明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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ほんのりエ駄死注意。


40.明星ヒマリと『エリドゥ決戦』(2)


 

 

 "アバンギャルド君"に対して、ハッキングを開始します。

 

 まずは、外部インターフェースへの探索信号を送ります。

 "拒否(Reject)"。"通信失敗(Error)"。

 ここまでは予想通りです。しかし、これに応答を返すということは。

 

 

「何らかのデータベースに接続されているようですね。少なくとも完全自立型(スタンドアローン)ではなさそうです」

 

 

 私は小さく呟き、侵入用のトンネルを生成します。

 ここから敵の防壁へと侵入し、システムの網をくぐり抜ける為の、その下準備です。

 

 仮想空間に展開された回路図が、まるで迷宮の地図のように広がっていきます。

 ほんの一瞬だけ――相手のネットワークに波紋が走りました。

 普通であれば見逃してしまう程の微弱な乱れ。しかし、私はそれを見逃しません。

 

 

「チーちゃん。早速ですが、セキュリティホールを発見しました。攻性防壁システムに穴があるようです。多層構造の暗号化システムのようですが、こちらのプログラムに過剰反応を見せています。これなら、波状攻撃でシステムを突破出来るかもしれません」

 

「分かった。……ちなみに、ハードウェア面の脆弱性は今のところ見当たらない。とりあえず、私もそっちの手伝いに入る。トンネルからダミープログラムを走らせればいい?」

 

「えぇ、お願いします」

 

「了解。プログラム実行」

 

 

 ここまで、およそ十秒。

 その間もアバンギャルド君からの苛烈な攻撃は続き、エイミとゲーム開発部の御三方はギリギリの所で防いでいます。

 遮蔽物が壊れてしまえば、あの銃火の嵐から逃れることは難しいでしょう。

 速やかに、ハッキングを済ませる必要がありました。

 

 

「ダミープログラム全壊。エラーログをそっちに送るよ」

 

「ありがとうございます。……では、ここからは私の番ですね」

 

 

 そして、いよいよ本丸となる、私の作り上げた攻性プログラムの出番です。

 エラーログを読み取り、その場でコードを修正。

 トンネルを通り、再び攻撃を開始します。

 

 

 

 この防壁は、通常の暗号化だけでなく、侵入者を即座に検知する“監視プログラム”を兼ね備えているようです。かつて、私がよく利用していたプログラムなので、その特性については誰よりも熟知していました。

 力任せに突破すれば、即座に反撃を受けるでしょう。

 ですから私は、まずその“目”を潰すことにいたしました。

 

 ダミー信号を複数方向から同時に送り込み、監視プログラムの判定機能を混乱させます。

 ―――はい、今です。

 私は一気に暗号鍵を解析し、ファイアウォールの裂け目にコードを滑り込ませました。

 ひとつめの壁は、静かに崩れ落ちました。

 

 

「……相変わらず早いね、ヒマリのそれ(ハッキング)。久しぶりに見たけど」

 

「ふふ、褒めても何も出ませんよ?」

 

 

 しかし、道はまだ遠く続いております。

 二層目は、侵入者を迷わせるループ構造の仮想空間――いわば、電子の迷路です。

 私はその構造を俯瞰し、不要なノードを一つずつ切断していきました。

 やがて、迷路は形を失い、一本の真っ直ぐな道が現れます。

 

 

 三層目は、最も厄介な防壁でした。

 自己修復機能を持つ多層暗号。

 つまり、こちらが一枚剥がすごとに、別の層が再構築されてしまうのです。

 

 これは、私がかつてチーちゃんに送りつけた"挑戦状"代わりのプログラムの、その亜種とも言えるものです。通常であれば数ヶ月単位を解析に費やさなければならない代物でもあります。

 

 ですが……ふふっ。そんな機構は、私にとって“遊び相手”に過ぎません。

 だってそれは、"二年前"の私が作り上げたものなのですから。

 現在(いま)、最先端を征く"全知"たる私にとって、もはやそれは時代遅れの旧式(ロートル)に過ぎません。

 

 再構築のアルゴリズムを先読みし、完成する前に次々と切り崩していけばいいのです。

 ピッ、と。ホログラフィック上の決定キーを押します。

 

