「……
「えぇ。その証拠が、これよ」
再び映像を再生します。エンジニア部の映像ではなく、廃墟を歩く二人の姿。
何かを話しながら廃墟を悠々と歩いていきます。音声は途切れ途切れで、ノイズがひどく全てを聞き取ることは出来ません。
時折聞こえる中には"冒険"や"クエスト"などといった単語が聞こえてきますが、それだけで会話の全容を把握することは難しいでしょう。
歩き慣れた道を征くかの如く彼女たち。まるで散歩でもしているかのような気軽さです。
これが廃墟ではなくミレニアムの学園内でしたら、先生と生徒が微笑ましい交流をしているように見えたかもしれません。
ですが……比較的安全なエリアとはいえ、そこはミレニアム廃墟なのです。
それはこの映像の緊張感には明らかに似つかわしくない、不自然なものでした。
一步道を踏み外せば、デカグラマトンの敵性機械に襲われないとも限りません。
違和感を感じます。
「この映像……。先生と天童アリスさんが去ったあとも録画を続けているということは、固定の監視カメラですね」
「えぇ。そしてこの二人が廃墟から立ち去った直後。……ここよ、拡大するわ」
映像が拡大されます。すると、今まで瓦礫の山だと思っていた場所から鈍く光るものが見えました。
「……! まさか、起動しようとしている……?」
「えぇ。しかも……見て頂戴」
「一機だけではなく……。連鎖的に起動しているのですね。まるでドミノ倒しのように」
瓦礫の山から呼応するように、"不可解な軍隊"が起動していきます。
これは危険な兆候です。私であればこの時点でこれらを敵対勢力と認識し、エイミに破壊命令を出していたでしょう。
「この時に起動した機体は全て私の部下に破壊させたわ。今は外郭に逃げた機体を追跡させているから、ミレニアムに近づけた個体は存在しないはず」
「そうですか。では差し迫った脅威はないのですね。……ですが、これは」
リオの話では今まで様々な手段を試し、それでもなお起動することが叶わなかった機械達。
それがこうも簡単に、それも一切の理由が不明な形で為されたことに、いよいよ私の警戒レベルも高まってきました。
「天童アリス、もしくはシャーレの先生。どちらかに反応して"起動"した。私はそう考えているわ」
「……これを見た限りでは、私も同じ考えです。現状では推測に過ぎず、因果関係を証明するには情報が足りませんが……。少なくとも何らかの関係性はありそうですね」
「シャーレの先生。そして天堂アリス。どちらも尋常の存在ではないわ。通常の生徒と比較して、あまりにも例外が多すぎる」
彼女はミレニアムの会長です。
ミレニアム生徒へ危害が及びそうな場合、真っ先に先回りし対処するのが彼女の仕事。
イレギュラーの塊であるこの二人に警戒心を持つのは至極当然なことだと思えました。
「ヒマリ。あなたは先生と共にデカグラマトンの預言者への撃退作戦に加わった経験があるはず。あなたから見て、"先生"はどう見えるかしら?」
「……そうですね。一言で表すならば……。お人好しな大人、でしょうか?」
幾度か共に戦い、指揮をしてもらって感じた所感がそれです。
あの方は端的に言うなら"良い人"です。表裏のない好人物。
困っている生徒が居たら見境なく助け、鉄火場に飛び込んでは生徒たちを仲裁する。
なにかと悪い大人が多いキヴォトスでは珍しい、真っ当な大人だと感じました。
キヴォトスの生徒と違い、ヘイローのないその体。
弾丸一発で致命傷を負うかもしれないのに、銃弾飛び交う戦場に飛び出していける勇気は称賛に値するかもしれません。
ミーハーなところもあるようで、時々アニメのロボットのグッズを買い込んではユウカに怒られたりもしていましたね。
それに書類仕事も苦手なようで、これまたユウカに提出期限を超過して催促されたり、書類の山をほっぽり出して生徒に会いにいったり。
その度に
つまり、先生のことを総評すると……。
「ヒマリ。私は先生を危険視しているわ。あなたも知っているでしょう。連邦生徒会長の置き土産……。あの"箱"の存在を」
シッテムの箱。それは先生だけが使うことを許された、究極にして最強の
あの箱の性能は規格外そのものです。
先生の指揮下に入ると、まるで自分の視界が拡張されたかのような感覚を覚えるのです。
そう、例えば本来見えない場所にいる敵の位置が分かったり、敵の弱点が見る前から分かってしまったり……。
更には自らの力の限界を超えた
科学では説明しきれない謎の超常現象がそこにはあるのです。
「……あの箱ですが、一切が不明です。それとなく聞いてみたことはありますが、はぐらかされてしまいました」
特異現象捜査部に協力してもらった際、私はそれに興味を抱き、箱に対してハッキングを仕掛けたことがありました。
