明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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31.『あなたの体温を教えて』(2)


 

 

「ごめん、ごめんね、部長。……気持ち悪いよね。私がこんなだって知って幻滅したよね」

 

「エイミ…………」

 

 


 

 

 あぁ、言っちゃった。

 

 これで何もかも終わり。

 

 一時の感情に任せて、私はなんてことを口走ってしまったのだろう。

 

 心の中にあったものを全て吐き出しても、なんにも楽にならない。

 

 後悔だけが募る。

 

 きっと嫌われるだろう。軽蔑されるだろう。

 

 こんな不純な想いを抱いた私が、雪のように透き通ったあなたの側に居られる訳がない。

 

 私はどす黒い色をした何かで、あなたは純白よりも美しい、白銀の色をしていて。

 

 そこに私というインクが垂らされたように、辺り一面に広がっていって。

 

 そうなってから、初めて気づくんだ。

 

 取り返しのつかないことをしてしまったのだ、と。

 

 


 

 

 

 

 

 消えて無くなってしまいたい、と。そう思った。

 こんな、自分の気持ちだけを吐き出して。部長の気持ちも何も考えないで。

 

 こんなの、ただ私が楽になりたかっただけだ。

 これを言ってしまえば、優しい部長がどれほど困り果てるか、分かっていたはずなのに。

 

 

「……ありがとうございます。エイミ。……ずっと言えなかったのですね。辛かったでしょう?」

 

 

 だというのに部長は、そんな私すら許してしまうほどの、優しさを抱いていて。

 思わずそれに縋りつきたくなる。これ以上救いを求めてはいけないって、分かっているのに。

 

 

「…………部長、ごめん。……私、部長のエージェントとして相応しくない」

 

「そんなことはありませんよ。さっきだって、エイミは私のことを助けてくれたではありませんか」

 

 

 部長が倒れ伏している光景を目の当たりにしたとき、私は目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。

 深い後悔と絶望。そして罪の意識。取り返しのつかない失態をしたという実感。

 それら全てが混ざり合って、私という自我を押しつぶすように、ギリギリと締め付けた。

 

 

「……私は、私が許せなくて。部長の綺麗な肌に傷を付けてしまったってことが、すごく嫌で。

 後悔してて」

 

「それは……。エイミだって戦闘で傷つくことだって、あったでしょう?」

 

 

 そんな、さも当然みたいな顔で言わないでよ、部長。

 私の傷とヒマリ部長の傷じゃ、全然違うよ。

 

 会長から訓練を受けて、痛みに耐える術も覚えていて、戦う技術を持っていて。

 元から傷ついてもいいように作られた私と。

 

 触れれば壊れてしまうような儚さを持つ部長の傷が同じだなんて、口が裂けても言えないよ。

 

 大切にしていたものが傷つくのって、自分が傷つくよりも辛いことだって、あるんだよ?

 

 

「……私の傷と、部長の傷じゃ、傷の重みが違うよ……。私の傷なんて、放っておけば勝手に治るし。そもそも頑丈な体だから……」

 

「……いえ、私だってエイミが傷つくのは嫌ですよ?」

 

 

 部長は優しい。私が傷ついた時はさっきみたいに包帯を巻いてくれた。

 戦う時もなるべく私にダメージがいかないように作戦を立ててくれた。

 発熱体質のことで悩んでいる時だって、親身になって一緒に考えてくれた。

 

 全部、全部。部長のお陰だ。

 

 

「うん、分かってるよ。……でも、私……部長のこと、綺麗な人だなって思ってて。

ガラス細工みたいに、大事に扱わなきゃいけないものなんだって、思ってて。

……だから、傷一つ付けたくなかった。私の体以上に大切なものだって思えたから。

…………ごめん、部長。なんか、気持ち悪いことしか言えないね。今のは、忘れて………」

 

「……いいえ。とても嬉しいですよ、エイミ。……エイミがそんなにも私のことを大切に想っていてくれたなんて。……先輩冥利に尽きますね」

 

 

 そう言って、部長は優しく微笑んだ。

 

 この人は、どこまで私を優しく包みこんでくれるのだろう。

 嫌われてもおかしくないはずだ。軽蔑されても文句は言えないはずだ。

 

