明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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47.私達の『始まり』(2)


 

 

 それから、数週間も経って。

 

 季節が少しだけ巡って、秋の涼しさが寒気に入れ替わり、空の高さが、空気の薄さが次なる冬の訪れを感じさせつつあった頃。

 『アバンギャルド君』の開発は、予定通り順調に進んでいた。

 

 私は"秘密基地"と化した放課後の教室に、一人。黙々と作業を続ける。

 放課後とはいえ、教室に私以外誰も居ないというのは不自然に感じるかもしれない。

 

 ただ、ここが元は"特別教室"だということを加味すれば、自ずとその理由が見えてくるだろう。

 

 この教室は、彼のように身体が不自由な生徒向けの特別教室だ。

 現状、この学校には彼以外にこの教室を利用する者は居ない。

 それは私達二人の時間を邪魔されることがないという意味で、非常に都合の良い空間だった。

 

 思う存分、作業に没頭出来る。教師たちもこの教室には足を運ぶことはない。

 自宅では出来ないような、機械的パーツの制作や組み立てすら出来る。

 

 何より、ここであれば"(ヒマリ)"に会う事が出来る。

 家庭の都合、そして自らの身体の事情であまり外に出ることの出来ない彼に、唯一、私が接触できる貴重な機会(タイミング)だ。

 

 思う存分、意見を交換したい。

 彼の持つ知識を借り、反証し合い、ときには意見をぶつけ合いたい。

 そうする事で、より良い結果が訪れるという事を知った。一人で考えていた時よりも、ずっと効率のよく、合理的で、類を見ない程に優れた形で議論や論文が纏まる。

 合理性という面では、これ以上にないほど優れている。そういった選択を取る事で、より優れた合理性を得られるのなら、願ってもないことだ。

 

 

 何より、私自身が楽しさを憶えていた。

 まだ見ぬ理論が彼の口から発せられた時、私は"わくわく"が迸りそうになるのを、毎回ぎゅっと堪えている。顔にニヤつきが出ていないか、心配だったから。

 

 今日はどんな奇抜な発想が飛び出てくるのだろう。どんな理論が、法則が、または発想(アイデア)が提唱されるのだろう。

 それを考えるだけで、ここ数年、ただ"居る"だけでしかなかった学校という場所が、花が咲き誇り、情景豊かで、色とりどりな景色が並ぶ『楽しい場所』へと変わっていた。

 

 

 これほど楽しいなら、"幸せ"なら。

 退屈な授業や行事、その他一切合切の面倒事も、仕方のないことだと割り切れる。

 だって、これを終えたら"楽しい時間"が待っているのだから。

 我慢もできるし、する。それすら拒むほど、私は子供でもなければ、我儘でもないつもりだった。

 

 

 ただし、残念なこともある。

 

 今日は彼は来ない。実のところを言うと、ヒマリがこの教室に来られる事のほうが稀だった。

 そもそも、彼は体がとても弱い。故に学校もしばしば休む。

 体調を崩して早退を繰り返す事もしょっちゅうで、その度に私の端末の元に"今日は来られない"というメッセージが届く事が半ば慣例と化していた。

 

 ある時、私から提案をした。

 放課後、来られる時にメッセージを頂戴、と。

 

 こうすれば彼が休んだり、早退したりしたとしても。

 彼の申し訳無さそうな声や、謝罪のメッセージを見なくても済む。

 

 ヒマリが休む度に、次の登校日には決まって『あの時はごめんなさい、リオ』と、どこか後悔の色が滲んだ、悲痛な面持ちを浮かべていたから。

 私は、そんな彼の表情(かお)を見たくはない。

 何より、体調を崩している彼に負担を掛けるべきではないと判断しての事だった。

 

 

 そういう日は、こうして一人で作業を続ける。

 元から一人で作り上げる予定だったものだ。彼の力を借りて大幅に開発スケジュールが短縮したとはいえ、彼が居なくとも、私一人で『アバンギャルド君』は完成させられる。

 

