Winner! Congratulation!
パララララーンと小気味よいファンファーレ音が響き渡る。
画面には勝者、そしてコングラッチュレーションの文字。
どこか安っぽく感じてしまうグラフィック。しかしこのチープさが逆に良い。味がある、と言うべきだろうか。
バイオレンス・アクションの持つ外連味をレトロ調でうまく相殺できている。
思いの外白熱してしまった。クリアまで行けてシンプルに嬉しい。
「えっ!? すっごーい! エイミ、1時間も掛けずにクリアしちゃった!!」
「ほんとだ……。ユズちゃんですら1時間ギリギリだったのに」
「エイミすごいです! とても初めてとは思えません! 熟練した兵士のような見事な
「そうかな……? ビギナーズラックだと思うけど……。でも、ありがと」
コントローラーを置き、一息つく。
この手のゲームはやったことがなかったが、なるほど、中々に面白かった。
チュートリアルと序盤だけやろうかな、なんて思っていたが、結局小一時間掛けて最後までプレイしてしまった。
「ほ、ほんとにすごい。仕様を全部知ってるわたしでも、1時間切るには運が絡むのに。初見でここまで対応できるひと、初めて見た……」
「1フレーム単位で反撃しなきゃいけないのに、全部ばっちりカウンターしてたよね!? すごい反射神経だよ、エイミ!」
「アリス、見ていました! エイミは一つ一つの防御を最小動作で行っています! だから次の攻撃に入る時にタイムラグなしで行動できるんです!エイミは
「最後の方すごかったね。カウンターの応酬。お姉ちゃんがテストした時とは別ゲーみたいでびっくりしちゃった」
「わ、私の時はまだβ版じゃなかったから! 今やれば私だっていいタイム出せる……はず!」
「でも……本当にすごいです、エイミせんぱ……間違えた、エイミさん。エージェントの人って本当だったんだ……」
「なんかそこまで手放しで褒められるとちょっと恥ずかしいな……」
最初はQTEだけのゲームだと聞いて不安に思っていたが、存外ゲームとしてよく出来ていると思った。
敵の攻撃に合わせてコントローラーを動かし、ボタンを押す。そして反撃として逆の手に持ったコントローラーで殴り掛かり、ボタンを押す。
操作はとても
どのボタンを押すべきか、素早く判断しなくてはならない。
防ぐだけならばずっと待っていれば良いが、その後の反撃を意識すると、次の行動に最適な腕の動きを求められるようになってくる。
身体の動きを意識させるのが絶妙に上手いゲームだ。かなり反射神経を求められるゲームだが、それもまた私のようなゲーム素人にはわかりやすくて良い。
さながらそれは、現実の格闘の読み合いのように。次にどの場所に攻撃が来るのか、そしてどのボタンが来るかを常に意識していなければならない。
緊張感も相まって、本当に殴り合っているかのような錯覚すら抱かせるものだった。
この難易度が適正であるかどうかは分からない。だが少なくとも私的には中々歯ごたえがあって良い印象を持った。
「その……エイミさん。わ、わたしたちの作ったゲーム、どうでした……?」
おどおどとした表情で、ユズが尋ねてくる。なぜか不安げな表情だ、どうしてだろう?
だがゲームというものにあまり詳しくない私だが、これは中々に良い気がする。
素直に感想を伝える。
「これ、結構面白いかも。……他のステージはもうないの?」
「まだβ版だからねー。リリースする時には、今の倍くらいのステージを用意する予定だよ! それに、隠しボスとかも追加する予定!」
「それと、余裕があったら対戦モードも作ろうかなって話をしてた。やっぱり格闘ゲームは2人対戦が基本みたいだし」
「はい! アリスも2人対戦には大賛成です! チビメイド先輩をぎゃふんと言わせて、またアリスがアイスを奢ってもらうんです!」
「そうなんだ。面白かったからリリースしたら買わせてもらおうかな」
「 ……!! 」
そう言った瞬間、ユズ含め他の全員がぱぁっと笑顔を浮かべた。
「や、やりました! やりましたよ、モモイ!ミドリ!ユズ! ついにアリスたちのゲームにファンが付きました! とても嬉しいです!」
「めっちゃ頑張って作ったかいあったよね! 初見プレイヤーのエイミに好印象なら、本番でも期待できるかも!」
「た、確かに……。今まで私達の作品って良くて賛否両論、悪くてク……、の烙印を押されていたから……。これは本当にいい出来なのかもしれないよ、お姉ちゃん」
三者三様に喜んでいる。この三人はわかりやすくていいな。
一方ユズは、まだ少し不安げな表情を崩さないでいた。
「え、えっと……。お世辞とかじゃないですよね……? 気を使わなくても大丈夫……ですよ。 その……わたし、こういう批評には慣れてるので」
「? 気を使うも何も、本当に面白かったよ。手に汗握る戦いってこんな感じのことを言うのかなってくらい白熱した」
「ほ、ほんとうに……? 本当にわたしたちのゲーム、面白いって思ってくれたんですか?」
「うん。また遊びたいな」
「……~~~っ!」
今更ながらに実感が湧いてきたのだろうか。
