明星ヒマリ男の娘概念   作:めのこん

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※子供口調のままだと読みづらさが限界を迎える為、表現上では通常の喋り方となっております。
 脳内で補完して頂ければ幸いです。



48.私達の『始まり』(3)


 

 

「何を……言っているの?」

 

 

 耳に届いた言葉は、あまりに唐突で、理解するより先に胸の奥を凍らせた。

 ―――ヒマリの命が危ない?

 その響きが、頭の中で何度も反響しては、意味を掴み損ねていく。

 

 

「冗談を言わないでちょうだい。……第一、見ず知らずのあなたが、ヒマリの何を知っているというの? ……あなた、ヒマリの知り合いかしら?」

 

「面識はないし、友人でもない。けれど、ある意味では"会った"ことがあるとも言えるかもしれないね。ただ、それは現実という地に足の着く場所ではなく、夢現(ゆめうつつ)での邂逅という、不確かで、曖昧で、漠然とした形の出会いだったと、そう表現するのが正確だろう」

 

「……ふざけているの? 冗談はそこまでにしておきなさい」

 

「冗談を言っているように見えるかい?」

 

 

 冗談だと切り捨てたいのに、口にした相手の真剣な眼差しがそれを許さない。

 彼の命が失われる、というのはどういうことなのか。

 事故なのか、病なのか、それとも―――。

 

 次々に思考が空転し、答えに辿り着けない。あまりにも情報が少なすぎる。

 そもそも、その現実離れした内容の発言が事実であるかどうかすら分からないのに。

 

 それに、悪戯のつもりなら悪趣味が過ぎると思った。

 人の命が失われるなんて事は、例え冗談であっても看過されるべきことではない。

 

 仮に、それが冗談ではなく本気だったとしても。

 なぜそれを知っているのかも不明。それを私に告げる理由も不明。

 なにかもが正体不明(アンノウン)のオンパレード。これで冗談ではない、と言われても、信じる人はごく僅かだろう。

 

 そもそも、(ヒマリ)の存在を知っている人間はそう多くはないはず。

 

 病弱故に、学校へ来る事のほうが稀な上に、こうして特別教室で授業を受けている彼の事を深く知る人間は限られる。

 まして、私達がここで"秘密の会議"を行っていることを知る人間は、私と彼くらいのものだ。

 

 にも関わらず、目の前の少女は私が此処に居るという事を予め知って、接触してきたという。

 それは、とても不自然なことだった。この学校の生徒ですら知らない事を、恐らく他校の人間である彼女が、なぜ把握している?

 

 不可解な事が多すぎる。ただの悪戯にしては、手が込みすぎているとも感じる。

 で、あれば。彼女は何らかの"情報"を持っていて、それを私に伝えようとしている?

 

 だが、なぜ? どんな理由で? そもそも、何を企んでいる?

 百合園セイアと名乗るこの人物は、一体何者?

 

 

「私の(げん)に警戒しているようだね。まぁ、無理もない。いきなり会った相手に"友人が死ぬ"など告げられたら、警戒もするし、ともすれば嫌悪感すら湧き出る事だろう。私だって、見ず知らずの他人にそのような事を言われたら、気に障るし、憤懣(ふんまん)やるかたない状態になってもおかしくはない」

 

「……それを知った上で、私に告げる理由。……あなただけしか知り得ない"情報"があると、そう考えても良いかしら?」

 

「ほう、どうやら噂は本当だったようだね。此処には一を聞いて十を知る、本物の"天才"が居ると聞いていたが、なるほど、事実のようだ。俗に言う"話が早くて助かる"というやつだろうね」

 

「胡乱な言い方はやめなさい。……要件だけを簡潔に、かつ過不足なく伝える。それが合理的な"会話"というものよ」

 

「気分を害したならばすまない。どうも癖になっていてね。親がこのように話すものだから、私も釣られて、つい迂遠な物言いをしてしまうんだ」

 

 

 先程は"少しヒマリに似ている"と思ったけれど、どうやら間違いのようだ。

 ヒマリはどちらかというとお喋りな方ではあるが、それでも話の本筋は逸らしたりしない。

 彼の言葉が装飾過多なのは、自らの外見を彩る為の「アクセサリー」のようなもの。

 

