ほむらちゃん、ごめんね私モテモテになる。さあ叶えてよインキュベーター   作:じゃあな・アズナブル

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まどか総受け・百合ハーレムな展開です。

おおむね全10話前後を予定しています。

よろしくお願いします。


第一話 鹿目まどか①

放課後の風が、制服の裾をふわりと揺らすたびに、三人の影が夕焼け色の道に長く伸びていった。鹿目まどか、美樹さやか、志筑仁美――並んで歩く、いつもの放課後。

……のはずなのに、まどかはどこか心がそわそわとしていた。少しだけ、足取りが他のふたりとズレている気がした。

 

「それでね、その方が“髪、伸ばしてるの?”って訊いてくださったのですの」

 

仁美ちゃんの話声が、どこか浮き立って聞こえる。頬をうっすらと染めて、恥ずかしそうに笑いながらも、話す調子には喜びが滲んでいた。

 

「えっ、それアプローチじゃん! 完全に狙われてるって、ひとみ!」

 

すかさず、さやかちゃんが声を上げる。その声は明るく、軽やかで、どこか少し楽しんでいるようだった。

 

「で、それって……あの美術部の先輩?」

 

「きゃっ、さやかさんっ……! 大きな声は……その、確かに素敵な方ですけれど……」

 

仁美ちゃんは慌てて小さく肩をすくめ、そっと目を伏せる。けれど、口元はどこか緩んでいて、否定する気配はない。

 

「……でも、わたし、他に想いを寄せている方がいて……」

 

「えっ!? マジで!?」

 

さやかちゃんが驚いたように目を丸くする。その反応は率直で、正直ちょっと羨ましくもあった。

 

「ってことは、美術部の人じゃないんだ? 誰よ誰よ〜!?」

 

「……秘密ですわ。ふふふ♪」

 

仁美ちゃんは唇に指をあて、意味深に笑う。そのしぐさがあまりにも楽しそうで、さやかちゃんは「ズルいぞー!」と笑いながら仁美ちゃんの肩に軽くぶつかっていた。

二人は並んで、自然体で笑い合っている。その少し後ろを歩くまどかは、歩調を合わせようとしながらも、なんとなく輪の外にいるような感覚を覚えていた。

(恋って……どんな気持ちなんだろう)

頭の中で、同じ言葉がくるくると巡っていた。ドキドキしたり、そばにいるだけで嬉しくなったり、声を聞くだけで安心できたり――

漫画やテレビの中では当たり前のように描かれている感情。

(わたしも、そんなふうに誰かを思ったり、誰かに思われたり……する日が来るのかな)

ふと、今日の教室の光景を思い出す。窓際の席で静かに座っていた、転校生の女の子。黒い長髪に、綺麗な瞳。その視線は、不思議なほど真っ直ぐに――まるで知っているかのように、こっちを見ていた。

(あの転校生さん……あの目、なんだったんだろう)

最近、変なことが多すぎる。キュゥべえ、魔女、マミさん――目の前の現実が、まるで夢の中みたいに変わっていっている。

 

「その、まどかさんは? 好きな人とか、いないんですの?」

 

仁美ちゃんの声が、ふいにまどかの思考を引き戻した。驚いて顔を上げると、さやかちゃんも「そうそう、まどかのターンだよー」とにやりと笑っている。

 

「えっ!? わ、わたしっ!?」

 

あまりに唐突な話題に、思わず声が裏返る。手をぶんぶん振って全力で否定した。

 

「い、いないよ!? ぜーんっぜんっ!!」

 

「ほんとか〜? まどか、案外モテそうだけどな〜」

 

「そうですわね。おっとりしていて、守って差し上げたくなるといいますか」

 

「や、やめてよ〜! 二人とも〜〜!」

 

まどかは両手で顔を覆いながら、耳まで熱くなっているのを感じていた。言葉では笑ってごまかしていても、どこかそわそわして落ち着かない。

(……でも)

