明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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02.和泉元エイミと『全知』(1)

 

- 特異現象捜査部 セーフハウス -

 

 ミレニアムサイエンススクールからほど近い都市部の某所。

 特異現象捜査部は現在、都市部のセーフハウスに拠点を構えている。

 つい先日、デカグラマトンなる意思を持ったAIがミレニアムの誇る超高性能演算機関"ハブ"をハッキングし、危うく学園の全システムを掌握される所だった。

 

 それに危機感を抱いたヒマリ部長は、即座に学園内の部室を引き払い、より強固なセキュリティシステムを自ら構築した。そしてこのセーフハウスへと拠点を移した。

 やや立地的に学園から遠くなってしまったため、アクセスは悪くなった。しかし、いつデカグラマトンが再度のハッキングを行ってくるかも定かではない中、ミレニアムを危険に晒すわけにはいかないということで、こちらに居住区画も移すことになったのだ。

 

 

「部長~? 帰ったよ~」

 

 

 私、和泉元エイミは特異現象捜査部所属のエージェントだ。

 部長である明星ヒマリの指示に従い、また彼女のサポートをするのが私の任務。

 

 故に、足が不自由な彼女の代わりに身の回りのお世話をしたり、必要なものを買ってきたりするのも私の役目だった。

 私は近場のコンビニで買ってきた朝食のサンドイッチや軽食類の入ったレジ袋をテーブルに置き、もう一度呼びかける。

 

 

「部長? ……居ないのかな?」

 

 

 キョロキョロと辺りを見渡す。薄暗いセーフハウス内には、くどく感じるほどの長い前口上で自らの賛美を送り続ける、この部屋の主たる人物が見当たらなかった。

 

 

「おかしいな……。今日出かけるとか言ってなかった筈だけど」

 

 

 廊下に出て、彼女の寝室をノックする。返事はない。

 時刻は早朝。まだ日が昇ったばかりで、外ではチュンチュンと小鳥が"朝だ起きろ"と言わんばかりに大合唱を繰り広げている。

 

 

「まだ寝てるのかな?」

 

 

 ヒマリは基本的に早起きだ。早朝5時頃にはもう起きていることが多い。

 なぜそんなに早起きするのかと聞いたことがあったが「エイミ、知っていますか? 百鬼夜行には"早起きは三文の徳"ということわざがあるのですよ」とはぐらかされてしまった。

 

 別にそういう蘊蓄を聞きたかった訳ではないのだが。

 

 ともあれ、珍しくまだ眠っているなら起こさないほうが良いかと思い、その場を後にする。

 

 

「はぁ……外あっつい」

 

 

 早朝とはいえ、既に夏の真っ只中だ。日差しが幾分か弱いとはいえ、外にはムワっとした熱気が立ち込めており、それは暑がりの私の体を熱して汗だくにするには十分すぎる気温だった。

 

 

「シャワー浴びようかな……。浴び終わった頃には部長も起きてくるでしょ」

 

 

 そしたら二人で朝食を食べて、通学の準備をすればいい。

 私は風呂場へと移動し、脱衣所でポイポイと服を脱ぎ捨て、まとめて洗濯かごに突っ込んでいく。

 

 最後に靴下を脱いだら、そのまま足の指に挟み、靴下を洗濯かごに向けて投げ飛ばす。*1

 

 

 

 それにしても、今日は朝から暑い。シャワーで済ますとして、冷水を浴びて熱された体を冷ましたい。

 朝っぱらから汗まみれは気分が悪い。そこは最低限女子として、気を使っておきたい……。

 そんなことに気を取られていたからだろうか。

 私は洗濯かごに、既に"服が入っていた事実"と"風呂場の電気が既に点灯していた事実"を完全に見逃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、部長? お風呂入ってたんだ?」

 

 

「んっ!? えっ!? んんっ!? エ、エイミっ!?

