ほむらちゃん、ごめんね私モテモテになる。さあ叶えてよインキュベーター   作:じゃあな・アズナブル

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ワルプルギスの廻天の予告PVを見たので初投稿です。


第五話 佐倉杏子①

夜の街は、うるさい。 光も音も、余計なものばっかり。車のヘッドライト、看板のネオン、誰かの笑い声。なのに――この空間は妙に、静かだった。

杏子はビルの屋上に腰を下ろして、手の中でグリーフシードを弄ぶように転がしていた。 さっき潰した魔女の残り香が、まだ空気に混じっている。甘ったるいのに、吐き気がするほど腐っていて、気分が悪い。

 

「ったく、なんなんだよ……この街は」

 

思わず独り言が漏れる。今夜だけで二体目の魔女。 異常だ。どう考えても湧きすぎてる。グリーフシードには困らないが、こうも多いと逆に警戒心が強まる。

そのとき、背後から気配がした。杏子は肩越しに視線を向ける。

いたのは――

 

「やあ、随分と活発に動いてるみたいだね、杏子」

 

「チッ、お前かよ。キュゥべえ」

 

白い毛玉。どこにでも現れる、胡散臭い謎の生き物。

 

「言っただろ? この街は“異常”だって」

 

「たしかに魔女が多すぎる。……だけど、それだけだろ」

 

「魔女だけじゃない」

 

キュゥべえの目が、夜の街の遥か向こうを見据えていた。

 

「多いのは、魔法少女もだ」

 

杏子の眉がぴくりと動く。

 

「はぁ? あんた、巴マミと、あの青いやつ以外にも誰かいるってのかよ」

 

「……少なくとも、あと二人」

 

キュゥべえは尾を揺らしながら語る。

 

「だけど不思議なことにね、僕は彼女たちと《契約した記録》がないんだよ」

 

「……は?」

 

杏子は眉をひそめ、立ち上がる。

 

「契約してないのに魔法少女になってるって……どういうことだよ、それ」

 

「わからない、これは僕が経験したことのない異常事態だ。でも確かに彼女たちは魔法少女だ。名前は――鹿目まどか。そして、暁美ほむら」

 

その名前に、杏子の指先がぴくりと止まった。

 

「鹿目……あのピンク髪の、やわらかい感じの子か?」

 

思い返すのは、先日出会った妙に目を引く少女、何かこう……無性に気になる少女。

 

「魔法少女だったのかよ……」

 

ぽつりと呟いた言葉は、驚きというより納得に近い。 違和感の理由が腑に落ちたような、そんな気分だった。

 

「……なんか、変に目ぇ引くとは思ってたけどさ」

 

杏子は鼻を鳴らした。けれど胸の奥が、妙にざわつくのを止められなかった。

 

「チッ、おもしれぇ……あの娘が何者か、ちょっと確かめてみたくなってきたじゃん」

 

言葉とは裏腹に、胸の奥がふっと熱を持つような感覚に、杏子は顔をしかめる。

(何考えてんだ、あたしは……)

理由は何故かわからないがあの子の顔が、どうにも脳裏から離れなかった。

 

「ま、どうせこの街にいたらグリーフシードには困らないだろうし。もうちょいとどまるつもりだったしな」

 

そして、その理由が一つ増えた――そんな気がして、杏子は自分の頬をかいた。

 

***

 

古びたビルの裏手。夕暮れの空が赤く染まりかけたころ、使われなくなった工場跡の一角に、奇妙な揺らぎが漂っていた。使い魔の結界。

美樹さやかはすぐに気配を察知し、剣を抜いて一気に飛び込んだ。後ろからついてくるまどかも、さやかの気迫に圧され、一歩距離を取って足を止める。

 

「ここにいるってことは――!」

 

さやかは躊躇なく結界へ踏み込んだ。 中には、まだ魔女にはなっていないが、いずれ人を喰らう魔女になるであろう使い魔が、うごめいていた。 剣を振るう。 一太刀、また一太刀。 数合もかからず、使い魔は淡い悲鳴を上げて霧散していく。

