明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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35.明星ヒマリと『モモミドクッキング』


 

 

「セミナーの専横を許すなー!」

 

「こんばんは、モモイさん。お元気そうで何よりです」

 

「あれっ!? ヒマリ先輩!? どうしてここに……っていうか、大丈夫だったの!?」

 

 

 私の姿を捉えた瞬間、先ほどの怒りの様相は何処へやら。

 普段通りの表情豊かなモモイさんの姿に早変わり。

 

 

「モモイさんこそ。あのときはありがとうございました。モモイさんがかばってくれたお陰で、ほとんど傷もなく……こうして無事に復帰できましたから」

 

「そっか、良かったぁ。とっさに"やばい!"って思って飛びついたけど、正解だったみたいだね!」

 

「良かった……。ヒマリ先輩と連絡がつかなかったから、チヒロ先輩がすごく心配してて……。私達も心配だったんです」

 

「そうでしたか……。ご心配をおかけしました。ですが、今はこうしてピンピンしていますから」

 

「ところで……。ヒマリ先輩、どうしてエイミさんに……その、抱っこされてるんですか?」

 

 

 ミドリさんが疑問を投げかけます。

 やはりこの姿は相当に目立つものなのでしょうね。先程から周囲の方がちらちらとこちらに目を向けているのが分かります。

 

 

「車椅子を現場に置き忘れてしまいまして。エンジニア部が回収したとのことで、こうして深夜ながら回収しに来たんです。……エイミ、一度下ろして頂けますか?」

 

「ん、分かった」

 

 

 エイミは私をそっと下ろし、椅子に腰掛けさせてくれました。

 

 

「では、エイミ。車椅子をお願いします。エンジニア部の方に聞けば場所が分かると思いますので」

 

「了解」

 

 

 踵を返し、人だかりの中へ消えていくエイミの姿を見送ってから、再びモモイさん達に目を向けます。

 

 

「それにしても……。モモイさん達はここで何を? 何やら大声で叫んでいたようですが……?」

 

「それがね! 聞いてよヒマリ先輩! セミナーがアリスを退学にするって言ってて!」

 

「あぁ、やはり。その話でしたか」

 

「いきなりの話で、私達びっくりしちゃって。ユズと一緒に会長を探しに行ってたんだけど、見つからなくて。C&Cなら居場所を知ってるかもって思って聞きに行ったんだけど……。その、喧嘩になっちゃって」

 

「……なるほど。そういう事情があったのですね」

 

「でもさ、おかしいと思わない? あの時のよくわかんない機械が動き出したのだって、アリスのせいだと決まった訳じゃないじゃん! それなのにセミナーはアリスのせいだって決めつけてるんだよ!? こんなのおかしいよ! 横暴だよ! 職権乱用反対! 冤罪を許すなー!」

 

 

 確かに、彼女からの目線で考えると横暴以外の何物でもないでしょうね。

 "不可解な軍隊"に対する情報統制が敷かれ、アリスとあれらの機械に関連性があるか定かではない中、一方的に退学を宣告されるなど、まさに寝耳に水の筈です。

 

 

「……確かに、あの時のアリスちゃんは様子がおかしかったけど……。それだけであの爆発事故の犯人だって決めつけるのは、違うと思う……」

 

「そうだよね!? なんでアリスが犯人扱いされてるの? ぜんっぜん意味分かんないよ!」

 

 

 困惑と怒りを隠さないモモイさんに対して、ミドリさんは幾ばくか冷静に考える余裕があるようでした。

 

 

「でも……。セミナーの"会長"がアリスちゃんを犯人だって決めつけてるのには何か理由があるんじゃないかな?」

 

「理由……? ミドリ、それって……?」

 

「ごめん、分かんないけど……。でも、いくらなんでもいきなり"退学"なんて、セミナーでもそう簡単には出来ないよね?」

 

「そうですね。生徒の退学には必ず複数機関の承認が必要になります。ミレニアムに加えて連邦生徒会の承認も必要になりますから、相当なことをしなければ退学にはならない、と思って頂ければ」

 

「そうですよね、ヒマリ先輩。……だから、私ちょっと思ってたことがあって。……あのよくわかんない機械を操ってたのって、やっぱりアリスちゃんだったんじゃないかなって……」

 

「ミドリ! まだそんなこと言ってるの!?」

 

 

