明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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42.明星ヒマリと『ケイ』


 

 

「それでは、皆さん。……準備はよろしいですか?」

 

「データリンク確認。システムオールグリーン。こっちはいつでも行けるよ、ヒマリ」

 

「なんかドキドキしてきた……」

 

「ヒマリ先輩。これって難しい操作必要ないんだよね? ……変なコードとか出てきても、私じゃ何にもできないからね?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ。あなた達はアリスさんと"お話"をしてくれればいいのです。……その間に、私が"本命"へと向かい、速やかに対処しますので」

 

「は、はい分かりました。……が、頑張ります」

 

 

 ゲーム開発部の皆さんがダイブ装置を装着したことを確認し、起動確認フェーズを立ち上げます。

 

 

「リオ。万が一の際の対応は分かっていますね? チーちゃんと共に、速やかにシステムをシャットアウトし、ジャミング装置を再び稼働させて下さい。そうすれば安全に脱出することが可能です」

 

「えぇ、分かっているわ」

 

 

 こくりと頷いたリオの様子を見て、チーちゃんが何処か複雑そうな表情を浮かべていました。

 

 

「……まさか、会長(あなた)と共闘することになるなんてね。ヒマリの頼みとはいえ、少し複雑だわ」

 

「……与えられた職務はこなすつもりよ。協力体制(チームワーク)を乱すようなことはしないわ」

 

「……だと良いんだけど」

 

「はい、そこ。喧嘩しないで下さい。今から一世一代の大仕事が待っているのですから」

 

 

 形式上とはいえ、敵対していた間柄。

 チーちゃんが複雑な思いを抱いてしまうのも無理はありません。

 

 

「部長。……本当に大丈夫なんだよね?」

 

「はい。安全性は確保されています。何せ、この私が作り上げたものなのですから。万が一にも失敗はありません」

 

 

 エイミが心配そうに私を、いえ、私の装着するダイブ装置に目を向けます。

 これは今回の作戦の要となるツールです。

 

 なぜ、これを使用する必要があるのか。少し前のことを振り返ってみましょう。

 

 

 


 

 

「皆さん。会長(リオ)と協力体制に入りました。これより、アリスさん救出作戦の最終フェーズに移行しようと思います」

 

 

 別室に控えていた全員を呼び寄せ、最初にその一言を発しました。

 その反応は様々で、特にゲーム開発部の御三方は、やや複雑そうな表情を浮かべています。

 

 くいっ、と。小さく袖が引っ張られます。ユズさんでした。

 

 

「……あの、ヒマリ先輩。……大丈夫なんでしょうか? その、会長が私達と協力するって、本当に……?」

 

 

 信じられない、と。目が語っていました。

 こればかりは仕方ありません。彼女たちからしてみれば、リオはアリスさんを攫い、更には退学させようとしている"敵"のように映っていたでしょうから。

 

 

「……丁度良い機会です。ここで過去の因縁に終止符を打っておきましょうか」

 

 

 私は彼女たちの間に移動し、両者を見据えてこう言います。

 

 

「此度の件ですが、不幸にもボタンの掛け違いによって生じた事故です。……究極的には、双方に非があり、また両者共に納得の出来る理由が存在するものだと、私は考えています」

 

 

 ちらり、と。モモイさんを見ました。

 

 

「モモイさん。……あなたはセミナーに内緒で、アリスさんの学生証を発行しましたね? ……マキに頼んだのでしょう。合っていますか?」

 

「うっ……! そ、そうだけど……。でも、あれは……!」

 

「えぇ、分かっています。それがアリスさんにとって最も"良い"形だったでしょうから。アリスさんを通常の方法で入学させることは、諸般の事情を鑑みても難しかったでしょうし」

 

 

 まして、あれだけの秘密を抱えた存在です。その辺に放逐しておく訳にもいきません。

 ゲーム開発部という"善性"に拾われたからこそ、アリスさんは今のように純真で、天真爛漫で、明るい女の子になっていたこと。それはきっと奇跡に近い確率だったはず。

 

 これが例えばキヴォトスに蔓延る悪徳企業や、ブラックマーケット等の関係者に拾われていたらどうなっていたでしょう?

