機動戦士ガンダムSEED - The Children of Mendel -   作:坂井雄二

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決意

チャンドラがコンソールを睨みながら声を張り上げた。

 

「コロニー全域に電波干渉、Nジャマー数値、増大!」

 

「なんだと!」

 

ナタルが背筋を伸ばす。

 

ムウは腕を組み、苛立ちを押し殺すように言った。

 

「やっぱ向こうは、こっちが出てくるのを待つ気はねぇらしいな。ちくしょう……」

 

「またヘリオポリス内で仕掛けてくるつもりなんですか?」 

 

ナタルの声に怒気が混じる。

 

「楽だぜ、こっちは発砲できねぇし、向こうは打ち放題ってわけだ」

 

ムウが苦虫を噛み潰したような表情でそう話した

 

 

ーーー居住区。

マリューはキラやオルフェ達と静かに向き合っていた。

 

「お願い。君たちにストライクと……もう一機、ゴールドフレームに乗ってほしいの」

 

「えっ……」

 

キラが目を見開いた。

 

マリューは強く頷くと

 

「あの機体は、君たちのような人間にしか扱えない。現状、この艦に残されている希望なの」

 

しかし、キラは震える声で否定した。

 

「……お断りします。僕たちを……これ以上、戦争に巻き込まないでください」

 

「キラ君……」

 

マリューの呼びかけは哀しみに染まる。

 

「あなたの言ったことは正しいかもしれません。……でも、僕たちはそれが嫌で、戦いが嫌で、この中立の場所を選んだんです。それを……」

 

その瞬間、艦内放送が鳴った。

 

「ラミアス大尉、ラミアス大尉、至急ブリッジへ」 

 

マリューははっとして近くのコンソールを操作する。

 

「どうしたの?」

 

ムウの声が通信機越しに響いた。

 

「MSが来る! 早く上がって指揮を取れ! 君が艦長だ!」 

 

「私が……?」

 

「階級が上なのは俺だが、この艦のことはわからん」

 

「わかりました。ではアークエンジェル発進準備! 総員第一戦闘配置! フラガ大尉にはCICをお願いします!」

 

通信が切れると同時に、マリューは再びキラとオルフェに向き直る。

 

「……キラ君、オルフェ君。お願い。ストライクだけじゃないの。ゴールドフレームっていうもう一機も……君たち以外に、それを動かせる人はいないのよ……!」

 

キラの顔が歪んだ。

唇を噛み、肩が小さく震える。

それを見たイングリットが、一歩前に出た。

 

「だったら……私がキラの代わりに乗るわ」

 

優しい微笑みを浮かべながら、しかしその声は静かな決意に満ちていた。

 

キラが目を見開く。

 

「イングリット姉さん……!ダメだ、君が行く必要はない」

 

オルフェが低く強い声で遮る

 

「そうだよ、イングリット姉さん……お願い、行かないで」

 

キラの声が揺れる。

 

イングリットはそれでも微笑んで、弟の頬にそっと手を添える。

 

「キラ……あなたがこれ以上傷つくのを、私は見ていられないの」

 

彼女の目は、弟を守りたいという優しさと、深い愛に満ちていた。

 

(お願い……せめて、あなたには戦わせたくない)

 

イングリットの心は、誰よりも強くそう叫んでいた。

 

しかし、キラは力強く首を振った。

 

「……僕がやるよ。僕が……行く」

 

その声には、苦しみを抱えながらも、何かを決意した少年の覚悟がにじんでいた。

 

キラの言葉に、マリューは一瞬だけ息を詰まらせた。

その瞳には、覚悟を決めた少年の強い光が宿っている。

けれどその奥には、まだ消えない恐怖や痛みが渦巻いているのが、彼女にもわかった。

 

「……ごめんなさい」

 

マリューが深く頭を下げた。

 

「本当なら、こんなこと……お願いしちゃいけなかった。巻き込んでしまって、本当に……でも、ありがとう。あなたたちがいてくれて、本当に……ありがとう」

 

