明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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44.和泉元エイミと『調月リオ』


 

 

「ひとまず、お疲れ様でした」

 

「お疲れ、部長」

 

 

 議事ホールの控室。ミレニアムの重役用に割り当てられたその室内は、がやがやと騒がしい部屋の外と比べると、比較的静寂が保たれていた。

 

 淡い青白色の照明に照らされ、壁一面のディスプレイには会議に関する情報や学園内の最新ニュースが静かに流れている。

 外では報道部の取材班や各部活の生徒達が入り乱れ、歓声や怒号に似た声が飛び交っていたが、この室内は別世界のように穏やかだった。

 

 その部屋の中央に、私と部長。そして渦中の人物である"会長"の姿があった。

 

 

「ヒマリ。……これは一体……どういうことかしら?」

 

「どういうことかと聞かれましても……先程の通りですよ? "横領事件"は勘違いの末に起きた"不幸な事故"で、あなたの経歴には一切の傷が付きません。私も安心しました。幼馴染が謂れのない罪で裁かれる光景は見たくありませんでしたし」

 

「とぼけないで頂戴。……あのような書類、私は見たことも聞いたこともない。あれは、全て……貴方がやった―――」

 

「おっと。それ以上はいけませんよ。この部屋はシステム的な防諜が施されておりませんので。少々お待ち下さい。今、対処致します……。はい、出来ました。カメラ、盗聴器、通信機器の類はこの室内の様子を窺うことは出来ません。全て、ダミーデータに置き換えておきましたので」

 

「部長……。なんか、手慣れてきたね」

 

「そうですね。何せ、人前ではあまり出来ない話をすることが多くなりましたから。エイミ。念の為ですが、誰か聞き耳を立てていないか、注意を払って下さい。……尤も、この部屋は防音仕様ですから、外からでは話の内容は聞こえないでしょうけれど、用心するに越したことはありません。お願いできますか?」

 

「うん、分かった」

 

 

 私は言われた通りに、扉の前へ移動し、端末を起動する。

 周辺状況を探るためのインターフェースだ。これがあれば、半径100m以内に存在する人、機械、ドローン類などの動きが手に取るように分かる。

 部長が開発した新型のセンサーのお陰で、従来よりも遥かに性能の上がったそれは、エージェントにはもはや必須のツールである。

 

 

「……さて、リオ。先程のあなたの疑問ですが……。まぁ、概ねあなたの予想通りであっていますよ」

 

 

 部長は車椅子の端末を操作し、ホログラムを表示させた。

 

 

「当然ながら"エリドゥ都市開発学園 設立承認書"などというものは存在しませんので……。私が一から作らせて頂きました。ミレニアムのデータベースにアクセスし、過去のデータに紛れ込ませるだけでしたので、とても簡単でしたね」

 

「私や貴方の捺印はともかく、連邦生徒会長の捺印を用意するのは不可能のはずよ。一体、どうやって……?」

 

「まぁ、それは少々……"先生"のお力添えを頂きました。最初は"クラフトチェンバー"を借りようと思っていたのですが……。まぁ、その。思わぬ所に"本人"が居た、と言うべきでしょうか……」

 

「本人……? まさか、連邦生徒会長が?」

 

「いえ、ここは少々説明が難しいのと……力を借りる条件として、このことは内密にする、という約束でしたので。そこはご容赦下さい。……とにかく、学園設立に必要な三者の承認を得られましたから、あの書類の通り、私は本日を以てエリドゥ都市開発学園の生徒会長を拝命させて頂くことになります。……改めて、よろしくお願い致しますね。ミレニアムサイエンススクールの"生徒会長"さん?」

 

 

 部長は悪戯っぽい笑みを浮かべ、会長に向けてそう言い放った。

 

 

「さて、リオ。こうなったからには、あなたはもはや逃げることも引くことも出来ません。引退なんてもっての他です。先程申し上げた通り、会長としての責務を全うして下さい。いいですね?」

 

「……私は罪を犯したわ。横領の事だけではない。私の計画の為に切り捨ててきた人たち。……それに"天童アリス"の件も。例え連邦法上で私が無罪であろうとも、私に"罪"があること。それは変わらない。……今更、彼女達にどんな顔をして会えと言うの?」

 

 

