ドラゴンボール異伝 ヤムチャvs人造人間   作:村瀬裕二

4 / 9
第三話

「フー……」

トランクスの元に駆け付けたブルマは、息子の容態を確認し、医師の説明を受けた後、別の病室の前にいた。

――この中に、トランクスを病院まで運び込んでくれた人がいる。

 

しばしの逡巡の後、ブルマは扉をノックした。

「はーい」

返ってきた女性の声を訝しみながら、ブルマは扉を開いた。

部屋の中には、若い女性看護師と、ベッドの上で身を起こす旧知の人物の姿があった。

「お見舞いの方がいらしたのね。それじゃ、お大事に」

会釈して通り過ぎる看護師と入れ違いに、ブルマは病室に入った。

 

明るい部屋だった。

窓から、陽の光が差し込んでいた。

「……久しぶり」

「ああ」

10年ぶりの再会。

だが、ヤムチャの表情に驚きの色はなかった。

そういえば、とブルマは思った。

この人たちは、”気”を感じ取れるんだった。

わたしが病室の前で躊躇っていたことも、ヤムチャは気づいていたのかしら。

 

 

「怪我の具合はどう?」

ヤムチャから勧められた椅子には座らず、ブルマは立ったまま会話を始めた。

「オレの怪我は大したことない。あの子の……トランクスの方は?」

人造人間から逃げる際に、限界を超えた力を使った。

その反動の方が怪我よりも重く、ヤムチャの体を苛んでいた。

「お医者さまには命の危機は脱した、もうしばらくすれば目も覚めるだろうって言われたわ」

「そうか……それは良かった」

いや、大怪我をしているのに良かったはないか……。

ヤムチャが口ごもると、会話が宙に浮いた。

 

「……わたしね」

気まずい沈黙に耐えかねたヤムチャがもう一度椅子を勧めようとした時、ブルマが口を開いた。

「何年か前、カメハウスに行ってみたの。その時、ウミガメさんに会って……聞いたわ。亀じいさんとプーアルが亡くなったこと……」

「そうか……」

ヤムチャは、自分を逃がすために犠牲になった亀仙人とプーアルを……そして、二人を弔うと言って島に残ったウミガメのことを思った。

 

「……でね。カメさんが言ったの。ヤムチャさんは、戦うつもりだって。ヤムチャさんが必ず、人造人間を倒してくれる。必ず、仙人さまたちの仇を討ってくれるって。……泣きながら、カメさんは言ったのよ」

ブルマの声は、震えていた。

「だから、トランクスからすごく強い人に出会ったと聞かされた時、それがあなただって、わたし、すぐに分かった。トランクスに話したわ。それはヤムチャって人で、ベジータや孫くんたちの仲間だって。きっと、人造人間を倒すために修行をしてるんだって。……それを聞いて、あの子はあなたに会いに行ったんだわ。わたしが軽率だったせいで、あの子はあんな目に……」

 

ブルマが、深々と頭を下げた。

「あの子を助けてくれて、ありがとう。あの子はわたしにとって、全てなの。あの子を失ったら、わたしは……」

床に涙を零しながらブルマは続けた。

「……わたし、あなたに謝らないといけない。あの日、わたしはあなたに酷い態度を取ったわ。たった一人生き残って、苦しんでいたあなたに、あんな態度を取るべきではなかった。……あんな酷いことを、言うべきではなかった。……本当に、ごめんなさい」

 

ヤムチャは、その時初めて気がついた。

オレがブルマの瞳を恐れていたのと同じ様に、ブルマもあの日のことを後悔して苦しんでいた。

臆病なオレが彼女の瞳と向き合うことから逃げたせいで、ベジータを失ったブルマに、余計な苦しみを増やしてしまっていた……。

 

顔を上げたブルマが、涙を流しながら言った。

「トランクスを助けてくれて、本当にありがとう。……あなたがいてくれて、良かった。あなたが生きていてくれて、本当に良かった……」

 

ヤムチャは、何も言葉を返せなかった。

語るべきことが、伝えなければならないことがあるはずなのに……ただ、涙を流すブルマに見惚れていた。

 

――きれいだな。

 

絶望に覆われた世界で生きた10年間が、目尻や口元にシワを刻んでいた。

鮮やかな水色だった髪は色褪せ、くすんで見えた。

それでも、ヤムチャが知る過去のどの瞬間よりも、今のブルマは美しく思えた。

 

――きれいだな。

 

こんなにきれいな人と、オレは昔、恋人だったんだな。

 

 

