明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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長いです。


41.明星ヒマリと『調月リオ』


 

 

「……ここが最上階のようですね」

 

 

 無限に続いているのではないかと錯覚してしまう程、長い階層を登りきり。

 ついに最上階へと到達しました。

 レールから車椅子を分離させ、接地させます。ガタン、と小さな音が響きました。

 

 ちらり、と。後ろの方々の姿に目を移します。

 

 

「はぁ……はぁ……! こ、これで最後(ラスト)? 本当に最後(ラスト)なんだよね?」

 

 

 肩で息をするモモイさん。荒い息を隠せず、額にはじんわりと汗が滲んでいます。

 無理もありません。この高階層の建物を階段のみで登るというのは相当な重労働でしょう。

 事実、エージェントとしての訓練を積んでいるエイミ以外は、軒並み呼吸を荒げ、肩で息をし、疲労を隠せない状態でした。

 

 

「はぁ……。ごめん、ヒマリ。ちょっと休ませて……。そこそこ運動はしてたつもりだけど……。流石にこれはキツい」

 

「さ、賛成。私も……もう無理……。足が棒になりそう」

 

「お、同じく、です……。足が……プルプルします……」

 

 

 チーちゃんもミドリさんもユズさんも疲労困憊です。

 安全の為に階段を上るルートを選んだとはいえ、体力を消耗してしまったのは事実。

 

 

「そうですね。……少し休憩しましょうか」

 

 

 その言葉と同時に、どかっと座り込むモモイさん達。

 それと同時にエイミが周辺の索敵を行います。

 

 

「周辺状況に異常なし。部長、そっちはどう?」

 

「こちらも異常はありません。強いて言えば妨害電波(ジャミング)の強度が下層より上がっているくらいでしょうか? ですが、これは」

 

 

 この妨害電波(ジャミング)はアリスさんを拘束する為に、エリドゥから発せられているものだと推察出来ます。

 エリドゥから外へ発生している訳ではなく、内側へ集中しているからです。

 

 つまり。この場所にアリスさんが囚われている可能性は、極めて高いということ。

 私はぎゅっと気を引き締めます。

 この先に、リオが居る。そう思うと、胸の中がざわざわと忙しく喚くのです。

 

 

「……きっと、あの扉の向こう側です」

 

 

 座り込んでいる皆さんにも見えるように、私は廊下の先、静かに佇む扉を指さします。

 

 

「あ、あの先にアリスが……!」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 いつになく真剣な眼差しで扉を見据えるモモイさん。それを見守るように寄り添うミドリさん。

 きっとユズさんやチーちゃんも同じ気持ちでしょう。

 

 ようやくここまで来たのです。後は、アリスさんを救出するだけ。

 

 そう、思っていた瞬間。

 

 

 ウイィィン、と。電子扉が開閉する音が聞こえてきました。

 その瞬間、エイミが身構えます。

 

 前方の扉が開いた訳ではありません。今のは、横の通路から聞こえてきたような……。

 

 カツンカツンと、ヒールのような靴音が響き渡ります。

 私はこの靴音に聞き覚えがありました。

 間違いありません。リオです。

 

 次の瞬間、予想通り。リオが姿を現しました。

 ハンカチで手を拭きながら、我が物顔で闊歩しています。

 

 

 

 

「…………? …………!?」

 

 

 こちらの姿を捉え、一瞬だけ"びくり"と。驚いたかのように体を震わせて。

 一瞬の間だけ、視線が交差します。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 しかし何事も無かったかのように、去っていきます。

 

 やがてリオは眼前の扉を開け、室内へと姿を消していきました。

 

 

「……あ、あれ? い、今のって会長……だよね?」

 

「う、うん。そうだと思う。なんかあっさり現れたと思ったら、すぐにどっか行っちゃったから、反応する暇すら無かったけど……」

 

「わ、私も少々驚いてしまいました。てっきり、あの扉の先に居ると思っていたので……」

 

 

 今の"間"は一体何だったのでしょう。あまりに唐突だったので、私ですら呆気にとられてしまいました。

 というか、リオもなんだか驚いていたように見えたのですが……。気の所為でしょうか?

