ほむらちゃん、ごめんね私モテモテになる。さあ叶えてよインキュベーター   作:じゃあな・アズナブル

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第二話 美樹さやか①

朝、頬に当たる風が心地よい日。そんな気配を感じながら、さやかはいつもの通学路を歩いていた。

遠くに、小さく見えたその姿。制服のスカートを揺らしながら、風に髪をなびかせて、まどかが立っていた。いつもと変わらない――はずの後ろ姿。だけど、なぜだろう。胸の奥が、妙にざわつく。

 

「おーい、まどかー!」

 

手を振って呼びかけると、まどかが振り返る。柔らかい笑顔。穏やかな声。いつものまどか、のはずなのに。

(……やっぱ、なんか違うんだってば)

 

「おはよう、さやかちゃん」

 

「おはよ……うん、なんかさ……今日のまどか、いい感じっていうか」

 

どこが、とは言い切れない。でも確かに“何か”が違う。そう言った自分の言葉に、さやかはごまかすように笑ってみせた。

 

「えっ? な、なにそれ〜」

 

まどかは照れたように頬を赤らめて、制服の袖をそっと握る。その仕草が、なんだか映画のワンシーンみたいに見えて、さやかは一瞬目を逸らした。

(あーもう……なんでこんなに可愛いのよ)

心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。昨日の放課後のことが、頭をよぎる。別のクラスの女子――あの子が、まどかのリボンを褒めていた。ちょっと恥ずかしそうに、頬を染めながら。

――「そのリボン、すごく似合ってますね」

(……あの目、完全に“そういう”感じだったよね)

思い出しただけで、また胸がもやもやしてくる。今日も、何か起きそうな気がする。嫌な予感が、冷たい風みたいに背中をなでていく。そんなときだった。

 

「おはようございます、まどかさん、さやかさん」

 

軽やかな足音とともに、仁美の声が背後から届いた。反射的に振り返ると、仁美はぴたりと足を止め、まどかをじっと見つめたまま、言葉を紡ぐ。

 

「まどかさん、今日も本当に素敵ですわ。思わず、見とれてしまいました」

 

「えっ……?」

 

まどかが目をぱちぱちと瞬かせて戸惑う。声のトーンにも、それがそのまま表れている。

 

「ほ、褒めすぎだよ、仁美ちゃん……!」

 

「ちょ、仁美……?」

 

さやかの声が思わずこぼれた。その声すら、どこか引きつっていた。仁美は、宝石でも見つめるような目で、まどかの顔をじっと見ていた。その視線の熱さに、胸がぞわりとした。

(なに、その目……)

 

「ふふ、そうかしら? わたくしは、正直な気持ちを言っただけですわ」

 

言葉だけ聞けば、いつもの仁美。けれど、その表情の奥にあるものは明らかに“普通”じゃなかった。ふわりと微笑むその顔の裏に、確かな熱と――ほんのりとした、恋にも似た感情が滲んでいるように見えた。

(……やっぱ変だって)

昨日もそうだった。仁美は明らかにまどかに対して“特別な視線”を向けていた。そして今日も。それどころか、さらに距離が縮まっているように感じた。

「やめてよ〜」と笑うまどかの声は、相変わらず穏やかで優しい。けれど、その無防備な笑顔が、今はどこか危なっかしく見えて――

(……だめ、だって)

胸の奥が、きゅっと縮まる。どうしてだろう。親友のはずなのに。大切な友達、ずっと一緒にいてくれた、まどか。だから気になるだけ。そう思いたいのに――

(……ほんと、なにこの感じ)

戸惑いとざわめきが、ゆっくりと胸の奥に沈殿していく。それはまだ、言葉にならない。けれど確かに、さやかの中で何かが、静かに動きはじめていた。

 

***

 

教室に足を踏み入れた瞬間、さやかは、ぴんと張りつめたような空気を感じた。なにかが、確かにおかしい。空気の密度が、ほんの少しだけ重くなったような気がした。どこか異質な空気。気のせいだろうか――そんなふうに思おうとして、でも、次の瞬間に確信へ変わった。

まどかが席についたとたん。まるで打ち合わせでもしていたかのように、周囲の女子たちがざわざわと動き出す。まどかの机の周りに、何人もの女子が集まっていた。

 

