明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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エイミパートより少し前の時系列。

ほんのり叡智注意。

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17.明星ヒマリと『バブみ』

 

 ふぅ……。

 

 あら? 失礼いたしました。

 私としたことがつい……。最近はなにかと溜息ばかり吐いてしまいますね。

 溜息をひとつ吐く度に幸せがひとつ逃げていくと言いますから。なるべく差し控えたいものです。

 

 さてと。美と知を両立する唯一無二の存在にして、『全知』の称号を持つ可憐なる華。

 この声に、この瞳に、この才能。どこを取っても美しく、知的で、少々病弱……。

 まさに奇跡の結晶。

 

 自己紹介が長くなるのも無理はありませんね。明星ヒマリです。

 

 

 

 私がこの"都市"に滞在して……。

 いえ、あえて悪し様に言うならば"軟禁"されてから、1日が経過いたしました。

 

 超高層ビルの最上階。恐らくVIPルームだと思われる、過剰なまでに広いこの室内。

 窓際から眼下に映る景色に目を向けると、未だ開発途中とはいえ8割は建築が完了しているであろう高層ビルが立ち並んでいます。

 

 本来であればこのような素晴らしい景色を見て、暖かい緑茶とお茶菓子でも嗜みながら、趣味のタロットカード占いでもできれば最高なのですが……。

 この景色があの女によって作られたであろうことを加味すると、途端に色褪せて見えてしまいます。なぜなのでしょうね?

 

 

「……これが、"要塞都市 エリドゥ"ですか。何ともまぁ、リオが考えそうなことですね」

 

 

 この都市の存在については、以前から兆候だけは察知していました。

 リオがセミナーの仕事をユウカやノアといったセミナー重役に任せきりになり、影でこそこそと何かを企んでいる。

 それに気づいた私は密かにその痕跡を追いました。勿論、リオには内緒で、です。

 

 

「……確かに、この都市の存在はとても重要かもしれません。デカグラマトンを含む、未知の現象の類……。廃墟から断続的に現れる謎の機械達……。それらの問題を一挙に解決できるかもしれない、鬼策なのでしょうね」

 

 

 しかし、この都市の実態は"異常"そのものです。

 まず、人が1人もいません。すべての建築作業・設備運用・警備に至るまで、すべてリオが開発したAMASやドローンが執り行っているようです。

 

 そして何よりも、規模がおかしいのです。これだけの規模の都市、いくら開発資金が充実しているミレニアムサイエンススクールであっても、簡単に許可が降りるものではないでしょう。

 なので、気になった私は調べました。それはもう、綿密に。

 すると案の定と言いますか……。あの女がやりそうなことが出るわ出るわ。

 

 後ろ暗いことのオンパレードです。特にミレニアムの資金を数千億単位で思いっきり横領していることには驚愕を禁じえませんでした。

 それでもまだ疑問は残ります。

 数千億程度では、これだけの都市を建造することは出来ないでしょう。

 

 もしかしたら私財を投じている可能性も大いにあり得ますね。

 あの女にはこれまでの開発報酬や各種セミナー公演の報酬がありますし、自らで資産運用も行っているでしょう。

 動かせる金額の量で見ると、キヴォトスでもトップクラスであることは間違いありません。

 

 

「……ユウカがどれだけ鬼気迫る思いで帳簿とにらめっこしているのか、あの女は知らないのでしょうね」

 

 

 ふと、一度会計のユウカが私に泣きついてきた事件を思い出しました。

 あのときはコユキちゃんという、大変ないたずらっ子が原因だったのですが、これはそのスケールを遥かに超えています。

 もし会長がミレニアムの資金を横領している、という事実を彼女が知ったら、きっと白目を剥いて倒れてしまうでしょうね。

 

 

『……必要な犠牲よ。すべてが終わってから、彼女には改めて謝罪するわ』

 

「ノックくらいしなさい、リオ。何度も言いますが、私にもプライバシーはあるんですよ?」

 

 

 いつの間にか、室内に現れたリオにそう告げます。

 私の刺々しい雰囲気に気づいたのでしょうか、リオは視線を落としてバツの悪そうな表情を浮かべていました。

 

 

「……怒っているのね?」

 

「当たり前でしょう。正直、必要なら少しくらいはやるだろうな、と前々から思っていましたが……。これは明らかに度を越しています。完全に犯罪行為です。……リオ、あなたは矯正局に入れられたいのですか?」

 

 

