- エンジニア部 工房 -
エンジニア部。
ミレニアムに数多く存在する部活の中でもトップクラスに有名な部活だ。
数多くの賞を受賞し、ミレニアムのほぼ全ての機械類の開発とメンテナンスを行っているこの場所は、活況に溢れていた。
今もタブレットを持ってあれこれを指示を出す生徒や、機械を弄っている生徒がそこかしこに存在し、工場と見紛う程の様相を呈している。
彼女達の邪魔をしないよう、それらを避けて進んでいく。
工房のやや端、資材置き場と思われる場所に辿り着くと、見知った人物が待ち受けていた。
「やぁ、ヒマリ。久しぶりだね。それにエイミも」
「こんにちは、ウタハ先輩」
「お久しぶりです、ウタハ。ミレニアムプライス以来でしょうか?」
白石ウタハ。部長の考案した改造制服を実際に作ってくれた人だ。
彼女と初めて出会ったのは制服が出来上がってからのことだった。
部長が私と彼女を引き合わせてくれて、この制服を共同制作した相手だと教えてくれた。
最初は部長の知り合いのうちの一人だと思っていたけれど、『マイスター』の称号を持つすごい人だったと聞いて驚いた記憶がある。
そんな彼女はやれやれといった具合で、大げさに肩を竦める。
「そうだったかな? あの時は少々バタバタしていたからね。あまり覚えていないよ」
「あなた達は忙しくない時のほうが珍しいでしょう? ミレニアムの機材メンテナンスを一手に引き受けているのですから」
「それでも最近は部員も増えたからね、私はかなり楽をさせてもらっているよ。去年なんかは24時間連続労働が常態化していたからね。あれは流石に堪えたさ。カフェインを摂取して乗り切ったけれど」
「研究の時間を削れば多少はマシになるでしょうに。ハレのようにエナジードリンク中毒になっても知りませんからね」
「ふふ、肝に銘じておくよ」
小気味いいやり取り。部長曰く、ウタハ先輩は旧来からの"親友"の一人らしい。
何でも1年生の頃からの付き合いで、部長がヴェリタスに所属した後もしばしば交流があったという。
リオ会長もその枠組みに入っていたらしいのだが、いつの間にか会わなくなったとも言っていた。
何があったのかは知らない。
リオ会長も語ろうとしないし、部長もそのことを話したがらないから。
「ところで、ヒビキとコトリの姿が見当たりませんが……」
「仕事だよ。ちょっと清掃ロボットのメンテナンス要員が足りないみたいなんでね。彼女達にも援護しにいってもらった」
「そうでしたか。思えばあの清掃ロボット類も1年の頃から変わっていませんからね。そろそろ更新したほうがいいのかもしれません」
「同感だね。2年もすればミレニアムでは大抵の技術は型落ち品さ。むしろ月1くらいで更新しても良いくらいだと思っているよ」
「……それはユウカが怒り散らかすと思うので、流石にやめておきましょうか」
「ふむ、そうかい? 残念だね」
そこで一度、二人は言葉を切る。
友人としての会話はここまでのようだ。ここからは"仕事"の話。
「さて、仕事の話に入ろうか。リオからの要請は聞いているよ。あの"機械"を解析するな、とね」
「はい。私も資料を受け取っていますが、あれらの技術はその殆どが未解明です。それにミレニアム周辺にいつの間にか現れていた、という情報もあります。私達はこれを"危険要素"だと断定し、セミナーの権限を以って接触禁止例を出そうと思っています」
「なるほど。
「えぇ。ひとまず、あの機械の解析は待ってもらって、申し訳ありませんが残骸はこちらで回収させて頂ければと思います」
「ふむ……。正直、興味をそそられる対象なんだが……。セミナーからの命令なら仕方ないね」
「ありがとうございます、ウタハ」
ぺこり、と軽く会釈をする部長。
ウタハ先輩のほうは仕方ないと割り切っているのか、そこまで残念そうにはしていなかった。
私は部屋の隅に纏めて放置されている、機械の数々を見る。
どれも壊れているようで、起動しているものは一つもない。
これが部長の言っている"危機"なのだろうか?