 

 エイミは会長が歩いてきた方向へ向かい、ちらりと先を見て、こちらに戻ってきました。

 

 

「多分だけど、トイレに行ってたんじゃないかな。あそこにお手洗いのマークあるし」

 

「な、なるほど……。ですが、今ので確定しましたね。リオはこの先に居ます」

 

 

 最上階に向かうという選択肢は間違いではありませんでした。

 満を持して、リオと対面する時が来たのです。

 

 

「皆さん、行きましょう。会長(リオ)の元へ。そして、アリスさんを助けに」

 

 

 全員がコクリと頷いて。私達は、ついに最後の扉を開きます。

 

 

 


 

 

 

 扉が静かに開いた瞬間、ひやりとした空気が頬を撫でました。

 ここが―――作戦司令室(コンソールルーム)

 要塞都市エリドゥの中枢であり、リオが建造(つく)りし王城、その玉座に相応しい間。

 

 壁一面を覆う巨大なモニター群は、まるで夜空に瞬く星々のように無数の光を放っていました。

 リアルタイムに更新される都市全体のマップ、監視カメラの映像、暗号化された通信ログ……。

 その一つひとつが、今この瞬間にも世界のどこかで動く“現実”を切り取っています。

 

 頭上を見上げれば、梁に沿って太いケーブルが何本も走り、壁面のラックには高性能サーバーが整然と並んでいます。

 その冷却ファンの回転音が、一定のリズムで空気を震わせていました。

 

 そして、部屋の中央。

 デンタルチェアのような椅子の上に、アリスさんの姿が見えました。

 

 

「アリスっ!!」

 

 

 たまらずモモイさんが駆け出します。しかし、その歩みは途中で止まり……。

 

 

「動かないで頂戴。それ以上AL-1Sに近づいたら、あなた達に攻撃を加えなければいけない」

 

 

 多数のAMASによって、進行路を塞がれてしまいました。

 エイミが私の前に立ち、銃弾の斜線から庇うように身構えます。

 

 

「リオ。……私達は話し合いに来たのです。戦いに来たわけではないのですよ」

 

「……えぇ、分かっているわ」

 

 

 AMASの銃口が下げられます。その様子を見て、ようやくモモイさんが金縛りから解かれたかのように私達の元へと戻ってきました。

 

 

「こ、怖……! あのロボット何体いるの……? は、針の筵に居る気分だったよ……!」

 

「お姉ちゃん……! アリスちゃんが目の前に居るからって、無茶しすぎだよ……!」

 

「ご、ごめん……。居ても立ってもいられなくて……」

 

 

 背後でヒソヒソと小声で話す二人。

 私はそれにも構わず、リオとの対話を続けます。

 

 

「リオ。あなたの言いたいことは分かります。アリスさんが目覚めれば再び"あのような事態"が起きると、そう考えているのでしょう?」

 

「えぇ。事実、あの事件は"AL-1S"によって引き起こされたもの。なら、次に同じことが起きないとも限らない。危険の芽は事前に摘み取らなければならないわ。……あなた達を"AL-1S"に近寄らせる訳にはいかない」

 

「なるほど。"Divi:Sion"の軍勢を外郭で迎え撃たせているのには、そういった理由もあるのでしょうね。なるべく距離を離しておくというのは、これまでの例から判断して、正しい選択だとは思います。……ですが」

 

 

 その為に、アリスさんの自由を奪うというのは、きっと誤りです。

 ですから、決断します。ここで、全てのことに決着をつけなければなりません。

 

 

「リオ。単刀直入に言いますね。私は、アリスさんに生じた"危険の芽"を取り払う用意があります。それを達成すれば、アリスさんをこうして拘束する理由はなくなります」

 

「……それは、どうかしら。現状選ぶことの出来る選択肢の中で、最も最短かつ、安全な方法がある場合。それを選ばないという選択肢は無いに等しい。あなたの言っていることは非合理的よ」

 

「ですが、それは"最適"ではありません。現状取りうる中での"最善"でしかないのです。私は、"最適"の未来を選ぶことが出来るのなら、例えそれが困難な道筋だったとしても、最も良い結果を生み出す道を選ぶべきだと、そう思います」

 

「詭弁ね。仮にその"最適"とやらの成功率が99%だったとしても、残り1%に失敗の余地があるなら、それは選んではならない選択よ。……たった一度の過ちで、すべてを失ってしまう事だってあるのだから」

 

「えぇ。ですから。……リオ。話し合いましょう。私達が協力すれば、その僅かな失敗の可能性すら消し去ることが出来るかもしれません。より確実に、安全に。脅威の芽を摘み取ることが出来るのです。あなたにとってもそれは望むべき事なのではありませんか?」

 

「……そうね。それに関しては……あなたの言う通りよ」

 

 

 ようやく、リオが頷いてくれました。

 少なくとも、いますぐにアリスさんをどうこうするつもりは無いようです。

 

 それは外郭にて、今もなお戦闘を続けているトキがこの場に居ない事からも明らか。

 もし計画が最終段階に入っていたなら、迷わずこの場に彼女のエージェントを呼びつけ、私達を排除することが出来るからです。

 