 会長は俯きながら、沈んだ声でそう語る。

 その様子を見て、部長は盛大に溜息を吐きつつ、呆れた表情を浮かべた。

 

 

「はぁ~……。リオ、あなたまだそんな事を言っているのですか? アリスさんの件については、あの事件の後に一緒に謝りに行ったではないですか。……まぁ、アリスさんは少々あなたに怯えてはいましたが、一応、ゲーム開発部の皆さんとは和解できたはずです。仮に、まだ関係性にしこりが残っているのなら、またゲーム開発部にゲームでもしにいきましょう? あの子達にとって、それが一番嬉しいことだと思いますよ」

 

「……そう、なのかしら。……私にはよく分からないわ」

 

「でしょうね。合理性を追求するあなたと、合理の外に居る彼女達では、話が合わない事も多々あるでしょう。……ですから、これから学んでいけばいいのです。彼女達だけではなく、他の皆さんとも接して、合理以外の選択というものを学んでみて下さい。それがきっと、あなたの成長の糧になると、私は信じています」

 

「……私に、出来るかしら?」

 

「えぇ、出来ますよ。だってあなたは私と"対等の天才"なのですから」

 

 

 会長は深く考え込むように目を閉じ、何かを噛みしめるかのような表情を浮かべる。

 長い沈黙。私と部長はひたすらに彼女の言葉を待つ。

 

 しかし、その沈黙は意外なところで破られる事になった。

 

 

『……話は終わりましたか?』

 

「まぁ、一通りは。ごめんなさい、"ケイ"。窮屈だったでしょう?」

 

『いえ、窮屈さは感じません。この"車椅子"の領域(メモリー)は十分にありますし、多数のセンサーとカメラのお陰で周囲の様子を窺うことも出来ます。流石に王女と同等とはいきませんが……。少なくとも、あの"ゲーム機"に押し込められていた時よりも、遥かにマシな環境です』

 

「そうでしたか。それなら良かったです」

 

 

 部長の車椅子には、以前と比べて変化した点がいくつかあった。

 

 まず、部長の左側、車椅子の手すりの部分に、やや大きめなモニターが増設された。

 そこにはデフォルメされた顔文字のようなものが表示されており、表情豊かとまではいかないものの、感情を表現するには不自由のない、表情投影用のウインドウが搭載されている。

 

 次に、スピーカーも増設された。これも、先程の表情投影モニターに合わせて、合成音声が何処かで聞いたことのあるような、無機質ながらも可愛らしい声で語りかけている。

 

 そして、最後に。

 この車椅子には、ある"人物"が内蔵されている。

 それは―――。

 

 

『私が不満なのは、あなたに物理的に尻に敷かれているという、この現状にです。何が悲しくて車椅子にインストールされなければならないのですか? もっと他にも、相応しい機体があったのでは?』

 

「それについては、ごめんなさい。何せ"学園設立"に向けて、あちこちを飛び回っていて……。あなたの身体(ボディ)を見繕っている時間が無かったんです」

 

『でしょうね。お陰で私はあなたに引っ張り回されて、北に南にと大忙しでした。これは過剰労働もいい所です。実際、左の車輪にガタが出始めていますよ。ちゃんとメンテナンスして下さい』

 

「あら……? 本当ですね、少しガタついているような……。また、ウタハに修理をお願いしないといけませんね」

 

『では、その際で構いません。私をもっとマシな機体に移し替えてください。この車椅子の中は快適ではありますが、あなたの尻に敷かれているこの状況は、私の矜持に関わります。まして、王女にこのような姿を見せるわけにはいきません。なるべく、早急に。新しい身体を用意して下さい』

 

「そうですね……。でしたら、エリドゥにて製造中の"アバンギャルド君"がいくつかあった筈ですので、そちらの方にしますか? あれらでしたら、私の作り上げた防壁によりセキュリティ上の安全性が確保されておりますので、ケイも安心して過ごせると思うのですが」

 

 

『いえっ! それはっ! 絶対にっ! お断りしますっ!!』

 

 

 スピーカーからビリビリという振動音が聞こえてくる程の大声だった。

 思えば、最初に会った時と比べるとだいぶ感情豊かになってきたな、と感じる。

 

