お嬢様の執事となりまして   作:キラ

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笑えばいいと思うよ

 日曜日。

 生徒のみんなは休みだけど、やるべき仕事がある教員の方々は今日も学園にやって来ている。

 僕もそのうちのひとりで、午前中いっぱいを使ってようやくゴールにたどり着いたところだ。

 

「これで準備は完璧かな」

 

 達成感とともに、両腕をあげてぐっと背伸び。デスクワークは肩が凝る。

 

「お仕事、終わりですか?」

 

 喉が渇いたなーと思っていると、タイミング良く山田先生がお茶を出してくれた。まるで考えが見透かされているかのようだ。

 

「ありがとうございます。ちょうど今、全部片付いたところですね」

 

 日本茶はおいしい。この独特の苦みや渋みが、僕の味覚にばっちり合っている。もう数年早く出会っておきたかったなんて、今さらながら考えてしまう。

 

「これでなんとか、週明けから活動できそうです」

「ああ、例の新しい部活動のことですか」

「ええ」

 

 必要な書類はきちんと揃えたし、これで下準備はすべて完了した。

 月曜日から『ISいじり部』始動だと約束していたので、とりあえずそれが守れそうで一安心だ。

 

「なんというか……すごいですね」

「すごい、というと?」

「マーシュ先生、まだここで勤め始めてひと月も経っていないんですよ? なのにもう、新しい部の顧問になるだなんて。すごく一生懸命に見えます」

 

 山田先生は、僕の行動に驚きと感心を覚えている様子だった。

 それに対して、僕はゆっくりと首を横に振る。

 

「勤め始めだからこそ、一生懸命に頑張らなくちゃってなるものじゃないですか」

「確かに、それはそうかもしれませんけど」

「僕は、他の先生方より受け持っている授業のコマ数が少ないですから。そのぶん他のところに力を入れられるんです」

 

 その結果が、新しい部の誕生につながった。頑張ったのは事実だけど、それだけだ。

 

「それに、仕事に真剣なのは山田先生も同じじゃないですか。授業に関する生徒からの評判、かなりいいらしいですよ」

「ほ、本当ですか? うれしいなぁ……」

「1組の子達に聞いたので、間違いないと思います」

「もっと喜んでもらえるように、頑張らないといけませんね」

 

 自分の席についた山田先生は、ニコニコ顔で教材やパソコンなどを並べていく。仕事前にモチベーションを高めるお手伝いができたようでなによりだ。

 

「ぷはー」

 

 僕は暢気にお茶をすすりながら、飲み終わるまで彼女の横顔を眺めていることにした。

 ……途中であちらが照れてしまったので、以降は窓の外をぼーっと見るだけになった。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 寮の4階へ上がり廊下を歩いていると、自分の部屋の前に誰かが立っているのが見えた。

 男子用の制服に身を包んでいる時点で、選択肢はひとつに絞られるわけだけど。

 

「織斑君。何か僕に用事かな」

「あ、先生。ちょうどよかった」

 

 近づいて声をかけると、悩ましげな表情をしていた彼の頬が緩んだ。部屋を訪ねたのが空振りにならずに済んだことにほっとしているのだろう。

 

「ちょっと、相談したいことがあるんです。男の人に話を聞きたくて」

「なるほど。そういうことなら、中にどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 この学園に男はほとんどいないから、彼にとって僕という存在はなかなか大きいものなのかもしれない。

 

「レモンティーは飲める?」

「あ、はい。全然大丈夫です」

「よかった。それじゃあ、用意するから座って待っててよ」

 

 お嬢様の屋敷で働く前は、こうして茶を淹れる作業を楽しめるようになるとは想像すらしていなかった。

 それが今ではどれだけおいしく淹れられるかを研究するくらいになっているのだから、人間というのはわからないものだ。

 

「はい。どうぞ」

「どうも」

 

 テーブルに2人分のソーサーとティーカップを置き、僕は一夏君と向かい合う位置に腰を下ろした。

 

「さてと。相談があるんだったね」

「あ、はい。悩みがあって、自分だけだと答えが見つからないというか」

 

 少し恥ずかしそうな様子を見せながら、彼は僕に本題を切り出した。

 

