――ブルマとの再会から数日後。
ヤムチャは、トランクスと交わした会話の内容を思い出していた。
意識を取り戻したトランクスを見舞ったヤムチャは、トランクスからの感謝と謝罪に対して鷹揚に頷いた。
「オレのことは気にしなくていい。お前が人造人間に出会ってしまったのは、オレがお前を無下に追い返したせいでもあるからな。だが、ブルマに……お前の母親に心配をかけて、悲しませる結果になったということは忘れるな。……無謀な挑戦だったな」
「……はい。母さん、心配かけてしまってすみませんでした」
トランクスは、ベッドの傍らで椅子に座るブルマに向かって謝罪した。
ブルマは言葉を返すことなく、僅かに首を振るだけにとどめた。
この場での会話は、ヤムチャに任せると決めていた。
「……でだ。お前が目覚める前にブルマと相談したんだが、オレから出す条件を守れると約束出来るなら、お前を弟子にして戦い方を教えてやっても良いということになった。……どうだ? お前の中に、まだオレに師事したいと、弟子になりたいという気持ちはあるか?」
「本当ですか……!? ボク……ボクはあなたの弟子になりたい……戦い方を教えてほしいです! 条件というのは一体……?」
「条件は一つ。二度と、お前の母親を悲しませないことだ。オレはお前に戦い方を教えるが、その力はお前自身とブルマを守るためだけに使うと約束しろ。それ以外の理由で、人造人間に挑むことは許さん」
約束出来るかと、ヤムチャは真っ直ぐにトランクスの目を見ながら問うた。
「……はい。約束します。二度と、母さんに心配をかける様な真似はしません」
ヤムチャは破顔し、自身の手をベッドの上のトランクスの手に添えた。
手を重ねた二人の姿に、ブルマは目に浮かんだ涙をそっと拭った。
まずは怪我の回復に専念しろと言い残して、ヤムチャは一旦自身の隠れ家に戻った。
――ずっと、一人だと思っていた。
人造人間と戦える者は、もう自分以外にはいないと思っていた。
だが、トランクスがいた。
ブルマが、タイムマシンの研究を始めていた。
彼らも、人造人間たちに抗おうとしていた。
――ヤムチャは、孤独ではなかった。
ヤムチャの中に、かつてないほどの気力がわき上がっていた。
それが、ヤムチャ自身にもはっきりと感じ取れていた。
ヤムチャは、トランクスとの会話の続きを思い返した。
「人造人間について、覚えていることを教えてくれないか? やつらとどう戦い、どんな会話をした?」
どんな些細なことでもいい、少しでも情報がほしいと言ったヤムチャに、記憶を手繰りながらトランクスは語った。
「……えっと、正直に言って、ボクの力ではまるで歯が立ちませんでした。あいつらは全然本気を出すそぶりがなかったのに、何も出来ずに一方的にやられ続けたんです。……それどころか、あいつらはボクが必死に抵抗するのを見て、良いぞその調子だとか、もっと頑張れだとか、そんな、応援みたいなことを言ってました」
それに、とトランクスは続けた。
「最初に、ボクがベジータの息子だ、父さんの仇を取りに来たと言ったら、あいつらは……」
――笑ったんですと、トランクスは言った。
その笑顔のおぞましさに、トランクスは悟った。
こいつらは人間じゃない……人間の姿をした化け物なんだと。
今の自分が、倒せる相手ではないのだと。
――そうか。やはり、そうか。
ヤムチャは、トランクスから聞いた話で確信を得た。
思っていた通りだ。
人造人間。
やつらにとって、全てはゲームなんだ。
街を破壊するのも、人間を殺すのも……オレたちとの戦いでさえ、やつらにとっては退屈しのぎのゲームに過ぎない。
――そこに勝機がある。
そこに、付け入る隙がある。
人造人間。
確かに、お前たちは強い。
だが、けして無敵という訳ではない。
――倒せない相手では、けしてない。
――エイジ777。
年が明け、傷が癒えたトランクスとヤムチャは、西の都近郊の海岸を望む丘の上にいた。
ヤムチャはブルマとの相談の上で一週間の内の4日間、西の都近郊でトランクスに修行をつけることにした。