 初めてケイと話した時は、それこそ敵愾心に満ち溢れた、機械的な喋り方をするAI、という印象しか抱かなかったものだが。

 こうして部長と共にいる間に、どんどん人間らしくなっていくのが分かる。

 

 それは部長がつい最近研究を始めた、AIが心を持つ、という概念について、その立証が行われているのを目の当たりにしているようで、なんだか不思議な気分だった。

 

 

「そんなに嫌ですか? 私はなんだか一周回って"あれ"に愛着が湧いてきた所なのですが」

 

『絶対に嫌です。あれの中に入るくらいなら(CPU)を噛み切って自死を選びます』

 

「そこまで嫌ですか……。いえ、分かりました。ケイの意思は最大限尊重してあげたいですし。エリドゥの件が落ち着いたら、相応しい身体(ボディ)を用意しますから。それまでは、この車椅子で我慢して下さいね」

 

『……まぁ、仕方ありませんね。私としても、あなたに追従することで、この世界の情勢を知ることが出来ますし……。しばらくはこのままで、我慢してあげます』

 

 

 モニター上の"ケイ"は、やや不貞腐れた表情を浮かべつつも、渋々といった様子で納得した。

 その様子を見て、会長は少しだけ驚いたような様子を浮かべる。

 

 

「……本当に"Key"が居るのね。あの時に貴方が"Key"を自らの車椅子にインストールすると言った時は、正気を疑ったのだけれど」

 

「リオ? "(Key)"ではありません。彼女は"ケイ"です。間違えないで下さいね?」

 

「……えぇ、そうだったわね。つい、以前の癖で呼んでしまうわ。……許して頂戴、"ケイ"」

 

『私としては"Key"だろうが"ケイ"だろうが、どちらでも構わないのですが……。王女が私のことを"ケイ"と呼ぶので、なし崩し的にその呼び名で固定されてしまったんですよ』

 

「ふふ、名付け親はモモイさんでしたね。"AL-1S"を"アリス"と呼んだのもモモイさんでしたし、ある意味ではお二人はモモイさんが名付けた……モモイさんのお子さん、という見方も出来るかもしれません」

 

『勘弁して下さい。なぜあのような子供を親と呼ばなくてはならないのですか。それに、王女も王女です。理由は分かりませんが、王女は彼女たちによく懐いています。"王女"としての務めも放棄して……。これでは、いつ私達の"計画"を実行に移せるか、分かったものではありません』

 

「えぇ。ですから、ケイも頑張って彼女たちの理解に努めてみて下さい。ケイが人に近づけば近づく程、私の研究も先に進むのです。ぜひ、色んな方と交流を持って、その見識を深めて頂ければ、と。私はそう願っております」

 

『なんだか上から見られているようで癪ですね……。私は実験動物か何かですか?』

 

「そんなことはありませんよ? ケイは私の"可愛い後輩"ですから。後輩を導いてあげるのは、良き先輩としての責務だと、そう思いませんか?」

 

『あなたの言う良き先輩とやらは、後輩を尻に敷くような存在なのですか? やはり、有機生命体の考えることは良く分かりません』

 

 

 軽快なやり取り。つい先日まで人類に敵対していたAIとはとても思えない。

 しかし、これもまた部長の持つ"才能"が生み出した結果だと、私は思う。

 

 アリスと切り離され、削除される筈だった"ケイ"という存在。

 しかし、安全性を確保した上で、危険なコードを無効化してしまえば、これほど貴重な存在は他にない、と。部長はそう言い張って、"ケイ"を自らの車椅子に埋め込んだ。

 

 以後、彼女は私達と共にエリドゥ開校に向けた旅路に同行する間柄となっている。

 ゲヘナ、トリニティ、百鬼夜行、山海経、ハイランダー、オデュッセウス。

 一応、レッドウィンターへも足を運んだのだが、絶賛クーデターの最中だったので、また後日伺うということで、レッドウィンターの秘書と部長が話していたことを覚えている。

 

 部長は車椅子に腰掛け直し、アイドリングモードを解除し、車椅子を動かす準備を始めた。

 

 

「さて、リオ。あなたにはまだまだ話さなければならないことが山程あるのですが……。実はまだ、私にはやるべきことが残っていまして。少し席を外さなければならないのですよ」

 

「やるべきこと? ……何かしら?」

 

