ほむらちゃん、ごめんね私モテモテになる。さあ叶えてよインキュベーター 作:じゃあな・アズナブル
巴マミは、学校帰りの道をひとり歩いていた。オレンジ色の夕陽が街を照らすなか、スカートの裾をそよがせる風が、どこか落ち着かない気分に拍車をかけていた。
なんとなく胸の奥がざわつく。そんな自分を持て余しながら歩いていたとき、不意に視線の先に見覚えのあるシルエットが映った。
街外れの、公園。人通りの少ないその場所に、鹿目まどかと美樹さやかがいた。ベンチのそばで、二人は何か言い争っているようだった。
(……あの二人が? けんか……?)
マミの足が止まる。思わず木陰に身を寄せ、様子をうかがってしまう。
まどかの表情は困り果てていて、さやかは声を荒らげながら、言葉をぶつけていた。
「……あたし、あいつらのこと、信用できない。佐倉杏子も、暁美ほむらも!」
その言葉に、マミの胸がちくりと痛んだ。
(……佐倉さんのことを、そんなふうに……)
けれど、今は感情に流されるときではない。二人の関係のほうが、はるかに心配だった。まどかが慌ててさやかに向き直る。
「そんなことないよ。ほむらちゃんは、わたしのことを助けてくれたし……杏子ちゃんも、やさしい子だよ」
その言葉に、さやかの目が揺れた。どこか戸惑いがにじむ。
「……“杏子ちゃんもやさしい子”って……」
語尾が震えていた。さやかの声は低く、そして静かに熱を孕んでいく。
「まどか。あいつと、なにかあったの?」
「え……それは、その……」
まどかの視線が揺れた。言いかけて、やめる。どこか後ろめたいものを隠すように、視線を落とす。
「……まさか、あたしより、あいつのほうを信じるってことないよね?」
「そんなつもりじゃ……!」
まどかが否定しようとしたその瞬間、さやかの声が遮るように重なった。
「親友のあたしより、あいつを信頼するの?」
その言葉には、明確な寂しさと怒り、そして――嫉妬がにじんでいた。まどかは言葉を失い、さやかの目には涙が浮かんでいた。
(……もう、見ていられないわ)
マミはそっと歩み寄り、二人の間に割って入る。穏やかに、けれどしっかりとした声で言った。
「――ちょっと、二人とも。落ち着いて」
まどかがはっとしたようにこちらを見て、安堵の色をにじませる。さやかも驚いたように振り返り、気まずそうに視線をそらした。マミは二人の間に立ち、優しい声で問いかける。
「いったい、何があったの?」
そう問いかけながら、マミは二人を交互に見つめた。
(鹿目さんと美樹さんが、こんなふうにぶつかるなんて。でも、私が間に入れば、少しは――)
胸の奥が、じわりとざわめく。この子たちの仲がこじれてしまうのは、見ていられない。何か、自分にできることがあるのなら。
「マミさん!」
さやかが勢いよく立ち上がった。目元は涙で濡れていて、抑えきれない感情がそのまま声に乗ってあふれ出す。
「まどかが……あの赤いのと、二人で……いい感じになってたって!」
「ちょ、ちょっと、さやかちゃん、それは違うよ!」
まどかが慌ててさやかの袖をつかむ。目を見開き、必死に否定するように言葉を重ねる。
「ただ、みんな同じ魔法少女だし……争ってほしくないなって思って……話してみたら、杏子ちゃんも、ちゃんとやさしい子だったんだよ?」
マミはそのやり取りを黙って聞いていたが、一瞬だけ沈黙を置いてから――ふっと、笑みを浮かべた。
にこり、と。その笑顔はいつものように穏やかだったが、ほんのわずかに、影が差していた。
「あらあら、それは……詳しく聞かせてもらわないといけないわね?」
「マ、マミさんっ!?」
まどかが顔を真っ赤にしながら声を上げる。マミはくすっと微笑んだ。
「ふふ、冗談よ」
そう言いつつも、胸の奥で確かに何かがひっかかっていた。佐倉さんが、鹿目さんと――ふたりきりで?
