お嬢様の執事となりまして   作:キラ

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お酒は人を狂わせる

 IS学園には、設立当初から続く伝統のようなものがいくつかある。

 その中のひとつに、『生徒会長は最強であれ』というルールが存在する。これだけなら一風変わったしきたりだなあ、で済むのだが、実際には本当に最強であることを証明するため、『生徒は生徒会長をいつでも襲撃することができ、勝った者は自分が新たに生徒会長に就任することができる』なんて下剋上ルールが追加されているのだ。

 女の子の園である学園が、生徒会長の周辺だけ世紀末仕様に早変わり。仁義なき戦いが繰り広げられる。

 そういうわけで普通の学園以上に大変な生徒会長なのだが、不思議なことに当代の会長は着任して以降ほとんど襲撃を受けたためしがないらしい。

 理由が気になって上級生の子達に尋ねてみたところ、単純明快な答えが返ってきた。

 ――挑む気力も湧かないほど、今の生徒会長は強いからだ。

 

「それでですね、春の身体測定ではウエストが引き締まってバストサイズはアップしていたんですよ。またひとつ完璧なボディに近づいてしまいました」

「うん。よかったね」

 

 その生徒会長は、昼休みに廊下で偶然出会った僕に対して自身のスリーサイズに関する話を自慢げに語っていた。

 異性に向かって恥ずかしげもなく伝える内容ではないと思うんだけど、彼女の態度を見ていると僕の認識の方が間違っているのではないのかと勘違いしそうになってしまうほどだ。

 

「なんだか投げやりな返事ですね。ひょっとして先生は貧乳派だったり?」

「別に大きくても小さくてもかまわないよ。全体のバランスが良ければ」

「なるほど」

 

 しかし、僕のお嬢様などはウエストの変化を僕に語るようなことは一切しない。ミリ単位の変化に対して、ひとりで喜んだり落ちこんだりしている姿をよく拝見する。そんなお嬢様もまた可愛らしい。

 なのでやっぱり、今も身体のラインを強調するように伸びをしている更識楯無さんはちょっぴり変わった子だと僕は判断した。

 

「うーん。どうにも反応が薄いなあ」

「あまり先生をからかわないようにね」

「むう」

 

 彼女のひととなりに関しては周囲の生徒達からよく聞くし、こうして直接話すのも初めてではないのでだいたい把握している。あくまで表面的なものにすぎないけれど。

 基本的に人をいじるのが好きなタイプの子なので、数少ない男である僕もその標的にされているのだろう。

 

「マーシュ先生、もしかして女性からの誘惑に慣れてます?」

「慣れてはいないけれど、そういう経験がなかったとは言わない」

「ワオ、大人ですねー」

 

 オーバーリアクションで感嘆したような声をあげる更識さん。発言がどこまで本気かわかりづらいのも彼女の特徴のひとつで、油断しているとあちらのペースに乗せられてしまいそうになる。

 

「ところで先生。部活動の方は順調ですか」

 

 そして、唐突な話題変更。

 けれど僕は、彼女が最後に必ずこの話を振ることを予想できていた。

 

「前に言った時と同じだよ。みんなが互いに助け合って勉強を重ねている。ちょっとコミュニケーションが苦手な子もいるけど、彼女も少しずつ場の雰囲気に慣れてきてるかな」

「そうですか。新しい部の創設なんて滅多にないから、うまくいっているようで安心しました」

「生徒会長の仕事も大変だね」

「いえいえ。自分が望んでやっているわけですから」

 

 誇らしげに胸を張りながら、彼女は左手に持つ扇子を勢いよく広げる。そこには、『完全無欠』と達筆で書かれていた。抱負か何かだろうか。

 

「君の妹さんも元気でやっているからね」

「……はい」

 

 僕と会った時、彼女はきまってISいじり部のことを尋ねてくる。

 最初に割とどうでもいい話で場を整えてから、何気ない感じを装って話題を切り出すのだ。

 そして僕が簪さんの話をすると、今みたいに顔が若干ほころぶ。

 普段考えが読めない彼女が唯一見せる、わかりやすい反応がそれだった。

 