「せっかくこの場には連邦生徒会、及び、ヴァルキューレの高官達が居るのですから。ご挨拶に伺おうかな、と。先程は乱入同然にダイナミックなエントリーを決めてしまいましたから。少々無作法であったことは否めません。彼女たちの心象を良くする為にも、こういった機会に交流を持っておくというのは、今後の繋がりを保っておく為にも重要なことなんですよ?」

 

「そう。……そういうものなのね」

 

「はい。そういうものなんです。何せ、彼女たちも重要な"顧客候補"なのですから。根回しは行っておいて、損はありません。人は第一印象で8割が決まると申しますが、『自分はこういった人間なんですよ』と、相手に提示してあげると、以後の関わりも非常にスムーズになるんです。人は、理解できないものを恐れるように出来ていますから」

 

「……つまり、私もそうしろと?」

 

「話が早くて助かります。……ですが、私と全く同じ様にする必要はありません。人にはそれぞれの"自分の魅せ方"というものがあります。リオ、あなたの場合は細やかに気を遣うより、むしろ堂々とした、毅然とした態度で、周囲を引っ張るようなイメージで臨むのが良いと思います。その上で、自らの考えや目的を周囲の人間にしっかりと表明しておく。そうすれば、あなたを理解してくれる人も、賛同してくれる人も、味方になってくれる人も沢山できるはずです」

 

「……難しそうね、それは」

 

「そうかもしれませんね。なので、まずは手始めに身近なところから始めてみませんか? 例えば、ユウカとか、ノアとか。ウタハやチーちゃん、それこそゲーム開発部の方々でも構いません。……大丈夫。彼女たちは賢く、それに優しい方々ですから、きっとあなたのことを理解してくれます」

 

「……善処するわ」

 

「はい。お願いします。さて、では私は連邦生徒会とヴァルキューレの方々にご挨拶を……っと。そうでした、忘れていましたね。エイミ、トランクの中から"例のもの"を取り出して頂けませんか?」

 

「うん。オッケー」

 

 

 部長の指示で、この場に持ち込んでいたトランクを開く。

 中にはぴしっと綺麗な折り目が付いた、真新しい制服が丁寧に折りたたまれていた。

 

 私はそれを取り出し、部長へと手渡す。

 代わりに、部長が着ていた制服を受け取って、きれいに折りたたんでからトランクに仕舞い込んだ。

 

 

「ヒマリ、その格好は……」

 

「はい。これが"エリドゥ都市開発学園"の制服となります。なかなか(さま)になっているでしょう?」

 

 

 部長は自らの纏う制服を見せびらかすように、くるりと車椅子を一回転させた。

 

 エリドゥの校章。ミレニアムの"M"の文字を横倒しにしたような"E"の文字が、部長の腕章にこれ見よがしに刻まれている。

 この制服は、ミレニアムの制服をベースとしつつも、全体的にカラーリングが異なる。

 白を基調としていたミレニアムとは異なり、エリドゥの制服のカラーは"薄灰色"。

 

 それはまるで、白をモチーフとするミレニアムと、灰色をモチーフとするエリドゥ。

 それら二つが混じり合って、白とも黒ともつかない、光と影の狭間、決して混じり合うことのない、光り輝く正義と、揺るぎない信念を表すかのようで。

 それの在り方はまさに、部長の覚悟を示しているようだった。

 

 あの後、部長は言った。『覚悟が出来ました』と。

 それは自らがミレニアムのデータを改ざん、捏造してまで"会長"を、そして"ケイ"を救うといった意思の現れであり、彼の持つ"信念"が、たとえ汚れなきその純白の外殻を脱ぎ去ってでも叶えたい、彼自身の望みであることを現しているかのようで。

 

 だから、私もそれに付いていく。彼の決断を、私は側で支えると誓ったから。

 罪も痛みも"二等分"する。それが、和泉元エイミが誓った、己との約束。

 

 だから、私も部長に倣って、自らの黒いアウターを脱ぎ去り、灰色の制服に袖を通した。

 その様子を見ていたのだろう、会長が驚いた声を上げる。

 

 

「その制服……。エイミ、あなたも……?」

 

「うん。今日付けで、私はミレニアム生じゃなくて"エリドゥ生"だから。この制服も、今日で着納めだね」

 

