炎が上がるのが見えた。
少しピンク色が掛かった炎だ。
「なによ、あれ」
見慣れない炎にセリカが呟く。
だが、私はあれを知っている...見たくなかったものだ...あれだけは...
そう思っていると何かがこちらに吹き飛ばされてきた。
「これは...」
ゲヘナの風紀委員長...空崎ヒナだった。
だがその体は恐らく今の爆発により激しい出血と火傷を負っていた。
「...なにこれ...酷い
ゲヘナの風紀委員長がこんな風にやられちゃうなんて...いったい誰が...」
「ホシノ先輩だよ...」
「何言ってるのよシロコ先輩...!
ホシノ先輩がこんな酷いことするわけないじゃない!」
「...そうだね...あれはホシノ先輩だけど...もう」
「シロコ先輩...?」
「とりあえず、空崎ヒナはそこに置いておいて迎撃準備...来るよ」
「来るって...ってか...置いとけるわけないでしょ...急いで治療しないとでしょ!」
「ん...悪いけど治療は無意味...その人は助からない」
「助からないって...何言ってるよの...まるで死んじゃうみたいな...
それに、シロコ先輩怖いわよ...」
自分でも恐ろしいほど冷静なのがわかった。
いや...冷静であろうとしているんだ...
でなければ...私は...
「誰かこちらに来ます!」
アヤネが声を上げると人影がこちらに近づいてくる。
「...ねえ、あれ誰よ」
セリカが声を荒げながら聞いてくる。
「ノノミ先輩、誰よあれ...」
「あれは...」
「アヤネちゃん、誰よあれ!」
「.......あれは」
「暴走したホシノ先輩」
私の言葉にセリカは言葉にできない表情をしていた。
きっと認めたくなかったのだろう。
「なによ...それ...何やってんのよ...ホシノ先輩」
全員が絶望していた。
そうだろう...あんなホシノ先輩...いや、ホシノ先輩に限らずあんなものは初めて見る。
あんなもの、どうすればいいのかわからないだろう。
「...シロコちゃん...何してるんですか」
私は銃を構えてホシノ先輩を見つめていた。
ノノミはそれに気づいて私に声をかける。
それはまるで、縋るような声だった。
「何って...ホシノ先輩を止める」
全員が私を見ていた。
一筋の希望が見えたかのように。
「止められるんですか!?」
「やってみないと分からない...だからやれるだけのことはする」
「...シロコちゃん...ホシノ先輩のあの状態について詳しいんですか?」
「...少し、知ってるだけ
あれは反転っていうもの...生徒の神秘が反転して恐怖になった状態...
「はんてん...恐怖...?」
私の説明に全員がぽかんとしていた。
「...今はそういうものだって認識していて
とりあえず...ホシノ先輩を止めるために戦って止める」
「わかった...止めればいいのね!」
「...詳しいんですね...シロコちゃん」
「...まあ...本で読んでたまたま知ってただけ」
...さすがに当事者だからとは言えなかった。
「けど、あんなの私たちに止められるの...?
ゲヘナの風紀委員長だって」
空碕ヒナは少し離れた位置で横たわっている。
戦闘に巻き込まれることはたぶんない...だが、もうその命は長くない。
少なくとも、私の辿った歴史ではそうだった。
そう思うと悔しくて唇を強く噛み、血が溢れていた。
「シロコちゃん...」
「行こう...もう犠牲者を...ホシノ先輩に罪を重ねさせないために...」
私は先陣を切って前に出る。
大丈夫、このホシノ先輩となら私は戦える。
いつものホシノ先輩には確かにまだ敵わない。
けれどこのホシノ先輩には理性がない。
ホシノ先輩の強みが今はない。
ホシノ先輩が銃を放つ。
驚異的な威力、範囲だがこれは躱せる...前の世界でもやったことだ。
「シロコちゃん...すごい...
あのホシノ先輩と戦えてる...」
「ノノミ、ぼーっとしてないで援護!」
「あっ...すみません!」
ノノミに喝を入れる。
ノノミもそれに反応して銃を放つがホシノ先輩は気にも留めてない。
だがきっと、ダメージは入ってるはずだ。
砂煙が巻き上がり、私はそれを利用してホシノ先輩から隠れるように近づく。
「ホシノ先輩、戻ってきて!」
声をかけるのと同時に銃を放つ。
私の銃弾も特に意に介してない様子だった。
「ばかやってないで早く帰ってきなさいよ、ホシノ先輩!」
セリカも同じタイミングでホシノ先輩に近づく。
...いや、あれはだめだ!
