ほむらちゃん、ごめんね私モテモテになる。さあ叶えてよインキュベーター   作:じゃあな・アズナブル

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第三話 巴マミ①

紅茶の香りが、部屋いっぱいに広がっていた。琥珀色の液体から立ちのぼる湯気が、窓辺の光に溶けてゆく。この静かな時間が、マミは嫌いではなかった。

ひとりでいることにも慣れたし、静けさは、心を落ち着かせてくれるものだと、ずっと思っていた。

――けれど。

今日は、胸の奥がそわそわと落ち着かない。ティーカップを両手で包み込んだ指先に、無意識に力がこもる。

 

「……あの日から、まだ数日しか経っていないのに」

 

ぽつりと、思わず言葉が漏れた。窓の外には、いつもと変わらない景色。鹿目さんと、美樹さん――あの日、偶然のように出会ったふたりの女の子。

“普通”の、けれど、ただの“普通”ではなかった子たち。彼女たちの目を見たとき、私は確かに感じた。その奥に眠る、凛とした強さと、清らかさ。それは、どこか――まぶしかった。

(……もしかして、彼女たちなら)

一緒に戦ってくれるかもしれない。そんな希望を、私は思わず抱いていた。

今の私は、ひとり。戦うことに迷いはないけれど――誰かと並んで戦うということは、もう、ずっと忘れていた。だから。

 

「私……期待しちゃってるんだわ」

 

苦笑が、自然とこぼれる。ティーカップを唇に運び、静かにひと口。ほんのりと甘く、あたたかい。けれど、その熱は、心のざわつきを静めてはくれなかった。

(……誰かと肩を並べて、同じ空を見上げられる日が来るかもしれない)

そんな未来を思い描くだけで、胸の奥がふわりと温かくなる。少し前の私なら、きっと想像すらしなかったはずなのに。ティーカップをそっとソーサーに戻す。

約束の時間には、まだ余裕がある。けれど――もう、じっとなんてしていられなかった。私は立ち上がり、髪を整える。

(鹿目さん……美樹さん……)

その名前を、胸の中でそっと繰り返す。この胸の高鳴りは、きっと希望。

私は、もうひとりじゃなくなる日が来ることを――それを願いながら、玄関の扉に手をかけた。

 

***

 

「マミさーん!」

 

ベンチで待っていた私に、元気な声が飛び込んできた。振り向くと、制服姿の美樹さんが手を大きく振っていて――その隣に、鹿目さんが、少し照れたように微笑みながら立っていた。

(……前にも“かわいい子”だと思ったけど、今日は……)

視線が合った瞬間、胸の奥がふっと跳ねた。柔らかく揺れる髪、ふんわりとした笑顔――私の心をとらえて離さなかった。

(どうして……こんなに、気になるのかしら)

鹿目さんと目が合うたび、無意識に息を整え直してしまう。まだ自分でもよくわかっていない。けれど、ただの“後輩”とは思えない感情が、確かに胸の奥に芽を出し始めていた。

 

「お待たせしました、マミさん」

 

「ううん、私も今来たところよ」

 

自然に笑顔を返したつもりだった。けれど、その声がほんの少しだけ浮ついていたことに、自分でも気づいていた。

三人で並んで歩き始める。今日の目的地は、魔法少女としての“現実”をふたりに少しだけ見せる場所。けれど、その道のりすら、どこか特別な時間のように感じられて――胸が静かに高鳴っていた。ふと、美樹さんが声を上げる。

 

「マミさんって、魔法少女になるときどんな願い事したんですか?」

 

「そうね……急な事故だったから、正直、願いというより、反射的に助けを求めた感じだったわ」

 

そう答えながら、胸の奥にひっそりと疼く古い痛みを思い出す。

あのときの選択。それが間違っていたとは思わない。けれど――その重みは、ずっと背中に背負っている。

 

「だから、ふたりは焦らずに決めた方がいいわ。願いは、一生ついて回るものだから」

 

「そっかあ……うーん、わたしまだ全然決まってなくてさ〜」

 

そう言って明るく笑う美樹さんは、まっすぐで元気で、眩しい子だった。でも、その隣で――鹿目さんの表情が、ほんの少しだけぎこちなく見えた。

 