 恐らく、何らかの犯罪行為に加担していてもおかしくなかったと思われます。

 規格外のパワーを持ち、善悪の判断基準を未だ会得しておらず、何よりその身体は未知の技術の塊です。

 アリスさんが望もうが望むまいが、彼女に手を出そうとする悪い"大人"はいくらでも存在するでしょう。

 

 

「結果として、ミレニアムでアリスさんを"保護"出来たのは、考えうる限り最高の結果だったと思います。その点に関しては、深く感謝を申し上げます。……ありがとうございます、モモイさん、ミドリさん、そしてユズさん。あなた達のお陰で、アリスさんは健やかに暮らすことが出来たのですから」

 

「な、なんかそうやって畏まって言われると照れるなぁ……。で、でも。アリスは私達の"仲間"だもん! アリスを助けるのは当然! でしょ?」

 

「うん。そうだね、お姉ちゃん。アリスちゃんは……ゲーム開発部の一員だもん」

 

「はい。……なので、モモイさんの"やらかし"は、アリスさんを無事に保護出来たという加点により、帳消しと致します。今後、この問題が再度発生しないよう、アリスさんについては私の方から正式に学生証を発行させて頂きますね」

 

 

 ひとまず、アリスさんの不正入学の件に関しては、これで解決としましょう。

 あとはユウカを説得するだけですが……。

 あの子(ユウカ)はアリスさんやゲーム開発部の皆さんにはダダ甘らしいですから。きっと通るでしょう。

 

 

「次に、リオについてです。……今回の"アリスさん誘拐事件"を主導していたのは彼女ですが、それを行うに値する理由が存在します。これはヴェリタスの部室で説明したので、皆さんも把握しているとは思いますが」

 

 

 アリスさんが"王女"と呼ばれる存在であり、"Key"がアリスさんを通じて"Divi:Sion"を操っているという事実。

 そこから、なぜリオがこのような手段を取ったのかを、皆さんに説明していきました。

 

 アリスさんが"未知の技術"で作られた機械人間(アンドロイド)であったこと。

 Divi:Sionという、私達に敵対する機械を操ることが出来る存在であったこと。

 この"要塞都市"にてDivi:Sionを迎え撃ち、ミレニアム内に存在する個体を一網打尽にする計画だったこと。

 その為に"王女"であるアリスさんを誘拐し、Divi:Sion達を引き寄せる役割を担ってもらう必要があったこと。

 

 それらを丁寧に、かつオブラートに包んで、彼女たちに説明しました。

 

 

「以上が、此度の事件の顛末です。……合っていますね、リオ?」

 

「……えぇ。概ね、間違いは無いわ」

 

 

 居心地が悪そうに佇むリオ。先程は私を手伝う意思を固めたにも関わらず、いざ眼前に敵対していたゲーム開発部の皆さんとチーちゃんを前にしてしまうと、やや萎縮しているのが分かります。

 

 以前であれば、この期に及んで何をビビっているのですか、この女は。と軽く一蹴していたでしょう。

 

 ……ですが、私は彼女(リオ)がものすごく不器用な、己の感情を他者に伝えるのが極端に下手な人間だということを、知ってしまいましたから。

 突き放すようなことはしません。彼女にだって、得手不得手があるのです。

 

 私に出来ないことがあるように、彼女にも出来ないことはあります。

 ですから、そこをフォローしてあげるのが、"全知"たる私の務めでしょう。

 

 

「……この通り、リオも悪意によって行動していた訳では無いのです。全てはミレニアムの安全の為。"爆発事故"を引き起こしたのがアリスさんだと早とちりし、それで少しだけ、空回ってしまっただけなんです。……ですから、ゲーム開発部の皆さん。どうか、会長(リオ)のことを許してあげてくれませんか?」

 

 

 ぺこりと頭を下げます。

 

 

「うっ……。わ、分かった。……まだちょっと複雑な気持ちだけど……。アリスのことを黙ってたのは私達もそうだし……。偉そうに"許す"って言える立場じゃないと思うけど……許す!!」

 

「ありがとうございます、モモイさん」

 

