明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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お待たせしました。
次章、開幕(スタート)です。


(ゼロ)章 『星と月の約束(オルコス)
46.私達の『始まり』(1)



 

 

 クックック……。なるほど。まさか、あのような形で"崇高"に至るとは……。

 

 

 盲点でした。よもや神秘の形を自ら変質させるとは。

 あの者の持つ神秘が希薄に感じられたのは、そういう事だったのですね。

 

 思えば、私があの"物語"から退場を余儀なくされたのも、その特異極まる神秘によるものだったと、今ならば分かります。

 何人たりとも、彼の者の"秘密"を探る事は叶わず。それが可能であった我々"ゲマトリア"は、事前に隔離されたのでしょう。

 

 我々にとって、あの一撃は強烈の一言に尽きました。

 何せ、一時的とはいえ、あの世界への干渉が不可能になる程でしたから。

 神秘を纏ったその一撃は、我々のような"外部"の人間には効果覿面です。

 あらゆる手を尽くしても、それを防ぐことは叶わなかったでしょう。

 

 故に、色彩の襲撃を免れたのは幸運だったのか、それとも彼の者の配慮だったのか。

 今ではその真相は分かりません。今そこにある"崇高"に抗う術など、誰も持ち得ていないのですから。

 我々は認めざるを得ないのです。その存在を、定義を、役割(テクスト)を。

 

 

 かの世界において、我々の存在(ゲマトリア)は不要となった。

 世界の神秘は"全てを知る者"がその手中に収め、神秘を恐怖に反転させる要素(ファクター)を、徹底的に無効化していくことでしょう。

 それがあの者が提唱し、自ら体現した"崇高"の概念なのですから。

 

 

 

 つまり、我々は"物語"において、必ずしも必要としない存在となったのです。

 

 

 

 実に素晴らしい。たった一人の神秘が"物語"を歪める。

 いえ、歪めるという表現は正しくありませんね。

 

 "導く" と。そう呼称するのが正確でしょう。

 

 今までこれを成し遂げた存在が居たでしょうか? 私の知る限り、誰一人として存在しません。

 既に失われてしまいましたが……どうやらあの資料にて示された憶測は正しかったようです。

 

 生徒の想いに寄り添い、その願いに応える存在は……。

 忘れられた神々という役割(テクスト)が付与されていても、それは『奇跡の体現者(先生)』と呼ぶに足りうる存在へ昇華される。

 

 色彩ですら為し得なかったそれを、いとも容易く成就させた彼には驚嘆の念を禁じえません。

 ありとあらゆる形で"崇高"を観測せんと足掻く我々にとって、彼の存在はまさに希望の光と言えるでしょう。

 

 

 

 故に。もう一度"観測"したい。そう願うのは一人の探求者として当然の事。

 

 それがたった一度だけ起きた"奇跡"なのか。

 もしくは再現性のある"事象"なのか。

 

 今一度、見定めてみましょう。

 "過去"を振り返り、可能性の糸を手繰り寄せ、成し得なかった"選択"の、その結末を。

 

 さぁ、見せていただきますよ。

『全てを知る者』。……いえ、あえてこう呼ばせて頂きましょう。

 

 

 

神秘の嚮導者(オムニシエント)』よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『ねぇ、部長はどんな"物語(アーカイブ)"が好き?』

 

『ヒマリ。あなたはどの"物語(アーカイブ)"を選ぶの?』

 

 

 

 

「―――――私が、選ぶのは」

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

" 彼女(エイミ)の体温に触れる。 "

 

 

 

 

 

" 全知として(リオと)の約束を果たす。 "

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

" 彼女の体温に触れる。 "

 

 

 

 

 

" 全知として(リオと)約束(ちかい)を果たす。 "

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 『責任を負う者について、話したことがありましたね』と。

 

 

 彼女はそう()って、困ったように笑っていた。

 

 

 あの時の私には理解できなかったが、今なら理解出来る、とも。

 

 

 子供である"私達"が"大人"になる過程で培っていく、"責任"という名の重り。

 

 

 務めを果たすという"義務"。その延長線上にあった、私の"選択"。

 

 

 それが意味する心延も。

 