「鹿目さんは?」

 

問いかけると、彼女はほんの一瞬だけ、肩をすくめるように震わせた。

 

「えっ……その……あの……」

 

声にならないまま、視線が宙をさまよう。頬にはうっすらと赤みが差し、唇がかすかに震えていた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

ようやく絞り出すようにそう言って、彼女は小さく俯いた。

何かを胸に秘めている。それが、今すぐには口に出せないことだと、痛いほど伝わってきた。

 

「大丈夫よ。無理に話さなくても」

 

やわらかく笑いかけると、鹿目さんはほっとしたように、少しだけ表情を緩めた。その笑顔が――どうしようもなく、愛おしく見えた。

ああ、きっと私はもう気づいてる。この気持ちは、ただの期待だけじゃない。私の中で何かが、静かに、確かに動き出していた。

けれど今は、それに名前をつけないままでいたかった。だって私は、まだ“先輩”でいたい。あのふたりにとって、頼れる存在でいたい。それでも――それでも、この胸の高鳴りだけは、もう誤魔化しきれそうにない。

 

***

 

(今日は、ふたりともよく動けていたわね)

夕暮れの街をひとり歩きながら、そっと息を吐いた。赤く染まった空が、ビルの隙間からこぼれている。アスファルトの照り返しもどこか柔らかく、ほんの少し汗ばんだ額に当たる風が心地よい。

危険な場面はなかった。ふたりとも無事だった。それが何より嬉しかった。

(もし彼女たちが、本当に魔法少女になったら――)

そんな想像が、胸の奥で静かに芽を出していた。目を閉じれば、三人で並んで戦う姿が浮かぶ。まるで、ひとつの希望のように。

(きっと、心強いわよね。……でも)

自然と微笑がこぼれた。けれど、その微笑の内側には、自分でも正体のわからない感情が隠れていた。

(……鹿目さん)

彼女の声、目、笑顔――すべてが、気づけば心に残っている。不安な時も、彼女と一緒だと、少しだけ勇気が出る気がした。

(彼女となら……戦う意味だって、変えられるかもしれない)

 

「……甘いわね」

 

鋭く冷たい声が、背後から突き刺さるように届く。はっとして振り返ると、制服姿の暁美ほむらがそこに立っていた。逆光の中で黒髪が揺れ、その表情は影になって読めない。

 

「暁美さん……」

 

名前を呼んだ瞬間、風がぴたりと止まったように感じた。

 

「一般人を、あんな戦いに巻き込むなんて。あなた、何を考えているの?」

 

静かな口調なのに、言葉は鋭く、容赦がなかった。

 

「巻き込むつもりはなかったわ。ただ……ふたりには素質がある。自分の意思で来たのよ」

 

マミは落ち着いた声でそう答えた。けれど、自分の声にわずかな揺れがあったことには――気づいていた。

 

「意思があれば、危険に晒してもいいって言うの?」

 

その問いに、マミは言葉を詰まらせた。けれど、視線は逸らさない。

 

「……私は、彼女たちを信じてる」

 

その一言に、自分でも驚くほどの熱がこもっていた。

 

「特に、鹿目さん。彼女には――きっと、私たちとは違う“何か”がある」

 

言葉にしながら、胸の奥がじんと熱くなる。理由はわからない。ただ、あの子には信じたくなる力がある。それだけは、確かだった。暁美さんはしばらく黙っていた。

 

「あなたもそうなのね……」

 

何かを言いかけて、けれどその続きを呑み込む。その目に、ほんのわずかに揺らぎが見えた気がした。

 

「……彼女を巻き込んだら、どうなるか。あなたには想像がついていない」

 

低く呟くような声音には、怒りとも、悲しみともつかない感情が滲んでいた。マミは視線を外し、そのままゆっくりと歩き出す。

 

「彼女は、ただの“普通の子”じゃないの。私には、わかるのよ」

 

夕焼けが街を静かに赤く染めてゆくなか、マミは小さく息をついた。

(……私は、あの子に惹かれてる。たぶんもう、それははっきりしてる)

けれど、その気持ちに名前をつけるには――まだ少しだけ、時間が必要だった。

 

