明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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29.調月リオの『独白』

 

 突然だけれど『マーフィーの法則』というものを知っているかしら?

 起きる可能性のあるものは、いつか必ず起きる。それをジョークを交えて解説したもの。

 法則というにはあまりに乱暴で、根拠に欠ける未完成の理論。

 

 今になって見れば一笑に付すであろう論文(それ)

 けれど幼い頃の私にとっては凄まじい衝撃を感じたことを覚えているわ。

 

 例え確率が0.0000000001%以下だとしても。

 起きる可能性があるのでれば、それはいずれ必ず起きる。

 1回、10回、100回。この程度の試行回数であれば起きる確率のほうが低いでしょうね。

 

 では、10000回、そして100000回。1000000回と続けていったら?

 まだ確率は低いでしょう。でもどれだけ確率が低かろうが、可能性は0にはならない。

 

 そしていざ起きてしまった時に、それに対応できなかったとしたら?

 そのたった1回のミスで"失ってはならないもの"を失ってしまったとしたら?

 

 

 

 ―――それは、まさに愚者の行いよ。

 

 

調月リオ

 

 


 

 

 要塞都市エリドゥ。

 "無名の司祭"に対する備えとして作り上げたこの都市は、夜すら眠ることはない。

 

 24時間休みなく稼働し続ける建築用ドローンやロボット。そしてAMASをはじめとする戦闘用機械による厳重な警備体制によって、この都市は完全に秘匿された状態にある。

 

 この都市に人は居ない。来たるべき時まで、この都市は無人のまま作り上げられ、備え続ける。

 既に完成度は8割へと達した。シェルター類は完全に配備され、ミレニアムの全生徒を収容できるだけの規模を備えている。

 

 唯一、弱点があるとすれば……。"アビ・エシュフ"の調整がまだ終わっていないこと。

 そして各塔から送られてくる電力にバラつきがあり、要塞としての迎撃機能が本来の想定より12.4%低下していること。

 更に例の戦闘ロボット……。"アバンギャルド君 Type-B(バトルフォーム)"のテスト結果が、スペック上想定されていた性能よりも10%以上低いスコアだったこと。

 

 これらの問題は最優先ではないものの、なるべく早い段階で解決しなくてはならないタスクだ。

 最優先のタスクが終了次第、こちらの作業に取り掛からなくてはならない。

 

 

 背後の扉が開く。彼女はスタスタと行儀よく歩み、一礼し、私の隣へと並んだ。

 

 

 

「リオ会長。準備が整いました」

 

「えぇ」

 

「しかし、よろしいのですか? ヒマリ様にご相談されなくても」

 

「必要無いわ」

 

「ですが」

 

「トキ、今回の件は間違いなく私の優柔不断さが招いた結果よ」

 

 

 ミレニアムサイエンススクールで起きた"謎の機械による襲撃"。

 セントラルエリア付近で複数の爆発が起き、一部の設備が破壊され、生徒が負傷した事件。

 発生してから一日が経過しているが、この騒動の余波はじわじわと広がりつつあった。

 

 戒厳令を敷いたが、既に一部生徒には噂が広まっているらしい。

 中には写真付きでSNSにアップロードしている生徒も存在した。それらの投稿はセミナーの権限で全て削除させた*1が、問題の根本的解決にはなっていない。

 

 

 "不可解な軍隊"。正式名称をDivi:Sionと呼び、それらは"天童アリス"を中心にして動いている。

 その結論に至り、確定したのはつい先程の事だった。

 

 "無名の司祭"が残した古文書と、「AL-1S」のデータを照合した結果得られた情報。

 それはこのAL-1Sが「名もなき神々の王女」と呼称される、忘れられた神々を滅ぼす為の

「兵器」であるという事実。

 

 それらの尖兵としてDivi:Sionというシステムが組み込まれており、これらを用いて文字通り"世界を滅ぼす"為に作られた、キヴォトスを崩壊へと導く厄災。

 それが"天童アリス"の正体だった。

 

 