「タイムマシン?」

涙を拭き、改めてヤムチャから勧められた椅子に腰かけたブルマが、現在の研究内容をヤムチャに語った。

「……そう。孫くんがかかった心臓病は、あの頃は不治の病だったけど、今は特効薬が存在する。この薬を、過去の孫くんに届けられれば……」

「悟空は死なず、人造人間たちにみんながやられてしまう過去を、変えることが出来るんだな……!?」

荒唐無稽な話だとは思わなかった。

ヤムチャは、ブルマが規格外の天才発明家であることを知っている。

ブルマの発明なら、過去を変えることだって――

 

勢い込むヤムチャに対して、ブルマは首を横に振った。

「ところが、そう上手くはいかないの。過去に行って孫くんに薬を渡しても、助かるのは”その世界の孫くん”だけで、すでに死んでしまった”この世界の孫くん”が復活するわけではないのよ」

「そ、そうか……そうだよな。”悟空が死んだ”という結果をオレたちが観測している以上、この世界の過去は変えられない。変えられるとしたら、それはこの世界の過去ではなく平行世界――パラレルワールドの過去だということか……」

ヤムチャの言葉に、ブルマが目を丸くして驚いた。

「……ずいぶん理解が早いのね? あなた、こういう話、得意だったっけ?」

「いや、昔の映画であっただろ? 偶然タイムマシンを発明してしまった主人公が色んな組織から狙われるSF映画。一緒に見に行ったのを……」

――覚えてないか? と聞こうとしたヤムチャは、異様な雰囲気を察して口をつぐんだ。

 

「……へえ~、あの映画、見に行ったんだ? ……誰と? わたしは見に行ってないけど?」

 

――そうだった。

デートの約束をして映画のチケットも取ったのに、些細なことで喧嘩して、一度ブルマと破局したんだ。

では、一緒にあの映画を見に行った女の子は、ブルマではなく――

 

「大体、あんたはいつもいつも……!」

 

突然始まった元恋人からの説教に、ヤムチャは思った。

変わってないじゃないか、10年前と。

そうだ、ブルマは元々おっかないやつだった。

昔から、オレはこいつに敵わなかったんだ。

 

コホン、と咳払いしたブルマが話を戻した。

「この世界の過去を変えることは出来ないけど、孫くんが生き残った世界なら、人造人間の弱点を調べられるかもしれない。あるいは、助けた孫くんに、こっちの世界の人造人間を倒してもらえるかも……」

それに、とブルマは続けた。

「人造人間にやられっぱなしじゃシャクでしょ? あいつらをやっつけた、平和な世界があってもいいじゃない?」

 

――人造人間をやっつけた、平和な世界。

ヤムチャは、熱いものがこみ上げた目頭をブルマに悟られないようにそっと押さえた。

悟空がいて、ベジータがいて、他のみんなも、老師さまとプーアルも生きている平和な世界……。

そんな世界があったらいい……あってほしいと、心から願った。

 

――ブルマらしいな、とヤムチャは思った。

変わってないじゃないか、出会った時のあの頃と。

そうだ、ブルマは元々すごいやつだった。

……昔から、みんなこいつに敵わなかったんだ。

 

 

「それで、タイムマシンの研究は進んでるのか?」

ヤムチャからの質問に、ブルマは苦い顔で答えた。

「……いいえ、正直なところ、順調とは言い難いわ。……父さんが生きていてくれたら、手伝ってもらえたのだけど」

「!!」

それは、ヤムチャにとって衝撃的な言葉だった。

「亡くなったのか? ブリーフ博士が……」

「……ええ。まだ、トランクスが小さい頃に人造人間の攻撃で……。わたしとトランクスは地下研究所に避難できたけど、父さんと母さんは間に合わなかった……」

ブルマの両親は、カプセルコーポレーションに居候していたことがあるヤムチャにとっても親の様な存在だった。

ブルマと交際していた時も、喧嘩別れしていた時期も、変わらずに家族の様に接してくれた。

あの人たちが……。

 

「さっきの、看護師の娘さ……」

うつむいたヤムチャが、呟くように言った。

「あの娘も、両親を亡くしてるそうだ」

「……そう」

ブルマが、理由を尋ねることはなかった。

ブルマは、窓の外に目を向けた。

人造人間による破壊の跡が残る街並み……。

本当に、本当に多くのものが奪われたのだ。

人造人間の手によって……。

 

 

しばしの沈黙の後、ヤムチャが口を開いた。

「タイムマシンの完成は、まだ先の話なんだな?」

うなずくブルマに、ヤムチャは続けた。

そうか……それなら。

「あの子を――トランクスを、オレに預けてみないか?」

真っ直ぐに自分を見つめるヤムチャの瞳の力強さに、ブルマは思わず息をのんだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。