人間の性格というのは、当たり前だが個人によってそれぞれ異なる。
寛容な人。怒りっぽい人。楽観的な人。やたらネガティブな人。まあいろいろだ。
数多くの要素が絡み合って、ひとりの人間の性格が構成される。他の誰のものでもない、オンリーワンな人格がそこには存在している。
僕自身はどうなのかというと、周囲の方々の意見を参考にすれば『気が利いて優しい性格』とのことらしい。背中がむず痒くなるような高評価だが、褒めてもらえたこと自体は素直に喜びたい。
ただ、数人の女性の同僚(屋敷のメイドさん)が『結婚はせずに友人としてキープしておきたいタイプ』とコメントしていたのは非常に気になる。僕ってもしかして都合のいい男扱いされてるのかな。いまだに恋人のひとりもできない現実にもその辺が関係しているのだろうか。
……なんて、ちょっとばかりブルーな気持ちになっていたとある夜のこと。
先週ぶりに、一夏君が僕の部屋を訪ねてきた。前回と同じく、なにやら悩んでいそうな表情で。
「どうしたんだい? また篠ノ之さんと何かあったとか」
「いや、今日は違うんだ。箒とは最近いい感じなんだけど、今度はもうひとりの幼なじみを怒らせちゃって」
「もうひとりというと、転入生の凰鈴音さん?」
「そうそう……あれ、先生知ってたのか」
「覚えておくといい。君に関するニュースは、ものの数時間で学園全体に知れ渡るんだ」
うへえ、といった顔つきになる一夏君。自分が注目されているという事実を改めて認識したようだ。
「まあ、それは仕方ないか。とりあえず今は、鈴についての話を聞いてほしいんだ」
「僕でよければ力になろう」
「ありがとう。やっぱ男の先生は頼りになるな」
数日前から、彼の僕に対する言葉遣いはかなり砕けたものへと変わっている。先日の篠ノ之さんの一件で、こちらに気を許してくれたらしい。
生徒が教師にタメ口をきくことに関しては、特に文句はない。授業中は当てたらきちんと敬語で答えているしね。
僕としても、彼と仲良くできるのはうれしいことである。
「それで、凰さんと何があったのかな」
「ええと、わかりやすく説明すると――」
一夏君の語ってくれた内容によれば、つまりこういうことだ。
1年前に凰さんが中国に引っ越す際、ふたりはなにかしらの約束を交わしたらしい。
で、昨晩その約束を覚えているかと彼女に問われた一夏君。記憶を掘り返した結果、『あたしの料理の腕があがったら、毎日酢豚をおごってあげる』的なことを言われたという結論が出たらしい。
しかしそれを伝えるやいなや凰さんは激怒。ぷんぷん怒って今も許してくれていないとのこと。
「そして織斑君は犬に噛まれて馬に蹴られてボロ雑巾にされて死ぬというわけか」
「……そんな感じ。まさかあそこまでひどい言われようをされるとは想像もしてなかった」
説明を終えて、大きくため息をつく一夏君。男の風上にも置けない奴とまで言われたようで、本人も少しイラッときている様子。言葉の端々から、ちょっと不満げな感情が漏れ出ていた。
「確かに、約束忘れてたのは俺が悪いんだけどさ」
「正しい約束の内容は、まだ教えてもらってないのかい」
「今のあいつ、近づくなオーラ全開で聞くに聞けないんだ」
「なるほど」
それはまた、本気で怒らせてしまったみたいだ。
「毎日酢豚をおごってあげる、か」
「完全に的外れってことはないと思うんだよ。そんな感じの約束をしたってのは覚えてるから」
「ふむ」
彼の言葉を信じるならば、表面上の言葉自体はこれでだいたい正しいらしい。
しかし、それなら凰さんが怒った理由がわからない。
「織斑君。凰さんが怒った時、君にどんなことを言っていた? もう一度説明してくれないかな」
「え? えーと……『女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!』とかなんとか」
女の子、男……もしかすると、これは言葉の裏を読まなければならないのかもしれない。
毎日酢豚をおごってあげる。いくら気前が良くても、毎日毎日料理を作ってあげるなんて、それはまるで……ん?
