明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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36.和泉元エイミと『決戦前夜』(1)


 

「データの解析が終わりました。……中身を見てみますね」

 

「う、うん……!」

 

 

 部長がキーをタッチする。固唾を飲んで見守るモモイ達。

 ついにデータ解析が完了したようだ。

 

 モモイとミドリの夜食を食べた頃には、既に朝日が登り始めていた。

 結局、全員が徹夜になってしまったことになる。

 私と部長は夕方に仮眠を取っていた為、多少は元気がある。

 

 しかしモモイとミドリはともかく、休み無しでデータの解析作業を行っていたチヒロ先輩とユズは疲労困憊のようだ。目の下に隈が出来ており、ユズに至っては先程から「こくりこくり」と船を漕いでいる。かなりの眠気が襲ってきているのだろう。

 

 

「では……」

 

 

 スクリーンに文字列が表示される。どれも何らかのコードを示していることは分かるが、それなりの知識のある私でもどういったコードなのか理解出来なかった。

 それはモモイ達にも同様のようで、表示されたものが一体どのような意味があるのか問いかけ始める。

 

 

「ヒマリ先輩。これってどういうことなんですか?」

 

「そうですね……。順を追って説明しましょうか」

 

 

 そう言うと、部長はスクリーン上にホワイトボードを表示し、タッチペンで記入していく。

 

 

「まず……あの時に最初に発生したのが、この"ATRAHASIS"というプログラムの起動です。このプログラムはアリスさんが元々持ち得ていたものらしく、ある特定条件下で起動するようにセッティングされていたようです」

 

「アトラ……? な、何それ?」

 

「……そういえば、アリスちゃん。様子がおかしくなった直後、そんなこと言ってた気がする」

 

「簡単に言いますと、この"ATRAHASIS"というプログラムが起動したせいで、アリスさんがおかしくなってしまった、と考えて頂ければ分かりやすいと思います」

 

 

 ホワイトボードに"アリス"の文字と"ATRAHASIS"の文字が描かれ、それらが矢印で結ばれる。

 データだけでは分かりにくい情報を視覚化してくれているのが見て取れた。

 ようやく意味を理解出来たのだろう、モモイが大声を上げて指摘する。

 

 

「なにそれ!? 誰がアリスにそんなことしたの!?」

 

「それについては追々。少々複雑になりますので。……次に、この"ATRAHASIS"の内容についてです。チーちゃん、次の解析データを表示して頂けますか?」

 

「分かった。……はい、これ」

 

 

 ページが切り替わる。先程と同じく何らかのコードのログのようだが、一見しただけでは意味が分からない。

 引き続き、部長の解説を待つ。

 

 

「プログラムのログを確認したところ、"ATRAHASIS"が起動した際、アリスさんの意識が一時的に無効化されていた、ということが分かりました」

 

「無効化……? ってどういうこと?」

 

「そうですね……。例えるなら、眠っている間に別の人格が目覚めて、その人格が身体を動かしていた、とでも言えば良いのでしょうか……」

 

「つまりアリスちゃんが二重人格、みたいなこと、でしょうか……?」

 

「いえ、二重人格とは少しニュアンスが異なるのですよね。もっと強制力のある……。あぁ、ゲームで例えましょうか。敵に特殊なバッドステータスを付与されて、コントローラーを相手に握られてしまった状態、とでも言えば伝わるでしょうか?」

 

「わ、分かりやすい……! 魅了(チャーム)みたいな感じか!」

 

「えぇ。第三者によって操られている状態。これが最も近い認識でしょうね」

 

「なるほど……。ねぇ、お姉ちゃん……。これって、つまり」

 

「うん、そうだよね? ……これならアリス、何も悪くないじゃん!!」

 

「よ、良かった……。アリスちゃんがおかしくなっちゃった訳じゃないんだね」

 

 

 アリスが故意にあの事件を引き起こしたという説が否定され、ゲーム開発部の面々は喜びや安堵と共に怒りの感情が噴出している。

 

 

「ひとまず、ここまでが此度の事件の原因となる事象です。……では、次に。アリスさんを操っていたのが一体誰なのか。これを説明したいと思います。……エイミ、次の資料をお願いできますか?」

 

