「その……大丈夫ですか? エイミ」
「うん、今回はすぐ止まったみたい」
部長がこちらの様子を心配そうに窺う。
お互い、シャワーを浴びた後だ。ロッカーに入っていた予備の寝間着に着替え、お互いのベッドに腰掛けながら話している。
「……というか、こっちこそごめん。そんなに暑くなかったから、大丈夫だと思ってたんだけど」
「鼻血というものは、一度血管が脆くなると再発しやすいという話もありますので。あまり傷口を刺激しないよう、気をつけて下さいね」
「うん。気をつけるね」
幸い、今回は服が血まみれになるようなことは無かった。
せいぜい胸の上に血が数滴垂れただけで、それは部長の後に浴びた冷水のシャワーで綺麗さっぱり洗い流すことができた。
それにしても、まさか三度も不覚を取ってしまうとは。
いつから私は鼻血の常連者になってしまったのだろう。ただでさえ人と違う体温という特異体質を抱えているというのに、これに鼻からの出血体質が加わってしまうと流石に不味い。
今回、血をすぐに止めることができた理由は単純だ。
すぐに上を向き、鼻をぎゅっとつまむことで血が流れるのを防いだ。
いきなり上を向いたものだから、部長が何事かと荒い呼吸のままこちらを見据えていたのを覚えている。
結局、その後は普通に部長の身体を洗い流して終了となった。
……でも、あの場はあれで良かったのかもしれない。
あのときの私は明らかに"普通"じゃなかった。
部長の生肌を目の前にして、その透き通った白さから目が離せなくなって、だんだんと正気が失われていく感覚。
細い身体なのに、どこか蠱惑的。魔性の色気を放つ、部長の身体。
その毒牙に掛けられ、完全に理性を失う前に、鼻血という形で強制的に場をリセット出来たのは、ある意味では幸運であり、不運だったのかもしれない。
(……あのまま続けてたら、多分、私……。おかしくなってたかも)
ちらり、と部長の姿を見る。既に寝巻きに着替えた私達。後は仮眠を取るだけ。
―――なのだが。
ふわりと、淡い光沢を帯びた布が視界に映った。
寝間着と言っても、私が着ているようなシャツに短パンといったカジュアルなものではない。
部長が纏っているのは、ネグリジェのようなやや薄手の生地のそれ。
ワンピースの形状に近いかもしれない。ただし、しっかりと裾がフリルで飾られていて、妖艶さと可愛らしさが同居する、非常に凝ったデザインだ。
まるで肌に沿うように作られたそれは、輪郭をなぞるというより、包み隠しながらも想像を掻き立てる。
露出しすぎず、さりとて首元は苦しくならないようふわりと広がっていて、少女らしさと大人っぽさが同居しているように感じる。
とても無防備で、だけど妙に凛とした美しさがあった。
白を基調としたカラーリングも、部長のイメージにぴったりで……とても似合っている。
まさに完璧すぎる調和。"超天才清楚系病弱美少女"の名に恥じない、究極の美しさを余すところ無く表現しているように思えた。
……というか、似合いすぎ。まるで部長の為だけに作られた
(なんか……だいぶエロ……。いや、部長に"エロ"呼ばわりは失礼か。……"
少なくとも、絶対に男性が着用するような
どちらかというと大人の女性が……男性を"誘惑"する時に着るようなものじゃないだろうか。
もしくは超がつく程のセレブの人が、夜景をバックに、ピンク色のカクテルを楽しんでいる時に着ていそうな……。とりあえず、学生くらいの年齢の女性が着るようなものではない気がする。
だというのに、なぜだろう。部長が着ると……ものすごく様になっている。
可愛らしいのに妖艶で、子供っぽいのに、どこか大人びている。
きっと服だけのせいじゃない。それは、部長という存在が醸し出す
