機動戦士ガンダムSEED - The Children of Mendel - 作:坂井雄二
内部のインターフェースが一気に光を放ち、起動コードが走る。
《起動シークエンス開始……》
だが、その装甲はまだグレーのまま冷たく佇んでいた。
「これが……モビルスーツ……?」
キラがその異様な空間に戸惑う間もなく――
轟音。
格納庫のシャッターの一部が爆破され、火花と煙を撒き散らしながら崩れ落ちた。
「ッ……来た……!」
暗がりの中から姿を現したのは、ザフトの量産型モビルスーツ・ジン。
「……発見、接触目標確認。連合の試作機体だな……!」
ジンがストライクを視認したその瞬間――
ガシャッ!
肩の実体弾ライフルが正面を向き、トリガーが引かれた。
「来るッ!!」
キラが咄嗟に身をすくめようとしたその時――
マリューがとあるボタンを押すと同時に、ストライクの外装にエネルギーの奔流が走った。
ヴォォォオオン――!!
一瞬にして、装甲がグレーから青と白へと変色。
実弾がストライクの胸部に命中する――
ドガガン!!
が、その全てが鮮やかな電光に包まれて弾かれる。
キラの目が大きく見開かれる。
「こ、これは……!」
「この装甲が……フェイズシフト装甲。今のが間に合わなかったら、君も私も……」
マリューの表情がこわばっている。その緊張をよそに、キラの視線はふと、格納庫の上方通路へと向いた。
そこで――
炎と煙の中を走る、イングリットやオルフェ、そしてミリアリアたちの姿があった。
「皆……!」
その姿に、キラの喉が鳴る。
操縦桿から手を離そうとしたマリューの肩を、キラは強く掴んだ。
「やっぱり……僕がやります。動かせるかもしれない」
「だ、だけど……!」
「時間がない!!」
キラはマリューを押しのけるようにして操縦席へ身体を滑り込ませる。
同時に、スクリーンにはOSの不完全なコードが羅列されていた。
「やっぱり……このままじゃ、まともに動かない……!」
キラの指が怒涛の速度でキーボードを叩きはじめる。
一方ジンは、再度狙いを定めるためにポジションを移動していた。
次の弾が来るまでの猶予は、わずか。
キラの集中力が、火事場の中で加速していく。
モニターに映し出された初期OSのコード群を見た瞬間、キラの顔が引きつる。
「こんなOSで……これだけの機体を動かそうなんて……ムチャクチャだ……!」
「……まだすべて終わってないのよ。仕方ないでしょう……!」
「どいてください、僕がやります!」
強く言い放つやいなや、キラはマリューの手を制して、キーボードへと身を乗り出した。
その指が、まるで迷いなく、そして怒涛の勢いでキーを叩き始める。
「キャリブレーション取りつつ、ゼロモーメントポイント及びCPGを再設定……」
スクリーンに次々と文字列が走る。
『疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結』
『ニュートラルリンケージ・ネットワーク再構築。メタ運動野パラメータ更新』
『フィードフォワード制御再起動。伝達関数、コリオリ偏差修正。運動ルーチン接続』
『システムオンライン。ブートストラップ起動!』
コックピットがわずかに振動し、ストライク全体が力強く起動音を放つ。
「……この子……!」
その様子を見つめるマリューの声が、ほんのわずか震えていた。
「他に武器は!? アーマーシュナイダー? これだけ……!?」
ジンの銃口がこちらを再び狙う。
だが今度は、OSの再調整を終えたストライクが、キラの操作に鋭敏に反応した。
レッグホルスターに装備されていた2本のアーマーシュナイダーを抜き放ち、ストライクはジンの銃撃を身をひねるようにかわす。
「なんだと!? ナチュラルがMSを操縦してる……!?」
驚愕と怒気を露わにしながら、ジンが連射する実弾がストライクのPS装甲を弾く。
先程マリューが間一髪で起動していたフェイズシフトが、かすかな輝きを纏っていた。
(やっぱり……PS装甲が展開されてなかったら、あの一撃で……)
キラは画面を一瞥しつつ、サイドスクリーンに映る映像を凝視した。
そこには、煙の向こうで必死に逃げるイングリットやサイたちの姿が映っている。
「まだ、外には……!」
怒りと焦燥に背を押されるように、ストライクが低くしゃがみ込むと同時に、ジンに向かって一気に距離を詰める。
「来るか――!」
ジンがビームサーベルを抜こうとするが――その動きよりも一瞬早く、ストライクの右腕が閃いた。
「――っ!」
アーマーシュナイダーを握ったままの腕が、ジンの関節部を正確に突く。
続けざまに回し蹴りの要領でジンの体勢を崩し、2本目のナイフを腹部装甲に叩きつけた。
「こいつ――! なんだこの動き……!?」
ジンが後退しながら警戒するが、明らかに態勢を乱している。
その一瞬の隙――キラはストライクを旋回させ、イングリットたちの方へと体を向ける。
「外にはまだ人がいます! こんな物に乗っているなら……何とかしてください!」
「……!」
沈黙の後、マリューがそっと肩を叩く。
「わかったわ……。でも絶対に無理はしないで……!」
キラは短く頷くと、ストライクを再びジンへと向かわせた。
「生意気なんだよ! ナチュラルがMSなんか……!」
ジンが突き出すサーベルを見切り、ストライクが左右に回避しつつショルダーアタックを叩き込む。
吹き飛ぶジンの機体
だが、次の瞬間――ミゲルが咆哮とともに機体を起き上がらせ、自爆装置を作動させて脱出する
「まずいわ! ジンから離れて!!」
「えっ――!?」