「了解」

 

 

 部長に指示されて、私が担当していた部分のデータを表示する。

 

 

「先程、"ある条件下"で"ATRAHASIS"が起動する、と申し上げましたね。この条件について詳しく精査しました。……ここが最も時間の掛かったポイントなんです。こちらになります」

 

 

 部長はホワイトボードに3つの丸を描き、その中にそれぞれ文字を記入していく。

 

 

「コードのままだと分かりにくいと思いますので、私なりに解釈した内容で記入します。まず必要なのが"名もなき神々の王女"。次に"Divi:Sion"。そして最後に"Key"。これらが揃った際に"ATRAHASIS"が起動する……。つまり、アリスさんが何者かに操られてしまう、という結論に至りました」

 

 

 部長は更に分かりやすくなるよう、"王女" "軍隊" "鍵"とも追記していく。

 これらが何を意味するかは分からないが、とにかくこの3つが揃ってしまうと、アリスの様子がおかしくなり、"不可解な軍隊"を操って周囲を攻撃するようになってしまうということか。

 

 

「ただ、外部からアリスさんを操作した記録は全く見つかりませんでした。そもそも通信系を司る機能がアリスさん本体に備わっていないので、外からアリスさんの精神を乗っ取って稼働させるようなことそのものが不可能なのです」

 

「え? そ、それじゃあアリスは誰に操られてたの?」

 

「恐らくですが、先程挙げた三つの要素の一つ。……"Key()"がその役割を果たしているのではないかと」

 

 

 ホワイトボードの3つの要素、それぞれにコードが示す役割が記入されていく。

 

 

「"王女"はその名の通り、これらのシステムの頂点を司る物のようです。このことから、"王女"とはアリスさん自身のことであり、最も守るべき最重要目標として設定されているように思えます。次に"軍隊(Divi:Sion)"、これは彼女が操っていた機械類の正式名称でしょう。軍隊ともなれば、複数体存在し、王女を守る盾となり、王女の命を実行する為の剣となる役割を担っているものと考えることが出来ますね」

 

 

 Divi:Sion。それが件の"不可解な軍隊"の名称なのだろう。

 あの機械類自体がアリスの為に作られた可能性がある。部長はそう示唆しているように思えた。

 

 

「そして"Key"。これの役割は複雑です。上記のDivi:Sionへの命令権を持つと同時に、非常時には"王女"への干渉も可能なようで……。これだけ異様にセキュリティが硬いんです。まるでアリスさんを外敵から守るための防壁(ファイアウォール)のように」

 

「……というか、解析作業のほとんどはこの"Key"とやらに使わされたからね。怪しむなって言うほうが無理あるよ。明らかに他の2つとはセキュリティレベルが違う」

 

「チーちゃんの言う通り、この"Key"というプログラムが他の2つと比べて非常に怪しいのは事実です。アリスさん本人のデータを解析できれば、より詳細な情報が掴めると思うのですが……。今は会長の元でしょうから、それは現状不可能ですし」

 

 

 私も私なりに頭の中で情報を整理する。

 

 

「……そのKeyってのがアリスを操ってる元凶で、それを何とかできれば、アリスを元通りに出来る、ってこと?」

 

「その通りです。エイミは賢いですね」

 

 

 とはいえ、言うは易く行うは難し、だ。

 実際問題、どうやってそのKeyとやらをアリスから引き剥がすかが問題だ。

 

 叩けば倒せるような存在ではないだろう。アリスの機械的なシステム、その内部にまで侵入して対処しなければならない、非常に難易度の高いものに思える。

 

 

「……ただ、一つ付け加えると。この"Key"ですが……。何処から来たのかが分からないんです」

 

「……え? 何処からって、アリスちゃんの中にプログラムとして存在したんじゃないんですか?」

 

「はい。コードを読み取るとその筈なのですが……。どうもつい最近までアリスの中に存在しなかったように思えるんです。本来あるべき場所にあるべきものが無かった、というべきでしょうか?」

 

「……? でも、実際には"Key"がアリスを乗っ取って、操ったんだよね?」

 

「はい。それは確実です。ですから、疑問が残るのは……。"Key"がいつ、どこで、アリスさんから分離し、そしてアリスさんの元へ戻ったのか。これを知るヒントがあれば、対処の仕方が分かるかも知れないのですが……」

 

「……ねぇ、お姉ちゃん。もしかして……"アレ"じゃない?」

 

「え? ミドリ、アレって?」

 

 

 思い当たる節があったのだろうか、ミドリがモモイの袖を引っ張った.

