機動戦士ガンダムSEED - The Children of Mendel - 作:坂井雄二
アークエンジェルの格納ハッチ内。着艦したストライクとゴールドフレームの掌には、マリューと民間人の学生たちが乗っていた。
その手のひらがゆっくりと傾けられ、マリューがまず慎重に軽く息を吐きながら降りる。
続いてミリアリアやカズイたちが順番に地上へと降りていく。
「ラミアス大尉!」
ナタルが駆け寄り、無事を確かめるように姿勢を正す。
「バジルール少尉……よくご無事で。あなた方のおかげで助かりました」
「貴方たちこそ、アークエンジェルへようこそ。あの手でここまで……信じられません」
視線が、今なお沈黙したままの二機のモビルスーツに注がれる。
やがて、それぞれのコックピットハッチが開き、細いワイヤーのようなラダーが展開された。
私服姿の少年が、慎重にラダーに手を掛けながら降りてくる。その背に続くもう一人は、凛とした眼差しの青年だった。
「……子供?」
呆然とするナタルの視線を感じたのか、マリューが声をあげる。
「彼らが操縦していたの。私達を救ってくれたのはこの子たちよ」
「そんな……この坊やが……?」
戸惑う声が上がる中、軍服ではなくパイロットスーツを着た男が足音を立てて現れた。
「地球軍第七機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ。乗艦許可をいただきたいんだがねぇ、この艦の責任者は?」
その一言に、ナタルが反射的に姿勢を正す。
「艦長以下、艦の主だった士官は戦死されました。現在、この艦の指揮権はラミアス大尉にあります」
「そうか。……やれやれ、なんてこった。お言葉に甘えて乗せてくれよ、ラミアス大尉。こっちの艦はもう墜とされちまってね」
マリューがわずかに目を見開くも、すぐに表情を引き締めてうなずいた。
「……ええ。了解しました、フラガ大尉」
ムウはうなずきつつ、ムウの視線が、私服姿で立つ二人の若者――ストライクから降りた少年と、ゴールドフレームから降りた青年へと移った。表情に笑みはないが、探るような光がその目に宿っている。
「で……あの二人は?」
問いかけられたマリューが、少し戸惑いながら答える。
「彼らは民間人です。私がGの工場に居た時に居合わせて……操縦をお願いしました」
「……ほう。ずいぶん偶然が重なったもんだな」
そう言いつつムウはゆっくりと歩を進め、二人の前で立ち止まる。
「君たち、名前は?」
キラが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「……キラ・ヤマトです」
その隣で、オルフェも一礼した。
「オルフェ・ヤマト。キラの兄です」
ムウは二人をじっと見つめた。やがて、少し声を低くして問いかける。
「君たち……コーディネイターだろ?」
空気がピンと張り詰める。ナタルが眉をひそめ、クルーたちも警戒を強めたように身を固めて銃を構えたところでーー
「やめてください!」
鋭い声とともに、イングリットが前に出た。弟たちの前に立ち、両腕を広げるようにして遮る。
「キラも、オルフェも、誰かを傷つけたりする人じゃありません!」
その声にかぶせるように、オルフェが一歩前へと出る。顔に浮かぶのは、淡々としたが芯のある強さ。
「俺は確かに調整されている。それがどうした? 俺たちは戦うために動いたんじゃない。友達を救うために動いたんだ。……それ以上でも、それ以下でもない」
「彼は、ただ皆を助けようとしただけです」
イングリットの声が重なり、ナタルがわずかに息を呑むのがわかった。
しばしの沈黙のあと、ムウが小さく肩をすくめて口元を緩める。
「……へぇ。随分しっかりした家族だな。そうか……悪かったな、いきなり。疑ってるわけじゃない」
そう言いながら、手を挙げてクルーに合図を送ると向けられていた銃を下げさせる
「ただ、あんまりにも器用に動くもんだからな。ちょっと気になっただけだよ、キラ、オルフェ」
キラは、少しだけ顔を上げてムウを見た
「……僕たちは戦いたいわけじゃありません。……でも、誰かを助けられるなら……」
その言葉に、ムウが微かに目を細めた。
「……そうか。なら、その意思を大事にな」
近くにいたミリアリアが、キラにそっと声をかけた。
「……ありがとう、キラ。あの時、あんたがいなかったら私たち……」
続いてカズイ、サイも小さく頭を下げる。
「助けてくれて、マジでありがとう」
キラは少し戸惑いながらも、顔を伏せて小さく答えた。
「……うん。大丈夫、よかった……」
彼の横顔に、イングリットがそっと手を添えた。
ーーーー
明るい照明が差し込む居住区の一室。壁に取り付けられたカーテンは淡い紫で統一され、空間には仄かな静けさと安堵の空気が漂っていた。
二段ベッドの下段では、キラが服のまま横になっている。