つい先程、暖かなシャワーを浴びた部長は、ほかほかと身体から湯気を立ち上らせ、やや上気した頬はほんのりと赤く染まっている。
ドライヤーで乾かしたとはいえ、少しだけしっとりとした、長い白銀の髪が少しだけ首筋に張り付いていて。それがまた部長の持つ色気を増幅させているように感じる。
たった一枚の布の向こう側に、手の届かない"神秘"がある。
それを意識してしまうだけで、私は先程抑えたばかりの筈の情欲が、身体の奥底から再び鎌首をもたげようとしているのが分かる。
私がじっと見つめていた事に気がついたのだろうか。
部長は照れたように裾をつまんで、恥じらいながら、困惑した表情を浮かべていた。
「あの……エイミ? じっと見られると恥ずかしいのですが……。その、どこかおかしいでしょうか?」
「―――ううん、どこもおかしくないよ。……むしろ、すごく似合ってる」
「そ、そうですか。……というか、これは誰のものなのでしょう? 私が置いた覚えは無いのですが……」
「あれ? 部長のじゃないんだ? それ」
「えぇ。サイズがぴったりだったので、ひとまずこれを選びましたが……。他のものは、どれも私には大きすぎて。……あれはエイミの私物ですか?」
「うん。多分だけど、まだ部活が私一人だった頃に寮から持ってきたやつだと思う」
「そうですよね。うーん……と、なると……一体誰の……。何分、あの時はデカグラマトンにシステムを乗っ取られそうになり、慌ただしくこの部室を引き払ってしまいましたから。荷物の整理などが追いついていなかったのかもしれません。もしかしたら忘れていただけで、通販で購入したものかもしれませんね」
「そっか。でも、とりあえず着られるものがあって良かったね」
「えぇ。制服のまま横になってしまうと、シワになってしまいますから。全知として、服装や身だしなみには常に気を遣わなくてはなりませんので」
部長もそうだが、とりあえず、私も寝間着になりそうなものがあって良かった。
シャツを脱いで上半身は下着姿で寝ることも視野に入れていたから。
……尤も、それをしようとしたら部長に怒られてしまいそうだけど。
「とりあえず、そろそろ寝ようか。……電気、消すね」
「えぇ。この後はきっと大変な一日になりますから。お互い、英気を養いましょう。……おやすみなさい、エイミ」
「うん。おやすみ、部長」
そして、明かりを消す。
辺りは暗闇に包まれ、夕方前にセットした目覚まし時計のライトだけが、淡い光を放っていた。
私はベッドに横になり、静かに目を閉じる。
どれくらい、時間が経ったのだろう。
目を閉じてしばらく経った気がするが、眠りにつくことはなかった。
そもそも、前日に仮眠を取っていたから、そこまで眠くない。
目を閉じて休んでいるだけで、体力の回復にはなるだろうから、そうしているだけ。
とはいえ、まだ時間はあるはず。このまま目を閉じていれば、いずれ眠気がやってくるだろう。
そう思っていた矢先。ふと、部長の寝息が途絶えているような気がした。
いや、呼吸の音は聞こえるけど……。少しだけ不規則。眠っている人のそれではない。
もしかして、部長も眠れていないのかな。そう思って。
すぐ隣のベッドに眠る、部長へ向き直る。
「―――部長。起きてる?」
と。小さな声で問いかけた。
もし眠っていたら、起こしてしまうと不味い。そう思っての小声。
「……はい、起きてますよ」
部長もまた、小さく、囁くような声で返答してきた。
「部長も、眠れないの?」
「……そう、ですね。目を閉じてはいたのですが……。つい考え事をしてしまって……」
その声は、どこか沈みがちな色をしていた気がした。
明らかに元気がない。普段の部長が持つハキハキとした口調は鳴りを潜めていた。
だからこそ心配になる。一体どうしてしまったんだろう?