ほんの少しだけ、胸の奥に芽生えた思いがあった。誰かに「好き」って言われたら、どんな気持ちになるんだろう。

そっと、誰かの特別になれるような――そんな存在になれたなら。

(もし、わたしがモテモテで告白なんてされちゃったら……)

ちょっと恥ずかしいけど、それって悪くないかも。ひとつの願いの種が、まどかの胸の奥で、静かに、小さくふくらみ始めていた。

 

 

***

 

帰宅したまどかは制服を脱いでハンガーにかけ、カバンを部屋の隅に置くと、まどかは大きく息を吐いた。

家には誰もいない。ママはいつも通り残業で、帰宅はきっと夜遅く。パパはタツヤを保育園に迎えに行っている時間帯。

音のない部屋。テレビをつける気にもなれず、まどかはそのまま窓際に立ち、カーテンをそっとめくって外を見つめた。

(……恋って、どんな気持ちなんだろう)

ふと、今日の帰り道のことを思い出す。仁美ちゃんとさやかちゃんの、あの楽しそうな声と表情。誰かのことを好きで、相手から好かれることがどんなに嬉しいか――

それを、ふたりはもう知っているようだった。

(わたしも……誰かに「好き」って、言われてみたい)

ほんの少しだけ、そんな気持ちが心の奥に芽を出していた。でも、こんなこと、さやかちゃんたちには恥ずかしくて絶対言えない。

たとえ自分自身にも、口に出すには気恥ずかしすぎる願いだった。そのとき。

 

「まどか」

 

不意に、すぐ近くから呼ぶ声が聞こえた。

 

「――えっ?」

 

振り返ると、そこにはあの存在がいた。

白くて、柔らかそうな毛並み。真っ赤な瞳。無感情のような顔立ちが、まっすぐこちらを見上げている。

 

「キュゥべえ……! また勝手に入ってきて……」

 

「開いていた窓から入らせてもらったよ。君の家は不用心すぎる。鍵はかけたほうがいいと思うけどね」

 

まどかは眉を寄せながら、キュゥべえのその飄々とした態度にため息をついた。けれど、どこかで――その声を、少しだけ待っていた自分がいることにも、気づいていた。キュゥべえはテーブルの上に軽やかに飛び乗ると、そこで小さく丸くなって座った。

 

「君の願いを、ずっと聞こうと思っていた。そろそろ決まったんじゃないかな?」

 

その言葉に、まどかは無意識に視線を落とす。胸の中に浮かんでいたのは、本当ならもっと“立派”な願いだった。誰かを救いたいとか、世界を変えたいとか――そういうものを思いつけたらよかったのに。

(きっと、さやかちゃんだったら……誰かのために願うんだろうな)

(わたしには、そんな“かっこいい”理由なんてない)

ただ……ほんの少しだけ。誰かにとっての“特別”になってみたい。

優しくされたくて、抱きしめられてみたくて、「君が好きだよ」と言われたくて。そんな願いは、あまりにも個人的で、小さくて、ばかげていて。

 

「……ねえ、キュゥべえ。ひとつだけ、聞いてもいい?」

 

「もちろん。僕は君と契約するためにここにいるんだ」

 

「もしも……その、魔法少女になるときって……願いごとって、なんでも叶えてくれるの?」

 

少し迷いながら、まどかは言葉を選ぶように口にした。心臓がどくん、とひとつ大きく脈打ったのが自分でもわかった。

 

「原則としてはね。物理法則を超えるような願いも――君の潜在能力なら、実現できるかもしれない」

 

静かに告げられたその言葉が、胸の中に染み入ってくる。たったそれだけで、現実味のなかった夢が、ほんの少しだけ近くに感じられた。

(……こんなことで、願いを使うなんて、やっぱりバカみたいだ)

自嘲するように思いながらも、口が勝手に動いていた。

 

「……わたし……」

 

ほんの一瞬だけ、声が震えた。でも、まどかは覚悟を決めて顔を上げた。

 