協力を仰いでいる相手に失礼だとは思ったのですが、私は"特異現象捜査部"ですから。
まさに目の前にある特異現象の極致のような物体に、興味を抱いてしまったのです。
結果として。ハッキングをするどころか、謎の力で弾き返されてしまい……。逆にこちらの端末がダウンしてしまうという始末。
デカグラマトン相手ですら、コンマ数秒は持ちこたえることができました。しかしあの箱にはその時間の猶予すらなかったのです。
私のハッキング能力ですら一切の干渉を許さない、傷一つつけるどころか触れることすら出来ない、まさに未知の物体。それがシッテムの箱なのです。
「まさか、シッテムの箱が此度の"不可解な軍隊"に関連していると?」
「可能性はゼロではないわ。そして、"天童アリス"についても」
少なくともこの二人のうちどちらか、あるいは両方がこの件に関係しているかもしれない。
そう考えると、デカグラマトンにミレニアム中枢をハッキングされた時のような緊張感が再び蘇って来ました。
「それで……。リオ、あなたはこの問題に対してどう動くつもりですか?」
一応、問いかけます。
既になんらかの対処を考えているはずです。
「……ヒマリ。あなたの意見を聞きたいわ。あなたはこの件を見て、どうするべきだと思うかしら?」
だからこそ、そのリオの回答を聞いて私は思わず、きょとん、とした顔を浮かべてしまいました。
あのリオが、悩んでいる。考えあぐねている。
あまつさえ私に意見を求め、頼ろうとしている。その事実に驚愕を隠せません。
意見を聞かれたことは何度かあります。それに対して的確なアドバイスを送ったことも何度も。
しかし、行動の指針、つまりリオ自体がどうするべきかを聞かれたことは、私の知る限り人生で一度たりともありません。
この女は合理性の塊です。最適な行動を見つけ、それを実行することに関しては恐らく私すら超えてキヴォトスでもぶっちぎりでトップでしょう。
そんな彼女が私に自己の行動の判断を委ねようとしているのです。正気を疑うのも無理はありませんでした。
「……熱でもあるのですか? あなたが私にそのようなことを聞いてきたことは、これまで一度もなかったと思うのですが」
「……………。そうね。らしくないことをしたわ。忘れて頂戴」
少しの静寂の後、リオはいつもの調子で告げます。
表情こそ変わっていませんが、声色が明らかに不機嫌そうでした。
……今の対応は不味かったかもしれません。
せっかくリオが私を、ひいては他人を頼ろうとしたのです。良い変化と言えるそれを茶化すべきではありませんでしたね……。
「……ごめんなさい、リオ。茶化すつもりはなかったのです。そうして私を、いえ、誰かを頼るのは間違いではありませんよ」
「……そうかしら」
「えぇ、そうです」
「…………善処するわ」
私自身、虫の良いことを言っているなという自覚はあります。
この点に関しては私も人のことを言えないからです。
私も他人に頼ることに少なからず抵抗を覚えます。リオほど徹底しているわけではありませんが。
もしチーちゃんに出会わず、ヴェリタスを作らず、更にはエイミとも出会わなければ。
きっと私もリオと同じような事を考えていたかもしれません。
「とはいえ……。私の意見を聞くよりも、やはり先にあなたの意見を聞かせて下さい。私の案はその後に」
「そう。なら」
リオは軽く深呼吸をして、きっぱりと宣言します。
「シャーレの先生、及び天堂アリスを拘束するわ」
「それは……。かなり乱暴な手段ですね。ミレニアム所属のアリスさんであれば多少の無茶は利くかもしれませんが、先生のほうはそうはいかないでしょう? 仮にもシャーレは連邦生徒会傘下の超法規的機関です。いくらあなたでも簡単に手出しして良い相手ではありませんよ」
それに、そもそも先生は今現在ミレニアムにいません。
トリニティ総合学園で執り行われた、エデン条約に関する内部のごたごた。それを解決する為にトリニティに滞在している筈です。
学園自治区外にエージェントを送り込むのは政治的に非常に不味いことです。
特に相手は強力な軍事組織である正義実現委員会を保有していますから、武力を頼みに無理やり介入することも不可能に近いでしょう。
「……段階を踏みませんか? いきなり拘束は流石に穏やかではありませんから」
「ヒマリ。仮にどちらかが"不可解な軍隊"に関わる容疑者だったとして。それで被害が生じた際の責任は私にあるわ。私はセミナー会長として、生徒たちを守る義務と責務がある。取るべき最善の手段が明確に存在するのに、それを選択しないのは非合理的よ」
それに、とリオが付け足します。
「ヒマリ。"ミレニアムの裏切り者"に対して、容赦する必要はないわ」