キラは黙って頷いた。

唇は真一文字に結ばれたまま。

その隣で、オルフェもゆっくりと視線を上げる。

 

「……やるよ、俺も」

 

その声は、以前の穏やかさとは違う鋭さを帯びていた。

 

「逃げるわけにはいかない。家族を…友達を……キラを守るために……俺はやる」

 

決意をにじませるその声に、キラがふとオルフェを見た。

 

その瞬間だった。

イングリットが、ふたりの肩を一度ずつ見つめ、そして――

 

「……もう、やめてよ」

 

彼女の声は、震えていた。

 

次の瞬間、イングリットはふたりをぎゅっと抱きしめた。

その両腕には、涙を堪えるようにかすかに震える力が込められていた。

 

「弟たちが……こんなに傷ついて、それでも前に進もうとしてるのに……どうして私、なにもできないの……」

 

キラの目も潤む。

オルフェも、無言でその温もりを受け止めていた。

そこへ、そっと近づいてくる影があった。

 

「イングリットさん……」

 

ミリアリアが、震える声で呼びかける。

その後ろには、サイ、カズイ、トールの姿もあった。

 

ミリアリアは一歩、また一歩と近づき、イングリットの肩に手を添えた。

 

「……私たち、あなたの弟たちがどんな人か、知ってるつもりです。だから、信じてます」

 

「キラ、オルフェ……がんばれよっ!」

 

トールが拳を突き出す。

 

「お、お前らなら、できるって……思うよ……!」

 

カズイは不器用な笑みを浮かべながらも、真っ直ぐにふたりを見ていた。

 

「……絶対、帰ってこい」

 

サイの低く、短い言葉には、強い願いが込められていた。

 

それに、キラはようやく、少しだけ笑った。

 

「……うん、行ってくる」

 

そして、イングリットがもう一度、ふたりをしっかりと抱きしめた。

その瞳から、静かに涙がこぼれていた。

 

非常灯が脈動するように明滅し、時折聞こえる艦の軋むような振動音が、戦場の緊張を無言で語っていた。

 

キラとオルフェは、軍服ではなく、まだ学生時代の私服姿のままだった。

けれどその背筋はまっすぐに伸びていて、迷いはすでに見えなかった。

 

「……キラ」

 

横を歩くオルフェが、ふと呟く。

 

「怖くないわけじゃない。でも……きっと、あの時ストライクの中で、君は全部分かってたんだよな」

 

「……うん」

 

キラは静かに頷いた。

 

「誰かがやらなきゃ、きっと……全部、終わっちゃうって思ったんだ」

 

その目には、もう学生だった頃の穏やかな光はなかった。

 

二人は通路を曲がり、格納庫へのハッチへとたどり着く。

扉が重く開くと、そこには――

 

かつて、何の目的も知らぬままその姿を目にした機体、ストライクがあった。

そして隣には、金と白を基調とした神秘的な佇まいのゴールドフレーム。

今はまだフェイズシフト装甲を展開しておらず、両機とも鈍くグレーがかった静かな機体色で沈黙している。

 

「……これが、俺の機体」

 

オルフェが、手のひらをゴールドフレームのフレームに添えた。

鉄とも違う、装甲素材独特の冷たさが手を伝う。

 

「まるで、待ってたみたいだな……」

 

キラも同じように、ストライクを見上げた。

かつてあの爆発のなかで、自分を守るようにされたことを思い出す。

 

「……お願い。もう一度、力を貸して」

 

心の中で語りかけるように、静かに目を閉じる。

 

格納庫の照明が一段階上がる。

機体整備用のタラップが展開され、コックピットへと続くアクセスがあった

 

「行こう、キラ」

 

「うん……」

 

 

ふたりはそれぞれのタラップを登ってゆく。

足音だけが、金属の段差にコツ、コツ、と響いていた。

 

ストライクと、ゴールドフレーム。

ふたつの沈黙を破るのは、今――この兄弟の意志だった。

 

ーーー

 

「ヘリオポリスからの脱出を最優先とする。戦闘ではコロニーを傷つけないよう留意せよ!」

 