 ど、どうしてお風呂場に入ってきているのですか!?!?」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「いや、声デッカ……。いきなり浴室のドア開けちゃったのはごめんだけど、そんなにびっくりすることある?」

 

「いっ! いっ、いえっ!? べ、別に驚いてはいませんよ? えぇ、驚いていませんとも。私は全知の称号を持ち、ミレニアムにおいて類を見ない超天才かつ英才美少女ですよ? 私が驚愕する時はそれこそ世界の終焉か千年問題が解き明かされた時くらいのものでしょうとも! えぇ!」

 

「めっちゃ早口だけど……。何でそんな慌ててるの? 部長」

 

「そっ、それよりもっ! エイミ! どうしてあなたは何も着ていないのですか!? さ、流石に全裸はあまりにも破廉恥ですよ! いくら暑いからって、全部脱いでしまうだなんて、人間の尊厳すら失ってしまったというのですか!? いけませんエイミ! そこは、そこだけは最後の砦として! 大事な所だけは隠すだけの貞淑さを持って下さい!」

 

「いや、だってここ風呂場だし……。脱ぐでしょ、普通」

 

「そ、そうでしたっ……! こ、ここはお風呂場でしたね、ふふふ……」

 

「??? 変なの」

 

 

 ヒマリ部長はお風呂に浸かっていた。彼女の浸かる乳白色の湯からは、ミルクのような甘い香りが立ち込め、おそらく何かしら体に良さそうであろう事がうかがえる。

 しかし当のヒマリは先程からぱちくりと目を開いたり閉じたり、あらぬ事を言いだしたかと思えば、急に落ち着いたりと明らかに挙動不審だった。

 

 

「ごめん、汗かいちゃったからこのまま私もシャワー使っていい?」

 

「えっ? えーっと、そ、そうですね。構いませんよ?」

 

「ありがと部長。……あ~涼しい」

 

 

 シャワーから冷水を浴びる。夏だから水道の水もそこまで極端に冷たい訳ではないが、今は高望みをしても仕方ない。

 外気で火照った熱が水を経由して急速に冷まされていく。暑いのは嫌いだが、この感覚だけは好きだ。そこだけは夏に感謝できるかもしれない。

 

 

「部長はそれ、熱くないの? 夏なのに熱いお風呂なんて信じられない。部長も冷たいの浴びればいいのに」

 

「エイミ? 夏だからといって冷水を浴びていたら、私のような病弱で儚い美少女は一瞬で風邪を引いてしまいますよ……」

 

 

 そう言ってヒマリはブクブクと顔の下半分を湯に埋めて抗議する。

 

 このセーフルームを建てるに当たってまず最初にヒマリ部長が言い出した事がある。

 それはバリアフリー対応のお風呂が欲しいとのことだった。

 

 ミレニアムの寮の風呂場もバリアフリー対応ではあったのだが、ヒマリは更にそれを発展したシステムを自分で作り上げ、このセーフルームの風呂場に搭載した。

 まずスライド式の浴槽が横から開き、椅子のような形状のした足場が出る。そこに腰掛けると、次に椅子が浴槽内へと移動し、スライド式の浴槽の扉が閉じられる。

 

 そして完全に浴槽のサイド部分が閉まると、高速で適温のお湯が流れ込むという寸法だ。これなら立って浴槽の中に入る必要がなく、部長は車椅子から浴槽の椅子に腰掛け直すだけで自動的にお風呂に入れるというシステム。

 

 正直なところ、ここまで凝ったシステムにする必要はあったのだろうかと思う。何ならお風呂の補助くらいなら、私がやったほうが早いのではと何度も思っていた。

 出会った直後のまだぎこちない関係ならともかく、既に何度か死線を超えあった仲だ。そのくらいの手伝いならしてあげたいし、頼ってほしいとも思う。

 

 ヒマリ部長は何でも自分で出来るし、やれてしまうだけの頭脳が備わっているのだろうけど。

 私ってそんなに頼りないかな。ふと、そんな考えが脳を過ることもある。

 

 

「部長、顔めっちゃ赤いけど、のぼせてない?」

 

「の、のぼせてなどいませんよ。これが平常運転です」

 

「普段からそんなにほっぺ赤いの、クマ◯んかチャ◯ズくらいしか居ないと思うけどな」

 

 

 

 

 ちらりと部長の姿を見る。思えば部長と一緒にお風呂に入るのは初めてかも知れない。

 ミレニアムの寮に居た頃は、何度かそれとなく身の回りの事の手伝いを申し出たことがあった。その中には当然、入浴補助も含まれる。

 

 だがその悉くがやんわりと断られていた。あまり強く言っても良くないなと思って、それからは口にすることも無くなった。

 

 もう一度、部長の姿をちらっと見る。普段は常に厚着していて、ほとんど肌を露出しない彼女だ。

 何というか、ちょっとした好奇心みたいなものがくすぐられる。普段見られないものを見られるという、レアな状況に酔っていたのかもしれない。

 