 生徒会長による学園の資金横領。クロノススクールの記者たちが知ったら向こう半年はトップニュースになるレベルのスキャンダルです。

 当然ですが、いくら世界トップクラスのハッキング能力を持ち、あらゆる電子データを改ざん、廃却できるスーパーハッカーであるこの私でも、起きてしまった事実をなかったことにすることはできません。

 

 この事実は明るみになった瞬間、即破滅に繋がる。それが分からないリオではないはずです。

 故に、私は怒っているのです。なぜここまでのことを相談もなしにやってしまったのかを。

 

 

「はぁ……。リオ。正直に言いますね。私はあなたのことを嫌っているわけではありません。……いえ、少しばかり苦手だなとは思っていますけれど、今回に限っては、少なくともアナタの味方でいようと思っています」

 

「それは、どうしてかしら?」

 

「何を今更。私とあなたは一蓮托生。あなたが失脚するということは、私も同時にミレニアムから追い出されることになります。……データはすべて完全に改修されていますが、私の不正入学の件が明るみにでないとも限りません」

 

 

 当然ながら、入学当時はリオはまだ生徒会長ではありませんでした。

 それでもセミナーの権限を利用して、私の正体がバレないようにいくつかの細工を施してきたのは事実です。

 

 故に、当時の情報を知る者。特にミレニアム卒業生で、私を知り、かつ改修された情報に気づく可能性がある人間が、私の正体を糾弾する可能性はゼロではないのです。

 

 

「勘違いをされたくないので、一応言っておきます。仮にあなたが生徒会長の座を追われ、私がミレニアムを追われることになっても……。あなたを恨んだりはしませんよ、リオ。これはすべて私が選択した結果であり、すべては自業自得なのですから」

 

「……そう」

 

「その上で教えて下さい。どうしてここまでする必要があったのですか? 確かにデカグラマトンは脅威です。放置していてはいずれ取り返しのつかないことが起きてしまうでしょう。……ですが、あなたの身を危険に晒してまで、どうして……」

 

「……ミレニアムを、そしてキヴォトスを守る為に必要だからよ」

 

 

 キヴォトスを守る。言葉にすればシンプルですが、それを本当に実行できる人間はどれほど居るでしょうか?

 各々の手段で治安を守る、などといった言葉とは意味が大きく異なります。

 

 文字通り"全てを投げうってでも" 目的を達成する。そういった強い意志がないと、到底不可能な話でしょうね。

 

 

「そうですか。……あなたが言うのですから、根拠や証拠があるのでしょうね」

 

「えぇ。それについては、明日以降に説明するわ。……勿論、ヒマリ。あなたが協力してくれるのなら、だけれど」

 

「言ったでしょう? 私はあなたの味方です。……ド級の犯罪行為をしてしまったとしても、あなたは私の幼馴染なんです。見捨てたりはしませんよ」

 

「そう。……その、ありがとう、ヒマリ」

 

「あなたから素直にお礼を言われたのは何年ぶりでしょう? ……小学生の時、あなたの作った玩具を直した時以来でしょうか?」

 

 


 

 

 遠い昔の記憶を思い出します。

 まだ私達が比較的純粋で、周りのものに興味を抱いていられた頃。

 

 リオは自走式の小型ロボット。確か名前はアバン……。アバンストラッシュ君でしたか?

 とにかく、リオは幼いながら、そういったロボットを作り上げました。

 

 小学校低学年の女児が作るにしては、非常に高い完成度を持っていたのを覚えています。

 サイズは小さいとはいえ、しっかりとしたAIを搭載し、自走能力を兼ね備え、アームを利用して複雑な作業を行うことができました。

 

 しかし弱点があったのです。高性能ではあったのですが、材質に問題がありました。

 それも当然です。小学生のお小遣いで買えるような、プラスチック製の素材や安物の電子機器を使って組み上げたそれは、耐久性に問題を抱えていました。

 

 リオはそれが不満だったのでしょう。更にパーツを追加していっては、強度を補強しようと躍起になっていました。

 しかし補強を繰り返すたびに、機体のバランスが崩れ、それらを修正しようと更に補強を繰り返すという悪循環に陥っていました。

 

 性能を妥協して、全体のバランスを保ったりすれば良かったものの、当時のリオというのはそれはもう完璧主義の権化のような性格をしていましたからね。

 パーツを取り払うなどといった簡単な対処ですら、リオは意固地になってまで拒んでいたのです。

 

 見かねた私は『全知』と呼ばれるに相応しい頭脳を以て、解決策を提示しました。

 性能を下げるのが嫌ならば、それぞれにリミッターを掛ければ良いのです、と。

 