 

「ふぅ……よし、まどか、大丈夫だった?」

 

剣を収めながら振り返るさやかに、まどかが安心したように微笑んでうなずいた。

 

「うん。すごいよ、さやかちゃん!」

 

「まあね! いつまでもマミさんにおんぶでだっこじゃ恥ずかしいしね」

 

得意げに胸を張るさやか。 けれど、その瞬間。

 

「――おいおいおい、何やってんだお前は」

 

耳慣れない声が、頭上から降ってきた。 さやかが反射的に剣を構え直すと、赤い髪を揺らしながら片手で槍を肩に担ぐ少女が立っていた。 佐倉杏子。

 

「……あんたは!」

 

さやかがにらみつけ、まどかが慌てて割って入る。

 

「杏子ちゃん……だよね? どういうこと……?」

 

まどかに名前を呼ばれた杏子は、一瞬だけ目を逸らし――少し照れたように、けれどすぐに不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「ったく……お前な、使い魔なんざ倒してどうすんだよ。ああいうのは放っといて魔女になるまで育ててから倒すもんだ。じぇねえとグリーフシードが手に入らねえだろ」

 

「何それ、信じらんない!」

 

さやかが即座に食ってかかる。

 

「そんなことしてたら、使い魔に襲われる人が出るじゃない! 誰かが犠牲になるかもしれないのに!」

 

杏子は眉をひそめ、肩をすくめて、面倒そうに言い返す。

 

「おいおいおいおい……お前な、魔法少女ってのは慈善事業じゃねーんだぜ? 人助けしてる余裕あるほど魔力って安くねーの。あたしらは戦ってんだ、死に物狂いでな」

 

槍をくるりと回し、地面に突き立てた。

 

「お前の言ってることは立派だよ? でもな、自分が食うもんもねーのに他人に飯差し出して、先に倒れるような奴はただのバカだ」

 

「……あんた、最低だね」

 

剣を抜くさやか。 杏子も応じるように槍を構え、空気が、ピンと張りつめる。

 

「いいぜ。だったら力で分からせてやるよ、お前の言ってる理想論がどんだけ無力かってな」

 

「上等じゃん。あたしは間違ってない!」

 

二人が一歩踏み込もうとした――そのとき。

 

「や、やめて!!」

 

まどかの声が、空気を裂いた。 涙をにじませ、震えるように両手を差し出す。

 

「お願い……! 同じ魔法少女同士で、どうして戦わなきゃいけないの!? そんなの、間違ってるよ!」

 

その一言に、空気が一瞬、静まった。 杏子がため息をつき、構えをゆるめる。

 

「……ったく。あんたにそんな顔されたら、やりづらくなるじゃねーか」

 

心の奥が、妙にざわついていた。 あの柔らかい声も、まっすぐな目も、全部、自分にはないものだ。

(……なんだよ。泣くなっての。あたしは、別に……)

頭のどこかで呟きながらも、杏子はしぶしぶ槍を下ろした。 まどかのその涙に、なぜか勝てる気がしなかった。 さやかも剣を収め、まどかの前に立ってうつむいた。

冷たい風が吹き抜けた。 ただそれだけの沈黙が、少しだけ、場の空気を和らげていた。

 

「いったいどうしたの?」

 

空気を裂くように、落ち着いた声が響いた。金色の髪を揺らして巴マミが現れる。その眼差しは、まっすぐ杏子を射抜いていた。

 

「佐倉さん。いくらあなたでも、鹿目さんと美樹さんに手を出そうとしたら、私、許さないわよ」

 

「手を出そうなんて思ってねーよ!」

 

杏子は語気を荒げる。だが、どこか苛立ちを抑えるように、両手を広げてみせた。

 

「ただ、魔法少女ってもんの現実を教えてやっただけだ。……むしろ感謝されてもいいくらいだと思うけどな」

 