 

 

 

 

 これは私が選んだ『(みち)』で、私が為すべき義務であり、責任であると。

 

 

 私は、今でもそう信じている。

 

 

 

 もはや、引き返すことは出来ない。

 

 

 貴方がそうしてくれたように、私もまた、貴方を救わなければならない。

 

 

 この(つみ)も、(とが)も、(ばつ)も、それによって(もたら)された結果も、何もかも、受け入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『あなたを"救う"為なら、全てを失っても、怖くない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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(ゼロ)

約束(オルコス)

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 私、調月リオは。この世に生を受けた瞬間から他者とは異なる面を持っていた。

 

 生まれてからすぐに這って歩く事もできたし、それからすぐに立ち上がり、両親の名前を呼ぶことも出来た。

 子供としては余りにも早すぎる言語の習得。複雑な計算を解き明かし、一度教えられれば読み書きも難なくこなせる。

 

 最初は平仮名だけだったそれが、翌日にはカタカナを、翌週には漢字を。

 ひと月後には複数の言語を巧みに操っていた光景を見て、母は『我が子は天才だわ』なんて、そう大っぴらに近所の主婦仲間に話していたのを覚えている。

 

 足し算や引き算は、もはや勉強をする必要すら無かった。

 まるで私の中に予め存在していたかのように思えたその概念は、すとんと私の中に収まっていて。

 数字、図形、果ては天体の星々の配置に至るまで。この世は数学に満ちており、それらの美しさが、幼少期の私を大いに楽しませ、かつ退屈をさせない、最高の遊び相手だった。

 

 

 最終的に、両親に勧められて受けた知能指数(IQ)テストの結果によって、私が所謂"天才(ギフテッド)"であるということが、社会的に、そして学術的に認められる事となった。

 

 その時の両親の喜びようは、今でも覚えているわ。

 誕生日でもないのにケーキを買ってもらったし、プレゼントには以前から欲しがっていた天体望遠鏡を買ってもらった。

 両親いわく、あまり顔に出して喜ぶタイプの子供では無かったそうだけれど、少なくともその時だけは素直に喜んでいたと、そう言っていたわね。

 

 その時点では、私は自分の将来というものに一切の不安を抱いていなかったし、漠然と"幸せな未来"が待っているものだと、子供ながらの未成熟な考えで、そう思っていた。

 

 

 

 けれど、それは誤りだったと。舌の根が乾かぬうちに知ることになる。

 世界というものは私が思っている程、"優しく"もなければ"正しく"もないのだと。

 そう、思い知ってしまったのよ。

 

 

 


 

 

『ねぇ、今日このあと遊びにいってもいい?』

 

『いいよ! じゃあ◯◯ちゃん家集合ね!』

 

『おっけー!』

 

 

 とある小学校の、他愛のない放課後の一コマ。

 

 放課後の教室は、騒音の坩堝だった。

 椅子を引きずる音、机を叩く音、笑い声や泣き声。

 まるで小さな生き物たちが思い思いに鳴き叫んでいるようで。

 

 クラスの子たちは、遊びの続きを相談したり、ランドセルの中身を見せ合ったりしている。

 誰かが走れば別の誰かも追いかけ、誰かが大声を出せば、すぐにそれに合わせる声が飛んでいく。

 ―――それはとても賑やかで、眩しくて、ひどく単純な世界。

 

 

 私は、教室の隅でその光景をただ見ていた。

 彼女らの笑い声は、私には理解できない数式みたいに聞こえる。

 楽しそうなのに、どこか私には解けない暗号。

 たぶん、私が「答えを出す」より先に、彼らはただ「遊び」を続けていけるからだ。

 

 

 ―――羨ましいな、とふと思う。いや、この気持ちが羨ましいという感情なのかすら、私には分からない。

 ただ、もし。あの子達みたいに、なんの理由もなく笑えるのなら。

 そうすることが出来るのならば、私はこんなにも悩み、苦悩することは無かっただろう。

 

 何も考えずに、ただ子供らしく過ごすということ。

 でも同時に、そんなことは自分には不可能だということも理解していた。

 

 

 

 

