お嬢様の執事となりまして   作:キラ

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織斑一夏調査報告

 人間には感情というものがある。

 怒り、悲しみ、喜び、その他さまざま。どれも人という生き物を構成するうえで重要なファクターとなる。

 その感情の中で、とびきり扱いずらく、正体が見えないもの。それが愛情である。

 家族愛などはまだわかりやすいのだが、曲者なのはずばり恋だ。

 LikeとLoveの境界線はどこにあるのか。それもよくわからないうちに人は恋に落ちる。愛しの異性とひとつになることを望むようになる。その感情は、時になんの前触れもなく訪れるのだ。

 悪いことだとは思わない。というかむしろ良いことだとさえ僕は感じる。

 人間というのは、理解不能な行動をとるくらいでちょうどいい。すべてが理詰めではつまらないだろう。

 燃えるような恋がしたい、というのは有名なフレーズだけれど、そういった人達の気持ちにも共感できる。

 つまるところ、恋愛感情なんていつ誰にどうやって生まれるのか予測できないものであって。

 

「わ、わたくし……一夏さんのことが、好きになってしまったのかもしれません」

 

 それは、僕のご主人様とて例外ではなかったということだ。

 

 

 

 

 

 

 サクラの花もほとんどが散っていき、僕の教師生活もある程度軌道に乗り始めたとある日の夜のこと。

 

『諸君、これは由々しき事態だ』

『コードネームK・Mの報告により、我々は緊急会議を開くことを決意した』

 

 自室のパソコンの前に座り、僕はイヤホンから聞こえる男達の声に耳を傾ける。

 重々しい口ぶりから、彼らがショックを受けていることが伝わってきた。

 

『なんと、セシリアお嬢様に好きな男ができたというではないか!』

『これはファンクラブ結成以来の大事件だ!』

 

 スカイプって本当に便利だ。向こうの映像もちゃんと見えるし、あちらの先輩方にも僕の顔がきちんと見えていることだろう。

 僕も『セシリアお嬢様を全力で支援する会』の一員な以上、どこにいようが会議への参加は義務なのである。

 

『相手は例のISを動かしたという男子だそうだ』

『強そうな瞳に惹かれたらしい』

『しかもイケメンですって』

 

 男女入り混じって口々に言葉を出し合う会員の皆さん。総勢何人だったっけ? そろそろ3ケタの大台に乗りそうなのは覚えているんだけど。

 ついでに疑問なのは、なぜいちいちイニシャルで呼び合うのか、である。

 

「あの、皆さん? 一応言っておきますが、まだ『かもしれない』という段階であって、確実に恋をされているというわけでは」

『甘ったれるなK・M! 可能性があるというだけで議論の意味は十二分にある!』

『事態が進行してからでは手遅れになりかねませんからね』

『お嬢様に見合う男かどうかしっかり見極める必要があるわ』

『あのブリュンヒルデの弟ならば、種馬としては十分では』

『こらこら、女性がそんなこと言うんじゃありません』

『重要なのは、その織斑一夏なる男がお嬢様の黒ストを破く価値のある人間かどうかだ』

『それに賛成だ!』

 

 ……これは、すごいな。

 僕が屋敷に入って以来、ここまで先輩方がはっちゃけた場面を見るのは初めてだ。

 それだけ、僕の提供した話題が爆弾級だったということだろうけど。

 とはいえ、これだけヒートアップしてはまとまるものもまとまらない。誰かが諌めなければ。

 

「盛り上がっているところ申し訳ないのですが――」

『皆さんお静かに。議論が進みません』

 

 僕が意見しようとしたところで、今まで一言もしゃべっていなかった女性が口を開いた。

 静かながらも有無を言わさぬ響きを持った言葉に、喧騒が徐々に小さくなっていく。

 

『そうだな。ここはファンクラブのブレインであるC・B君に意見を聞こう』

『彼女の話を聞かなければ始まらんな』

 

 ファンクラブにおいては、通常時の上下関係は適応されない。

 普段はメイドのひとりだとしても、お嬢様への愛が深ければ皆から一目置かれることになる。

 

『私個人としましては、お嬢様が選ばれた男性であるなら心配はありません。ですがそれでは納得されない方が多いでしょうから、まずはもっと多くの情報が必要です』

 

 そこまで言って、C・Bさんはちらりとこちらに目線を向けた。

 この時点で僕は、会議の結論がどのようなものになるのかを悟った。

 

『織斑一夏さんがどのような人物であるか。それを調べるのに適任な人材が、幸い私達の身内にいらっしゃいます。そうですよね? K・Mさん』

 

 

 

 

 

 

 生徒の人柄を知ることは、いい教師であるための条件のひとつ。

 なので、彼がどういう人間であるかを探ってみること自体は、いずれ僕が行うべきことだった。

 だからといって、報告書にまとめて提出しろとまで言われると気乗りがしない。

 

「詳しく書かなきゃ怒られるよね……」

 