「そういえば、母さんが昔……」
僕の母親は日本人で、生まれも育ちも関西だ。当然だが、日本語特有の言い回しもよく知っている。
そんな母さんが、父との思い出を懐かしむように語っていた日のことが頭に浮かび……もしや、という解答が同時に出てきた。
「お母さんが?」
「……いや、なんでもない」
僕の予想が正しいとしたら、これは他人がうかつに口を出していい問題ではないのかもしれない。とかく、僕のような恋愛スキルに乏しい人間は多分駄目だ。凰さんの真意については言及しないのが吉だろう。
なので、月並みではあるが別のアドバイスを送ることにした。
「とりあえず、頭を下げるところから始まるんじゃないかな」
「謝るってことか」
「そう。向こうも怒ってるから、多少キツイことを言われるかもしれないけど、それでも言い返さずに謝罪の意思を見せ続ける。たいていの場合は、これで許してもらえると思うよ。友達同士ならね」
「何を言われても、素直に頭を下げ続けろって?」
ちょっぴり不満そうな表情を見せる一夏君。
彼自身としては、そこまで凰さんを怒らせるようなことをした自覚がないのだろう。その理由もわからないまま、一方的に下手に出ることに納得がいかないのかもしれない。
「難しいかい?」
「うーん……あんまり理不尽なこと言われたら、言い返しちまうかもしれない。鈴とは昔から仲が良かったけど、そのぶん言い合いになることも多かったから」
凰鈴音という少女について、僕はあまり知らない。転入から数日しか経っていないし、直接会話したこともないからだ。
休み時間などでの様子を見る限りは、アグレッシブなタイプの子に見える。が、それだけで彼女の人間性を測るというのは無理な話だ。ゆえに、僕が言えるのは一般論だけ。
「織斑君。女性っていうのはね、男が思っているよりも繊細な生き物なんだ」
「繊細……?」
「えらく微妙な顔をするね」
「ああ、ごめん。俺の周りの女の人って、なんというか男勝りな人がやたら多いから」
「君のお姉さんとか?」
軽い調子で尋ねると、一夏君は素直に首を縦に振った。若干苦笑い気味に。
姉の他には、幼なじみとかだろうか。僕は一夏君ではないので、彼がどういう風に考えているのかは把握しきれない。
「でも、そういう勝気な人達も、案外デリケートな部分を持ってたりするものだよ?」
「そんなものなのか」
「うん。そんなもの」
微笑みながら返事をする。
人間の性格は個人によってばらばらなのだが、なかなかどうしてある程度のレッテル貼りが有効だったりする。実際、男に比べて繊細な女性の数は多い。僕調べだけど。
彼が挙げた織斑先生だって、先日女の子らしい一面を僕に見せてくれた。普段堅い印象の篠ノ之さんは、実は乙女チックな想像を胸に秘めている子だ。
では、凰鈴音さんはどうなのだろうか。
「だから、怒ったり悲しんだりしてる時は、うまくフォローするのが男の役目だったりするわけだ」
「なんか難しそうだな」
「だけど、女性は繊細だからこそ細かいところに気がついてくれる。そういう部分で僕達を助けてくれることも多い。いわゆるWIN-WINってやつさ」
「………」
黙って視線を下に向ける一夏君。僕の言葉の意味を、一生懸命理解しようとしてくれているのだと思う。
でもこういうのって、言ってしまえば自分で経験を重ねないとわかりにくいものである。人によってたどり着く結論は違うだろうし、僕は自分の意見を語って聞かせただけだ。
「まあ、決めるのは君自身だ。僕の言葉のすべてが正しいとは思わずに、いろいろと考えてほしい」
「……わかった。ありがとう先生、参考になった」
「これも仕事のひとつだよ」
まだ悩んでいる様子は見せているものの、一夏君は笑顔でお礼を言ってくれた。
同性の仲間として、今後も彼の力になれればいいなと思う。
「俺も何かお礼ができればいいんだけど……」
「お礼か。それなら今度、女の子にモテる秘訣でも教えてほしいな」
「へ? そんなの俺にはわからないって。彼女がいるわけでもないし」
「……そうか」
「む。その意味深な返事はいったい……」
「いやいや、なんでもないよ」
*
その日の夜。部屋で明日の準備をしていると、携帯が着信音を鳴らし始めた。
画面を見ると、『チェルシー・ブランケット』と表示されている。
「はい、こちらマーシュ。半月ぶりだね、チェルシーちゃん」