 

「これで、完了です」

 

 

 最後の暗号層が消え、システム中枢の光景が広がりました。

 そこは、複雑な回路が輝く電子の大聖堂のようでした。

 膨大な命令コードと制御スクリプトが、まるで星々のように瞬いております。

 

 私は中枢制御プログラムのコアにアクセスし、機体の命令系統にアクセスします。

 ここに"停止(Shut down)"と記入すれば、アバンギャルド君の動作は完全に停止します。

 

 何てことはない動作です。ただそう記入すれば終わるのですから。

 しかし―――私は。そこに記されていた、ある"規則(ルール)"について、目が止まってしまって。

 

 一瞬だけ、その意味を理解しかねて、硬直してしまいました。

 

 ……これは、一体どういう……?

 なぜ、このような文言(コード)が盛り込まれているのでしょう。

 まさか、リオが……? いえ、それに、この"AI"は、何処かで……。

 

 私が思索に耽っていることに気づいたのでしょう。チーちゃんがゆさゆさと私の身体を揺さぶります。

 

 

「……ヒマリ! 早く! あの子達の遮蔽物がもう保たない!」

 

「―――っ! えぇ、分かりました。……機能停止させます」

 

 

 エンターキーを押し、命令を実行。

 

 次の瞬間、アバンギャルド君の赤いセンサーアイが、ふっと暗くなりました。

 巨体が静かに蹲り、完全に沈黙します。

 あたりには、ただ私の呼吸音と、アバンギャルド君の冷却ファンの低い唸りだけが残りました。

 

 

「や、やったの!?」

 

「お姉ちゃん……! またフラグみたいなこと言って……!」

 

「……いえ、大丈夫です。完全に停止しました。私が再起動させない限り、もう動かないでしょう」

 

 

 車椅子を移動させ、皆さんの元へと移動します。

 周囲は弾痕や爆発痕だらけ。デコボコとした道に足を取られないよう、慎重に車椅子を走らせます。

 

 

「はぁ~~~。死んだかと思ったぁ……」

 

「すごく強かったね、あのロボット……。見た目はすごくダサいのに」

 

「う、うん……。途中なんて、格ゲーみたいな動きしてたから、びっくりしちゃった」

 

 

 モモイさん、そしてミドリさんとユズさんは、お互い身を寄せ合って先ほどの死線をくぐり抜けた事に安堵している様子。

 チーちゃんは彼女達に怪我などが無いか、確認しに行きます。

 そんな中、エイミがパタパタと小走りでこちらへと駆け寄ってきました。

 

 

「部長、大丈夫? 怪我はない?」

 

「えぇ、大丈夫です。流れ弾は一切飛んできませんでしたので。……それより、エイミこそ。傷は大丈夫なのですか? ……あぁ、少し血が。待っていて下さい。今、手当てしますから……」

 

 

 肩口の辺りに、小さな切り傷があるのが分かりました。

 大きな怪我ではありませんが、少しとはいえ血が滲んでいます。

 

 私は車椅子に備え付けられた救急箱から消毒液とガーゼを取り出します。

 

 

「エイミ。消毒をしますので、少しこちらに」

 

「大丈夫だよ。このくらいの傷、すぐに治るから」

 

「いえ、駄目です。傷口が悪化してしまうかもしれないでしょう?」

 

「本当に気にしなくていいのに。……むしろ、部長に怪我がなくて―――」

 

 

エイミが気にしなくても、私が気にするんですっ!

 

 

 エイミの言葉を被せるように、思わずそう声を上げてしまいました。

 思ったよりも大きな声になってしまい、自分でも戸惑います。

 

 少し離れた場所に居たゲーム開発部の方々とチーちゃんには聞こえなかったようです。

 ですが、目の前に居たエイミは、驚いたのでしょう。普段より少しだけ目を見開いていました。

 

 

「……ごめんなさい、大きな声を出してしまって。でも、エイミ。私の気持ちも分かってくれますよね? ……あなたもこの前、同じことを言っていたではありませんか。ですから、どうか」

 

「……うん、分かった」

 

 

 そう言ってエイミは私の前にしゃがみ、肩口を見せてきます。

 