 つまるところ、リオのロボットの弱点は"高性能さ"にありました。

 これだけのカタログスペックがあるのだから、これくらいのことは出来るはず。

 そういった机上の空論で判断されたそれは、実際の動きがどれほど理想と異なるかというものを除外して考えられていたのです。

 

 ですから、私はリオの作ったそのロボットのAIに "判断させる余地"を持つ機能を搭載しました。

 これくらいならやれる。この動きをすると強度に問題が生じる。そういった取捨選択を、AIに判断させるのです。

 

 初めのうちは失敗続きでも、失敗を繰り返すうちに"学習"していくのです。

 それを何百、何千と繰り返せば、後に残るのは"可能な限り最適化された動き"そのもの。

 

 結果として、リミッターを設けることで、機体の持つ性能のギリギリ限界を無理なく稼働させられるようになりました。

 これはリオにとって予想外の結果であったらしく、珍しく彼女が私に抱きついて感謝を述べてきたのを覚えています。

 

 ……そういえば、あの頃のリオだけは唯一、可愛かったかもしれませんね。

 もっと素直になって、周りの人間を頼ることを覚えられれば。そう思わずにはいられません。

 優秀な頭脳、優れた才覚。見てくれは良いのですから、きっとたくさんの人に愛されるでしょうに。

 

 ですが、それをリオは望んでいないのかもしれません。

 故に、このような"横領都市"を作り上げてしまうのでしょうし、誰にも相談せずに一人で抱え込む……。リオの悪癖ですね。

 ……まぁ、私も人のことをとやかく言えた性質ではないのかもしれません。

 

 私だって、こうして秘密を抱え込んで生きているのですから。

 

 

 


 

 

「ひとまず……。あなたとの約束通り、私はここで療養に入ります。定期検診用の設備も用意してもらいましたから。まさに至れり尽くせり、ですね」

 

 

 本題に戻りましょう。

 私はここに長居するつもりはありません。

 恐らく私のセーフハウス以上に安全な場所であることは確かですが、このような都市の存在は私の主義に反するからです。

 自由と無秩序を混同してはならない。私がハッカーとして大切にしている心構えの一つです。

 

 

「そう。……なら、私は一度退散させてもらうわ。何か用があったら、ベッドの横のスイッチを押して頂戴。私の端末に直通するようになっているわ」

 

「ご配慮ありがとうございます。……できれば使わなくても良い状況になることを祈りますが」

 

 


 

 

 そう言って、リオは退出していきました。

 私は再び溜息を吐いて、外の景色に目を向けます。

 

 綺麗な夜空。下からは煌々と照らされる近未来的なライティングが列を成しています。

 まるでナイトプールのようです。現実的な光景ながら、幻想的な印象を抱かせるこの街は、悔しいですが"合理性"の持つ美しさというものを感じさせずにはいられません。

 

 もしここにエイミが居てくれたら……。

 

 美しい夜景をバックに、美味しい食事に舌鼓を打ちつつ、食後のトークも楽しんで……とても素敵なデートになりそうですね。

 あの女を褒め称えるようで癪ですが、この景色はやはり素晴らしいものです。ロマンスを味わうにはうってつけのロケーションであることは間違いありません。

 

 しかしその相手(エイミ)は此処にはいません。どころか、エイミは私が何処に居るかも知らないのです。

 入院すると嘘をついて、この要塞都市に来ましたから。……今頃、エイミは私のことを心配してくれているのでしょうか。

 

 

(……離れ離れになっているからでしょうか? エイミが居ないと、こんなにも静寂を感じてしまうのですね)

 

 

 人というものは、無くして初めてそれの重要さに気づくとよく言いますよね。

 私の場合はそれがエイミで、常に隣に居てくれた後輩が、どれだけ私のことを支えてくれていたのか……今まさにそれを実感しています。

 

 

(……寂しい。一人がこんなにも心細いだなんて)

 

 

 いつの間にか、私は弱くなってしまったのでしょうか?

 かつてはこんなにも人恋しくなることなんて、なかったのに。

 

 一瞬、リオのことを呼び戻しそうになりました。

 それほどまでに、私は孤独を感じていたのです。

 ボタンを押そうと手を伸ばし……しかし考え直し、やめました。

 

 

(リオが去ってからまだ数分も経っていません。それにリオに"寂しいから側に居て"なんて言えるわけがないじゃありませんか)

 

 

 なぜここまで不安を抱いているのか、自らの心の分析をします。

 こういった時に行う自己分析(アナリシス)は非常に重要です。

 冷静に自己を客観的に見つめ直し、問題点を洗い出す。さながらそれは自らの心をハッキングしているかのよう。

 