強がる言葉とは裏腹に、内心ではわずかな後悔が渦巻いていた。泣かせる気なんてなかった。あの娘――鹿目まどかは。

そのとき、空気が変わった。冷たい風が吹いたような錯覚。さらにもう一人、場を乱す存在が現れる。

 

「……また、巻き込んだのね。巴マミ」

 

低く鋭い声。どこか怒りを帯びていた。暁美ほむら。いつの間にか現れた彼女が、マミを見据えて言葉を続ける。

 

「言ったはずよ。鹿目まどかを巻き込むなと」

 

その名前が出た瞬間、さやかの眉が跳ねた。

 

「ちょっと、転校生。あんた何様のつもり? マミさんは、私たちのことをちゃんと考えてくれてるっての!」

 

怒りのこもった声が、辺りに響く。だがほむらはまるで動じなかった。ただ冷たく、さやかを見下ろすように見つめ返す。

 

「美樹さやか。あなたはいつもそう……あなたも、まどかを危険に巻き込んでいるのよ」

 

「はあ!? なにそれ、ふざけないでよ!!」

 

さやかが食ってかかる。まどかはおろおろと二人の間を見つめているだけだった。何も言えず、空気に呑まれている。

(……こりゃ、まずい)

杏子はひとつ、ため息をついた。やれやれだ。こういうピリピリした空気はあの娘には毒だ。

 

「おっと」

 

唐突に、杏子はまどかの腕を引いた。細い腕がふわりと動いて、自分の胸元に収まる。

 

「きゃっ……!?」

 

至近距離で見るその顔が、真っ赤になっているのが分かった。思わず、口元が緩む。

(……なんか、かわいいじゃねーか)

 

「悪いな。驚かせちまった。……ちょっと、話したいことがあるんだ。二人でな」

 

そのまま、全員の視線を背中に受けながら、杏子は堂々と続けた。

 

「この馬鹿どもは放っておいて、あたしにちょっと時間くれよ」

 

――空気が、凍りつく。さやかが剣を構え、マミはマスケット銃を召喚。ほむらは冷たい視線を鋭く投げかけてくる。

(……ちょっと、過剰すぎねぇか?)

杏子は内心で舌打ちした。少しからかっただけなのに、どうしてこうも殺気立つのか。マミの声が、低く響いた。

 

「佐倉さん……それは、どういう意味かしら?」

 

面倒くせぇ。杏子はそう思いながらも、まどかの腕をそっと離し、肩をすくめる。

 

「ちょっと邪魔が多すぎる。……続きはまた今度ってことで、勘弁してくれよ」

 

ちらりと、まどかにだけ視線を送る。

 

「じゃあな、鹿目まどか」

 

名前を呼んだときの彼女の表情――それを胸に刻むように、杏子はくるりと背を向け、その場を立ち去った。

 

***

 

翌日の放課後。人の波が引いた帰り道、鹿目まどかはゆっくりと歩いていた。その角を曲がった瞬間、不意に足が止まる。

 

「よっ」

 

電柱にもたれていた赤い髪の少女が、にやりと笑って手を挙げた。

 

「昨日は悪かったな。あのあと、大丈夫だったか?」

 

「杏子ちゃん!?」

 

まどかが驚いた声をあげる。すぐに、ぷいっと頬をふくらませた。

 

「もう……あのあと、すっごく大変だったんだから!」

 

杏子は肩をすくめて見せた。

 

「へーへー。悪かったって。でも今日はひとりで助かったぜ。お前の取り巻きがいないと、だいぶ話しやすいからな」

 

言いながら、杏子は自然とまどかの横に並ぶ。まどかも一瞬だけ警戒するように目を瞬かせたが、それを拒むことはなかった。

――この娘、あたしがちょっと怖がらせたはずなのに、全然変わらねぇ顔してやがる。

 

「ちょっと、聞きたいんだけどよ」

 