 放課後。

 仕事を終えた僕は、一夏君を探してため息混じりに校内を歩く。

 職員室を出て1年1組の教室の前を通ると、ひとり机に向かって何かをしている彼の姿を発見した。

 ちょうど話しかけやすい状況だと思い、ドアを開けて教室の中に入る。

 

「やあ。ひとり残って勉強かい?」

「あ、マーシュ先生」

 

 軽く礼をする一夏君。机の上には、教科書とノートが広げられていた。

 

「ちょっと……じゃなくて、結構授業でわからないところがあって」

「それで、寮に戻らず自主的居残りってことか」

「はい。ここにいた方が近いし……」

「近い?」

「っと、なんでもないです」

「そうか」

 

 何かを言いかけたようだけど、追及はしないでおこう。

 そう無遠慮になれるほど、彼と親しくなったわけでもない。

 

「やっぱり、ここの授業は大変そうだね」

 

 前の席に腰を下ろし、一夏君がノートに書きこんだ文字の羅列をざっと確認する。

 ところどころ字体が荒っぽくなっているのを見て、おそらく悪戦苦闘しているのだろうなと察しがついた。

 

「ほんと、その通りです。ちょっと前まで、自分がISの勉強することになるなんて微塵も考えてませんでしたから」

「ははっ。そうだろうね」

 

 自らの意思とは関係なく、彼の学生生活は大きな進路変更を余儀なくされた。

 そしてそれは、おそらく今後の人生そのものにも影響を与えることになるだろう。

 にもかかわらず、こうして腐ることなく勉強しているのだから、一夏君の根性はなかなかのものだと僕は思う。

 確か、お嬢様との試合で言っていたっけ。お姉さんの名誉を守るって。

 

「うーん……」

「どこかで詰まっているのかい?」

「ここのページに書いてることが、いまいち理解できなくて」

「どれどれ? ああ、これはね」

 

 頑張っている生徒は、僕達先生がよりいっそう懸命にサポートしてあげなければならないだろう。

 

「――こんな感じかな。どう、わかった?」

「ああ、なるほど! よくわかりました」

 

 僕の説明が役に立ったようで、すっきりした表情でペンを動かす一夏君。

 

「先生って、ISのことも詳しいんですね」

「専門分野ではないけれど、それなりにはね。僕の主は、イギリスの代表候補生だし」

「そっか。先生はセシリアの執事なんでしたっけ」

 

 納得がいったようにうなずいた後、彼はしばらくの間黙りこむ。

 何かを言おうか言うまいか、悩んでいる様子だ。

 

「気になることがあるなら、どんどん聞いちゃってかまわないよ?」

「そ、そうですか?」

「うん。答えられないことならきちんと断るし、怒ったりもしないから」

「じゃあ、聞きますけど……俺、セシリアにどう接したらいいのかわからなくて」

「オルコットさんに?」

 

 校内で生徒の相手をしている時には、お嬢様という呼称は使わない。

 シャーペンの先でノートをトントンとつつきながら、一夏君は僕に悩みを相談してくれた。

 

「最初は明らかに仲が悪かった気がするんですけど、試合をやってから急にあいつの態度が柔らかくなったんです。俺を見る目が変わったというか……本人は、いろいろ反省したからだとか言ってたんですけど」

「ふむ」

 

 ああ、なるほど。

 それは間違いなく、お嬢様の恋(仮)が原因だ。

 感情の起伏が激しいお方だから、きっと彼への態度も180度一気に転換したんだろう。

 実際、たまに学校や寮で見かけるふたりのやり取りを観察していれば、変化のほどは歴然だ。

 

「親しくしてもらえるのはいいんですけど、少し戸惑う部分もあるというか。そんな感じです」

 

 言葉を濁しながら、左手で頬をかく一夏君。その顔には少年らしい困惑の感情が浮かんでいる。

 ……青春だねえ。

 

「僕から言えることはひとつかな。特別に意識することは何もない。これだけだよ」

「それだけですか」

「それだけ。でも、それがなにより大事なことだ」

 

 そう言って、僕は右手の人差し指をぴんと立てた。必然的に彼の視線がそこに移る。

 

「彼女はね、これまで同年代の男の子と接触したことがほとんどないんだ。ずっと女子校通いで、立場上相手をするのは僕みたいな年上のおっさんばかりだった」

「おっさんって」

「君達に比べれば、25歳なんてもうおっさんさ。まあ、そこの定義は大事じゃないか」

 

 おっさんでもお兄さんでもどちらでもいい。

 重要なのは、一夏君がお嬢様にとってどういう存在なのかなのだから。

 

「織斑君。つまり君は、彼女にとって初めての人なんだよ。だから僕からのアドバイスはひとつだけ。君は君らしく、普通にしていればいい。彼女が求めるものも、きっとそこにあるから」

「……俺らしく、か」

 

 僕の言葉の意味を確かめるように、彼は静かにつぶやいた。

 

「まだ全部を理解できたわけじゃないけど、とりあえず先生の言う通りにやってみます」

「それがいい」

 

 笑って答える一夏君に対し、僕も気持ちよく微笑み返した。

 異性との甘酸っぱいコミュニケーションも、僕が思う学生らしいことのひとつだ。

 『大人』であることを求められる機会が多いお嬢様だからこそ、そういったことをひとつでも多く経験してほしい。

 

