――エイジ779。
ヤムチャの隠れ家。
ヤムチャは、トランクスを弟子に迎えた後も自分自身の修行を怠っていなかった。
今も、ヤムチャは目を伏せて気の集中を高めている。
「はっ!!」
超スピードで”投擲された”レンガが自身の頭上を通過しようとした時、目を伏せていたヤムチャが手を突き上げる。
狙いすました一撃が、レンガを跡形もなく消し飛ばした。
「……出来た」
ヤムチャは、わなわなと震える自分の手を見つめた。
人造人間が現れてから13年目にして、ついに……。
――トランクスのおかげだ。
トランクスへの指導が、オレの力も伸ばしてくれた。
独りで修行を続けているだけでは、ここまで到達できなかっただろう。
――だが。
「まだだ」
まだ、足りない。
人造人間に勝利するためには、まだ――
――数週間後。
「はああああ……!」
ヤムチャが見守る前で、トランクスの気が高まっていく。
……しかし、
「はあっ、はあっ! だっ、だめだ……!」
膨れ上がっていた気が急激に萎み、トランクスが地に膝をついた。
「どうすれば、ヤムチャさんみたいに上手く技が使いこなせる様になるんだろう……」
トランクスがヤムチャに弟子入りしてから3年近くが経過している。
その間に、ヤムチャは自身が習得した様々な技をトランクスに伝授していたが、体術に関してはほぼ完全にマスターしたトランクスも、気のコントロールを必要とする技の習得には苦戦していた。
トランクスは焦燥感を抱いていたが、師匠であるヤムチャの見解は違った。
「気のコントロールの習熟に時間がかかるのは当然だ。オレが5年、10年とかけて習得した技を簡単に覚えられてしまったら、師匠の立つ瀬がないぞ」
はあ、と気のない返事をするトランクスに、ヤムチャは尋ねた。
「トランクス、お前いくつになった?」
「えっと……今年で、13歳になりました」
だろ? とヤムチャは頷きながら続ける。
「オレが13歳の頃は、気功波を撃ったこともないし、舞空術で空を飛ぶことも出来なかった。……オレだけじゃない。お前は同じ歳の悟空より、ベジータよりも遥かに早く、戦士としての階段を登っている」
焦る必要などないのだと伝えるヤムチャに、なおも浮かない顔のトランクスがもう一つの懸念を語った。
「……ボクが超サイヤ人になれないのも、気のコントロールが上手くいかないからなんでしょうか?」
「超サイヤ人か……」
ヤムチャも、ベジータの息子であるトランクスにはいずれ超サイヤ人に目覚めてもらいたいと考えてはいた。
そうすれば――
「超サイヤ人になるためのきっかけは怒りなんですよね? ボク、怒っているんです。父さんの仇であり、地球のみんなを苦しめている人造人間たちにすごく怒っているのに、どうして……」
――重症だな、とヤムチャは思った。
この有様じゃ、超サイヤ人云々以前に普段の修行にも身が入らないだろう。
……目先を、変えてみるか。
「なあ、トランクス。剣の使い方を覚えてみないか?」
「剣……ですか?」
予想外の言葉に面食らった様子のトランクスに、ヤムチャは笑いかける。
「さっきの話で思い出したんだが、オレは若い頃、拳法だけでなくいろんな武器を使っていたんだ。その中でも、剣術にはちょっとした自信がある」
どうだ? と尋ねるヤムチャに、トランクスは目を輝かせて頷いた。
予想以上に食いついたなと、ヤムチャは思った。
――そうだ。
オレもそうだったが、この年頃の子供は剣に憧れるものなんだ。
それなのに、この子は父親に玩具の剣をねだったことも……いや、それどころか家族揃って遊園地に遊びに行った記憶もないんだ。
……練習用の剣を手に入れなければな。
普段より幼く感じられるほど大げさに喜ぶトランクスを見つめながら、ヤムチャはそう考えていた。
――エイジ780。
西の都近郊の海岸を望む丘の上に、ヤムチャとトランクスによる剣戟の音が響いている。
ヤムチャがトランクスの修行に剣術の指導を取り入れてから、数か月が経過していた。
キンッ! と、一際大きな金属音が響き、一方の剣が宙を舞う。
「……!!」
「や、やった……! ヤムチャさんから一本取った!」
勝利したのは、トランクスだった。
ヤムチャは衝撃を隠せなかった。
手を抜いていたわけではない。
本気で剣を振るってなお、トランクスに敗れた。
それだけではない。
剣でトランクスに勝つことは、もう出来ないだろうという確信があった。
――トランクスの剣の才は、天賦のものだ。