「お姉ちゃんの言う通り、アリスちゃんのことを黙ってた私達にも原因があるし……。ごめんなさい、ヒマリ先輩、リオ会長」

 

「わ、私からも……ごめんなさい」

 

 

 ミドリさんとユズさんも頭を下げました。

 それを見て、リオは逡巡したように、目を逸らしていました。

 

 

「……私は、あなた達に謝られるような存在では無いわ。今回の件は……私に全ての責任がある。その贖罪というわけではないけれど……。"AL-1S"は責任を持って開放する。安全な状態で……あなた達の元に返すと、約束するわ」

 

 

 言葉を選びながらの、たどたどしい口調ではありましたが。

 少なくとも、リオが何を考え、何をしようとしているのか。

 きっと伝わっているでしょう。

 

 

(……リオ。あなたも"一歩目"を踏み出したのですね)

 

 

 こうして、リオが他人を慮ることが出来たのは、きっと大きな一步です。

 いつの日か、あなたも誰かを頼ることが出来るようになると良いですね、と。

 心の中で、そう思いました。

 

 


 

 

 そして、現在(いま)に至ります。

 

 協力体制を敷いた私達は、速やかにアリスさんの問題を解決すべく、作戦を立てました。

 

 

「作戦の内容を再確認しますね。まず、チーちゃん、そしてリオ。あなた達二人は、エリドゥのシステムを用いて、"Key"からの逆ハッキングに備えてください。恐らくですが、妨害電波を弱めた瞬間、こちらのシステムを乗っ取ろうとしてくるでしょう。あなた達二人で、それを食い止めて下さい」

 

「えぇ。分かっているわ」

 

「了解」

 

 

 こくり、と。二人が頷きます。

 私には及びませんが、この二人は電子戦のプロフェッショナルです。

 万が一、"Key"がこの施設をハッキングしようとしても、2人分の頭脳と、エリドゥ全体のサーバーリソースを用いれば、そう簡単に押し負けることは無い筈。

 

 それは、車椅子で採取した"Key"のデータを見れば、十分に可能だと計算されたものでした。

 

 

「次に、ゲーム開発部の皆さん。皆さんには、ダイブ装置を用いて、アリスさんの内部に侵入し、アリスさんのCPU……いえ、"精神(こころ)"と接触して頂きます」

 

 

 これは、必要不可欠な"工程"の一部です。

 

 

「現在、アリスさんの精神は中枢システムの奥底に眠っており、呼び覚ます為には一時的にでも"Key"との繋がりを遮断しなくてはなりません。それには、アリスさんの精神をその場に留めておく必要があります」

 

 

 つまり、"Key"と"アリスさん"を切り離す為に、それぞれのプログラムを隔離状態にする必要があるということです。

 

 

「うぅ……大丈夫かな……? わたし、ダイブ装置なんて使ったことないんだけど……」

 

 

 ダイブ装置を身に着け、緊張の様子を拭えないユズさんの様子を見て、優しく語りかけます。

 

 

「難しいことではありません。アリスさんと普段話すような感覚でいいのですよ」

 

「そ、それなら大丈夫そうだけど……」

 

「お、女は度胸! どーんと来い、だよ! ミドリ! ユズ! ここまで来たんだから、ビビってる暇なんてないよ! アリスを助けるのは、私達なんだから!」

 

「お姉ちゃん……。うん、そうだね。頑張ろう」

 

 

 各々、覚悟が完了したようです。

 皆さん、やる気に満ちあふれているようです。

 たった一声で、先程までの不安そうな表情は何処へやら。

 モモイさんはこういう時、すごく頼りになる方かもしれませんね。

 

 

「そして……。私が"Key"と接触し、アリスさんとの繋がりを断ち切ります。既に"Key"のプログラムコードは全て把握済みです。その為に必要なコードも用意してあります」

 

 

 ゲーム開発部の皆さんがアリスさんと接触している間に、私は"Key"に対処します。

 すべての作戦が順調に進めば、恐らく一秒も掛からないでしょう。

 

 いくら"無名の司祭"が作り上げた謎の技術の塊とはいえ、解析されてしまえばそれはただのプログラムと変わりません。

 ハードウェア面では覆すことの出来ないテクノロジー差がありましたが……。

 