「では先生。またお話ししましょう」

「うん。午後の授業もしっかりね」

「もちろんです」

 

 最強の生徒会長も、そういう部分はひとりのお姉さんなのだろうか。

 そんなことを考えながら、僕は2年の教室に戻る彼女の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 IS学園での生活が始まって、ちょうど1ヶ月が経過した。

 そこそこ積極的にコミュニケーションをとった結果、生徒とも先生方ともそれなりに親睦を深めることができたと思う。

 特に、同じ1年生の担当で年齢も近いふたり――織斑千冬先生と山田真耶先生とは、職員室での席が近いということもあってよく会話する仲にまで進展した。

 そんな感じで迎えた土曜日の夜。明日は休日ということで、彼女達の行きつけのバーに連れて行ってもらった。

 マスターの男性がダンディな初老の方で、店内の落ち着いた雰囲気も僕好みだった。お酒もおいしくて、3人で談笑しながらどんどん飲んでいった結果。

 

「うー……お星さまがきれいれす~」

「ほら真耶、もう少し力を入れて背中につかまれ」

 

 一番若い山田先生が完全にできあがってしまい、駅まで向かう道は織斑先生がおぶっていくことになった。

 

「大丈夫ですか? 織斑先生」

「ええ。小柄な女ひとりくらいなら、問題ありません」

 

 彼女がしんどそうならば僕が代わろうと考えていたのだが、まったく重そうなそぶりを見せないのでそのまま任せることにした。本来ならば力仕事は男が率先してやるべきなのだが、山田先生もできれば自分の体を男に預けたくはないだろう。

 

「普段はこんなになるまで飲まないのですが、どうも話が弾んだせいで止め時を見失ってしまったらしい」

「楽しんでもらえたのなら、僕の昔話にも価値があったということでしょうね」

「私も真耶も、海外の文化にそう明るいわけではないですから。ヨーロッパの話などは、聞いていて面白かったです」

 

 時刻は午前0時にさしかかろうとしている。商店街にも人影はほとんど見当たらず、静かな時間が流れていた。

 

「また誘ってもらえるとうれしいです」

「こちらこそ。今度は彼女にも、飲みすぎないよう言いつけておきます」

「はは、そうですね」

 

 そこで会話が途切れて、互いに無言になる。

 決して居心地の悪いものではない。バーでたくさん話したから、単純に話題にしたいことがなくなっただけだ。

 それに、僕はともかく織斑先生は寡黙なタイプの人だろうし。

 

「うあー、ん~」

 

 山田先生のうめき声と、織斑先生のヒールがアスファルトを叩く音だけが響く。

 

「………」

 

 なんとなく。本当になんとなく、視線を上にずらした。

 雲ひとつない夜の空に、たくさんの星々が瞬いている。

 子供の頃は、こういう満天の星を見るのが大好きだった。夜になったら自分の部屋の窓を開けて、顔を突き出して上を向く。そんなことをよくやっていた気がする。

 いつからだったろうか。この吸いこまれるような景色を見なくなったのは――

 

「……マーシュ先生?」

「えっ?」

 

 織斑先生の声で、ふっと我に返る。

 いつの間にか僕の足は止まってしまっていて、数メートル先に進んだ彼女が怪訝な顔をこちらに向けていた。

 

「ああ、すみません。ちょっとぼーっとしちゃって」

 

 慌てて小走りで追いつき、軽く頭を下げる。そうしてまた、ふたりで歩き始める。

 

「ひとつ、尋ねてもよろしいでしょうか」

「なんですか」

 

 もう少しで駅というところで、織斑先生が口を開いた。

 

「マーシュ先生は、時々どこか遠くを見ている時があります」

「……そうですっけ」

「ええ。そしてそういった時、ほぼ例外なく……その、ひどく暗い顔をしている。ちょうど先ほどと同じように」

「よく見てますね」

「視力には自信があるので、勝手に見えてしまうんです」

 

 それって視力関係あるのだろうか、という疑問は置いておく。

……しかし、痛いところを突かれた。お酒がまわっている分、織斑先生も積極的に尋ねてきているのだろうか。

 