 エイミにもこの技術を教えてあります。賢い子でしたから、ものの数日でマスターしてしまいましたね。

 流石エイミです。

 

 さて、閑話休題です。心の内側の解析を始めましょうか。

 

 

(……リオがこの"要塞都市"を作らなければならないほどの"何か"がある。それに怯えているのでしょうか、私は)

 

 

 一理ある分析ではあるとは思います。ですが完全にそれだけかと問われると、答えはきっとNOでしょう。

 

 

(それともやはり体調が優れないから……。病は気からと申しますが、身体の不調は精神に現れるとも言いますし……)

 

 

 これもまた、真実かもしれません。

 デカグラマトンとの戦いが本格化してから、あまり休めていないのも事実です。

 精神的疲労が肉体に現れる。それはこれまでの人生で幾度となく体験してきた"経験"に基づく結論でした。

 

 

(私は、何かを恐れているのですね。だから不安に感じてしまう)

 

 

 結局のところ、一番正解に近いのはこれでしょうね。

 シンプルで大変わかりやすいと思います。

 

 怖い、恐怖を感じる、そういったものを人間は忌避するように出来ていますから。

 恐怖を感じればその元凶を避ける。負担を感じれば肉体が悲鳴を上げるというのは、人間として当然の機能です。

 

 で、あれば。まずは悲鳴を上げつつある精神と肉体のケアをしてあげるほかにないのかもしれません。

 

 

「はぁ……。結局、またこの薬に頼るしかないのですね」

 

 

 例の薬を手に取ります。まるで風邪薬のような普遍的な外見をした白い錠剤ですが、効果は中々に強力です。

 副作用こそないにせよ、これを服用すると私は"男性"としての機能を強制的に発露させられることになります。

 

 それ自体は良いのです。恥ずかしいですけれど、我慢すれば良いのですから。

 ……しかし、私がこの薬を快く思わないのは、ただ一つの理由です。

 

 

「……エイミ。私がエイミのことを想って、自らを慰めてしまったら。……きっと許してくれないでしょうね」

 

 

 きっと、私の恐怖の根源はそこにありました。

 エイミに正体を知られ、エイミが私の元から去っていってしまう。

 それこそが最も恐れる事態なのでしょう。

 ミレニアム最高の頭脳を持ち、あらゆる論理的思考を即座に構築できるこの私ですら、抗うことすら出来ない恐怖。

 

 見捨てられたくないのです。

 エイミにはずっと側に居て欲しいです。

 私の隣でその可愛らしい表情をずっと見せてほしいのです。

 時々ちょっぴり悪戯をして、ジト目で呆れられて。

 眠って朝起きたらエイミが枕元で起こしてくれる。

 そんな毎日がずっと続いて欲しい。

 

 それはあまりにも我儘で、きっと知られてしまったら失望されてしまう、偽らざる、明星ヒマリの醜い本心。

 

 

「ふぅ……。仕方ありません。これを飲まないとずっと此処に缶詰にされてしまいますからね」

 

 

 覚悟を決めて、錠剤を飲みました。

 少しぬるくなった水で、それを嚥下します。

 

 あとは、待つだけです。

 私は死刑宣告を待つ囚人の如き気分で、枕に頭を乗せて目を閉じました。

 

 これまでの疲れが出ていたせいでしょうか?

 いつの間にか、私の意識は徐々に眠りの世界へと誘われていきます。

 

 

(あ……。眠ってしまっては……駄目、です。……これでは、制御が、効かなく……)

 

 

 そう考えても時すでに遅し。

 重たくなった瞼を開くことは既に不可能で。

 

 結局、睡魔に負けた私は、夢の中にどろりと溶けていくしかありません。

 

 

 

 

 


 

 

 

 夢を見ています。

 ふわふわと暖かさを感じて。

 そこは羽毛のベッドの上。柔らかな感触が地肌を通して伝わってきました。

 

 そこで私は自らが一糸まとわぬ姿。すなわち裸であることに気がつきます。

 

 

(……あら? ……なんだか身体の調子が変ですね……?)

 

 

 全裸でベッドの中に入っていることは分かりました。

 しかし何というか……。身体に違和感を感じます。

 

 例えるならば、今までずっと履いていたお気に入りの靴が、ある日突然全く違う人の靴に入れ替わっていたような。

 もしくは使っていた歯ブラシの形状が、全然違うものになっていたような。

 

 そんな些細な違和感です。

 

 私は寝ぼけたままの頭で考えます。

 いえ、夢の中で寝ぼけているとは矛盾した表現だとは分かっているのですが、そう言い表すのが適切な状態なのです。

 

 

(……? なんだか、胸が少しあるような……。 もしかして太ってしまいましたか?)