 ちょんちょん、と。ガーゼに消毒液を染み込ませ、彼女の傷跡に軽く当てていきます。

 傷口に触れた瞬間。じわりと白いガーゼに彼女の赤い血が滲んでいき。

 その光景に、少しだけ動揺してしまいます。

 

 

(……あぁ、エイミが言っていた事の意味が、今ならよく分かります。たしかにこれは……自分が傷つくよりも嫌な気持ちになりますね)

 

 

 大切な人が傷つき、血を流しているという光景は……これまで幾度か見てきたそれよりも、何倍も、何十倍も胸が痛くなる光景でした。

 客観的に見れば、こんなのはかすり傷に過ぎないということは分かります。

 

 でも……。私を守って傷ついてしまったという結果が、私の胸の奥にずっしりと重くのしかかってきてしまって。

 私が悲しげな表情(かお)をしていたのに気づいたのでしょうか。

 エイミは誰にも聞こえないよう、小さく、ぼそっと呟きます。

 

 

「……大丈夫だよ、部長(ヒマリ)。……部長(ヒマリ)を守って出来た傷だもん。だからこれは……。勲章みたいなものだよ」

 

「うぅ……でも、それは……」

 

 

 ずいっ、と。私の顔に、エイミの顔が近づいてきて。

 少しだけ妖艶な、目を細めたような顔で、囁かれます。

 

 

部長(ヒマリ)に怪我がなくて、良かった」

 

「~~~~~~っ!!」

 

 

 こ、こんなときにエイミったら、なんてことを言うのでしょうっ!?

 そんな格好いい顔で、間近でそんなことを言われたら……!

 また胸が、胸がキュンキュンと痛くなってしまうではありませんか!

 

 というか既に痛くなってきました! バクバクと心臓が早鐘のように鳴り響き、体中の熱が顔に上がってきているのが分かります。

 

 あ()たたた……。心臓に痛みが……。そ、それに動悸と息切れが止まりません。

 どうしてくれるのですかっ。エイミっ!

 

 なんだか少し前の……その……。特異現象捜査部の部室で一夜を明かしてから……。*1

 "契り"を交わした時から、エイミは少しだけ積極的になったように感じます。

 

 あの時も最初は花を扱うかのように"優しく"して頂いたのですが……。

 途中から、その……だんだんとエイミの呼吸が荒くなっていって。

 

 『部長(ヒマリ)部長(ヒマリ)』と。私の名前を耳元で何度も、何度も。

 私の存在を確かめるように、そう呼んでくれて。

 最後のほうは私を組み伏せるように……少しだけ乱暴になっていって。

 

 あぁ、エイミもちゃんと私で"興奮"してくれているのですね、と。

 その上で、あの優しいエイミが我を忘れてしまう程に、私に夢中になってくれているという事実を、彼女の肌で、吐息で、表情で。如実に感じ取ってしまったものですから……。

 ですから私も、少しばかり嬉しくなってしまったようで……。

 

 

 その後は推して知るべし、です。

 

 

 そういった願望は心の片隅……私も知らぬ内に、少なからず眠っていた感情だったようで……。

 あの状況(シチュエーション)は、私の奥底に眠る"趣向(フェチズム)"を呼び覚ますものだったのでしょうね。

 

 私が"そういうの"が好きだと気づいたエイミは、今みたいに……私がドキっとしてしまうような仕草をするようになりました。

 無論、人前では見せません。なので、今、この場でそれをされたことに不意打ちを食らったような衝撃を受けてしまって。

 

 私は自らの紅潮する顔を隠すように、エイミの肩にぺたり、と絆創膏を貼ります。

 

 

「は、はい。絆創膏を貼り終えました。……帰ったら、もっと良いのがありますので、今はそれで我慢していて下さいね」

 

「うん。……ありがとう、部長」

 

 

 先ほどのキリっとした表情は何処へやら。再び見上げたエイミの顔は、普段通りの、どこかぼーっとした掴みどころのない表情へと戻っていました。

 私が未だ愛情と照れ臭さの板挟みに合っているというのに、エイミはまるで何処吹く風です。

 

