私は強い衝撃を受けた。部長がここまで強い言葉で表現するということは、それ相応の理由があってのことなのだろう。
リオ会長にはそこそこ辛辣な言葉を発していたが、裏切り者という言葉にはより厳しいニュアンスが含まれているように感じる。
裏切り者、即ち"敵"だということ。
「……裏切り者って、どういうこと?」
『順を追って話します。ある程度かいつまんで説明しますが、それでも多少時間がかかります。そちらは大丈夫ですか?』
「うん、大丈夫」
『分かりました。……では』
そこから数分ほど費やして、現在ミレニアムが置かれている状況の説明を受けた。
まず、廃墟から未知の機械類が出現。仮の名称として"不可解な軍隊"と呼称することになったそれらが、ミレニアムへ向けて何らかの方法で移動していると思われること。
次に、それらの目的が不明で、かつ現在は動作していないものの、起動した場合にどれだけの危険性があるのか不明であること。
そして最後に、これらの機械類が"天童アリス"及び"先生"が廃墟を訪れた後、連続的に起動したこと。
『……ですので、私とリオはあの二人を調査することに決めました。リオは現在、先生のほうの調査に当たっています。私は天童アリスさんの調査に当たる予定ですが、差し当たってエイミに先行調査をお願いしたいのです』
「……なるほどね」
話を聞いてある程度の納得が行った。
これは確かに部長が危惧するような事態だ。
デカグラマトンを相手にした時もそうだったが、相手の戦力が不明であることが最も危険だという話を部長はよくしていた。
逆に、いかに相手が強大でも情報さえ掴んでいれば対策の立てようはいくらでもある。それは砂漠の大蛇"ビナー"を撃退できた経験からも明らか。
……だが、それでも納得のいかない部分があった。
つい先程まで私はゲーム開発部の部室にいた。そしてアリスとも小一時間ほど共に過ごしたが……。そんな"危険な存在"な雰囲気はつゆほども感じない。
ゲームが好きな普通の女の子だ。ちょっと言動に癖はあるけど、すごくいい子だった。
ミレニアムの"裏切り者"とは到底思えない。
しかしこれはあくまで私の所感でしかない。まずは部長にこのことを報告して、判断を仰いだほうが良いだろう。
「……部長、驚かないでほしいんだけど。……私、ついさっきまでゲーム開発部に行ってて。アリスとも一緒に居たんだ」
『……!? それは本当ですか!? ……エイミ! 何かされたりはしていませんか!?』
部長が血相を変えたような声を上げる。
こんなに必死な部長の様子は珍しい。
それが私を心配してのことだと考えると、少しだけ心の中がざわついてしまう。
こんな状況なのに、本来感じてはいけない優越感のようなものが迸る。
(部長、私のこと心配してくれてるんだ)
嬉しいな。
でも、今は浮ついた気分でいる訳にはいかない。
部長の期待に応えなきゃ。それが私に与えられた唯一の役目。
「大丈夫。何もされてないよ。一緒にゲームして遊んでただけだから」
『……いえ、あなたが何もされていないと思っているだけで、何らかの影響を受けているかもしれません』
「……? 部長、それってどういう……」
『天童アリスさんは通常の生徒ではありません。その出自が不明確で……。恐らく何らかの
「
ついさっきまで共に居たアリスの姿を思い出す。
長い髪に華奢な体。とてとてと歩く動作、目を見開いて驚いたり喜んだりする表情。
……どう考えても
キヴォトスには機械の肉体を持つ大人たちもそれなりに存在するが、少なくともヘイローを持つ
『後ほど資料を送りますが、アリスさんの身体能力……いえ、機体性能は尋常ではありません。少なくともミレニアムの技術でも到底不可能な程に高い性能を有しています』
「……つまり、
『おそらくは』
アリスが
……正直に言うと、部長の言葉とはいえ未だに信じられない。
たった数時間を過ごしただけだったけれど、あの子は良い子だと思った。
そんな謎の軍隊を率いて悪さをしそうな風には見えない。
……もしあの天真爛漫な態度が演技だったとしたら、私は人間不信になるかもしれないな。
そんなこと考えたくもないけど。
『ひとまず、エイミ。あなたから見た天童アリスさんの様子を教えて下さい。何かの手がかりになるかもしれません』
