明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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23.和泉元エイミと『全知』(6)

 

 

 気だるい体の感覚と僅かな頭痛を感じる。

 ゆっくりとまぶたを開けると、白い天井が視界に広がった。

 クーラーの効いた室内。先程の蒸し風呂のような部室と比べると天と地の差ほどの差を感じる。

 鼻先に漂うのはどこか薬品めいた、でも清潔な匂い。

 

 

「……保健室?」

 

 

 掠れた声でつぶやいて、身体を起こす。喉が渇いている。頭の芯にまだ靄がかかったままで、時間の感覚が曖昧だった。

 自分がどうしてここにいるのか、すぐには思い出せない。けれど――じわじわと何があったのかを思い出してきた。

 

 

「もう起きたんだ?」

 

 

 声のするほうを見ると見知らぬ生徒がこちらを見ていた。

 いや、見知らぬというわけではない。部長から見せてもらった写真で見たことのある人物だった。

 

 

「えっと、各務チヒロ先輩……だっけ」

 

「ヒマリから聞いたのね」

 

「うん」

 

 

 時計に目を移す。あのとき倒れてから30~40分程度だろうか?

 時間の感覚があやふやになってしまっているが、そこまで長い時間倒れていなかったということに安堵する。

 

 だって、これから部長から受けた任務を果たさなければいけないのに。

 何時間も気絶しているわけにはいかない。なるべくすぐに体調を戻して任務に戻らなきゃ。

 

 そう考えていたら、眼の前にいる先輩がペットボトルをこちらに差し出してきた。

 ―――飲め、ということだろう。

 私は無言でそれを受け取り、口につけて飲み干していく。

 

 

「起きたらこれ飲ませなさいって、保健室の人が言ってたから。……あなた熱中症だったみたいね。ちゃんと水分補給しなきゃ駄目よ」

 

「一応水分は取ってたつもりなんだけど……。ちょっとイレギュラーが重なって」

 

「イレギュラー?」

 

 

 そうだ。部長からの連絡を受けて部室を出る前に、しっかりと水分補給をしていたはず。

 にも関わらず意識が朦朧として倒れてしまったことには別の原因がある。

 

 

(部長の顔見て興奮しすぎて、頭に血が登って倒れた……。なんてバレたら、二度と部長に顔合わせできない……)

 

 

 つまるところ、倒れた原因は熱中症ではなく。これは私の体質の問題だった。

 

 ただでさえ暑いのが苦手なのに、蒸し風呂のような部室に長時間滞在してしまったミス。

 汗として体内の水分を消費し、それに気づかなかった失態。

 そして部長からの不意打ちを食らって……。最後に想像の中の部長の姿と、目の前の部長の姿が重なって。

 

 そして興奮しすぎて、目が回ってしまい、ダウン。

 これこそが真実だった。

 

 

「……よく分からないけど、外傷はないらしいから。とりあえず着替えだけ用意しておいた」

 

 

 テーブルの上にはミレニアムの基本的な制服が畳まれて置いてあった。

 自分の姿を見ると、血まみれの制服がなくなっていて、シャツとスカートだけの状態だった。

 

 

「あなたの制服だけど、血の跡がすごかったからクリーニングに出させてもらったわ。迷惑だった?」

 

「ううん。ありがとう、チヒロ先輩」

 

「どういたしまして。それに、お礼ならヒマリに言ってあげて。あなたを助けろって連絡してきたのはヒマリだから」

 

「部長が……?」

 

 

 どうしよう。部長怒ってるかな……?

 心配させてしまったかもしれない。気絶する直前に聞こえてきた部長の声が耳に残っている。

 

 

(こんな重要な時に、私は何をやってるんだろう)

 

 

 任務を受けた矢先にこんな醜態を見せてしまったのだ。失望されても仕方ない。

 ……嫌だな。部長に失望されるのだけは、すごく嫌。

 

 

「あんなに取り乱したヒマリ、見たことなかったから。……大事にされてるのね、あなた」

 

「……そうなのかな」

 

「今も急いでミレニアムに向かって来てるみたい。大丈夫だから落ち着きなさいって伝えたのに。何が何でも来るって息巻いてたよ。……ほんと、愛されてるわね」

 

「……っ!」

 

 

 愛されてる。その言葉を認識した瞬間、ぼうっと顔に火が付くような感覚を覚える。

 せっかく身体が冷えてきたのに、これではまた悪化してしまいそうだ。

 頭をブンブンと振って登りかけた熱を振り払う。

 

 

「……思ったより元気そうね? 熱中症で倒れてたにしては、ちゃんと呂律も回ってるし」

 

「……倒れておいて説得力ないかもだけど、けっこう体は丈夫なんだ。普段は、だけど……」

 

「そうじゃないとヒマリのエージェントなんてやってられないか。……ヒマリってそこそこ人使い荒いもんね。私も昔はあっちこっち行かされたから分かるよ」

 

「チヒロ先輩も?」

 

 

 チヒロ先輩はどこか遠い目をしていた。

 その眼には何が写っているのかは私には分からない。

 