こうして見るとただの変な形をしたロボットにしか見えない。
正直、デカグラマトンの預言者やその尖兵のほうがよっぽど危険に思える。
「これが部長の言ってた"不可解な軍隊"?」
「えぇ。ヴェリタスが回収したものでしょうか?」
「そうだね。コタマとハレが見つけてきたんだ。あっちの部室に置くには狭いから、いったんここに置かせてくれって」
「なるほど、賢明な判断ですね」
「ふーん。確かに見たことない感じだね」
少なくとも、私の知る機械にこのような形状をしたものは無かった。
廃墟の中に潜入した時も、現れるのはデカグラマトンの操る機械達か、それらに付随するドローン類のみ。
それらはどれも"メカメカしい"外見をしていて、このように生物的な風体をしているのは一つ足りとも存在しない。
「なんか……全体的に生き物みたいな見た目してるね。もっとメカメカしい感じなのかと思った。軍隊っていうくらいだし」
「そうだろう? 特に繋ぎ目がないというのが特徴的だと思うんだ。こういった技術はミレニアムどころか、キヴォトスのどこにも存在しない。とても興味をそそられるよ」
ずいっとウタハ先輩がこちらの方に身を乗り出してくる。
……前にちょっと話したことがあるけど、結構距離感が近い人だ。
嫌いってわけではないけれど、こういうタイプはちょっとだけ苦手かも。
ウタハ先輩が"不可解な軍隊"に興味津々であることを悟ったのだろう、部長が苦言を呈していた。
「ウタハ? さっき言ったばかりですが、駄目ですよ?」
「分かっているとも。けど想像するだけならば自由だろう? この機械がどういった目的で作られ、どういう技術が用いられていて、どの程度の性能があるのか。未知の技術を手に入れ、それを自らの技術に昇華させる。それがエンジニアの本懐だと思うんだ」
「あなたも本当に昔から変わっていませんね……。いずれ安全対策を施したら解析許可が出ますから、それまで大人しくしてて下さいね?」
「あぁ。今は我慢するとも」
まだ少しだけ未練が残っているのだろう。ちらちらと残骸の方に意識が向いているのが隠せていない。
「では、これらの残骸は回収しますね。エイミ、よろしくお願いします」
「了解」
部長に命じられて、残骸の回収作業に入る。
回収作業といっても、手でトラックに荷物を積み込んでいくようなものではない。
回収用のドローンを使って、残骸を一つ一つ分解して、専用のケースに入れていく。
それを輸送用のコンテナに入れて、あとはコンテナごと台車に乗せて運ぶ。
私がやるべきことはドローンを操作して残骸を壊さないようにして運ぶだけ。
楽な仕事だ。ドローン類の操作は部長からしっかりレクチャーを受けているし、リオ会長の部下だった頃からもしばしば使っていたから慣れている。
残骸を一つ一つ、丁寧に回収していく。
万が一落としたり、壊したりしたら何が起こるか分からない。
部長の信頼に応える。それはこういった雑用にこそ重要なことで、私が部長の為にしてあげられる数少ない事の一つ。
故に、この作業には集中して当たらなければならないはず。……だというのに。
(……部長達、楽しそう)
どうしてなのだろう。
私の意識はどうしても部長とウタハ先輩の会話のほうに気を取られてしまって。
注意散漫になってはいけないと、頭では理解しているのに。
離れた場所でにこやかに談笑する二人の姿を見ると、胸の奥のほうがズキズキと痛み始める。
(……なんかモヤモヤする。これ、前にもあったな……)
思い出す。
リオ会長とヒマリ部長が私に隠れて、内緒話をしていたことを。