 ぐわっ、と。モモイさんがミドリさんに食って掛かります。

 

 

「アリスがそんなことする訳ないじゃん! ……確かにあの時のアリス、すっごく様子がおかしかったけど! それでも! アリスはヒマリ先輩みたいな人を本気で傷つけようとする訳ない!」

 

「うん。……私もそう思うけど」

 

「アリスちゃんの様子がおかしくなった後、すぐに"謎のメイド"さんに攫われちゃったから……。アリスちゃんがどうしてああなったのか、私達も知らなくて……。ヒマリ先輩、何かご存知だったりしませんか……?」

 

「ふむ、そうですね……」

 

 

 この子たちはアリスさんのことを信じているようです。

 彼女の人となりを知っていれば、あのような凶行を引き起こすとは到底思えない。そう考えるのはごく自然なことでしょう。

 

 私自身も、あの場で得たデータが無ければアリスさんが"不可解な軍隊"を操っている、という確証は得られなかったと思います。

 とはいえ、私は既にある程度の真実を知っています。

 ここで嘘をついても、彼女たちの為にもなりません。

 

 知っていることを話すべきだと、そう判断しました。

 

 

「結論から言いますね。あの時、あれらの機械を操っていたのは……間違いなくアリスさんです」

 

「っ!? そ、そんな。な、なんで!?」

 

 

 モモイさん含む全員が息を呑みます。

 信じられない、といった表情。いえ、実際には未だに信じることが出来ていないのでしょう。

 

 ユズさんの顔色が真っ青になっていきます。モモイさんとミドリさんは……双子だからでしょうか、お互い全く同じリアクション。どちらも口に手を当てて、困惑を隠しきれていません。

 

 

「ま、待って下さい。……なら、アリスちゃんは……。どうしてあんなことを……? あの機械の爆発も、アリスちゃんがやったってこと……?」

 

「し、信じないからね! 私、いくらヒマリ先輩の言うことだからって、信じないから!」

 

「も、モモイ。落ち着いて……! ヒマリ先輩に言っても、何にもならないから……!」

 

 

 ふー、ふー、と息を荒げて怒りを露わにするモモイさん。

 普段の人懐こい印象は影を潜め、本気で怒っていることが分かります。

 

 それもこれも、全てはアリスさんの為。

 彼女は友人の……大切な仲間の為であれば、心の底から信じ、そして怒ってあげることが出来る人なのですね。

 アリスさんは……とても良い"仲間"を得たのですね。少しだけ、羨ましくなりました。

 

 

「待って下さい。あの爆発を引き起こしたのは恐らくアリスさんで間違いありませんが……。それが彼女の意思で行われたかどうか。そこまでははっきりしていないのです」

 

「……??? ど、どういうこと……?」

 

「ヒマリ先輩……それって……?」

 

「実はあの時、データを取っていまして。それで違和感に気づいたんです。アリスさんの様子が急変した際に……。なにか別の……"プログラム"が走っていたように感じました」

 

「別のプログラム……?」

 

「詳しくは解析してみないと分からないのですが……。そのデータは私の車椅子にありまして。……あぁ、丁度良いところに。エイミが帰ってきましたね」

 

 

 人だかりの中から、車椅子を押してくるエイミの姿が見えました。

 

 

「ただいま、部長」

 

「おかえりなさい、エイミ。車椅子のほうはどうでしたか?」

 

「車輪が破損してたから、そこだけ交換してくれたみたい。内部のデータとかは全て無事。ついでに充電もしてあるって」

 

「そうですか。ふふ、相変わらず気の利く方々です。今度、何かお礼をしなくてはなりませんね」

 

 

 データが無事だと分かったのは、まさに僥倖でした。

 爆発の余波で破損していないかと、不安を抱いていたのです。

 実際にはデータは無事で、修理も終わり、充電済み。まさに至れり尽くせりといった具合です。

 

 

「これからデータを解析します。ここでは少々難しいので、ヴェリタスの設備を使わせて頂こうかと。モモイさん達もよろしければご一緒に如何でしょう? あの時に現場に居た方々ですから。事件の真相を得る鍵になるのでは、と考えているのですが」

 

「勿論! 私達も手伝うよ! 行こう! ミドリ、ユズ!」

 

「うん。分かった。私達に協力できることがあれば、何でも言って」

 

「よ、良かった……。これでアリスちゃんの退学を阻止できるかもしれないんだよね……?」

 