 

 

「ほら、G.Bibleを取りに廃墟に行ったときの……!」

 

「……? あれ? でもあの時のアレって"ケイ"じゃなかった?」

 

「お姉ちゃんのクソバカ……! あれはお姉ちゃんが勝手に読み間違えたんでしょ……!」

 

 

 何やらヒソヒソと小声で話し合っている。とはいえこの狭い室内でそれをしても丸聞こえだ。

 

 

「……え、もしかして……。モモイが持ってたゲームガールズアドバンスSPに入れた、あれのこと?」

 

「……あの、何の話でしょう?」

 

「えっと、その。実は廃墟には二回行ったことがあって。一回目の時はアリスちゃんを見つけて、二回目に行った時に、なんだかおかしなAIが話しかけてきたんです」

 

「おかしなAI……? まさか、デカグラマトンの預言者でしょうか……?」

 

「デカグラ……? かは分からないけど、G.Bibleのデータをコピーする時に、電源不足でデータが消されそうだから一時的に何か別のものにインストールして欲しいって、よくわかんないAIが言ってて。それで、お姉ちゃんが持ってたゲーム機にインストールしたんです。……その時のAIの名前が、"Key"だったような……」

 

「……あの、それをもっと早く言って欲しかったのですが」

 

 

 珍しく部長が本気で怒っていた。

 笑顔のままピキピキと青筋を立て、ひくひくと瞼が痙攣している。

 

 

「ご、ごめんなさいー! 関係ないことだと思って今まで忘れてて! それに、名前も"Key(キー)"じゃなくて"ケイ"だと思ってたから、気づかなくってぇ!」

 

「ご、ごめんなさい。お姉ちゃんがごめんなさい」

 

「……いえ、怒っている場合ではありませんね。モモイさん、そのゲーム機ですが、今手元にありますか?」

 

「うん、あるよ。はいこれ。……でも、セーブデータが全部消されちゃってるんだよね」

 

「いえ、構いません。データを消去しても何かしらの痕跡は残るものです。少々お借りしますね」

 

 

 部長はゲーム機をPCに接続すると、カタカタと素早くタイピングしていく。

 固唾を飲んで見守る私達。今や部長だけが、アリスの身に起きた何かを解決できる、唯一の希望に思えた。

 

 

「……ビンゴ、ですね。"Key"が存在した痕跡を発見しました。これで全てのことに説明が付きます」

 

 

 再び、ホワイトボードに記入していく。ようやく、事の真相が明らかになったようだ。

 

 

「まず、モモイさん達の持つゲーム機に"Key"が侵入。そしてそのまま潜伏し、元の場所……つまり、アリスさんの元へと帰還する準備を進めていたのでしょう。セーブデータが破棄されているのは、自らが自由に動けるプログラム領域を確保する為だと思われます」

 

 

 "Key"と"ゲーム機"が線で結ばれる。

 

 

「次に、アリスさん……。つまり"王女"と"Divi:Sion"が接触。この時点ではまだ、"ATRAHASIS"の起動条件を満たしていません。"Key"がアリスさんの中に不在ですからね。……そして、ここからが不運なことなのですが」

 

 

 ちらり、とモモイに目線を向け。

 

 

「この時、同時に"Key"が"王女"と合流してしまったのでしょう。これはきっと偶然の筈です。アリスさんがDivi:Sionと接触してしまったのは不確実性の高い事象でしたから、恐らくその場の思いつき……というよりも、チャンスを目の当たりにして"咄嗟に"取った行動だと思われます」

 

「……待って。それじゃあ、もしかして……。アリスがおかしくなったのって……」

 

 

 そこまで聞いて、モモイの顔が青ざめていく。

 

 

「わ、私のせい……? 私が、アリスと"ケイ"を近づけちゃったから……?」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 普段の活発な雰囲気は鳴りを潜め、困惑を隠せずに狼狽している。

