崩れ落ちる師の姿を、トランクスの目が追うことはない。
トランクスは止まらない。
前へ、トランクスは剣を振るう。
「なぜ一人で」
「あの傷」
「17号がいない」
「助かるのか?」
脳裏に浮かぶそれらの疑問を、しかしトランクスは深く考えない。
前へ、ただ、前へ。トランクスはひたすらに剣を振るう。
18号は考える。
「何だこいつは!?」
「金色の髪」
「わたしの腕!」
「17号は!?」
片方になった腕で辛うじて剣をさばきながら後ろへ下がり続ける。
疑問が頭をめぐる。考え続ける。
なぜ自分が押されているのか。
なぜ自分の腕が片方ないのか。
なぜ17号は助けに来ないのか。
――だが、気づけない。
この状況を作ったのが誰なのか。
17号を倒し、自分の腕がなくなる隙を作ったのが誰なのか。
取るに足らないと思っていた男が今の状況を作り出したことに、気づくことはない。
途切れそうになる意識の中で、ヤムチャは考える。
ずっと考えていた。
人造人間の恐ろしさ。
それは、サイヤ人をも超える戦闘力か?
無尽蔵のスタミナ?
――違う、やつらの真の恐ろしさは「二体いる」という事実だ。
同じ戦闘力と同じ残虐性を持った化け物が二体いる。
例え、トランクスが”いつの日か”超サイヤ人に目覚めたとしても、それだけでは人造人間たちに勝利することは出来ない。
だから、オレがどちらか一体を倒す必要があった。
一対一ならば、超サイヤ人になったトランクスは必ず勝つ。
なぜなら、あいつはあのベジータの息子なのだから。
そして……オレの、たった一人の――
「行け、トランクス。オレの……たった一人の、自慢の弟子――」
――強い。
トランクスは理解している。
考えずとも感じ取っている。
今の自分は超サイヤ人なのだと。
そして、今の自分の力をもってしてもなお、人造人間には及ばないのだということを。
片腕を奪った今だからこそ、混乱している今だからこそ、こうして優位に戦えている。
逃がしてしまえば勝てなくなる。
冷静になられたら、負ける。
だから、ここで倒す。
ここで、殺しきる。
だから、だから……だから、トランクスは考えない。
師の体に空いた穴のことを。
死を迎えつつある恩人のことを、今は考えない。
考えずに、ただ、ひたすら剣を――
――ギィン、という金属音が響く。
狙ったわけではない。
防御のために振り下ろした18号のひじが偶然横腹を捉えてトランクスの剣が――カッチン鋼の剣が砕け散る。
「やった」
18号は笑う。
「剣を折った」
18号は安堵する。
「わたしの腕を斬った悪い剣。これで……」
動きが、一瞬止まる。
トランクスは止まらない。
剣が折れた。――それが、何だ。
戦う術は剣だけではない。
師から授かったのは、剣術だけではない。
師の教えの神髄を今、ここで――
「狼牙……風風拳……!!」
――黄金の旋風が、18号に襲い掛かった。
「何だ、これ?」
「なぜ、止まらない?」
「折ったのに!」
「こいつの剣を折ったのに!?」
18号は考える。
考える間に次の、その次の打撃が突き刺さる。
地球人・ヤムチャのそれではなく、超サイヤ人・トランクスのスピードとパワーが生み出す神速の連撃。
人造人間の動体視力をもってしても、全てを捉えることが出来ない。
右の順突きをガードした瞬間に左ひざが、左の貫手を躱そうとした瞬間に右の掌底が叩き込まれる。
右手、左手、さらに舞空術によって地面から解き放たれた両足――四肢の全てが獣の牙となって食らいつく。
剣一本を防げば良かった先ほどまでとは違う。
片方の腕だけで、全てを防御することは出来ない……!
トランクスは考えない。
尊敬する師匠の最も得意とする技。
命を救ってくれた恩人が生涯にわたって磨き続けてきた技。
華麗な連撃に目を奪われた。
獣のごとき咆哮に、魂が震えた。
何百、何千……万に届くほど模倣した動き。
考える前に次の、その次の打撃が選択される。
トランクスは止まらない!