「……部長、どうしたの? 大丈夫?」
「あ……。ごめんなさい、エイミ。大丈夫です、気にしないで下さい」
そう言って部長は、少しだけ笑ったように見えた。
暗闇の中とはいえ、薄目を凝らして見れば、部長がどんな
大丈夫、とは言ったけれど。……全然大丈夫そうには見えなかった。
私もそれなりに部長と共に居たから分かる。
部長がこういう顔をするのは、何かを思い詰め、悩んでいる時だ。
「ごめん、部長。あんまり大丈夫そうには見えないけど」
「……エイミにはお見通しですか。……そうですね。少しだけ、良くないかもしれません」
「……もしかして、体調悪い?」
ここ数日は激動の日々だった。体の弱い部長にはかなりの負担だったように思える。
ましてや入院先から飛び出してきたばかりなのだ。万全の体調でないのも当然だろう。
「いえ、体調は平気なんです。……ただ、その……」
部長は言いづらそうに、いや、言うべきかどうかを悩んでいる風に目を逸らす。
「……リオのことで、少々悩んでまして」
「会長のこと?」
「はい。……先程は皆さんの前で会長を打倒する、とは宣言しましたが……。私はまだ、決めあぐねているんです。……本当に、この選択で良かったのか、と」
そこからは、ぽつりぽつりと。部長が心中を吐露し始める。
「……このまま私達の計画が上手く行ったとしたら。……恐らくリオは"失脚"します。セミナー会長の座を追われるどころか、下手したら矯正局送りになってしまうかもしれません」
「……え、何で? 確かにアリスを攫ったり、退学にさせようとしたりしたのは、結構不味いことの気がするけど……。それって矯正局に収容される程のこと?」
連邦矯正局送りになるというのは、相当の重犯罪を犯すか、何らかの理由で更生の必要性が認められた場合にのみ取られる措置だと聞いたことがある。
キヴォトスではブラックマーケットを中心に犯罪行為が横行しているのは周知の事実。
しかしそれらの犯罪者でも矯正局送りになることはまずない。ヴァルキューレの留置所送りになることはあるだろうけど、軽度の犯罪では矯正局に入れられることはまずない、という認識だった。
故に、会長が矯正局送りになるという言葉に疑問を抱いた。
"
それが一線を超えた行為で、取り返しのつかない事態故に、重犯罪に該当する行為なのだろうという事は、法律に詳しくない私でも容易に想像がつく。
しかし私達"特異現象捜査部"はそれを止めようと、こうして集まって、会長を打倒するという話だったはず。
一体どういうことなんだろう。
「いえ、それだけで連邦矯正局に入れられるということはまずありません。……どの学園自治区にも自治権が認められてますから、そもそも矯正局送りになる前に自治区ごとの裁量で判決を下すことが出来ます。リオの場合、ミレニアムの収容所に入れられることになるでしょうね」
「そうだよね? ……じゃあ、なんで部長は会長が"そうなる"と思ってるの?」
「…………そうですね。エイミには聞いて貰った方が良いかもしれません」
部長は何か決心したかのように、私の目をじっと見つめてきた。
「リオが現在居る場所なのですが、"要塞都市エリドゥ"といいます。ミレニアム自治区のとある場所に存在し、リオ自らが計画、設計、建築をしていた極秘の都市です」
「そうなんだ。……え、都市? 要塞じゃなくて?」
「えぇ。"都市"です。ミレニアム、いえ、キヴォトスに降りかかるあらゆる危機に対処する為に建造された、まさしく鉄壁の要塞です。無人の都市ですが、既にAMASやドローン類によって武装され、更にはミレニアムの全生徒を収容出来るシェルターまで内包されています」
「えぇ……。すご……。会長、そんなの作ってたんだ」
そういえば特異現象捜査部の活動から離れ、代わりに部長がやって来た時。
優先するべき
あの時は何のことだか分からなかったが、部長の話を聞くに、もしかしたらその"要塞都市"の建造を行っていたのかもしれない。
流石に会長のやることはスケールが大きいな、と純粋に思った。
今でこそ敵対一歩手前……、いや、もう敵対してるのかもしれないけど。
それでもリオ会長はかつての上司だ。彼女の手腕が卓越した物だということはよく知っている。
そんな会長が作り上げた"要塞都市"。
ミレニアムを守るために作り上げられたそれは、彼女の才能や努力の結晶なのだろう。
同時に……きっと侵入するのも一筋縄では行かないだろうな、とも思った。
「エリドゥは書類上には存在しない、秘密都市です。リオにとっても有事の際まで隠しておきたい最重要機密だったはずです。私達がリオの元へ向かうということは、同時にエリドゥの機密が破られてしまうことを意味します」