 設計図通りに回路基板が組まれていく。その規律正しい配置、電流の流れ、整ったシステムの形。

 そのどれもが私の知識欲、探求欲、そして自らの手で"次世代の機械"を組み上げているという、高揚感を感じられるはずなのに。

 

 なぜだろう。

 ―――胸の奥にぽっかり風穴が空いたかのような空虚感。

 思えば、ここ一週間は彼の姿を目にしていない。

 

 設計図の不備を指摘し、改善案を捻出し、作業のひとつひとつに茶々を入れてくる。

 その度に私が反論し、訂正し、迂遠な言葉の数々に的を射たような回答をする。

 それが"私達"の日常。私達だけが理解出来る、私達だけのやり取り。

 

 しかし、その光景は、今この場には存在しない。

 

 私の隣には、唯一私を理解してくれる"(ヒマリ)"の姿はない。

 暖房が効いている筈の室内が、やけに寒々しく感じる。

 

 

 

「……もう、冬が近いものね」

 

 

 目の前にある機材から視線を逸らし、窓の外に目をやった。

 空は薄い灰色で、夕陽の光もどこか弱々しく見える。校庭の木々はすっかり葉を落として、枝だけになった腕を寒そうに空へ突き出していた。

 

 放課後の校庭では、小さな生徒達がまだ騒ぎ続けている。声を張り上げて笑ったり、追いかけっこをしたり、寒さの気配なんて気づきもしないように。

 私はただ、その音を背中に受けながら、窓の外の冷えた空の方に心を傾けていた。

 世界が少しずつ冬へ移ろうことを、どうしてか私だけが知ってしまったみたいに。

 

 

「……風邪を引いていないと、いいのだけれど」

 

 

 寒がりなヒマリの事だ。今日のような天気は堪えるだろう。

 厚着の上に更にもこもこのコートを羽織って、それでもガタガタと肩を震わせている光景が頭の中に浮かんだ。

 

 

「そういえば今日は病院ではないと言っていたわね……。リハビリのほうの施設だったかしら」

 

 

 ヒマリの足については、私も詳しく追求したことがない。

 ただ、一度だけ。仲良くなり始めた頃、ふと直球で聞いてしまったことがあった。

 

 

 『どうして車椅子(そんなもの)に座っているの?』と。

 

 

 あまりにも不躾で、失礼極まりない問いかけだった。

 それを聞いた彼は『歩けないからですよ』と、さも何でもない事のように、言っていたけれど。

 

 後でその事を母親に言ったら、珍しく大きな声で叱られた。いや、人生の中で親に怒られた経験は、あれが初めてだったかもしれない。

 

 『身体の不自由な人に、そういう事を言ってはいけない』と。

 それがいかに配慮に欠けた、ともすれば友達を失ってもおかしくない程に失礼で、慇懃無礼な発言だったのか、その時に知った。

 

 特に"友達を失う"という語句(ワード)は、私にとって心胆寒からしめるものだった。

 ようやく出来た初めての友達。もっと言えば、両親を含むあらゆる人間の中で、唯一と言って良い程に、私を理解してくれて、更には私に匹敵する、部分的には凌駕しているであろう頭脳の持ち主。

 恐らく世界中何処を探しても見つからない、貴重で、大切で、替えの効かない存在。

 

 私の愚かな行いで、彼を"失う"という事が、心の底から恐ろしかった。

 それが子供故の無知、無理解、無遠慮から生じたものだったとしても、それが免罪符になる訳ではない。

 その結果、最も"失ってはならないもの"を失ってしまっては、取り返しがつかないから。

 

 

 

 だから、私は翌日。彼の前で誠心誠意、心の底から謝罪した。

 TVニュースで見たように、地に膝と頭をつけ、所謂土下座という姿勢を取って、私の出来うる限り最大限かつ最上位の謝意を見せた。

 それまで私が生きてきた中で、これほどまでに"申し訳ない"という気持ちと"ごめんなさい"という気持ちが、純粋な感情として、胸の奥底から溢れ出てくる事は無かった。

 