全てを防ぐことを諦め、頭部のみを守っていた18号の腕を掻い潜った一撃が顎を捉え、18号の意識が一瞬途切れる。
「ハァッ!」
裂帛の気合と共に、トランクスは両の掌を突き出す。
狼の顎を模した掌打が、18号を空中へと打ち上げた。
――狼牙風風拳・閃。
そして……突き出した両掌を引き、構えた。
「か……め……」
それは、かつて亀仙人が――武術の神・武天老師が編み出し、彼の弟子たちに受け継がれた技。
「は……め……」
ヤムチャから、トランクスへと伝えられた必殺技。
「波ーーーっ!!」
――黄金の輝きが、天に向かって放たれた。
「ラピス……!」
18号が――ドクター・ゲロによって人造人間に改造される前はラズリという名で呼ばれていた彼女が、最後に考えたのは双子の弟のことだった。
彼女に危険が迫った時には、必ず助けに来るはずの半身的存在。
「なぜ、来ない……!?」
18号は、17号が助けに来ない理由を――自分たちの敗因を、最後まで理解することが出来なかった。
生涯を賭して自分たちに挑んだ男の執念を、自分たちが踏みつけてきた者の怒りを、最後まで知ることはなかった。
――17号を倒したヤムチャの元気玉に匹敵する輝きが、人造人間18号を完全に消滅させた。
天を貫くその光を、西の都から避難する多くの人々が目撃した。
その中には、目を覚ましてすぐに制止する間もなく飛び出していった息子と、ヤムチャの無事を願うブルマの姿もあった。
それは、美しい光だった。
気づけば、ブルマの目に涙があふれていた。
――終わったのだ。
理由もなく、ブルマはそう確信した。
「ヤムチャさん」
残心を解いたトランクスが、倒れているヤムチャに駆け寄る。
厳しい修行によって鍛え抜かれた肉体と精神の賜物か、彼にはまだ息があった。
しかし――
「ああ」
師の体に触れたトランクスには分かってしまった。
抜けてゆく。
流れる血と共に体温が、生命が抜け落ちてゆく。
――助からない。
「……やったんだな。トランクス」
目を開いた師の声は、穏やかだった。
「どうして? なぜなんです? 最初から二人で戦っていれば、きっと……」
戦いのさなかには抑えていた疑問が、涙と共にあふれ出る。
ヤムチャは、自分の作戦をトランクスに伝えなかった。
知れば、必ず反対するだろうから。
いつの日かトランクスが超サイヤ人に目覚めた時のために、人造人間と一対一で戦える状況を作る。
そのために、自分が二体の人造人間のどちらかを倒す。
トランクスを弟子に迎えた時から考え続けた作戦。
戦闘力の劣るヤムチャが人造人間を倒し得る手段は元気玉以外にはない。
だが、元気玉を準備する時間を稼ぎ、確実に当てるためには人造人間を油断させなければならない。
トランクスと一緒に戦えば警戒される。
人造人間を油断させるために、ヤムチャは一人で戦いを挑む必要があった。
作戦が成功したとしても、残ったもう一体に自分が殺されると分かっていながら……。
――孫悟空にもベジータにもなれなかった男の生涯の集大成が、彼以外の何者にも成し得ない乾坤一擲の一撃が未来を切り開き、トランクスを勝利に導いた。
言葉を探すように、ヤムチャの口が動いた。
だが、残された僅かな時間を使って紡がれるのは弟子の疑問に対する答えではなかった。
「オレは、ベジータを……お前の父親を尊敬していた」
初めて超サイヤ人を――地球に襲来したフリーザとコルド大王をあっさりと倒した悟空を見た時、ヤムチャは最強を目指すことを止めた。
オレがあんな風に強くなれるわけがないと。
この先どんな敵が現れようと、自分はもう戦う必要がない。
全部悟空に任せてしまえば良いとすら考えた。
ベジータは違った。
ベジータも悟空との力の差に打ちのめされたはずなのに、悟空に追いつくことを、最強を目指すことを放棄などしなかった。
諦めることなく過酷なトレーニングに打ち込むベジータの姿に、ヤムチャは畏敬の念を抱いた。
悟空が心臓病に倒れた後、死んでしまった悟空と……そして、おそらくは勝ち逃げを許した自分自身への怒りで超サイヤ人に覚醒したベジータを目の当たりにした時には、感動で涙すら流した。
己が捨てた理想の自分の姿を、ベジータに重ねていた。
自分と別れたブルマがベジータを伴侶に選んだと知った時も、あいつならばと納得できた。
「それなのに」
ヤムチャは、ベジータを見殺しにしてしまった。
人造人間が現れたあの日。
ベジータや他の仲間たちが戦っている間、ヤムチャは足がすくんで動けなかった。
物陰でうずくまり、震えていることしか出来なかった。
そうして、彼だけが生き残った……。
――それなのに。
ヤムチャの頬を、涙が伝った。
「オレは、いつしかお前を……自分の息子の様に……」
許されるはずがない。
トランクスと修行の日々を共に過ごすうちに、この子が自分の息子だったならと考えてしまうなんて。
ブルマに招かれて三人で食事をする度、この穏やかな時間がずっと続くことを夢見てしまうなんて。
ベジータを見殺しにしたオレに、許されるはずがないのに……。
「そんな……ボクだって、あなたのことを、本当のお父さんみたいに……」
自分を抱き上げた温かい腕を、トランクスは思い出していた。
「……だから、死なないで」
最後に、トランクスの師匠は微笑んだように見えた。
「ヤムチャさん……ヤムチャさーーん!!」
――こうして、悪夢の日々は終わった。
しかし、人造人間を倒した二人の戦士のことを、知る者は少ない。