***

 

夕暮れが街を金色に染める頃。マミは病院近くのビル群の間を、ひとり静かに歩いていた。胸元のソウルジェムが、淡く脈打つように揺れている。

(……反応がある)

立ち止まった視線の先。見慣れたビルの陰に、空間の裂け目――魔女の結界が、まるで待ち受けていたかのように、ひっそりと口を開けていた。

 

「魔女の結界……? こんなところに?」

 

眉をひそめ、マミはソウルジェムにそっと触れる。指先から流れた魔力が、金のリボンとなって舞い、軽やかに彼女の身体を包み込む。

(落ち着いて。……結界の奥へ)

深く息を吸い、一歩踏み出す。いつもの手順、いつもの静けさ――だったはずなのに。

 

「――っ!?」

 

次の瞬間、視界に飛び込んできたのは、不気味な色彩で満たされた異空間。そして、その中心に立っていたのは――

 

「鹿目さん!? 美樹さん!?」

 

声が裏返った。ふたりが、振り返る。

 

「マミさん……!」

 

「ど、どうしてここに……!?」

 

「それはこっちの台詞よ! ふたりだけで、どうしてこんな場所に……!」

 

責めるつもりはなかった。ただ、胸の鼓動が強く跳ねる。

(間に合って、よかった……)

だが、安堵の暇もなく、空間がぞわりと揺れる。その奥から――何かが、ぬるりと現れる。

 

「魔女……!」

 

現れたのは、小柄で、おもちゃじみた魔女。人形のような愛らしい姿。だが、その目は――まどかを、真っ直ぐに見つめていた。

 

「……え?」

 

まどかが小さく息を呑む。一歩、後ずさる。魔女は何も言わず、攻撃の素振りも見せない。ただ、両腕に抱えたハート型のチョコレートを、ぽん、ぽんと揺らしながら――まどかへと歩み寄る。

(これは……何?)

まるで贈り物を手にした恋人のような仕草。説明のつかない違和感と、肌を這うような嫌な感触に、マミは咄嗟に叫んでいた。

 

「鹿目さんから離れて!」

 

身体が先に動いていた。ふたりの前に割って入り、リボンを展開。魔女が奇妙に顔をねじり、口をぱくりと開いた。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

金色の魔力が砲撃へと変わり、空間を轟音と共に撃ち抜いた。砂糖細工のような世界が砕け、甘い煙が立ちこめる。

(仕留めた……はず)

目を凝らす――が。煙の中から、ずるり、と這い出す影。魔女は確かに傷ついていた。けれど、まだ動いている。歪んだ首をきしりと傾け、その目が――今度はマミを捉える。

 

「っ……!」

 

次の瞬間、魔女の口が大きく開いた。その奥から這い出すのは、まるで蛇のような異形の塊。唸りをあげ、マミを貫く勢いで迫る。

 

「マミさん、危ないっ――!」

 

「くっ……!」

 

(間に合わない……!)

そう思った刹那――

 

「やめて! お願い――やめてぇ!!」

 

まどかの悲鳴が、結界全体に響き渡った。その瞬間――魔女の動きが止まる。開かれた口のまま、ぴたりと硬直したように、ただその場に立ち尽くしていた。

(……どういうこと?)

マミが息を飲む。魔女の瞳が、吸い寄せられるようにまどかを見つめる。まるで命令に従うように、その身体がぎこちなく――だが、確かにまどかの方へ近づき始めた。

(まずい……!)

ぞっとするような悪寒が背筋を走る。即座に、リボンが空を裂いた。

 

「まどかさんに近寄らないで!!」

 

炸裂する砲弾。リボンの閃光が魔女の進路を断ち切る。

魔女はひるむように身をのけぞらせ、捻れた身体をよじらせながら――それでも未練がましくまどかに視線を残し、裂け目の奥へと消えていった。

 

「二人とも……大丈夫?」

 

息を整えながら、マミはまどかの肩にそっと手を添える。あたたかくて、細くて、頼りなさそうで――それでも、そのぬくもりが確かに“生きている”ことを教えてくれた。

 

「うん……なんだったんだろ、あの子……」

 