 ……もうっ! 私がこんなにやきもきしているというのに。

 エイミは切り替えがとても早いのでしょう。何もこんな時までさっぱりとした性格を発揮しなくても良いでしょうに。

 

 私達の、いえ、私のおかしな様子に気づいたのでしょうか。

 チーちゃんが訝しそうにこちらを見ていました。

 

 

「……なんか、あなた達って前からそんな感じだったっけ? たかがガーゼ当てるだけでそんな……。なんか、雰囲気変じゃない?」

 

「えっ!? な、何のことでしょう? わ、私達はいつもこうでしたよっ!?」

 

「……いや、顔真っ赤にして言われても、説得力が……」

 

「こ、これは先程の戦いで緊張していたので、今更ながら心拍数が上がってしまっただけですっ。で、ですから、気にしないで下さい」

 

「ふーん……。ま、いいけどさ。とりあえず危険が去ったなら、早いとこセントラルタワーに入った方がいいんじゃない? またあのロボットが出てくる前に、室内に移動した方がいいと思う」

 

「そ、そうですね。チーちゃんの言う通りです。……では、行きますよ、エイミ。それにゲーム開発部の皆さんも」

 

「おっけー! いよいよ魔王の城かぁ……。な、なんだかドキドキしてきた」

 

 

 


 

 

 

 モモイさん達を先頭に、私達はセントラルタワーの入口へと入っていきます。

 

 室内に入り、扉を閉めて一呼吸。ひとまず、すぐに敵が襲ってくるような事はないようです。

 中はとても静かで、明かりは消灯されており、人の気配も、機械の存在も確認できないような、まさしく"静謐"な雰囲気を纏っていました。

 

 コツコツという彼女達の靴音と、私の乗る車椅子の駆動音だけが響き渡ります。

 

 

「な、なんだか誰もいない建物って……怖いね」

 

「ちょっとお化け屋敷みたいだよね。こんなSFチックな空間でそう思うのも変な話だけど」

 

「どうする、ミドリ? ……あの影から、バーッってお化けが出てきたら!?」

 

「や、やめてよお姉ちゃん……! 私そういうの苦手だって知ってるでしょ……!」

 

「お、おばけが出てきた時のために、わたし……。常にグレネード構えておくね……!」

 

「建物ごと爆破するつもり……?」

 

 

 やや前方で、ゲーム開発部の方々が肩を寄せ合って、敵の襲撃に備えています。

 私とチーちゃんはその光景を見て、クスっと笑い合いました。

 

 

「……呑気なもんだね、あの子達」

 

「えぇ。ですが、良いではありませんか。緊張状態を保つより、適度に抜いておいたほうが、いざという時は動きやすいものです。それに、有事の際にはエイミが側に居てくれますから」

 

 

 ちらり、と。横を歩くエイミの姿を目で捉えます。

 散弾銃(ショットガン)を手に持ち、360度、何処から敵が来ても対応できるよう、万全の構えです。

 プロのエージェントとして、何処へ出しても恥ずかしくない、完璧な姿。

 

 彼女が隣に居る限り、私は安心して前へと歩みを進めることができるのです。

 例え、この足が動かなくとも。エイミが私を支えてくれているのですから。

 

 

 ふと、眼前に扉が現れました。

 いえ、扉ではありませんね。扉の横にボタンが備え付けられ、更には上部にはいくつもの数字が描かれています。

 俗に言う、エレベーターというものです。

 

 これだけの高階層の建造物ですから、エレベーターがあるのは当然です。

 そもそも、私はこのエレベーターに見覚えがありました。

 

 リオに連れられ、このエリドゥにやってきた時。このエレベーターを使ったのを覚えています。

 

 

「あっ! エレベーターだ! どうする? これ使って一気に最上階に行く?」

 

「でも、待ってお姉ちゃん。そもそも最上階にアリスちゃんが居るのかな?」

 

「えー? こういうのって大体最上階にラスボスと、囚われの姫が居るもんなんじゃないの?」

 

「はぁ……ゲーム脳ここに極まれりね。これだけ大きな建物、どこに何があるか分からないと思うけど」

 