杏子は少し歩調を落として、まどかの顔を覗き込むようにする。

 

「まどか。お前……魔法少女なのか?」

 

「……えっ?」

 

まどかが立ち止まり、目を見開いた。

 

「なんだよ、違うのか?」

 

問いかけながら、杏子はまどかの沈黙を読み取る。返事はない。まどかは何か言葉を探しているようだった。目を伏せて、ほんの少しだけ唇を噛む。

 

「杏子ちゃん」

 

ようやく、まどかが口を開いた。声は小さかったが、震えてはいなかった。

 

「……ちょっと、相談聞いてもらってもいい?」

 

その一言に、杏子はほんの一瞬だけ、虚を突かれたように眉を上げる。

 

「へへっ、いいぜ。特別にな」

 

鼻で笑いながらも、なぜか胸の奥がふっとあったかくなるのを、杏子は知らんふりで振り払った。

静かな公園のベンチに、ふたり並んで座っていた。夕焼けが空をオレンジに染めていく。背中に落ちる陽射しが、まどかの小さな影を地面に映していた。まどかは膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、俯いている。

さっきまで見せていた柔らかな笑顔はどこへやら、今はまるで悪いことをした子どものように、しゅんと縮こまっていた。

 

「……で、何だって? 契約した途端に、キュゥべえが消えちまった?」

 

杏子は腕を組みながら、眉をひそめる。まどかの語る話は、にわかには信じがたいものだった。

 

「うん……気づいたら、目の前からいなくなってて。それで……次の日に学校の屋上で会ったら、“契約した覚えがない”って言われて……」

 

「なんだそりゃ。そんな話、今まで聞いたこともねぇぞ……」

 

思わず口をついて出た感想に、まどかはさらに肩をすぼめた。――でもよ、嘘をついてる顔じゃねぇ。混乱してる。完全に、な。杏子は短く息を吐いたあと、少しだけ声の調子を落とした。

 

「で、その……お前が願った願いって、なんなんだよ?」

 

核心に触れる問いだったのか。まどかの肩がぴくりと震える。

 

「え、えっと……それは……その……」

 

指先が落ち着きなく動き、口元が何度も開いては閉じられる。何をそんなに言い淀むんだ、と杏子は内心で首を傾げた。まどかはしばらく視線をさまよわせたあと、ほんの小さな声でぽつりとつぶやいた。

 

「……モ、モテモテになりたいって……願ったの……」

 

「……は?」

 

杏子の眉がぴくりと動く。

 

「悪ぃ、聞こえなかった。なんだって?」

 

まどかは一瞬、羞恥に押し潰されそうになったように口をつぐんだ。けれど、もう逃げられないと悟ったように、両手を握り直し――顔を真っ赤にしながら、ほとんど叫ぶように言った。

 

「モテモテになりたいって願ったのぉ!!」

 

夕暮れの公園に、声が響いた。その場にいた鳥たちが驚いて一斉に飛び立ち、空をバサバサと横切っていく。数秒の、痛いほどの沈黙。杏子は固まっていた。

……いや、声が出ねぇ。

まさか、まさかこんなに思いつめた顔で語った秘密が、そんなトンチキなもんだなんて。隣を見ると、まどかは頭を抱えてしゃがみこんでいた。顔は真っ赤。今にも泣き出しそうで、頭から湯気でも出てきそうな勢いだった。

 

「……マジかよ、お前……」

 

杏子は思わず立ち上がり、まどかを指差した。

 

「“モテモテになりたい”って、そんなバカみてーな願い、マジで真面目に言ったのか!?」

 

その声は想像以上に大きく、公園に残っていたハトがまた数羽バタバタと飛び立っていった。まどかは顔を両手で覆い、「ううぅ……」と小さくうずくまっている。羞恥の極みという言葉が、これ以上なく似合う光景だった。

 

「バ、バカって……だって、キュゥべえが“なんでも叶える”って言うから、つい……その、恋愛ってどんなものなのかなって……」

 