 陶器のように白い肌が火照って紅潮している。きょろきょろと所在なさげに見渡す瞳は、なるほど。確かに当人が言うように水晶の如く澄んだ瞳、と表現しても遜色ないかもしれない。

 普段、タートルネックに隠されている首筋が顕になり、しっとりと貼り付いた彼女の髪が、やけに艶かしく見えた。

 

 

 改めて見ると、抜群に顔がいい。

 耳にタコが出来るほど聞いた『清楚、清廉、美少女、ミレニアムに咲く一輪の花、雪結晶の化身』などという表現はあながち間違いではないように感じてしまう。

 まぁそれを当人が言うから面白い女扱いされているのだが……。それを彼女に言うと数倍になって自己を賛美する美辞麗句として出力されてしまうので、決して口にはしない。

 

 

 

 

 

「あ、あの……エイミ……? あまりじっと見られると、その、恥ずかしいのですが……」

 

「……あ、ごめん」

 

 

 思わずガン見してしまった。ヒマリは恥ずかしそうに目を細め、頬を紅潮させる。

 しかしまぁ本当に美人だとは思う。100人居たら100人が美少女だと回答するだろう。

 

 

「でも部長って肌綺麗だよね。うちにある化粧品類とか、シャンプーとかリンスとかオイルとか沢山あるし。やっぱどれが良いとかあるの?」

 

「そ、それは勿論。天才美少女とは知識だけでなく、見た目にも完璧を求められるものです。美容にも当然気を使っています。自分の髪や肌に合ったものを選んでいますし、季節ごとに相応しい物を選んでいますからね」

 

「ふーん……。私はザッーと流して終わりだからあんまり気にしないけど、そんなに違うんだ?」

 

「あなたはもう少し自分の事に気を使ってもいいと思うのですよ、エイミ……。 そ、その……あなたも可愛いのですから」

 

「? 部長何か言った?」

 

「いっ、いえっ! なんでもありませんよ!?」

 

 

 シャワーの音に紛れ、ヒマリの掠れるほどの声が掻き消される。

 私はシャンプーの泡を流水で洗い流し、ぎゅう、と髪の毛から水滴を絞る。

 

 

「いや、デッカ……。デカすぎでしょう……? 一体何を食べたらあんなに……」

 

「……部長、さっきから何かブツブツ言ってるけど、本当に大丈夫? のぼせてるんじゃない?」

 

 

 体をタオルで拭きながら再度問いかける。どうも今日のヒマリは明らかに挙動不審だ。

 勿論、私が急にお風呂場に乱入してシャワーを浴びたからかもしれないが、それにしたって様子がおかしい。

 

 いつもは自信満々にマシンガンの如く自己賛辞の美辞麗句を述べ、胸を張って私こそ至高、私こそミレニアムの高嶺の花だと述べているのに。

 今のヒマリからは普段見られる"自信"が感じられない。

 

 現に、いつもは私と目を合わせて話してくれるのに、今は一切目を合わせてくれない。どころか、私の事を視界にすら入れていない。

 ずっとそっぽを向いたまま話している。

 無論、同性とはいえ裸をじっと見るのは失礼だと思って、目を逸らしている可能性もあるにはあるが……。

 

 が、これはそれ以前の問題に思えた。ヒマリはまるで上の空のようで、私と喋っているようで、私と"対話"していない。

 普段はピッチングマシーンの如く、ペラペラと話を投げかけて来る彼女が、今は一切の受け身の姿勢だ。

 あれだけお喋り好きな彼女が、らしくない。

 

 

「部長、本当に今日変だよ。……何かあったの?」

 

「い、いえっ。な、何もありませんよっ?」

 

「……なんか怪しいな」

 

 

 口をパクパク開いたり、キョロキョロと辺りを見渡してみたり、今日の部長はあまりにも挙動不審だ。

 疑問に思いつつも、シャワーを浴び終わったのでタオルで全身を拭いていく。

 

 

「まぁいいや。もう上がるから、部長も早く上がりなよ」

 

「え、えぇ。エイミが上がったら私も上がりますよ」

 

「ん、そう。じゃ朝ご飯準備しておくから」

 

 

 そう言って浴室を後にする。お腹が空いたな。

 もう一つくらいサンドイッチを買ってきても良かったな。

 なんてことを考えながら、私は自室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

*1
ちなみにこの光景をヒマリに見られたことがあるが、「だらしがないですよ エイミ!」と怒られた。

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