 ……それも無理はない。知らずの内とはいえ、自分の取った行動があのような結果を招いてしまったのだから。

 本人は悪くない、と言われても責任を感じてしまうことは想像に(かた)くない。

 

 

「ご、ごめん……。私がもっと早く皆に、それにヒマリ先輩に相談してれば……こんなことには」

 

「モモイさん……。いえ、モモイさんのせいではありませんよ。……ですから涙を拭いて下さい」

 

 

 いつの間にか、モモイは涙を流していた。

 部長がハンカチを取り出し、モモイの涙をそっと拭う。

 

 

「これは"事故"のようなものです。遅かれ早かれ起きていたことで、例えモモイさんがあの場に居ようが居まいが、"Key"とアリスさんが接触した瞬間、発生してしまうものだったと思います。……ですから、モモイさんが気に病むことではないのですよ」

 

「で、でも……。だってぇ……!」

 

「……むしろ、この事実の発見が遅れた、私にこそ責任があります。特異現象捜査部、そしてセミナーはこういった事態に対して、もっと早期に発見、解決への糸口を探るべきでした。……ごめんなさい、モモイさん。それに、ミドリさんにユズさんも。……今回の件は、私の不徳の致すところが大きいです。改めて、ここに謝罪します」

 

 

 車椅子に乗ったまま、部長が深く頭を下げる。

 

 

「あ、謝らないで下さい……! ひ、ヒマリ先輩はアリスちゃんの為に色々頑張ってくれてるのに。……むしろ、私達のほうこそ、アリスちゃんのことを何も知ろうとせずに居て……。もっと早く、ヒマリ先輩に相談すれば? って、部長である私が言うべきでした……。ごめんなさい……」

 

「ユズちゃん……。ううん、ユズちゃんだけの責任じゃないよ。これはお姉ちゃんと私、いや、"ゲーム開発部"全体の責任。……誰か一人のせいじゃないよ。……それは、アリスちゃんだって一緒」

 

「ミドリ……。……うん、そうだよね。アリスはゲーム開発部の大切な"仲間"だもん! 私達がアリスを助けずに、誰が助けるんだ! ってことだよねっ!」

 

 

 モモイの発破のお陰だろうか、気落ちしていた三人の覇気が戻ってきたように感じる。

 ……なんか、いいな。こういうの。

 心から繋がった仲間。壁にぶつかって、それでも手を取り合って立ち上がれるような、厚い友情の形。

 見ていると勇気が湧いてくる。

 きっとそれに感化されたのだろう。部長もまた、彼女たちを奮い立たせるべく言葉を投げかけた。

 

 

「……えぇ。その通りです。これまでの情報を得て、確信したことがあります。それはアリスさんを"助けることができる"ということです。此度の事件の元凶が明らかになり、それを取り巻く状況、更にそれがアリスさんの中に存在し、プログラムとして分離可能だと分かれば……。何てことはありません。電子上に存在するデータであれば、私の手に負えない訳がありません。ここからは、"全知"たる私の最も得意とする分野です」

 

 

 パタン、とノートPCを閉じた。

 もはや話し合いはこれまで、という意思表示なのだろう。

 

 

「アリスさんを取り返しに行きましょう。"謎のAI"風情に、私達の大切な後輩であるアリスさんに手を出させる訳にはいきません。無論、退学になどさせません。アリスさんの中にある"呪い"を打ち払い……再び"日常"を取り返す。その為にも……」

 

 

 すぅ、と深呼吸をして、部長は宣言した。

 

 

「セミナー会長、"調月リオ"を打倒します。そして、アリスさんも取り返します。誰のものでもない、私達の手で。……行きましょう、皆さん。"天童アリス救出作戦"の発令を、此処に宣言致します」

 

 

 

『おー!』と、ゲーム開発部の3人の掛け声が、部室に響いた。

 私とチヒロ先輩はそれに乗ることは無かったけど。

 ……きっと、心の中では彼女たちと同じ想いだったと、そう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「とは言ったものの、流石に少し休憩しましょう。……チーちゃんもユズさんも疲れたでしょう?」

 

「ぅ……。そ、それは……そうかも、です……」

 