「まどかちゃん、その髪型……今日、特に似合ってるね!」

「わかる〜! なんか雰囲気が柔らかくなったっていうか、こう……優しい感じ?」

「肌もすごいツヤツヤじゃない? スキンケア変えたの?」

「あとさ、英語の発音、あれすっごく綺麗だった! 昨日聞いててびっくりしちゃった」

「ノートのまとめ方もめっちゃ丁寧で尊敬する~!」

 

次から次へと、まどかに向けて惜しみない賛辞が飛び交う。その言葉の一つひとつに、まどかは小さく肩をすくめて、困ったように笑っていた。

 

「えっ、えへへ……ありがと……?」

 

戸惑っているのが、表情にも声にもにじんでいたけれど、それでもちゃんと一人ひとりにお礼を言っていて――その優しさがまた、みんなの「好き」の熱をさらに煽るみたいに、輪がぎゅっと狭まっていく。

(なにこれ……まどか、囲み取材でもされてんの?)

思わず視線を逸らしそうになった。でも、逸らせなかった。いや、逸らしたくなかった。まどかのその笑顔を、誰かに“独占”されたみたいで悔しくなって、つい、視線が外せなくなる。

(ていうかさ……髪型が似合ってるって言った子、昨日もまったく同じこと言ってなかった!?)

(あとノートの取り方がどうとか言ってたけど、絶対見たことないでしょあの子!?)

内心のツッコミが止まらない。理屈じゃない。別に彼女たちが悪いわけじゃないのに。自分の中から湧き上がってくる、どす黒くて重たい感情――それをごまかすために、ただ言い訳を並べてるだけ。

(……って、これ、ただの嫉妬じゃん……)

そう思った瞬間、ぐらりと胸の奥が揺れた。自己嫌悪と混じり合って、ざらざらとした感情が喉の奥に溜まっていく。

まどかが悪いわけじゃない。わかってる。みんながまどかを可愛いって言うのも、納得できる。優しくて、気が利いて、声も笑顔もふんわりしてて――昔から、そうだった。まどかはそういう子だった。

でも、今日のこれは違う。これは、まるで。

(……まどかが、アイドルみたいじゃん)

さやかは自分の席に座りながら、横目でまどかの様子を観察していた。いつもと同じ制服を着て、いつもと同じ笑い方をしている、見慣れたまどか。なのに、周囲の反応だけが異様なほど違っている。

(まどかは、なにも変わってないはずなのに……)

頭ではそう思っても、心のどこかでは、もうそれを信じきれなくなっている自分がいた。

(……なんかムカつく。いや、ムカついちゃダメなんだけどさ……)

目の端で、誰かがまどかの肩に寄り添うのが見えた。至近距離。距離感バグってる。絶対、髪触ったよね今。

(……は!? ちょ、どさくさでまどかに触んなよ!?)

思わずペンを手に取って、くるくると回す。けれど、手の中のペンは思うように回らず、指先からすべり落ちて、机の上で軽い音を立てて転がった。

(はぁ……なにこの空気……)

自分でも、わけがわからない。ただ、教室の中で、まどかの周囲だけがキラキラと光っているような――そんな錯覚が、視界の端にこびりついて離れなかった。

そのとき、チャイムが鳴った。先生が教室に入ってくる。ざわついていた空気が、一瞬だけ引き締まる。生徒たちは慌てて席に戻っていった。

 

「鹿目さん、今日も素敵ねぇ」

 

「えっ、あ、ありがとうございます……?」

 

(……先生まで!?)

さやかは、心の中で思いきり叫んでいた。『やめてよもう、先生。ほんとに。それ、冗談? 本気? どっち?』

胸の奥が、妙なもやもやでいっぱいになる。不機嫌を悟られないように、さやかは机の下でそっと落ちたペンを拾い上げた。再度手の中でくるくると回してみる。でも、指先がなぜか震えてうまくいかない。カチカチと、ペンが落ち着きなく小さな音を立てた。

(はあ……)

なんなの、ほんとに。みんな浮かれすぎ。……そう思いながら、ふと顔を上げたそのときだった。

まどかと、目が合った。柔らかくて、あたたかくて、まっすぐなその瞳。見慣れたはずの――変わらない、いつものまどかのはずなのに。

 

「……っ」

 

息を飲んで、思わず目を逸らしてしまう。

(……な、なに今の。ドキッとした……?)