「そうですね。……ですが、リオの事ですから、中層にはサーバールーム等を設けている筈です。防衛の都合上、下層には配置できませんから。……となると、自ずと選択肢は限られてくると思います。最上階にリオが居るというのは、あながち的外れではないと思いますよ」

 

 

 それに、私が居たあの部屋も……恐らく最上階、もしくは最上階から一つ下の階層のはず。

 リオがアリスさんを閉じ込めるとしたら、必ず自分の監視下に置きたがる筈です。

 で、あれば。最上階で自らの監視の下、アリスさんを拘束している可能性は大いにありえます。

 

 他でもない、私を監視していた時がそうだったのです。説得力のある想像に思えました。

 

 

「ひとまず、最上階を目指しましょう。それでもし違ったら、虱潰しに探せば良いのです」

 

「分かった。……なら、あっちに階段がありそう。建物の構造的に多分間違いない。あれを使って上の階層に移動するってので、どう?」

 

「え? 別にいいけど……。このエレベーター使わないの?」

 

「エレベーターなんて一番危険な乗り物でしょ。ハッキングされて高階層から叩きつけられたら、私達でも無事じゃ済まないと思うけど」

 

「た、確かに……。外から見たこの建物、30階どころじゃ済まないだろうし……。そ、そんな高さから落ちちゃったら……」

 

 

 ユズさんが現実的な想像をして、ぶるっと震えました。

 それに追随するように、モモイさん、ミドリさんも顔を歪めて恐怖に怯えます。

 

 

「わ、分かった……。落ちるよりはまだ階段登るほうがマシだよね……」

 

「そうだね、お姉ちゃん……。背に腹は代えられないよ」

 

「で、でも……その。ヒマリ先輩、車椅子だけど……。階段って登れるの……?」

 

「えぇ、登れますよ。この車椅子は高機能ですから。問題ありません」

 

 

 ガタガタと揺れてお尻が痛くなってしまう事を考慮しなければ、ですが。

 

 

「そっか! じゃあちょっと大変そうだけど……一気に登っちゃおう! ここからは気合の勝負(スタミナゲー)だね!」

 

 

 そして、階段があると推測される場所へと移動します。

 チーちゃんの言う通り、上階へと続く階段がありました。

 

 これからこの摩天楼を登らなくてはならないのです。

 自らの足で歩くわけではありませんが、ぐっと気合を込めた矢先。

 ふと、エイミが手すりに触れながら、疑問を零しました。

 

 

「……あれ、部長。このレールみたいなやつって、もしかして」

 

「どうしましたか、エイミ? ……あら、これは。補助用レール……ですね」

 

 

 それは、電動車椅子を用いて階段を楽に昇り降りする為の、専用のレールでした。

 レールに車輪を噛ませる事で、階段を登ることなく、スムーズに移動出来るバリアフリー設備です。

 ミレニアムの一部にも存在しますが、ここまで大規模なものがあるとは思っていませんでした。

 

 なにせ階段の上を見ると……ずっとそのレールが続いているのです。

 恐らく最上階まで続いているものだと、そう考えても良さそうです。

 

 車椅子を操作し、車輪を階段横のレールに合わせます。

 すると、全くの衝撃もなく。まるで予めセッティングされていたかのように、スムーズに車輪とレールが噛み合いました。

 

 そして、すいーっと。滑らかに車椅子が階段を駆け上っていきます。

 

 

「えっ? なにそれ? すごい!」

 

 

 その光景を見て驚いたモモイさん達は、既に階下に居ました。

 まるで全く違和感のない、高品質なバリアフリー設備です。

 ですが、少しだけ困惑を隠せません。この建物は、リオが作り上げた場所のはず。

 

 ここまで徹底したバリアフリー設備は必ずしも必要ではないはずです。

 いえ、私が軟禁された際、後付けの形で設備が追加された可能性もありますが……。

 

 とはいえ、階段を無理やり乗り越える必要がないのは僥倖です。

 足を使って登る彼女たちには申し訳ありませんが……ここは私も楽をさせて頂きましょう。

 

 

「ひとまず、これを使って上階へと向かいましょう。……その、疲れたら言って下さいね。途中で休憩を取りますから」

 

「わ、分かった……! みんな、気合入れていこう!」

 