「そうだね! よ~し! それじゃあ"アリス退学阻止委員会"発足だー!」

 

「ものすごく直接的なネーミングだね」

 

「ふふ、分かりやすくて良いではありませんか。……では、エイミ。お願いします」

 

「うん」

 

 

 エイミに頼み、身体を持ち上げてもらいます。

 そのまま車椅子に腰掛け、起動。

 

 ウィィンと駆動音を上げ、全てのシステムが正常であることを確認。

 ようやく私の足が帰ってきてくれました。これで一安心です。

 

 

「では、ヴェリタスへ向かいましょう。……チーちゃんはまだ仕事中なのでしょうね」

 

 

 エンジニア部の工房を後にし、暗くなった学園内へと再び足を踏み入れます。

 

 

 

 

 


 

 

「久々に顔を見せたと思ったら……。なに? この大所帯」

 

 

 ヴェリタスに入って開口一番、チーちゃんのくたびれた声が飛び出ました。

 恐らく徹夜するつもりだったのでしょう、既に2、3本はコーヒーの缶が開けられ、長丁場に備えるべく栄養ドリンクまで置かれています。

 

 

「こんばんは、チーちゃん。ふふ、すごいパーティーでしょう?」

 

「深夜に押し寄せるには多すぎでしょ……」

 

 

 私、エイミ、モモイさん、ミドリさん、ユズさん。総勢5名ですからね。

 ヴェリタスの部室はあまり広くはないので、中々にぎゅうぎゅう詰めです。

 

 

「あなた達も久しぶりね。"鏡"の時以来だっけ? ユズとはさっきちょっと会ったけど」

 

「こんばんは! チヒロ先輩! いやー、あの時は大変お世話に……」

 

 

 リオから聞いた話に過ぎませんが、ゲーム開発部は一度C&Cと戦闘になったそうです。

 確かリオが用意した鏡とやらを取り合い、それの解析にヴェリタスを頼ったということらしいですが……。

 当時、私はデカグラマトンへの対処に奔走していたので、詳しくは知らないんですよね。

 

 とはいえ、チーちゃんとゲーム開発部が既に交友があるというのは幸いです。

 余計な手間を省いて、すぐに解析に移れるはず。

 

 

「チーちゃん。ヴェリタスの設備を使わせて頂いても構いませんか? 急ぎ、解析しなければならないものがありまして」

 

「……何を、って聞くのは野暮な話か。いいよ、使って。そもそも、ここ(ヴェリタス)はあなたの部活なんだから、気を使わなくていいよ。……それで、何をすればいい? 私も手伝うから」

 

「ありがとうございます、チーちゃん。……ふふ、持つべきものはやはり友人ですね。では、解析したデータの精査をお願いしてもいいですか?」

 

「分かった。データ解析のサポートに回る。サブ端末を使うから、ヒマリ。あなたはメインコンソールを使って」

 

「えぇ、分かりました。エイミ、車椅子のデータを抽出するので、接続をお願いします」

 

「了解。有線接続でいい?」

 

「はい。速度優先なので、それで構いません」

 

 

 てきぱきと、決められた手順通りに作業の下準備を進めていきます。

 なんだかとても懐かしいです。まるでかつてのヴェリタスに戻ったかのよう。

 

 

「……おぉ。すごい。やっぱり皆プロなんだなぁ……」

 

「お姉ちゃん、感心してないで、私達も何か手伝おうよ」

 

「あの、ヒマリ先輩……。私、ゲーム用のプログラム言語なら分かるので……。何かお手伝いできることがあれば……その……」

 

「あぁ、そういえばそうでしたね。……では、ユズさんにはチーちゃんと一緒に解析したデータの整合性確認(デバッグ)をお願いします。万が一にも、得られたデータの数値が間違っているといけませんので」

 

「わ、分かりました……! よ、よろしくおねがいします、チヒロ先輩」

 

「よろしく。そっちのPCが空いてるから、それ使っていいよ」

 

 

 作業にユズさんが加わり、いよいよ万全の状態。

 唯一手持ち無沙汰にしているモモイさんとミドリさんが慌てふためいています。

 

 

「ちょっと、お姉ちゃん! このままじゃ私達まるでお荷物だよ!?」

 

「ど、どうしようミドリ! ……ひ、ヒマリ先輩! 何か私達に出来ることってない!?」

 