 目の前の"百合園セイア"とは違う。こんな煙に巻くような言い方、彼はしない。

 

 私の目つきが鋭くなっていた事に気づいたのだろう。目の前の少女は、ようやく迂遠な物申し方を取りやめ、話の本腰に入り始めた。

 

 

「すまない、話が逸れてしまったね。……では、まず初めに伝えておこう。信じるか信じないかは君次第だが……私は"予知夢"という、ちょっとした異能のようなものを持っていてね。生まれつき、少し先の未来が見えるんだ」

 

「……続けなさい」

 

 

 いきなりオカルトめいた情報が飛び出てきたが、ここでそれを否定しても何の意味もない。

 話の腰を折るようなことはせずに、ひとまず最後まで話を聞くべきだろう。

 

 

「それで、私は夢の中で"明星ヒマリ"と名乗る人物に会った。そして、"彼女"は言った。

『このままでは"私"の光輪(ヘイロー)が失われるかもしれません。リオに……"調月リオ"に、会って下さい。そして、伝えて下さい。"私を助けて"と。』……実際はこれ以上に長ったらしい挨拶が最初にあったのだがね。いかんせんあまりにも冗長なものだったから……覚えきれなかったんだ、なので、少しばかり省略させてもらったよ」

 

「……そう。にわかには信じがたいことだけれど」

 

 

 今の言葉。もしヒマリの事を知っているならば、彼が冗長な自己紹介を好む事は知っている筈。

 故に、百合園セイアが初対面の筈のヒマリの特徴を知っていたとしても、おかしくはない。

 

 だが、一つだけおかしな点があった。彼は"女性"ではなく、"男性"のはず。

 にも関わらず、目の前の少女はヒマリの事を"彼女"と呼んだ。

 

 彼の事を知っているならば、性別だって把握している筈。

 最近はずっと女性用の服を身にまとい、もはや男性には到底思えないような可憐な容姿をしているけれど、彼はあくまで男性だ。

 

 もし、仮に。百合園セイアの"予知夢"とやらが本物だったと仮定して。

 その予知夢は決して万能なものではなく、ある種の"制約"があるのではと、そう考える。

 

 

「一つ確認したいのだけれど。貴女はその予知夢とやらの中でヒマリに会ったのよね? なら、あの子の外見の事も知っている筈だけれど、どうかしら? ……もしかして、姿は見ていない、なんて事はないでしょうね?」

 

「……ふむ、予想以上の明晰さだ。まさかこの言葉だけで、私の"予知夢"が不完全であることに気づくとはね。最近は何かと驚かされてばかりだよ。夢の中に突如表れた"彼女"もそうだけれど、君もね。……本当に小学生かい?」

 

「小学生よ。……何か問題が?」

 

「いや、なに、気にしないでくれたまえ。……ひとまず、先程の問いだけれど、答えはYesだ。私は、"彼女"の姿は見ていない。普段ならばはっきりと見える筈なんだがね。あの時は……色々と例外的(イレギュラー)な事が折り重なっていた。私自身、驚嘆の念を隠せずにいるのだよ。常に何らかの光景を現していた予知夢の中で、何も見えないなんて事があるなんてね」

 

「なら、普段の貴女が見るという"予知夢"は、そうではないということかしら?」

 

「その通り。いつもの"予知夢"は少しばかり輪郭がぼやけることはあっても、その景色や光景は、はっきりと視認出来るものだった。けれど、今回だけは毛色が異なっていてね。私の元に届いたのは……"声"と"光"だけだった。真っ白で、眩く、手で目を覆わなくてはまともに前を向くことすら出来ない、強烈な光輝。それと共に、優しくて、透き通った……そう、本当に透き通った"声"が聞こえてきたんだ」

 

「それが……ヒマリが助けを呼ぶ声だったと? ……あまりにも超自然(オカルト)が過ぎるわね」

 

「私もそう思うよ。しかし、こればかりは信じてもらうほかない。私だって、この言葉だけで何もかもを信じる程、お人好しではないし、正義感に溢れている訳でもない。ただ、その直後に怖気が走るような……未来が広がっていたから。だからこそ、私……は……」

 

「……顔色が悪いわよ。一体どうしたというの?」

 