「……その呼び方はあまり好きではありませんけれど、そうなのでしょうね、本来は」
まだこの二人がミレニアムに害を為す存在だと決まった訳ではありません。
出来ることならば、知人と自らの後輩なのですから、疑いたくもありません。
ですけれど、私とリオはかつて誓いましたから。
(問題が起きてから行動するのは愚者の行い、でしたか? ……あなたの口癖でしたね)
私はミレニアムの先輩として、そして『全知』の称号を持つ者として。
ミレニアムの生徒たちを守る義務があります。
幸いにしてそれを為すだけの力が備わっており、頼もしい後輩であるエイミも着いてくれています。
「……ひとまず、調査をしましょう。拘束は最終手段。危険が差し迫ったと判断出来るまでなるべく避けたいです」
これが最適な着地点でしょう。リオの言うところの『今出来うる最善』の選択。そうだと信じるほかありません。
私の案への納得をしてくれたのでしょうか、リオも少し考え込んだ後、神妙な様子で頷きました。
「……あなたの案で行きましょう。事態は予断を許さない状況だけれど、幾許かの余裕はあるわ」
「そうですね。では、私はエイミと共に"天童アリス"さんの調査に当たります。異論はありますか?」
「……いいえ、異論はないわ。なら、私はシャーレ及び先生の調査に当たる。こちらのエージェントの任務が終わり次第、先生のいるトリニティに向かわせるわ」
「分かりました」
その瞬間、ピピ、とリオの端末が音を立てました。
彼女はその内容を見て眉をひそめます。
「……時間の猶予が短くなったわ。いま受けた報告によると、廃墟の外に現れる不可解な軍隊。その数は増え続けているそうよ。仮にあれらが一斉に起動したとしたら、生徒達に被害が及ぶ確率が跳ね上がる」
「えぇ、そうでしょうね。……速やかに、正確な情報を掴む必要があります」
「もし、仮に。あれらが起動の兆候を見せた時。私は躊躇なく二人を拘束させてもらう。これは私が譲歩できる必要最低限の条件よ。構わないわね?」
「……わかりました。その状況に至った時点で、私もあなたの方針に従います」
できれば避けたいのですが、そうなってしまっては仕方がありません。
腹をくくるしかないのでしょうね。
ひとまず、決まってしまったことに文句は付けません。
私に出来る最善とやらを考えましょう。まず手始めに。
「並行して廃墟の威力偵察を行いましょう。あなたのAMASを借りても良いですか?」
「構わないわ。存分に使って頂戴」
「ありがとうございます、リオ。では、早速準備を始めますね」
リオが退出し、一息つきます。
中々に内容の濃い議題でしたから、少しばかり疲れてしまいましたね。
ともかく、方針が固まりました。
"不可解な軍隊"。それに関わっている可能性のある少女、天童アリスの調査。
ミレニアムに戻って調査を開始するべきでしょう。
しかし、まずは先にするべきことがあります。
「ひとまず、ヴェリタスの皆にはあの機械に触れないように、と伝えなくてはなりませんね」
モモトークを開こうとしましたが、途中でやめました。
あの子達はモモトークよりも、むしろ直接メールで送ったほうが早く伝わるでしょう。
ひとまずそういった内容のメールを入力し、送信します。
「さて、次は……」
そうでした。エイミに連絡を取らないと。
検査が終わったらモモトークにて連絡すると伝えていたものの、この数日間、ずっと連絡を取れていませんでしたから。
端末を起動します。
すぐにミレニアムに戻るべきなのでしょうけれど……。
先にAMASを廃墟に配備しておきたいのですよね。いざという時の迎撃体制を整えておかなくてはなりませんし。
それらの配備にどの程度時間が掛かるかは分かりません。エリドゥからの運搬の手間もあるでしょうし。
とはいえ、横領都市エリドゥの存在はエイミにも秘密にしなくてはなりません。
心苦しいですが、誤魔化すほかありませんね……。
ふと、入力を止めます。
この情報をモモトークで送っていいものなのか、という疑問を抱いたからです。
端末自体にセキュリティは施されていますが、モモトークはあくまで外部企業のアプリでしかありません。
内容に関しては守秘の規則があるでしょうから流出はしないかもしれません。
しかし念には念を入れて、より安全な方法で伝えるべきだと思いました。
簡潔なやり取りです。こういった時のエイミは本当に頼りになります。
プロフェッショナルな子です。私のただならぬ様子を察して、迅速に行動してくれたのでしょう。
……もし、エイミが友達などと過ごしているところを邪魔してしまったとしたら、すごく申し訳ない気分でいっぱいになってしまいます。
できればエイミにも楽しく学園生活を送って欲しい。そう思ってしまうのは私の我儘なのでしょうか?