 しかし、それが無いということは。まだリオの計画は完遂に至っていないという証拠です。

 であれば、私達で新たな"道"を拓くことだって出来る筈です。

 

 

「こう致しませんか? 私達の"話し合い"に結論が出るまで、私達はアリスさんに触れません。……あの装置を下手に弄るとどうなってしまうか、分かりませんし……」

 

 

 ちらりとアリスさんの様子を窺います。

 今は眠っているようですが、あの装置から発せられるジャミングが途絶えた瞬間、再び目覚め、周囲のDivi:Sionを操る可能性は消え去っていません。

 リオは何よりもそれを恐れているようです。

 ですから、私達もフェアに。

 話し合いが終わるまでは手を出さないという紳士協定を結ぶ必要があります。

 

 

「ですから、リオ。あなたも同じく、私達の"話し合い"が終わるまで、彼女達に手を出さないで下さい。……無論、監視用のAMASは置いて頂いても構いません。それでいかがでしょうか?」

 

「……分かったわ。なら、彼女達は別室にて待機してもらう。ヒマリ、あなたは此処に残りなさい」

 

「えぇ、分かりました」

 

 

 お互いが納得し、"話し合い"の準備が整います。

 エイミとチーちゃんがヒソヒソと、私の耳元に囁いてきました。

 

 

「……部長。大丈夫? ……会長と二人きりだけど」

 

「私もちょっと心配かな。ヒマリ一人じゃあの機械が出てきたら抵抗出来ない。……誰か一人、それこそあなたのエージェントを側に置いておいた方がいいと思うけど」

 

 

 心配させてしまうのも無理はありません。

 仮にAMASがこちらを……。いえ、AMASが居なくとも、リオ一人の時点で、私を物理的に制圧するのは簡単なことでしょうから。

 

 しかし、ゆっくりと首を振って、彼女たちに告げます。

 

 

「大丈夫です。心配いりません。そもそも、リオが私を排除しようと思えば、いつだって排除出来たのです。こと此処に至って、私をどうこうする気は無いと思います。……それをしてしまえば、彼女の"大義"が失われることになりますから」

 

「……でも」

 

 

 それでもエイミは、心配そうな眼差しで私を見つめてくれています。

 ……逆の立場だったら、きっと私も同じような顔をしていたでしょうね。

 

 ですが、引きません。これは……私だけが。私にのみ与えられた"責務"なのです。

 これから先、色んな"重み"を共に背負ってくれると約束してくれたエイミですが、最後にこれだけは……"全知"として。そして"明星ヒマリ"として、成し遂げなければならない役目なのです。

 

 

「エイミ。……これだけは、私がやり遂げなければならないのです。どうか……お願いします」

 

「…………分かった。何かあったら救難信号を出して。あと、5分ごとにモモトークに空のメッセージを送って。それが途切れたら、その時点で扉を蹴破ってここに入ってくるから」

 

「えぇ、分かりました。……では皆さん、少しの間だけ、別室でお待ち下さい」

 

 

 モモイさんやミドリさんは心配そうな顔つきで、こちらを見ていました。

 ユズさんも、困惑しつつもぎゅっと下唇を噛んで、静かに退出していきます。

 AMASの一体に先導され、リオと私以外の全員が退出したのを確認して。

 

 ―――私は、リオと向き合います。

 

 

 


 

 

「さて……。数日ぶりのはずなのですが、なんだか随分久しぶりに感じますね。こうして二人きりで会うのは」

 

「……そうね」

 

 

 リオはなんだか居心地が悪そうに目を逸らします。

 どうしてこのような態度を取っているのでしょう。先程までは些か高圧的に、言い換えれば普段通りの振る舞いをしていたというのに。

 

 しかし、それを指摘する前に、リオの口が開きました。

 

 

「……まず、謝罪を述べておくわ」

 

「……何のことでしょう?」

 

「あなたを危険に晒し、傷を負わせてしまったことよ。あれは……間違いなく私のミスだった」

 

 

 そう言って、彼女は深く頭を下げました。

 ……まさか、そう来るとは思っていなかったものですから。

 私も少しばかり呆気に取られてしまいます。

 

 

「いえ……元を正せば、あれは私の我儘が引き起こしたことです。……エイミが倒れる姿を見て、後先考えずに行動してしまった、私の。……ですから、その件で頭を下げるようなことはしないで下さい」

 

「……でも、あなたを傷つけてしまった事実は、変わらないわ」

 

 