今となってみれば、あれは部長の体調の話であり、入院をするべきかどうかを話し合っていたのだろうと知っている。
きっと私に隠さないといけない情報があって、決して意地悪や仲間外れにしたくて内緒にしていたのではないということも、理解している。
そしてこういう心の内側のモヤモヤを、喉の奥につっかえたような気分を何と呼ぶのか、私は既に知っていた。
(また嫉妬してるんだ、私……。しかもウタハ先輩に)
ウタハ先輩も、ある意味では私の恩人だ。
彼女の作ってくれた制服は、私のQoLを大きく引き上げた。
あの制服がなければ、私は常に汗だくで、熱を逃がすためにさらなる露出に手を出し、周囲から今以上に白い目で見られていたことは想像に難くない。
私は肌を見せることに抵抗を感じたりはしないけど、一般的にそれがあまり良くないことだと知っている。それに、それをすると部長が困った顔をする。なるべくそれは避けたい。
そもそも過剰な露出をしなくていいように、わざわざ部長達が作ってくれた制服だ。
感謝しなくてはならない。ありがとうと、そう伝えなくてはならない。
だというのに、私はまた恩人に対して嫉妬している。リオ会長の時のように。
(やだな……私。これじゃただの"嫌な女"だ。こんなこと思いたくないのに……なんで考えちゃうんだろう)
ウタハ先輩とヒマリ部長の姿をもう一度見る。
気兼ねない仲だ。私よりも長い年月を共に過ごしている二人は、私の知らない"思い出話"で盛り上がっている。
距離が近い。私でもあんなに部長の側に居られないのに。
部長はあまりスキンシップが好きなほうじゃないはず。なのにどうしてウタハ先輩には、そんなに距離が近いの?
ぐつぐつと、腹の底からグロテスクな何かが鎌首を上げる。
嫉妬と呼ばれる感情。それを真正面から受け止めようとすると、あまりの気持ちの悪さに自分で自分が嫌になる。
(部長から離れて)
思わずそう言葉に出そうになり、慌てて口を塞ぐ。
これを言ってしまったら、二度と部長の側には居られない。
だってそうだろう。
私が部長のことが好きで、女の子のことが好きで、しかも交友関係にすら口出しするような重い女だと知られたら。
―――きっと失望される。きっと嫌われる。いや、絶対に。
(……我慢しなきゃ、和泉元エイミ。私は特異現象捜査部のエージェント。部長の為にならないことを、私自身がやってはいけない)
深呼吸をして、自らを律する。幸い部長達は私の胸中には気づいていないようだ。
先ほどまでの仲睦まじい談笑のような雰囲気はない。恐らく仕事の話が終わったのだろうと思った。
既に作業は終わっている。
私は居ても立っても居られず、その場を駆け出し、二人の元へ向かった。
「…………話は終わった?」
「あぁ、エイミ。えぇ、終わりましたよ。申し訳ありません、待たせてしまいましたね。"不可解な軍隊"の回収作業は終わりましたか?」
「うん、終わったよ」
「では撤収しましょうか。ウタハ、また今度」
「あぁ。また来るといい。いつでも歓迎するよ。あぁ、それとエイミ。君の予備の制服だけど、ここにストックがあるよ。その格好では暑いだろう。着替えていくといい」
「…………ありがとうございます、ウタハ先輩」
自分でもびっくりするほど低い声だった。慌てて背筋を正し、失礼のないように態度を改める。
こうして親切にしてくれる先輩に対して、私はなんてことを考えてしまったのだろう。
ウタハ先輩からもらった換えの制服に着替えながら、自らの内面に問いかける。
(本当に最低だな、私……。……苦しいな。恋ってこんなに苦しいものなの?)