「うん、まぁ、流石にね……。大分目がシパシパする」

 

 

 チヒロ先輩とユズはもはや限界が近いように思えた。

 先程から目を擦ったり、目をぎゅっと閉じては開いたりしているが、もはや疲労はその程度で拭い去ることの出来る限界を超えている。

 

 

「ごめんなさい、チーちゃん。巻き込んでしまって。……ですが、本当に助かりました。チーちゃんが居なかったらどうなっていたことか」

 

「お礼はいいよ。……それに、いくらヒマリでも会長相手に楯突くのは骨が折れるでしょ。……元々ヴェリタスは反セミナー……いや、セミナーを監視する為の組織なんだから。本来の役割に回帰したとも取れるんじゃない?」

 

「えぇ、そうかもしれませんね。……今回の件に関しては、アリスさんに一切の非はありません。それを"危険だから"の一言で退学にしてしまう会長の姿勢には、深刻な疑義を抱かずにはいられません。……私はアリスさんを助けるのと同時に、会長(リオ)の暴走をも止めなくてはならないのです」

 

「……そっか。分かった。ヒマリがそこまで言うなら、最後まで私も付き合うよ」

 

「ありがとうございます、チーちゃん」

 

 

 部長とチヒロ先輩がテーブル越しにお互いの真意を確かめ合う。

 この二人も長い付き合いだと聞いた。

 きっと部長もチヒロ先輩も、二人しか知らない過去があって、それが今の友情へと繋がっているのだろう、と心の中で思う。

 

 チヒロ先輩は、私の知らない"部長(ヒマリ)"を知っている。

 それを考えた瞬間、私は……また―――。

 

 

 そっと、手を握られた。

 

 

「……大丈夫ですよ、エイミ。私はどこへも行きません。……あなたの側に居ますよ」

 

「……っ。部長……」

 

 

 小さな声で、そっと囁かれる。誰にも聞かれないように、密やかに。

 ……きっと、私の心中が穏やかではなくなるのを察知してくれたのだろう。

 部長の優しさが、手のひらを伝わって私の心に浸透していく。

 

 

(……そうだ。もう私は悩まなくていいんだ)

 

 

 部長は言ってくれた。私が一番大切な人だと。

 ずっと側に居てほしくて、私から離れることは考えられないって。

 

 ……だから、もうこんなことで嫉妬に狂う必要もなければ、心を押しつぶされるような不安を覚える必要もない。

 

(エイミ)に一番、(ヒマリ)のことを知っていて欲しい』、と。

 そう、彼が言ったのだ。

 だから私は、もう何も恐れることはない。

 

 

……ありがとう、部長

 

 

 誰にも聞こえないように、小さく呟く。

 きっと部長にも聞こえなかったはず。それでも、私はこの人に感謝の念を伝えたかった。

 

 

「さて、皆さん。会長(リオ)の元に行く前に、休憩を取りましょう。仮眠時間だと思って頂いて構いません。……もう早朝ですから、今から寝るには些か体内時計のリズムを崩してしまうかもしれませんが……。大丈夫でしょうか?」

 

「うん、平気だよ! いっつも朝までゲームしては昼に寝てる生活してるからね! 任せといてよ!」

 

「……朝までゲームして昼に寝るってことは、それ授業が犠牲になってるんじゃ」

 

「や、やだな~! 休みの日の話に決まってるじゃん! ま、まさか授業中に寝る人なんて居ないよね~?」

 

 

 ぴゅーぴゅーと下手な口笛を吹いて誤魔化そうとするモモイ。

 あまりにも分かりやすい反応に、思わず笑いがこみ上げる。

 

 

「……まぁ、モモイさんの普段の授業態度については追々、ユウカにでも連絡するとして。ひとまず、夕方前を目処に各自、休息を取りましょう。休息だけではなく、遠征の準備も必要になると思いますので、必要なものは追ってモモトークに送らせて頂きますね」

 

「ん、分かった。……とりあえず私、仮眠室行って来るね。……流石にもう眠気がヤバい」

 

「わ、私達はどうしよう……? ……私もできれば、仮眠室のベッドで横になりたかったり……」

 