気のコントロールの習熟に行き詰っていたトランクスに、修行に対する熱意を取り戻させるために始めた剣術の指導が、思わぬ才能を開花させていた。
トランクスは、強くなった。
師を気遣って何も言わないが、トランクスの”基礎的な戦闘力”は既にヤムチャを上回っている。
その上で今、剣術でもヤムチャを超えた。
今は使えない技の数々も、年齢を重ね、気のコントロールに習熟すれば使いこなせる様になるだろう。
――もう、オレの助けは必要ない。
トランクスならオレがいなくなっても、もっと強くなれる。
「……さん? ヤムチャさん!」
トランクスの声が、弟子の成長に思いを馳せていたヤムチャの意識を引き戻した。
「どうしたんです? 何か考え事ですか?」
「あ、ああ……。今の訓練で剣が一本ダメになったから、代わりを用意しなきゃな……」
「あ……! 実は母さんが、見せたいものがあるから今日は必ずヤムチャさんを連れてくる様にって言ってたんです」
ヤムチャの言葉に何か思うところがあったのか、トランクスが落ち着かない様子で言った。
「そ、それじゃ……ついに、タイムマシンが完成したのか!?」
しばらく前に、タイムマシンの完成に目途が付いたと聞かされていたヤムチャが勢い込むと、トランクスはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「おお……!」
カプセルコーポレーションの地下研究所で、ヤムチャはブルマとトランクスと共に完成したタイムマシンを見上げていた。
「すぐに、過去に飛ぶことができるのか?」
「それがねえ……過去に行って帰ってくるための、往復分のエネルギーのチャージに1年近くかかってしまうの」
ヤムチャの質問に、ブルマが苦笑いをしながら答えた。
エネルギーのチャージをするだけでそんなにかかってたんじゃテストもできないとブルマはぼやいていたが、ヤムチャは落胆などしなかった。
天才科学者であるブルマが「1年かかる」と言うのなら、あらゆる手段を検討した上で出した結論のはずだ。
そもそも、この地球上でブルマ以外の誰に時間移動を可能にする乗り物が作れるというのだろう。
門外漢である自分が口出しできることではない。
だが、ヤムチャにはもう一つ気になる点があった。
「操縦席の構造からすると、このタイムマシンはやはり一人乗りなんだな……」
ヤムチャの言葉に、ブルマが頷く。
「そこが、今後の課題の一つになるわね。最初の目的は過去の孫くんに薬を届けることだから一人乗りで問題ないけれど、いずれは二人、三人と乗れる人数を増やさないとね……」
「……あの、母さん、そろそろいいですか?」
二人の会話に、しびれを切らしたトランクスが声を上げた。
そわそわした様子の息子に対してブルマが頷くと、トランクスは部屋を飛び出していった。
「あいつ、どうしたんだ? 今日の修行が終わってからずっとあの調子だ」
ヤムチャの言葉に、ブルマが笑いながら答える。
「これからも改良は続けるつもりだけど、一旦タイムマシンの研究には区切りがついた。……でね、空いた分の手で、あんたたちに武器を作ってあげようと思ったの」
「……これです!」
部屋に戻ってきたトランクスが、鞘に収められた剣を掲げた。
「そう、これがわたしの作った”カッチン鋼”製の剣」
カッチン鋼? 聞きなれない言葉にオウム返しになったヤムチャに、ブルマは続ける。
「大昔の隕石跡から極稀に見つかる金属でね、宇宙一硬い金属なんじゃないかって言われたりするの。……もう使い道のなくなったドラゴンレーダーを、カッチン鋼を探せるものに改造したのよ」
「この剣、すごい切れ味なんです! 鉄のスクラップが、溶かしたバターみたいに簡単に切れるんですよ!」
これをヤムチャさんに見せたかったんですと、興奮した様子のトランクスがまくし立てた。
「まだ試作段階だから、今はここにある一本だけだけど、すぐに何本か用意できるわ」
「……すごいじゃないか」
トランクスから鞘を受け取り、刀身を確かめたヤムチャが驚嘆すると、ブルマはニヤリと笑った。
「剣だけじゃないわよ~。ベジータが着ていたサイヤ人の戦闘服。すごく防御力が高かったから、あの服も再現しようと考えてるの」
「父さんが着ていた戦闘服!? そんなものがあるんですか?」
驚くトランクスに、ブルマが笑いかける。
微笑ましい母子のやり取りに、ヤムチャは眩しそうに目を細めた。