 頭を下げるうちに、自分のしでかしたことの重大さに気付き。

 気づけば、目元から液体が零れ落ちている事に気づく。

 

 


 

『あの、リオ? 頭を上げてくれませんか? というか、泣く程の事ですか……? この光景(ようす)、他の人に見られては、相当(そーとー)不味い光景な気がしてならないのですが……? あの、せめて土下座はやめて下さい……人聞き、いえ、"人見"が悪すぎますから……!』

 


 

 

 優しい彼は私の謝罪を受け入れてくれた。むしろ、私の姿勢に対して困惑する色合いの方が強かったようにも思える。

 

 結果として、私達の関係にヒビが入る事は無かった。

 

 

 あの時は恐らく人生で初めて―――産声を上げた時以外は、だけれど。

 

 初めて心から泣いたものだったから、涙を流しながらも困惑を隠せなかった事を憶えている。

 これが所謂、"不安"や"安堵"の感情からくる涙で、自分ではどうしようもない、制御することの出来ない、人間の精神と身体の動作の一部なのだと、嗚咽を上げる喉とは別に、冷静な私が客観的にその光景を眺めていた。

 

 けれど、冷めた目で見る"客観的な私"すら、その存在を維持できなくなるような、衝撃的な出来事もあった。

 

 


 

『……よしよし、リオ。私は別に怒っていませんから。ですから、泣き止んで下さい。私はどこにも行ったりしません。……まったく、これだけの頭脳を持っているというのに……あなたは大きな赤ちゃんですか、もう……』

 


 

 

 まるで幼子をあやすかのように、彼に優しく抱きしめられ、後頭部を小さな手のひらで撫でられたとき。私は自らの意思に反して、自分の身体が"幸福を感じている"ことを認識した。

 

 彼の細くて小さな、男性とは思えないような、しなやかな指が私の頭部を撫でる度に、得も知れぬような、ゾクゾクとした感覚が腰の奥底から生じ、やがて背中から首筋へ、そして脳へと流れていく。

 それは生きてきた中で凡そ初めて感じた、もっと言えば、これまでの人生を過ごしてきた中での、最大級の"幸福感"の、その発露だった。

 

 

 彼の薄くて平たい胸に顔を押し付け、彼の持つフローラルで優しい石鹸のような香りが鼻腔を通り、目の後ろ側を通ってから脳へと行き渡り、じんわりと、細胞の隅々まで染み渡るように彼の"要素"が広がっていく。

 

 目の前の(ヒマリ)に物理的にも、精神的にも包まれているという状況(シチュエーション)

 それが、初めて得た『バチバチと迸るような感覚』と融合し、私の身体を表面から、奥底へ。

 ゆっくりと、けれど決して止まることはなく、深く深く、侵食していく。

 

 

 その瞬間、私は概念として、言葉としてしか知らなかった"幸せ"という感情を、自らの身体で、精神(こころ)で、彼との肉体的接触という直接な形によって、思い知らされることになる。

 

 きっとそれは、親の愛というものを受け取らず……いや、受け取るどころか、自ら拒絶していた私にとって初めて感じた『愛情』に近いものだったのだろう。

 

 無から生まれ、迸った感情。

 原初から存在すると言っても過言ではないそれは、あまりにも強烈で、本能的で、抗い難く、ともすれば劇物と呼んでも差し支えないような、危険で、背徳的で、蠱惑的な"未知"だった。

 

 

 この"未知"の正体を探りたい。

 本能的に生じた知識欲を、どう発散すればいいのか。

 様々な知識を吸収して来た私だったけれど、これに対する回答は今も得られていない。

 

 結局、あの時は流されるまま、何の行動も起こすことができなかった。

 (ヒマリ)は、私が泣き止むまでの数分間、ずっとそうしてくれていた。

 ただ、それによって得られた"解釈"は存在する。

 

 

 それについては、また追々、機会があれば、口にすることもあるでしょうね。

 

 

 