 

 『おー!』と、掛け声が上がります。

 例によって、チーちゃんとエイミは反応しませんでしたが……。

 

 この一体感があれば、この階段も登りきれる。そう感じさせるものがありました。

 

 

 

 


 

 

 階段をレールを使って登りながら。……ふと、頭の片隅に残っていた事項(タスク)について考えます。

 

 それは、先程のアバンギャルド君との戦闘の折。

 ハッキングを用いてシステム中枢に侵入した際の出来事。

 

 思わず目を止めてしまうような、違和感のある一文(コード)。それについて視野を巡らせていました。

 

 

(……それにしても、あのコードは一体……? なぜ、あのような"規則"が設けられていたのでしょう。……リオ、あなたは一体何を考えて……)

 

 

 そこに記述されていたコード。それは。

 

 

 アバンギャルド君のシステムの最深部、その最も上位に位置する規則(ルール)

 

 

 "明星ヒマリを守る"という最上位命令。

 

 

 なぜ、私の名前が名指しで指定されているのか。

 どうしてそれが、"アバンギャルド君"に仕込まれているのか。

 そもそも、いつからこのロボットが存在していたのか。

 

 全てが謎です。……少なくとも、私がこのエリドゥに来た時には、既に用意されていた事は推測できます。

 

 そもそも、あの戦闘の際に一切の流れ弾が飛んでこないのも不自然でした。

 戦力的には、あの場において最も優先的に排除するべきだったのは、私とチーちゃんだった筈です。

 にも関わらず、"アバンギャルド君"はエイミやゲーム開発部の方々への攻撃を続けていました。

 これは、高度なAIを保有しているにも関わらず、その行動を自ら縛るような……製造目的に反した行為です。

 

 戦闘ロボットに、なぜ"明星ヒマリを守る"という条項(ルール)が盛り込まれているのか。

 そのような機能があったからこそ、そこが脆弱性となり、私の手によってシャットダウンさせられてしまった可能性すらあります。

 

 あれは、明らかに不必要な機能です。

 対象を守るにせよ、それは適宜その場でコードを切り替え、防衛対象を切り替えられるようにするのがセオリーだからです。

 

 しかし、あのAIのコードは……。絶対に変更出来ない、その機械が持つ本質的な"目的"として、私を守らなければならない、という文字(コード)が盛り込まれていたのです。

 

 合理性を何より重視する、リオらしからぬミス。

 それが意図的だったのか、もしくは何らかの見落としによるものなのかは、私にも分かりません。

 

 

(……リオが一体何を考えているのか。今、この場で問いたださなくてはならないかもしれませんね)

 

 

 彼女(リオ)のすることだから、と。理解を拒んでいられる段階は既に過ぎ去りました。

 

 私は……。リオの幼馴染でありながら、その実、彼女について何も知らなすぎたのかもしれません。

 知らなくてはいけません。リオの考えを。その上で、私がどうするべきなのかも。

 

 私達は"対等な存在"だと、かつて私達はそう誓い合いました。

 故に。……あなたが暴走した時に止められるのは、私しか居ないと。そう確信しています。

 

 

(リオ。……あなたの暴走を止めます。……ですが、あなたを見捨てたりはしません)

 

 

 あなたもまた、"全知"たる私が守るべき、生徒の一人なのですから。

 犯してしまった罪を共に背負う覚悟は、とうの昔に出来ています。

 後は……私の覚悟を示すだけ。

 

 

 ちらり、と。エイミの姿を見ます。

 

 私の視線に気づいたのでしょう。エイミは、少しだけ逡巡するようにしてから、ぽん、と。

 私の肩に手を置いてくれました。

 

 

(―――ありがとうございます、エイミ)

 

 

 たったそれだけの触れ合い。ですが、勇気が湧いてきます。

 これから先、何があろうとも……。エイミが側に居てくれれば、どんなに高い壁だとしても、乗り越えられる、と。

 

 私の肩から伝わる彼女の熱が、そう教えてくれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
厳密に言うと昼間なので一夜を明かした訳ではない。




??「ん……。寝取られて具合悪くなってきたわ」

??「寝てから言って下さい」

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