「4日間……だけですか?」
「不満か? だが、オレにはオレで、やらねばならんことがあるし、適度な休養も修行の内に含まれる。……それに、修行だけではなく、タイムマシンを研究するブルマを助けることも、お前にとって大事な役割なんだ」
そして何よりも、トランクスがブルマと過ごす時間を出来るだけ奪いたくないというのがヤムチャの本音だった。
修行を始める前に、ヤムチャはトランクスに一つの質問をした。
「”心技体”という言葉を聞いたことがあるか?」
何となくなら、と答えたトランクスに、ヤムチャは語った。
「オレには師匠と呼べるお方が4人いる。亀仙流の武天老師さま、カリン塔のカリン様、ドラゴンボールを作った地球の神様、そして界王星におられる界王さまだ。その方々がオレに修行をつけて下さった時、口をそろえて言っていたのが心技体だ。……つまり、真に強くなりたいのなら、心と技と体、この三つの全てを鍛えねばならないということだな」
ヤムチャの言葉に、トランクスは真剣に耳を傾ける。
「人造人間は強い。体の強さ……人造人間には気がないからサイヤ人風に戦闘力と呼ぶが、戦闘力ではお前の父親のベジータですらやつらに敵わなかった。オレやお前ではなおさらだろう。……だが、やつらには心がない。他者に対する敬意も、何かを成すために自分を磨こうとする向上心も持たない。……それは、歪んだ強さだとオレは思う」
ヤムチャは、トランクスの肩に手を置いて続けた。
「お前は正しい心を持っている。人造人間を倒し、世界を救いたいと思う正義感。やつらに戦いを挑んだ勇気は、間違いなく正しく、尊いものだ」
命を救ってくれた恩人からの思わぬ賛辞にトランクスの頬は紅潮し、胸には熱いものがこみ上げていた。
「……オレは、弱い。以前も言ったが、オレは人造人間との戦いから逃げ、ただ一人生き残った臆病者だ。だが、オレの中には師匠たちから受け継いだ多くの教えと、技がある。それを、お前に伝えたい。……心の強さをそのままに、技と体を鍛えていこう」
「……はい!」
こうして、ヤムチャとトランクスの修行は始まった。
週の内の4日間、ヤムチャは西の都近郊でホイポイカプセルに収納可能なキャンピングカーを使って寝泊まりしながらトランクスに指導し、残りの3日間は隠れ家に戻って自身の修行を続けた。
ベジータの息子であり、並外れた潜在能力がありながら、これまで本格的な戦い方を知らなかったトランクスはヤムチャの指導によりその才能を開花させていく。
また、ヤムチャの中でそれまで曖昧な理解しかなかったかつての師匠たちの教えがトランクスへ伝える過程で体系づけられ、しっかりとした血肉となっていった。
トランクスだけでなく、ヤムチャの側も師弟関係の成立によって飛躍的な成長を遂げていた。
――数か月後。
「波ーーーっ!!」
トランクスの両手から放たれた気功波が、大岩を破壊した。
「やった……! 出来ましたよ、ヤムチャさん!」
「ああ、よくやった」
トランクスは、亀仙流の奥義であるかめはめ波の習得に成功していた。
――よくやってくれた、本当に。
無邪気にはしゃぐトランクスに目を細めながら、ヤムチャは思った。
かめはめ波はかつて亀仙人が編み出した技であり、ヤムチャたち亀仙流の門下にあった者にとって特別な意味を持った技であった。
ヤムチャは亀仙人の、言わば孫弟子にあたるトランクスにこの技を何としても伝えたいと考えていたのだ。
「少し早いが、今日はもう終わりにするか。次はまた4日後に……」
「あの、ヤムチャさん……」
先ほどまではしゃいでいたトランクスが、少し緊張した面持ちで声をかけた。
「母さんから、良い食材が手に入ったから、今晩の食事にヤムチャさんを誘ってくれって言われたんですが……」
「食事に? ブルマが……?」
「ええ、もうヤムチャさんの分の準備もしてると思います。……来て、くれますよね?」
――これは、断れないな。
緊張とも不安ともつかない複雑な感情を抱きながら、ヤムチャは思った。
……にしても、”食材が手に入った”と言うからには、ブルマが料理するということか?