 以後、私は彼の身体の事情に触れたことはない。

 触れたとしても、それは彼の病弱さを勘案しての事であって、風邪に気をつけなさいだとか、手洗いとうがいは欠かさずにしなさいといった、ごく普通の指摘だけ。

 

 それを言う度に『あなたは私の母親ですか』と嫌そうな表情(かお)を浮かべていたけれど。

 こればかりは口酸っぱく言わざるを得ない。彼が学校を休む度に、私の心中は穏やかではなくなるのだから。

 

 

 とはいえ、彼自身も自らの身体の事情に思う所もあるらしい。

 定期的にリハビリ用の施設に通い、歩くためのトレーニングを行っていると、そう語っていた。

 

 

 


 

『超天才清楚系病弱美少女ではありますが、これで立って歩けるようになれば、私は次のステップ……そう! "超天才清楚系完璧(パーフェクト)美少女"へ昇華出来るのです。ふふ、リオ、怖いですか? 私が究極的かつ健康的な美を手に入れてしまうことが……! これこそまさに、"立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花"と呼ぶに相応しい、完璧な存在になれるのです。道行く人々をその美貌で振り返らせ、世界中を私の知と美によって平伏させる、偉大なる計画の、その序章となるのです! ……リオ? 聞いていますか、リオ?』

 


 

 

 相変わらずのマシンガントークと共に、そう語っていた。

 

 一応、何処で訓練(トレーニング)を行っているのか聞いたことがあった。

 私は詳しくは無かったが、世間ではそれなりに有名な、超一流の施設らしい。

 

 所謂『VIP』が使うような、設備もサービスも行き届いた、最高級の施設にて、週1~2回程、そこに赴いてはリハビリないしトレーニングを行っていると、彼は言っていた。

 

 病院とリハビリ施設の往復だけでも、それなりに体力を使うはずだ。

 それに加えて、こうして私と共に"秘密基地"へ赴き、その冴えわたる頭脳を遺憾なく発揮してくれていることには、感謝の念しかない。

 

 

 あの時は、私自身の無理解から"あんなこと"を言ってしまったけれど。

 今では心の底から、強く想うようになった。

 

 

「……ヒマリが自分の足で、立ち上がれるようになれば良いのだけれど」

 

 

 それは、彼自身の"願い"でもあり、私自身の"祈り"でもあった。

 もし、彼の身体の事情が改善し、歩けない足も治り、病弱ではなく、普通の人と大差無い身体に回復すれば。

 

 私達の間にある"障害"は全て取り払われることになる。

 こうして放課後の限られた時間にしか会えないという状況も、彼のスケジュールの多くを占める病院や関連施設の行き来も、何より彼自身を苦しめる"病弱"という(やまい)も、何もかも解決する。

 

 

 もし、彼が"普通"の生徒だったとしたら。

 私達は、どう"変わっていく"のだろう。

 

 

 多分、今まで通りの関係が続くと思う。

 こうして放課後に集まり、休みの日にはレンタルした工房を、お小遣いの許す限り、時間いっぱいを使って、あぁでもない、こうでもないと試行錯誤をして、先進的かつ前衛的(アバンギャルド)な何かを、他ならぬ私達の持つ才覚によって作り上げていくのだろう。

 

 時には世間一般の生徒たちがするようなことに手を出してみても良いかもしれない。

 私には良さが分からないけれど、同級生たちはよく帰りに"買い食い"なる行為をしながら、帰路につくということを、休み時間、彼女たちの他愛のない会話から、その情報を得ていた。

 

 私一人では到底する気にもならない。放課後、用事が無いのであれば速やかに帰宅するべきだし、学校の規則にもそう記されている。

 

 だというのに校則を破り、そのような行為に手を出すということは、それに相応する程の"見返り(リターン)"があるのかもしれないと、私はそう予想した。

 

 それを彼と共に検証し、実践し、お互いの感じた所感を話し合い、それによって得られる結果を議論しても良いだろう。きっと、お互いの論が飛び交い、白熱し、意義のある結果に至るはず。

 