 しゅん、と。誰が見ても分かる程に落ち込んでいました。

 ……このような彼女の様子を、私は今まで見たことがありません。

 

 私の知るリオという人間は、このように自らの失敗を弱々しく語るような存在では無かったからです。

 ましてや、このようにバツの悪そうな顔を浮かべて、チラチラとこちらの様子を窺うような真似をする女では……。

 

 私がどう返答するべきか考えあぐねている中、リオは再び小さく、問いかけてきます。

 

 

「……怒っているのではなくて?」

 

「私が、ですか? ……いったい何を?」

 

「……私を、よ。……この前の通話の際、とても怒っているように見えたわ」

 

「…………あぁ、あのときの話ですか」

 

 

 セーフハウスにて、リオと通話していた時のことを思い出します。

 確かに、あの時は少々……気が高ぶっていたかもしれません。

 

 なにせ一方的にアリスを"人工冬眠(コールドスリープ)"にするなどと言われたものですから。

 普段温厚な私とは言え、流石にそのような行為は許容出来ませんでした。

 故に、少しばかり語気が荒くなってしまったことは否定できません。

 

 ですが、たったそれだけの事です。今更、そのような事を気にしているなんて。

 リオはいったい……どうしてしまったのでしょう?

 

 

「リオ……。この際なので、聞いておきます。……この都市のことについて」

 

 

 アリスさんの話をする前に、これだけは聞いておかなければならないと思いました。

 ずっと疑問に思っていたのです。

 

 初めてこの都市に訪れ、軟禁状態にされた時も。

 先ほど戦ったアバンギャルド君に内包されていた不可解なコードも。

 過剰な程のバリアフリー設備が施されている、この施設も。

 

 

「前に来た時から疑問に思っていたんです。この都市は……。"エリドゥ"や"アバンギャルド君"などもそうですが……。なぜ、ここまで"私"に対して良いように作られているのですか? ……これでは、まるで」

 

 

 ―――私の為にあるような都市ではありませんか、と。

 冗談交じりで、そう言いかけて。

 

 

「…………この都市は、ヒマリ。貴方の為に作ったものよ」

 

「――――そう、でしたか。やはり」

 

 

 あっさりと。その疑問は氷解致しました。

 複数の事実が、それを示唆していたものですから。驚きは然程ありません。

 

 いえ、むしろ疑念が強まったと言うべきでしょうか?

 なぜこれほど巨大な都市を……。横領という行為に手を染めてまで、このエリドゥを作り上げたのでしょう。

 

 

「……どうしてですか? この都市は……キヴォトスに起きうる、あらゆる"脅威"に対抗する為に作られたのだと。他ならぬ、あなた自身の口から聞いた覚えがあるのですが」

 

「それも間違いではないわ。……いえ、むしろそれこそが本質であることに、違いは無いのだけれど」

 

 

 リオはその場で立ち上がり、デスクから古びた本を取り出しました。

 

 

「ヒマリ。……キヴォトスという場所は、薄氷の上に立つ、脆い足場と変わらないわ。何か一つ、ボタンを掛け違えただけで、容易く崩壊してしまう。……それは、神名十文字(デカグラマトン)の脅威を間近で見てきた貴方であれば、誰よりも理解しているはず」

 

「……えぇ。そうですね。確かにデカグラマトンの存在は脅威です。あれら一つひとつの存在が、学園はおろか、自治区の一つが丸ごと崩壊してしまう程の危険性を秘めた、明確な脅威であることは否定しません」

 

 

 だからこそ、あなたはこの都市を作ったのですよね?

 あらゆる脅威に備える為に。"要塞都市エリドゥ"は存在しているのですから。

 

 

「……デカグラマトンだけでは無いわ。……これを見て頂戴」

 

「……これは。随分と古い……。いえ、古いどころではありませんね。紀元前より、更に前のもの……でしょうか」

 

 

 それは、古文書と呼ぶに相応しいものでした。

 リオはその本を開くと、まるで新品のように美しい、紙とも鉄とも言えないような、無機質な材質のページが現れます。

 その中の1ページ。古代文字と思われる文字列に、目が止まります。

 

 

「……"無名の司祭"? ……いえ、この文字列は、どこかで……」

 

 

 そう呟いた瞬間。記憶の中のそれと、眼前の文字列が合致しました。

 

 

「……! これは、アリスさん……。いえ、"Key"のプログラムコードの中にも存在した語句(ワード)と、同じですね」

 

「もうそこまで調べが付いているのね。そう、これは太古の昔より存在する、私達と敵対する存在……。名もなき神を崇拝し、私達"忘れられた神々"を滅ぼそうとしている存在。……それが"無名の司祭"よ」