「…………すまない、大丈夫だ。……ただ、その言葉の直後。私は"燃え広がる都市"を見た。そこが何処かは分からないが……少なくとも、そこには"破壊のあと"しかなかった。それに、その火が世界の全てに燃え広がっていって、やがて何もかもを焼き尽くすような……そんな無惨な光景が広がっていたんだ」

 

 

 その言葉を話す彼女の姿は、まるでつい先程までその場に居て、その光景を見てきたかの如く、怯え、震え、憔悴しきっていた。額には汗が滲み、顔色がみるみるうちに悪くなっていく。

 もし、これが演技なのだとしたら。大した役者になれるだろう。

 

 

「これだけで信じてくれというのは、無理があるのは分かっている。けれど、私の経験上、"予知夢"で見た光景は、必ず現実になる。今まで一度も外れた事がないんだ。だから……私は、あの"恐ろしい光景"を回避する為に、彼女の頼みを聞くべきだと、そう判断して此処へ来た」

 

 

 それを語る彼女の目つきは、幼さを強く残すその顔立ちからは想像もつかない程に、真剣で、真摯なものだった。

 一度だけ、目を閉じて。祈るように、その言葉を口にした。

 

 

「……調月リオ、君だけが頼りなんだ。私には……どうやって"破滅"を回避すれば良いのか分からない。もし、君がほんの僅かでも、いや、私の事は信じてくれなくてもいい。ただ、彼女を助けると思って。今だけは彼女の"言葉"を信じ、手を貸してくれないだろうか?」

 

 

「……貴女の言葉だけを信じるのは、到底無理な話ね」

 

 

 

 予知夢、予言、破滅の未来。

 そのような語句(ワード)は、クロノススクールのゴシップ記事では使い古された創作話(つくりばなし)だ。

 

 やれ世界の終焉だ、やれ太古の呪いだ、やれ大いなる陰謀だ、などと。

 大衆を怖がらせ、不安を煽るやり方は、民衆の精神や民意をコントロールする為に為政者や権力者が行ってきた情報操作(プロパガンダ)に過ぎない。

 

 そして、それを伝聞する為の"異能"の持ち主も、歴史上では掃いて捨てる程、存在したはずだ。

 そのどれもが、不確実で、非科学的な、信頼に値しない存在でしかなかったという事実は既に歴史が証明している。

 

 仮にそのような異能が本当にあったとして、その予知夢が再び的中するかは分からない。

 一度だけ、偶然で当たったとしても、二度、三度と繰り返していくうちに。確率的にいつかは"ボロ"が出るはず。

 

 故に、私は"予言"や"予知"の類を、生まれてこのかた、一度たりとも信じたことは無かった。

 あまりにも不確定で、信じるに値する理由が何一つとして見当たらない、被論理的かつ、非合理的なその言葉の数々。

 

 

 けれど、私はそれらを"無視"することが出来なかった。

 それは、ヒマリの身が危険に晒されているかもしれないという彼女の言葉が、私の脳内を駆け巡る"正しい思考回路"を乱し、非合理的な思考へと誘導させる、ある種の"視野狭窄(トンネルビジョン)"のようなもの。

 

 絶対にありえないとは言えない。もし仮に、予知夢とやらが本当で、彼の身に危険が迫り、その生命が奪われてしまうような"何か"が起きてしまったら。

 

 

 ―――私は、きっと立ち直れないかもしれない。

 

 

 彼を失うという"損失"と"喪失感"に、きっと耐えきれない。

 ようやく見つけた、"対等な友人"なのに。

 同じ目的を持ち、同じだけの頭脳を持ち、同じ喜びを、苦労を、達成感を分かち合える、唯一の相手なのに。

 

 それが、非科学的で非論理的な"何か"によって、奪われてしまうかもしれない。

 それを考えた瞬間、私の脳内は激情にも似た、怒りと焦燥感が混じった、口では言い表せない程の衝動に駆られる。

 

 故に、私は。自らでも説明しようのない"感情"に従って、非合理的なその選択を選ぶ。

 

 

 

「……具体的に、貴女が何を見て、聞いたのかを教えなさい。それら全てを聞いてから、判断するわ」

 

「! ……そうか。すまない、いや、ありがとうと告げるべきだね。しかし、此処は場所が悪い。……もうすぐ下校時間の筈だろう?」

 