交際していた時期でさえ、あいつの手料理など見たことはないのだが。
「うまい……!」
ブルマとトランクスが暮らすカプセルコーポレーションの地下研究所に招かれたヤムチャは、料理を口にして感嘆した。
トランクスが「母さんは料理が上手なんです」と言っていたのは本当だった。
人造人間によって物流が滞り、食材や調味料が入手しづらいにも関わらず、これほどの料理をブルマが作れるとは……。
ヤムチャの称賛に、ブルマが腰に両手を当て、胸をそらせながら笑った。
「ふっふっふっ。料理というのは科学なのよ。正確な計量と温度管理、加熱による化学反応。天才科学者であるわたしにとって、食材と調理方法を科学実験と同じように完璧にコントロールすることなど造作もないわ」
「そこに、ひとつまみの愛情を加えることで美味しい料理が出来上がるんですよね」
笑顔のトランクスが、ブルマの言葉に横から付け加えた。
「バ、バカ……! いきなり何言ってんのよ、あんた!」
「へ?」
突然大きい声を出して怒りだした母に、トランクスは困惑した。
いつも、母さんが言ってることなのに……。
「……うまいよ、本当に」
ヤムチャが取りなすと、ブルマは追加の料理を持ってくると言って厨房に向かってしまった。
トランクスは思った。
いつも母さんが言ってることなのに、どうしてあんなに、顔が真っ赤になるぐらい怒ったんだろう。
追加の料理を持ってきた時にはブルマはもう落ち着きを取り戻しており、そこからは和やかな食事が続いた。
ヤムチャとブルマの思い出話を、トランクスは目を輝かせて聞いた。
孫悟空との出会い、ドラゴンボールをめぐる冒険、天下一武道会、亀仙人の元での修行。……そして、トランクスの父であるベジータのことにまで話は及んだ。
「あの……父さんは、初めは地球に攻め込んできた敵で、ヤムチャさんたちと戦ったんですよね?」
父さんのことをどう思ってたんですかというトランクスの質問に、う~んとうなりながらヤムチャは答えた。
「敵と言っても、オレはベジータと直接戦ってないんだよ。その前に、あいつらが出した手下みたいなやつにやられてしまったからな……。だから、オレ個人としてはベジータに対してあまり悪い感情は持ってなかったな」
……確か、栽培マンとか言ったか。
油断してあんなやつにやられてしまったのは我ながら本当に情けない。
出来れば、あの時のことはもう記憶から消したいくらいだ。
「……ベジータとヤムチャは、仲が良かったわよ」
「そうなんですか?」
ブルマの言葉に、ヤムチャとトランクスの視線が向けられる。
「そうよ。二人ともウチに居候していた時期があったから、ヤムチャは地球に不慣れなベジータによく話しかけたり、料理を取り分けてあげたり、なんやかんやと世話を焼いてた。……ベジータはああいう性格だから無愛想だったけど、本気で迷惑がってたわけじゃないと思う」
本気で迷惑だったら、あいつなら手が出てたはずだしね、とブルマは笑った。
ベジータとオレが仲が良かった……。
そんな風に、ベジータはオレのことを思っていてくれたのだろうか。
「そういえば、いつだったか天津飯さんが言ってたわ」
意外な人物の名前が、ブルマの口から語られた。
「オレたちを殺した相手のベジータと、いっしょに住んでるヤムチャの気が知れないって。……けど、それを言ったら天下一武道会で初めて会った時、卑怯な嫌がらせで自分の足を折ったオレに対しても、まるで子供の頃からの親友みたいに接してくる。……ヤムチャってやつは、不思議な男だって」
少し遠い目をしながら、ブルマは続けた。
「あんた、女の子によくモテてたけど、男の友達もすごく多かったわよね」
「へ~」というトランクスの感心したような声が、ヤムチャには面映ゆかった。
「すっかり長居してしまったな」
ついつい話し込んでしまい、気づけば夜も更けていた。
修行の疲れが出たのだろう。眠そうにしていたトランクスにベッドへ行く様に言ってから、ブルマはヤムチャを見送った。
「……また、来なさいよ」
「え?」
「ほ、ほら……トランクスの修行の様子を、あんたの口から直接聞きたいし。……それに、研究に行き詰ってる時は、料理をするのが良いストレス解消になるのよ」
だから……と口ごもるブルマを見て、ヤムチャは頬を掻きながら答えた。
「そうだな……また、ごちそうして貰おうかな」
ヤムチャの言葉に、ブルマがはにかむように笑った。
少女のようなその笑顔を、ヤムチャはけして失わぬように胸の奥にしまった。
――月がなくて、助かった。
ヤムチャは、月を壊したピッコロに感謝した。
もし今も、月が地球の傍らにあったなら――もし今夜、彼女の笑顔を明るく照らしていたら……月がきれいだなんて、口走ってしまっただろう。
その日から、ヤムチャたち三人による食事会が定期的に開かれることになった。
たった一人で孤独な修行を10年間続けてきたヤムチャにとって、ブルマたちと囲む食卓は穏やかな心休まる空間となった。
そして、ベジータやブリーフ夫妻を失い、母子二人で生きてきたブルマとトランクスにとってもそれは同じだった。
――人造人間たちによる都市への攻撃は、人間の殺戮は続いている。
だが、三人で食卓を囲む平和な一時。
その一時だけ、三人は人造人間の脅威を忘れることが出来た……。