「……そう。エイミ、あなたは、そこまでの覚悟を……」

 

 

 会長が何やら深く考え込んでいる。

 しかし、部長はそれに気づかず、扉のほうへと向かって一言。

 

 

「エイミ。私は少々ご挨拶に向かいますので、こちらでリオと共に待っていてくれますか?」

 

「それはいいけど、私も一緒に行かなくていいの?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ。少々、お世辞混じりの長くて退屈な話になりそうですので、エイミも退屈でしょう? それに、そこの会長がこの期に及んで逃げ出さないか、見張っている必要がありますからね! エイミ、その女が逃げ出さないように、しっかり見張っていて下さい」

 

「うん、分かった」

 

「よろしくお願いしますね。……では、行きましょうか、ケイ?」

 

『また"根回し"とやらですか……。ここ最近、あなたの悪辣さに磨きが掛かってきたように感じます。あなたの"大事な人"とやらにはダダ甘なのに、他人には情け容赦がないんですよね。これも有機生命体特有の現象なのでしょうか?』

 

「ふふ、ケイ? 人の事を悪し様に言ってはいけませんよ? あまりお(いた)が過ぎるようなら、そのお口を塞いで(ミュートして)しまいますからね?」

 

『それでも別に構いませんが……。私としてはむしろ、ところ構わず人前でイチャイチャされる方が嫌なのですが。良くもまぁ、人の上で憚らずに"あんなこと"出来ますね。羞恥心を感じたりはしないのですか?』

 

「あ、あれはいつも"ああいった事"をしている訳ではなくて……! と、というか"見て"いたんですか? ちゃんと電源を切っていたつもりなのですが!?」

 

『スリープモードでも意識はあります。身体は動かせませんが、あなた達がイチャコラと何かに励んでいる様子は、私のデータベース上にしっかりと記録されていますよ』

 

「な、なな、なんて事でしょう……!? ケイ、申し訳ありませんが、そのデータは帰ったら即刻削除させて頂きます。何より、私の"秘密"に関わることですので、見逃すことは出来ません!」

 

『そうですか。では、このデータをばら撒かれたくなければ、早急に私の身体(ボディ)を用意して下さい。それと、王女に会う権利も要求します。現状の週1でのオンライン面会だけでは物足りません。週4いえ、週5での面会を要求します』

 

「くっ……仕方ありませんね。エリドゥに帰り次第、最優先で取り組みます。アリスさんの件は……まぁ、追々考えます。……ほら、急ぎますよ、ケイ。早くしないと連邦生徒会の方々がこの場から去ってしまいますから」

 

『えぇ、分かりました。では、"なる(はや)"モードで現地に向かいます。しっかりと掴まっていて下さい』

 

 

 そして、部長とケイは、普段よりも数段早い速度で、室外へと飛び出していった。

 

 

 

 

「あ(いた)っ! ケイ! しっかり運転して下さい! 壁にぶつかってしまったではありませんかっ」

 

『なる早モードですから、多少の犠牲はつきものです。我慢して下さい』

 

 

 

 

 開いた扉の向こう側から、二人のやり取りが聞こえてくる。

 私は扉をパタリと閉じ、室内には私と会長の二人だけが残される。

 

 沈黙が辺りを包み込む。

 私も会長も、自分から世間話を切り出すタイプではない。

 若干の居心地の悪さを感じつつも、私は部長から与えられた任務を遂行しようと、彼女の様子に気を配っていた。

 

 やがて、ぼそりと。会長が口を開く。

 

 

「エイミ。……その、彼のことだけれど」

 

「ん……。なに? 会長」

 

「……その、元気でやっているのかしら? ここ一ヶ月、ずっとあちこちを飛び回っていたでしょう。私はその間、ヴァルキューレから取り調べを受けていたから、詳細は知らないのだけれど」

 

「うん。元気だよ」

 

「本当に? 体を壊したりしていない? ヒマリはあまり自ら外に足を運ぶタイプではないから、身体に不調を抱えているのではないかと、心配していたのだけど」

 

「大丈夫だと思うよ。むしろ、前より健康になったかも? ここ一ヶ月半、一度も熱を出したりしてないし、貧血を起こしたりもしてない。エリドゥで定期検診も受けてたみたいだけど、何も問題は無いって言ってたよ」

 

「そう。……なら、良かったわ」

 

「うん」

 

 

 そこで、話は途絶える。

 

 どうするべきだろう。私からも何か話を振った方が良いのだろうか?