 

 

 ふにふにと、自分の胸のあたりを撫で回します。

 今まではすとん、と縦に滑り落ちるような感触でしたが、今は僅かながらに膨らみを感じます。

 

 ちらりと自らの胸元に視線を下ろすと、そこには控えめながらも確かに自己主張をする、二つの小ぶりな双丘がありました。

 太ったにしては、少しばかり局所的すぎるような……。

 私は自らの身体に起きている異変を探ろうと、それに手を伸ばします。

 

 

「……んうっ!」

 

 

 びくんと身体が跳ねます。微弱な電流が流れるかの如き、ゾクゾクとする感覚が、全身に広がって。

 そしてそれが自らの胸の頂上。女性らしさの象徴に触れたことによって起きた現象であることを悟りました。

 

 ここまで来て、私は自らがどういう状態になっているかをようやく把握したのです。

 

 

(……これは、女性の身体なのですね。……と、いうことは)

 

 

 私は努めて冷静に、布団を少しだけ捲って、自らの下半身を確認しました。

 そして、案の定と言うべきか。そこには明星ヒマリが隠し持つであろう"禁忌の証"がありません。

 

 普通であればきっとパニックになっていたでしょう。

 それも当然です。長らく付き合ってきた身体の一部が突然に消失しているのですから。

 まずは病院か、それとも何らかの特異現象か、あるいは幻覚を見ているのか、など、あらゆる可能性を考慮して行動に移していたでしょう。

 

 しかし。今の私は不思議なほど"安心"していました。

 

 

(……まぁ、夢だと分かっていますからね)

 

 

 不思議なほど、私の意識は明瞭に存在していました。

 夢の世界で自由に動ける人というのは、数多く存在すると研究の結果明らかになっています。

 

 無論、私がそうだという証拠はありません。

 しかしなぜでしょう。とにかく私はこれが"夢の中"であり、例え自らの性別が反転していたとしても騒ぎ立てる必要がない、ということだけは理解していたのです。

 

 ここがベッドの中で、恐らく私の寝室で、暖かくて、安心できる空間だったのも作用しているのかもしれません。

 

 

(あぁ……ここは。いつものセーフハウスの、私の部屋ですか)

 

 

 少しばかり細部が違います。まだ私が開発した電子家具の数々や、整理整頓してあるはずの棚が見当たりません。

 ぽつん、と。部屋の中央にベッドだけが置かれています。

 

 

(いつもここに帰ってきて、ここで身支度をして、ここで眠る……。深層心理学によると最も安心できるのは自らの寝室である、という研究結果もありますし、私も例外ではない……といった所でしょうか)

 

 

 努めて冷静に考える余裕すらあります。

 なぜでしょう? 普段より心が軽いです。それは夢の中だからかもしれませんが、それにしても……。

 

 

 

 ―――ふと、自らの頭上に見慣れた姿が見えました。

 

 

「おはよう、部長。珍しく朝遅いんだね」

 

「……エイミ……?」

 

 

 私の顔を覗き込むように、エイミがこちらを見つめていました。

 いつもどおり、感情の薄い……しかし確かに優しさを持った瞳が、私の姿を捉えています。

 

 

「おはようございます、エイミ……。もう朝なのですね?」

 

「うん、そうだよ。まぁでも、今日は休みだから。もっとゆっくりしててもいいよ」

 

「んん……。そうですか?」

 

 

 休み。それは学校が休みということなのでしょうか?

 デカグラマトンに対する活動を始めてからは、学校が休みであろうがなかろうが、常に何らかの作業をしていたはずなのですが……。

 

 私の考えを見透かすかのように、エイミがくすりと笑っていました。

 

 

「もう、部長……。寝ぼけてるの? デカグラマトンの最後の預言者は、去年倒したでしょ。まさかあのデカグラマトンが、ただのお釣り計算のAIだったなんて、びっくりだよね」

 

「……え、そうなのですか……?」

 

「うん、そうだよ。部長はもう知ってたでしょ?」

 

「……そうですか。そうかもしれません」

 

 

 デカグラマトンの脅威が去っている。その言葉を聞いて夢の中ながら驚きました。

 それは、私の知らない結末です。しかし、予想しうる形の中の一つではありました。

 

 デカグラマトンが周囲の機械類、更には預言者達を直接支配しない理由に心当たりがなかったものですから。

 もしデカグラマトンの本体が、ただの小難しい考えを持ってしまっただけのAIで、それが周囲を感化させている。

 