 

「……なるほど。アリスさんを"創った"のは、"それら"という訳ですね。……で、あれば、彼らの持つ技術力は……。私達の知っているソレとは隔絶しているはず。……なるほど、リオが警戒するのも無理はありませんね」

 

「……貴方と話していると、本当に話が早くて助かるわね。……この言葉を言うのは何度目かしら?」

 

「さぁ? 覚えていませんね。なにせ小学生の頃からずっと言われてきましたから、慣れてしまいました。……ひとまず、"無名の司祭"の脅威については分かりました。確かにこれはデカグラマトンに匹敵……。いえ、明確に滅ぼす意思を持っていると仮定すると、ある意味ではあれらより遥かに危険かもしれませんね」

 

 

 仮に。これら"無名の司祭"が私達を本気で滅ぼそうとしてきたのなら。

 恐らく手も足も出ないでしょう。アリスさんという戦闘用機械(アンドロイド)を製造出来る時点で、純粋な技術力、及び戦力の差は覆し難いように思えます。

 

 しかし、もう一つ疑問が生じます。

 なぜそこまで隔絶した技術差があるのにも関わらず、私達はいま、こうして暮らせているのでしょう?

 やろうと思えばいつだって滅ぼせるはずです。それだけの格差があるのですから。

 

 ですが、それをしないということは、つまり。

 

 

「……"無名の司祭"とやらは、既に絶滅しているのではありませんか?」

 

「……その認識が、最も確率が高いわね。現時点でその存在は確認されていない。かつて存在したという証拠だけがあるのが実情よ」

 

「なるほど。この古文書だけでは情報ソースの確度に問題があったかもしれませんが……。他ならぬ、アリスさんの存在によって、それが裏付けられてしまったのですね」

 

 

 私も、アリスさん、及び"Key"のデータを解析していなければ、にわかには信じがたいと思っていたことでしょう。

 しかし、それらの語句(ワード)は解析する中で、幾度となく出てきたものでしたから。

 信じざるを得ません。私達に"敵対"する、超常的な存在が居た、ということを。

 

 

「ヒマリ。私達は来年で卒業になる。そうなれば、少なくともミレニアムからは離れなくてはならないわ。セミナー権限を使って名誉職に居座ることも出来るけれど……。それにもいつか限界が来る」

 

「そう、ですね。……私達は、私達の代でこの問題を解決することは難しいかもしれません」

 

「だからこそよ。……ヒマリ。私はこの都市を……。あなたに"あげたかった"」

 

「リオ……?」

 

 

 リオは、普段の様子からは想像もつかないような、悲しそうな顔を浮かべて。

 

 

「ヒマリ。驕っている訳ではないけれど、キヴォトスの危機に対応出来るのは、私とあなただけよ。……各学園のトップや武力組織は信用ならない。代が変われば、その力も思想も変わってしまう。それは、ゲヘナの"雷帝"時代を知る貴方にも分かるでしょう?」

 

「……そう、ですね。あの時も、同じような話をしましたね」

 

 

 私達が一年生だった頃、ゲヘナはそれはもう酷い有様でした。

 "雷帝"と呼ばれるゲヘナの暴君が支配するあの土地は、常に政争と血で血を洗う闘争に身を窶していて。

 直接の関係がないミレニアムであっても、その危険性は耳にしていました。

 

 

「あのゲヘナですら、今はある程度"まとも"になっている。……裏返せば、それはどの学園も場合によっては"そうなる"可能性を秘めているとも言えるわ」

 

「……そう、ですね」

 

 

 その意見には、一切の否定が出来ません。

 比較的新しいミレニアムサイエンススクールですら、例外ではないのです。

 今でこそ、セミナーの権限が強く、問題に対して強権的に対応することで、治安の維持が出来てはいますが。

 いつ、それが失われるかは未知数なのです。

 その時々の生徒会長の方針や、周りの学園との関係性。または経済状況などによって、その立場や在り方は変質していってしまいます。

 

 もし、本当の脅威が訪れた時。それに対抗できる力が備わっているかどうか。

 それは誰にも分かりません。

 リオは、"未来"のキヴォトスについて、憂いているのでしょう。

 

 

「私達が卒業するまでに、これらの問題を解決することは不可能。……なら、恒久的に"危機を未然に防ぐ手段"を用意するしかない」

 

「……それが、"エリドゥ"なのですね。……ようやく、理解しました」

 

「ヒマリ。……あなたなら、誰よりもこの"都市"を上手く扱える」

 

