機動戦士ガンダムSEED - The Children of Mendel - 作:坂井雄二
ストライクの掌が静かに降下し、救命ポッドが床に触れると、私服姿のキラがコックピットからゆっくりと姿を現した。隣では、白と金を基調としたMS――ゴールドフレームの掌も同様でそちらからはオルフェが現れる。ラダーを軽やかに下りた彼は、整った動作で地に降り立ち、すぐに弟の方へと視線を送る。
その瞬間、救命ポッドのハッチが開いた。中から民間人が続々と降りてくる
そんな中でよろめくように姿を現した少女――フレイが、ふと目の前の巨大なモビルスーツを見上げて目を見開く。
「……ザフト……?」
低く、呆然とした声が漏れる。
ストライクとゴールドフレーム、見慣れぬ2機のMSに、恐怖が滲んだ視線を向けたままフレイは一歩後ずさった。
だが、その先に立つ少年の姿に気づいた瞬間、全身が震えた。
「キラ……っ!」
彼の名を呼んだ次の瞬間、フレイは駆け出していた。乱れた私服のままキラに飛びつき、両腕で強く抱きつく。
「キラ……怖かった……っ!」
キラは驚いたように一瞬固まったが、すぐに腕を回して彼女を受け止める。
「フレイ……よかった、無事で」
震えるフレイの背中をそっと撫でるキラ。その様子を見たオルフェが一歩近づく。
「落ち着いて、フレイ。ここはもう安全だよ」
「でも……モビルスーツが、ザフトの……!」
「違うよ」
キラが優しく遮るように言った。
「このMS――ストライクは、連合軍が作ったものなんだ。もう一機、ゴールドフレームっていうのも一緒にここまで来た。乗っていたのは僕と……兄さんだ」
驚いたようにフレイが顔を上げた。その目が揺れ、彼女の言葉が喉に詰まる。
「……キラが? MSに……?」
「うん。僕たち、戦わなきゃならなかったんだ。守るために」
言葉少なに、だが強く答えるキラ。その横でオルフェが口を開く。
「ここは連合軍の艦――アークエンジェル。君たちを助けたのも、あのストライクと僕たちだ」
フレイはしばらく言葉を失っていたが、やがてキラの胸に額を預けた。
「そんなの……聞いてないわ……。キラやオルフェが戦うなんて……そんなの……!」
肩が震える。キラはそっとその背を撫で、オルフェは隣に立って、彼女の不安を包むような口調で続けた。
「戦うことが正しいかは分からない。でも……あの時、動かなきゃみんな死んでた。キラも、君も」
フレイはこくりと小さく頷いた。まだ不安は完全に消えていないが、二人の存在が確かにそこにあることで、少しずつその心に安堵が広がっていく。
格納庫に並ぶ二機のモビルスーツの足元で、三人はようやく再会の時間を取り戻していた――。
艦内の居住区へと続く通路を、キラとオルフェがゆっくりと歩く。フレイもそのすぐ後ろに寄り添い、言葉少なに歩を進めていた。
自動ドアが開き、中へ入ると、そこにはサイ、カズイ、ミリアリア、そしてトールが集まっていた。簡易ベッドに腰掛けていた彼らが、扉の音に反応し顔を上げる。
「――キラ……!」
真っ先に立ち上がったのは、ミリアリアだった。
目を丸くし、キラとオルフェの姿を確かめると、小さな声で何度も「よかった」と繰り返す。
「お前たち……無事だったのか……!」
トールも立ち上がり、駆け寄ってキラの肩を軽く叩く。
彼らしい明るさを取り戻しつつあるその仕草に、キラもようやく柔らかく笑った。
「うん。なんとか……」
「……ほんとに、よかった……」
サイがホッとしたように息を吐く。彼はオルフェの方にも視線を向けた。
「君も……ありがとう。フレイも、キラも……俺達も助けてくれて」
その言葉に、オルフェはほんの少し肩をすくめるようにして笑った。