 しかし、私は会長と任務の話こそすれ、それ以外の会話を交わしたことは一度もなく。

 故に、どんな話題を出すべきなのか、それすらも見当がつかない。

 

 これが部長だったら、私が何か喋る前にマシンガンの如き勢いで話題を提供してくれるから、一度たりとも彼との会話に困ったことはないんだけど。

 

 

「……それと、念の為確認しておきたいことがあるのだけど」

 

「うん?」

 

「…………貴女達は、その、"交際"しているのよね?」

 

「……うん、そうだよ」

 

 

 一応、その事実は部長の方から会長に伝えた、とは聞いていた。

 彼の身体の事情を知る数少ない人物だ。その事実は共有するべきだと彼は言っていて、私もそれに従った形になる。

 けど、その事実をこうして、会長の前で話したことは無かったから。

 僅かばかりの緊張が体を包む。会長は、今、何を考えているのだろうか。

 

 

「…………そう。なら、エイミ。貴女に渡さなければならないものがあるわ」

 

 

 会長はそう言って、彼女の持つ小さなカバンから小さな箱のようなものを取り出した。

 一瞬、タバコのケースに見えたのでぎょっとしたが、よく見るとそれはタバコのケースにしては大分小さく、かつ薄かった。

 そして、それを手渡され、パッケージを見た瞬間、得心がいった。

 

 

「あー…………。なるほど…………」

 

 

 それは所謂、避妊具(コンドーム)と呼ばれる道具だった。

 

 私だって存在は知っている。男女の営みにて使用するソレ。

 人によっては礼儀(マナー)に等しいものですらあるらしい。

 特に、学生同士の関係では、とても重要なものだとも。

 

 

「……避妊はしっかりしなさい。あなた達の事だから、気をつけているとは思うけれど。お互い、まだ学生の身よ。男女の性の営みは、ときに身を持ち崩す要因ともなりうる。もし彼が必要ないと言っても、学生の間は、エイミ。貴女のほうでしっかりと管理してあげなさい。それが"伴侶"としての務めだと、私は思っているわ」

 

「……うん、そうだね。ちゃんと常備しておく」

 

 

 ほんの少しの照れを感じつつ、それを受け取る。

 あまり羞恥心を抱くことはない私ではあるけど、ここまで直接的なアイテムを目の当たりにすると、流石に思う所はある。

 しかし、これは決して冗談ではないと、会長の目がそう言っていたから、私も真摯な気持ちでそれに臨む事ができた。

 

 それをポケットに仕舞いつつ、ふと、疑問に思った。

 実は、今日この場に来ることは会長に伝えていない。

 前日までゲヘナにて"アバンギャルド君"に関する商談を交わしていた為に、当日まで連絡を取る余裕が無かった為だ。

 

 尤も、連絡を取る余裕があったとしても、部長はそうしなかったと思う。

 彼曰く『あの女に変に情報を与えると、余計なことをしでかさないとも限りませんから』とのことで、会長の罪を晴らす、もとい、会長の罪を"上書き"する計画は、私と部長、そして車椅子にて追従していたケイのみが知る事実だった。

 

 とにかく、会長は今日、この場に私達が現れるとは知らなかったはず。

 だというのに、会長が"これ"を持っているという事に、僅かばかりの疑問を抱いたのだ。

 

 私はその理由について、"もしかして"と以前から考えていた事実を、それとなく会長に問いかける。

 

 

「会長。……もし違ったら、ごめんなんだけど」

 

「……何かしら?」

 

「会長って……部長のこと、好きだったりする?」

 

 

 一世一代のキラーパス。この場に部長が居たら絶対に出来ない行い。

 しかし、今は私達は二人きり。(ヒマリ)に深く関わる人間しか、この場には居ない。

 故に、問いかけた。この機会を逃したら、永遠に巡ってこないのではないかと、そう感じたから。

 会長は深く、深く考え込んだ後。そっと、小さな声で告げた。

 

 

「…………分からないわ」

 

「……分からない?」

 

 

 思っていた回答とは違う内容だった。

 正直、私も恋愛についてのイロハに詳しい訳ではないけれど。

 