「うーん、ユズちゃんも仮眠室使うなら、あんまり人が多くない方がいいよね。あそこベッドの数そんなに無いし。……お姉ちゃんと私は部室で布団敷いて寝る?」

 

「そうしよっか。今日が休みの日で良かったよ。平日だったら絶対起こされてたよ」

 

「ひとまずこの場は解散しましょう。では皆さん、また後ほど」

 

「うん! また後でね、ヒマリ先輩、エイミ!」

 

 

 そう言って、各々がヴェリタスの部室を後にする。

 ぽつん、と。私と部長だけがその場に取り残された。

 

 

「……さて、私達はどうしましょうか」

 

「私は昨日仮眠取れたから寝なくても平気だけど……。部長はずっとメインコンソールで作業してたんだし、流石に休んだほうがいいんじゃない?」

 

「そうですね。眠気はさほどでもありませんが、これからの作戦を行うことを考えると、少し休憩は取っておいた方がいいかもしれません」

 

「そうだよね。……じゃあ仮眠室にでも行く?」

 

「うーん……。それも考えたのですが。……その、ほら、私の場合、"事情"があるので。……あまり彼女達の側で眠るのは、ちょっとどうかなと」

 

「……あぁ、そっか。そうだよね」

 

 

 部長は男の人だから、女の人と同じ空間で眠ることに抵抗があるのかな、と思った。

 気にしない人は気にしないんだろうけど、部長は多分そういうの気を使うタイプだろうな。

 思えば、私とセーフハウスでの同居を始めた頃にもそういうやり取りがあった気がする。

 

 部長は身体が不自由だから、いざという時の為に私が隣で寝ようか? と提案したことがあった。

 今思えばあれは、性別を隠していることを気にして、部長なりに配慮してくれたことだったのだと気づく。

 

 

「ならどうしようか。セーフハウスに戻るのは良くないよね?」

 

「はい。……リオの手先がセーフハウスを監視している可能性がありますから。ミレニアムに居ても同じことかもしれませんが、少なくとも監視カメラの目がある以上、大っぴらに動くことは出来ないはずです。その点では、ミレニアムに居たほうがまだ安全、とも取れますね」

 

「そっか。……どこか休める場所ないかな?」

 

 

 二人してうんうんと考える。保健室を借りるという案も考えたが、いつ誰が入ってくるか分からない以上、眠る場所としては相応しくないということで却下された。

 

 そして、ふと。かつてミレニアムで寝泊まりしていた時のことを思い出した。

 

 

「……あ。そうだ。ねぇ、部長。前の"特異現象捜査部"の部室使ったら?」

 

「……あぁ、なるほど。その手がありましたか」

 

 

 かつて、ミレニアムの外れに存在した特異現象捜査部の旧部室。

 まだ私が一人で活動していた頃から存在していたそこは、任務の都合上、部室に待機しなくてはならないことが多かった為、簡易ながら居住スペースも設けられていた。

 勿論、ベッドもある。何ならシャワーも備え付けられており、加えて人が来ることはまずない。

 仮眠を取るだけならば、間違いなくうってつけの場所だと言える。

 

 

「そうですね、エイミの言う通りにしましょうか。サーバー類などの機材は取り払ってしまいましたが、居住スペースはそのままでしたから、きっと使えるでしょう」

 

「うん、そうだね。……じゃあ、前の部室に行こうか」

 

 

 そう決めて、私達はヴェリタスの部室を後にする。

 ……あそこに行くのも懐かしいな。

 ほんの少し前のことなのに、なぜかずっと昔の話のように感じる。

 思えば、部長と出会った場所も、あの部室だった。

 今では誰も使う者が居ないとはいえ、あそこは確かに"私達"の始まりの場所。

 

 そこに今こうやって……あの時とは何もかも変わってしまった関係性を携えて向かうというのは、なんだかちょっとだけ……センチメンタルな気持ちになってしまう。

 

 もし、あの場所で部長に出会わなければ……。今の私はどこにも存在しなかったのだから。

 

 そっと、部長の車椅子に手を添える。充電済みで、押す必要のない車椅子だけれど。

 今だけは、これに触れているだけで……。彼との思い出にも触れられる気がする。そう思った。

 

 

 




長いので分割します。
次回、エ駄死注意。
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