「わたし、モテモテになってみたい! ――なんて、ね!」

 

笑ってごまかすように、明るい声で言った。冗談みたいに言えば、きっとこの気持ちは本物じゃないって思えるから。

けれど――その願いは、確かに言葉として放たれてしまっていた。キュゥべえは一瞬じっとまどかを見つめ、それから静かに言った。

 

「契約は成立したよ」

 

「……え?」

 

その瞬間、室内の空気がざらついた。まどかが瞬きをした、そのわずかな間に――

 

「キュゥべえ……?」

 

そこにいたはずの白い影は、まるで映像のノイズが走るように、ザザザッ……と輪郭を崩しながら、奇妙な違和感とともに掻き消えていた。

 

「……う、そ。なに……今の……」

 

部屋の中の温度がすっと下がったような気がした。さっきまで目の前にいたキュゥべえの姿は、影も形もなくなっていた。

 

「えっ、えっ!? ちょ、ちょっとキュゥべえ!? ……どこ!? どこ行ったの!?」

 

キッチン、ソファ、窓際――必死に探しても、白い毛並みも赤い瞳も、どこにもない。

(え……なにこれ……どうして……急に……?)

混乱が胸の奥に広がっていく。だけど、家の中はあまりに静かで、まるで何も起こらなかったかのように日常を保っていた。

――このとき、まどかはまだ知らなかった。

たったひとつの“軽い気持ち”が、世界の法則そのものを揺るがし、書き換えてしまったことを。

そして、彼女の存在を――世界中の“魔女”たちが感知し、惹かれ、集まりはじめているということを。

いや……あるいは、この世界にとどまらず、別の時間軸や別の世界にまで波紋を広げてしまったのかもしれないということを。

 

***

 

 

翌日の朝、目が覚めた瞬間――胸の奥が、ひそやかにざわついていた。

まどかはしばらく天井を見つめていたが、すぐに目をぎゅっと閉じて、うつ伏せに転がる。そしてそのまま、枕に顔を埋めた。

(わたし……キュゥべえに“モテモテになりたい”って、願っちゃったんだ……)

心の中にじわじわと湧いてくる羞恥が、喉元までせりあがってくる。思い出すたびに胸がかあっと熱くなって、布団の中で足をじたばたさせてしまう。

(なにそれ……ほんと、バカみたい。なんであんな願いにしちゃったの……)

そのときの自分を思い出すと、恥ずかしくて身をよじりたくなる。誰にも見られてなかったはずなのに、どこかで誰かに笑われてるんじゃないかって、不安になるくらいに。

(もっと他に、願いごと……あったはずなのに……)

でも、それでも――あのとき、ほんの少しだけ本音が漏れたのは、本当の気持ちだったのかもしれない。

ようやく体を起こして制服に着替え、朝ごはんを済ませたまどかは、洗面台の鏡の前で身だしなみを整えていた。

リボンの位置をちょっと直して、襟を指先で整える。ふと鏡の中の自分と目が合い、なんとなく見慣れない感じがした。

(……なんだろ。ちょっと、雰囲気変わった……?)

そう思ったときだった。背後からふわっと柔らかい感触が落ちてきて、肩に腕が回される。

 

「まどか、今日も可愛いな〜……っていうか、うん、なんか……」

 

「うわっ、ママ!? なに、いきなり〜!」

 

驚いて振り向くと、そこにはいつものママ――だというのに、その視線がどこか真剣で、じっとまどかを見つめていた。

 

「いやほんとにさ。今日はなんか、特別に可愛いよ。びっくりするくらい」

 

「や、やめてってば……変なこと言わないで……!」

 

まどかは顔を赤くしながら視線を逸らす。家族だからこそ、余計に照れくさくて。こういうことを真顔で言われるのは、たまらなくくすぐったい。

 

「これはダメだわ〜。こんな顔で外出たらナンパされちゃうわ」

 

「なっ……///!」

 

「ねぇ、今日は学校休んでママとデートしようか?」

 