接近しすぎてる!
「セリカ下がって!」
私の警告は遅かった。
ホシノ先輩はすでにセリカに銃を向けていた。
「あっ...ホシノ先輩...」
「セリカちゃん!」
だが、ホシノ先輩が銃を放つ前にアヤネがセリカを押し飛ばす。
セリカに向けられた凶弾は代わりにアヤネがその身に引き受けた。
「アヤネちゃん!」
鮮血をまき散らしながらアヤネは吹き飛ばされる。
私は二人の前に入って銃を放つ。
「セリカ、アヤネを連れていったん下がって!」
「ホシノ先輩、こっちです!」
時間を稼ぐために私が前から、後ろからノノミが同時にホシノ先輩に発砲する。
だが、やはり銃弾を受けても気にせず...ノノミに向かう。
「ノノミ!」
ノノミはホシノ先輩の攻撃をその身にすべて受けた。
「平気...です!」
一度大きく仰け反りながらもノノミは強くその場で踏みとどまる。
後ろを見ればアヤネの避難は終わっていた。
「くっ...どうすれば...」
正直、私は焦り始めている。
「ホシノ先輩、こっちですよ!」
ノノミはダメージを受けて、血を流しながらも懸命にホシノ先輩に食らいついている。
私も、経験を生かしてダメージは最小限に戦えてる方だ。
「でも...これ...」
どうすればいいのだ?
あの時の奇跡にはさまざまな要因があった。
アロナ...もといプラナがいた。
アロナもいた。
そして先生に...2人の私。
奇跡を起こすには最低でもこれぐらいが必要だ。
だが、どれも今この場にはいない。
戦えてはいる...だが、肝心の対処法がわからない。
これではじり貧になって、負けるか...ホシノ先輩を...いや考えてはだめだ!
そう思った瞬間、大きな落雷が起きた。
「今度は何よ!?」
セリカが声を荒げながら空を見上げる。
その落雷はホシノ先輩とノノミの付近に起きて、さすがにホシノ先輩も動きが止まった。
空を見上げると黒雲が広がっていた。
雨は降っていない。
嫌な天気だと思った...それと同時に何か忘れているような...
次の瞬間、思い出す...キヴォトスを滅ぼした存在を...
「セトの憤怒!?」
最悪の存在を忘れていた。
ホシノ先輩を早く何とかしないとセトの憤怒がここに来る。
この世界ではキヴォトスを滅ぼし、あっちの世界では倒せても私を殺す存在。
早くなんとかしないと...
だが、気持ちが焦るばかりで答えが何も出てこない。
「きゃあ!?」
ノノミの悲鳴によって意識が戻される。
慌てて見ればノノミは倒され、ホシノ先輩はノノミに止めを刺そうとしている。
「ノノミ!」
「...私を殺すんですか...ホシノ先輩」
ノノミの問いかけにホシノ先輩は答えない。
「...いいですよ...ホシノ先輩...ただ...私を殺して平気な顔でしたら怒りますからね」
「だめ、ノノミ!
ホシノ先輩もノノミを撃っちゃダメ!」
ホシノ先輩をいまだに戻す方法は見つからない。
ノノミは負傷もあってもう戦えないと判断したのだろう。
なら、一か八かでホシノ先輩に殺されてその衝撃で正気に戻ってもらおうと考えたのだろうか?
だが、それはだめだ。
出来る出来ないの話ではない。
ホシノ先輩にこれ以上罪を重ねさせないために...
なによりも...ホシノ先輩にノノミを殺させることは絶対にあってはいけない。
そう考えているとふと気づいた...
ホシノ先輩の背中ががら空きだ。
そしてこんなシチュエーションを私は覚えている。
時間が止まったようだった。
思考と呼吸だけが早くなる。
ああ...覚えている...このシチュエーション...確かに覚えている。
私がホシノ先輩を以前殺した時とそっくりだ。
セトの憤怒の顕現まで時間がない。
ホシノ先輩はノノミを殺そうとしている。
そして、背後にいる私に気づいていない...ホシノ先輩を殺すのには絶好のチャンスだ。
「はぁ...はぁ...はぁ...」
呼吸が荒くなり、思考もぐちゃぐちゃになる。
やれ、いや駄目だ。
やらないとノノミが殺される。けれどホシノ先輩を殺すことになる。
迷うな、キヴォトスまで滅ぼされるぞ。
でも私は何のために頑張ってきたんだ。
恨むなら力不足な私を恨め。
ホシノ先輩の指が引き金にかかる。
いやだ...撃てない...また私はホシノ先輩を殺すのか?