 それほどのことを言ってしまったのに、部長は相変わらず慈愛の籠もった目で私を見つめていてくれる。

 きっと、聖母というのはこういう人のことを言うんだろうな、と漠然と頭に浮かんだ。

 優しくて、賢くて、美しい。まるで神話に出てくる女神のように。

 

 彼女の光輪(ヘイロー)が、暖かな光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「エイミ。私は……あなたに話さなくてはならないことがあります」

 

「…………部長?」

 

「聞いて頂けますか? ……今なら、まだ引き返せます。先程までのエイミの気持ちも胸にしまって、またいつも通りの日々を過ごせます。エイミをそれを望むのでしたら、この問いかけも、エイミの想いも、何もかも忘れて。また明日、一緒に朝ご飯を食べたり、登校したり、共に任務をこなしたり。……それに、アリスを助けに行くことだって」

 

「……部長、それって……?」

 

「エイミ。……エイミが、決めてください。私の……。(ひみつ)を知りたいのなら、この手を握って下さい。……もし、聞きたくなければ、そのままで」

 

 

 そう言って、部長は静かに瞼を閉じた。

 しん、とした静寂。

 

 時が、止まっているようだった。

 風もなく、音もなく、ただ、光だけが空間を満たしている。

 まるで世界のすべてが息をひそめて、二人の選択を見守っているようだった。

 

 

(この手を取れば、どうなってしまうんだろう)

 

 

 部長は言った。この手を取ればもう引き返せない、と。

 きっと何かがあるんだろう。部長が私に伝えたいこと。

 

 その手の先にあるのは、「秘密」だった。

 まだ私の知らない、けれど、きっとずっと傍にあったもの。

 触れてしまえば、今まで通りの私たちではいられない。

 

 手を取らなければ、このままでいられる。

 何も知らずに、平穏で忙しい、日常に戻れる。

 私の気持ちに蓋をして、優しい時間の中で、何もかも忘れて。

 

 それだってきっと悪くない。

 いや、むしろ、そのほうが幸せなのかもしれない。

 

 けれど、私は今、その手を目の前にして、ただ迷っていた。

 なぜあなたは、そんなにも静かに、私の選択を待っているのだろう。

 それが、痛いくらい優しくて――だからこそ、もう、目をそらせなかった。

 

 

 

 胸の奥が、音もなく軋む。

 どうして、こんなにも静かなのだろう。

 どうして、こんなにも優しい顔で、あなたは待っていてくれるのだろう。

 

 

(部長…………)

 

 

 この指先に触れるだけで、すべてが変わってしまう。

 それが、怖かった。

 けれど、それ以上に――。

 

 

(部長…………。私は、あなたのことが)

 

 

 私は、そっと手を伸ばす。

 躊躇いが、微かな震えとなって指先に宿る。

 それでも、確かに――その手に触れた。

 

 指と指が重なった瞬間。

 空間のどこかで、音もなく何かがほどけていくようだった。

 

 

 

 

(あなたのことが、好き。……あなたのことを、すべて、知りたい……)

 

 

 

 


 

 

 相変わらず、ひんやりとした感触だった。

 あなたの体温は、いつだって私の熱を奪ってくれて。

 その度に、もっと触れていたい、もっと近づきたい、と思ってしまう。

 

 

(―――――怖い。)

 

 

 もう戻れない。

 

 

(―――――拒絶されるのが、怖い。)

 

 

 

 もう触れてしまった。

 

 

 

(―――――見捨てられるのが、怖い。)

 

 

 

 もう引き返せない。

 

 

 

(―――――もう元に戻れないかもしれないのが、怖い。)

 

 

 

 もう、後戻りは出来ない。

 

 

 

(―――――それでも。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部長(あなた)体温(こころ)を、知りたい。 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「――――エイミ。私は"女性"ではなく"男性"なのです。それでもエイミは、私のことを好きになってくれますか?」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――ん?」

 

 

 あれ……なんだろう。

 思ってたのと違ったな…………。

 

 恐怖に震え、ぎゅっと目を瞑って、言葉の衝撃に備えていたのに。

 てっきり断られるか、フラれるか、お友達で居ましょう、とか言われるのを覚悟してたのに。

 

 

 

 それに、聞き間違えかな?

 部長がおかしなことを口走ったような気がする。

 

 もしかして部長なりのジョークのつもりかな?