「……あくまで私がアリスと話したのは、ほんのちょっとの間だよ。だからどこまで参考になるかは分からないけど、大丈夫?」
『構いません。エイミの主観でも良いのです。今はとにかく情報が欲しいので』
「了解」
ひとまず、アリスが敵だとか敵じゃないとか……そういった感情的な情報を頭からシャットアウトしよう。
客観的に評価しなくてはならない。私の願望や主観を省いて、フラットな目線を保つよう努力する。
「ちょっと世間知らず、というより幼い感じ? の女の子だったよ。ゲームが好きで、自分のことを"勇者"だって言ってた。そういうごっこ遊びが好きなのかも」
『プロファイリングします。少々お待ち下さい……。お待たせしました、続けて下さい』
「ゲーム開発部……。えっと、アリスの他にモモイ、ミドリ、ユズっていう子がいるんだけど。その子達に可愛がられる感じがした。例えるなら……末っ子……みたいな感じ?」
『コミュニケーション能力が高いのですね。生徒たちとも問題なく打ち解けられる機能を保有している……と』
「あとは……そうだな。あぁそうだ。何かとゲームの用語で話を進めたりしてた。ゲームが好きなんだろうけど、それにしてもかなりの頻度でそういう用語が出てきてたかな」
『……言語機能の習得の際に、何らかのバイアスが掛かった……? いえ、しかしそれにしても今の話を聞くとそれだけではないような……』
「……ねぇ、部長。多分だけど、アリスは悪い子じゃないと思う」
客観的でいようと決意したにも関わらず、ついその言葉が出てしまった。
しかしこれが私の本音なのだろう。
色々と考えてみるが、先程のアリスの様子を見ると、どうしてもミレニアムに危険を齎すような子には見えない。
部長が何かを勘違いをしているか、それとも情報が間違っている可能性があるのでは?
そう思わずにはいられなかった。
『……今の話だけを聞くと、私もそう思えますね。仮にアリスさんが戦闘目的に作られたロボットだと仮定したら、不要な機能が多すぎます。高いコミュニケーション能力や言語習得能力。これらは必ずしも必要な機能ではないはずです。……特に、あの小さな体にそれらの機能を収めるには、それだけでかなりの内部スペースを占有してしまうことでしょう。その分のリソースを戦闘用に割いた方が効率的でしょうね』
「それに、ゲーム開発部の部室に行ったときに、アリスに手を引っ張られたけど、全然機械って感じしなかったよ。普通の人と全く変わらない」
『ふむ……。外皮に人工タンパク質、もしくはそれに近しい素材を使用しているのでしょうか? だとすれば、ますます戦闘用から遠ざかります。戦闘用であるならば、人間の肌を再現し、わざわざ耐久性を落とす必要性がありません。加えて触れた際に温度等に違和感がなかったのでしたら、体温調節機能も働いているのでしょう。……これだけで通常の技術であれば、あの体のサイズに収めるには非常に困難な機能だと言わざるを得ません』
部長はわざわざ声に出して、自らの思考を整理しているように振る舞っている。
しかしこれは、部長の考えを私と共有してくれているんだろうなと思った。
部長は天才だ。頭の回転速度は私とは比べ物にならない。
声に出さなければ、より高速にプロファイリングを進められるはず。
けれどこうして私に自分の考えを聞かせてくれるのは、私のことを"戦力"だと思ってくれているということ。
私と考えを共有することによって、メリットを感じているということだ。
本当に必要なければ、私に考えなんて聞かせずに、ただ命令だけすればいいだけのはず。
(部長は私を必要としてくれてる)
だから、私も期待に応えなきゃ。
ただ部長に付き従うだけじゃ駄目だ。
私も考えなくては。どうすればミレニアムの為に、部長の為になるのかを。
『他のアプローチも考えなくてはなりませんね』
「部長。ヴェリタスの人に協力を頼むのは?」
『有り、ですね。ヴェリタスは校内のありとあらゆる場所に監視カメラや盗聴器を仕掛けていますから。これまでのアリスさんの行動や言動の収集に使えるかもしれません。ヴェリタスへの協力要請については、後ほどこちらでやっておきますね』
「了解」
『それと、彼女の持つ武装はエンジニア部から提供された物のようです。エイミはそちらの方に当たってみてくれませんか?』
「了解。ちなみに今からゲーム部に行けば直接あの子と話せると思うけど、どうする? 部長」