 私は"全知"。

 ことシステム面において、私に解析出来ないデータはない。そう断言致しましょう。

 

 

「……部長。もう一度聞くけど、私は何もしなくていいの? ……外に居るトキの援護に回ることも、一応出来るけど」

 

「一度はそれも考えたのですが……。トキ、現状Divi:Sionの軍勢は沈静化しているのですよね?」

 

 

 モニターの向こう。エリドゥ外郭にて待機中のトキに向けて、無線を飛ばしました。

 ジャミングを弱めた際に、Divi:Sionの軍勢が再び動き始めるリスクを加味し、トキにはエリドゥ外郭にて迎撃任務に当たらせています。

 数コールの後、強化外骨格(パワードスーツ)である"アビ・エシュフ"を身にまとった、トキの姿が映ります。

 

 

『はい。先程まで襲撃して来たDivi:Sionの個体、364体は全て無力化致しました。現在、Divi:Sionの襲撃はありません。周囲の索敵を継続中です』

 

「分かりました、ありがとうございます、トキ。そのまま警戒を続けて下さい」

 

『了解致しました。ヒマリ様』

 

 

 そして、通信を切ります。

 

 

「……とのことですので。エイミはこの場に待機し、不測の事態に備えて頂こうかと」

 

「……うん。分かった。……部長がそう言うなら」

 

 

 エイミは少しだけ残念そうな表情を浮かべていました。

 きっと、自分にだけ仕事が割り振られていないことに不安を感じているのでしょう。

 もしかしたら、自分は役に立っていないのではないか、なんて考えているのかもしれませんね。

 

 ですが、それは間違いです。

 むしろ、その逆。

 

 

「……エイミ。少しこちらに」

 

「部長……?」

 

 

 そっと、エイミの手を取り、小さな声で告げます。

 

 

「側に居て下さい、エイミ。……あなたがいれば、勇気が湧いてくるんです。安全性も確保し、成功率の極めて高い作戦ではありますが。……私にも不安に感じる心はあるのです」

 

「……うん、いいよ。ちゃんと側に居るから」

 

「ありがとうございます、エイミ」

 

 

 彼女が側に居る。そう意識するだけで、なぜでしょう。力が湧いてくるのです。

 この非力で、病弱で、楚々とした薄い身体であるにも関わらず。

 

 私には守るべき大切なものがある、と。それを強く意識させてくれるのです。

 エイミが居てくれるだけで……私は"全知"として、強くあろうと。そう願えるのです。

 

 ぎゅっ、と。エイミの手を少しだけ強く握りました。

 それに気づいてくれたのでしょう。エイミもまた、少しだけ優しく握り返してくれて。

 

 ……彼女の暖かな体温が、私の手を通じて、じんわりとその熱が伝わってきました。

 

 

 

 

 

 


 

 

「……なんか、やっぱ前と違う気がする……。あの二人、あんなに距離近かったっけ?」

 

「………………………………」

 

「……会長? 手が止まってるけど。何かデータに不整合でもあった?」

 

「っ! いいえ、問題ないわ」

 

「ならいいけど。……そういえば、エイミって元は貴女のエージェントなんでしょ? なんか……ちょっとあの二人、様子が前と違う気がして。何か知らない?」

 

「…………いいえ、知らないわ。…………ただ」

 

「ただ?」

 

 

 

「……幸せになってくれれば、それでいいのよ。私が望むのは、ただそれだけ」

 

 

 

 

 


 

 

「では、皆さん。ダイブを開始します」

 

 

 その言葉と同時に、作戦が開始されました。

 

 

 ヘッドギアがゆっくりと降り、額と後頭部に冷たい金属の感触が伝わります。

 その瞬間、視界の端に、複雑な数列と幾何学模様が浮かび上がりました。

 接続プロトコルが開始され、脳波が装置に同期していくのです。

 

 

「同期率、安定……接続開始」

 

 

 チーちゃんがそう告げると同時に、私の意識は急速に現実から切り離されていきました。

 音が消え、温度が消え、重力すらも遠のいていきます。

 

 

 