「俺、女心ってやつがよくわかっていないみたいで」

「……ほう?」

 

 女心、と来たか。

 正直僕も自信がある分野ではないのだが、果たして力になれるのだろうか。

 

「今、幼なじみの篠ノ之箒って子と寮の部屋が同じなんです。だから、一緒に過ごす時間も多いんですけど……なぜかあいつを結構頻繁に怒らせてしまうんです」

 

 一夏君と篠ノ之さんの組み合わせと言えば、以前彼の素行調査をしていた際に見かけた、剣道場の前でのやり取りを思い出す。

 あの時は普通に仲良さげに見えたけれど、どうやらそれだけではないらしい。

 

「なんで怒ってるのか、理由がわからないことが多くて……」

「聞いても答えてくれないのかい?」

「そうですね。『もういい!』って言われるか、あるいは木刀を振り回されるかの2択です」

「木刀を振り回すんだ。それはかなり本気で怒ってるね」

「箒って昔から剣道習ってるんで、普通に威力がヤバいんですよ」

 

 一夏君がどんなことをして怒らせているのかわからない以上、なんとも判断がしずらいが……篠ノ之さんは、激情家の部類に入る子なのかもしれないな。

 ちなみにお嬢様もそういったタイプの方でいらっしゃるので、本気で怒るとその辺にある物を手当たり次第に投げてきたりしていた。

もっとも、最近は大分頻度も落ちたようだけれど。『レディーとしてはしたないことを……』と何度も反省していた効果が表れてきたのかもしれない。

 

「当たり前ですけど、俺も箒に怒ってほしいわけじゃないんで、なんとかそうならずにすむ方法を探しているんですが……」

「なるほど。それで、冒頭の女心がわからないって結論に至ったわけだね」

「恥ずかしながら」

 

 ため息とともにうなだれる一夏君。僕も似たような経験があるので予測がつくけど、おそらく自分の男としての弱さを痛感しているのだろう。

 

「そういうのって、なかなか短期間でどうにかなるものじゃないからね。今までの積み重ねとかもあるし」

「……マーシュ先生は、どうなんですか?」

「僕もどちらかというと君と同じだよ。女の子の気持ちに疎い部分があって、昔は本当によくお嬢様に叱られたもんだ」

 

 1年前の日々を思い出しながら答えると、彼は意外だとでもいうように目を見開いた。

 

「本当ですか? 俺の知ってるセシリアは、先生のことを全面的に信頼してる感じですけど」

「まあ、その辺はいろいろあったからね。……そこで、だ。お嬢様の気持ちをしっかり理解できるように、僕が欠かさず行っていたことがひとつある」

「そんなのがあるんですか」

 

 興味津々という風に身を乗り出してくる一夏君。そんな彼の期待に応えられるかはわからないが、僕は僕なりの解決策を提示することにしよう。

 

「お嬢様を怒らせてしまった時、その直前直後のやり取りをノートに記録しておく。で、夜に今までのぶんと合わせて原因を考察する。これだけだよ」

「記録……毎日、ですか」

「毎日怒らせてしまったらそうなるね。でもそうやってデータが集まれば、なんとなく怒る時とそうでない時の傾向がつかめるはずだ。少なくとも僕はそうだった」

「そういうものですか……うーん」

 

 自分自身と篠ノ之さんの関係に置き換えて想像しているのだろう。一夏君は腕を組んでうんうんと考え事を始めた。

 実際のところは、怒り以外にも様々な感情について記録と考察を重ねたのだが……さすがにそこまでやると負担が大きいし、やりすぎになりかねない。

 僕の場合は、執事としてお嬢様にご奉仕する立場だったから、常に正しい行動が求められた。けれど彼は違う。あくまで幼なじみとの関係を潤滑にしたいというだけの話なのだから。

 

「ちょっと面倒かもしれないけど、現状を放置しておくのも嫌なんだろう?」

「……はい」

 

 わざわざ僕の部屋を訪ねてきた時点で、なんとかしたいという思いが一定以上の強さを持っているのは予想がつく。

 行動したいと思ったから、彼はアドバイスを求めてここに来たのだ。

 

「わかりました。試してみます」

「健闘を祈っているよ」

 