 私は小学校低学年という、まだ幼さを強く残す年齢にして、"反抗期"が来てしまったらしい。

 ただ、反抗期と言っても、窓を割って回ったり、飲酒などの不良行為に手を染めた訳ではない。

 それはもっと単純で、しかしそれ故に解決の難しいものだった。

 

 私が"反抗期"に至った理由、それは、"親の言っている事が理解出来ない"、というものだった。

 正確には親だけではない。周囲の人間、全てに該当する事だった。

 それは教師も、同級生も、果ては私の為にはるばるやってきた、"特別な機関"の講師ですら、そうだった。

 

 なぜこのように簡単なことが理解出来ない? と。私は何度も何度も執拗に、丁寧に、論理的に、合理性をもって説明した筈なのに。

 誰にも理解されなかった。新たな理論の提唱も、既存の概念を揺るがす機械(ロボット)の設計図も、不備のある論文の指摘も、何もかも。

 

 全ては「子供だから」の一言で片付けられてしまう。私には、それが我慢ならなかった。

 

 なぜ合理性を追求し、無駄な工程を省く事がいけないのだろう?

 母親の炊事や家事は、私の提唱する新型ロボットで、その全てを賄うことが出来る。

 そうすれば余った時間を別の事に回せるようになる。それは非常に効率的で、合理的なこと。

 

 父親の仕事は、AIによる自動化とマクロ化の徹底により、その業務の90%以上を肩代わりさせられる。

 加えて、作業速度は人間とは比較にならない。合理化によって齎される恩恵は計り知れないと、誰もが頭の中では分かっている筈なのに。

 

 しかし、その尽くが『大人』によって否定され、もしくは意図的に無視され、避けられてきた。

 私はそれに納得が行かず、半ば自棄になり、私が入学する筈だった"進学校"を蹴った。

 

 そうすることで、自らを認めない『大人』達に対する反逆の意思になるはずだ、と。

 今になって考えれば、あまりに幼稚なその思考回路は、自分のことながら恥ずかしさを覚えなくもない。

 

 

 ともかく。私は遠く離れた"進学校"への入学を避け、ごく普通の、ありふれた、一般的な偏差値の小学校に入学した。

 いや、ありふれたと表現するには誤りがある。

 

 ここは裕福な人向けの私立の小学校だ。周囲に居る生徒たちは、何かしらの社会的ステータスを持つ親の元で育てられ、将来、重要な役職に就くであろう、いわば"エリート"の巣のような場所。

 あのトリニティ総合学園の"ティーパーティー"にも多くの生徒を輩出しているらしい。見てくれは普通の学校と大差ないが、その中にはしっかりとした"気品"と"知性"が宿っているのだと、長々しい朝礼の中で校長はそう語っていた。

 

 

 私の両親はさほど裕福ではない。ごく一般的な家庭の姿だと、客観的にはそう判断できる。

 私がこの学校に入学出来たのは、私を"評価"した機関が、一般的な学校に入れるには勿体ないと、横槍を入れてきた為だった。

 

 本来であれば多額の入学金、そして卒業するまでにも高額な費用がかかるはず。

 それを"機関"が肩代わりしてくれたらしい。結構なことだと思う。

 

 

 ただ、後にして考えれば、これはこの学校の"パフォーマンス"の一環であり、"天才(ギフテッド)"である私を入学させることで、賞を取るか、または何らか功績を上げさせ、学校全体のブランド力の向上を図る為に用意された、言ってしまえば道化(ピエロ)のような役回りだったと知った。

 

 でも、それでも別に構わなかった。

 何処へ行こうと、私は理解されることはない。子供ながらに、私は諦めの境地に至っていた。

 それは日々の態度にも表れているようで、もう三年生になろうかという時期にも関わらず、私には友達と呼べる存在が一人たりとて存在しない。

 

 

 いや、正しくは"存在しなかった"だろうか。

 今は、居る。たった一人だけ、私にも"友人"と呼べる存在が。

 

 それは授業とは別の場所で行われる、私達だけの"秘密の会議"で出会える相手。

 私が唯一"対等"だと思える人物。そして、私に匹敵する"頭脳"の持ち主。

 