マリューの声が鋭くブリッジ内に響き渡った。緊張と動揺の混じる空気のなか、クルーたちはその指示に即応し、各自のコンソールへと手を伸ばす。

 

「んな、むちゃな〜!」

 

誰かのぼやきが漏れるが、誰一人として手を止める者はいない。

 

「ストライクにはソードストライカー装備、確認!」

 

「同時に、ゴールドフレームへはエールストライカーを装着中です!」

 

あるクルーはコンソールのから敵のシグナルを見つけ叫ぶ

 

「熱源接近! 熱紋パターン、ジンです!」

 

ムウが額に手をやりながら叫ぶ

 

「なんてこったい、拠点攻撃用の重爆撃装備だぞ! あんな物をここで使う気か!」

 

「タンデンバーム地区からさらに別働部隊、進入!」

 

ナタルが端末を見つめたまま鋭く叫ぶ。

 

「ストライクを発進させろ!」

 

「はっ! 機体X303――イージスです!」

 

その報告に、マリュー、ナタル、ムウが同時に顔を上げる。

 

「!!!」

 

「もう実戦に投入してくるなんて……!」

 

ムウは吐息を呑み、マリューに向かって叫んだ。

 

「今は敵だ! あれに沈められたら終わりだぞ!」

 

「コリントス発射準備! レーザー誘導げんに!」

 

マリューが即座に補足を入れる。

 

「フェイズシフトに実体弾は効かないわ。主砲、レーザー誘導、焦点拡散!」

 

ーーー

 

格納庫に機械音と指示が飛び交うなか、キラとオルフェはそれぞれの機体――ストライクとゴールドフレームのコックピットに身を沈めていた。

 

「メインモニター、起動。コアOS、再確認……」

 

キラは額にうっすらと汗を滲ませながらも、慣れた手つきでストライクのコックピット端末にアクセスしていく。コード入力は行わず、すでに構築されていたOSを自らの知識と感覚で細かく調整する。

 

「この数値じゃ……フレームの動きが鈍い……。同期率、0.4パーセント補正……反応曲線、再設定……」

 

同時に、隣の機体――ゴールドフレームでも、オルフェが冷静に動いていた。

 

「スラスター推力配分、中央寄り……リアスタビライザー、感度強化。反応時間はこのままでいい……」

 

彼もまた、キラと同じく起動コードを使うことなく、OS内部の各パラメータを迅速に修正し、起動準備を整える。

 

周囲ではマードックと整備員たちが忙しく動き、ストライクには巨大な剣を備えた「ソードストライカー」が、ゴールドフレームには赤と黒を基調とした「エールストライカー」が装着されていく。

 

「ソードストライカー装備完了!……こりゃあまた、派手な武器だな……」

 

「ゴールドフレーム、エール装着良好! シールドロック確認!」

 

数秒後、キラとオルフェがフェイズシフト装甲展開スイッチを押すと両機体の各装甲部から微細な電子音と共に

グレーだった外装が一気にそれぞれの色に染まる。

ストライクは白と青を基調とした戦士の装いへ。ゴールドフレームは白と金の輝きを放つ姿へと変貌した。

 

「……行くよ、オルフェ」

 

「……ああ。行こう、キラ」

 

二人の声が無線越しに交差し、格納庫の奥へ向けてその巨躯が動き出した。

 

ーーー

 

ジンの攻撃を受け、ストライクとゴールドフレームが咄嗟に回避行動を取る。放たれた実体弾とビームの軌道が大きく逸れ、コロニー内壁に炸裂した。

 

――爆音。閃光。振動。

 

コロニー内の建造物が崩れ、空気が漏れ出し始める。

 

「……っ!」

 

キラの喉奥から漏れた声が、震えていた。

 

「オルフェ兄さん、今のは……」

 

「わかってる!」

 

オルフェの声も、苦悶に濁っている。彼の額には汗が滲み、奥歯を噛み締めながら敵機の位置を見据えた。

 

「躱せば助かる。でも……俺たちが生き残るために、コロニーが……!」

 

「だけど、当たったら僕らも……っ!」

 