「……あ」

「どうかした?」

 

 穏やかな顔をしていた一夏君が、壁にかけられた時計を見た途端に慌てだした。

 

「やば、もうこんな時間か……ごめん先生、俺帰らないと」

「何か用事?」

「そんなもんです。それじゃあ、さようなら」

「さようなら。また明日」

 

 急いで勉強道具を鞄にしまった彼は、僕に挨拶をしてから早足で教室を出ていった。

 

「多分、廊下を出て5秒後に走り始めるな」

 

 先生の前だから我慢していたみたいだけど。

 ……急に出ていったもんだから、なんの用事なのかちょっと気になる。

 

「少年の心を失わないのも、教師にとっては大事だよね」

 

 ファンクラブの指令という大義名分があることも手伝って、僕が尾行を決断するまでにかかった時間はほんの数秒だった。

 教室を出たところで一夏君の背中が曲がり角に消えていくのを確認。見失わないように追いかける。

 ばれない自信はある。なぜなら僕は執事だから。

 

「寮に戻るわけじゃないのか」

 

 自動販売機で飲み物を買った彼は、そのまま校舎の外へ出る。

 そのまま背後をついていくこと5分ほど。

 

「ここは……」

 

 立ち止まった一夏君の目の前には、剣道場があった。

 そろそろ部活の終わる時間だし、部員というわけでもなさそうだが……

 そんなことを考えていると、道場からひとりの女子が出てきた。

 

「よっ」

「あ……い、一夏」

 

 手持ちぶさたにしていた一夏君が、先ほど用意したペットボトルを掲げながらその子に近づいていく。

 ポニーテールが特徴の彼女は、確か1組の篠ノ之箒さんのはず。

 

「どうした、こんなところで」

「いや、たまたま通りがかってさ。そろそろ部活終わるんじゃないかと思って、差し入れ」

「そ、そうか。……うむ、ありがとう」

 

 ちょっとうつむき気味でお礼を言い、ドリンクを受け取る篠ノ之さん。距離が離れているから判断しづらいが……ひょっとして、照れてる?

 

「このレモンジュース、私が好きなやつだ」

「昔からよく飲んでたよな。好みが変わってなくてよかったよ」

「覚えていてくれたのか?」

「たまたまだけどな」

「……そうか。ふふっ」

 

 そのまま一緒に歩き出すふたり。おそらく寮に帰るのだろう。

 見つからないように身を隠しながら、僕は一夏君と篠ノ之さんが幼なじみだったという話を思い出していた。

 加えて、篠ノ之さんの方はなかなかクラスに溶けこめていないとも記憶している。

 

「なるほど。確かに、寮よりも教室の方が道場に近い」

 

 そこに色恋が関わっているのかはわからないけれど、彼なりに幼なじみの女の子のことを考えているのだろう。

 

「織斑一夏、か」

 

 いい子じゃないか。

 ああいうタイプは、きっとモテるに違いない。

 

 

 

 

 

 

「――以上のことから推察するに、現段階でお嬢様にふさわしくないと判断する要素はないでしょう。報告を終わります」

 

 数日後の夜。

 再び開かれたファンクラブ会議において、僕は自分なりにまとめた結論を皆さんにお伝えした。

 

『ふむ、なるほど』

『ご苦労だったな。K・M』

 

 個人的な意見とすれば、このまま静かにお嬢様と一夏君のふれあいを見守っていきたい。外野がとやかく口をだすようなことでもないだろう。

 今回の報告によって、他の皆さんにもそう思っていただければ――

 

『つまりこの男には美人の幼なじみがいるということだ』

『しかもあの篠ノ之束の妹。ネームバリューは十分ですね』

『いやいや、セシリアお嬢様もその点では負けておりますまい』

『プロポーションも勝ち目はあります。バストサイズは劣っていても、全体のバランスではきっとお嬢様の方が勝っているはず! 実物見たことありませんが』

『ということは十分寝取ることも可能ですね』

『略奪愛。燃えるわ』

 

 ……あれ?

 ちょっと、いやかなり僕の予想していた流れと違うんですが。

 

『K・Mさん』

 

 ツッコみたい衝動に駆られている僕に声をかけてきたのは、白熱する議論に参加せず紅茶をすすっているC・Bさん。

 ティーカップを置いた彼女は、グッと親指を立ててこう言った。

 

『ドンマイです☆』

「いや、ドンマイじゃないよチェルシーちゃん」

『チェルシーではありません。C・Bです』

 

 いろいろと諦めた僕は、わーわーと騒がしい話し合いを聞き流しながら天井を見上げる。

 ……まあ、これもひとつの愛情ってやつなのかな。

 やっぱり、扱いづらくて正体不明だ。

 




原作のオルコット家の使用人がどんな感じかは知りません。描写がないので勝手に想像しました。なんかドイツの某部隊みたいになってるけど気のせいです。

一夏君は基本的にはいいやつ。

次は内気で眼鏡なあの子が出ます。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。
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