――エイジ776。
「本日、北の都の周辺を襲撃した人造人間により多くの被害者が出ています。次に襲撃が予想される付近の住民は……」
ラジオの音声が、人造人間による被害を伝える。
二体の人造人間が地球に現れてから――そして、ヤムチャが一人、孤独な修行を開始してから10年という時間が流れていた。
「ハイ! ハイ! ハッ!」
ラジオの音声と共に、激しく拳を打ちこむ音が聞こえる。
そして――
「ハァー……! つぇい!!」
大きく気合を溜めた一撃が、大気を震わせた。
「ぐっ……!」
残心を解き、仰向けに倒れたヤムチャの呼吸は荒く、体中に痛みが走っている。
無理やりに限界を超えた力を開放した反動にあえぎながら、ヤムチャは笑った。
「……掴んだ」
10年……10年という時間をかけて、ようやく人造人間に対抗する策、その第一歩に至った。
「10年か……」
かかった時間の長さに……己の非才ぶりに嫌気が差す。
だが、止まる訳にはいかない。
必ず、今だ朧げな手掛かりしかないもう一つの術を完成させ、人造人間を――
――倒せるのか? この策で、本当に人造人間”たち”に勝利できるのか……?
不安を振り払うように頭を振り、痛みに耐えながら体を起こそうとした時、
「……!」
ヤムチャは、自分に近づいてくる大きな気を感じた。
落ち着け……!
人造人間に気はない。
気を感じ取れもしない。
だから、近づいてくるのは人造人間ではないはずだ。
痛みで体が悲鳴を上げる。
今、戦うことは出来ない。
落ち着け。
せめて、呼吸だけでも整えて――
やがて、近づいてくる気の正体が見えてくる。
「……ッ!」
ヤムチャは、息をのんだ。
ヤムチャの元に向かって飛んで来ていたのは、少年だった。
10歳前後、紫色の髪……。
「あれ……?」
着地した少年は、不思議そうに辺りを見回した。
二人分の気を感じたんだけど……。
小声で呟きながら、少年はヤムチャに近づき、おずおずと声をかけた。
「あの……初めまして」
――止めろ。
「ボク、トランクスっていいます」
――止めてくれ。
ヤムチャは、少年の顔を直視出来なかった。
――あの時の、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
ヤムチャは、トランクスと名乗った少年から目を背けて立ち上がる。
呼吸は整えたが、体の痛みは続き、心臓は早鐘の様に鳴り続けている。
――痛むのは体だけか? 心臓の鼓動が速いのは、過酷な修行の後だからというだけなのか?
「あ、あの……ボク、母に頼まれた用事の途中で……」
ヤムチャが何も答えようとしないことに戸惑いながら、トランクスは言葉を続ける。
「用事の途中で、とても大きい気を感じて、ここに来たんです」
ヤムチャはトランクスに背を向けて歩き、ラジオの電源を切った。
「ボク、こんなに大きい気を感じたことがなくて……」
止めろ。
「自分より強い人に、初めて会ったんです……!」
そんな目で、オレを見るな……!