 "彼"だけは、私を理解してくれる。私と対等に話が出来る。

 私が提唱する理論を推考し、反証までしてくれた時は、あまりの嬉しさに思わず彼に抱きついてしまった。私の生きてきた中で、これほどの"喜び"の感情を得た事は、いまだかつて無かった。

 

 あまりにも退屈極まるかに思われた"普通"の小学生としての生活。

 

 周囲から理解されず、また、理解することも出来ない。本来であれば精神的に病んでしまってもおかしくない現状に、彩り豊かな"風"を、生きるための"情熱"を齎してくれた、唯一の存在。

 彼と会う為だけに、私は学校に来ているといっても過言ではなかった。

 

 そういった意味では、私をこの学校に入学させてくれた"機関"。そしてそれを許してくれた両親に対して、感謝の念を抱くべきなのかもしれない。

 

 

 

 

 窓の外では夕焼けが校庭を染めていた。赤く照らされたガラス越しに、きらきらと動き回る同級生たちの姿が映る。

 私はその景色を目に焼き付けながら、ひとり机に頬杖をついた。

 

 この学校は教師がほとんど居ない、"今風"の学校だ。

 授業の大部分はBDによる自習と、時折教師によるオンライン授業で一年が巡っていく。

 

 放課後に教室に残っていても咎められることはない。

 自由な校風なのだ。そういう意味では、あのゲヘナ学園に通じる所がないと言えなくもない。

 

 

 

 

「……そろそろかしら」

 

 

 私は端末を起動し、時計に視線を向ける。

 時刻は既に夕方。もし連絡があるとしたら、きっとこのくらいの時間の筈。

 

 ひたすらに、じっと待つ。

 いつの間にか周囲の喧騒は止み、騒がしかった同級生達の声は、遠く校庭から聞こえてくる木霊のようなものに変わっていた。

 

 やがて、ピコン! と。端末に一つのメッセージが表示される。

 内容を見る必要はない。それが届いたという時点で、私達の間には"意味"が生じるから。

 

 私はランドセルを背負い、やや乱暴に教室のドアを開け、廊下を駆け出した。

 きっと教師が居たら注意されるだろう。しかし、放課後のこの時間に、教師代わりの教育ロボットは居ない。故に、私はそれらに気を配る事なく、全力で廊下を駆け抜ける。

 

 やがて、一際離れた部屋。この広い校舎において、利用する者が一人しか存在しない、"隠れ家"のような教室の扉を開けた。

 

 

 


 

 

「あら、リオ? もう来たのですか? ずいぶん早かったですね。まだメッセージを送って1分しか経っていないというのに」

 

 

 そこには、車椅子に腰掛けた"彼"の姿があった。

 その身体は細く、同年代の子供と比べても明らかに成長が遅い。

 どこか病的に感じさせるのは、彼の持つ肌と髪の色が、一面に塗られた雪原を彷彿とさせるものだったからだろうか。

 ミディアムロングの髪は、民族調なヘアバンドで纏められ、彼の持つ神秘的(ミステアリアス)な印象を殊更に強調しているようにも思える。

 

 まだ小学生だというのに、流暢に発する言葉の節々からは、彼がこの年代においていかに"異質"な存在であるかが見てとれる。

 同級生はおろか、更に上の学年にも、こんなに理知的で、楚々としていて、大人びている存在は居なかった。

 

 彼は私の様子を見て、呆れつつもくすりと笑った。

 

 

「まさか、廊下を走ってきたのですか? ……全くもう。いけませんよ、リオ? 教師(きょーし)達に見られたら怒られてしまうでしょう?」

 

「急いで来たのよ。放課後(ほーかご)の時間は短いわ。私達が同時にいられるこの時間はとてもきちょうよ。その為に多少ルールをやぶる必要があるのなら、私は躊躇(ちゅーちょ)なくそれを実行する」

 

 

 私は全力疾走の為に消費した酸素を補給すべく、肺の機能を目一杯に稼働させ、脳へとエネルギーを送り込む作業に没頭する。

 呼吸を行う度に、脳へと酸素が行き渡っていく。

 そうしているうちに、急な運動により荒いでいた心臓の動きが、ゆっくりと整っていった。

 