 "未知"を"既知"に変えていくことの喜びは、私達の中で共通した"概念"だ。

 これがあったからこそ、私達は繋がりを持ち、お互いが"対等"であると認め合える、そのきっかけとなったのだから。

 

 それに、まだまだやりたいことは数え切れないほどにある。

 "アバンギャルド君"の他にも、作りたいものが沢山あるし、その為に彼の力を借りたい場面も、多数出てくるはず。

 

 彼の提唱していた"新型AI"の完成も楽しみだし、それを自らのロボットに搭載出来るのならば、更に飛躍的な性能の向上、そして余剰スペースを用いて更なる機能化を図れるはず。

 

 

 

 ―――何より。(ヒマリ)が隣に居続けてくれる限り、私は生まれてからずっと感じていた『孤独』を、忘れていられる。

 

 

 だからこそ、私は強く願うのだ。

 

 

「……次にヒマリが来てくれるのは何時(いつ)かしら。次はもっとすごいものを、見せてあげられるのだけれど」

 

 

 そう、小さく呟いて、私は目の前の作業に再び没頭し始める。

 

 夕方の、太陽が少し沈みつつあるオレンジ色の陽光に照らされ、未だ誕生していない目の前の『アバンギャルド君』の機体(パーツ)の一部が、きらりと反射光を放っていた。

 

 


 

 

 どれほどの時間が経っただろう。

 

 窓の外に沈みかけた太陽は、もう校舎の影に隠れかけていた。

 教室の床に伸びる光は橙色から灰色に変わりつつあって、時計の針も、いつのまにか「帰らなければならない時刻」を指している。

 

 

「……少し、熱中しすぎたようね」

 

 

 自由な校風とはいえ、流石に下校時間を過ぎて校舎に残っていれば、教師たちから叱られてしまう。

 私自身はそれに恐れを抱くこともないし、多少であればルールは破っても良いと考えているけれど、それが出来ない事情もある。

 

 この教室はヒマリの為の場所。そこに本来であれば関係のない私が居るというのは、あまり褒められた行為ではないはず。

 加えて放課後遅くまで残っていると知られたら、最悪の場合、立ち入り禁止にされてしまう恐れがある。それだけは回避しなくてはならない。

 

 故に、私達は下校時間の10分前には、いかなる事情があろうとも作業の手を止め、帰宅するという約束(ルール)を定めていた。

 このルールを守っている限り、校則には違反していない。教師たちに何かしらの難癖を付けられたとしても、私は論理的に反論し、『正しさ』を証明することができる。

 

 逆に、それを破ってしまえば、糾弾されるのはこちら側になってしまう。だからこそ、私は時間厳守、一分足りとも遅れを許さず、厳密なスケジュール調整のもと、作業計画を練っていた。

 

 

 ただ、それでも"例外"は存在する。今日がまさにそう。

 時計を見ると、既に下校時間の10分前だった。

 私は急いで組み上げ中の『アバンギャルド君』を片付け、帰路に着く用意を始める。

 

 10分もあれば、お釣りが来る。元々、安全を見計らってセーフティ込みで勘案した帰宅時間のルールだ。少々の時間超過(オーバータイム)であれば、問題なく対応出来る。

 

 

 全てのパーツをランドセルに仕舞い込み、忘れ物がないかをチェックし、教室の扉を開ける。

 ここまで、およそ1分。全く問題のない、完璧な撤収作業だった。

 

 しかし、それは思わぬ事態によって、中断させられることとなる。

 

 開いた扉の先に、見覚えないない、私より小柄な生徒が立っていたからだ。

 勢いよく扉を開けたものだから、お互いがお互いの姿を視認した瞬間、驚きの声を上げてしまう。

 

 

「きゃっ……!」

 

「おっと……! すまない、驚かせてしまっただろうか?」

 

 

 とん、と。軽く身体がぶつかる。ただ、本当に軽くだった為、どちらかが体勢を崩す事もなければ、痛みを伴うような激しい激突でもなかった。

 

 私は、目の前の小柄な生徒の姿を確認する。

 