――もし、事情を知らない第三者がこの場に居合わせたのなら、この三人は仲の良い家族にしか見えなかっただろう。
誰もが、三人の姿に幸福な家庭を思い浮かべたはずだ。
――だが、幸福な時間に終わりを告げる様に、西の都全域に緊急警報が鳴り響いた。
人造人間の接近を、知らせる警報が。
「……緊急警報です。現在、人造人間の乗ったエアカーが海岸方面から西の都に接近中です。西の都にお住いの皆さんは、速やかな避難を……」
鳴り響く警報に、ブルマとトランクスの笑顔が凍り付いた。
「じ、人造人間が……!?」
「どうして? よりにもよってこんな時に……!」
青ざめる二人とは対照的に、ヤムチャの心には乱れがなかった。
自分でも不思議に思うくらいに落ち着いていた。
ただ、「時が来た」と思った。
タイムマシンが完成し、トランクスの成長を確認したこの日が「その時」であることに、運命すら感じていた。
「落ち着け」
冷静なヤムチャの声に、二人の視線が集まる。
「タイムマシンは、ホイポイカプセルに収納できるんだな?」
「え、ええ。もちろん、カプセルに対応させているわ」
「……よし。急いで避難の準備をしてくれ。タイムマシンを破壊されるわけにはいかない」
「分かったわ……! すぐに、必要なものをエアカーに乗せる!」
落ち着きを取り戻したブルマは、タイムマシンをカプセルに収納すると慌ただしく部屋を出て行った。
ヤムチャは、トランクスに目をやった。
母譲りの意志の強い瞳が、ヤムチャをまっすぐに見据えていた。
「……何してるんだ? お前も、ブルマと一緒に避難の準備を――」
「ヤムチャさんは、どうするんですか?」
自分の言葉を遮ったトランクスの声色に、ヤムチャは誤魔化すことは無理だと悟った。
「……お前たちや、街の人たちが避難する時間を稼ぐ」
ヤムチャの言葉に、トランクスはやっぱり、と呟いた。
「ボクも、行きます。……母さんを守るための戦いなんだ。最初の約束を破るわけじゃないですよね? それに、今日ボクはヤムチャさんから一本取ったんだ。足手まといなんて、言わないで下さいよ……!」
数秒の間、師弟は見つめあい……ヤムチャが、大きく息を吐いた。
「……分かったよ。この剣は、お前が使え。オレから一本取った腕前、人造人間にも見せてやれ」
「はい……!」
トランクスが、はじける様に笑った。
「実は、鞘を背負えるようにベルトを用意してたんです。……っと、あれ?」
戦いに挑む前の高揚感か、あるいは人造人間に対する恐怖からか、トランクスは指が震えてベルトのバックルを上手く止めることが出来ず、鞘が何度もずり落ちそうになる。
「……ほら、これでどうだ?」
背中を向けて苦戦するトランクスの鞘をヤムチャが支えてやると、ようやくカチッと音がしてバックルがはまった。
「ありがとうございます。それじゃ、急いで……」
「トランクス……ブルマを、この世界の未来を、頼むぞ……」
「え?」
後ろを振り返ろうとしたトランクスの首に、手刀が落とされた。
意識を失い、崩れ落ちるトランクスをヤムチャは抱き留める。
「……でかく、なったな」
ヤムチャは、重傷を負ったトランクスを病院に運んだ日のことを思い出していた。
あの日から、ずいぶんと背が伸びた。
「でかくなったな。本当に……」
ブルマの腕に抱かれた赤ん坊のことを、思い出していた。
――あの時の赤ん坊が、こんなにも立派に成長した。
「ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、トランクス!?」
地上でエアカーを準備していたブルマが、ヤムチャに抱きかかえられたトランクスを見て声を上げた。
「すまん。どうしても言うことを聞きそうになかったんでな。目が覚めたらオレが謝っていたと伝えてくれ。……それと、絶対にオレの後を追うなとも」
ヤムチャは、トランクスをエアカーの助手席に座らせながら言った。
「な、何言ってんのよ……。後を追うなって、一人でどうするつもりなの? あんた……まさか、死ぬ気じゃないでしょうね?」
「……ただで死ぬ気じゃないさ。お前たちが、安全な所まで逃げる時間を稼ぐ」
「……ダメよ!」
ブルマの叫びが、ヤムチャの耳を打った。
「絶対にダメ。行かせないわ。トランクスにはあなたが必要なの……!」
――わたしにも……。
そう続いたブルマの微かな声を、ヤムチャの耳は確かに聞いた。
その言葉だけで、十分だった。
ヤムチャは、己の胸に、魂に、炎が宿ったと感じていた。