喜びが我慢できなくなったのか、へにゃりと歪ませて笑みを浮かべようとする口をなんとか制御しようとしていた。
だがそれも限界を迎えたのか、喜びが声になって現れる。
「え、えへへ……。も、もしかして、神ゲー作っちゃった……かも?」
「ユズ~! 良かったね~! これで次のミレニアムプライス、最優秀賞取れちゃうかもしれないよ!?」
「まだ油断できないよ。ここからちゃんと仕上げに入らないと。私もグラフィックのクオリティアップ急がないと。お姉ちゃんも残りのストーリーテキスト考えてね」
「もっちろん! さっきのテストプレイ見て、新しいアイデアが浮かんできたんだ! 早速追加ステージのシナリオ起こさなきゃ!」
「……っていうか本当に汗かいちゃった。ちょっと水飲んでこようかな」
「あっ! では、エイミ! これを差し上げます! βテスト、クリア報酬です!」
「ん、ありがと」
アリスからスポーツドリンクを手渡される。
ミレニアムでよく見かけるやつだ。しかも私の好きな味。
気が利いているというべきだろうか、冷蔵庫でキンキンに冷やされている。
キャップを外し、口を付け嚥下すると、冷えた水分が喉を通って私の中に清涼感をもたらした。
やはり汗をかいた後はこれに限る。程よい酸味と甘味が体中にエネルギーとなって行き渡り、ほんのりと香る塩気が肉体に不足しているナトリウム分を補ってくれる。
最高の知的飲料。これなしでは人生が楽しくない、そう思えるスポーツドリンクだ。
ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干す。
「美味しかった。ありがとね」
「どういたしまして! テストプレイしてくれたお礼だよ!」
そう言ってモモイがニコニコと笑う。他の3人もそれぞれに違った笑顔を浮かべている。それに釣られて私も思わず頬が緩んだ。
―――なんていうか、良い子たちだな。
わいわいと騒いでゲーム内容について話し合っている。"青春の一コマ"みたいな光景。
あまりこういう環境に置かれたことがないから、新鮮に思える。
純粋っていうか、一生懸命っていうか。見ているだけで心が暖かくなる。
この子達にはずっと仲良しでいてほしい。それを後方から腕組みをして見ているだけで幸せな気持ちになれそう。
(きっと会長や部長が守りたいものって、こういう光景なんだろうな)
デカグラマトンや廃墟から現れる機械類の脅威。即ちミレニアムの危機。それは現在進行形で訪れつつあるらしい。
だからこそあの
きっと楽なことではない。しかしこの眼の前にある平穏な時間を守るためなら、自分を投げ売ってでも守りたいと思う気持ちは、私にも理解できた。
(……いつか、部長が何もしなくてもいいような、平和な時が来たら。……こんな風に二人で遊べたらいいな)
そう、心の底から思った。
その想いが届いたからだろうか。
今までずっと沈黙を守ってきた私のスマートフォンから通知音が鳴った。
(……! 部長からのモモトークだ)
待ちに待った主人からの連絡。高揚を隠しきれない。
私はゲーム開発部の4人がわいわいと話し合う中、端末に目を移した。
(良かった……。なんともないんだ、部長)
ほっと一息つく。
少なくとも何らかの重大な病気ではないらしい。
数日間もその不安を抱えていたからだろうか、ふっと緊張の糸が解ける。
(返信が来ない……。部長どうしたんだろう?)
既読はついているから、メッセージは見ているはず。
私が考えあぐねていると、十数秒ほど掛けてから、次のメッセージが送られてきた。
(他人に聞かせられない話……。それも直接通話で。……なんか良くないことの予感がする)
これまでヒマリと離れて行動することがなかったから、こういったケースを経験したことはない。
だが周囲に聞かせられない話をするとき、モモトークなどのツールを使うことはまずなかった。
ハッカーであるヒマリにとって、オンライン上にデータを残すことそのものがリスクになる。
勿論通話でも盗聴のリスクは存在するが、それでも一般企業であるモモフレンズが開発しているチャットアプリよりは、通話のほうが格段に安全だろう。
ともかく、すぐに行動を起こそう。
そう考えていた矢先。
私の浮かない表情に気づいたのだろうか、モモイがいつの間にか近くに寄ってきていた。
「あれ? エイミ、険しい顔してどうしたの?」
「ん……。ごめん、部長……。えっと、上司から連絡入った。急いで現場に行かないとだめかも」
「おぉ……。エージェントっぽい……」
「エイミから仕事人のオーラを感じます。エージェントはいついかなる時も上の命令に従う……。プロフェッショナルで格好いいです!」
「え、えっと……。私達は大丈夫なので、行ってあげてください」
「そうだね! エイミ、また遊びに来てね! エイミならいつ来てくれても大丈夫だから! 次は追加ステージを用意しておくから、期待してて!」
「うん、そうさせてもらおうかな。じゃあ、またね」
ゲーム開発部の部室から離れる。
彼女たちには少し申し訳ないが、部長からの指示が何よりも最優先だ。