 

 でも、こんな……ものすごくシリアスそうな場面でそんなことする?

 

 私、一世一代の告白をしたつもりなんだけど……。

 

 

 

 

「あの、エイミ。何か反応を頂ければ……。無言のままは流石に怖いです……」

 

「あ、ごめん、部長」

 

 

 思わず険しい顔になってしまっていたようだ。

 眉を顰めるどころか、左右の眉がそれぞれハの字になってしまうほどの困惑。

 

 でも、それも仕方ないと思う。

 

 あれだけ大事そうに、さも重要なことを告げますよ、なんて雰囲気を出していたのに。

 出てきたのが……「私、実は男なんです」なんていうジョーク。

 

 部長はユーモアを大事にする性格の人だとは知っているけど、こんな場面で冗談を言うのは"らしく"ないと思った。

 もしかしたら部長なりに何か、含みを持たせた言い方なのかもしれない。

 言葉の中に別の意味があって、それを私に間接的に理解して欲しい。

 そう思って発した可能性。むしろ、そちらの方が大いに有り得ると思った。

 

 

「えっと……。部長、それってどういう意味……?」

 

「こ、言葉通りの意味ですが……っ!」

 

「部長が男の人……? ……あ、それって、精神的な……?」

 

 

 少し前に見た記事に、ちらっと書かれていた内容を思い出した。

 女性だけど、精神は男性。逆に、男性だけど、精神は女性、みたいな。

 

 こういう人達は自らの性別と内面の不一致に悩まされてしまうことが多い、という記事だった。

 その為に周囲の人達の理解や、当人の心理的ケアの重要性を説く、という、まさにミレニアムらしい学術的な記事。

 とはいえ自分には関係のない話だな、と思って見ることすらしていなかった。

 

 

「いえ、そうではなくて……。あの、本当に男性なのです。私……女性ではないのですよ」

 

「………???」

 

 

 え、どういうこと?

 部長が何を言いたいのか、いよいよ分からなくなってきた。

 

 

「えっと……。ごめん、部長。ちょっと混乱してるんだけど……。部長が女の人じゃない、ってことは、部長は"男の人"ってこと?」

 

「は、はい。そうなります……」

 

「………………ごめん、仮にそうだとしても……全然男の人に見えないんだけど」

 

「そ、そうですよね? 全く男性には見えませんよね? いえ、そう振る舞っていたので仕方ないのですけれど」

 

「うん……。いや、でもその見た目で男って言い張るのは流石に無理があるよ。冗談にしてもちょっと攻めすぎ」

 

「で、ですがっ! ほ、本当に男性なんです! 信じて下さい、エイミ!」

 

「えぇ…………?」

 

 

 いや、どう見ても女でしょ。という言葉が口から出そうになるが、既の所で止めた。

 

 部長は急に何を言い出してるんだ?

 

 あまり詳しくないけど、男の人ってもっとこう……ごつごつしてたり、がっしりした体格をしてるんじゃないの?

 部長とはまるで正反対の存在じゃん。

 

 こんな線の細くて、すべすべの肌をしていて、さらさらの髪を携えて、綺麗な顔をしていて、ついでに、シャンプーかリンスか分からないけど、近づくととても良い香りのする部長が、男の人なわけないでしょ。

 

 というか、普段から自分のことを超天才清楚系病弱"美少女"ハッカーとか言ってたよね?

 言ってることが矛盾している気がするんだけど……。どういうこと?

 

 

「……ごめん、部長。何とか頑張って理解しようとしてみたけど……全然駄目かも。まるで男の人には見えない」

 

「えぇぇ……? では、どうすれば信じてもらえるのですか……?」

 

「うーん…………」

 

 

 困ったな。なんでこんなことになってるんだろう。

 部長は信じて下さいと言わんばかりに目をうるうるとさせて、こちらを見ている。

 

 可愛いけど……。むしろそんな仕草をするから、余計に男の人には見えない。

 

 だってそうでしょ?