「うーん、そうですね……。お二人にはデータの解析結果が出た後、アリスさんの様子の違いなどについて意見を伺いたかったのですが……」

 

 

 しかし、それでは作業中は彼女たちは何もすることがないということになります。

 いえ、私としては休んでいただいていても構わないのですが……。

 

 ちらり、と二人の表情を見ます。

 どちらもアリスさんの為に、何が何でも手伝いたい、といった様子。

 この熱意に冷水を掛けてしまうのは憚られます。なにか仕事を与えられれば良いのですが。

 

 ……その時、丁度、ぐぅ、とお腹が鳴りました。

 時間は深夜。お昼以降は何も口にしておらず、空腹を覚えるのは至極当然のことでしょう。

 

 あぁ、それなら……。

 

 

「では、少々毛色の異なるお願いなのですが……。お夜食など用意して頂くことは出来ますか? 実はお昼から何も食べていなくて……。腹が減っては戦は出来ぬ、とはよく言うでしょう?」

 

「!! 分かった、任せてよ! これでも寮では自炊してるからね、期待してていいよ! 行こう、ミドリ!」

 

「うん。調理室を使わせてもらおう」

 

 

 そう言って二人はドタバタと慌ただしく廊下を駆けていきました。

 

 

「……大丈夫かなぁ

 

「ユズさん? どうかしましたか?」

 

「あ、いえ、何でもないです」

 

 

 ぽつり、と。ユズさんが漏らした言葉に、気づくことはありませんでした。

 

 

 

 


 

 

 

~40分後~

 

 

「……あの、そろそろ40分近く経っていると思うのですが、モモイさん達はどちらに行かれたのでしょう?」

 

「調理室行くとか言ってなかった? ……はい、部長。これ追加のハードディスク」

 

「ありがとうございます、エイミ。……そうですよね。てっきり軽食でも作るのかと思っていたのですが、思いの外本格的なものを作っているのでしょうか……?」

 

 

 流石に空腹が限界になってきました。聞かれないようにしてはいますが、先程からくぅくぅと腹の虫が鳴いています。

 もしや何かトラブルでもあったのでは……と思っていた矢先。

 バァン! と勢いよくヴェリタスの部室の扉が開かれます。

 

 

「待たせたな、皆の衆!」

 

 

 そこにはコック服にコック帽を被ったモモイさんとミドリさんの姿が。

 

 

「おかえり、モモイ、ミドリ。……その格好は何?」

 

「ふふーん! これね、調理室にあったから借りてきたんだ! 何事も形から入るのが重要だからね!」

 

「ず、随分本格的ですね……。移動式テーブルにクロッシュ*1まであるなんて」

 

「でしょー? さて、皆様お待ちかね。本日のコースメニューでございます……。さぁ、ミドリ!」

 

「えー。まずは一品目」

 

「一品目……? 複数あるのですか?」

 

 

 何処から取り出したのでしょう。ミドリがくたびれた紙のメニューを読み上げます。

 

 

「一品目。トマトのミレニアム風

 

「ミレニアム風……?」

 

「じゃじゃーん! こちらになります!」

 

 

 銀の蓋を開けると、そこにはトマトの中に炒めた野菜などが詰め込まれたお料理が。

 ぱかりとトマトの上部分を開くと、中から香ばしい野菜のいい香りがしてきます。

 まだ温かいのでしょう。ほかほかと湯気が立ち登っています。

 

 

「おぉ……。なんていうか、結構本格的?」

 

「さぁどうぞ、冷めないうちに召し上がれ!」

 

 

 モモイさんとミドリさんがお皿に切り分けていきます。

 まさかこんな夜更けに高級フレンチのような出で立ちの料理を食べられるとは思っていませんでしたから、少々呆気に取られてしまいました。

 

 

「えぇと、では……いただきます」

 

 

 恐る恐る口に運びます。……あら、案外素朴なお味。

 トマトの甘みと酸味が炒めた野菜に絡んで、中々ジューシーなお味です。

 オリーヴオイルの風味がありますね。和風というより、洋風でしょうか?