 

「まぁ、わたしは怒られる立場(たちば)ではないので(かま)いませんが……。いざ、怒られても、わたしはしりませんからね?」

 

「それでかまわないわ。わたしが勝手(かって)にやったことだもの。……それより、"例の(ブツ)"だけど、どうかしら?」

 

 

 もはや、そんなことはどうでも良かった。

 今日、この日、この時間を、私は心待ちにしていたのだ。

 

 

「えぇ、ちゃんと持ってきましたよ。……ふふ、では "ごかいちょう" です」

 

 

 彼はカバンの中から回路基盤を取り出す。

 透明なカバーに入れられたそれは、今、私が最も必要としていたものだった。

 

 

「約束通り、ミレニアム製の"かいろきばん"です。やや型落ち品ではありますが、それでも既存の製品にも使われているような、本格的なものですよ。授業で使うような玩具(おもちゃ)ではありません。リオはこれが欲しかったのですよね?」

 

「えぇ、そうよ。これがあれば、私の提唱(ていしょー)する理論を実証(じっしょー)に移せる……」

 

「そうですか。なら、良かったです。確か名前は……"アバンストラッシュ君"でしたか?」

 

「ヒマリ、名前が違うわ。"アバンギャルド君"よ。間違えないでちょうだい」

 

「そ、そうでしたね。失礼いたしました」

 

 

 彼はやや目線を逸らしつつ、そう答える。

 そもそもあなたが名付けたというのに、なぜいつも間違えてしまうのだろう?

 あまり名前などに頓着しない私だが、これだけは間違えないで欲しいと、そう思った。

 

 

「それにしても、よく手に入ったものね? 型落ちとはいえ、わたしたちのような小学生には手の届かないものだと思っていたのだけれど」

 

「えぇ。ですので、駄々を捏ねてみました。これが意外と効果てきめんでして。お父様が知り合いを通じて入手して下さったのです。……ふふ、幼稚な作戦だと高をくくっていましたが、中々通用するものですね。これもひとえに私の美しさ、美貌(びぼー)、そして儚さがもたらしてくれたものでしょう」

 

「そう。私には理解できないけれど……。あなたが言うなら、そうなのでしょうね」

 

「えぇ。ですから、リオは私に感謝(かんしゃ)して下さい。何せこの"超天才清楚系病弱美少女"が居なければ、それを入手することは永遠に叶わなかったのですから。さぁ褒めなさい、そして称えるのです、この"明星ヒマリ"を!」

 

「ヒマリ、間違えているわ。あなたは男性なのだから、美少"女"という呼称は誤りよ。正しくは"美少年"と言うべきね」

 

 

 そう。目の前に居る"(ヒマリ)"は女の子ではない。男の子なのだ。

 例えどれだけ麗しい容姿を持っていて、人魚が裸足で逃げる程の美肌を持ち、透き通った色の髪が(なび)き、女神もかくやと言わんばかりの美貌を誇っていたとしても、あくまで明星ヒマリは男性である。

 

 間違いは訂正するべきだが、それを言う度にヒマリは頑なに否定していた。

 だが、今回ばかりは少しだけ毛色の異なる返答が返ってくる。

 

 

「最近、いよいよ他の方からも指摘されなくなってきたんです。最初は悪戯(いたずら)で始めた事でしたが……。なんだか最近、こちらの方が良いのではないかと、考え始めているんですよね……」

 

「そう。私はどちらでも構わないけれど」

 

「実際のところ、リオから見て、どう思いますか? もしこの格好が嫌なら、普段の格好に着替えますけれど」

 

 

 ちらりと彼の姿を見る。

 長袖と長いスカート。ややぶかぶかの袖口から、ちらりと見える細い腕。

 車椅子の上で楚々と振る舞う彼の姿は、どこからどう見ても"美少女"そのもの。

 

 まだ小学生だというのに、大人びた印象を与えるその雰囲気は、まるで子供らしさと大人っぽさが同居しているかのような、どこか背徳的(インモラル)で蠱惑的な印象を抱かせる。

 