 可能性の中では常にあった回答です。ですが、ここは夢の中。

 それが本当であるか確かめる術は、私にはありません。

 

 

「うん。だからしばらく二人でゆっくりしよう、って。部長が言ったんだよ?」

 

「……あぁ、そうでしたか? ごめんなさい、ちょっと記憶があやふやかもしれません」

 

「ふふ、まだ寝ぼけてるんだね。ぼーっとしてる部長の顔、可愛いよ」

 

「……か、可愛い、ですか?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、耳がかぁっと熱くなりました。

 普段エイミが言わないであろう直接的な好意に、不意打ちを食らってしまいましたから。

 

 

「うん。可愛い。それに頭も良くて、綺麗で、優しくて。あとちょっと子供っぽい所も好き」

 

「う、あの、その、エイミ……。そんなに褒められれると、その、恥ずかしいです」

 

「部長、顔真っ赤だね。……部長は肌が白いから、照れてるとすぐ分かる。もう耳まで真っ赤だよ? そういう所も可愛い」

 

「う、ぅぅぅっ……。え、エイミ……どうしてしまったのですか?」

 

 

 顔が熱いです。普段あれだけ自らのことを美辞麗句で飾り立てて表現しているというのに。

 いざ直接的に、眼の前にいるエイミに言われると、身体の中心から熱が込み上げてきて、得も知れぬ感覚に支配されてしまいます。

 

 

「ん、しょっと……」

 

「……え、エイミ!?」

 

 

 エイミが私の居るベッドの中、布団を一緒に被る形で入ってきました。

 あぁ、不味いです。今、私は布団の中は一糸まとわぬ姿。つまり裸です。

 

 このままではエイミに私の正体がバレてしまいます……。

 

 ……私の"正体"って?

 

 

「あ、あら? ……でも、私は……。いえ、隠さないといけないのに……」

 

「何を隠すの?」

 

「……それは」

 

 

 言葉に詰まります。だって、それは絶対に知られてはいけない"秘密"のはずで。

 

 

「部長……。ひんやりしてて気持ちいい。ぎゅってして良い?」

 

「エ、エイミ……? だ、駄目ですよ。私達は、そんな……関係、では」

 

 

 それを言葉にした瞬間に気付きました。

 どうして私がこのような"身体"になっているのか。その理由を。

 

 

「部長。"女の子同士"なんだから、気にしなくていいでしょ。部長の裸はもう見慣れてるし」

 

「そう、でしたか。そうだったかもしれません」

 

「変な部長。……まぁいいか。ぎゅってするね」

 

「ええと……。はい、その、どうぞ……」

 

 

 ぎゅう、と全身を抱きしめられます。

 エイミのほうが背が高いですから、自然と私は抱きしめられる側になります。

 

 私は困惑するまま、彼女の背中に手を回します。

 なぜでしょう、そうするのが"当たり前"のような気がして。

 

 私が抱きしめ返すと、エイミはその流れのまま、すりすりと顔を私の首筋に擦り合わせます。

 

 

「はぁ……。部長、いい匂い……。私、部長の香りが好き。側にいると安心する……。ずっとこうしてたい。駄目?」

 

 

 胸元や首筋にエイミの鼻先が当たります。

 そのままくんくん、すんすんと。私の持つ香りを確かめるように、深く息を吸っては、吐いていきます。

 まるで大型犬のよう。親愛の延長線上なのか、それとも別の意味を孕んでいるのか、私には分かりません。

 

 ですが、彼女の鼻だけではなく、吐息や熱を感じてしまい。流石に私も恥ずかしさを覚えて。

 

 

「あ、あのっ! え、エイミ……? は、恥ずかしいので、そろそろ……」

 

「ん……。残念。もうちょっとこうしてたかったんだけど」

 

 

 そう言ってエイミは残念そうに私の首筋から顔を離しました。

 しかし、依然として抱きしめ合っている状況は変わりません。

 

 ただ二人で、じっと抱き合っているだけ。

 お互いの身体を撫であったり、触れて確かめ合ったり、言葉を交わしたりすらしない、ただひたすらにゆっくりと流れる時間。

 

 むぎゅうと彼女の大きな胸が身体に押し付けられているというのに、不思議なほどに私の精神は落ち着いていて。

 

 それに呼応するように、エイミの体温が私の身体にじんわりと伝わってきます。

 

 私の冷えた末端……手先や足先から、じわじわと手へ、腕へ、脚へ。

 自らの心臓の音だけが、やけに大きく聞こえます。

 

 

「部長、聞こえる?」

 

「……何がでしょう?」

 