「いや、いやいや、それにしてもモテモテって、お前……!」

 

杏子は頭を抱え、その場をくるくると歩き回った。ツッコミどころが多すぎて、どこから手をつけていいかわからない。思考が渋滞している。

――だけど。

(……いや、よく考えたら、“モテたい”って、そんなにおかしい願いでもねぇよな)

復讐、家族のため、自分を守るため。魔法少女になる理由は様々だ。でも――

「誰かに好かれたい」とか、「愛されたい」とか。そういう願いも、すげぇ“人間らしい”もんだ。むしろ、よくある定番の願いなんじゃないか。

まどかを見る。まだ顔を真っ赤にしたまま、膝を抱えてうずくまっている。その姿がどこか無防備で、妙に胸に引っかかった。杏子は気まずそうに頭をかき、ため息をついて、まどかの隣に腰を下ろした。

 

「……ま、バカにしてるわけじゃねーよ。ただ、予想外だったってだけだ」

 

低く、ぼそりと言うと、まどかがそっと顔を上げた。

 

「ほんと……?」

 

上目づかいに見つめられて、杏子は一瞬、呼吸が止まりかける。

(……や、やべぇ。可愛いと思っちまったじゃねーか……!)

動揺をごまかすように、杏子は慌てて顔を背けた。

 

「に、似たようなこと考える奴だって……たぶんいるさ。きっと、うん」

 

なんとも締まらない言葉だったが、今はそれで精一杯だった。しばらく、夕暮れの静けさがふたりの間を包む。そしてまどかが、小さな声でぽつりとつぶやいた。

 

「……こんなこと、恥ずかしくて……誰にも言えなくて……」

 

その声は風に紛れそうなほどか細い。けれど、杏子の耳にははっきり届いた。

 

「それに、なんか……最近、みんなの反応が、ちょっと変で……」

 

まどかは膝の上で手をぎゅっと握りしめる。

 

「わたし、“モテモテになりたい”って願ったはずなのに……」

 

そこで一度、言葉が途切れる。そして――恥ずかしさに耐えきれなくなったように、顔を伏せた。

 

「……だーれも、告白してきてくれないし……」

 

最後のひと言は、ほとんど聞き取れないほどの小さな声だった。杏子は、思わず吹き出しそうになった。けれどすぐに口を押さえ、笑いをこらえる。

(……な、なんだよそれ……)

あまりにも可愛らしくて、苦笑いが漏れそうになる。でも、その言葉の奥には、確かに本気の寂しさがにじんでいた。からかう気には――とてもなれなかった。

まどかは顔を伏せたまま、小さく肩を震わせていた。杏子はその様子を、ちらりと横目でうかがった。そして、思わずこぼれる。

 

「……いや、ちょっと待てよ……」

 

ぽつりと落ちたその声は、自分でも聞き慣れないくらい、静かで真剣な響きだった。

(“モテモテになりたい”って願った?)

その言葉が、脳内で何度も反響する。まるで鐘の音みたいに、頭の中でぐわんぐわんと響いていた。杏子は思わず顔をしかめ、こめかみに指を当てる。

(ってことは……あたしが、無性にこいつのことが気になるのも。あのとき、名前を呼ばれただけで、なんか……ドキッとしたのも……)

嫌な予感が、電流みたいに背中を駆け抜けた。

(……これって、“その願いの影響”……だったり、する……?)

 

「……やべえ。これ、もしかして……めちゃくちゃやべえ願いなんじゃねーの?」

 

思わず、声が漏れた。まどかが驚いたように顔を上げる。

 

「え……?」

 

その視線をまともに受け止めることができず、杏子はぷいと目をそらした。

 

「いや、違う、そういう意味じゃなくてだな……! ちょっと待て、落ち着けあたし!」

 

こめかみを押さえながら、その場で小さくぐるぐると回る。思考がまとまらない。自分で自分にツッコミを入れたくなるほど、混乱していた。

(いやいやいや……私は女だろ!? こいつも女だし!? しかも魔法少女だぞ!? ……そんな簡単に影響されるようなタマじゃねーだろ!?)