『…………いえ、今はまだやめておきましょう。仮に彼女に悪意がなく、もしくは無意識の行いだったとしても。アリスさんが不可解な軍隊と関連している可能性はゼロではありません。話を聞くにしても、もう少し周辺の情報が集まってからにしましょう』
「分かった。それじゃあ、エンジニア部の調査に」
『よろしくおねがいします、エイミ』
これで今やるべき指令は全て下されたはず。通話を切ろうとする。
『―――――あっ、その。エイミ?』
「……ん? どうしたの、部長」
通話を切ろうとする手を止める。
急に部長の声色が変わった。どうしたんだろう?
『その……エイミが嫌でなければ、なのですけれど。映像通話にしてもらってもいいですか?』
「……別にいいけど、なんで?」
一通りの話は終わったはず。私としては部長の顔を見られるから全然歓迎だけど。
なにせここ数日全く顔を合わせていない。こんなに長期間……といっても数日程度だけど。部長と離れ離れになったことは無かった。
顔を見たいな、という気持ちが急に強くなってくる。『なんで?』なんて言わずに無言で映像通話をONにすればよかったな。今更ながらに後悔する。
『いえ、その……。最近エイミと会えませんでしたから。……エイミの顔が見たくて』
「―――――。そっ、か」
強烈な不意打ちで、心臓が止まりそうになった。
あまりにも強いボディブロー。ぐるりと内臓が反転するほどの衝撃に、私の心臓が急激にはしゃぎはじめ、バクバクとエンジンを鳴らし始める。
(部長、私と同じこと思っててくれたの?)
暑い。いや、熱い。顔が熱い。きっと真っ赤になってる。
吐く吐息に熱が籠もり、急激に上昇しつつある体温を逃がそうと、身体が懸命に熱を放出しようとしている。
熱い。普段だったらこんな暑さ、とても耐えられそうにない。
でもこの熱がヒマリ部長から齎されたものだって考えると、むしろ愛おしく感じてしまう。
離れていても、言葉だけで熱が伝わる。それってすごいことなんじゃないだろうか?
(嬉しい……。同じ気持ちを共有するのって、こんなに気持ちいいんだ)
……いよいよ私は取り返しようのない変態になりつつあるのかもしれない。
『あの、エイミ? 聞こえていますか? 迷惑でしたら、別に断っても―――』
「……! ううん、大丈夫だよ。映像通話に切り替えるね」
部長が尻込みして、先程の発言を撤回しそうになる雰囲気を感じ取り、急いで映像通話に切り替えた。
未だに顔が熱くて、きっと真っ赤になってしまっている。
しかしここで部長の姿を見られるチャンスを失うよりは、このほうがマシだと思った。
端末の向こう側には、部長の姿があった。
恐らく病室なのだろう。背景にはやや豪華そうなベッドが写っている。
映像の中心には、ここ数日姿を見ることの叶わなかった。私の部長の姿があった。
「切り替えたよ、部長。……なんか久しぶりだね」
『……ふふっ。そうですね、エイミ。たった数日ぶりだと言うのに、なんだかずっと――――っ!?!?』
「……? 部長、どうしたの?」
画面の向こうの部長が驚きに満ちた表情を浮かべる。
手元で口を押さえ、なにか信じられないようなものを見たように。
みるみるうちに顔色が悪くなっていき、すでに真っ青になってしまっていた。
やがてプルプルと震えはじめ、絞り出すように声を上げた。
『エ、エ、エイミ……っ!? その、その血はどうしたのですかっ!?!?』
「血? 部長、なんのことを言って………。あっ」
ふと、自らの姿を思い出す。
そうだ、そういえば鼻血が制服とか胸元に垂れたままだったのを忘れていた。
あの時はかなりの大量出血だった。見ようによっては銃に打たれて出血したように勘違いをされるかもしれない。
弁明をする暇もなく、部長が更に騒ぎ立てる。
『エイミ!? 怪我をしているのですか? ……どうして言ってくれなかったのです!!』
「い、いや。これは違くて」
『あぁ、血が……服にまで滲んで……。誰に、誰にやられたのです!?』
「違うよ、部長。これは怪我とか、そういう感じじゃなくて」
『そんなに出血しているのに、怪我ではない訳ないじゃないですか!! そうではないのだとしたら、一体何が原因なのですか!?』
「い、いやそれは……!」
(い、言えるわけない……! 部長の
鼻血を出したなんて、絶対に……!)