「あの、あなたの名前を……」
「帰れ」
初めて口を開いたヤムチャの冷たい拒絶に、トランクスは怯んだ。
ヤムチャはラジオを拾いあげ、トランクスに目を向けることなく歩き出す。
「ど、どうして……? ボクは、ただ……」
トランクスの声をヤムチャは遮った。
「用事の途中なんだろ? さっさと、母親の所に帰れ」
そうして、ヤムチャはトランクスに一瞥もくれずに隠れ家へと戻った。
――燃える瞳と、赤ん坊の泣き声が追ってくる気がした。
――翌日。
ヤムチャは座禅を組み、気のコントロールを高める修行をしていた。
しかし、
「くそっ……!」
まるで集中が出来ない。
原因は明白だった。
ブルマとベジータの息子……トランクスとの邂逅がヤムチャの精神をかき乱していた。
自分の未熟さと惰弱さに怒りすら覚えるヤムチャの元に、昨日と同じ様に近づいてくる気があった。
「……くそっ」
なんで、あんただけが――
聞こえるはずのない声が、ヤムチャの頭の中で響いた。
ヤムチャの前に降り立ったトランクスは、意を決して話しかけた。
「……あの、昨日、母にあなたのことを話したんです」
ヤムチャは何も答えない。
「母は、それはきっとヤムチャって人だろうって。……ボクの父さんや、孫悟空さんの仲間の中で、生き残っているのはヤムチャさんだけだからって」
ヤムチャは、何も答えない。
ただ、僅かに肩が震えたように見えた。
「ボクを……ボクをあなたの弟子にして下さい! ボクは、父さんの仇を討ちたいんです!」
「ダメだ」
「……どうして!? あなたも……あなただって、人造人間と戦うつもりなんでしょう? だから、あなたは修行していたんでしょう? みんなを苦しめる人造人間を、ボクは倒したいんです! ボクに、戦い方を教えて下さい!」
「ダメだ!」
張り上げたヤムチャの声は、怒りではなく悲痛に満ちていた。
「……お前、母親からちゃんと話を聞かなかったのか? あいつは――ブルマは、オレのことを何と言っていた?」
ヤムチャの迫力に、トランクスは何も答えられない。
「……そうだよ。お前の言う通り、オレの名はヤムチャだ。お前の父親や、悟空の仲間だったさ」
そうだ。少なくても、オレはそう思ってた。
それなのに……。
「なあ、おかしいと思わないのか? お前の父親や他の仲間はみんな死んだのに、なぜ、オレだけが生きてると思う?」
トランクスは、何も答えられない。
何も言えず、ただ、絞り出すようなヤムチャの声を聞いていた。
「……逃げたんだよ。人造人間にびびって、尻尾を巻いて逃げたんだ! 仲間を見捨てて、一人だけ逃げたんだ! オレは、お前の父親を見殺しにしたんだよ……!」
ヤムチャは、肩を揺らし、地面を見つめながら続けた。
「……そんな人間から、何を教わるって言うんだ? 自分の父親を見殺しにした臆病者を、お前は許せるのか……?」
帰ってくれと、もうここには来るなと、かすれた声でヤムチャは言った。
「ボクは……ボクは、諦めない」
トランクスは、目に涙を溜めながら言った。
「何度断られたって、絶対諦めない! 戦い方を教わって、必ず父さんの仇を取るんだ……!」
そう言い残して、トランクスは飛び去って行った。
「……最低だ」
他に言いようはいくらでもあったはずだ。
あんな小さな子供に、当たり散らしてどうするっていうんだ?
そもそも、あの子を弟子にしてやることが出来ない理由はなんだ?