 

 どこからどう見ても完全無欠に美少女だもん。今までは恥ずかしいからこの人の前でそういうことは言わないようにしていたけど。

 

 超天才清楚系病弱美少女ハッカーという呼称。自分でそれを言ってしまうからふざけたような雰囲気になってるけど、この人がミレニアム、いやキヴォトス全体でも相当な"美貌"を誇ってるのは間違いなく事実だと思う。

 

 トリニティのアイドルの人とかにも引けを取らない。ただそこに居るだけで"オーラ"を放つ程の存在感。

 街に繰り出せば10人中10人が振り返るであろう、絶世の美少女。

 だって同性ですら魅了してしまうのだから。

 私だってそれにやられたクチだし、部長が時々ミレニアムの後輩に告白されて、やんわりと断っていたのを見たことがある。

 

 これは冗談でも過剰表現でも何でもない。

 この人の美少女としての振る舞い、美しさは"本物"。

 だからこそ、余計に理解が出来ない。

 

 部長=男性、という図式が出来上がらないのだ。

 これが解かれない限り、私は永遠にこの難題に囚われたままとなってしまう。

 

 どうするべきなのだろう、私は。

 

 

「し、信じて下さい、エイミぃ……」

 

「うーん………そう言われてもな」

 

 

 

 

 しかし、唯一。解決できそうな案があることに気がついた。

 

 

 ―――思えば、このときの私は少し頭がバカになっていたんだと思う。

 

 

 部長にフラれるかもと覚悟していたところに、急に緊張の糸が解けるようなやり取りをさせられて。

 いつも凛とした佇まいを崩さない部長が、これでもかという程慌てふためいている光景を見て。

 

 普段なら絶対言わないようなことを口走ってしまったのだろう。

 

 

 

「…………あ、待って。一つだけ解決できそうな方法、あるかも」

 

「そ、そうなのですか? それは一体……?」

 

「いや、部長が男の人ならさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おち◯ちんついてるってことだよね?」

 

 

 

「エイミッッ!?!?!?」

 

 

 

 ビリビリと。セーフハウス中に響き渡る部長の声。

 過去最高の声量だったかもしれない。キンキンと耳の奥に響いた。

 

 

「いや………。でも、もう確認する方法ってそれしかなくない?」

 

「い、いえっ! 待って下さい、エイミ! た、確かにそれは最も確実かつ決定的な証拠になるかもしれませんけれどっ! で、ですがそれはあまりにも……! いえ、絶対に選んではいけない選択肢なのではありませんかっ!?」

 

「そうかもだけど……。でも、これ以外で部長が男の人だって分かる証拠ってあるの?」

 

「そ、それはぁ……。け、健康診断のデータでしたらありますよ……?」

 

「そんなの、部長ならハッキングで改ざん仕放題でしょ……」

 

「そ、そうなんですよね~……。はぁ……。なぜでしょう。今、私は自らの才能をこれほど憎いと思ったことはありません」

 

 

 がっくりと項垂れる部長。

 先程までのシリアスな雰囲気は完全にどこかに吹き飛んでしまっていた。

 

 

「……分かった。部長が私に信じて欲しいっていうなら、信じるよ」

 

「ほ、本当ですか、エイミ……? ……やっぱり、エイミは優しいですね。……私は、エイミのそういうところが、す―――」

 

「それとは別に、ちょっと触るね」

 

 

 

「―――きで……。 ………エイミッッ!?!?!?」

 

 

 

 物事は先手必勝。やられる前にやる。

 もはやまどろっこしいやり取りは無視して、最短で進む。

 

 部長が男の人だって確認するなら、これが一番早いから。

 結局のところ、私の本質は"効率"に基づいているのだな、と、そう思った。

 

 

 

 

「えいっ」

 

 

 

「―――ひゃんっ!」

 

 

 

 ふにゅん、と。

 どこか可愛らしい音が聞こえてきそうな、少し柔らかい感触があった。

 

 

「―――――ほんとだ。"()"る」

 

「………ぁぅっ! え、エイミ……そこはぁ……!」

 

 

 それに触れた経験はないけれど、確かにそこには私にはないものが"在った"。

 直接見ていないから分からないけど、保健体育のBDで学んだ内容と同じものだろう。

 

 経験はなくとも、知識程度はある。それが所謂男性の象徴と呼ばれるものだということを。

 ただ、教科書の挿絵に書いてあったものより、幾分……、いや、結構小さいんだなって思った。

 

 

「え、エイミぃ……。て、手を、離して下さい……っ。……こ、これ以上は、もうっ……!」

 

「あ、ごめん、部長」

 