(あの子が、そんなふうに誰かと……)
どこか落ち着かない。冷静であろうとすればするほど、心がざわめく。けれど、マミはすぐに表情を整え、さやかへと向き直る。
「でもね、美樹さん。佐倉さんは、たしかに誤解されやすいところがあるわ。でも、あの子は――ちゃんと自分の考えを持ってる。しかも、それに従って行動できるの。簡単なようで、それってすごく難しいことよ」
さやかは唇をかみしめ、顔をそむけるようにして言い返す。
「だけどあいつ……! 使い魔は、魔女になるまで放っておけ、なんて言うんですよ? そんなの、誰かが襲われるかもしれないのに!」
強い声。それは、正義感の表れでもある。マミはその思いを受け止めながら、ほんの少し視線を落とした。
「……そうね。私も、そこに使い魔がいるのなら、迷わず退治する。だって、それが“私のやり方”だから。でも――」
言い淀むように、一度だけ呼吸を整える。
「それは“私がそうしたいから”なの。佐倉さんのやり方が、絶対に“間違い”とは言えないのよ。あの子には、あの子なりの価値観と、戦い方がある。魔女になればグリーフシードが手に入るというのも事実だし、私たち魔法少女には、それが必要不可欠なのも――事実よ」
その言葉に、さやかの表情が歪んだ。納得できない、でも否定しきれない。そんな感情が渦巻いている。
「マミさんまで……!」
唇が震え、声がかすれている。マミは、さやかの揺れる瞳をそっと見つめていた。それでも――マミには、どうしても否定しきれなかった。
戦う理由に「絶対」なんて存在しない。誰もが、それぞれの想いを胸に戦っている。それを知っているからこそ、マミは静かに、しかし力を込めて言葉を続けた。
さやかの唇がかすかに震えているのが見えた。悩みと怒りが入り混じったその表情に、マミはほんの少し微笑を浮かべ、優しく、しかし真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「でもね、美樹さん」
そっとその瞳を見つめる。逃げずに、正面から受け止めるように。
「佐倉さんが、自分の思った通りに行動するように――あなたも、自分の信じた道を行けばいいわ」
さやかが驚いたように顔を上げる。その瞳の奥には、戸惑いの色があったけれど……ほんのわずかに、迷いの霧が晴れていくような気配があった。
「あなたが“守りたい”と思った誰かのために戦うのは、間違いなんかじゃないわ。たとえやり方が誰かと違っても……その気持ちは、決して恥じるものじゃないのよ」
その言葉が、さやかの中でどこまで届いたのかはわからない。
けれど――マミは信じていた。自分自身が、ずっとそうやって戦ってきたから。迷いながらも、それでも守りたいものがあったから、魔法少女として立ち続けてこられた。だから、きっと彼女も。
さやかの顔に、少しだけ決意の色が差したように見えた。そんな空気の中で、まどかがふと口を開いた。
「マミさんってやっぱりすごいなぁ」
柔らかな声とともに向けられた瞳は、どこまでも真っ直ぐで、眩しいくらいだった。その中に込められた尊敬の色に、マミの胸がくすぐったくなる。
「ふふっ……そうかしら? そんなに褒められると、ちょっと照れちゃうわね」
そう言って笑ってみせる。でも――頬がほんのりと熱を帯びるのは、どうにもならなかった。こんなふうに頼られるのは……本当に、久しぶりのことだったから。
彼女たちと出会う前。魔法少女として孤独に戦っていた、あの頃とは違う。誰かと並んで笑える今の時間は、まるで夢のようだった。
その隣から、小さな棘のような視線が飛んできたのを、マミは見逃さなかった。
「へぇ~、そうだよね~マミさんはすごいもんね~。まどかもメロメロってわけね~。へぇ~……」
あからさまにむくれた声。さやかが、じと目でまどかを睨んでいる。
「あら、どうしたの? 美樹さん」
やや困惑しながら尋ねると、さやかは大げさな口調で返してきた。
「別に~? ただ~? 親友が他の人にデレデレしてるのを見せつけられたら~? そりゃあちょっとくらい拗ねますってだけで~す」
笑顔はにこやか。でもその下に渦巻いている感情は、痛いほど伝わってくる。……ほんと、わかりやすい子。まどかは慌ててさやかの方に向き直り、ぶんぶんと手を振った。
「ち、ちがうよさやかちゃん! あの、その……マミさんのことはすごく尊敬してるけど、そういう意味じゃなくて……!」
「はーいはーい、言い訳は今のうちに済ませておいてねー? 私のまどかがとられちゃうぅ~!」
「えええっ!?」
どこか漫才のようなやり取りに、マミは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、仲が良くて何よりね」