 やがて一夏君は力強くうなずき、お礼を言って部屋から出ていった。

 

「篠ノ之さんか」

 

 入学初日に部屋のドアを壊したのも彼女だったっけ。

 寡黙な子だから、今まで授業の問答以外で会話したことはない。

 ちょっと気になるし、一度世間話でもしてみようか。

 

 

 

 

 

 

 一夏君の話の内容が気になったからといって、いきなり込み入った事情を尋ねようとするのは駄目だ。

 教師であるとはいえ、ろくに話したこともない相手から探りを入れられては、篠ノ之さんも警戒するだけだろう。まして僕は大人の男で、彼女は年頃の女の子なのだから。

 物事には順序というものがある。まずは、他愛もない話を行うところから始めよう。

 もともと、できるだけ多くの生徒と仲良くなりたいと考えていたのだ。ちょうどいい。

 

 ――と、ごく普通の判断でことに臨もうとしたわけなんだけど。

 

「幼なじみってことは、ずっと前から好きだったの?」

「7年越しの再会。運命を感じます」

「向こうが鈍いんなら告ってしまえばええんや!」

「いや、だから私は……」

 

 その日の夜。

 僕の部屋の中で、同級生3人から根掘り葉掘り話を聞かれまくっている篠ノ之さんの姿があった。

 ボブカットの黒髪を元気に揺らしながら騒いでいる石川さん。

 うっとりした表情で頬に右手を当てているカーターさん。

 直球勝負とばかりに告白するよう勧める福浦さん。

 全員、ISいじり部の部員である。

 

「おいしいねー、かんちゃん」

「……うん」

 

 部員の残り2名は、少し離れたところでのんびりとティータイムを満喫している。

 

「さすがにこれだけ人が多いと、部屋が狭く感じるなあ」

 

 そもそも、どうしてこんな状況が生まれたのか。

 30分ほど前。食堂から戻った僕は、篠ノ之さんが珍しく4階の廊下にいるのを見かけた。

 聞くと散歩中だというので、早速お話しでもと思ったその時、新たに現れたのがいじり部の5人だった。

 どうやら彼女達は、僕の淹れる紅茶がおいしいとの情報を聞きつけて飲みに来たらしい。部長だけは今すぐにでも帰りたそうな顔をしていたが、とりあえず部の総意としてはそういうことだった。

 で、『篠ノ之さんも一緒に飲む~?』なんて布仏さんが誘ったのがきっかけになって、あとはノリのいいメンバーがあれよあれよという間に場を整えてしまった。

 その後、6人を部屋に招いてお茶を用意しているうちに、話題が恋バナに切り替わり……現在、篠ノ之さんに集中砲火中を浴びせている真っ最中である。

 

「しかし、やきもきするからといって叩いたりするのは良くないかもしれませんね」

「女子力ダウンかもしれないし」

「ギャグ漫画ならツッコミで済むんやけどなー」

「そ、それは私もわかってはいるのだが……どうにも感情が制御できなくて困っているのだ」

 

 篠ノ之さん、一夏君のことが小さい頃から好きだったらしい。昼間の様子からすると、おそらく彼は彼女の気持ちに気づいてはいないようだ。

 なんだか、今日一日だけでかなりの情報を仕入れてしまったような気がする。

 

「ねえ先生。先生はどう思う?」

「うん?」

 

 ひとりで考え事をしていると、いつの間にか石川さん達がじーっと僕の方を見つめていた。

 

「だから、男の子の行動にムカッと来ちゃった時の対処法みたいなやつ。何か知らない?」

「それを男の僕に聞くのかい?」

「だって先生、物知りそうだし。パーフェクトな執事さんなんでしょ」

 

 いつもの決まり文句を、逆にあちらに言われてしまった。

 

「恋愛指南までは扱っていないんだけどね……」

 

 苦笑いがこぼれてしまう。

 とはいえ、こちらに向けられる期待のこもった瞳を裏切るのは心苦しい。

 ずっと3人に翻弄されていた篠ノ之さんでさえ、気になるのかチラチラ僕の顔を見ているし。

 一応、彼女はお嬢様の恋敵ということになるんだけど……僕はみんなの先生でもあるので、お許しください。お嬢様。これ以上のサポートをすることを約束いたしますので。

 