まどかが、少し困ったように微笑む。その笑顔を見て、マミはようやく胸の奥に張りつめていた何かをほどくことができた。

 

「鹿目さんのおかげで助かったわ。ありがとう」

 

「そんな……わたし、なにもできてないのに……」

 

彼女が俯きながら言うその声は、どこまでも優しくて。マミは自然と微笑んだ。やがて三人で、結界の外へと歩き出す。病院裏の路地に、淡い夕焼けが差し込んでいた。戦いを終えた安心感が、静かに三人を包み込む。

 

「……みんな、無事でよかった」

 

まどかの呟きに、さやかがふっと笑う。

 

「ほんとに。こわかったー! マミさん、マジありがとう!」

 

「ふふっ……どういたしまして」

 

マミも微笑み返した。そのとき、ふいに思い出す。――さっきの、戦いの最中。

(……“まどか”って、呼んじゃった)

 

「……そういえばマミさん、さっき“まどか”って……!」

 

「っ! ご、ごめんなさいっ! あのときは、とっさに!」

 

みるみるうちに顔が熱くなる。すると、まどかはふわりと微笑んで、首を振った。

 

「いいんですよ。……よかったら、“まどか”って呼んでください」

 

その優しさが、まるで花びらのように胸に舞い落ちた。マミはそっと口を開く。

 

「ま、ま、まど……か、さん……」

 

「はい、マミさんっ」

 

「……なにやってんの、ふたりとも!」

 

さやかの容赦ないツッコミに、思わず吹き出す。マミは笑いながら、胸の前で手を合わせた。

 

「やっぱり……“まどかさん”って呼ぶには、もう少しだけ時間が必要みたいね!」

 

その言葉に、夕暮れの光が優しく降り注いでいた。

 

***

 

電気を消しても、眠気はなかなか訪れてくれなかった。薄暗い部屋。天井の輪郭をぼんやりと見上げながら、マミはそっと息を吐いた。

思い出すのは、あの戦い。菓子の魔女の口に呑まれかけた――あの瞬間。

あのとき、響いた。あの子の声。泣きそうな、でも必死で届かせようとする叫び。

助けられたのだ。

魔法少女として、先輩として、誰かを守る立場であるはずの自分が――あの子に、救われた。

 

「……まどかさん……」

 

思わず、名前が零れていた。声に出した瞬間、頬にじわりと熱が広がるのを感じて、マミは枕に顔を押しつけた。

(私……なんて、情けない姿を……)

命がけの戦いの場で、あんな醜態を見せるなんて――

(もっと強くならなきゃ……。次は絶対に、あんな失態は……)

ぎゅっとシーツを握りしめる。ちゃんと、あの子たちを守れる魔法少女に。

(……今度は、私が。まどかさんのピンチに駆けつけて――)

そこまで考えたとき、不意に脳裏に浮かんだ光景に、思わず背中がびくりと跳ねた。

――まどかが、泣きながら自分にしがみついてくる。「マミさんっ……!」と縋るように。細い腕が胸元に回されて、その震えが直接伝わってきて――

 

「ふふ、大丈夫よ、まどかさん。もう、怖くないわ」

 

優しく頭を撫でて、守るように抱きしめ返す自分。泣き顔で見上げてくるまどかが、ふと、頬を染めて微笑む。

――ありがとう、マミさん。やっぱり私、マミさんのこと――

 

「……っ!」

 

マミはがばっと仰向けになり、顔を両手で覆った。心臓が早鐘のように打っている。頬は、熱いを通り越して火照っていた。

(な、なにを想像してるの……私……!)

でも、頭の中のまどかの笑顔が――どうしても、消えてくれない。

(……可愛すぎるのよ、ほんとに……あんなの、ずるいわ)

言葉にならない気持ちが、胸の奥で暴れていた。思わず枕に潜り込み、小さくひとつ、ため息をつく。

(……次は、絶対に守る。どんなことがあっても、私が――)

暗い天井の向こうに、まどかの笑顔が浮かぶ。その柔らかい光に包まれるようにして、マミはようやく、まぶたを閉じた。

 




各話のタイトルがキャラクター名になっているのは、当初「一人につき一話ずつ、まどかと百合百合する話を書こう」と思っていた名残です。
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