 

 部長が苦しそうに身悶えするのを見て、私は慌てて手を引っ込めた。

 

 少し乱暴にしすぎてしまったのかもしれない。

 確かBDによると、そこは男性の急所であり、強く触ると痛みを感じてしまうそうだ。

 

 可能な限り優しく撫でるように触れたつもりだったが、もしかしたら痛かったのかもしれない。

 謝らないと。部長に触れるときは、もっと優しく、壊れ物を扱うように、丁寧に。

 

 

「ごめん、部長。痛かった……?」

 

「い、いえっ! 痛みはないのですけれど……! こ、これ以上触れられると、相当に不味いことになりますのでっ! 主にっ、私のっ、叡智(デカグラマトン)*1がっ」

 

「そ、そうなんだ。……ごめん、気づかなくて」

 

「い、いえ。……むしろその……。もっとしてほしかったり……。 い、いえっ! なんでもありませんっ!

 

 

 部長は顔をこれ以上ない程に真っ赤にして、そっぽを向いた。

 この人は色白だから、顔が紅潮するとすぐに分かる。もう耳まで真っ赤だ。

 

 こういうところを見れるのは、きっと今は私だけ。

 それを意識すると、これまで何度も私を苛なんできた"独占欲"がムクムクと鎌首を上げる。

 

 ―――愛おしい。この人のこういうところが、私を虜にして離さない。

 まさしく魔性。

 一度でも触れた瞬間、二度と離れたくないと思わせてしまう、純粋無垢な色気。

 

 

「えっと……とりあえず、部長が男の人だっていうのは分かったよ」

 

「そ、そうですか……。それは、良かった、です……」

 

 

 部長は前かがみになりつつ、ぐったりとした様子で項垂れる。

 目の光が消え、どこか虚ろな表情だ。きっと疲れがそうさせたのだろう。

 

 ただ、しかし。これで問題は解決した。

 部長が男性であることが分かった。

 

 

 しかし今は、"そんなこと"よりも、もっと重要なことがある。

 

 

 

「……部長。それで、その。……さっき言ってた、私のことが好きって話……。本当?」

 

「えっ? ……ええと。……はい、そうですけれど……?」

 

「ほんと? 嘘ついたり、私に気を遣って言った訳じゃないんだよね?」

 

「はい。そもそも……気を遣って、こんなこと口にするわけにはいきませんよ」

 

「そっか………。なら、部長。私達って、"両思い"ってことで、いい……?」

 

「そ、そうなりますね…………」

 

 

 じっと、お互いを見つめ合う。

 謎の静寂。お互いが何を言うべきなのか考えあぐねているような、そんな時間。

 

 それを先に破ったのは、部長だった。

 

 

「あ、あの……エイミ? その、良いのですか? ……私、今までずっとあなたを騙していたんですよ? ……もっとこう、怒りを抱いたりだとか、軽蔑したりだとかは……ないのですか?」

 

「……? なんで?」

 

「な、なんでと言われましても……。だって、ずっと側に居た人間が性別を偽っていたのですよ? ……エイミは嫌ではないのですか?」

 

 

 確かに、一般的に考えたら大分不味いことなんだろう。

 恋仲でもない男女のうち、片方が性別を偽って同居していた事実。

 

 あまり法律には詳しくないけれど、それでも何らかの罪に問われそうな内容ではある。

 きっと私も、部長が相手でなければ普通に糾弾するだろうし、何ならヴァルキューレに突き出すくらいのことはするだろう。

 

 ―――だが、それはあくまで"部長ではなかった"場合の話。

 

 

「嫌、っていうか……。むしろほっとしたかも。だって部長は男の人なんでしょ? ……なら、私が今まで散々悩んでた問題が一つ解決するってことだもん」

 

「エイミ、それは……」

 

 

 そう、部長が"男の人"ならば、私が抱えていた悩みが、丸ごと全部吹き飛ぶことになる。

 

 

「私、最初は女の子のこと好きになっちゃったんだって思って、すごく悩んだんだよ? 色んな記事とかサイトとか見たりして、女の子同士で恋人になるのってどうすればいいんだろう? とか、色々悩んで。……きっと部長は女の子のことを好きにはならないだろうなって、思ってたから」

 