 機械仕掛けの椅子に拘束された"機械人形(アリス)"を見る。

 エリドゥ中の演算装置を稼働させ、強力なジャミング装置によって休止中(スリープモード)に陥っている。

 未知の技術で作られた存在ではあるが、これだけの出力*2を持つ、エリドゥという名の装置で拘束してしまえば動けないのは既存の機械類と変わらないようだ。

 

 

「もっと早くこうするべきだった。危険性が認められた時点で天童アリス……。いえ、"AL-1S"を拘束するべきだった。これは間違いなく私の判断ミスよ。……だから次は間違える訳にはいかない」

 

 

 ヒマリを危険に晒した。その事実は私を深い後悔の谷へと叩き落とした。

 最初にその報告をトキから受けた際には、思わず倒れ込んでしまうほどに。

 

 

 

 


 

 

- 1日前、要塞都市エリドゥ セントラルタワー コンソールルーム -

 

 

 

 

 

『報告します、リオ様。急を要する案件です。ミレニアムサイエンススクール学内にて複数の"不可解な軍隊"が出現した可能性があります。自己判断により、帰投を中断しヘリで現地に急行中』

 

「―――なんですって?」

 

 

 ホログラムモニターに目を配る。しかしミレニアムの監視カメラには異変は見つからない。

 

 

「監視カメラからは確認出来ないわ。トキ、その情報の根拠(リソース)は?」

 

『先程、おかしな機械があった、という学内SNSでの投稿がありました。それに、ドローンが墜落するのを見た、という情報も。もしかすると、つい先程、エリドゥに向けて"不可解な軍隊"を輸送していたドローンかもしれません。とはいえ、SNSの情報ですから、何処まで信用性があるかは分かりませんが』

 

「"不可解な軍隊"の現在地は?」

 

『現在捜索中です。しかし、目撃情報によればそう遠くはないと思われます。恐らく学園内のいずれかの屋外かと』

 

「こちらで調査するわ。少し待っていて頂戴」

 

 

 通信を繋いだまま、コンソールを操作する。

 情報源と思われるSNSサイトを立ち上げ、直近のミレニアムに関するものを全てソートし、列挙する。

 普段この手のSNSを利用することはないが、有事に備えて内部データに即アクセス出来るように、数ヶ月前にヒマリにハッキングツールを用意して貰っていた。

 

 その効果は絶大で、ものの0.1秒以内に発信者を特定する。

 

 

「疑似科学部の部員が映像を撮影していたわ。何らかの実験中に偶然撮影したようね。今、そちらに映像を送る」

 

 

 映像をトキに送信すると同時に、私も同じく内容を確認する。

 SNSの投稿内容は『電磁波防止ステッカーを試してみた!』。

 動画の中では、ステッカーを貼ることで半径200mの有害な電磁波を遮断し、身を守ることができるなどと謳う、科学的根拠に乏しい内容の喧伝がひたすら繰り返されている。

 

 これだけならば、ただの過剰広告のゴシップ動画に過ぎない。

 しかし、ちらりと映る背景に重要な情報が隠れていた。

 

 

『リオ様。動画の0:36付近に映るこれですが、輸送用ドローンではありませんか?』

 

「えぇ。撮影者の座標と映像の確度から計算すると……。恐らくセントラルエリア付近ね」

 

 

 動画の端に一瞬だけ、輸送用のドローンが記録されていた。

 そして小さく映るそれが、ふらふらとバランスを崩して墜落していく様子も。

 

 

『あの、リオ様。まさかこの"電磁波防止ステッカー"とやらが原因で墜落した可能性は?』

 

「あり得ないわ。ミレニアムの輸送ドローンはこんな玩具みたいなもので墜落するほど信頼性は低くない。……もっと別の原因で墜落したはずよ」

 

 

 しかしそれを特定している暇はない。今は一刻も早く墜落した"不可解な軍隊"を回収しなくてはならない。

 

 

「トキ。ミレニアムに到着次第、ヘリから降下し、"不可解な軍隊"を全て回収しなさい。ミレニアム内に存在する個体は一匹残らず、よ」

 

『イエス、マム』

 

 

 交信を切る。引き続き、ミレニアム内の監視カメラを切り替えながら捜索を続ける。

 