「な、なに言ってるのっ!? ふざけないでよ〜〜!」

 

ぶんぶんと両手を振って全力で否定する。ママはお腹を抱えて笑っているけれど、まどかはもう真っ赤になって、それ以上何も言えなかった。

 

「だって心配なんだもん。まどかが可愛すぎるのが悪いんだからね?」

 

「も、もうっ……知らないっ!」

 

顔をぷくっと膨らませながら、まどかは家をあとにした。家を出て、角を曲がると、制服姿の美樹さやかが手を振って待っていた。変わらない、いつもの朝。

 

「まどか〜! おはよっ!」

 

「おはよう、さやかちゃん」

 

自然と笑みが浮かぶ。変わらないさやかちゃんの声に、少しだけ胸がほどける。

 

「ねぇ、今日のまどか、なんか髪ツヤツヤじゃない? かわいすぎん?」

 

「えっ!? そ、そんなことないよ!?」

 

思わず手で髪を触ってしまう。特別なことなんてしていないはずなのに、さやかちゃんのまなざしが、どこか真剣で……それがなんだかくすぐったい。

 

「ほんとに? なんかこう……守りたくなる感が増してるっていうか……」

 

さやかちゃんは顔をまじまじと見つめると、唐突に小さく咳払いをした。

 

「……ま、前からかわいいとは思ってたけどさ!」

 

「えええっ!? さ、さやかちゃん!?」

 

あまりの急展開に、声が裏返る。顔がじんわり熱くなって、頬に手を当てる暇もなく、さやかちゃんは視線を逸らしながら早足になった。

 

「なんでもないっ! 早く行こっ!」

 

(え……なにこれ……今日、ちょっと変?)

ふたり並んで歩きながらも、まどかの中にじわじわと不安が膨らんでいく。通りすがる女子生徒たちが、ちらりちらりとまどかを見てくる。目が合ったと思えば、すぐに視線をそらし、ひそひそと何かを話し始める。

 

「え、あの子誰……あんなかわいい子この学校にいた?」

 

「あの子鹿目さんだよね、めっちゃ可愛くなってない? いや、もともと可愛かったけど……」

 

「横にいる女、誰……? わたしに代わってほしいんだけど……」

 

(な、なにこれ……ほんとに変だよ……)

胸の奥がざわざわと騒がしくなる。視線を感じるたびに、肩がすくんでしまいそうだった。そんなとき――

 

「あっ、まどかさん、さやかさん。おはようございますわ」

 

爽やかな朝の空気を割って、ふわりと現れたのは仁美ちゃんだった。長い髪が風にそよぎ、いつも通りの笑顔……かと思ったのに、まどかに向ける目だけが、どこか違っていた。

 

「おー、ひとみ。おはよー!」

 

「お、おはよう、仁美ちゃん……」

 

「ふふ。今日のまどかさん、なんだか……とても綺麗ですわね」

 

にこやかな口調とは裏腹に、仁美ちゃんの視線は――まるで吸い寄せられるように、まどかに注がれていた。

 

「その、朝日に透ける横顔とか……見惚れてしまいますの……」

「……なんだか、胸が、きゅんとしましたわ。こんなの、初めて……」

 

「え、えええええっ!?!?」

 

まどかはその場で硬直した。顔の熱が一気に駆け上がる。

 

「ちょ、今日の仁美どうしたの!? なんかまどかにデレデレすぎじゃん!? あたしより距離近くない!?」

 

さやかちゃんがジト目で突っ込む。

仁美ちゃんは「あら? そんなことありませんわよ」と微笑みながら首を横に振るけれど――それでも、その目線はずっとまどかに向いたままだった。

(ま、まさか……昨日の願いのせい……!?)