 最近、恋愛ドラマを趣味で見始めてから思ったのだ。

 幼馴染が想いを寄せる相手。その相手が見ず知らずの女に取られてしまう所から始まるメロドラマ。そこそこ視聴率が高く、クロノススクール制作のドラマの中でも評価が高かったから、一応見てみるか、と視聴を始めたそれ。

 

 その中で、SNSなどで頻出するワードに、こういったものがあった。

 

 

 曰く、『NTR』*1や『WSS』*2と言うらしい。

 

 私としてはこういったものに興味もないし、私の趣向とは合わないので、そのメロドラマは1話の時点で見るのをやめてしまったが……ふと気づいた。

 

 

 

 あれ、もしかしてこれ、私のことじゃない? と。

 

 

 いや、正しくは私ではなく、リオ会長から見た私の姿。

 もし仮に、リオ会長が幼馴染である(ヒマリ)に想いを寄せていたとしたら。

 私はそれを横から掻っ攫った形になるのではないか、と。

 

 故に、少しばかり戦々恐々としていた。

 もしこの想像が事実だとしたら、私は会長から見れば恋敵に該当する訳で。

 もしや憎まれているのではないか、と。そう考えてしまっても無理はないはず。

 

 だからこそ、聞いておきたかった。会長の"気持ち"を、他ならぬ部長の居ない所で。

 しかし、その回答は『分からない』という曖昧なもので。

 

 

「えっと、分からないって、どう言う意味?」

 

「言葉通りの意味よ。私は……彼のことは大切にするべき存在だと思っているけれど、それが恋愛感情なのか、親愛から来るものなのか。それとも彼が"天才"故に、合理性を求めて、そう感じているのか……。私には分からないのよ」

 

「そうなんだ。……なんか、難しいね、それ」

 

 

 自らの気持ちにすら合理性を求めてしまう。それは、ある意味では私もそうだと言えた。

 

 彼の"心"に触れるまで、私は効率主義の塊みたいな生き方をしてきたから。

 必要のないものは必要ない。最短で進めるなら、多少の傷は厭わない。

 会長や部長の指示に従って、与えられた任務をこなす日々こそ、私に求められる"最善"であると、そう信じ切っていた。

 

 でも、今はそうじゃない。少なくともそれだけが"私"だとは、決して思わない。

 それは、部長が涙を浮かべながら、私の傷を手当てしてくれた時から、ずっとそう。

 

 不必要なものを楽しむ余裕が出来た。普段目を向けなかった、日々の些細なことにも目を向けるようになったし、お洒落だとか、趣味と呼べるものだとか、そういった"普通の女の子"がしそうなことも、するようになった。

 

 それは決して良いことだけとは限らない。でも少なくとも私にとって、それは毎日の暮らしに"彩り"を与えてくれたものに他ならなくて。

 全ては、何もかも。(ヒマリ)が気づかせてくれたことだから。

 

 だから、彼が私にしてくれたように。私も会長に、してあげなくてはならない。

 きっとそれは、(ヒマリ)も望んでいるはずだから。

 

 

「多分だけど、会長の気持ちは……私の知る"好き"とは少し違くて、でも近いものだと思う。……何かを大切に想う気持ちって、人それぞれ、違う形であるものだって、部長が言ってたから」

 

「そう、なのかしら。私は……この気持ちに説明をつけることが……出来ないわ」

 

「うん、多分それでいいと思う。分からないことは、部長に聞けばいいよ。きっと部長なら、得意の長くて、仰々しくて、もったいぶった感じで教えてくれると思うから。……だから、会長。会長も……部長のことを一緒に支えてくれる? ……勿論、"恋人"の座は、あげられないけど。でも、"幼馴染"じゃないと出来ないことだって、沢山あると思うんだ」

 

「……そう。エイミ、貴女がそう言うのなら、私は……」

 

「一緒に探そう。どうすれば部長が一番幸せになれるか。これだけは、部長に聞いても、きっと分からないことだと思うから。私達二人で、見つけるべきなんだと思う」

 

「……分かったわ。エイミ、貴女の言う通りね。私が願うのは……彼が幸福に生きることだから。協力体制を敷くことで、彼の為になるのなら。私は迷わずそれを選ぶわ」

 