ミレニアム学内を駆け足気味に歩いていく。
学園内にはどこもかしこも部活動中の生徒でいっぱいだ。
周囲に聞かせられない話をするには、ミレニアムの学園内に相応しい場所はない。
出来ることならセーフハウスに戻ってから通話したいが、部長の反応を見るにセーフハウスにまで戻っている余裕はなさそうだ。
緊急ではないが、可及的速やかに。
で、あればそれを実行するのに相応しい場所を探すしかない。
(どこかの空き教室か、部室でも探すべきかな)
人が来ない場所の第1候補はそれだ。ミレニアムはキヴォトスでも有数のマンモス校だ。
当然、校舎の規模も相応に大きい。空き教室や部室は探せばいくらでも見つかる。
階段を駆け上がる。途中何人かとすれ違うが、チラチラと視線を感じた。
(……しまったな、鼻血の跡を拭くの忘れてた)
とりあえず、予備のシャツに着替えたほうがいいかもしれない。
だがまずは人気のない場所に移動するのが最優先だ。
3Fのあまり人が寄り付かないエリアにたどり着いた。
ここは運動関連の部活の倉庫やミーティング用の部屋が多い場所。
(……ひとまず、ここでいいか。扉も一つしかないし、窓も閉まってる。奥行きがあるから立ち聞きされても聞こえないはず)
とりあえず廃部になったらしいカバディ部の部室に入る。
既に使われなくなって久しいのか、中は少々埃っぽい。
扉をパタンと締めて、念の為鍵を掛ける。ついでにカーテンも閉めた。
一応、周囲に誰も居ないか耳をそばだてて気配を伺うが、遠くからの声や足音しか聞こえない。この部室の付近には誰も居ないはず。
更に念の為、腕に装着したサポート用端末を起動し、ホログラムを起動する。
(……ヴェリタスの近くとかは盗聴器だらけらしいし。念には念を入れておかないとね)
周囲に盗聴器類の電波や信号がないかを調査。オールクリア、問題なし。
ひとまず安全と秘匿性が確認された。
私はスマートフォンを取り出し、部長の番号に通話を入れる。
1コールと掛からないうちに、電話先から声が聞こえてくる。
『もしもし、エイミですか?』
「うん、指示通り、周囲に誰も居ない場所から掛けてる。盗聴器も仕掛けられてないのを確認してあるよ」
『流石、私のエイミですね。仕事が早くて本当に助かります』
「……うん、それで、どうしたの?」
一瞬、"私のエイミ"というワードに反応して動揺してしまった。
しかし今はそんな色ボケた考えをしている場合じゃない。
『その、まず入院のことなのですが……。ごめんなさい、帰りがいつになるかが分からなくなってしまいました』
「……それって、どういうこと?」
さっきモモトークで問題ないと言っていたじゃないか、と続けそうになったが、口を閉じる。
なにか事情があることは見て取れる。余計な質問をするより、部長自ら語ってくれたほうが効率がいい。
『重要な問題が発生したのです。いえ、私に発生したというよりも……ミレニアムの方に起こっているといいますか……』
「ミレニアム? ……それって、まさかデカグラマトンの」
『いえ、違うのですよ、エイミ。……場合によっては、もっと危険かもしれません』
デカグラマトンよりも更に危険度の高い問題?
その言葉を聞いて、私は思わずゴクリと喉を鳴らした。
デカグラマトンの存在は非常に危険なものだ。
それは明星ヒマリというミレニアム史上最強のハッカーが手も足も出ずに一度敗北しているという事実からも明らか。
それよりも危険なことが、ミレニアムで起きようとしている。
これはひょっとしたらキヴォトス全体に関わる危機かもしれない。
私は固唾をのんでヒマリの次の言葉を待つ。
『ええと……。まず、一つだけ。この問題には"時間制限"があります。それが過ぎたら、私でもきっと止められません。それを承知した上で、聞いて下さい』
「……時間制限?」
更に剣呑なワードが出てきてしまった。
時間制限ということは、それが過ぎたら"何か"が起きる。もしくは"何か"に間に合わない、ということだ。
つまり時間との勝負。高度な判断を、素早く下す必要がある可能性がある。
私には荷が重い。そう弱音を零しそうになるが、やめる。
部長が私を信頼して話してくれるのだ。部長の信頼は裏切りたくない。
……いや、裏切りたくないのではない。絶対に裏切れない。
私と部長を繋ぐ唯一の線。それは"仕事"という細い糸。
私が優秀である限り、部長はきっと私のことを見放さない。ずっとそばに置いてくれる。
だから彼女からの命令は絶対に従うし、成功させなければならない。
私は先程までの弱音を吐こうとしていた自分を、心の中で張り倒し、気合を入れる。
「分かった。聞くよ」
『ありがとうございます、エイミ。……では、あなたに任務を頼みます。それは――――――』
『ミレニアムサイエンススクール、1年生。ゲーム開発部所属。"天童アリス"。
彼女が"ミレニアムの裏切り者"かもしれません。すぐに身辺調査をお願いしたいのです』
「…………………え、」
その命令は、私の先ほどまでの、ほんのささやかな幸せを。
完膚なきまでに打ち砕くものだった。