胸の奥でひっそりと疼いていた違和感が、少しずつ形を取りはじめる。そして学校に着いたときには、それがほとんど「確信」に変わりつつあった。

廊下を歩いていると、またしても感じる無数の視線。すれ違う女子生徒たちが、まどかの顔を一瞬見つめ、すぐに顔を赤らめたり、目を逸らしたり、あるいはほほえんだり――その反応は一様じゃないけれど、ひとつだけはっきりしていた。

(わたし……なんか、すごく見られてる……)

まるで“注目の的”になったみたいだった。けれど、それは決していい意味ばかりじゃないようで――なぜか、どの視線にも共通して「妙な温度」がこもっている。まどかは無意識に胸元を押さえた。

(やっぱり、昨日の願い……本当に、叶っちゃったんじゃ……)

 

「え、ねぇ……あの子って鹿目まどかちゃんじゃない?」

 

「うそ……ちょ、可愛すぎない……? やばくない?」

 

「声かけたい……でもライバル多そう……」

 

「先に行ったもん勝ちじゃない!? 次の休み時間に――!」

 

(な、なにこれ……!?)

教室のドアを開けた瞬間、まどかの全身にざわりとした感覚が走った。空気が――まるで一瞬、重たくなるように、密度を増した気がした。

足を踏み入れた瞬間、数人の女子の視線が一斉にこちらを向く。その一つ一つが、まどかの顔や髪、制服の襟元にまでじっと注がれているのがわかった。

けれど、目が合った瞬間には、彼女たちはすぐに視線を逸らし、小さな声でまた何かを囁き始める。

そのときだった。クラスメイトの一人――普段はあまり話したことがない女子が、おずおずと近づいてきた。

 

「あ、あの……鹿目さん。き、今日の髪型……すっごく似合ってて……!」

 

小さな声。けれど、まどかの耳にははっきり届いた。

 

「え、えっと……あ、ありがとう……?」

 

戸惑いながらも、まどかは精一杯笑ってみせた。けれどその子は、頬を赤らめながら、両手をぎゅっと胸の前で握りしめたまま、急ぎ足で自分の席へ戻っていった。

(な、なんで……こんなことに……)

教室の空気が、明らかに昨日までと違っている。席に腰を下ろしたとたん、胸の奥に沈んでいたざわつきがまた波打ちはじめる。

朝のホームルーム。出席を取っていた先生が、ふとまどかの方に目を留め、小さく首を傾げる。そしてぽつりと呟いた。

 

「……鹿目さん、今日なんだか特別に可愛いわね。雰囲気が変わったっていうか……」

 

その言葉に、まどかはぴくりと肩を揺らした。隣の席の子が「たしかに」と頷くのが見える。すると先生は、ふと何かを思い出したように笑った。

 

「……なんだかね、お母さんの詢子を思い出すなぁ。あの子も昔、すごく人気があってね」

 

まどかは思わず瞬きをした。

 

「元気で明るくて、どこかちょっと不思議で……よく同性の子たちが、後ろをついて歩いてたっけ」

 

懐かしげに語る先生の横顔。けれど、まどかの思考はすっかり止まっていた。

(えっ……なにそれ、初耳……)

驚きすぎて、声に出すのも忘れそうだった。――お母さん、昔そんなにモテてたの……?

ホームルームが進む中、周囲の談笑や雑音はいつもと変わらないように見える。けれど、自分の周りだけが、どこか色味の違う空間にいるみたいだった。

そして――その違和感は、休み時間になるとさらに色濃くなる。筆箱を忘れた女子が、なぜかまどかのところへ来て「筆記用具、貸してもらえませんか?」と、丁寧すぎるほどの口調で話しかけてきた。

普段はもっと賑やかに振る舞っている子だったはずなのに。

さらにその後、まどかの隣をめぐって、数人の女子が「次はわたしが座るって言ってたでしょ!」「先にいたのはこっちだもん!」と、小声ながら明らかな小競り合いを始める始末。

事態はもう「気のせい」や「偶然」なんて言葉では片付けられなくなっていた。まどかの一日は、昨日までの“いつも通り”から、大きく逸れ始めていた。

 

***

 