「私の心臓の音。ほら、聞いてみて?」

 

「あぅ……。エ、エイミ」

 

 

 ぎゅっと再び強く抱きしめられ、強制的に彼女の胸元へ頭を手繰り寄せられます。

 むにゅう、と私の顔に合わせて潰れて形を変える豊満なそれ。

 

 普段であれば、そんなものを顔面に食らったらあまりの興奮で卒倒してしまうような代物です。

 

 ……ですが、私は落ち着いていました。

 こんな、私の性癖ド直球の、それも私が大好きなエイミのそれだというのに。

 

 むしろ、私は……安心感だけを感じているのです。

 

 

「聞こえる?」

 

「……はい。聞こえます。エイミの心臓の音……」

 

 

 どくん、どくん、と。確かにそこからは生命の脈動の音が聞こえてきます。

 この鼓動が、エイミを生かし続けている。エイミという存在をこの世に留まらせてくれている。

 

 そう考えると、なぜでしょう。私は自分でも理解できないうちに、自然と涙が零れ落ちていました。

 

 

「……うぅっ……。エイミ……」

 

「泣かないで、部長。私はここにいるよ。何処にも行ったりしないよ」

 

「ごめんなさい……。ごめんなさい、エイミ」

 

 

 私は、ただ謝ることしかできません。

 こんなにも優しくしてくれて、包みこんでくれて、生きていてくれる。

 私の心を支えてくれる、駄目な所は叱ってくれる、そんなエイミに。

 

 

「私は……。私はエイミにひどいことをしています。なのに私はそれを辞めることができなくて。……あまつさえ、こんな風にエイミに甘えて。……私は、卑怯者なんです。天才でもなければ清廉でもないのです」

 

 

 私はずっと嘘を吐き続けています。

 そんな私が、このように甘えて良い訳がありません。

 

 エイミは私のそんな罪の告白すら、いつもの"しょうがないなぁ"という困り顔(ジト目)で見てくれていて。

 

 

「部長は、しょうがない人だね。私が居ないと駄目なんだ?」

 

「……はい。エイミが居ないと駄目なんです」

 

「いっつも天才とか、秀才とか、叡智の結晶とか言ってるのに。本当は寂しがり屋なんだね」

 

「……そうかもしれません。私は一人になるのが怖いのです。……いいえ、エイミと離れ離れになるのが嫌なのです。だから、ずっと嘘を吐き続けて……。こうして身体が限界を迎えるまで抱え込んで……。あまつさえ、エイミ。あなたにこうして抱きしめてもらってまでして、慰めてもらって……。私は……」

 

 

 一呼吸置いて。

 

 

 

「エイミに嫌われたくない……」

 

 

 

 まさしくそれは心中の吐露であり、明星ヒマリの持つ本質であり、私が背負い続けている"罪"そのものでした。

 

 

「こんなふうに、女性らしくしていれば、エイミに嫌われないと思って。バレないように嘘を吐き続けていれば、エイミが側に居てくれると思って。……あまつさえ、夢の中とはいえ、女性であれば、エイミと触れ合っても許されると思って。……そんな私が、エイミに許してもらえる筈がありません」

 

「……そっか、部長もずっと苦しんでたんだね」

 

 

 なでなでと。エイミの暖かい手が私の頭を撫でます。

 その温度が伝わる度に、私のささくれだった精神に暖かさがじわりと染み渡り。

 心の中から充足を感じてしまいます。

 

 

「大丈夫だよ、部長。私は何処にも行ったりしないよ。……こうしてずっと側にいるから」

 

「……ありがとうございます、エイミ」

 

 

 私はずびび、と美少女に似つかわしくないような鼻の音を鳴らして、涙を堪えました。

 こんな光景、エイミにしか見せられません。いいえ、エイミにもなるべく見せたくない光景です。

 

 

「部長。私は部長が悲しんだり、苦しんでるところは見たくないな。部長にはずっと余裕綽々な態度でいてほしい。いつもみたいに自信満々で、事あるごとに自画自賛して、自分が間違いなく一番だって、胸を張って生きててほしい」

 

「……そう、ですね。私もそうあるべきだと思います」

 

 

 精神と身体の不調さえなければ、今も私はそうしていたでしょう。

 だって、それこそが"明星ヒマリ"という人間なのですから。

 

 

「だからね、部長? 今は思いっきり甘えていいよ。そうすればストレスとか身体の不調も全部吹っ飛ぶから。……部長の身体のことは、私が一番良く知ってるし」

 

「……で、でも、流石にそれは……。第一、私のほうが年上なのですよ?」

 

 