「えぇ、そうね。なるべく早く校舎を離れた方が良いわ」

 

「分かった。では、帰路に着きながら話すとしよう」

 

 

 

 私と百合園セイアは素早くその場から立ち去り、校舎を後にした。

 

 

 

 

 

 


 

 

 夕闇が濃紺の空に隠れ、長く伸びる影がじわじわとその形を薄らぎつつある頃合い。

 

 私達は二人、駅へと向かう順路を辿っていた。

 その足取りは軽いとも重いとも言えないもので、時折見かける下校者や退勤者が私達よりも少しだけ速い速度で追い抜いていく。

 

 だが、今はそれで良い。私達は"話"をする為に、こうしているのだから。

 ちらりと、隣を歩く少女に目を移す。

 

 

「ところで、貴女。他校の生徒でしょう? こんな時間まで別の学区に居ても良いのかしら?」

 

「いや、駄目だろうね。そもそも、私の通う学校は大変に規則が厳しくてね。君も聞いたことがあるんじゃないかい? "トリニティ総合学園"の初等部さ」

 

「そう。……なら、なおさらこの場に居るのは不味いのではなくて?」

 

「相応に不味い事だと、そう言っておこう。なにせ、書き置きも何も残さずに飛び出てきてしまったからね。今頃、学園は姿を消した私を探して大騒ぎになっている筈だ。……これでも、多少は"いいとこ"の娘なんでね。このままではヴァルキューレまで捜索に駆り出されないとも限らない。そうなってしまえば、私はしばらく身動きが取れなくなる。きっと、折檻も待っているだろう。私の両親はそういった事には随分と厳しいのだよ。……ふふ、自分で言っておいて何だが、とんだ不良娘も居たものだね」

 

「……なるべく早く送り返すわ。この辺りの土地勘には詳しくないのでしょう?」

 

「あぁ、ご推察の通りさ。それどころか、一人で列車に乗ることすら初めての経験だったよ。問題なく辿り着けて、安堵の気持ちが尽きなかったとも。しかし、改札で駅員に訝しまれてしまったが……。一体、私の何処がおかしかったのだろうか?」

 

「……あなたのような"子供"が一人で列車に乗っていたら、さぞ目立つでしょうね」

 

「おや、そういう君も子供だろう? ならば私達の間にどのような"差異"があると言うんだい?」

 

 

 理由を考え出すときりがない。低い身長、幼い顔立ち、お嬢様然とした佇まい。

 何もかも一人旅には似つかわしくない。ましてや、小学生なのだ。

 ヴァルキューレに補導されなかった事が不思議なくらいだと思う。

 

 しかし、それを丁寧に説明する気は無い。今はもっと重要なことがあるはず。

 

 

「それについて議論する暇も無ければ、付き合う義務もない。貴女は早急かつ正確に、私に貴女の見た"予知夢"とやらの詳細を伝えることに専念なさい」

 

「ふむ、まぁ、そうするのが正解なのだろうね。では、少々長くなるが、私が"視た"ことを余さず伝えることにしよう」

 

 

 帰り道を歩きながら、私は百合園セイアの話を聞き続けた。

 

 まず、『声』が聞こえてきた事。

 その声の主が"明星ヒマリ"と名乗ったこと。

 

 "彼女"が私に対して、助けを求めていたこと。

 そして、その言葉の直後。悍ましい"破壊"の光景が現れたこと。

 

 特に注意を引いたのは、最後の言葉。セイアのいう"破壊の光景"という表現。

 都市が燃え盛り、やがて世界を焼き尽くすという荒唐無稽な情景。

 

 しかし、私の知る中でそのような事が起きるとは到底思えない。

 今すぐに戦争が始まり、世界中が戦火に見舞われるというのならば分かる。

 

 だが、現在の世界情勢は比較的安定している。戦争はおろか、学区間の小競り合いすら起こっていない。

 そもそも、キヴォトスでは銃撃沙汰や爆発沙汰は日常茶飯事。その程度の争いで、都市が、ましてや全世界が焼け落ちるなどという想像は、にわかには信じがたいことだ。

 

 

 だが、それが唯一。"ヒマリ"の命を脅かす可能性のある事項であることも事実。

 