昼休み。まどかは屋上に出て、吹き抜ける風に髪を揺らしながら、無意識に校庭を見下ろしていた。

手すりにそっと触れる指先が、かすかに震えているのに、自分でも気づいていなかった。胸のざわつきは、朝よりもずっと、はっきりとした形を持ち始めている。

(やっぱり、おかしい……)

クラスメイトの態度。見知らぬ子たちの視線。さやかちゃんと仁美ちゃんの――あの反応。全部が、昨日までの自分とは違っていた。

 

「……キュゥべえ、いないの?いたらでてきてよ」

 

小さな声で、空に問うように呟いた。その呼びかけに応えるように、給水塔の陰から、白い影がすっと姿を現す。

 

「やあ、まどか」

 

「――っ! よかった……!」

 

思わず駆け寄っていた。けれど、胸の内に渦巻いていた不安が顔を出し、眉が自然と寄る。

 

「昨日、どうして急にいなくなっちゃったの!? 契約したあと、呼んでも全然出てこなくて……!」

 

キュゥべえは、いつも通りの表情――というより、感情を読ませない無機質な目で、まどかを見上げる。そして首を傾げる。

 

「昨日? どういうことだい? 僕は君と契約した覚えはないよ」

 

「……? え、何言ってるの? わたし、願ったよ。“モテモテになりたい”って。ちゃんと、あのとき……言ったもん……!」

 

声が震える。キュゥべえはしばし黙り込む。そして、どこか慎重な響きをまとった口調で言った。

 

「……不思議だね。君からは、確かに魔力反応が出ている。だけど、僕の記録にも、契約の痕跡にも、それが残っていないんだ」

 

「えっ……」

 

意味が分からなかった。けれど、何かが“おかしい”ことだけは、ひしひしと伝わってくる。

 

「……理解したよ。もしかしたら、君の願いが“因果構造”そのものに、直接干渉したのかもしれない」

 

「なっ……」

 

まどかは息を呑んだ。キュゥべえの声は変わらず淡々としているのに、その内容は、恐ろしく非現実的だった。

 

「君の願いは、世界の在り方自体を書き換えた可能性がある。そしてその結果、君という存在も、君自身の願いによって“再定義”された。僕はその影響で、いったんこの世界から排除された――干渉できない状態になっていたんだと思う」

 

まどかの足元が、ふっと揺らいだ気がした。ふらつくように膝をつき、その場にしゃがみ込む。頭を抱えて、浅く呼吸を繰り返す。胸の奥のざわつきは、今や嵐のようになっていた。

 

「そ、そんなつもりじゃなかったのに……ただちょっと、恋愛してみたくて……誰かに好きって言われたくて……それだけで、こんな……」

 

声がうわずり、涙になりそうな感情を必死で押し込める。キュゥべえはまどかのすぐそばにちょこんと座り、いつものように無感情に言葉を続ける。

 

「僕にも正確に解析できていない。ただ――ひとつだけはっきりしている。これは、通常の因果律から外れた……極めて特異な干渉だ」

 

「……な、なにそれ。どういうこと……?」

 

「はっきりしたことはまだ分からない。でも、少なくとも――君が今、“同性に著しく好意を寄せられている”のは、君自身の願いと深く関係しているようだね」

 

「やっぱり……そうなんだ……」

 

目を伏せる。屋上の風が、まどかの頬をそっと撫でるように吹き抜けた。

(……わたし、なにを……しちゃったんだろう……)

たったひとつ。“軽い気持ち”で口にした、願いの言葉。そのひと言が、静かに、しかし確実に――世界を、そして自分さえも、変えてしまっていた。




他の小説を書いている最中にふと思いついて、「まあ短く終わるだろう」と軽い息抜き程度気持ちで書き始めたものです。しかし書き始めると想像よりめちゃくちゃ長くなってしまいました。
もし仮に他の小説のほうも読んでいただけている方がいればそっちを放り投げたわけではないのでお許しください。
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