それからしばらくして、車椅子の端末に着信が入りました。
ボタンを押して通話に出ます。
「もしもし、エイミですか?」
『うん、指示通り、周囲に誰も居ない場所から掛けてる。盗聴器も仕掛けられてないのを確認してあるよ』
あぁ本当に。仕事が完璧すぎですよ、エイミ。
出来る女です。何も言わずとも意思を察してくれる部下のありがたさをこれでもかと感じてしまいますね。
「流石、私のエイミですね。仕事が早くて本当に助かります」
『……うん、それで、どうしたの?』
ひとまず何から伝えるべきでしょうか。
先ほどのモモトークにて、帰りがいつになるか分からないことに対してエイミが尋ねていたことを思い出します。
まずはその理由から取り繕っておかなくてはなりませんね。
「その、まず入院のことなのですが……。ごめんなさい、帰りがいつになるかが分からなくなってしまいました」
『……それって、どういうこと?』
「重要な問題が発生したのです。いえ、私に発生したというよりも……ミレニアムの方に起こっているといいますか……」
『ミレニアム? ……それって、まさかデカグラマトンの』
「いえ、違うのですよ、エイミ。……場合によっては、もっと危険かもしれません」
現在進行形で起きつつある脅威。"不可解な軍隊"の存在。
そしてそれに関わっているかもしれない、彼女と同学年の生徒……天童アリス。
一步間違えればミレニアムの生徒に危害が及ぶかもしれない。
通話先のエイミにも緊張感が伝わったのでしょうか、彼女は私の言葉を真剣に伺っていました。
「ええと……。まず、一つだけ。この問題には"時間制限"があります。それが過ぎたら、私でもきっと止められません。それを承知した上で、聞いて下さい」
『……時間制限?』
それはリオが設定した"最低限の譲歩"の条件。
もし仮にあれらの機械が起動を確認したら、容赦なく二人を拘束するという宣言。
そうでなくても、不可解な軍隊が起動してしまえば、その時点でどの程度の危険が発生するかも未知数なのです。
なるべく急がなくてはなりません。迅速に行動すればするほど、危険が遠ざかっていく。その認識で居たほうが良いでしょう。
『分かった。聞くよ』
「ありがとうございます、エイミ。……では、あなたに任務を頼みます。それは――――」
エイミにはこれから、あまりやりたくないことをさせてしまうかもしれません。
仮にも同学年の生徒を疑い、内密に調べろという命令を下さなくてはならないのですから。
……ですが、私は心を鬼にします。
これを見逃してしまえば、取り返しのつかないことになる可能性がある。
もし彼女が"そう"ではなかったら、誠心誠意謝りましょう。
私も車椅子から下り、地に頭を付けて謝罪する覚悟でいます。
その時はリオの耳を引っ張ってでも彼女の元に連れていき、私と共に心からの謝罪をさせましょう。
ですから、私は自らの覚悟を表すべく。あえて悪し様に言い放ちます。
『ミレニアムサイエンススクール、1年生。ゲーム開発部所属。"天童アリス"。
彼女が"ミレニアムの裏切り者"かもしれません。すぐに身辺調査をお願いしたいのです』