「……だから、私にこれを"くれる"と? ……些か、私の事を過大評価しすぎではありませんか?……それに、この都市を作ったのは、リオなのですから。リオが運用するのが最も適切だと思うのですが」

 

「……私では、駄目なのよ」

 

 

 リオは、悲しげな表情を浮かべて、目を逸らしました。

 

 

「私は……他人を信用していない。例え優秀な人材が居たとしても……今が良くても、いつか裏切るかもしれない。戦力にならないかもしれない。……それは不確実性の高い事項よ。合理的ではないわ」

 

「……そうでしょうね。あなたなら、そう判断するでしょう」

 

「けれど、ヒマリ。……貴方は違うわ」

 

 

 じっと、私の眼を見つめて。

 何か、羨ましいものを見るかのように、目を細めて。

 

 

「貴方には……沢山の人が側に居る。私には理解出来ないけれど、あなたを信頼している人が、沢山居るのでしょう」

 

「リオ……?」

 

「この都市を……貴方にも隠して建造していた理由が、ソレよ。"エリドゥ"は未来のキヴォトスを守るために必要不可欠。だけれど、この都市は存在するだけでは意味がない。適切に運用されて初めて、この都市は"防衛都市"たり得る。……だからこそ。この都市の建造に貴方を関わらせる訳にはいかなかった。……あなたはミレニアムの"希望"であり、尊敬の念を向けられる……"全知"に相応しい存在でなくてはならなかったから」

 

「……リオ、まさか、あなた」

 

「けれど、この都市を作ることは事実上不可能だった。ましてや、私が運用し続けることなんて、もってのほかよ。真っ当な手段では、時間も資金も足りない。……だから、私がこの都市を作り上げ、貴方が運用する。……私と違って、貴方なら、着いてきてくれる人たちも、沢山居るでしょう。……それが、今出来る"最善"だと。そう判断した」

 

「……それが、自らの身を滅ぼすことになってもですか? これだけの横領……バレない筈がありません。……まさか、リオ。あなたは入学した時から、ずっとこの計画を……?」

 

 

 返答はありませんでしたが、それは肯定と同義でした。

 それは、驚愕すべき事実です。

 

 思えば、リオがミレニアムサイエンススクールに固執していた理由を、当時の私は深く考えていませんでした。

 せいぜい、優れた環境と豊富な予算を扱えるメリットを重視して、この学校を選んだのでしょうね、と。私自身が同じことを考えていた為、他に理由があるなどという発想そのものが無かったのです。

 

 

「好きに罵って構わない。貴方にも隠して、この計画を進めてしまった私を、貴方は糾弾する権利がある。あらゆる誹りも、罵倒も、受ける覚悟はあるわ」

 

「……はぁ。なるほど。どおりで私に"優しい"筈ですね、この都市は。……元から私が使う為にカスタマイズされていたのですから。納得がいきました」

 

 

 つまり、リオは。未来のキヴォトスを守る為の"柱"として、私を起用したということです。

 常に変動する各学園や連邦生徒会と違って、私個人であれば、少なくとも私がぽっくりと病死でもしない限り、その理念や思想、そして"危機に対処する能力"に変数が生じないからです。

 

 なるほど。リオらしい考え方です。

 勝手に都市の中枢パーツとして扱われたことに思う所がないわけでもありませんが、私自身、これは非常に効率的かつ、最も安全な手段として認めてしまっている側面があります。

 

 連邦生徒会長が失踪した時ですら、あれほどの混乱が生じたのです。

 で、あれば。変動することのない"城主"が居たほうが、"城下町"は安心して暮らせるというのは、古代の歴史より証明され続けてきた、自明の理とも言えるものでしょう。

 

 

「……それに、もう一つ理由があるのよ」

 

「まだあるのですか?」

 

「えぇ。それは……。ヒマリ。……私は、貴方を……」

 

 

 そこまで口にして、リオは口を閉ざしてしまいました。

 もじもじと言いづらそうに。リオらしからぬ仕草で、こちらの様子を窺っています。

 

 しかし、いくら待っても続きを喋らないものですから。

 私も少しばかり先が気になってしまって、つい催促してしまいます。

 

 

「……あの、そこまで言ったなら、最後まで言ってください」

 

「……嫌よ」

 

「は? ……あの、リオが言い始めたんですよ? い、嫌って何ですか、嫌って」

 

「言ったら、貴方を困らせてしまうわ。……だから、言いたくないのよ」

 

「……はぁ~~~~~? ………いえ、失礼しました。少し……はしたなかったですね」

 

 

 今日一番のため息を吐きます。

 何ですか? この後に及んで何を言い淀んでいるのでしょう。

 