――でも、あのとき。まどかが震えてて、思わず抱きしめちまったあの感覚。あれは、たしかに“守りたい”って思ったんだ。自然に。心から。

 

「……バカか、私……」

 

自嘲気味に漏らしたその声は、まどかには届いていない。それでよかった。聞かせるつもりなんて、さらさらなかった。けれど。

 

「まどか、ちょっとその願い……確かめてやるから、動くな」

 

唐突すぎる一言。まどかの肩が、びくんと跳ねる。

 

「えっ……!?」

 

戸惑いの声と同時に、杏子はぐいと一歩踏み出す。その勢いに、まどかは息を呑んだ。

 

「動くなって言ってんだろ!」

 

語気は荒かったが、その頬はほんのり赤い。怒鳴っているはずなのに、どこか焦っていて、照れているようにも見える。

まどかは呆然としながらも、言われたとおり、その場で固まるしかなかった。動けない。逃げられない。理由もわからないまま、ただ、目の前の杏子を見つめていた。

杏子の顔が――ぐぐっと近づく。

本当に、あと数センチで触れそうな距離だった。杏子の心臓が、ドクン、と派手な音を立てて跳ねる。

(……なんだこれ……めちゃくちゃ、いい匂いする……しかも、こうして近くで見ると――やっぱ、すげー可愛いな)

ごくり、と喉が鳴ったのが自分でもわかった。鼓動がうるさい。呼吸も、どこかぎこちない。

(これって……ほんとに“願い”のせいなのか? それとも……あたしが、本当に……?)

わからない。だけど、このまま顔を近づけたら、きっと――。その時だった。

 

「わわわっ! あ、あの、やっぱりちょっと離れてくれると……嬉しいかも……っ!」

 

まどかが顔を真っ赤にして、両手をばたばたと振った。

 

「あっ……わ、悪ぃ!」

 

杏子もはっとして一気に身を引く。勢い余って、後ろにのけぞるように退いた。二人の間に、ふわりと気まずく、それでいてどこか甘い沈黙が流れる。杏子は気恥ずかしさを隠すように、口元を手でぬぐいながら視線をそらした。

 

「……チッ。結局、願いのせいかどうかなんて、全然わかんねーじゃねーか……」

 

「うぅ……は、恥ずかしいよぉ……」

 

まどかは頬を押さえ、膝を抱えてうずくまる。杏子は照れ隠しのように髪をかきあげながら、胸の高鳴りの正体に思いを巡らせていた。

(……願いのせいだとしたら、ちょっと怖えな。でも、そうじゃないとしたら――)

杏子は髪をくしゃくしゃと掻きながら、ぽつりとつぶやいた。

 

「……つーかよ。もしかして……お前、願いのせいで、めちゃくちゃ可愛くなっちまったんじゃねーの?」

 

「えっ!?」

 

まどかがびくんと肩を震わせた。杏子は気まずそうに頬をかきながら、そっぽを向いたまま続ける。

 

「だってさ、なんか……やけに目が離せねーっていうか、見てると胸がザワザワすんだよ。……お前、前からそんなだったっけか?」

 

その言葉に、まどかは真っ赤になった顔を両手で覆いながら、かすれるような声で答えた。

 

「か、かわいいなんて……そんなことないよっ……!」

 

視線を伏せ、恥ずかしそうに小さく肩をすぼめる。でも、その表情がまた、やけに絵になる。

 

「見た目は、多分……変わってない、はず……だよ……?」

 

ぽつりとつぶやいた声はか細くて、どこか自信なさげで。杏子は思わず眉をひそめ、頭をかきながら低くうなる。

 

「……ほんとかよ。信じらんねーんだけど……」

 