「……でも、その話だと、その"エリドゥ"って場所、ミレニアムの為に作られたんだよね? 機密がバレちゃうのは問題かもしれないけど、それがリオ会長が矯正局送りになる事とは繋がらない気がするんだけど」
「えぇ。そうでしょうね。……この都市の建造がどのようにして行われたのかを加味しなければ、ですが」
そう言って部長は溜息を吐く。
きっとこの話には"裏"があるのだろうな、と。それを思わせる仕草。
「……あの都市は"横領"によって作られています。それも、ミレニアムの年間予算、数年分を遥かに凌駕するほどの規模です。これだけの規模の横領、一部の生徒や組織だけで行えることではありません。……それこそ、"会長クラス"の承認が無ければ、到底不可能な領域でしょう」
「……え、待って。……つまり、会長が?」
「はい。リオはセミナー会長の権限を利用して、多額の横領に手を染めています。エリドゥはミレニアムサイエンススクールの予算を用いて、違法に建てられた都市なのですよ」
流石に驚いてしまう。いや、愕然とした、というべきか。
確かにリオ会長は"合理"の名の元にあらゆる些細なことをすっ飛ばして、最短で物事を解決するような人ではあった。
だけど、まさかそれで犯罪行為にまで手を染めているとは。予想外だった。
「それでも生徒会長の権限というのは絶大です。……私達がそれらの秘密を守り、口を閉ざしていれば、あの都市の存在が露見することはないかもしれません。……ですが、それは」
「……多分、チヒロ先輩とか、ゲーム開発部の皆は許さないだろうね。会長がそんなことしてたって知ったら、絶対怒る」
「はい。それに……許せないのです。……リオが、ではなく。リオにそこまでの決断をさせてしまった、私が、です」
「……でも、それは部長がどうこう出来ることじゃ無かったんでしょ?」
「そうかもしれません。……ですが。あれでもリオは私の……。大切な友人なんです。人の話を聞かず、勝手に責任を背負い込んで、あまつさえそれで横領にまで手を出してしまうような、おバカで頭でっかちで何を考えているのか分からないような女ではありますが。……それでも、唯一。幼い頃の私と対等に接してくれた、幼馴染なんです。……出来ることなら、リオを見捨てるようなことは……したくない」
「部長……」
「ごめんなさい。エイミにこんな愚痴みたいなことを聞かせてしまって。……でも、つい決意が揺らいでしまって。……つい考えてしまうんです。どうしてこうなってしまったのだろう、と」
それは、まるで罪の告白のようだった。
「あの"都市"は……。リオだけの罪ではありません。リオにあれをさせるだけの重荷を背負わせてしまった、私の責任でもあるんです。……でも、どうしても思わずには居られなくて。どうして頼ってくれなかったのだろう、と。一言でも話してくれれば、いくらでも協力したのに。横領になど頼らずとも、私達の知恵を合わせれば、あの都市に代わる"策"を考えられたのではないか、と」
「……きっと会長は、部長に頼れない理由があったんじゃないかな。……私の時もそうだったけど、会長が人に頼るところって本当に数えるほど……ううん、たった"一度"しか見たことない」
会長が私に託した、たった一度の"願い"。
でも……きっとあれは会長にとって、ものすごく重要な決断だったのではないかと、今にしてみれば思う。
「そうかもしれません。……ですが、時々思うことがあって。私は……。私が、もう少し頼りがいのある人間だったら、もっと違う結果になったのかもしれない、と。……この身体ですから。リオにとっての私は……頭脳担当としては申し分ないかもしれません。ですが、私はリオや……エイミ。あなたにも守られっぱなしで。誰かに頼られたことよりも、守られていたことのほうが多いのではと思ってしまうんです」
ぽろっと、本音が溢れたかのように、呟いた。
「……私は、"全知"の称号を持つ、天才だと自負しています。特異現象捜査部の部長として、私にしか出来ない責務があることも知っています。……ですが、その本質は……。ただ籠の中で守られているだけの雛鳥に過ぎないのではないかと。……ふと、考えてしまうんです。……私は、私が思うほど、"必要とされていない"のでは、と」
「…………そんなことないよ。部長が居なかったら、特異現象捜査部は続けられない。それに、ヴェリタスだって。全部、部長が居たから出来たんだよ。……だから、必要とされてないだなんて、言わないで」
「……ごめんなさい、エイミ。頭の中では分かっているんです。……ですが、どうしてでしょうね。いざリオをこの手で裁かなければいけない段階に至って。……後悔が押し寄せてきてしまって。……手が、震えるんです。……ほら」