「礼を言われる事はないさ。僕たちは、ただ……そこに居合わせただけだ」
「それでも……助かったんだ。君たちがいてくれてよかったよ」
カズイも頷く。どこか緊張の解けたような顔だった。
そして、その一連のやりとりを見ていたイングリットが、ゆっくりと立ち上がり、キラとオルフェに歩み寄る。
「……キラ、オルフェ」
その声に二人が振り向いた瞬間、イングリットは両腕を広げ、ふたりを強く抱きしめた。
「ほんとうに……無事でよかった……!」
いつも毅然とした態度を崩さないイングリットが、目元をうるませながらそう言うと、キラはその胸元にそっと額を当て、静かに応えた。
「ごめん、姉さん……」
「ただいま」
オルフェも静かに、しかし確かな声でそう言うと、イングリットの背にそっと手を添えた。
その光景に、部屋の空気がやわらかく、温かなものに変わっていく。
そして――
「ミリィ……!」
フレイが声を上げ、ミリアリアの胸元へ飛び込む。
「無事だったのね……! 本当によかった……!」
「フレイ……! あなたも……」
ミリアリアはフレイを抱きとめ、その背を優しく撫でた。周囲には、仲間の無事を喜び合う声が静かに響いていた。
戦火の只中にあっても、こうして再会できた奇跡に、皆がそれぞれ胸を撫でおろしていた。
喜び合った後、各々の思いを胸に抱えたまま、ベットに腰を下ろしている。
キラは無言で、壁際に設置されたスクリーンの外をじっと見つめていた。
ヘリオポリスの残骸が、緩やかに流れていく。
その沈黙を破ったのは、落ち着かない様子で辺りを見回していたカズイだった。
声には不安が滲んでいる。
「何処に行くのかな、この船……」
隣にいたサイが、小さく頷いて返す。
「一度、進路変えたよな? まだザフト、いるのか?」
ミリアリアは腕を組んだまま、落ち着かない足取りで部屋の中を何度か往復した後、つぶやいた。
「この艦とモビルスーツ、追われてるってことは……まだ危ないんじゃないの?」
その言葉に、フレイの顔色が一気に青ざめた。
「えっ……? じゃあ何、ここにいる方が危ないってことじゃないの……?」
誰も明確な答えを返さなかった。キラもただ目を伏せ、唇をきゅっと結ぶだけだった。
イングリットがフレイの隣に腰を下ろし、そっと肩に手を添える。
その仕草は柔らかく、そしてどこか母性すら感じさせる優しさを帯びていた。
「……でも、救命ポッドよりは安全よ」
そう囁いたのは、彼女の向かい側で背を預けるように壁に寄りかかっていたオルフェだった。
目を閉じ、抑揚を抑えた声で続ける。
「少なくとも今は、ここの人達は良い人達だからそれが何よりの違いだ」
フレイは不安げにサイの腕に手を伸ばし、ぎゅっと抱きついた。
震える肩を抱きしめ返しながら、サイもまた視線を落とす。
「そうじゃないけど……」
フレイの声が掠れる。
キラは黙って立ち上がり、スクリーンの近くへと歩み寄る。
宙を彷徨う破片の向こうに、自分が守れなかったものがある気がして、視線を逸らすことができなかった。
サイが、ぽつりと呟いた。
「……親父たち、無事だよな?」
その言葉に、皆んながはっと顔を上げる。
サイの声は、自分に問いかけているようにも、願っているようにも聞こえた。
「避難命令、全土に出てたし……きっと、大丈夫だよ」
静かに告げたイングリットの声が、安らぎのように空間に広がる。
不安を完全に拭うことはできなくとも、その言葉がもたらした静けさは、皆の心に一瞬の安堵を与えた。
キラは再び窓の外を見つめながら、深く、静かに息を吐いた。
それはまるで、自分が背負ったものの重さを、改めて受け止めるかのような、静かな呼吸だった。