「参考になるのかはわからないけど、怒りそうになった時には楽しいことを考えて相殺すればいいんじゃないかな」

「楽しいことですか」

「そう。内容的には、その相手に関することの方が想像しやすいかな」

 

 僕の言葉を繰り返すカーターさんにうなずき返し、話を続ける。

 

「織斑君に対して腹が立った時は……たとえば、彼との楽しい時間を思い浮かべるとか」

「楽しい時間って、思い出のこと?」

「それでもいいし、ただの妄想でもかまわない。それこそ、織斑君との未来予想図だって十分ありだ」

「っ! 未来、予想図……」

 

 その単語に惹かれるものがあったのか、黙って話を聞いていた篠ノ之さんが大きな反応を見せた。

 

「お、なんや篠ノ之さん。試す気になったんか」

「将来織斑くんと結婚して、どんな家庭を持つかとか?」

 

 興味津々といった感じに尋ねる福浦さんと石川さん。

 それに対して、彼女は頬を赤らめながらもぼそぼそした声で答える。

 

「ちょ、ちょっと想像しただけだぞ。その……朝、寝ぼけて起きてきた一夏に、おいしい味噌汁を作ってあげる場面をだな。ほんとに、ほんとにちょっとだけだぞ!」

「あら、いいですね。それで織斑くんに『うまいな。隠し味とかあるのか?』と聞かれ、『隠し味は……愛情だ。ぽっ』と答えたりするんですか?」

「んなっ、なぜわかった! ……ではなくっ、そんなこと考えていない!」

「うはぁ、篠ノ之さんかわいー♪」

「ちゃんと女子力あるんやないか!」

「わーっ! わーっ! 何も言っていない、私は何も言っていないからな!」

 

 カーターさんに釣られて自爆した篠ノ之さんを中心にして、再びわーきゃーと騒ぎ始める女の子達。石川さんにいたっては篠ノ之さんに抱き着いており、体を密着させられた彼女は顔を真っ赤にして照れていた。

 女が3人集まって姦しいと書くらしいが、なるほどよくできている。漢字を考えた人、すごい。

 あの中に入っていく勇気はさすがにないので、僕は脇でおとなしくしている子達の相手をすることにした。

 

「そこのお二方。紅茶のおかわりはいかがでしょう?」

「いただきまーす。かんちゃんはどうする~?」

「……私も、いただきます」

「よしきた」

 

 なんだかんだ、更識さんも満足してくれているようでなによりだ。

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。学園の廊下にて。

 

「マーシュ先生。また相談があるんですけど」

「織斑君か。また篠ノ之さんのことかい?」

「そうなんですけど……最近、箒の様子がちょっと変なんです」

「変?」

 

 困り顔で話を続ける一夏君。両方にアドバイスをした結果、どうなったのだろうか。

 

「まだ記録した量も少ないんで、よくあいつのこと怒らせちゃうんですけど……ムカッとした顔を見せたと思ったら、次の瞬間にはいつも笑ってるんですよ」

「……ん?」

「しかもその笑い方がすごく幸せそうで。にへらって感じの顔になってて……普通に怒られるよりずっと怖いんです。そのニコニコ顔の裏でいったい何を考えているんだー、と」

「ああー……」

 

 頭を抱える彼を見ていると、なんだか悪いことをしてしまった気分になる。

 ……楽しいことを考えろとは言ったけど、それを顔に出せとまでは教えていない。

 

「俺、何かとんでもなくあいつの機嫌を損ねるようなことをしたんじゃないかと不安で」

「いや、多分そういうことじゃないと思うよ。うん、じきに解決するんじゃないかな」

 

 ……まあ、これもひとつの青春かな。

 とりあえず、彼女には追加のアドバイスを送っておこう。

 




・ISいじり部のオリキャラ3人、石川福浦カーター。そのうち3馬鹿扱いされるかもしれません。
・笑顔って癒しにも恐怖にもなるからすごいですよね。
・前回カズキが短期間で適切な部員集めを行っていましたが、人間観察の能力については今回説明していたセシリアの観察で鍛えられたということです。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。

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