爆風が轟音とともに巻き起こる。
ストライクの視界が一瞬、白に塗りつぶされる――。
瓦礫の山に身を横たえていたマリューが、うっすらと目を開ける。
頭痛と鈍い痛みが全身を駆け巡る中、視界にぼやけた人影が見えた。
「……意識が戻った! 水、持ってきて!」
声の主はオルフェだった。その傍らにはイングリットがいて、手早く応急処置の道具を片付けていた。
「あなた、喋れる? 頭は打ってない?」
「……ここは……? 私は……」
マリューの視線が、自分の腕に巻かれた包帯と、見慣れぬ顔の少年少女たちに移る。
「落ち着いてください。あなた、コックピットの中で気絶したんです。出血もあったけど、処置はしましたから」
「あなたたちは……誰?」
「僕らはただの学生です。あなたが気絶したから……」
だがマリューの目が、すぐ近くでストライクに手を伸ばしていたトールやカズイを捉える。
「――やめなさいッ!!」
突如、マリューは腰のホルスターから拳銃を抜き、トールたちの足元に威嚇射撃を放つ。
「うわっ!?」
「な、なんだよ!?」
甲高い銃声に跳び退く学生たち。その姿を、険しい表情のまま見据えるマリュー。
「その機体に不用意に触れるな。それは軍の、連合軍の最高機密よ」
「なに言って――」
「俺たちは助けたんだぞ!?」
「感謝はしているわ。でも……それとこれとは別問題です」
オルフェが一歩前に出た。
「……落ち着いてください。俺たちはあなたが軍人だなんて知らなかった。ただ……」
「……軍人?」
マリューが一瞬目を見開いたのは、彼らが軍人ではないことを察したからだった。彼らは――完全な民間人。
「……あなた達、ヘリオポリスの学生なの?」
イングリットが静かに頷いた。
「ええ。軍とは関係ありません。あなたを見つけて、ただ助けたかっただけ」
しばしの沈黙の後、マリューはようやく銃を下ろす。そして小さく息を吐いた。
「……ごめんなさい。まだ状況を把握しきれてないの」
「私の名前はマリュー・ラミアス。地球連合軍の軍人よ。そしてあれは――絶対に知られてはいけない機体」
一同が息を呑んだ。
キラが小声で呟く。
「でも、あれが動かなければ、僕たちは皆……」
その言葉に、マリューはキラをまっすぐに見据える。
「……今はともかく、あなた達には事情を説明しなければならないわ。勝手な行動をとられないように、ね」
マリューは事情を説明した後、ストライクの端末を操作しながら、短く息を整えた。
まだ意識は朦朧としていたが、すぐに必要なことを把握する。
「……このままじゃ……ストライクは……」
その言葉に、傍らで見守っていたイングリットとオルフェ、そして駆けつけたサイやトールたちが顔を上げた。
「今ある武装では、もう動かない……ストライカーパックか、何か予備装備がこの施設のどこかにあるはず。連合とオーブが共同開発していたから……複数の格納ユニットが存在する可能性が高いわ」
「じゃあ、探せば何かが見つかるってこと?」
「ええ……もし換装ユニットが見つかれば、ストライクは状況に応じた戦闘が可能になる。でも、場所は……ここよ」
サイが勢いよく立ち上がる。
「分かりました、僕たちで行ってみます!」
「なあに、こういうのは勢いが大事だ! 行こうぜカズイ!」
「えぇ~!? もう、何で僕までぇぇ……!」
カズイの嘆きをよそに、彼らは格納庫の奥へと分かれて走り出していった。イングリットもオルフェに目配せをする。
「オルフェは反対側をお願い。私はこっちを当たってみるわ」
オルフェは無言で頷き、ひとり、暗い通路の奥へと歩を進めた。
数分後――
施設の奥、補給エリアと搬入口が交差する静かな格納区画。
薄暗い照明の下、埃を被ったシートの奥に、異質な影が眠っていた。
「……なんだ、これ」
オルフェは足を止めた。
ただの資材かと思っていたが、その”影”は明らかに人型。
しかも、隣のG兵器格納庫の設備と酷似したインフララインに繋がっている。
彼はすぐさま、覆いかぶさっていたカバーを手早く外した。
「モビルスーツ……? いや、これは――」
姿を現したそれは、全身を灰色の装甲で覆われていた。
だが、可動部の隙間から覗くのは金色に輝く内部フレーム。
まるで獣の骨格のように、禍々しくも美しい機械の骸がそこにあった。
「これ……動くか?」
オルフェはすぐさまコクピットハッチを探し、端末を起動。
「G兵器とインターフェースは近い……いや、かなり古いが、構造は共通してる」
画面に走る起動ログ。見慣れない機体コードが表示された。
『MBF-P01 G-Frame Unit – モード:PS OFFLINE』
『警告:登録ユーザーなし』
『警告:フェイズシフト装甲 未展開』
「……未登録か。ってことは、封印されてたか、試作……?」
装甲の表面を指でなぞると、確かに色調はグレーのまま。PS(フェイズシフト)装甲を展開していない状態だった。
しかしオルフェの目は、細部に込められた洗練された技術と、極限まで軽量化された骨格構造に圧倒されていた。
「……こいつ、ただの試作機じゃない。完成してる、動ける……!」
そして、ふとキラたちの顔が脳裏をよぎる。マリューの「換装ユニットが必要」との言葉も。
「……持っていくか。こいつがあれば、突破口になるかもしれない」
小型搬送機を引き寄せ、機体のロックを外す。まるで目覚めを待っていたかのように、ゴールドフレームは微かに機体を震わせた。
「――行くぞ、目覚めろ。“金の機体(ゴールドフレーム)”」
灰色の巨体が、静かに搬送ラインへと乗せられる。
まだその本来の輝きを誰も知らずに――