二人とも、自らの選択がもたらす破壊を見てしまった。コーディネイターの能力で回避し、敵を追い詰めるたびに、皮肉にも周囲の街並みが壊れていく現実。

 

だが――敵は止まらない。

 

「ちっ、ちまちま避けやがってぇ! 回り込め、アスラン!」

 

ジンのミゲルが叫ぶ。

 

応じるようにイージスが接近。その姿に、キラの目が大きく見開かれる。

 

「あっ、あのMS……!」

 

だが、かつて何度も見たあの立ち姿。僅かな記憶の中に刻まれた、親友の影。

 

「まさか、アスラン……?」

 

イージスのパイロットも同じ事を思い呟く

 

「……キラ、きみなのか」

 

その刹那、ミゲルのジンが攻撃を仕掛けてくる。ゴールドフレームの盾が受け止め、キラのストライクが回避――だが、再び建造物が崩壊し、悲鳴と煙が広がった。

 

「ミゲルッ!」

 

オルフェが叫ぶと同時に、キラのストライクが剣を抜いた。ソードストライカーの大剣がジンの懐に滑り込み――振り下ろされる。

 

「うわっ……!!」

 

ジンが爆発を起こし、ミゲルの叫びが弾けるように消えた。

 

「ミゲルーーーーー!!」

 

アスランの声が、こだまする。

 

一瞬、時間が止まったかのように二人のMSが向かい合う。だが、戦場は容赦なく動く。

 

「第4兵装バンクに被弾! 隔壁閉鎖!」

 

アークエンジェルの艦内で、クルーの声が飛ぶ。

 

「くそったれぇ……!」

 

ムウの舌打ちとともに、ジンの別部隊がミサイルを放つ。

 

「迎撃を!」

 

「間に合いません!」

 

「照準! マニュアルでこっちに寄せろ!」

 

「面舵40度、全速!」

 

マリューとナタルの指示が交錯し、艦が軋む。

 

アークエンジェルの主砲がジンを撃破――しかしその砲撃は、後方のシャフト基部にも衝撃を与えていた。

 

「シャフト構造体、崩落開始!」

 

「これ以上、コロニーに損害を与えられないわ!」

 

マリューの声が重く響く。

 

「で、ではどうしろというんです!?」

 

ナタルが叫ぶ。正しさと矛盾がぶつかりあう。

 

その間にも――

 

ストライクとイージスが正面で睨み合っていた。

 

ブリッジからの通信が入る。

 

「ストライク、何をしている! 攻撃を受けている!」

 

「アスラン……君が……なぜ?」

 

――ピピッ……!

 

ストライクの通信回線が自動で繋がった。

 

『今……アスランって言ったか、キラ!?』

 

通信越しに聞こえてきたのは、オルフェの声だった。

 

「オルフェ……!?」

 

驚きに振り返るキラ。思わずその名を呼ぶと、イージスのパイロットがハッと反応する。

 

『……オルフェ? まさか……あのゴールドの機体も……?』

 

アスランが顔を強張らせた。彼の視界には、ストライクの隣に並ぶ、白と金のゴールドフレームが映っている。

 

キラの問いに、イージスのコクピットから応答が返ってくる。

 

「キラ・ヤマト……お前こそ、どうしてそんなものに乗っている……!」

 

答えは返せない。言葉より先に、爆風がそれを奪っていった。

 

コロニー壁面に砲撃が直撃し、構造体が爆裂。無数の瓦礫が舞い上がり、開いた空間へと空気が渦を巻いて流れ込む。

 

「気流が変わる、キラ、掴まれ!」

 

オルフェが叫ぶより早く、ストライクとゴールドフレームの足元が浮き上がった。

 

「っ……!」

 

機体が吸い込まれるように吹き飛ばされ、ストライクとゴールドフレームが一緒に宇宙空間へ――。

 

逆方向、爆風の反対側にいたイージスは別の軌道で宙に舞い、三機は別々の方向へと弾き飛ばされた。

 

瓦礫と光と沈黙の宇宙に、キラとアスラン、そしてオルフェが散っていく。




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