 コンソメのような塩気がアクセントとして利いていて、全体的にお上品な印象です。

 

 ボリューム的にメインディッシュには物足りないですが……、何と言えば良いのでしょう。

 これからどんどんお料理を食べたくなるような、そんな"食前食"のような味わいです。

 

 

「……あれ? 普通に美味しい……」

 

 

 ユズさんが驚いたような表情を浮かべ、まじまじとお料理を見ています。

 

 

「なんか素朴な味付けだけど、いいねこれ。結構好きだよ、こういうの」

 

 

 チーちゃんも太鼓判を押しています。

 何というか……ちょっと意外ですね。まさかモモイさんとミドリさんがこんな凝った料理を出来るだなんて。

 これならば40分近く掛かってしまうのも分かります。下準備が大変そうですし、これ。

 

 空腹だったからでしょうか。ぺろりと平らげてしまいました。

 

 

「ごちそうさまでした、モモイさん、ミドリさん。とても美味しかったですよ」

 

「お粗末様でした! では、2品目が出来上がるまで今暫くお待ち下さい……」

 

「え? まだあるの?」

 

 

 エイミがそう零したのも束の間、2人は矢の如き素早さでこの場を後にします。

 きっと調理室に戻ったのでしょう。

 

 

「まぁ、良いではありませんか。2品目も楽しみにしていましょう?」

 

「うん、まぁ、私は別にいいんだけど」

 

…………なんか嫌な予感がしてきた

 

 

 


 

 

~更に40分後~

 

 

「……あの、また40分程経過している気がするのですが、これは一体……?」

 

「まさか一品ごとに40分掛ける気……?」

 

 

 チーちゃんと2人でヒソヒソと話していると。

 バァン! とまたもや勢いよくヴェリタス部室のドアが開かれます。

 

 

「お待たせいたしました! 二品目目の料理になります! ミドリ!」

 

「はい。えー、二品目。ミレニアム風オニオンスープ

 

「またミレニアム風……。ミレニアム風って何?」

 

「さぁ……?」

 

 

 再び銀の蓋が開かれると、そこには鍋に入ったスープが。

 

 

「……あら、いい香りですね? これは……。トムヤムクンの香りでしょうか?」

 

 

 ふわっと、海老とスパイスの香りが漂います。あまりミレニアムでは見かけない類の料理ですが、昨年頃、山海経にほど近いとある学園から取り寄せた冷凍食品の中に、似たようなものを見かけたので覚えていました。

 

 

「……スープって言う割には、具材の量がすごいね。ゴロゴロ入ってる」

 

「これはね、"食べるスープ"だからね! ささ、冷める前に食べちゃって~!」

 

 

 モモイさんが慣れた手つきで配膳していきます。

 なぜでしょう、コック服を着ているからか、雰囲気だけは本当にシェフのようです。

 

 

「では、いただきますね」

 

 

 芳しいスパイスの香りを楽しみつつ、スープに口を付けます。

 ……ふむ、なるほど。やはり海老の風味が前面に出ていて、それをほのかに彩るレモンの……。

 

 ……あら? ちょ、ちょっと待って下さい。なぜか舌がヒリヒリとしてきたのですが!?

 

 

「あ、あの。こ、この刺激的なお味は……?」

 

「青唐辛子がいっぱいあったから、たっぷり入れてみたんだ! 夏バテ予防にいいらしいよ?」

 

「そ、そぉですか……。どおりで……」

 

 

 か、辛い! 辛いです! 海老の風味がすっ飛んで行ってしまう程、強烈な辛味です!

 み、水。水を飲まなければ……! の、喉が……!

 

 

「はい、部長。 お水」

 

「あ、ありがとうございます……エイミ……」

 

 

 口の中を水分で潤して、ダメージを分散させます。

 本来であれば乳製品のほうがより効果的なのですが……贅沢は言えません。

 今はとにかく、この燃えるような辛さを鎮めなければ!

 汗が吹き出そうになります。美味しそうな見た目からは想像も出来ないほど辛いです。

 

 

「……私はこれくらい辛いほうが好きだけど。酸味もあって夏向けでいいんじゃない?」

 

「チーちゃん!?」

 

「私も別に。辛いものが特別好きなわけじゃないけど、これくらいなら」

 

「エイミ!?」

 

 

 な、なんということでしょう。

 この辛味に耐えられないのは……まさか私だけ、ということでしょうか?

 それではまるで私がお子様舌みたいではないですか!

 いえ、辛味に強い=大人という訳では決してないですけども!