 ヒマリは病弱だが、さりとて余命は幾ばくもない、という程の重い病ではない。

 足が不自由ではあるが、それが直接、彼の命を脅かすような事になるとも考えにくい。

 

 つまり、病死の可能性は限りなく低い。少なくとも、直近の未来に起こり得るとは思えない。

 あるとすれば、"事故死"や"事件"に巻き込まれた場合。

 

 それが先程、セイアが語った『燃え広がる都市』と関係があるとすれば……。

 例えば、火災に巻き込まれ、逃げ遅れて命を落としてしまう、とか。

 

 絶対に無いとは言えない。車椅子がなくては移動出来ない彼にとって、緊急避難の必要がある火災は大敵の筈。

 もし、彼の元に車椅子がなければ。彼が"災い"から逃れる術はない。

 

 光輪(ヘイロー)を持つ私達は、ちょっとやそっとの銃撃で命を落とす事はない。

 だが、火災やそれに伴う有毒ガスの吸引に関しては、私達は無力だ。

 だからこそ、各建造物には必ず防災設備が整えられており、防災を専門とした学園や組織、行政機関が存在するのだから。

 

 やがて、全てを語り終えた彼女は少しだけ咳払いをして、長話にピリオドを打った。

 

 

「これが、私の知る全てさ」

 

「―――そう。……もし、そうなのだとしたら」

 

 

 

 ふと、脳裏をよぎった事があった。

 

 彼は今、病院ではなく、リハビリ用の施設に居るはず。

 であれば、車椅子に乗っていない可能性がある。

 

 それを認識した瞬間、私は胃の中がひっくり返るような悪寒を感じた。

 もし、彼の身に"何か"が起きるとしたら、それは彼が車椅子という、彼の足代わりになるものが存在しない時が、最も可能性が高い。

 

 それは"施設"に居る時などはそうで、訓練(トレーニング)の為に車椅子から降りているであろう、『今』こそが、最もそれに該当する状態だと気づいてしまったからだ。

 

 私は慌てて、携帯端末を手に取る。

 

 

「……? どうしたんだい?」

 

「ヒマリに連絡するわ」

 

 

 メールではなく、電話をかける。

 一瞬だけ感じた、不吉の予感。それが間違いであると、証明したかった。

 

 だが、私の不安とは裏腹に、僅か1コールのうちに、通話が繋がる。

 

 

『リオ? どうしたのですか? 珍しいですね、直接電話を掛けてくるなんて』

 

 

 通話が繋がった事に、ひとまず安堵する。今すぐに彼の身に何かが起きている、ということではなさそうだった。

 考えてみれば当然のこと。予知夢とやらが本当にあったとして、それが今すぐに起きてしまうのであれば、もはやそれは予知夢の意味がない。

 

 

「ヒマリ。今何処かしら?」

 

『? ええと、いつもの"施設"ですが……。それがどうかしましたか?』

 

「そう。……ちなみにだけれど、今日の訓練(トレーニング)はもう終わりかしら?」

 

『えぇ、そうです。もうすぐ迎えの者が来ますので、それを待っている状態です。……あの、リオ? 何かありましたか? 何だかその、様子が……?』

 

「……………」

 

 

 一瞬だけ、考えあぐねる。私が心配しているものを、彼に伝えていいものかどうか。

 

 なにせ、"予知夢"などという荒唐無稽極まりないものが原因だ。

 常日頃、そういったオカルトめいたものを信じないと公言しているにも関わらず、それに怯えて電話を掛けたなどと知られれば、彼は私の事を笑うかもしれない。

 

 しかし、百合園セイアの予知夢が全くの嘘八百であるとも限らない。

 もちろん、可能性としては予知夢が実在する事のほうが低く、信頼に値しない事は明らか。

 

 それでも、私は。一抹の不安を拭いきれずに、半ば"折衷案"にも近い、打開策を打ち出すことにした。

 

 

「……今から迎えに行くわ。いつもの場所でしょう? 待っていて頂戴」

 

『え? ……あの、リオ? それって、どういう―――』

 

 

 そして、通話を切る。彼が無事であると分かったのならば、今はこれ以上会話をしていても意味がないと思ったから。

 

 携帯端末を閉じ、横でじっと視ていた彼女に向かい直り、告げる。

 

 