しかも内容が内容だ。考えてもみてほしい。
誰が自分の想い人に"あなたの体温を想像して興奮していました"なんて言えるだろう?
言える訳がない。あまりにも変態発言。
それを口にした瞬間、ヴァルキューレに通報されても文句を言えない。
だから必死にそれを頭から振り払おうと努めるのだが……。
(あぁ、まずい。あんな想像した後に、部長の顔見たら……)
思い出してしまう。あの時の甘美な感触を。
手を擦り合わせて触れ合って、体温を交換して。
柔らかく、ひんやりとしたほっぺたに手の甲を擦り合わされて。
そして最後には、部長の……舌で、私の指を……。
『エイミ! 聞こえているのですか? エイミっ!』
画面の向こうの部長がアップで映し出される。
身を乗り出して、端末のカメラに近づいているのだろう。
だが、それが不味かった。
顔がアップになったことで、部長の口元も拡大されている。
そして大声で叫ぶように喋るものだから、ちょうど部長の口が映し出されてしまって。
今まさに、私が最も欲してやまない……部長の舌。それが目に入ってしまった。
あの小さくて、柔らかい舌で、想像の中の私の指をぞりぞりとなぞっていたんだ。
指先から指の根本まで。沿うように、舌で撫でられて。
あの時の妖艶な部長の表情がフラッシュバックしてきてしまう。
『エイミ!? 大丈夫ですか!?』
『エイミ? また"して"あげましょうか?』
ぐらり、と身体が傾く。
(あっ、ヤバっ)
不味いと思った時には遅かった。
私はそもそも暑さに弱い。故に今日のような夏日にはなるべく涼しい格好をして、涼しい場所に居る必要がある。
だがここは既に廃部になった部室。クーラーなど効いているはずもなく、熱された外気もあってか、まさにサウナのような暑さだった。
先ほどまでは任務の話に集中していたからか、そこまで気にならなかった。
しかし強烈な暑さに加え、部長のあられもない姿を想像してしまう失態。それに伴う体温の急上昇。
そこそこ頑丈な筈の身体だが、あまりにも悪条件が重なりすぎた。
ここまで来て、ようやく理解する。
思えばあまり汗が出ていない。いつもならこんな気温の中だと汗が止まらないのに。
だというのに頭が沸騰する程に熱く、手足の感覚が薄れていく。
―――つまり、これは。
(あぁ、熱中症だな、これ)
それに気づいた瞬間、私はふらりと視界がぼやけて、身体から力が抜けていくように倒れ込む。
(自己管理も出来ないなんて、エージェント失格だな、私……)
『エイミ!? エイミっ!! 返事をして下さい、エイミっ!!!』
遠くからスピーカー越しに部長の声が聞こえてくる。
しかしだんだんと遠くなる。
遠ざかっているのが部長の声ではなく、私の意識だということに気づいた頃には。
既に意識が朦朧として、壁を背に倒れ込むほかなかった。
(こんなくだらないミスをするなんて……。自分が情けない…………。それに……部長に嫌われるのは、嫌だな……)