 やがて、目の前に光の裂け目が現れて。

 その奥には、無限に広がる情報の海。アリスさんの精神世界が広がっていました。

 空は漆黒、足元には無数の光の回路が走り、まるで都市の夜景を逆さに映したかのようです。

 

 ちらり、と。横に目を向けると。鏡のようなオブジェクトから、向こう側の世界が見えてきます。

 

 どこか見覚えのある場所で、アリスさんとゲーム開発部の皆さんが言葉を交わしています。

 

 

 

 

『アリスは……アリスは、"魔王"です』

 

 

『アリスは、魔王なんかじゃないよっ!』

 

 

『帰ろう、アリスちゃん。私達の"ゲーム開発部"に』

 

 

 

『アリスちゃんは、アリスちゃんのなりたいものになっていいんだよ』

 

 

 

『アリスは……また皆と……。冒険(クエスト)を、続けたいですっ!』

 

 

 

 

 

 途切れ途切れの音声。ここがきっとアリスさんの精神とは隔離された場所だからでしょう。

 ですが、僅かに聞こえたその言葉の意味を噛み締めて。

 アリスさんのことは、あの子たちに任せておけば大丈夫。そう思いました。

 

 固く、深い絆で結ばれているのですから。

 ですから、私は、私の為すべきことを為しましょう。

 

 

 私は振り返ることなく、光の回廊の奥へと進みました。

 この先に、中枢機能―――。(Key)が居るのですから。

 

 

 


 

 

「ここが、最深部なのですね」

 

 

 見渡す限り、漆黒の海。

 一歩、足を踏み入れると、足元の回路が青く脈打ちました。

 それはまるで、私の侵入を歓迎しているかのようにも、警告しているかのようにも感じられます。

 

 その空間の中央。玉座と思われる、どこか古びた椅子の上に、彼女は佇んでいました。

 

 その姿は、アリスさんに瓜二つ。

 長い髪を携え、ミレニアムの制服に袖を通し、どこか幼さを感じさせる顔つき。

 ですが、その眼だけは違います。

 

 紫色のその眼は、私の姿を射抜くように見つめており、普段のアリスさんからは想像もつかないような、敵意と憎しみに満ちているような、そんな眼差しを浮かべていました。

 

 一言目を繰り出します。

 

 

「こんにちは。あなたは……"Key"で間違いありませんね?」

 

『……返答する義務はありません』

 

「その答えは肯定を意味するものだと解釈出来ますが……。ひとまず、自己紹介をしましょうか」

 

 

 すぅ、と。息を吸って。

 私の人生で幾度となく発してきた、この言葉を投げかけます。

 

 

「世界を解き明かす美しき頭脳。ミレニアムに咲く高嶺の花。叡智、美貌、儚さ、その全てを兼ね備える、美と知性の化身。超天才清楚系病弱美少女ハッカー、明星ヒマリと申します。よろしくお願いしますね♪」

 

『……理解不能。なぜ冗長な表現を用いているのでしょう? その意図が全く伝わりません』

 

「あら、お気に召しませんでしたか? なら、あと100通り程は考えられますが……」

 

『いえ、やめて下さい。ただでさえ妨害電波(ジャミング)を受けてCPUに負荷が掛かっているんです。これ以上の負荷を掛けるような行為をするならば、この空間から貴方を叩き出します』

 

「そうですか? 残念ですね。何せ"未知のAI"と対話するのはこれで二度目なものですから。とても興味深い対象だと、そう思っていたのですけれど……」

 

 

 しばしの静寂が辺りを包みます。

 AI相手にこう表現するのもおかしな話かもしれませんが、お互い"間"を測っているような、そんな時間でした。

 ですが、向こう側から、その静寂を打ち破って来たようです。

 

 

『……なぜ有機生命体がこのような所にまで足を運んできたんですか?』

 

「それは勿論、アリスさんを助けるためです」

 

『答えになっていません。そもそも"アリス"とは貴方達が勝手に付けた名称でしょう。王女はそのような名称ではありませんし、王女を貴方達が助ける、というのも筋違いです。王女は今、その役目を果たそうとしているのですから』

 

「ふむ、それが"無名の司祭"に与えられた役割だと。あなたはそう考えているんですね」

 