ヤムチャは気づいていた。
例え自身が思い描く作戦に必要な全ての技を完成させ、命を賭して戦ったとしても、自分一人で人造人間たちに勝利することは難しいと。
だが、戦いに参加する戦士がもう一人いれば状況は劇的に変化する。
ベジータの息子であり、サイヤ人の血を引くトランクスの潜在能力は申し分ないはずだ。
あの子からの申し出は、願ってもないチャンスだったではないか。
それなのに。
ヤムチャの脳裏に、ブルマの燃える瞳が蘇る。
ブルマは、オレのことをけして赦しはしないだろう。
ベジータを見捨てて、おめおめと生き延びたオレに、あの子の師匠になる資格など――
……修行だ。
今まで通り一人で修行を続け、いつか人造人間に挑むのだ。
そうじゃなければオレは何のために生きている。
何のために、老師様とプーアルは――
その時、音楽を流していたラジオが緊急速報に切り替わった。
「……速報です。現在、人造人間によってパセリシティが攻撃を受けています。パセリシティ付近の住民は……」
「!!」
パセリシティは確か、西の都の近郊にある街……。
ヤムチャの隠れ家と、西の都を結ぶ直線上にある街。
そして、トランクスが飛び去った方向にある街だった。
「まさか……」
確信に近い予感を抱いて、ヤムチャはパセリシティへ向かって飛んだ。
「もう終わりか? 最初の勢いはどうした?」
「ベジータの息子なんだろ? 仇を取るんだろ? もっと頑張んなよ」
パセリシティに急行したヤムチャの目に映るのは、地面に這いつくばり、人造人間に追いつめられるトランクスの姿だった。
「あの馬鹿……!」
西の都に帰る途中でパセリシティを襲う人造人間たちに遭遇し、無謀にも戦いを挑んでしまったに違いない。
建物の影に隠れて様子を伺うヤムチャは、体が震えていることを自覚していた。
この10年間で、ヤムチャが人造人間にここまで接近したのは初めてだった。
ヤムチャは修行の際も常にラジオを流し、人造人間の動向を把握しようとしていた。
ヤムチャの隠れ家は人里から離れた場所にあったが、10年の中で何度か、近隣で人造人間が確認されたことがあった。
その度にヤムチャは修行を中断し、息をひそめてやり過ごした。
犠牲になった人々を思うと胸は痛んだが、万が一にでも、修行を終えてない状態で人造人間に発見され、殺されてしまうことは避けねばならなかった。
「くそ……」
臆病な自分が、逃げてしまえと囁く。
冷静な自分が、ここでお前が死んだら誰が人造人間を倒すのだと諭す。
だが――
――なんで、あんただけが生きてるの?
目を閉じたヤムチャの脳裏から、あの日のブルマの涙が、ヤムチャを責める瞳が離れない。
ヤムチャが恐れているのは、あの時の燃える様な瞳だった。
ベジータを見捨て、今、あいつの息子まで見殺しにしてしまったら、オレは――
「こっちだ! 人造人間!!」
トランクスに止めを刺そうとしていた人造人間たちが、空から聞こえてきた声に顔を上げる。
――天津飯! 技を借りるぞ!
「太陽拳!」
まばゆい閃光が、人造人間たちの視界を奪った。
「な、何だ!?」
「ぐっ……!? 目が!?」
視界を奪われた人造人間たちが戸惑っている隙にヤムチャはトランクスの元に飛び、抱き上げる。
「……逃がすか!」
18号が、トランクスが倒れていた場所へ向けて気功波を放った。
「……何者だったんだ、あの声は」
視界が戻った後、気功波によってえぐれた地面を見ながら17号が18号に問う。
「やつらに止めを刺せたと思うか?」
「もう死んだよ、きっと。もし生きてるんなら、また会うさ。……面倒だし、そろそろ帰ろう?」
髪をかき上げながら、18号が答える。
「フン……そうだな」
18号の気のない返答に鼻を鳴らしながら、17号は思った。
ベジータの息子に、謎の声……。
「生きているなら、また会う、か……」
生きていてほしいものだ。
――生きて、オレたちを楽しませろ。
「……大丈夫だ。すぐに病院に連れて行ってやるからな」
重傷を負ったトランクスを抱きながら、ヤムチャは西の都へ向かっていた。
18号の気功波を躱し切れず、彼自身も少なからず傷を負っている。
西の都には大きな病院があったはず。
あそこへ行けば、きっと助かる。
「死ぬな」
トランクスを励ましながら、ヤムチャは西の都へ急いだ。
――死ぬな。
混濁する意識の中、トランクスは自分を励ます声を聞いていた。
自分を抱き上げる、ごつごつとした逞しい腕。
トランクスには、母以外の人に抱きしめられた記憶がなかった。
――お父さんの腕って、こんな感じなのかな。
そう考えながら、トランクスは意識を失った。
トランクスは、一命をとりとめた。
翌日になり、連絡を受けたブルマが病院へと駆け付けた。