 先ほど腹を割って話しましょうと言ったばかりではありませんか。

 

 

「言って下さい、リオ。この際ですから、すべて。……大丈夫です、聞いたことは誰にも口外しません。私の胸の内に伏せて、墓の中まで持っていきます」

 

「……聞いたら、きっと怒るわ。それに軽蔑するでしょうね」

 

「……今更そんなことしません。この前は確かに声を荒げてしまいましたが、今回に限ってはそのようなことはしません。それに、軽蔑なんてもってのほかです。私は……あなたを悪し様に言う事がしばしばあったかもしれませんが、それも今は慎みます」

 

 

 こんこんと、説き伏せます。

 この後に及んで、何か隠し事をされるほうが不安ですから。

 いっそリオが何を考え、どうしようとしているのか、それを全て理解してしまったほうが、今後の為にもなると考えての提案でした。

 

 やがて、リオは目を逸らしながら、小さく言葉を紡ぎました。

 

 

「……貴方に、幸せになって欲しかったのよ」

 

「……幸せ、ですか?」

 

 

 この場に似つかわしくないワードが聞こえてきて、思わず聞き返してしまいます。

 

 

「ヒマリ。貴方は……。その身体を自らの個性だと言っているけれど。……私は、ずっと不安で仕方なかったわ。たった一つの銃弾、いえ、何らかの"災厄"が起きた時。貴方は真っ先に倒れてもおかしくない存在。いくら優秀なエージェントを側に置いても、完全に守りきれるとは言い難い。……だからこそ、貴方を100%の確率で守り切る事が出来る"場所"を作りたかった」

 

「……そう、なのですか」

 

「貴方はずっと苦労してきたでしょう。幼い頃から歩けない身体に苦しみ、それでも幸せを掴み取ろうと藻掻いていた貴方を……私は誰よりも側で見ていたわ。……だから、私は。せめて貴方だけでも快適に、幸せに暮らせる場所を作りたくて―――」

 

 

 言葉を選ぶように、逡巡して。

 

 

「私は……貴方が好きな"世界"を傷つける存在が許せなかった。"デカグラマトン"も"無名の司祭"もそう。これ以上貴方から何かを奪う存在が許せなくて……。ヒマリ。貴方には幸せに生きていて欲しいの」

 

「リオ…………」

 

「ヒマリ。……これは私の我儘かもしれないけど、聞いて頂戴。"エリドゥ"は、貴方の為にある。もし貴方が少しでも自らの身体を労ってくれるのなら。どうか、エリドゥを……お願い。……これ以上、私に不安な思いをさせないで頂戴。……貴方が傷つく度に、私はどうしようもない程に、苦しみを覚えてしまうのよ」

 

 

 まさにそれは、己が"半身"についた傷を労るかのような言葉で。

 心からの言葉で、偽りのない、リオ自身の本心である、ということが分かりました。

 

 つまり、リオは。

 私の為に都市を作り上げ、私の未来を守る為に、あらゆる苦労を抱え。

 仕舞いには、自らの破滅をも厭わずに、私にこの"エリドゥ"を捧げようとしていたのです。

 

 キヴォトスの平和の為。そして、私の為に。

 

 それを理解した瞬間、私は…………。

 

 

 


 

 

「はぁぁぁぁぁぁ~~~~~…………」

 

 

 

 今日一番のため息が、室内に響き渡りました。

 呆れてものも言えない、とはまさにこのことです。

 

 先ほどは怒らないと約束しましたが、それも反故にしてしまいそうな程です。

 

 

「もう、本当に、あなたという人は……」

 

「……ごめんなさい。軽蔑したでしょう? キヴォトスの平和などと謳っておいて、その本質が"こんなこと"だと知って。……でも、大切なことだったのよ。私にとっては、何よりも」

 

「いえ、軽蔑はしません。……私が思っているのは、もっと別のことです」

 

 

 何と表現すれば良いのか分かりませんが……ひとまず、これだけは言っておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと早く言って下さい! もう、本当にもう……! どれだけ不器用なんですか、あなたは……!」

 

 

 そう言うのが、きっと適切でしょう。

 

 

「私が心配で、私の為に色々してくれた事は素直に嬉しいです。これだけの都市を作り上げるのは、並々ならぬ苦労があったでしょう。犯罪を犯しているという後ろめたさもあったはずです。人一倍責任感の強いあなたの事ですから、心を痛めながら、それに見ないふりをして、ひたすら水面下で何かをしていたことは、容易に想像がつきます」

 

 