私の内心に答えてくれる者は誰もいない。
あの時に見た恋愛ブロガーの記事も、クロノススクールの下世話な週間雑誌にも、恋というものが、こんなに辛くて苦しくて息が詰まりそうになるものだなんて書いていなかった。
(……今はこれ以上考えちゃ駄目だ。早く部長とここを出なきゃ)
着替え慣れた制服だ。ものの数秒で着替え終わった。
部長の車椅子の側に立ち、彼女達の別れの挨拶を聞いてからこの場を去ろうとする。
「ひとまず、私達はこれで」
「あぁ。またおいで」
二人は軽く手を振って。
……私はといえば、挨拶の一つすら出来ずに、ただ逃げるようにしてその場を去った。
部長の乗る車椅子の駆動音だけが廊下に響く。
部長はこれからどうするべきかと考え込んでいるようだ。
彼女の思考を邪魔してはいけない。私はそっと側に立ち、隣を歩き続ける。
会話のない、静寂の時間。しかし今はそのほうがありがたかった。
(さっきのあれ……本当に良くなかったな。……先輩に対して、あんなこと思うなんて)
強烈な自己嫌悪に苛まれる。
他の人が部長の側で話していただけであんなにもどす黒い感情が湧いてくるなんて、私自身全く思いもしていなかった。
リオ部長の時にもこういった感情を抱いてはいたが、ここまでではなかったはず。
何がここまで私の心をかき乱すのか、それが分からなかった。
しかし、自分の中に生まれた気持ちがきっと良くないことであることだけは分かる。
(……今度、謝りに行こう。ウタハ先輩はお世話になってる人なんだから)
事情は話していない。それに私の内心に気づいているとも思えない。
ただ先輩に対してやたら態度の悪い1年生が居ただけだ。きっと真摯に謝れば許してくれる。
……だが、例えそこで許されたとしても。
(根本的解決になってないよね……)
結局、これは私の心の問題だった。
部長に対しての異常なまでの独占欲。少し前まではこんな感じではなかったのに。
部長が他の人と話すことなんて、それこそ日常茶飯事。
それにいちいち嫉妬の炎を燃やしていたら、心と体がいくつあっても足りない。
(どうすればいいんだろう。このままじゃ、私……)
こんなことが続いていたら、きっといつかおかしくなる。
今日なんて、それで任務が続行不能になりかけた。
部長のことを想って出血して意識不明になるなんて……どう考えてもエージェントとして不適格だ。普通に考えれば、そんなエージェントはすぐにクビになってもおかしくない。
それでも今はまだ我慢出来ているからいい。深呼吸をすればある程度は冷静さを取り戻せる。
でも―――もし。さっき考えたようなことが、口から出てしまったら。
(部長から離れて)
―――終わりだ。きっと部長は私の内面に気づいて、離れていってしまう。
そもそも女の子を恋愛対象として見ているのだ、その時点でマイノリティだというのに。
今まで側に居たのが、自分に対して異常なほど執着している女だと知ったらどうなるのだろう。
嫌われるだろうか? それとも、引かれるだろうか? もしくは両方?
どちらにせよ、最悪に近い結果になることは明らかだろう。
故に、今はこの気持ちを伝えるわけにはいかない。
伝えるにせよ、タイミングを見計らわなくては。私が私自身の気持ちに折り合いをつけて、部長に迷惑の掛からない形で気持ちを伝える。
そのタイミングとやらがいつ来るかは分からない。―――だが、今はそうする他に選択肢はなかった。
まるで終わりの見えない長距離走のよう。息だけが苦しくなっていき、いずれ倒れ込むまで走り続けなければならないような、背中を火で炙られているような焦燥感。
この先もずっと、この苦しみと向き合っていかないといけないのかと考えると……思わずため息が漏れ出た。
「はぁ……」
「エイミ? どうしましたか? ……やはりまだ、熱中症の影響があるのでは」
私の浮かない顔に気づいたのだろう、部長が心配そうな表情で私を見つめる。
心配を掛ける訳にはいかない。それに、この内面に気づかせてはいけない。
和泉元エイミとして、部長のエージェントとして相応しい態度を心がける。
「あ、ううん。なんでもない。気にしないで、部長」