薄暗闇の中、差し出された部長の手を見る。
ほっそりとしたその手は、小さく、力なく震えている。
……部長がこんなにも弱気になっているところは初めて見た。
それだけ、彼の中で会長の存在がどれだけ大きいものだったのかを悟る。
……部長は決して認めようとしないだろうけど、きっと会長の存在は、部長の心の支えの一つだったんだと思う。
天才には天才の苦悩がある、と聞く。私は
それを理解出来るのは……。同じく天才である、リオ会長だけ。
(……部長は、優しい人だから。今までもずっと、悩んでたのかな)
"全知"という称号の重み。
きっと常人であれば潰されてしまう程の、重たい責務。だというのに、部長は一度足りとも文句を言ったことはない。
こうして他人の痛みに寄り添い、袂を分かった相手ですら思いやる精神性。
天才でありながら、決して弱者を見捨てない、揺るぎない正義の形。
これだけ病弱で、線の細い体なのに。どうしてだろう。
そこに―――私にはない"強さ"を見出してしまう。
この人は、その輝かしいばかりの才能でどれだけの人を照らしてきたのか、その自覚がない。
きっと部長が思ってるより、部長のお陰で救われた人は沢山居る。
だって、私がそうなんだから。
……それでも、あくまでこの人は一人の人間で。
天才で、叡智の結晶で、比類なき才能を持っていたとしても。
こうして傷ついて、弱音を吐いてしまうことだって、ある。
―――だからこそ。私は決心した。
(……守るだけじゃ駄目だ。それじゃあ、リオ会長と同じ)
"私"に出来ることを考える。
リオ会長は……きっと彼のことを大事にしすぎたんだと思う。
大切なものが傷つくのが怖くて、ずっと箱の中に仕舞っておくかのように。
その気持ちは痛いほど良く分かる。つい先日までの私が、まさにそうだったから。
大切な人が傷つくくらいなら、自らが傷を負うことを選ぶ。
きっと、私はその場面に出くわしたら、今でもその選択を選んでしまうと思う。
けれど、それだけじゃ駄目だ。
……だって、私は
(守るだけじゃない。一緒に歩んで、支えてあげる。リオ会長が出来なかったことは、きっとそれ。……だから、私がやる。
もはや、迷いは無かった。
リオ会長から任された"願い"。
"
(私は、リオ会長ほど賢くない。だから、私は全身全霊。何もかもを出し切ってでも。リオ会長からの"頼み"。そして私自身の"願い"を遂行する必要がある)
故に、それに必要なものを考える。
このままでは何もかも足りない。知識も、力も、権力も。あらゆるものが会長に劣っている。
だからこそ、決断する。
(全部あげよう。私の全てを部長の為に捧げて、部長の負担を和らげられるように。……もし、会長が彼の元から去っていってしまったとしても。彼の痛みを、分かち合えるように)
私は、そっと自分のベッドから起き上がる。
「ねぇ、部長。」
「……なんでしょう、エイミ?」
ベッドから立ち上がり、すぐ隣の部長のベッドに入り込んだ。
「―――っ!? え、エイミっ!?」
お互いの肌が触れ合って。びくり、と部長の身体が震えた。
私はそれにも構わず、全身を丸ごと
「え、エイミ? きゅ、急にどうしたのですか……? ……あ、あの。………あ、"当たって"るんですがっ」
「ごめん、部長。……嫌だったら言ってね。……でも、今はこうしてあげた方がいいと思って」
じたばたと。身動ぎをしながら暴れようとする部長を、優しく抑える。
「あの、エイミ……。その、近いです……。息、息が当たって……っ」
「……嫌?」
「い、嫌……では、ない……ですけれど」
「そっか」
抱きしめているうちに、部長は少しずつ大人しくなっていった。
お互いの呼吸の音と、ベッドとシーツが擦れ合う音だけが室内に響く。
ひんやりとした体温が、私の熱を奪っていく。
どれくらいそうして居たのだろう。
流石に居ても立ってもいられなくなったのか、部長が小さく、上ずった声を上げた。
「あの、エイミ……。ど、どうしてしまったのですか……? その、こんな、急に……。こ、こんなに抱きしめられてしまうと、その……。私もドキドキしてしまうというか、意識してしまうのですが……」
「……ごめんね、部長。でも、少しだけ私の話、聞いてくれる?」
「は、話……ですか? ……はい。か、構いませんが……」
部長は背を向けたまま、ちらりとこちらの様子を窺っていた。
それを肯定の合図だと認識し、部長の耳元で小さく語りかける。
「部長は今、不安なんだと思う。当たり前だよね。これから会長の事を糾弾しに行くんだから。……もしかしたら会長が矯正局送りになるかもしれないって思って、怖くなったんだよね?」