『こんばんは。今、お時間よろしいでしょうか』
「問題ないよ。何か用事かな」
『4月も終わりですし、そろそろ近況報告でもお聞かせ願えないかと』
淡々と用件を述べるチェルシーちゃん。いつも通りの耳触りの良い声なんだけど……なぜだろうか、若干の刺々しさが裏に隠れているように思える。
怒らせると怖い子なので、屋敷で過ごすうちに彼女の機嫌の変化にはやたらと敏感になってしまった。滅多に怒るタイプではないのだが、爆発させると10代後半とは思えない凄みを見せてくるのだ。
「前回の報告と特に変わりはないかな。お嬢様はきちんとクラスに溶けこめているようだし、強いストレスを感じている様子も見受けられない。毎日元気に学園生活を送れているはずだ」
『そうですか。安心しました。あなたがそう言うのであれば、間違いはないのでしょう』
「お、それひょっとして褒めてくれてる?」
『マーシュさんの観察眼は評価していますから』
とはいえ、基本的には気立てのよい優秀なメイドさんである。なので、先ほどの刺々しさが直接僕に向けられなければなんの問題もないのだ。
たとえば、さっきまで誰かを叱っていて、その時のぷんぷん気分が少し残っていた、なんてケースなら全然大丈夫。彼女は八つ当たりする人種ではないから。
『ところでマーシュさん。私、先ほどお嬢様とお話ししたのですが』
「ほう」
『なんでも、新しい部活動を結成したそうですね』
「うん、必要だと思ったから」
『それで、よく部員の女の子達を部屋に招き入れていると』
「懐かれたみたいでね。さすがに常駐されると困るけど、好かれること自体はありがたいよ」
『なるほど。それはそれは、よかったですね』
「……ねえチェルシーちゃん。さっきから声が硬くないかい?」
『そうでしょうか』
おかしいな。刺々しさがだんだん表に出てきている。
これはもしかして、彼女が怒りを抱いている相手は僕なのか。
『他にも、たくさんの生徒の皆様と仲良くされているようですね。最近は生徒会長の方とよく話しているとか』
「あー、あれはちょっとばかり事情があって……なんで僕、浮気を問い詰められてる感じになってるのかな」
『浮気の話はしていません。ただ、あまり他の女性に色目を使って、お嬢様への忠誠がおろそかになるのは困ると思うので。あらかじめ釘を刺しておこうかと』
「色目なんて使わないよ。前にも言ったけど、僕は年上が守備範囲だから」
『どうでしょうか? カズキは昔から何を考えているのかわからないところがありますから、油断はできません。普段から彼女ほしーほしーと言っていますし』
「油断ってなにさ」
警戒しすぎだと思う。教師が生徒に手を出すなんてご法度なんだから、僕だって最初からその気なんてないというのに。
矢継ぎ早に言葉をくり出してくるのを聞いていると、なんだか一周回って面白くなってきた。
『だいたいカズキはですね……なぜ笑っているのですか』
「いや、なんだか懐かしい呼び方だと思ってね」
『………あっ』
回線の向こうで息をのむ音が聞こえてくる。予想通り、無意識のうちに呼称を変えてしまっていたらしい。
しばし沈黙が続いた後、咳払いをひとつ挟んでから口を開くチェルシーちゃん。
『とにかく、お嬢様のことを第一に考えてください。よろしくお願いします、マーシュさん』
「ああ、任された」
『では、私はこれで。おやすみなさい』
「おやすみ。そっちは午後の仕事頑張ってね」
『ありがとうございます』
通話終了。耳から携帯を離して、そのままなんとなく画面を眺める。
「カズキ、か」
女性は繊細なので、うまくフォローするのが男の役目。
一夏君には偉そうに語ったけれど、果たして自分はそれができているのか。
……とりあえず、明日の準備を終わらせることにしよう。
ここ数回セシリアの出番がなかったのは、今回のチェルシーの注意のシーンを書くためでした。もっとも、描写していないだけでカズキはきちんと執事の仕事はしているのですが。
とりあえず名前だけ出てきた鈴ちゃん。今回から彼女がIS学園に在籍している状態になります。近いうちに直接の出番があると思います。
会長も話にだけ出てきましたが、こちらもいずれ。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。