けれど撃たなきゃ...ノノミが...世界が...
「...ホシノ先輩、泣いてるんですか?」
ノノミがそういった
なぜ泣いているのかはわからない。
ユメ先輩のことを考えてか...それともノノミを撃とうとして、それが止められないことを嘆いているのか...
最後のは私の希望だが...結局はわからない。
「うわああああああ!」
私は雄たけびを上げながらホシノ先輩の無防備にな背中を撃った。
その場に静寂が訪れた。
私も、ノノミも、ホシノ先輩も全員、その場で止まっていた。
ただ、わかることは...ノノミは無事で、私の弾丸はホシノ先輩の心臓を撃ち抜いていた。
なぜ、今までダメージにならなかったのに急に効いたのかはわからない...けれど...事実としてそこにあった。
「...シロコ...ちゃん」
ホシノ先輩は振り向いて私に声を掛ける。
姿は戻ってないがその表情から理性は戻っているようだった。
「...ごめんね...迷惑かけて
みんなは...?」
「アヤネが...危ない...セリカとノノミは傷は大きいけど...大丈夫
私も...軽傷...」
「風紀委員長ちゃんは...」
「......多分...だめ」
「そっか...ほんと...酷いことしちゃったな...
あの世で...いや、あの世では会えないね」
「...ホシノ...先輩」
私は震えていた。
震えながらホシノ先輩を抱きしめた。
ホシノ先輩の体はとても軽く感じた。
「ありがとうね、シロコちゃん...
私を止めてくれて」
「...お礼なんて...言わないで」
「ほんと...酷い先輩でごめんね...」
涙がぼろぼろと溢れてくる。
「色々...言いたいこととか怒りたいことはある...
けど...ホシノ先輩は...大切な先輩だったよ...」
「...ありがとう...こんな私をそんな風に言ってくれて」
「だから...助けたかった...こんなはずじゃなかったのに...」
「...シロコちゃん...私、よくシロコちゃんはなにか隠し事をしてるって言って来たけど...何を隠してたの?
教えて欲しいな...シロコちゃんが何を考えて...何を見ていたのか」
ホシノ先輩の質問に私はもう我慢が出来なかった。
「私は...既に1回死んでる...はずだったの
けど、死んだと思ったらあの日...ホシノ先輩に助けられた日に戻ったの
だからこれは...私にとって2回目の人生
だから私は色んな事を知ってた!
ホシノ先輩やノノミ、セリカとアヤネ...先生のことも!
ホシノ先輩がカイザーのところに行こうとして私達が取り戻すのも!
列車砲の事件が起きることも!
ホシノ先輩が暴走して、私が殺すことも!
全部全部...私は知ってた!
ホシノ先輩も...みんな...大切で...この先何があるかも知ってる
けどそんな未来は嫌で!
ホシノ先輩は殺したくなくて!
だから今まで頑張ってきたのに!
結局私は弱いから変えられなかった!」
堰を切ったかのように感情が溢れて言葉が止まらない。
「シロコちゃんは弱くないよ
だって、私に勝ったんだし」
「こんな勝ち方は要らない!」
「...それもそっか」
ホシノ先輩は私を優しく撫でてくれる。
だが、その手は弱々しかった。
「ごめん...ごめんなさい...ホシノ先輩...私...」
「謝らないでいいよ...
そっか...シロコちゃんが見ていたものはそういうものだったんだね...
やっぱり...みんなの為に頑張ってたんだ...」
「けど...何も私は...」
「......それでも...私は...シロコちゃんにはありがとうって言いたいよ」
「どう...して...」
「だって...こんなにも優しい子になってくれたんだもん...」
撫でていたホシノ先輩の手からどんどん力が抜けていく。
「まって...だめ...行かないで...ホシノ先輩...!」
「最後まで迷惑かけてごめんね...
アビドスを...任せたよ...」
その瞬間、ホシノ先輩のヘイローが砕けた。
ホシノ先輩の手はそのまま私の頭から落ちた。
「あっ...ああ...ああああああああ!」
ホシノ先輩は...もう...目を覚ますことは無かった。