「何を、考えているんですか?」

「……たいしたことじゃないですよ」

 

 彼女の真っ直ぐな瞳を見ているうちに、自然と僕の口は動いてしまっていた。

 

「ただ、まぶしいなって思うだけです」

「まぶしい?」

「夢に向かって進んでいる子達の姿を見ていると、無性にそう感じるんです。みんな、本当に一生懸命だから」

 

 時々、どうにも感情のコントロールができなくなる時がある。

 

「僕も毎日一生懸命なのは事実です。だけど……」

 

 だけど。

 ……待て。

 僕は今、何を言おうとしている?

 

「すみません。独り言、長すぎました」

 

 すんでのところで、言葉の続きを断ち切ることができた。

 織斑先生の表情が一瞬歪んだが、それ以降何かを追求してくることはしないでくれた。

 その後は再び、言葉を交わすことなく駅まで歩き、電車に乗って学園まで帰った。

 今度の沈黙は、少し心地が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 酒を飲むこと自体は好きだ。おいしいものは本当においしいし、楽しい気分になることもできるから。

 でも、ふとした拍子に心の均衡が崩れかけてしまうのは勘弁願いたい。

 寮に戻って先生ふたりと別れた僕は、そんなことを考えながら自分の部屋に向かっていた。

 

「あ、カズキ。帰ってきていましたのね」

「お嬢様」

 

 1階の廊下を歩いていると、前方にお嬢様の姿が。僕を見つけると、頬を緩ませながら近づいてきた。

 

「ちょうどよかったですわ。少し相談したいことがありますの。今からわたくしの部屋に……」

 

 ところが、僕の前に立ったお嬢様はなぜか途中で言葉を止めてしまった。表情もどんどん硬いものになっていく。

 まさか、僕が何か粗相をしてしまったのだろうか。身に覚えはないが、そうだとしたらすぐにフォローをしなければ。

 

「カズキ。何か嫌なことでもありましたの?」

 

 しかし、お嬢様の反応は僕の予想外のものだった。

 心の内を見抜かれたような気がして、本当に驚いた。

 

「嫌なことはありませんでした。ですが、なぜそのように思われたのでしょう」

「なんとなく、元気がなさそうな顔をしていたので」

 

 ここに来る前に、トイレの鏡でちゃんと表情チェックはしたつもりなんだけどなあ。

 自分が思っている以上に、僕は誤魔化すのが下手なのかもしれない。

 

「何か困ったことがあれば、いつでも言ってください」

 

 不意に両手を握られる。右手も左手も前に持ってこられて、お嬢様の小さな両手に包み込まれるような形になった。

 

「ありがとうございます。お嬢様はお優しい方ですね」

「主人として、使用人の悩みくらいは聞いてあげるのが義務ですから。ノブレス・オブリージュですわ」

「ご立派です」

 

 誇らしげに笑うお嬢様につられて、僕も少しだけ笑みがこぼれた。

 ……うん。もう大丈夫だ。本当にありがとうございます、セシリアお嬢様。

 

「私については心配はいりません。それより、先ほど何か相談がおありのご様子でしたが」

「ああ、そうでしたわ。すっかり忘れていました」

「織斑君がらみのことでしょうか」

「察しが早くて助かりますわ。早速ですが、わたくしの部屋に行きましょう」

「わかりました」

 

 お嬢様の後に続いて、廊下を歩いていく。

 今はこうして、ご主人様に精一杯仕えること、そしていい先生になることだけを考えていよう。

 それで十分、日々は楽しいのだから。

 




一応今回で第一章が終わりです。といっても次章以降もこんな感じのお話が続くわけですが……カズキというオリ主の人物像が、ここまでで大体描けていたらいいなーと思っています。
次回以降は転入組のキャラも登場します。まずはセカンド幼なじみのあの子からの予定です。
物語全体におけるヒロインについてはまだ秘密です。これまでの描写でなんとなく察せる部分もあるかもしれません。

オリ主ものを書くことが少ないためにいつも以上に経験不足が目立つ部分があると思います。が、精進していきたいと考えています。
感想等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。

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