胸の奥が、きゅっと縮むような音を立てた気がした。あの瞳に、他意なんてない。ただの優しさ。昔からそうだった。でも――それなのに。なんで、こんなに胸がざわつくの?

心臓が、ひときわ強くどくん、と跳ねた。その感触だけが、喉の奥に張りついたまま、消えてくれない。

(……どうしよう。なんか、もう、自分でもわけわかんない)

知らない気持ちに飲み込まれそうで、息が詰まる。まどかのこと、昔からずっと大事に思ってた。でもそれは――“親友として”でもこの感情は本当にそう?そんな問いが、じわじわと心の奥で泡立ち始めていた。

 

***

 

「ふぅ〜、今日はちょっと疲れましたわね」

 

仁美が軽くため息をついて、小さく伸びをした。放課後の帰り道。まどか、さやか、仁美――三人で並んで歩くのは、いつもの風景のはずだった。けれど今日は、どこか空気が違っていた。

 

「でも、まどかさんと一緒に帰れると癒されますわ……本当に」

 

「えっ、そうかなぁ? えへへ……ありがと、仁美ちゃん」

 

まどかが照れたように笑う。その隣で、仁美はほんのり頬を染めて、柔らかい微笑みを浮かべていた。その笑顔が、やけに優しくて――そして、やけに近かった。

(……なにその顔。っていうか距離近っ!?)

さやかの心がざわつく。仁美の視線が、まどかにまっすぐ向いているのがわかる。まるで、ガラス越しの宝物でも見るみたいな目をしていて。トーンも、語尾も、ひとつひとつがどこか艶っぽい。

(いや、ちょっと待て。何そのしっとり感)

昨日から気になってた。……いや、正確には、ずっと引っかかってた。

でも今日の仁美は、もう完全に“なにか”が違ってる。明らかに“そういう目”でまどかを見てる。声の響きまで、どこか甘くなってるし。

(絶対おかしいって、仁美……)

しかも、その空気にまどかがどんどん慣れてきてる気がして――それが、なんというか、地味にモヤモヤする。

(べ、別にヤキモチとかじゃないし。あたしはただ、親友として……)

心の中でそう必死に言い聞かせる。でも、思考の奥の方で「ほんとに?」と問いかけてくるもう一人の自分がいる。

(……違う、あたしはまどかを守るって決めてるんだから)

そんなとき。

 

「……あの、まどかさん」

 

仁美がぽつりと声を出した。その声音はどこか慎重で、切なげだった。なにか言おうとして、けれど言えず――結局、そのまま言葉を飲み込んだ。

 

「……いえ、なんでもありませんわ。本当に、今日も素敵ですわね」

 

「え、えっと……ありがとう、仁美ちゃん?」

 

(……いや、なんでもなくないだろ!?)

心の中で全力でツッコミを入れる。でもそれ以上に気になったのは、まどかの反応だった。

笑ってはいた。けれど――その横顔には、ほんのわずかな翳りがあった。目線がわずかに泳いで、どこか遠くを見るような瞳。笑顔の奥に、なにかを隠してるように見えた。

 

「……まどか、疲れてる?」

 

「えっ? ううん、大丈夫。……ちょっと、考えごとしてただけ」

 

声が小さくて、あたしの知らない間にできた距離を感じる。まどかは、なにかに悩んでる――それだけは、わかる。でも、あたしには言ってくれない。

(……そっか)

ほんの少しだけ、胸がチクリと痛んだ。でも、それを責める気にはなれなかった。まどかは、そういう子だから。ちゃんと考えて、ちゃんと悩んで、自分の中で答えを出そうとする。あたしが何も言わなくても、きっと何かを感じて、向き合ってる。

(……だったら、あたしは黙って見守るだけだ)