 きっと辛かったでしょう。私なんかより、何倍も何十倍も大変な思いをしてきたと思います。

 

 

「ありがとうございます、リオ。私の為にそこまでして下さって。……これに関しては本当に嬉しく思っています」

 

「…………そう。貴方の為になったのなら、良かったわ」

 

 

 しかし、声を大にして言いたいことがあります。

 

 

「ですが、いくら私のことを心配してくれていたとして……。それを言葉にしないと伝わらないでしょう? あなたは私を読心者(サイコメトラー)だとでも思っているのですか?」

 

「……言ったら怒られると思ったのよ。心配されるような筋合いはないと。昔言っていたもの」

 

「……ま、まぁそれは確かに言ったかもしれませんが……」

 

 

 いえ、言いましたね、一年生の頃に。

 自らの身体の不調に悩んでいた頃、リオが過剰なまでに心配し、私と同衾して看病するなどと言い出した時に、その言葉を発した覚えがあります。

 

 ですがそれは売り言葉に買い言葉のようなもので……。そこまで重大な意味を孕んでいたものでは無かったのです。

 少なくとも、私はそのつもりでした。

 ……しかし、はっと気づきます。

 それもまた"言わなければ伝わらない"事だったのではないか、と。

 

 

「……いえ、あれも言わなければ伝わらないことでしたね。……ひとまず、リオが何を考えているのか、ようやく理解しました」

 

 

 リオは、私の為に、ここまでしてくれたのだということを。

 なぜそこまで、という疑問は付きまといます。

 しかし今は、それは重要ではありません。

 

 

「……分かりました。あなたの言う通り、私は"エリドゥの管理者"となりましょう。ここまでお膳立てされてしまっては、今更後には引けませんし。何より、"キヴォトスの未来を守る"という点において、ここより相応しい場所はありません」

 

「……そう。良かった。……これで、安心出来るわね」

 

「ですが、リオ。あなたにも付き合ってもらいますよ」

 

「……ヒマリ?」

 

 

 ぽかん、と。拍子抜けしたような顔を浮かべるリオ。

 何をとぼけた顔をしているのでしょう、この女は。

 私をここまで持ち上げておいて、やれ大切だ、やれ幸せになれ、だの言っているあなたが。

 

 なぜ思い至らないのでしょう? そこにあなたが居ないと、意味がないことに。

 

 

「言ったでしょう? 私とあなたは"一蓮托生"です。ミレニアムに入学したその日から、私達は運命共同体なのです。……先にあなただけ一抜けして、矯正局で安穏と暮らすだなんて、許しませんからね」

 

「ヒマリ? あなた、一体何を……」

 

「"覚悟"が出来ました。リオ。あなたにも着いてきて頂きます。勝手に罰を受けた気になって、一抜けするなんて許しません」

 

 

 一方的な宣言です。本来であれば、心優しく清楚で他人の気持ちを労る聖女の如く、清廉な私ではありますが。

 今だけは、リオに対して強く言い渡さなければならないのです。

 

 

「リオ? 私達の約束を覚えていますか?」

 

「……えぇ、覚えているわ」

 

 

 私達の交わした約束。

 

 それは幼い日に交わした、夢物語のようなお伽噺。

 

 

 

 

 

 

『私達の居場所(せかい)を守る』

『私達のキヴォトス(せかい)を守る』

 

 

 

 

『"全知"として』

『"ビッグシスター"として』

 

 

 

 

 

 

 再び、静かに向かい直します。

 じっ、と。お互いの視線が交差して。

 

 

 

「行きましょう、リオ。あの時のように。"危機"が目の前にあるのです。それを防ぐのが……私達の役割、でしょう?」

 

「……そうね。あなたがそう言うのなら……。私も、貴方を……。貴方だけは、信じるわ」

 

 

 そして、再び、手を取り合いました。

 

 それはかつて、私達が交わした"約束"の光景と瓜二つ。

 

 ミレニアムの"天才"同士が手を組むのです。きっと解決できない事なんて、何ひとつありません。

 

 

「―――アリスさんの"呪い"を打ち払います。その為の手段も用意してあります。絶対に失敗などさせません。……リオ。あなたの力が、知恵が、叡智が必要なんです。……力を貸してくれますか?」

 

「―――愚問ね」

 

 

 すくり、とリオが立ち上がって。

 

 

「合理と理性は無慈悲よ。解くべき難題があるのなら……それを解き明かすのが、私の務めよ」

 

 

 再び、ミレニアム"最高"の頭脳達が、うねりを上げて稼働する音が聞こえた。

 

 




残り3~4話でエイミ√最終回となります。
よろしくお願い致します。

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