 いくら夢の中とはいえ、エイミの前で甘えたりするのは……とても恥ずかしいです。

 何なら裸を見られるよりも恥ずかしいかもしれません。

 

 年下の女の子……いくらエイミが私より背が高くて、私より強い身体を持っているからとはいえ……誰かに甘えるという感覚にあまり慣れていない私です。

 それも当然です。今まで私は、誰かに弱みを見せないような生き方をしてきましたから。

 

 

「大丈夫、部長。世の中には"バブみ"っていうのがあるんだって。年下の女の子に甘えるのって、割と一般的なことらしいよ?」

 

「そ、そうなのですか?」

 

 

 確かに、以前私がネットサーフィンを楽しんでいると、そういったワードがちらほら見受けられました。

 てっきり字面の印象からして、赤ん坊のことを可愛いと思うことのスラングかと思っていたのですが、そういう意味だったのですか……?

 

 ……というか、夢の中のエイミはなぜそのようなことを知っているのでしょう?

 

 

「だから、ほら。私に甘えなよ、部長」

 

「う、うぅ……、でも」

 

 

 エイミは、私をより強く抱きしめました。

 まるで目の前に本物のエイミが居るような錯覚。夢の中とは思えない現実感。

 

 ですが、私はそれでも最後の理性を振り絞って、それに抵抗します。

 

 

「……エイミ、駄目です。駄目なのです。……私は、エイミに触れる資格など持っていなくて。……自らを偽っている私が、エイミの優しさに包まれて、自らの罪を忘れてしまう。……それがとても怖いのです」

 

「今の部長は、"女の子"だから。気に病まなくても大丈夫。……いまは、部長の身体を癒やすことだけ考えて? お願い、部長」

 

「……エイミ」

 

 

 真剣な眼差し。本当にこれは夢の中なのでしょうか。

 これは私が願っていた理想のエイミの姿なのでしょう。

 

 私だけに優しくて、私だけを見ていてくれて、私の側にずっと居てくれるエイミ。

 

 例えそれが現実には存在しない、空想上のものだったとしても。

 もはや私に誘惑に抗う術は残っていませんでした。

 

 

「……ありがとうございます、エイミ。……その、夢の中とはいえ……すごく恥ずかしいですけれど。……よ、よろしくおねがいします」

 

「うん。……じゃあ、おいで? 部長」

 

 

 エイミが両手を広げて私を迎え入れました。

 私はそれに誘われるがままに、彼女の胸に顔を埋めました。

 

 すーはー、と。思い切り深呼吸をします。

 エイミの持つ制汗剤と汗の混じった匂いと、奥底から香る女の子特有の甘い香りが、私の脳へとダイレクトに伝わってきます。

 

 鼻から取り込んだそれが、私の首筋の後ろを通って、頭の後ろの方まで流れていって。

 やがて脳まで届き、脳細胞がそれを受信し、認識した瞬間。ものすごい量の快楽物質が分泌されていくのが分かりました。

 

 

(~~~~っ!)

 

 

 まさに麻薬のような快感。エイミに抱きしめられ、彼女の香りを肺の中いっぱいに吸い込んで、毛細血管の隅々を、血液の中にまでエイミの持つ要素が循環して巡っていく感覚。

 それは、下手をすると性行為よりも卑猥なことをしているような錯覚すら抱いてしまう程に、タブーで、禁忌的で、いけないことをしているという実感を嫌でも意識してしまうものでした。

 

 普段であれば、絶対にこのような行為は出来ません。

 

 これが夢の中で、しかも今の私は女の子で、同性だから許される。

 そんな心の中だけの免罪符を得ていたからこそ、出来たことです。

 

 

(好き、好き、好き……。エイミ、私はあなたのことがこんなにも好きなんです)

 

 

 心の中でいくら愛を囁いても、想像の中のエイミにも、ましてや本物のエイミには届くことはありえません。

 ですが、私はそのむき出しの好意を言わずにはいられませんでした。

 

 暴力的なまでの脳内物質の発露が、私の天才的頭脳のリソースを押しつぶしていって、もはや何も考えられません。

 控えめに言って……"頭がバカになる"。

 そう表現しても差し支えない状態でした。

 

 

「いい子だね、部長。……そうして素直になってくれる部長、すっごく可愛い。好き」

 

「エイミ……。私も、私も……! あなたのことが―――」

 

 

 ついに心の中で溢れていた感情が、口から迸りそうになって。

 

 

 そして次の瞬間。

 

 私の意識はまるでホワイトアウトしたかのように、視界の全てが眩い光のような何かに覆われていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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