彼の頭はイングリットの膝に乗せられ、彼女はその柔らかな髪をゆっくりと撫でていた。
表情は穏やかだが、その目には深い思いが滲んでいる。
近くのベッドの端にオルフェも横たわっていた。
彼は目を閉じていたが、眠っているわけではない。
その呼吸の静かさは、周囲の声をしっかりと聞いている証だった。
サイが腕を組み、少し目を伏せながら口を開く。
「この状態で寝られるってのも、すごいよな……」
「疲れてるのよ、キラ。ほんとに大変だったから」
ミリアリアがそっと呟いた。
カズイは自分の腕を抱くようにしながら、落ち着かない様子で口を挟む。
「……大変だったか……まあ、たしかにそうなんだろうけど……」
「何が言いたいんだよ、カズイ?」
サイが眉をひそめた。
カズイは一呼吸置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「いや、たださ……キラ、OSを書き換えたって言ってたじゃん? あれって……いつ?」
サイとミリアリアが驚いた顔でカズイを見る。
「キラだって、あんな機体のことなんか知ってたとは思えない。なのに、あのとき一瞬で……」
「カズイ、それは……」
ミリアリアが何かを言おうとするが、言葉に詰まる。
沈黙。空気が張り詰めたように感じられた。
「――それは、キラが“コーディネイター”だから?」
そう口にした瞬間、イングリットの手が止まった。
彼女は膝に頭を乗せたままのキラを見下ろし、静かに、しかしはっきりと告げる。
「それが何だっていうの? 彼が誰かの命を救った、それだけじゃ足りないの?」
その声には、張り詰めた空気を一刀両断するような鋭さと優しさが同居していた。
オルフェも、ゆっくりと上体を起こしながら口を開く。
「俺たちは、キラの“力”を誇りに思ってる。キラは……誰よりも人を傷つけたくないと願ってる。――それでも戦わなきゃならなかったんだ」
カズイは視線を逸らしながら、小さな声で呟く
「……そんなつもりじゃ……」
トールが空気を和らげようと笑みを浮かべて話す
「なあ、カズイ。俺たち、たぶん混乱してただけだって」
ミリアリアも頷いた
「そうよ。あのときのキラ達がいなかったら……今、私たちここにいないもの」
イングリットは優しくキラの髪を撫でながら、口角をわずかに上げた。
「……それでいいのよ。感謝する気持ちがあるなら、それがすべてよ」
静寂が訪れる。だがその空気は、もう冷たいものではなかった。
ーーーー
アークエンジェル艦内ブリッジ。モニターにはヘリオポリスの風景が広がり、戦闘の余韻がまだ色濃く残る。
「コロニー内の避難は……ほぼ完了との報告が入りました」
マリューが端末に視線を落としたまま報告する。
白と黒の制服に身を包み、声は沈み気味だ。
「だけど警報レベルが9まで上がったってさ。ロックも全域にかかってる。……まったく、厄介だな」
ムウは椅子に深く腰を下ろし、腕を組む。
どこか気だるげだが、その視線は真剣だった。
「それより……坊主達はどうするつもりだ?」
ふと、ムウの口調が変わる。
真面目な眼差しでマリューとナタルを交互に見た。
「えっ……」
ナタルが驚いたように顔を上げる。
「ここまで来たら、もう見つけて押し込んじまうのも手かと思ってな」
ムウが肩をすくめた。
「彼らは軍の極秘情報に触れてしまいました。簡単に解放するわけには……」
ナタルの声には迷いが混じっていた。
「じゃあ、脱出にも付き合わせるか? どうせ派手な戦場になる」
ムウが皮肉めいた笑みを浮かべた。
その場に短い沈黙が流れる。
「……私は、ストライクやもう一機の力が必要になると思います」
マリューが静かに口を開いた。
「また使う気ですか?」
ナタルの語気がやや強まる。
「使わなければ、脱出そのものが不可能かと」
「……」
ムウがゆっくりと息を吐き、そして言葉を継いだ。
「で、その坊主達……理解してるのか? 自分達が何をして、何を動かしたかって」
「もしフラガ少佐大尉が乗られれば……」
ナタルの言葉を、ムウが手で制す。
「おいおい、冗談だろ? あんなもん……俺には無理だよ」
「えっ……?」
「……あのOS、動かせねぇ。無理だ」
ムウの声音に、皮肉ではなく実感が滲んでいた。
「……あの子が書き換えたOSのデータ、見たか? 俺には理解不能だったぞ。正直、あれを扱えるナチュラルなんてそうそういない」
ナタルの表情が強張る。
「そんなものを普通の民間人の人間が扱えるわけが……!」
「なら、元に戻すってのか?」
ムウが挑むように視線を向ける。
「とにかく――あんな民間人の、しかもコーディネイターの子供に、大事な機体をこれ以上任せるわけには……」
「でも、他に誰が動かせる?」
マリューの問いに、二人は言葉を失う。
「そんで、ろくな準備もさせず出ていって……敵に狙われるか?」
ムウの声が静かに落ちる。
沈黙が、再びブリッジを包んだ。