「……私はヒマリの元へ行く。貴女―――。セイアと言ったわね。あなたの連絡先を教えて頂戴。詳しいことは、後日、改めて聞くわ」

 

「ふむ、連絡先か。……生憎だが、私は携帯の類を持っていなくてね。個人用の番号はないんだ。だから、実家の番号になってしまうが、構わないだろうか?」

 

「それで結構よ。連絡が着くのであれば、どういった形でも構わない」

 

「……連絡が着くかどうかも、少々怪しいがね」

 

「……? どういう意味かしら」

 

「いや、こちらの話さ。気にしないでくれ。……では、調月リオ。どうか、"彼女"のことをよろしく頼むよ」

 

「えぇ。その道を右に曲がってまっすぐ進めば、駅に着くわ」

 

「ご丁寧にどうも。では、私はこれで失礼するとしよう」

 

 

 

 踵を返し、来た道を引き返す。彼の居る施設までは歩いて20分程度で着く。

 既に夕日を照らし出す太陽の姿はなく、確実に門限を過ぎる事は確定だ。

 

 恐らく、両親にも心配させてしまうだろう。だが、今はそれよりも優先するべきことがある。

 

 一刻も早く彼に会い、予知夢による『破滅の未来』とやらが、非現実的で、非論理的な事象に過ぎないと、それを証明する為に。

 

 

 晴れ渡っていた空は、いつの間にかどんよりと雲が重く垂れ込んでいて。

 今にも雨が降りそうな寒空の下、私は自らの足を動かし、駆け出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 遥か遠く後ろで、その光景を見ていた彼女(セイア)は、頭上を見上げ、小さく零す。

 

 

 

 

 

 

「―――おや、どうやら曇ってきたようだね。……ふむ、雲行きが怪しいという言葉があるが、なるほど。言い得て妙だが、全くその通りだ。こんなにも絶望的で、救いのない物語だというのに、なぜだろう。……"彼女"の言葉に、希望を見出してしまうのは」

 

 

 振り返りざま、誰にも聞こえないような小さな祈りが、ぽつぽつと降り始めた雨音と共に、大気に染み入るように紡がれる。

 

 

「……どうか、"彼女"たちのもとへ、あらん限りの"幸福"があらんことを。今は、それだけを願うとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 走る。ただひたすらに。

 

 夕暮れの赤はもう消え失せ、街は沈みかけた夜の闇に呑まれようとしていた。

 冷え切った空の下、ぽつりと落ちた雨粒はすぐに激しさを増し、冷たい針のように肌を叩く。

 衣服は瞬く間に濡れ重くなり、息は白く散り、喉の奥は焼けるように乾いていく。

 

 視界は街灯とネオンの光に滲み、雨粒と汗の区別すらつかない。

 足音は水たまりを叩き、夜の都市を裂くように響いた。

 心臓が破裂しそうなほどに脈打ち、全身が軋む。

 それでも、辿り着かなければならない。

 

 

 "(ヒマリ)"の元へ。荒唐無稽な予知夢とやらが間違いであるという事の、その"証明"の為に。

 

 あの「施設」へ。一秒でも早く。

 ただその想いだけが、冷たい雨よりも強く身体を駆り立てていた。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 

 これだけ全力で走ったのはいつぶりだろう。

 昨年の運動会ぶりだろうか、それとも、徹夜の後、つい寝坊してしまい、彼の元へ遅刻しそうになった、あの時以来?

 

 どちらにせよ、私の身体は既に鉛の如く重く、体力の限界に達しようとしていた。

 それもそうだ。小学生程度の体力で、徒歩20分の道を全力疾走出来るわけがない。

 

 もっとペース配分を考えるべきだった。途中で立ち止まってしまえば、それは"時間的損失(タイムロス)"になり、むしろ効率を悪化させる要因となる。

 

 だが、その無茶苦茶な走りが功を奏したようだ。

 雨で人通りが少なかったのもあるかもしれない。予想よりもずっと早く、目的の場所へと到着できた。

 

 濡れて水滴を零す衣服にも構わず、その施設の扉を開く。

 扉の先は明るいクリーム色のライトに照らされた、エントランスホールだった。

 どちらかというと病院に近い様相を呈している。清潔でどこか品のある調度品の数々が、ここが上流階級向けの施設であるという事をまざまざと実感させた。

 