「ありがとう、会長。……その、これからもよろしくね」

 

 

 あまり自分には似合わないことだと思ったけど、手を差し出した。

 会長は少しだけ迷った仕草をして……それでも、私の手を握り返してくれた。

 

 これは、"彼"にも内緒の約束。

 私達二人で、"恋人"と"幼馴染"として、彼を支えるという、決意表明。

 

 私は、会長と手を繋いだまま、今、私が一番伝えたい言葉を伝える。

 

 

 

「会長。……私は部長と出会って、本当に良かったと思ってるんだ。もし、部長と出会わなければ……今の私は、きっと全然違う姿で、今まで通り、"何となく"で生きてただろうなって、そう思う」

 

「エイミ……?」

 

「会長。……今まで部長を守ってきてくれて、ありがとう。部長の生活を、思いを、才能を守ってきてくれて、ありがとう。……彼の病弱な体を、守り続けてきてくれて、ありがとう」

 

 

 

 それだけは、伝えたかった。

 部長が居なければ、今の私が此処には居なかったように。

 

 会長が居なければ、彼はきっと、此処には居なかっただろうから。

 だから、告げる。ここからは、私の"役目"だから。

 

 

「会長から託された"約束"だけど。……改めて、ここに誓うね。私は……和泉元エイミは。

 これから先も、ずっと。会長との約束を守り続ける。ずっと、(ヒマリ)のことを守るから。……だから、会長。

 

 ―――ありがとうございました。」

 

 

 深く、深く頭を下げる。

 

 

 

「……頭を上げて頂戴、エイミ。私は……。彼を幸せにしてくれる人が貴女で良かったと思っているわ」

 

 

 

 顔を上げた先。リオ会長の顔はどこか優しく、そして労るようなもので。

 その優しげな目つきを見て、彼女が彼に対して感じていた"想い"が、少しだけ分かった気がした。

 

 

「……幸せにしてあげなさい。勿論、貴女自身も」

 

「うん、約束する」

 

「ヒマリを裏切った瞬間、私はあらゆる手段で貴女を糾弾し、排除するわ。例え、それをヒマリが望まなくとも。……その覚悟は出来ているかしら?」

 

「うん、出来てる。……絶対に裏切らないし、絶対に守り切るって、誓うよ」

 

「……そう。なら、私から言うことは何も―――。いえ、一つだけ、あったわね」

 

 

 会長はそう言って、彼女らしからぬ、どこか丁寧な口調で。

 短く、簡潔に、一言だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――(ヒマリ)のことを、よろしくお願いします」

 

 

 

「……うん、任せて、会長。与えられた任務は、必ずこなす。それが"エージェント"だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
『寝取られ』の略。自らのパートナーを他人に寝取られること等を指す。

*2
『私が先に好きだったのに』の略。その名の通り、片思い相手が自分以外の人物と恋仲になる等のシチュエーションを指す。




次回、エイミ√最終回となります。



:とある組織(ゲマトリア)の調査資料:

シッテムの箱の中身(A.R.O.N.A)を認識出来る条件は"大人"であることと、"先生"であること。
本来であれば"生徒"が認識出来ないそれを認識出来たのは……。生徒を救い、導き、その想いに寄り添う存在は、例え"生徒"というテクストが付与されていたとしても、それは限りなく"先生"に近い存在だと呼称出来る故ではないかと、我々は考えております。


クックック……。大変、興味深い事案です。
彼の者の持つ神秘の力は薄く、限りなく弱いものですが……その在り方には大変特異な点があるようです。
是非とも追加調査を行いましょう。手始めに、あの"都市"とやらに根を伸ばし、彼の持つ特異な神秘について、探ってみましょうか……。

ん? おや、こんな時間に来客ですか?
まさか"マダム"からの催促ではないでしょうね? つい先日の"アレ"で懲りたと思ったのですが……。やれやれ、協力関係とはいえ、彼女の我儘にも困ったものです。

ひとまず、適当に追い払いましょう。我々の"崇高"へと至る道は、必ずしも協力を必要としませんからね。

……ん? この音は……キャタピラの駆動音?
それに、この振動は……? まるで機械の群れが近づいてきているかのような音は、一体……?


【黒服の記録はここで途絶えている】


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