「? そうですか。……ひとまず、ゲーム開発部に向かおうと思います。先ほどの言葉を翻すようで申し訳ありませんが、やはりアリスさんとは一度お会いしてお話をしてみなければいけません」
「分かった。なら、部室はこっちだね」
廊下の分岐路を左に曲がり、エレベーターへと向かう。
この時間帯はあまり利用者が居ないのだろうか、エレベーターに乗っても、誰一人として乗り込んでこなかった。
エレベーターの扉が開き、部長の後に続いて降りようとした矢先。
渦中の人物、天童アリスが「!」のマークが出ていそうな表情で現れた。
「あっ! エージェント、エイミを発見しました! アリス、今日は二度目のエンカウントです!」
「―――あら」
部長も呆気にとられたのか、珍しく目を見開いて驚いている。
流石にこれは予想外だった。てっきりゲーム開発部の部室に居ると思っていたから。
ひとまず、面識のある私から声を掛けるべきだろう。部長はその後にでも紹介すればいい。
「アリス、さっきぶり。……他の皆は?」
「モモイ達は部室で缶詰になってます。アリスはデバッガーですから、サンプルが出来るまでは自由行動です。なので今のうちに光の剣の耐久度を回復しに行きます!」
「そっか、あのすごい砲みたいなの、アリスのだったんだね」
「! エイミも光の剣を知っているのですか?」
「さっき見たよ。エンジニア部に用事があったから」
エンジニア部の工房に立て掛けられていた巨大な武器。
あれがアリスの武器、光の剣:スーパーノヴァらしい。
詳細は知らないものの、およそ人間に扱えるような代物ではないと部長は言っていた。
それがあったからこそ、アリスが
ある意味ではあの光の剣こそが、アリスを疑わしく思わせる最大の論点となっているに違いない。
「ところでエイミの側のその方は……。まさか、エイミの"上司"でしょうか?」
「うん、そうだよ。ヒマリ部長。特異現象捜査部の部長。私の上司だね」
「ふふ、天童アリスさん、ですね? 自己紹介を致しましょう。
ミレニアムの叡智を結集した結晶にして、情報という名の海を自在に泳ぎ、データの迷宮を軽やかに舞い踊る、白百合の如き天才ハッカー。万物を解き明かす“全知”の学位を持ちながら、ハッキングの神域にまで至るこの頭脳。そしてこの清楚さを彩る美貌と気品。僅かながらの病弱さが儚げな印象を醸し出す、雪月花の如き麗しさ。全てを兼ね備えた、完璧なる美少女……。そう、私こそが超天才清楚系病弱美少女ハッカー"明星 ヒマリ"です。よろしくお願いしますね♪」
(……自己紹介が長すぎるよ、部長)
過去最高の文章量だったかもしれない。よく一度も噛まずに言えるものだ。尊敬する。
当のヒマリ部長は、ふふん♪ と鼻を鳴らして渾身のドヤ顔を決めている。
きっとこれでアリスに対して牽制を取れたとでも思っているのだろう。
この人のこういう……時々覗かせる子供っぽさが可愛いんだよな。
ものすごく頭が良くて、『全知』と呼ばれる程の実績を持っていて、まさしくミレニアムきっての天才だというのに、存外に中身は子供っぽい。
きっと私はそのギャップにもやられてしまっているのだろう。
外からでは決して見えない、部長の側に居るからこそ知ることができる、彼女の外面と内面の違い。私だけそれを知っているという、仄暗く立ち上る優越感。
それは先程までに感じていた、自己嫌悪に陥る原因にもなっていた嫉妬心を僅かに和らげた。
ぽかん、という呆気にとられたような顔を浮かべるアリス。
しかし次の瞬間には、ぱぁぁと華が開いたかのように笑顔を浮かべる。
「叡智……。頭脳……。神域……。 はっ、アリス、分かりました! つまりヒマリは上司でありながら"
「はい、そうです。私こそが大賢者……。……はい?」
カクン、と首を傾げる部長。頭上には『?』のマークが浮かんでいる。
「アリス、知ってます。RPGのパーティーメンバーは、バランスよく配分しなくてはなりません。エイミのジョブがエージェントで、クラスが
「えーっと……クラス? ジョブ? というと……?」
「部長。こういう子だから。慣れたほうがいいよ」
「な、なるほど。そうなのですね」
「ところで、どうしてエイミとヒマリはここにいるのですか?」
確かに、アリスからすれば謎だろう。
