泰斗さまが敵わなかったピッコロ大魔王や、そのピッコロの生まれ変わりと悟空が二人がかりでようやく倒したラディッツすら、今のおぬしの敵ではあるまい……」
それは……だけど、人造人間の強さは次元が違うんだ……。
ヤムチャは、頭に浮かんだ反論を口にすることが出来なかった。
「初めておぬしと出会った時、おぬしがここまで強くなるとは思わんかった。おぬしは、わしの想像を何度も上回った。……確かに、今のおぬしでは人造人間には勝てぬのかもしれん。だが、おぬしならいつか必ずあやつらに勝てると、わしは信じておる……」
亀仙人は、弟子の目をまっすぐに見つめて言った。
「……なぜなら、おぬしはわしの自慢の弟子なのじゃから。悟空やクリリンと同じ、可愛い可愛い孫の様なものなのじゃから……」
「ろ……老師さま……」
ヤムチャの目から、とめどなく涙が溢れた。
「そうですよ! ヤムチャさまは無敵なんですから!」
さっきまですすり泣いていたプーアルが、無邪気に笑った。
――何かが、ヤムチャの中で何かが変わろうとしていた。
……だが、その時。
「ここが武天老師の家か」
悪魔の声が、ヤムチャたちの耳に届いた。
「出て来いよ、武天老師とやら。孫悟空の仲間のヤムチャってやつの居場所を知りたいんだ。素直に吐けば殺さないでやってもいい」
人造人間……!
昨夜から姿を見せていないとニュースが言っていた人造人間たちがここに……!
やつらの狙いはヤムチャか!
亀仙人は思った。
今、ヤムチャを殺させるわけにはいかん。
何としても、ヤムチャだけは生き延びさせねば……!
策を練る亀仙人の視線が、プーアルに止まった。
「……!!」
わしは……わしは、何ということを思いついてしまったんじゃ……。
亀仙人は言った。
「……プーアルよ、すまんが、わしと一緒に死んでくれ」
「どうした? 出てこないなら家ごと吹き飛ばすぞ」
「……今出るわい。老人を急かすでないわ」
17号の声に応え、玄関のドアを開けて亀仙人ともう一人が姿を現す。
それを見て17号が眉を上げた。
「へえ、ここにいたのか。お前がヤムチャってやつだな」
「お仲間がわたしらと戦ってる隙に、ここに逃げ込んでたってわけ?」
ヤムチャが……いや、ヤムチャの姿に変身したプーアルが答えた。
「へ……へん! 誰が逃げるか! お前たちを倒す作戦を練っていたのさ!」
「震えてるじゃないか。笑わせないでよ」
「……のう、お前さん方」
哄笑する人造人間たちに、亀仙人が静かに語りかけた。
「おぬしらはなぜ、街を壊し、人々を殺す? ……おぬしらを作ったドクター・ゲロは、おぬしら自身の手で殺したと聞いた。レッドリボン軍もドクター・ゲロもいない今、おぬしらに命令をする者はいないはずじゃ。なぜ、その力を人々のため、己の幸せのために使おうとしないのじゃ」
人造人間たちは笑う。
「馬鹿を言うな。なぜ、オレたちが人間のために働かなければならない?」
「自分の幸せのため? 教えてやるよ。わたしらは人間を見ると腹が立つんだ。人間を殺すのが楽しくて楽しくて仕方ないのさ」
亀仙人が首を振る。
「哀れな……。導くものに恵まれなかったか。悲しいことじゃ……」
――その言葉が、18号の逆鱗に触れた。
「何を分かったようなことを言ってやがる……! ふざけるんじゃないよ、クソジジイ!」
それは、ドクター・ゲロによって改造される前の人間だった頃……彼女が札付きの不良として過ごしていた時期の記憶が、そうさせたのかもしれない。
一瞬で、18号の手に恐るべきエネルギーが生み出される。
「おい、18号……!」
「消えちまいな!」
「すまんな、ヤムチャ……」
――最期の瞬間、亀仙人は一人残され、孤独な戦いを強いてしまうことになった弟子のことを思った。
「……すまん、プーアル」
そして、巻き込んでしまったプーアルに詫びた。
「ヤムチャさま……」
――最期の瞬間、プーアルは微笑んでいた。
プーアルは、ヤムチャの――自分が主人と決めた人物の勝利を信じていた。
自分の変身能力が、命が、主人の役に立ったことが嬉しかった。
……ただ、ヤムチャと会えなくなることが、少しだけ寂しかった。
「……やれやれ。結局、家ごと吹っ飛ばしちまいやがった」
「しょうがないだろ。くだらない説教をしたジジイが悪いんだ」
17号は肩をすくめた。
「まあいい。これで孫悟空の仲間は一匹残らず片づけた。ゲームの続きを始めよう」
人造人間たちは、邪悪な笑みを浮かべると飛び去って行った。
彼らの言うゲーム――人間の殺戮を続けるために。
――人造人間たちが飛び去ってからしばらくして、カメハウスが消滅した島に戻ってくる者がいた。
亀仙人とプーアルが時間を稼いでいる間に、裏口から脱出したヤムチャである。
「カメのやつが戻ったら、今まで世話になったと伝えておいてくれ」
最後まで何気ないように装った師の言葉を、ヤムチャは思い出していた。
――また、生き残ってしまった。
オレなんかを生かすために、老師さまとプーアルが……。
こんな弱い、オレなんかを信じて……!
「うおおおおおおーーーー!!」
ヤムチャの叫びは海に吸い込まれ、誰の耳にも届くことはなかった。
――翌日。
亀仙人の使いを終えて戻ったウミガメに、ヤムチャは師匠の死を伝えた。
「そ、そんな……亀仙人さまが……」
ウミガメが泣き止むまで、ヤムチャは身動き一つせず、じっと立ち続けていた。
「私は、この島で仙人さまとプーアルさんを弔っていこうと思います」
これからどうするのか尋ねるヤムチャに、ウミガメは答えた。
「ヤムチャさんは……?」
ヤムチャは、空を見上げた。
「オレは……」
カメハウスを訪れて以来、死んだようだった男の目に、光が宿っているのをウミガメは確かに見た。
――数日後。
「ハッ! ハァッ!」
かつてプーアルと共に盗賊として暮らしていた根城、悟空やブルマと初めて出会った地に戻り、過酷な修行に打ち込むヤムチャの姿があった。
ヤムチャは思い出していた。
亀仙人に師事した亀仙流の修行の日々を。
カリン塔や神の神殿、界王星で授かった教えのことを。
悟空やクリリン、天津飯に餃子、ヤジロベー、ピッコロ、悟飯、そして……ベジータ。
仲間たちと競い合い、共に戦った日々のことを。
良師の教えから、友が使った技の中から、自分にも出来る技を、人造人間に対抗する術を選び取る。
――オレは、弱い。
今のオレが人造人間と戦っても、何も出来ずに殺されるだけだろう。
……だが、いつか。
――オレだ。
オレが、オレが……!
「オレが、人造人間を倒す!」
獣のごとき咆哮が、大地を揺らした。
「狼牙……風風拳……!!」
――人造人間たちによる都市への攻撃は、人間の殺戮は続いている。
だが、彼らは知らない。
殺したはずのヤムチャという男が、密かに生きのびていることを。
彼らを倒すために、牙を研ぎ始めたことを。
――今は、まだ。