 そして、部屋の中央。大きな観葉植物のすぐ側に、(ヒマリ)は居た。

 いつも通り、車椅子に腰掛け、私のお下がりの白い洋服にその身を包んでいて。

 それを見た瞬間、私はほっと安堵のため息を零す。

 

 良かった。彼の身には何も問題はない。

 やはり"予知夢"などというものは誤りだったのだと、そう判断に足る材料が揃っていた。

 

 

 しかし、ヒマリにとっては、むしろ安堵の逆だったらしい。

 私の姿を捉えて、ぎょっとしたような顔を浮かべ、大きな声を上げた。

 

 

「リオ? 言われた通り待っていましたが……。……え、リオ? リオッ!? ど、どうしたのですか!?」

 

 

 ずぶ濡れになった私の姿を見て、彼は慌ててタオルを私の頭に被せた。

 ふわっとした石鹸のような香りが、鼻腔をかすめる。

 そのまま彼は、私の濡れた髪を拭く。その最中、ずっと切羽詰まった様子を浮かべていた。

 

 

「ほ、本当にどうしたのですか? 急に電話を掛けてきたと思えば、今度はこんなにずぶ濡れになって……。いったい、何が……? いえ、今はともかく、濡れた服を乾かさないと……! というか、寒いでしょう!? なぜ傘も差さずに、こんなところまで……!」

 

「……このくらい平気よ。何でもないわ。むしろ走ってきたから、少し暑いくらいね」

 

 

 実際、あれだけの全力疾走の直後だ。冷たい雨に打たれていたとはいえ、むしろ体内は火照りの方が強く、寒さなど微塵も感じない。

 しかし、彼は私の言葉を聞いて、むっとした表情を浮かべていた。

 

 

「……あの、普段あれだけ人に向かって"手を洗いなさい”だの"うがいをしなさい"だの"身体を冷やさないようにしなさい"だの、口うるさく言ってきたあなたが、それを言いますか?」

 

「……そうだったわね」

 

「えぇ、そうです。ひとまず、今は私の言う通りにして下さい。本当に風邪を引いてしまいます。もう冬が近いのですから……。できればシャワーもお借りできれば良いのですが……」

 

 

 そう言って、彼はちらりと時計に目をやった。

 時計の横には、この施設のタイムスケジュール表が書かれている。

 そこには、あと数分も立たずにこの施設が本日の業務を終了する時間であるという事が、しっかりと明記されていた。

 

 

「今からシャワールームを借りるのは難しいですね……。そもそも、エントランス以外はもう閉まっていますし。……ですが、リオをこのまま放置しておくわけには……」

 

「別に、気を遣わなくてもいいわ。私は用事があって、あなたの元へ来ただけ。……あなたが心配する必要はないのよ」

 

「……リオ、いい加減、私も怒りますよ?」

 

 

 その口調が、いつになく剣呑としていて。

 彼が本気で怒っているという事が、表情と、語気と、そして纏う雰囲気から察せられた。

 

 

「……はぁ。ひとまず、今はその濡れた服を乾かし、身体を暖める事を最優先に考えましょう。……仕方ありません、ここが駄目なら、一度私の自宅に来ていただいて……。そこで着替えと……それに暖かなお風呂も必要ですね。……お家の人に連絡しなくてはなりません」

 

「ヒマリ?」

 

「ついて来て下さい、リオ。運転手さんが外で待っていますので、一緒に帰りましょう。ここから私の自宅まで、数分とかかりません。今は、あなたに風邪を引かせない事が最優先です。あなたの言う用事とやらも、此処へ来た理由も、後でちゃんと聞かせて頂きますからね」

 

 

 有無を言わせぬ、その物言い。

 彼の手に引かれて、私はそのまま彼の運転手が待つ車へと乗せられていった。

 

 思えば、彼の手に触れたのは、これが初めてだったかもしれない。

 それは雨に濡れて冷え切った私の手の末端と大差ない、どこかひんやりとした感触だけが、私の手のひらの内に、じんわりと残っていた。

 

 

 

 




次回、お泊り回です。


本編終了後の追加エピソードは誰がいい?

  • 和泉元エイミ
  • 調月リオ
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