「……はい。きっとそうなのでしょうね。私は……恐怖を覚えているんです。リオが、私の手によって、どこか遠くへ行ってしまうのではないか、と」
「うん。……でもね、私からも一つ言いたいことがあって」
「エイミ……?」
「部長、前言ってくれたよね。『何処にも行ったりしません、ここに居ますよ』って。……あの言葉に、私はすごく救われたんだ。"あぁ、私、此処に居てもいいんだ"って。部長は何気ない一言で言ってくれたのかもしれないけど」
「……いいえ、ちゃんと覚えていますよ。私も……エイミが側に居てくれることを何より願っていたのです。……こうして性別の事情を明かし、なお側に居てくれるエイミが、どれだけ私の救いになったか。……エイミには、感謝してもしきれませんね」
お互いがお互いを想い、
私達は、この形がきっとベストなんだろう。
恋人としては優しすぎるくらいの、純粋で、
だからこそ決断しなくてはならない。
リオ会長には出来ないことを、私が成し遂げる。
本当の意味で、彼を"守る"。"支える"。
彼の心の痛みが少しでも和らぐように。
「大丈夫だよ、部長」
「エイミ……?」
「私は……。何処にも行かないから。会長がもし捕まったり、何処かに行ってしまったとしても。……私は、部長と一緒にずっと待つよ」
「エイミ……それは、どういう……?」
「言葉通りの意味。……もし部長が、会長の事を助けたいなら、私も一緒に助ける。部長が会長の事を裁いたとしても……その上で待ち続けるなら、私も待つ。……私は、部長と一緒に居るから。……だから、部長だけの責任だと、思わないで。……傷も、痛みも、責任も。全部、私と半分こしよう?」
「……ですが、それでは……。エイミが」
「大丈夫。……こう見えて、私は結構強いから。大抵の痛みには耐えられる。訓練してあるから」
「……ふふっ……。そうでしたね。エイミは……誰よりも強いんでした」
くすっと、小さく彼が笑って。
「ありがとうございます、エイミ。……お陰で、決心がつきました。もう悩んだりしません。……私は、全知として、そして
「うん、大丈夫。何があっても、最後まで部長の側に居るから」
「えぇ。約束、です。何があろうと絶対に、離れないで下さい。……もう、私はエイミが居なくては生きていけない身体になってしまったのですから。その責任は……取ってくださいね?」
そう言って、部長はこちらに向き直り、その水晶のように透き通った眼で、私の目を見つめて。
「うん、約束する。……ずっと部長の側に居るから」
お互いの顔が、すぐ目の前にあった。
交差する眼差し。呼吸の当たる距離。―――お互いの体温が、伝わるくらいの。
バクバクと、今更ながらに心臓の鼓動が早くなっていく。
きっとそれは……
紅潮した頬を誤魔化すかのように、キョロキョロと所在なさげに視線を動かしていて。
薄暗闇の中で、お互いの吐息が、混ざり合って。
もうこれは、そういう事だと思った。
今からすることは、その延長線上にあるんじゃないかって、そう思って。
「ねぇ、部長。……ううん、
「は、はい。な、なんでしょう、エイミ……?」
私が急に名前呼びしたからだろう。彼は狼狽えた眼でこちらを見ていた。
自分でそう呼べって言ったくせに、いざ言われると動揺しちゃうんだね。
この人は完璧なように見えて、実は決してそうでもなくて。
とびきりの才能を持っているのに、どこか抜けたところがあって。
―――私は、彼のそんな所にも、惹かれてしまう。
(―――好き、とか、愛してる、とか。気軽に言えればいいんだけど。……私にはこういうの、きっと向いてないんだろうな)
こういったセンスは、私には皆無なのだろう。一つたりとも思いつかなかった。
だから、私らしく。簡潔に、効率的に。たった一言だけ、告げる。
「……
「~~~~~っ! は、はいっ! わ、分かりました……っ!」
その一言で、全てを理解してくれたのだろう。
部長はぎゅっと目を閉じ、ふるふると震えながらも、唇を突き出している。
……こんな場面だっていうのに、部長はやっぱり子供っぽくて。
だから、彼の緊張を解きほぐすように、私は……。ゆっくりと、その小さな唇に口を近づけて。
(―――
心の中でしか想いを伝えられない、自分のヘタレ具合に辟易しつつ。
ただそっと押し当てるように。私は彼に口づけをした。
初めての
ドンドンドン!
「開けなさい! エッチなのは駄目!
「コハルの奴、ヴァルキューレの制服を着て何処に行ったんだろう?」
「あはは……。アズサちゃん。私達はあっちに行ってましょう……? きっとまだ私達には早いですから……」