先ほど任務と言って部室を離れた私が、アリスのいう"上司"と共にこの場所に居るのだから。
とはいえ、それを私の口から説明するわけにはいかない。
部長への助け舟を出すべく、違和感のない回答をする。
「ちょっとアリスに用事があって。……部長が話したいんだってさ」
「えぇ。エイミからアリスさんの話を聞いて、少し会ってみたくなったものですから。それに、先ほどエイミから聞きました。ゲームを作っているのでしょう?」
「はい! 絶賛制作作業中です! 一つ前のミレニアムプレイスでは特別賞でしたが、次のゲームでは最優秀賞を狙っています。モモイもミドリもユズも次に向けて命を削る勢いで戦っています! 今日は全員で徹夜になると、ミドリが言っていました! これぞまさしく
「で、デスマーチを行わなくてはいけないほどなのですね、ゲーム開発というのは……。アリスさんがよければ、私にも少し見せて頂けませんか? あまりゲームは嗜みませんが、興味があるのです」
「!! 分かりました! アリス、"
意気込みを掲げるアリス。その動作には機械らしさなど皆無で、普通の生徒と何ら変わりない、ただ一人の少女がそこに居るとしか思えない仕草。
「では、アリスに同行して下さい。ゲーム開発部まで案内します。……ぱんぱかぱーん! エージェントエイミと、賢者ヒマリがパーティーに合流しました! アリス、クエストを開始します!」
アリスが歩き始めたのに追従し、私達も歩き始める。
(……アリスはいい子だと思う。けど、私は部長のエージェント。部長を守る為には、私は常に最大限の警戒をしなくちゃいけない。……集中しよう)
この先、何が起こるか分からない。
その事実に備え、ぎゅっと拳に力を込めようとしていたら。
ぎゅう、と。私が力を込める前に。何かが私の手に握られた。
(―――あれ? なんだろう?)
手には何も持っていないはずなのに、なぜかひんやりとした感触が。
チラリと手元を見る。するとそこにあった光景は。
―――部長の手が、私の手を握っていた。
バクン! と心臓が跳ねる。
何が起きたのか、理解が一瞬だけ追いつかなかった。
手を握られている? 部長に?
え、なんで? どうして? 急にどうしたの、部長?
「―――っ!? ぶ、部長?」
「行きましょう、エイミ」
思わずひっくり返ったような声が出た。
私に生じた異常に気づくこともなく、部長は私の手を握ったまま進んでいく。
当然、振りほどくこともできない。彼女に連れられるがまま、私はカチコチに固まった木製人形の如く、ぎこちない歩みを続けるしかなかった。
何とか最低限の思考能力は保とうと、必死に前を見て懸命に考える。
(~~~~~~~~っ!! 待って、不意打ちすぎる。なんの心の準備も出来てない!)
ただ手を握られただけだ。そう理解しているはずなのに、私の身体はあまりにも正直に反応を始めてしまう。私の手という器官を通じて、洪水の如く情報が流れ込んでくる。
柔らかな感触、しなやかな指、すべすべの肌。
そして、部長らしさを象徴する、ひんやりとした体温。
それは少し前に私が思い描いていた妄想の中。そこで得ていた感触と何ら変わらなかった。
想像の中でしかなかったそれが、今まさに現実になっている。
後を追うように、私の中から熱がぐんぐんと音を立てて発生していき、再び私の意識を刈り取らんと頭部へと熱量を運んでいく。
(―――待って、今は駄目。こんなことで興奮して倒れたら……今度こそ"終わる"!)
ドクドクと音を立てて、血管の中に熱く滾る血液に待ったをかける。
部長に嫌われるかもしれないという恐怖、それを思い描く。
できれば考えたくもない。しかし今はこうすることでしか、自らの熱を冷ます手段がなかった。
(……よし、落ち着いてきた)
時間にすればたったの数秒だっただろう。
冷水を掛けられ、中和された熱が頭部に集まり始めた熱を分散させてくれた。
ちらりと隣を見る。部長はどこか緊張した面持ちだ。
……そうだ。部長だって緊張してる。
私がしっかりしないといけない。部長の身に何かあったとき、彼女を守るのは私の役目だ。
一度目を閉じて、深呼吸する。
目を開いた時には、私の中に渦巻いていた"余計なもの"は全て霧散していた。