 

 

「ふふ……。お楽しみ頂けたようですね、お客様。では最後の一品に移らせて頂こうかと思います。しばしの間、お待ち下さい……」

 

 

 急に丁寧語になり、わざとらしく礼をしたモモイさん。

 またもや矢の如き素早さで、部室を後にしていきます。

 

 

「……なんでしょう。急激に不安になってきたのですが」

 

「……で、ですよね。……大丈夫かなぁ

 

 

 


 

 

~更に更に40分後~

 

 

「ふぅ……。ようやく終わりが見えてきましたね。もうすぐ朝日が登ってきそうです」

 

「んっ……~~っ!」

 

 

 チーちゃんがぐいっと伸びをします。たわわなお胸がばよんと跳ね、重力に従って元に戻ろうと藻掻いています。

 

 

「おぉ……」

 

「…………部長。」

 

「ご、ごめんなさい、エイミ」

 

 

 私の視線がチーちゃんの胸に吸い寄せられているのが分かったからでしょうか、エイミがジト目でこちらを見つめていました。

 ……いえ、ごめんなさい。本当に悪気は無かったのです。

 ただつい目が吸い寄せられてしまって……。決してエイミを裏切るつもりはないのですよ?

 

 ほら、街中ですごく背の高い人が居たら、意識せずとも勝手に目で追ってしまうことがあるでしょう? あれと同じですよ、えぇ。

 

 

「そ、それにしても……。また40分くらい経っている気がする……」

 

「確かに。そろそろ次のが来ても良い頃合いだと思うんだけど」

 

「ふぅ。……作業もまもなく一区切りを迎えますし、少々お手洗いに行ってきますね」

 

「ん、分かった。いってらっしゃい」

 

 

 エイミの視線から逃げるようにヴェリタスの部室を後にします。

 解析作業は9割方終わりました。あとはユズさんとチーちゃんのチェック作業が終われば、いよいよデータの内容を査読出来ます。

 

 


 

 

「……そういえば、あの二人はどんな料理を作っているのでしょうね」

 

 

 お手洗いを終え、ヴェリタスに戻ろうとしていた頃。

 ふと、何だかいい香りが立ち込めていることに気付きました。

 そういえば、ここの廊下の通りには調理室があるんでした。

 きっとモモイさんとミドリさんのお料理の香りでしょう。

 

 邪魔をしてはいけないと思ったので、調理室にお邪魔することはせず、その場を立ち去ろうとしたのですが……。

 

 

 

『な、なんでそんなに増えちゃったの!? お姉ちゃん!?』

 

『ま、まだ大丈夫だからぁ~!』

 

『は、早くしないと、まだ増えてるよ、ソレ!』

 

 

 扉の向こうから、てんやわんやの大わらわ。騒がしい2人のやり取りが聞こえてきました。

 

 

「だ、大丈夫なのでしょうか……?」

 

 

 不安に思い、ちらりと調理室の扉を開き、中の様子を窺います。

 

 ふと、フライパンの上にある物体を発見しました。

 恐らく見た目からして、パスタでしょう。海老とオリーヴオイルとトマトの香り。きっとこれまでに使ってきた材料を流用して、スパゲティ料理を作ろうとしていたことがわかります。

 

 ただ……スパゲティというには……あまりにも"多すぎ"ました。

 まるでドームのような形状をしたそれは、モモイさんが決死の思いでかき混ぜようとも、びくともしない程の強度を誇った、まさに"麺の塊"。

 いったい何をどうすればそうなってしまうのか、その疑問が付きないほどの圧倒的なインパクト。

 

 

「あ、あれは一体……?」

 

 

 思わずそっと扉を閉めてしまいました。

 あれが……次に私達にお出しされるであろう料理なのでしょうか。

 ですが……あまりにもインパクトが強すぎて、今見た光景が現実なのかどうか、それすらも分からなくなってしまい。

 

 

「……見なかったことにしましょう」

 

 

 そっと、私はその場を後にしました。

 

 

 

 

*1
料理の温かさや鮮度を保つために皿にかぶせる銀色のカバー。高級レストランとかでよく見るアレ。




海老とブロッコリーのスパゲティ - ミレニアム風

海老、トマト、ブロッコリー、ニンニクベースのソースに、茹で上げて長時間放置し、まるでドーム状のように膨れ上がった麺を絡めたパスタ。
シェフ才羽の自信作だが、味はともかく食感は不評のようだ。


エイミ「食感的には餅に近いね」

ヒマリ「餅ですね、これ」

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