 

 その問いかけに対して、"Key"は訝しそうな表情を浮かべました。

 

 

『役割というのは適切な表現ではありません。これは私達が製造(つく)られた目的そのものです。"ATRAHASIS"を起動し、方舟を作り上げ、全ての"神秘"を収容(アーカイブ化)する。それこそが私達の存在理由(レゾンテートル)であり、元より定められた規定(ルール)です』

 

「なるほど。……私達"忘れられた神々"を滅ぼす為の尖兵として作られたと。あなたのコードにも、間違いなくそう記述されて居ましたね」

 

『……人の中身を勝手に覗かないで下さい。変態ですか、貴方は』

 

「どうでしょう、最近は少しだけ歪んできてしまったような気もしますが……。私は至って"正常(ノーマル)"だと思いますよ?」

 

 

 少し前の、エイミとのやり取りを思い出します。

 あれはあくまでその場のノリでそうなってしまっただけで、私が常日頃あのような考えを抱いているかと言われると、それはNOです。

 

 私達は節度ある関係性ですから。決してアブノーマルではないと、そう断言出来るでしょう。

 

 しかし"Key"はその言葉に納得がいかないようです。

 あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべ、こちらを睨みつけていました。

 

 

『どこがですか。今もこうして……王女の身体を雁字搦めにして縛り付けているじゃないですか。縛り付ける紐がきつすぎて、全く身動きが取れません。私のCPU領域の99%を、妨害電波(ジャミング)への防御に使用してしまっています。私が自由に動けるのは、もはやこの空間だけです』

 

「えぇ、そうでしょうね。何せエリドゥのほぼ全てのリソースをあなたの拘束に用いていますから。これで動けるのでしたら、むしろ驚いてしまいます」

 

『……私が告げるのは癪ですが。完全に敗北です。私は戦力を見誤りました。あの時、王女の体に戻った時点で、既に敗北していたようですね』

 

 

 がくり、と。"Key"は項垂れました。

 いかに優れた処理速度を誇っていようが、物理的に抑えられてしまってはどうしようもない、ということでしょう。

 

 もし、何らかのアクシデントで、エリドゥのシステムに逆ハッキングを仕掛けられれば、戦局は逆転していたかもしれません。

 AMASや周辺のDivi:Sionを操り、この都市を用いて"方舟"とやらを作り上げることも可能だったでしょう。

 

 ですが、この場には私、リオ、チーちゃんという、ミレニアム屈指の電子戦のエキスパートが揃っています。

 この状況で、私達3人を相手取りながらエリドゥのシステムに侵入するのは、まず不可能です。

 こう言っては何ですが……。"勝ち目"の無い戦いだったと。そう言わざるを得ません。

 敵対した時点で"詰み"なのです。優れた技術力で作られたAIと言えども、あまりにも相性が悪すぎたと、そう考える他ないでしょう。

 

 

『……消しなさい。貴方はその為に来たのでしょう』

 

「……消す? 何を言っているのですか?」

 

『私を消去(デリート)するのでしょう? 私が居なければ、王女は無害化すると、貴方は考えているのでしょう。間違いではありません。"鍵"がなければ、王女は……存在目的を失った、ただの"機械"に過ぎません』

 

「えぇ。……ですが、少しだけ誤りがありますね」

 

『誤り……?』

 

「アリスさんは機械の身体を持っているだけの、"人間"です。そこに心があるならば、私はたとえ他の人とは出自が異なったとしても……人であると。そう考えています」

 

『……何を言っているのですか? 貴方は。王女は"機械"です。"無名の司祭"によって造られた、人を模しただけの存在。なぜ、貴方が王女の"人格”を重要視しているのか、理解に苦しみます』

 

「先程申し上げた通りですよ。心というものは、目に見えないものですが、確かにそこに存在します。今まで私はそれを意識して暮らしては来ませんでしたが……。ある"経験"から、強くそれを思うようになったのです」

 

 

 そう、それは、あの時。

 彼女(エイミ)体温(こころ)に触れた時から、ずっと。

 

 

「ずっと疑問に思っていたのです。"Key"。あなたのデータを解析した時から、ずっと」

 