言葉じゃなくて、行動で。距離を詰めるんじゃなくて、そばにいることで。――まどかが頼ってくれるその時まで。

信号が変わる音がして、三人で歩き出す。風がふわりと吹いて、まどかの髪が舞った。その横顔は、確かに隣にあるのに――なぜか、少しだけ遠くに感じた。

さやかは、それに気づかないふりをして、息をひとつ飲んだ。

(でも、あたしは大丈夫。だって――私は、まどかの親友で、一番の友達なんだから)

それだけは、譲れない。……そう思い込むことでしか、胸の奥に芽生えた“なにか”から、目を逸らすことができなかった。

 

***

 

夜。枕元のスマホは、開いたまま。画面の白い光が、ぼんやりと天井を照らしていた。

でも、その光はもう頭に入ってこなかった。さやかの意識は、ずっと――まどかの笑顔に引きずられたままだ。

前より綺麗になった。っていうか、雰囲気そのものが違う。ただ可愛いってだけじゃない。もっとこう、無意識に目を惹かれるような――まるで、光の中心みたいな。

……いや、もともと可愛かったのは知ってる。でも、それとはまた別の“なにか”が、まどかの中に芽生えてる気がしてならなかった。

そして、思い出す。昼間の仁美の、あのまなざし。優しい声。まどかを見つめる、あの距離感。熱っぽい視線。

(……あの感じ、絶対おかしいって)

あれはもう、ただの友達じゃない。尊敬でも、憧れでもない。完全に、“好き”って気持ちがにじみ出てた。隠そうとしても、隠しきれてなかった。

 

「……って、あれ?」

 

ふと、胸の奥に引っかかっていた記憶が形になる。――『でも、わたしには他に好きな方がいて……』先日、仁美が話してたセリフが思い浮かぶ。

(……あれって……まどかのこと!?)

半ば無意識に、体を起こしかけた。けど、すぐに我に返って布団に潜り直す。心臓が、バクバクと騒がしかった。うるさいくらいに。

(いやいやいや、そんな、まさか……でも……でも!?)

どう考えても、そうとしか思えなかった。仁美の言動をひとつひとつ思い出して、まるでパズルを埋めるみたいに組み合わせていく。答えが出てしまいそうで――でも、出てほしくなくて。

(仁美、まどかのこと……好きなの!? ……って、それって……)

胸の奥が、どくん、と鳴った。ただの驚きじゃない。もっと深い、もっと濁った動揺が、じわじわと喉まで迫ってくる。

(……なにこれ。なんで、あたし、こんなに動揺してんの)

びっくりしただけ。そう思いたかった。親友として、心配してるだけ。ただ、それだけ――

 

「……だって、私はまどかの一番の友達なんだから」

 

声に出すと、少しだけ安心した気がした。そう、親友。ずっと一緒にいて、笑い合ってきた関係。まどかが誰かに好かれても、誰かに笑いかけられても、あたしは――

(……でも、仁美が本気だったら、どうしよう)

ふいに、胸がぎゅっと縮まった。毛布を強く抱きしめる。まるでそれが、まどか自身みたいに。

まどかが、誰かと笑ってるだけで胸がチクリと痛む。近づかれるたびに、落ち着かなくなる。目で追って、声のトーンに耳をすませて――気づけば、まどかばかりを見ている自分がいる。

(……これって、なんなんだろ)

わからない。でも、まどかが困った顔をしているのを見るのはもっとイヤだ。どれだけ周りがざわついても、まどかが誰かに好かれても。あたしがそばにいれば、まどかは笑っていられる――そう信じたくて。

(あたしが、まどかを守る)

親友として。……そう、“親友”として。

(……親友、なんだよね)

その言葉を、何度も何度も、心の中で繰り返す。それで、胸の痛みをごまかす。ようやくまぶたが重くなってきた。

目を閉じると、浮かぶのはやっぱりまどかの笑顔だった。まどかが笑っていられますように。まどかの隣に、いられますように――

……だって、私はまどかの一番の親友なんだから。




本当はもっとギャグ寄りの、キャッキャウフフな百合を書きたかったんです。
……が、何故か、ドロドロ、ヤンヤンとした感じになっていました。

今後もその傾向は悪化――いえ、深化していく予定ですので、そういう方向性が好きじゃない方はごめんなさい。

最後はハッピーエンドにしたいなぁ……
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