 

「とりあえず大丈夫そうね。目を覚ましたって保健室の人に連絡してくるから、大人しくしてなさい」

 

「うん」

 

 

 そう言ってチヒロ先輩は保健室から出ていった。

 辺りが静寂に包まれる。私は思いっきり体を伸ばしてストレッチをした。

 

 

「―――うん。身体はどこもおかしくない。頭痛もほとんど治ってる」

 

 

 これなら大丈夫だ。倒れた時はどうなるかと思ったが、これならばすぐにでも動ける。

 我ながら頑丈な身体だと思う。しかし今はそれがありがたかった。

 

 

「着替えて保健室の人に問題ないって伝えたら、任務に戻らなきゃ」

 

 

 今回の顛末は明らかに私の失態。それを悔やむことは忘れない。

 しかし今は"次"をどうするかを考えるべきだ。

 これ以上部長に手間を掛けさせたり、役に立たない女だと思われたくない。

 

 ミスは必ず挽回する。部長に失望されるようなヘマは二度としない、そう誓った。

 

 

「……とりあえず、着替えよう」

 

 

 シャツは汗でびっしょりだ。多少乾きつつあるが、まだ少し湿っている。

 比較的涼しい*1場所だが、それでも汗をかいたあとのシャツを着続けるには不快感がある。

 できれば替えの下着も欲しいところだったが、そこまで要求するのは流石に憚られるので我慢するほかない。

 

 シャツを脱ぎ、上半身はブラ一枚の状態になった。

 クーラーの風が地肌を撫でる。僅かばかりの開放感にようやくひと心地ついた気分。

 ブラのファスナーを開けて更に涼しくしようかとも考えたが、誰も居ない保健室とはいえここは学園内。流石に自重しておいた。

 

 とはいえ、このままでも十分にリラックスできる。蒸し風呂のような先ほどの部室と比べたらここはまるで天国。

 しばらくこのままで過ごしたくなる欲求が僅かに芽生える。もちろんあまり長居するべきではないのは分かっているけれど。

 手持ち無沙汰にぼーっと周囲を見つめると、あるものが目に入った。

 

 

「……あ。これって制汗シートか」

 

 

 テーブルの上に置かれていたウェットティッシュケース。ケースの横には『ご自由にどうぞ』という手書きのラベルが貼られている。

 チヒロ先輩か、はたまた保健室の人が置いてくれたのだろうか。どちらにせよありがたい。

 

 上半身を中心に身体を拭いていく。多少のアルコール成分が混じっているのだろうか、拭いた部位がスースーと清涼感をもたらしてくれて心地いい。

 生き返るとはまさにこのことだろう。汗でベタついた身体を拭くと、そこまで体温が下がっていないにも関わらず、かなりの不快感が軽減されたのが分かった。

 

 全身を拭き終わったら着替えよう。そう思っていたら。

 

 

 

 

「エイミッ!!」

 

 

 

 

 今まで聞いたことのないような大声。扉が開き、部長が車椅子で入室してくる。

 その様子は憔悴しきっており、普段の静々とした様子は鳴りを潜め、脇目も振らずといった具合でスピードを上げて車椅子ごとこちらに移動してきた。

 

 

「エイミ!? 大丈夫ですか!? ……あうっ!」

 

 

 ゴツン、とベッドの縁に車椅子が軽く激突する。

 さほどの衝撃があるわけではないが、ヒマリは慣性の法則に従って前のめりになり、慌てて体勢を立て直した。

 

 

「……部長のほうこそ大丈夫? 車椅子ぶつけるくらいスピード出したら危ないよ?」

 

「ご、ごめんなさいエイミ……」

 

 

 そもそもヒマリの車椅子には多数のセンサー類が搭載されていて、衝突防止装置も万全だったはず。

 完全手動モードにすればそれらの安全装置は解除されるから、きっと手動モードになっているのだろう。

 

 

「……ってそんなことを言っている場合ではなくてっ! エイミ! 大丈夫なのですか? 具合が悪いのですか? 身体はどこも痛くありませんか!? 傷は、傷口はどうなって……!」

 

「お、落ち着いて部長。私は大丈夫だから」

 

「で、ですが……あんなに血がいっぱい出て……。そ、それにっ! 先ほど通話の際に倒れていたではないですか! これで落ち着けという方が無理ですよ!」

 

「それは……そうなんだけど」

 

 

 実際、部長の目の前で倒れたのは事実。弁明のしようがない。

 

 

「どこも怪我してないし、倒れたのは軽い熱中症のせいだよ……。熱中症も休んだからか、ほとんど良くなったし」

 

「そ、そうなのですか……? ですが、あの血の量は一体……?」

 

「う゛」

 

 

 そこを指摘されると非常に痛い。追求されてしまうと不味いことになる。

 妄想して鼻血を出して倒れた。真実を告げれば私への評価はカイザーPMC株価の如く直滑降してしまう。

 誤魔化さなければ。もはやそれしかない。

 

 