 その姿を視界に入れる度に、なぜか胸の奥がムズムズするような感覚に襲われる。

 これは初めて彼と会った時から時折あったことで、こうして彼の水晶のような瞳が私の姿を捉えた時、特に顕著に襲ってくる現象だった。

 

 

「嫌かどうか聞かれても、私には判断しかねるわね。あなたがそうしたいなら、そうするべきなのではなくて?」

 

「……はぁ、あなたに具体的ではない質問をした私がバカでした。そうでした、こういう女でしたね……。こほん、では聞き方を変えますね」

 

 

 彼はわざとらしく、車椅子の正面をこちらに向け、小さくスカートの裾を持って、一言。

 

 

 

「リオ。―――似合っていますか?」

 

 

 

 その服は、元々は私の物だった。

 親から定期的に買い与えられる服の数々。小学校という閉じられた空間で、悪目立ちしないように、それなりに値段の貼るその服は、今は彼が着用している。

 

 結局、その服は私が着ることは無かった。

 ロングスカートというのは動きにくく、合理的ではない。更に言えば、装飾のついた服も好きではなかった。

 そういった服の数々は、それに興味を持ったヒマリの手に渡ることとなった。

 

 彼はお洒落に興味があるらしい。それも、男性用のものではない。女性用のファッションに。

 曰く、自らを綺麗に魅せるのに最も適した格好(ふく)らしい。

 本来の性別とは異なる服を着るというのは、私には理解の出来ない事だったけれど、少なくとも"彼"の場合は、何の違和感も抱かせず、むしろ彼の持つ"楚々とした雰囲気"を高める為のパーツの一つとして、有効に機能しているように思えた。

 

 ファッションに興味のない私でも、それが"有効"かどうかは分かる。

 そしてそれが世間一般の基準からして"綺麗"だと呼ぶに相応しいことも。

 だからこそ、私はあえて言葉を濁さず、ストレートに言い放つ。

 

 

 

「似合っているわ、ヒマリ。とても綺麗よ」

 

―――っ! そ、そぉですか……? ふ、ふふ、なら問題ありませんね。何せファッションカースト最下位(ワースト)系女子のリオが言うのですから、間違いありません。凡そセンスのない、服飾の"ふ"の字も知らないような人間がそう言うのです。誰がどう見ても、文句の付けようもない、私という美少女に相応しい完璧なまでの似合い具合であると。そう判断しても問題ないでしょう」

 

 

 顔を紅潮させつつ、ヒマリ特有の凄まじい早口が解き放たれる。

 毎回思うのだが、この早口であるにも関わらず、内容はしっかりと聞き取れる。

 その滑舌の良さと、透き通るような声には驚かされる。

 

 もし、ロボットに内蔵音源(アナウンス)を仕込むとしたら、彼の声を採用しても良いかもしれない。

 きっと、聞き取りやすく、誰にとっても耳障りではない、小鳥がさえずるように、小川のせせらぎのような清涼感を、聞く人に齎してくれるだろう。

 

 

「ひとまず、これがあれば計画を次の段階へ移行出来る。ヒマリ、あなたにも手伝って欲しいのだけど、構わないかしら?」

 

「えぇ、勿論。ここまで乗りかかった船なのですから、最後まで手伝いますよ。あなたの提唱する"新世代のロボット"には、私も大いに期待していますから。……リオ、一緒に頑張りましょう。わたし達なら、きっと出来ますよ」

 

 

 彼は微笑みを浮かべる。それを目の当たりにすると、私の中にも"喜び"の感情がじわじわと浮かんでくるのが分かった。

 今の今まで、誰にも理解されなかった"理論"の提唱。

 それを完璧なまでに理解し、更には設計図の訂正、細部の修正、さらなる改善案すら見出す事のできる存在。

 

 あまりにも貴重。きっと私の人生において、替え難い存在。

 私にも匹敵する、優秀な頭脳が、私の理論を認めてくれている。

 胸の奥底でバクバクとうるさく鼓動している心臓の音は、きっとそれが理由だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(ゼロ)章、『星と月の約束(オルコス)開幕(スタート)です。



以後の投稿ですが、週2~3を目安に投稿していきます。
ごゆるりとお付き合い頂ければと思います。

なお、開幕から長いので分割します。



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