――でも、心の奥底では、少しだけ羨ましかった。そんな想いを、言葉にはしなかった。ただ、私は静かに微笑んでいた。
ふたりのやりとりを、そっと目で追いかけながら――心の中で、ひとつの願いが芽生える。
ああ、この子たちを、守りたい。
けれど――だからこそ。
(……佐倉さん。今のあなたと、きちんと向き合うべき時なのかもしれないわね)
そう思えたのは、きっと、このふたりのおかげだ。特に――鹿目さん。あのまっすぐな瞳が、私の胸の奥に、確かに何かを灯してくれた。
(この子たちの未来が、少しでも優しいものになるように……私にできることを、しなくちゃ)
「ふたりとも、そろそろ時間ね。私は今日は、これで失礼するわ」
さやかが少し不満そうに口をとがらせる。
「えっ、もう帰っちゃうんですか?」
まどかも、名残惜しげにこちらを見上げてくる。でも、私は笑顔を崩さず、そっと手を振った。
「ふふっ、大丈夫。またすぐ会えるわ」
そう言って背を向けた瞬間、表情をわずかに引き締める。足取りは軽く、それでも胸の内には覚悟がある。
(さて――佐倉さん。あなたは、今どこにいるのかしら)
***
昔馴染みの気配を頼りに、マミは街を歩いていた。彼女がこの街に来ていると知ったときから、どこかで話す覚悟はしていた。けれど――やはり、ほんの少しだけ緊張している自分がいた。
そんなマミの前に、その姿は思いのほかあっさりと現れた。夕焼けが差し込む町外れの協会。その静かな空間で、ベンチの背にもたれかかる赤い髪の少女。かじりかけのリンゴ飴を手にしたまま、佐倉杏子がそこにいた。
「……やっぱり」
「ん。誰かと思えば……巴マミのお出ましかよ」
杏子はちらりと視線を上げ、にやりと笑う。その態度は昔と変わらない。マミはひとつ息を整えて、静かに一歩を踏み出した。
「少し、話がしたいの。佐倉さん」
「へぇ……あんたがそう言うってことは、よっぽどのことだな」
その言葉に、マミの目が自然と鋭くなる。
「鹿目さんと美樹さんのことよ。今のあなたのやり方では、彼女たちを危険に巻き込む。私はそれを……見過ごすわけにはいかない」
「へっ、正義の味方気取りかよ」
「いいえ。正義の味方なんかじゃない。ただの先輩魔法少女よ。でもね――ふたりを守りたいと思った。それだけは本気なの」
その瞬間、杏子の表情に一瞬だけ揺れが走った。けれどすぐに、軽く口角を吊り上げてみせる。
「……ずいぶんあいつらに執着するじゃねえか。やっぱり――まどかか?」
その名を口にされた瞬間、マミは無意識に一歩踏み込んでいた。
「なっ、何を……! 私はただ、魔法少女の先輩として――」
「ほーん?」
杏子がわざとらしく口笛を吹く。その仕草もまた、どこか懐かしく、そして癪に障った。マミはひとつ深く息を吸い、落ち着くように胸に手を当てた。
「佐倉さん。茶化すのはやめて。私たちには、守らなければならないものがある。そのために、ちゃんと話し合いたいの」
「へぇ、マミにしては珍しいじゃん? そんなに焦っちゃってさ。まどかに、特別な感情でもあるのかよ」
ドクン、と胸が跳ねた。図星を突かれたわけではない。――たぶん。けれど、鹿目まどかの笑顔が脳裏によぎっただけで、言葉が詰まった。
「なっ……! そ、そんなわけないでしょう! あの子は――」
あの子は、ただの後輩なんかじゃない。でも、それを口にするのは怖かった。自分の気持ちに、まだ名前をつけたくなかった。
「まあ、別にいいけどよ。あたしだって……気になってんだ。あの子のこと」
「佐倉さん……?」
「だからこそ聞かせてくれよ。あんたは、どうやって――まどかを守るつもりなんだ?」
挑発のようでいて、その言葉には確かな真剣さが滲んでいた。マミは静かに息を吸い、正面から応じる。
「……守るだなんて、大げさなことじゃない。ただ――私は私ができることをやるだけよ」
「……そうかよ」
杏子が背をのけぞらせて、天を仰ぐ。しばしの沈黙の後、ふいに真顔になり、問いかけた。
「なあ、マミ。お前……“ワルプルギスの夜”は知ってるよな?」
唐突な言葉に、マミは目を細めて頷く。
「もちろん。魔女の中でも別格の存在――何人もの魔法少女が束になっても敵わない、最悪の災厄」
杏子は口の端をわずかに上げた。だが、その目には笑みが宿っていなかった。
「じゃあ、もしそいつが――この街に向かってきてるって言ったら?」
その一言に、マミは息を呑む。
「……本当なの?」
「本当だって確証はねぇ。でも、あたしはその情報に嘘はないと思ってる」
重苦しい沈黙が落ちた。ワルプルギスの夜。もし本当にこの街に来るのだとしたら――どれほどの被害が出るのか想像もつかない。それどころか、誰も止められない可能性だってある。
「逃げるか?」
杏子の声が低く響く。まるで挑むような、その声音。
「どうするよ、マミ。あんた、あの子たち――まどかや美樹さやかを巻き込む前に、ここから手を引くか?」