「そ、そうだったんですね……。ごめんなさい、エイミ。気づいてあげられなくて」

 

「ううん、いいよ。これは私が勝手に想ってたってだけの話だから。……あの、一応聞くけど、部長って女の子のことが好きなんだよね? ……もしかして、男の人同士のほうが良かったりする?」

 

「そ、そんなわけないじゃありませんか……! わ、私は普通に異性愛者のつもりです!」

 

「そっか。良かった。……なら、何も問題ないよ。部長が今まで隠してたことも、何でもいいや」

 

「な、何でもいいや、とは……。流石に投げやりすぎませんか?」

 

「だって、"今"のほうが大事だもん。……部長と"今"、一緒に居られることのほうが、ずっと大事」

 

 

 そう。最終的にはそこに行き着く。

 

 だからこそ、私は"過去"を振り返らない。

 

 ―――私が見るべきなのは、そう。"未来"。

 

 

「部長と一緒に居られるなら。私、なんにも気にしないよ」

 

「そ、そうですか……。そういうさっぱりとした所は、やはりエイミがエイミたる所以なのでしょうね……。私としては、もっと糾弾されても仕方ないとばかり思っていたのですが」

 

「そうかな? ……まぁ、確かにミレニアムって女子校だから、そこは問題になるのかな?」

 

「うっ。……そ、その。エイミ、このことは……どうか」

 

「分かってるよ、部長。部長が変な目的でこんなことする人じゃないってことは、知ってるつもり。……事情は後で聞かせてもらうけど」

 

「は、はい……」

 

 

 きっと止むに止まれぬ事情があるのだろう。

 ミレニアムの頭脳を担う彼女……。

 いや、"彼"か。それが、性別を偽ってまで学園に通っているのだから。

 

 確かに、この"秘密"は隠し通さなければならないものだと思った。

 一度知ってしまえば、二度と引き返せないと部長が言った理由にも納得がいった。

 

 ―――だが、言ってしまえば"その程度"だ。

 

 部長と二度と離れ離れになるわけでもない。側に居られなくなるわけでもない。

 いや、むしろ。

 こうしてお互いの気持ちを露わにして、しかも同じ気持ちを抱いていると知れた。

 

 喜ぶことはあっても、困ることはない。

 私にとってあまりにも都合の良い……ベストな形。

 

 もしかしたら神様がどこかで私達のことを見ていて、誰もが羨むような"ハッピーエンド"へと誘ってくれているのではないかと、そう錯覚するほどに。

 

 目の前の現実は、深い泥沼に囚われた私の心を……救ってくれた。

 

 だからこそ、もう一度告げなくてはならない。

 私の口から、はっきりと。この現実を、未来へと運ぶべく。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、部長」

 

「……はい、なんでしょう、エイミ?」

 

「えっと……もう一度、部長に言いたいことがあって」

 

「……エイミ、もう一度とは、何を……?」

 

「……さっきは泣いてて格好悪かったから、改めて言いたくて。……いいよね?」

 

「……………あぁ、なるほど。分かりました。……どうぞ」

 

 

 きっと、察してくれたのだろう。

 部長は、そっと手を出して、目を瞑る。

 

 これは"あの時"の再現。

 私が後悔と絶望に押しつぶされそうになりながらも、部長の"体温(こころ)"に触れた時の光景。

 

 私が誓いを立てるのに、最も相応しい形。

 

 まるで騎士(わたし)お姫様(ヒマリ)の手を取って、永遠の愛を誓うかのような、そんなお伽噺の物語。

 

 

 

 その手に触れる。

 私にだけ許された、部長に触れられる権利。

 

 このひんやりとした体温も、柔らかな感触も、今は、私だけのモノ。

 

 もう二度と離してやるものか、と。そう心に誓って。

 

 私は、あなたへの想いを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私ね、部長のことが好き。……だから、付き合ってくれる?」

 

 

 

「――――――はい。喜んで。」

 

 

 

 

 

 握りしめた手は、優しく。

 

 どこまでもお互いの体温を交換すべく、触れ合った手のひらから、その熱が巡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
実際のところはミニグラマトンである。





「こういう奴らが交尾(セッ◯ス)するのよね! 私、知ってるんだから!」

「コハルちゃん?」




◆追記◆

安心してください。
"あの人"のルートもちゃんとありますよ……。


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