 

("不可解な軍隊"。あれがもし起動した場合、どの程度の被害が生まれるかが分からない)

 

 

 未知の技術によって作られ、起動すら出来ない怪しい機械。

 ミレニアムに危険を齎す可能性のある案件。これを防ぐことが、私の役割。

 "危機を未然に防ぐ"ことに対して責任を負う、ビッグシスターとしての責務。

 万が一にも生徒に、ましてや(ヒマリ)に傷を負わせない為にも、ミレニアムに出現する"不可解な軍隊"には最大限の警戒を行う必要があった。

 

 

 "不可解な軍隊"にはセミナーから接触禁止令を出している。一般の生徒が触れる可能性は低い。

 しかし、ミレニアムサイエンススクールの生徒は本質的に好奇心旺盛である傾向が強い。

 余計なことに首を突っ込んで藪蛇を突かないとも限らない。

 

 やるな、と言われて本当にやらない生徒のほうが珍しいとも言える。

 ゲヘナ程ではないが、かなり問題児の多い学園であることは否めないのだ。

 

 あれには未知の技術が使われている。

 加えて、天童アリスと先生。この二人にもこの件に関する嫌疑が掛かっている。

 用心をするに越したことはない。安全を確保する為に、手を抜く訳にはいかない。

 

 

 現状、最も強い"手札"であるトキを送った。これならば仮に"不可解な軍隊"が起動しても十分に対処可能である。そう判断した。

 

 

 

 

 しかしその考えはあまりにも楽観的なものだったと言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

『ヒマリ様が負傷されました』

 

 

「――――――は?」

 

 

 なぜ? (ヒマリ)の側にはエイミが居るはず。

 任務失敗(Mission failure)? まさか、エイミが?

 あれだけ優秀なエージェントが失敗する筈がない。エイミにはトキに匹敵する程の訓練を施したはず。いかに相手が未知の機械類とはいえ、そう簡単に遅れを取るとは思えなかった。

 

 しかしそれも希望的観測に過ぎない。

 トキの報告は正確なものだ。万が一にも誤解を招くような発言はしない。

 

 ガクガクと足が震え、力なく床にへたり込む。

 恐れていたことが現実になってしまった。こうならない為に幾重にも張り巡らされた計画を立ててきたというのに。

 

 どこで間違えた? 計画? 作戦? それとも人材?

 エイミがエージェントとして不適格だったのだろうか。それとも対象の戦力を見誤ったせいだろうか。そもそも、私の計画に問題があったのか。

 

 ―――否。それらは全て"言い訳"に過ぎない。

 

 私に責任がある。(ヒマリ)をミレニアムに向かわせたのは私。

 病弱で身体が不自由な(ヒマリ)を直接狙われてしまえば、取り返しのつかない結果になる可能性は常に考慮していたはずだった。

 

 戦力も不足していたかもしれない。トキやエイミといったエージェントだけではなく、セミナーの権限を使ってAMASを常時配備しておくべきだった。

 

 私は腰を抜かしたまま、トキに自らの状態を悟られまいと、必死に自らを取り繕う。

 

 

 

 

「お、おち、おおお落ち着きなさいトキ。まだ()()()()()()と決まった訳ではないわ。早急にヒマリを回収して、エリドゥに戻ってきなさい。ついでに天童アリスも回収しなさい」

 

『……いえ、それは………』

 

「出来ないとでも? トキ。あなたは何の為にエージェントとしての訓練を積んだのかしら? エージェントなのだから、2人くらい運ぶのはなんてことない筈よ」

 

『流石に不可能です。二人同時は物理的にも』

 

「あなたの身体能力、及び筋力は数値として把握しているわ。それに、輸送対象であるヒマリのデータも。先月測った際のヒマリの身長は162.09cm。BMI数値が16.02。体重は42.1kg。アリスの体重が機械パーツ込みでおよそ50kg前後だとすると、両者を抱えた際に腕にかかる負荷は十分にあなたが実行できる範囲だと断言できる。それを拒否するというなら、トキ。あなたのエージェントとしての資質を疑わざるを得ないということを忘れないで頂戴」