胸の奥がざわついた。逃げる? その選択肢は、とっくの昔に捨てていた。
「……逃げるつもりなんて、最初からないわ」
「へぇ」
「私は、魔法少女になったことを後悔していない。誰かのために戦える力を持てたことを、誇りに思ってる。だから――逃げたりなんて、しない」
杏子がわずかに目を見開く。だがすぐに、ふっと息を吐いて笑った。
「……そっか。まあ、あんたならそう言うと思ったよ」
マミは杏子の顔を見つめ、言葉を重ねる。
「……あなたはどうするの、佐倉さん。この街はあなたのテリトリーじゃない。ここを離れても、誰も責めたりはしないわ」
その問いに、杏子はほんの一瞬だけ目を伏せた。けれど、すぐに顔を上げる。そして――挑戦的な笑みを浮かべた。
「まさか。そんな大物を前にして、このあたしが逃げ出すと思うのかよ?」
力強い言葉。だが、その奥に滲む揺らぎを、マミは見逃さなかった。
「……そう。あなた、昔はこう言ってたわよね。『戦うのは自分のためだけ』だって」
杏子の眉がぴくりと動いた。
「それが、今回戦う理由も“自分のため”なの? 本当に、それだけ?」
探るような声色。
「……なにが言いてぇんだよ」
そっぽを向いた杏子の頬に、かすかに赤みが差していた。その様子に、マミはふっと微笑む。
「ふふ、いいじゃない。自分のため以外に戦ったって。私は嬉しいわよ。こうして、またあなたと一緒に戦える時が来るなんて」
照れ隠しのように、杏子がぼやく。
「ちょっと組んだこと後悔しそうだぜ、やりづれえな……マミとは……」
だが、その声音はどこか柔らかく、安堵の色さえ滲んでいた。夕風がふわりと吹き抜け、二人の間の距離をそっと近づける。杏子は組んでいた腕を解き、わずかに真剣な顔つきになる。
「戦力は、あたしとマミ……それと、暁美ほむら。三人だ」
マミの表情がこわばった。
「……暁美さんも、なのね」
杏子は軽く肩をすくめて答える。
「あいつ、変わってるけどな。実力は確かだ。それに……あいつ、まどかのことを特別に思ってる。あれは、本気だぜ」
「……ええ、そうね。私にも、わかるわ」
あの冷たく見える少女が、鹿目さんを見る目には確かに、特別な光が宿っていた。それは、マミ自身にも覚えのある――誰かを守りたいと願う、真剣な眼差しだった。
(佐倉さんも。暁美さんも。――そして、私も)
もし本当に、ワルプルギスの夜がこの街に迫っているのだとしたら。今、必要なのは過去の因縁でも、自分のプライドでもない。あるのはただ、守りたいという気持ちと、共に立ち向かう覚悟だけだ。
「……ええ。三人いれば、きっと戦えるわ」
マミの言葉に、杏子はにやりと笑い返す。
「よし、なら――やってやろうじゃねぇか」
少しの沈黙を挟んで、マミは問いかけた。
「……美樹さんは、どうするつもり?」
その名前を聞いた杏子は、鼻で笑った。
「はっ、あいつ戦力どころか足手まといだろ。初心者のお守なんて、まっぴらだぜ」
冷ややかな言葉。だが、そこに含まれる感情は単なる見下しではない。マミは否定も肯定もせず、静かに視線を落とす。
「……そうね。美樹さんには、まだ荷が重いわ。でも――きっと、知ったら戦うって言うと思う。自分を省みず、誰かを守ろうとする……そういう子だから」
杏子が目を細めた。その視線には、わずかに影が差す。
「だから危なっかしいって言ってんだよ。じゃあ、あたしが現実を教えてやるさ。自分の実力ってやつをな」
マミがわずかに眉をひそめると、杏子は片手を軽く挙げて言い添えた。
「……マミ、今度は邪魔すんなよ?」
その言葉に、棘はなかった。むしろどこか寂しげで、責任を一手に引き受けようとする覚悟すら感じさせた。嫌われ役を買って出ている。そう察したマミは、わずかに目を細めて、苦笑を浮かべる。
「……わかったわ。ただ、その前に――私に話をさせて」
マミの声は静かで、それでいて強い意志を感じさせた。
「それでも彼女が引かないのなら……そのときは、あなたに任せる。私はもう、邪魔しないわ」
杏子はほんの少し目を細め、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「言葉で素直に引き下がるようなタイプには見えなかったけどな。……あいつ、感情に任せて突っ走って、早死にするタイプだぜ」
その言葉には、あくまで突き放すような口調が乗っていたが――マミにはわかっていた。そこに宿っているのは、軽蔑ではなく、ほんの一握りの心配と、不器用な優しさだった。
今回は百合成分控えめ、どちらかというと展開の“つなぎ”のような一話になっております。どうかお許しください。
マミさんと杏子の関係性については、完全に妄想でお送りしています。この二人の過去の関係性ってマギレコや外伝作品では発覚してるのかな?