まどかは静かに頬を染め、杏子はその姿にますます頭を抱える。これは“願いのせい”なのか、それとも――さっきより少しだけ離れたはずの距離が、妙に近く感じる。

落ち着かない、くすぐったいような空気がふたりを包み込んでいた。その沈黙を破るように、杏子がふいに口を開いた。

 

「……キュゥべえのやつ、言ってたぜ。お前とは契約してないってな」

 

まどかは小さくうなずく。

 

「うん……でも、わたし、ちゃんとお願いしたの。キュゥべえに。そしたら……そのあと、ノイズが走るみたいに変な感じになって――消えちゃったの」

 

「……やっぱ、何かあるな」

 

杏子は腕を組み、考え込むように目を細める。

 

「よし、わかった。まどか、その謎が解けるまで――あたしが付き合ってやるよ。謎解きってやつにな」

 

「えっ、本当に?」

 

ぱっと顔を上げたまどかに、杏子は肩をすくめて笑った。

 

「乗りかかった船ってやつだ。他のやつらには、黙っとけよ?」

 

「う、うん……言わなきゃって思ってたけど……やっぱり、恥ずかしくて……」

 

まどかは頬を赤らめながら、視線を落とした。

 

「まあ、無理に言うことはねぇよ。恥ずかしい願いってのは……わかるしな」

 

杏子はふっと笑い、すっと立ち上がる。

 

「とはいえ……何から調べりゃいいかって考えると――あ、そうだ!」

 

何かを思いついたように手を打つ。

 

「そういえば、お前と同じで“キュゥべえと契約してないのに魔法少女になってる”やつ、もう一人いたよな?」

 

「え?」

 

まどかが瞬きをする。その間に、杏子はひらりと背を向けた。

 

「悪ぃ、ちょっと用ができた。この続きはまた今度な!」

 

「え、杏子ちゃん?」

 

呼び止める声に、杏子は振り返らず、軽く手を振って言った。

 

「心配すんな、まどか。あたしがなんとかしてやるからよ」

 

その背中は、不思議と――頼もしく見えた。

 

***

 

「ようやっと見つけたぜ」

 

その声に、黒髪の少女がゆっくりと振り返った。暁美ほむら。その目は冷えきっていて、奥底が見えない。感情を感じさせない声色も――やっぱり、こいつはどこか普通じゃねぇ。

 

「佐倉杏子。ちょうどよかったわ。私も、あなたに話があるの」

 

「そうかよ。でも悪いな、先にこっちが聞きたいことがある」

 

杏子は一歩、ほむらとの距離を詰めた。――胸の奥が、ざわざわして落ち着かない。気のせい……じゃない。

 

「キュゥべえが言ってたぜ。お前、契約してない魔法少女なんだってな」

 

その言葉に、ほむらはほんの一瞬だけ沈黙した。そして目を伏せ、静かに言う。

 

「そうね。そうとも言えるし……そうでないとも言えるわ」

 

「はあ? こっちは謎々をしに来たわけじゃねーんだよ」

 

思わず苛立って、肩から槍を下ろす。脅すつもりはねえけど、なんかこう、こいつの言い回しはイラつくんだよ。だが、ほむらはまったく怯まない。ただ、淡々と問い返してくる。

 

「あなたがそんなことを聞く理由は、何?」

 

「――鹿目まどか、だよ」

 

その名を口にした瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。ほんと、なんなんだよ……。

 

「あの娘とお前、何か関係あんのか?」

 

そう訊いた瞬間だった。ほむらの目が、ごくわずかに揺れる。その微かな動き、杏子は見逃さない。

 

「……そう。あなたもなのね」

 

ぽつりと、独り言みたいな声で言いやがった。

 

「この“世界”では、みんながあの子を気にしてる。……こんなの、初めて」

 

「は? お前、何言ってんだよ。意味わかんねーぞ」

 

“この世界”? 初めて? 何を言ってるんだ、こいつは。戸惑う杏子をよそに、ほむらは静かに、だが断言するように言葉を落とした。

 