「……ずっと、言わなくちゃって、伝えなきゃいけないって思ってたんだ。あの日、オレはベジータを……」
「もういい!」
ブルマが、首を横に振った。
「……もういいの。謝らなくていい。わたしは、あなたが生きていてくれて良かったって、本当に……!」
「違うんだ」
ブルマの言葉を遮ったヤムチャの声は、優しかった。
――違うんだ。
「ずっと、考えていたんだ。オレは、何のために生きているんだろうって」
ヤムチャは、ブルマに背を向けたまま語った。
「人造人間と、戦うしかないと思っていた。人造人間と戦って、死ぬ。それだけが、ベジータや他のみんなを見殺しにして……老師さまやプーアルを犠牲にして生き残ったオレに許される生き方だと思っていた」
でも、とヤムチャは続けた。
「お前たちと再会して、トランクスのことを、タイムマシンのことを知って、全てが変わったんだ。死ぬために戦うんじゃない。……死ぬために、生きるんじゃない。お前たちを――この世界の希望を守るために……今日、この日のために、オレは生きてきたんだ」
――ありがとう。オレに、生きる意味を与えてくれて。
ヤムチャの口から伝えられたのは、謝罪ではなく感謝の言葉だった。
「待って、待っ……!」
ヤムチャの体を掴もうとしたブルマの手が、空を切った。
「生きてくれ、ブルマ」
その言葉を残して、男の姿は風と共に消えた。
「馬鹿よ……」
ブルマの頬を、涙が濡らした。
「ねえ……あなた、気づいていた? わざと、避けていたの……? あの日、病院で再会してから――いいえ、14年前のあの日から、あなた一度も……」
――一度も、わたしに触れようとしなかった……。
――西の都近郊の海岸沿い。
人造人間たちが哄笑している。
「人造人間17号、お前を殺す」という、ヤムチャの言葉を嘲笑っている。
――笑うがいい。
ヤムチャは思った。
自分の弱さを、見殺しにしてしまった仲間たちのことを。
自分を救うために、犠牲になった恩師と従者のことを。
そして……自分の命に、意味を与えてくれたかけがえのない人たちのことを。
ヤムチャは、思った。
――今のうちに、好きなだけ笑っておけ。
「……あー面白かった。笑わせてくれたご褒美に終わらせてあげるよ。一瞬でね」
笑い疲れた18号が、ヤムチャに向かって手を構える。
――そうだ。
一瞬で終わる。
お前たちがその気になれば。
……だが、すぐに終わらせてしまって良いのか?
遊びたいんだろう? 退屈なんだろう?
「……まあ待てよ、18号。オレに遊ばせてくれ」
――そうだ。
お前たちにとって、全てはゲームなんだ。
新しい、珍しい玩具が気になるだろ?
訝しげな顔をする18号に、17号は続けた。
「気にならないか? こいつは”17号を殺す”と言った。どうして、オレなんだ? なぜ、”人造人間たち”でも”18号”でもなく、オレを名指ししたんだ?」
「……どうでも良いだろ? こんなザコの言うことに意味なんかないって」
「そう言うなよ。せっかくのご指名なんだ。受けてやるのが武士道精神ってものだろう?」
やれやれといった表情で18号は岩に腰かけ、頬杖をついた。
17号がヤムチャに向き直る。
「ご希望通り、オレが一対一で戦ってやる。安心しろ、18号は手出ししない」
それに、と17号は続ける。
「勿論、手加減もしてやる。全力の10%の力も使わないから……すぐに、壊れないでくれよ?」
――かかった。
狙い通り、18号に手出しさせないこと、全力を出さないことの言質を取った。
後は、オレがどこまで時間を稼げるかに……。
「行くぞ」
その言葉が終わった時には、17号はヤムチャの眼前に迫っていた。
「!!」
無造作に突き出された17号の拳を、ヤムチャは両手を使って辛うじて防いだ。
「ほお」
「へえ」
人造人間たちが、同時に感嘆の声をあげた。
ヤムチャの体が、数メートル後ろに飛ばされる。
「やるじゃないか。よく、今のを防げたな」
17号が笑みを浮かべる。
新しい玩具を見つけた、人外の――おぞましい笑みを。
ヤムチャは思った。
計算通り、一対一の状況を作った。
全力を出させないための言質も引き出した。
だが……これで、10%の力も出していないだと?
化け物め……!
17号は笑う。
楽し気な、おぞましい笑みを浮かべながらヤムチャに近づく。
「フゥーッ……」
ヤムチャは深く息を吸い、吐いた。
胸の中で燃える炎が、勢いを増した。
――圧倒的な実力差の、絶望的な戦いが始まった。