 

 少なくとも、この学校の生徒ではない、と。直感的にそう思った。

 それが彼女の纏う雰囲気が、この学校には似つかわしくない……どこか"空の上"の人物のような、浮世離れしていて、世俗を知らず、テーブルの上で紅茶を嗜んでいそうな上品な佇まいが、そのひとつひとつの動作から見て取れたから。

 

 一瞬だけ 「ヒマリみたいね」 と、そう思った。

 いや、細部は全然異なるが、纏う雰囲気というか、楚々とした外見と、少しだけ病弱そうな細い体が、同じく病弱なイメージを抱かせるヒマリの像と重なって見えただけかもしれない。

 

 薄い金色の頭髪に、ぴょんと大きく跳ねた狐のような耳。

 長く伸びた尻尾の先には、可愛らしいデザインのリボンが控えめに主張している。

 

 私がまじまじと、その姿を見つめていたからだろう。彼女はその視線に気付き、小さくスカートの裾を持ち、礼儀正しいお辞儀をして、告げた。

 

 

「私は百合園(ゆりぞの)セイア。突然の訪問だったが、どうか許して欲しい。何せ、今日この場に来られるかどうかは、半ば運が絡むような、不確定な事項だったものでね。礼儀を弁えず、約束 (アポ)を取る暇もなく、こうして君の前に姿を現し、あまつさえ驚愕させてしまった事については、後ほど、場を改めて謝罪させてもらうよ」

 

「……謝罪は必要ないわ。それより、この場所に何の用かしら?」

 

「ふむ、存外に冷たい対応だね。まぁ、それも無理はない。私達は"初対面"なのだから、いきなり来ておいて何を言っているんだ、と思うのは当然の事だろう」

 

 

 百合園セイアと名乗るその少女は、手の先まで隠れるような独特なデザインの袖を口元に持っていき、少しの逡巡を抱いたような表情を浮かべていた。

 

 

「とはいえ、これは緊急事態に相応する事なんだ。多少の無礼は許して貰いたい。それに、これから伝える"情報"は、きっと君にとって最も重要で、枢要で、決定的かつ致命的な『喪失』を避ける為に必要な"助言"だと、私はそう思っているんだ。……だからこそ、こうして無理を押して、この場に足を運んだのだからね」

 

「……助言? あなた、一体何を……?」

 

「いいかい、良く聞くんだ。これを伝えられるのは今しかない。これから私達は長期間……そう、本当に"長い間"、接触不能になる。それは私が見た"予知夢"の中ではっきりと知り得た、確定した"未来"で、覆しようのない"要素"の一つだ。だから、初対面の、怪しい女の言葉だと思わずに、どうか真摯に受け止め、可能であれば対応策を練って欲しい。……君なら出来ると、夢の中の"天才"は断言していたからね。私はそれを信じることにするとも」

 

 

 本来でれば、初対面の、恐らく同い年か一つ下くらいの小さな生徒の言う事など、聞く必要などない。

 けれど、彼女の眼差しは真剣そのもので、その口調からはヒマリのような"知性"を感じさせるものだったからだろう。

 

 私は見ず知らずの生徒……"百合園セイア"の言葉に、耳を傾ける事にした。

 

 

「……あまりに唐突で、信頼性に乏しいけれど、聞くだけ聞くわ。私に何を伝えたいのかしら?」

 

「ふむ、では、落ち着いて聞いてくれ」

 

 

 "百合園セイア"は、小さく息を吸って、目を閉じた。

 やがて、何かを決心したかのような表情を浮かべ、短く、けれどはっきりと、その言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままでは”明星ヒマリ"の(ヘイロー)は失われる。それも、近い未来のうち、確実に。……調月リオ。君はその"破滅へ向かう未来"を、退けるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本編終了後の追加エピソードは誰がいい?

  • 和泉元エイミ
  • 調月リオ
  • 各務チヒロ
  • 才羽モモイ
  • 才羽ミドリ
  • 花岡ユズ
  • 天童アリス
  • ケイ
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