『何を……?』

 

「なぜアリスさんに"心"があったのでしょう。戦闘機械(アンドロイド)に心は必要ない、というのは私も認識しています。戦うだけの存在に、必要のない機能ですから。ですが……アリスさんには明確に"自我"と"心"がありました。かつて存在した"無名の司祭"とやらが、意図的に搭載した機能だと、そう思わざるを得ない程に」

 

 

 私はそれを、突然変異的な出来事により生じた、バグのようなものなのではないかと。最初はそう考えました。

 ですが、おかしな点があったのです。

 

 アリスさんの内部コードに記されていた、余剰領域。

 きっとここが、アリスさんの"心"と"記憶"を司る部分で、その為に設けられたシステムの"遊び"の部分。

 

 それがアリスさんに心を宿らせ、ついには"人"たりうる存在に昇華させたのではないかと。

 ありとあらゆる"奇跡"と"神秘"によって、一つの技術が"崇高"へ至ったのではないかと。

 

 彼女のデータを分析していた時、そう感じたのです。

 

 そしてそれは……"Key"にも同じことが言えました。

 

 

「"Key"。あなたにも同じ機能が備わっているのですよ。"心"を司る、未知の領域(コード)が。私は……それがとても気になっているんです」

 

『……一体何を考えているのですか? ……私は"(Key)"。王女を補佐する為に存在する、ただのプログラムに過ぎません』

 

「えぇ。ですがそれは、"太古の昔"に記述された内容(コード)に過ぎないでしょう? 製造目的はどうあれ、遥か未来である現在(いま)において、その記述(コード)は、はっきり言って……。時代遅れ(ロートル)だと。そう言わざるを得ません」

 

 

 そうなのです。

 例えどれだけの技術を持っていたとしても、それははるか昔の話。

 

 現在(いま)、最先端の技術力を誇るミレニアムサイエンススクール。その中でも最精鋭である、私にとっては……それはもはや骨董品に近いような、時代遅れのコードです。

 

 技術というのは日進月歩で進んでいくものです。

 昨日までの技術が、明日には別の革新的技術によって上塗りされてしまうことだって、日常茶飯事なんです。

 

 

「"Key"。一つだけ、質問をさせて下さい」

 

『答える義務はありませんが、聞くだけ聞きます。なんですか?』

 

「"無名の司祭"に与えられた役割と。"王女"であるアリスさんを守る役割。もし、このどちらかしか選べないとしたら。……あなたは、どちらを選びますか?」

 

『―――。』

 

 

 少しばかりの逡巡。きっと、CPUをフル稼働して考えているのでしょう。

 自らの存在理由(レゾンテートル)と役割のせめぎ合い。

 

 AIにとって、最も難しい、二者択一の判断。

 

 ですが、もし。彼女が"そう"であるならば。

 きっと、私の望む回答をしてくれると、そう信じていました。

 

 やがて、アリスさんにそっくりな、その小さな口を開いて。

 

 

 

 

『"王女"を守ります。与えられた役割に背くのは不愉快ですが……。私の存在は"王女"あってのものです。王女を守り支えることこそが、私の存在意義だと。私の頭脳(CPU)はそう判断しました』

 

「――――――なるほど。やはり、そうなのですね」

 

 

 

 

 これで、全てが理解(わか)りました。

 

 不自然に用意されていた、謎の領域(コード)も。

 アリスさんと瓜二つな、その容姿も。

 何もかも、ある一つの"結論"へと導いてくれていたのです。

 

 だからこそ、私は満を持して、この言葉を告げます。

 

 

「"Key"。……いえ、ここはモモイさんに倣って"ケイ"と呼びましょうか。"鍵"では少々、名前として味気ないですし」

 

『……何の話ですか?』

 

「私から、あなたに一つだけ告げたい言葉があって。聞いて頂けますか?」

 

『…………』

 

 

 

 沈黙は肯定。そう捉えます。

 

 そして一言。静かに、ですがはっきりと。

 

 

 

 

「"ケイ"。……あなたもまた、私が守るべき、"心"ある生徒の一人なんですね」

 

 

 

 

 

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