「あれは……その……。暑くて鼻血が出て。で、止まらなくて……みたいな感じ」

 

「確かに体温が上がると血管が拡張し粘膜の血管が破れて出血してしまうことはありますが……。あの出血量は……」

 

「多分だけど……私の体質のせいじゃないかな? 元の体温が高いから、他の人と比べてたくさん血が出ちゃうとか」

 

「その可能性はありますね……。ですが、ひとまずエイミが無事そうで良かったです。……本当に、良かった……」

 

 

 部長はほっと胸を撫で下ろし、深い溜息をこぼす。

 

 

「心配したのですよ……? 映像通話をしたら、いきなり血まみれのエイミが映って、倒れて……。これほど背筋が凍ったことはいまだかつてありません」

 

 

 やはり心配させてしまっていた。部長にこんな顔をさせてしまうなんて、自分の無能さに腹が立つ。

 

 

「ごめん、部長……。心配かけて」

 

「あ、いえっ。エイミを責めたいのではないのです。むしろ、無事で居てくれたことが何より嬉しいです。……本当に、良かっ―――!?」

 

 

 部長はふと、私の姿を見て目を見開いた。

 先ほどまでの様子とは打って変わって、唐突に挙動不審になる。

 何? なんだろう? 別に何もおかしなことはしてないはず。

 

 

「あの、エイミ……。その、服は……?」

 

「血が付いちゃったからチヒロ先輩がクリーニングに出してくれたみたい。予備の学園指定制服があるから、とりあえずこれ着てって」

 

「そ、そうですか。ん゛んっ! では、エイミが着替えるまで、私は外で待っているとします。着替えが終わったら呼んで下さい」

 

 

 そう言って部長は踵を返して出ていこうとする。

 

 

「え、なんで?」

 

「えっ? その、エイミは着替えを見られても恥ずかしくないのですか……?」

 

「私は全然気にしないけど……。っていうか、前に一緒にお風呂に入ったじゃん」

 

 

 一緒に入ったというよりも、私が乱入したってのが正しい表現だけど。

 それを指摘した瞬間、みるみるうちにヒマリ部長の顔が紅潮していく。

 ぽんっ!と音が鳴りそうなほどの急速な沸騰。頭から湯気が出ているような錯覚すら覚える。

 

 

「あ、あああああれはっ! 事故、事故で……っ! ……いえっ! なんでもありませんっ!」

 

「……? 変な部長」

 

 

 急に様子がおかしくなった部長を尻目に、いそいそと着替えていく。

 スカートを脱いで下着姿に。とりあえずサイズは合っているらしい指定制服に袖を通した。

 

 なぜか部長が手で目を覆っては、チラチラと指の隙間からこちらの様子を窺っている。

 なんでだろう。別に見ても減るものじゃないから、気にしなくてもいいのに。

 

 これが見ず知らずの他人の前とかなら、私も流石に自重しようと思うが、相手はヒマリ部長だ。

 好きな人であれば下着姿を晒しても構わないというのが私の調べた情報にはあった。*2

 

 ひとまず、着替えは完了。前の制服より通気性が悪いからか、少々暑さを感じる。

 しかし血まみれの格好を部長に見せるよりは、断然こちらの方がマシ。

 部長に情けない姿を見せるわけにはいかない。多少の暑さは我慢しよう。

 

 着替え終えた私はベッドから立ち上がる。

 

 

「エイミ?」

 

「とりあえず私はもう大丈夫。起きれるし動ける。部長の言ってた任務を続行するよ」

 

「え……? エイミ、病み上がりなのですから、無理はしなくても良いのですよ?」

 

「病み上がりなのは部長も一緒だよ。……入院先から抜け出して来たんでしょ?」

 

「それは……そうなんですけども」

 

 

 

 いつ帰れるか分からないなんてモモトークを送ってきた矢先にこれだ。

 きっと無茶をして出てきたに違いない。

 

 

「大丈夫。もし無理だと思ったらすぐに切り上げて休むから」

 

「……ですが」

 

「一刻を争う事態なんでしょ。私も特異現象捜査部として、ここで動かないわけには行かないから」

 

「……分かりました。では任務を続行しましょう」

 

 

 部長が神妙に頷く。きっと私の覚悟が伝わったのだろう。

 今は倒れている場合ではない。ミレニアムに何らかの危機が迫っている。

 こういう非常事態にこそエージェントの働きが求められている。

 

 

「保健室の人が戻ってきたら、すぐにエンジニア部に向かうよ。まずはアリスの持ってる武装の調査、だよね?」

 

「はい。それでしたら、私も同行します。エンジニア部、それとヴェリタスに通達しなければならないことがありますので」

 

「了解。じゃあ作戦開始、だね」

 

 

 私達はお互いを見つめ合い、こくりと頷く。

 やがて保健室の生徒が戻ってきて、体調に問題がないことを確認した後、私達は足早に保健室を立ち去った。

 

 

 

 

 

*1
できればあと20℃くらい下げて欲しいとは思っている

*2
ソース:とあるミレニアム卒業生の恋愛ブログ

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