 

『……はい』

 

「可能であれば、その場の"不可解な軍隊"も回収して頂戴。このあとセミナーが事態に気づく前に回収を済ませておきたい。出来るわね?」

 

『……いえ、絶対に無理です。私の腕は二本しかありませんので。無茶を仰らないでください』

 

 

 カメラに映るトキが困り果てた様子をしているのが分かった。

 

 ……私としたことが、少々冷静さを失いかけていたようね。

 仮にエリドゥへの帰還中にトキが襲撃された場合、トキは(ヒマリ)を抱えたまま戦闘を行わなくてはならなくなる。

 そうなれば彼の身に危険が及ばないとも限らない。リスクの高い選択肢は排除しなければ。

 

 

「……少し取り乱したわ。先程の発言は忘れて頂戴。……ひとまず、トキ。あなたは天童アリスを回収し、エリドゥへの帰還を。ヒマリについては、エイミにセーフハウスにて保護するように伝えなさい。……念を入れておくわ。必ず"セーフハウス"に向かわせて頂戴」

 

『…………はい、分かりました。そのように伝えます。では』

 

 

 

 


 

 

 そして、現在に至る。

 アリスを拘束し、最大の危機は去ったかに思えた。

 

 しかし、様々なミスが重なったことが此度の結果を招いたのは明らか。

 

 ヒマリを都市(エリドゥ)からミレニアムに向かわせることを許可してしまった。

 ミレニアム内に存在するDivi:Sionの個体の探索が不十分だった。

 AL-1Sに接触した瞬間、近隣の全個体が目覚める可能性について考慮すべきだった。

 

 結果として、彼を負傷させることになってしまった。

 既に目を覚ましたとの連絡を受けているものの、もはやそういう問題ではない。

 

 

 「AL-1S」はミレニアムを、ひいてはキヴォトスを滅ぼす可能性のある存在である。

 これだけが真実だ。仮にこの機械(アリス)がキヴォトスの崩壊を望んでいようが、望むまいが、関係ない。

 

 "災厄を齎すことが出来る"。この時点でミレニアムにとっての危機と同義である。

 ならば、ビッグシスターたる私はこの起きうる危機を"未然に対処"する必要がある。

 

 

 

「"不可解な軍隊"、いえ……Divi:Sionの軍勢の状態は?」

 

「エリドゥ外郭に集中しています。個体ごとの知能(CPU)にバラつきがあるのか、今のところ脅威にはなっていません。迎撃システムで全て対処出来ています」

 

「そう。やはりAL-1Sの元へ集うよう設計されているようね。……ミレニアムに存在した個体はどうかしら?」

 

「現状不明です。ただ、騒ぎになっていない所を見ると、恐らく全個体がこのエリドゥに向かっているものと思われます」

 

「そう。なら計画を続行するわ。……このままミレニアム中に存在するDivi:Sionを引き付けて、殲滅する。AL-1Sはその後に対処すればいい。トキ、あなたは引き続きエリドゥ外郭に存在するDivi:Sionの殲滅に向かいなさい」

 

「イエス、マム」

 

 

 一礼し、素早く退出するトキ。

 室内に残された私は、モニターの先を見据える。

 

 そこにはAL-1Sを"安全"にシャットダウンさせる為の設備。

 『人工冬眠(コールドスリープ)』装置が鎮座していた。

 それは起動するのを今か今かと待ちわびるように、薄暗いランプが点滅を繰り返している。

 

 

 

「……ヒマリ。あなたに手を汚させる訳にはいかない。この都市はミレニアムの、いえ、キヴォトスの未来に必要不可欠。……審判者に裁かれるのは、私だけで良い」

 

 

 そう、この都市の本当の製造目的、それは―――。

 

 

「この都市(エリドゥ)は、ヒマリ。あなたの為に造られたのだから」

 

 

 

 

*1
垢BANとも言う。

*2
ミレニアムサイエンススクールの総電力の約2.5倍。巧妙な手口で請求はミレニアムサイエンススクールに行くようになっている。

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