「私が魔法少女になったことと、“ここの”鹿目まどかとは……関係ないわ」

 

――“ここの”。その一言が、引っかかる。胸に刺さった小さな棘のように、ずっと残る。

やっぱりこいつ、何か知ってやがる。まどかのことも、自分たちのことも、まるで別の世界から見てるような……そんな目をしてる。杏子はしばらく言葉を飲み込んだまま、ただじっと、睨みつけていた。

 

「逆に聞くわ、あなた、あの子を守りたい?」

 

ほむらの問いかけに、杏子は眉をひそめた。なんだその唐突な質問は。

 

「……なんだよ、“守りたい”って」

 

思わず顔が熱くなるのを感じた。うまく言葉にできない感情が喉に引っかかって、言い淀む。ほむらの目は、まっすぐだった。揺るぎなく、深く、どこか絶望を知っているような光。

 

「このままだと、あの子、死ぬわよ。あの子だけじゃない。この街ごと」

 

「……は?」

 

一瞬、意味が理解できなかった。

 

「何言って……っ」

 

「“ワルプルギスの夜”が来るわ」

 

その名前を聞いた瞬間、杏子の背筋に冷たいものが走る。知ってる。魔法少女の間では悪夢のように囁かれてきた最悪の災厄。

 

「なんでお前が、それを知ってるんだよ!?」

 

ほむらは目を伏せず、淡々と――けれどどこか必死に――答えた。

 

「私にはわかるの。説明はできないけれど……私には、それが“見えて”いるの」

 

言葉の意味は理解できない。けれど、嘘じゃないと直感が告げていた。

 

「それで……あの子を守りたいの? だったら、私に協力して」

 

「……なんであたしに?」

 

杏子は一歩、距離を取った。槍の柄を握りしめる手に、じわりと力がこもる。

 

「他にも魔法少女はいるだろ。マミとか、あの青いのとか」

 

だが、ほむらはすぐに首を振った。

 

「巴マミは信用できない。美樹さやかは、そもそも力も経験も足りないわ」

 

「は?」

 

杏子は思わず声を上げた。

 

「マミが信用できねえって……あいつは魔法少女の中でも、とびきりの“善人側”だろ? 実力だって申し分ない」

 

ほむらは、ほんの少しだけ視線を外した。

 

「いろいろあるのよ」

 

その言葉には、過去の重みのようなものが宿っていた。言えない事情、語れない過去。そういう何かが、きっと。杏子は眉を寄せたまま、しばし無言でほむらを見つめた。すぐに納得できるような話じゃない。けれど、胸の奥で何かが引っかかっていた。

――まどかのことになると、自分は冷静じゃなくなる。いったい、どうしてなんだ。杏子はしばらく黙ったまま、ほむらの言葉を反芻していた。

 

「……ちょっと、考えさせてくれ」

 

すぐには答えを出せなかった。まどかのことは気になる。あの子の願い、あの子の存在、そしてあの子の笑顔――

でも、自分の中で整理がついていない。助けたいと思う気持ちが、本当に自分の意思なのか、それとも……あの願いの“影響”なのか。ただこのあの子の助けになりたいという気持ちからは逃れられそうにない。

ほむらはわずかにうなずいて言った。

 

「……わかったわ。ただし、あまり時間は残されていないわ」

 

そう言い残すと、風のように去っていくその背中を、杏子はしばらく無言で見送った。胸の奥に残ったざわめきは、未だ答えをくれなかった。

 

 




自分は基本的に「1話は長ければ長いほど嬉しい」タイプでして(もちろん限度はありますが)
今回ちょっと長くなってしまったのですが、そのまま一話にまとめて投稿してしまいました。

読みづらさなどあったらすみません……でも、最後まで読んでいただけたなら本当に感謝です。

これからもこの調子で進む可能性が高いですが、どうか温かく見守っていただければ幸いです。
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