機動戦士ガンダムSEED - The Children of Mendel -   作:坂井雄二

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第8話

背後から、軽やかなブーツ音が響いた。

 

振り返るまでもなく、気配でわかった。

あの豪快で、でも人をよく見ている軍人の姿がそこにあった。

 

「キラ・ヤマトとオルフェ・ヤマト」

 

その名を呼ばれた瞬間、場の空気が凍ったように静まった。

ムウ・ラ・フラガ大尉が、静かに、けれど確かな重みをもって歩み寄ってくる。

 

「マードック軍曹が怒ってるぞ、自分の機体ぐらい、自分で整備しろってな」

 

軽口めいたその言葉に、キラもオルフェも反応できなかった。

いや、できなかったのではなく、言葉を選ばなければならなかった。

そんな沈黙が、わずかに流れる。

 

「……僕の、機体?いや、その、機体って――」

 

「そういう言い方になるってことだよ」

 

ムウが真っ直ぐに2人を見据える。

ふだんの軽妙な調子とは違い、その瞳の奥には戦場を知る者だけが持つ覚悟がにじんでいた。

 

「実際、あれには君たち2人しか乗れないんだ。なら、しょうがないだろ」

 

「……でも、僕らは……僕たちは、軍人でも、兵士でもないんです……」

 

キラの声がかすれる。

オルフェも俯いたまま、握り締めた拳に爪が食い込む。

 

「いずれまた戦闘が始まったとき、今度は黙って見てるだけか?あそこで死んでいく仲間を?それとも、できるのにやらずに死ぬか?」

 

ムウの声に、誰もが言葉を飲み込んだ。

居住区の空気が重くなるのを感じる。

 

「今、この艦を守れるのは……俺とお前たちだけなんだぜ」

 

一拍。

 

「君たち2人には、出来るだけの力を持ってるだろ?なら、出来る事を――やれよ」

 

しん、と音のない沈黙が場を包み込む。

 

イングリットがゆっくりと歩み出て、キラとオルフェの肩にそっと手を置いた。

その手は、どこか震えていた。

目元には不安が滲んでいる。

 

「……だったら、私が……私がストライクに乗る。キラもオルフェも、こんな事で――」

 

その言葉を遮るように、キラが顔を上げる。

 

「……ダメだ、姉さん」

 

その声は震えていたが、確かな意志を宿していた。

 

「僕には……僕たちには、姉さんをあんな戦場に出すなんて、できないよ。だから……僕がやる。姉さんは――絶対に……」

 

オルフェも同じように顔を上げ、イングリットを見つめた。

 

「俺たちの誰かがやらなきゃならないなら、あの機体のことを一番分かってる俺たちがやるしかない。でも、姉さんにはやらせたくない。それだけは……俺も、譲れない」

 

イングリットは息を呑んで2人の瞳を見つめ返すと、小さく、でも確かに頷いた。

 

ムウはそれを黙って見守ると、少しだけ口元を緩めた。

 

「そうだ。それでいい。――悩んでる時間なんて、もうないんだからな」

 

「この船は……どこへ向かってるんですか?」

 

静かに投げかけられた問いに、ムウが肩をすくめながら答える。

 

「ユーラシアの軍事要塞さ。まっすんなり入れればいいけどね、って感じかな」

 

ムウはそう言い残して軽く手を振ると、その場を離れていった。

ムウがユーラシアの軍事要塞へ向かっているとだけ告げて去っていったあと、その場に残された一同には、言葉にできない焦燥が立ち込めていた。

 

艦内に響く足音も、誰の声も耳に入らず、ただ互いの存在を確認するように視線だけが交差していく。

 

「……キラ、どうするの?」

 

ミリアリアの小さな声が沈黙を破った。

 

彼女の視線はまっすぐにキラへと向けられていたが、その問いは、きっとその場にいる誰にも向けられていた。

 

キラは黙ったまま、手の中で握っていた膝が震えているのを感じながら、目を伏せる。

 

「ここでじっとしてても、また同じことが起きるだけだよな……」

 

トールが静かに言うと、サイとカズイがうなずく。

 

「でも、俺たちは……軍人じゃない。戦えるわけじゃない」

 

「それでも……何か、できることがあるはずだろ?」

 

オルフェが小さく頷いた。

 

「何もできないなんて思いたくない。僕らにも、支えられる場所があるなら……」

 

「ええ。きっと、あるわ」

 

イングリットが静かに言いながら、居住区に設置されている端末に手を伸ばす。

そして皆に視線を向けると、やわらかく問いかけるように言った。

 

「ブリッジに通信を入れるわ。私たちが手伝いたいって、ちゃんと伝えましょう。文句を言われても、それでも……言わなきゃ始まらない」

 

誰も反対しなかった。むしろ、その言葉に導かれるように、全員がうなずいた。

 

イングリットは息を整え、端末の通信ボタンを押した。

 

「こちらは居住区にいる民間人です。ヘリオポリスからマリューさんと一緒にいた学生です。ブリッジに伝えてください――私たちは、この艦のために出来る限りのことをしたいと考えています」

 

数秒の沈黙が続く。けれど、その向こうから返ってきたのは、はっきりとしたチャンドラの声だった。

 

『こちらブリッジ。……艦長に伝えます』

 

「ありがとう」

 

短く返すと、イングリットは端末を閉じた。

その顔には、少しだけ張りつめた表情の中に、ほんの僅かな安堵が混じっていた。

 

「さあ、あとは……待ちましょう。でも、どんな返答でも、ちゃんと受け止めて、次に進むための準備をしましょう」

 

イングリットの言葉に、キラもオルフェも、ミリアリアたちも、改めて背筋を伸ばした。

 

それぞれがまだ震える心を抱えながらも、誰一人として目を逸らすことはなかった。

イングリットはキラへとゆっくりと歩み寄り、その隣にしゃがみ込む。

やがて、そっとその肩に手を添えた。

 

「……キラ。もしキラやオルフェが、もう乗りたくないって思ってるなら、私が代わりに行くわ」

 

その言葉に、隣にいたオルフェが驚いて顔を上げる。

 

キラは、目を見開いたまま一瞬動けず、やがてかすかに首を横に振った。

 

「だめだよ、姉さん。姉さんには……そんなこと、させられない」

 

言葉に宿るのは、恐れでも迷いでもなく――深い、想いだった。

 

「でも、あなたが……また苦しむのを見たくない。今度は、私にだって――」

 

イングリットの声を、キラが遮るようにそっと微笑む。

 

「僕が苦しむのは、僕が決めたことだから。誰かを守るために、何かを選ぶのなら、それは僕自身でなきゃいけないんだと思うんだ。……姉さんがそうやって僕を守ってくれたみたいに、今度は僕が、誰かを守りたい」

 

イングリットは、黙ってその言葉を受け止める。キラの目は揺れていなかった。強くも優しくもあった。

 

その横で、オルフェが静かに息を吐いた。

 

「……やっぱりキラは、そう言うと思ってたよ。なら、俺も一緒に行く」

 

キラがゆっくりとオルフェの方を向く。

互いに言葉は交わさずとも、視線だけで通じ合っていた。

 

「キラだけに背負わせるなんて、兄として嫌だ。あの機体――ゴールドフレームは、偶然出会ったけど、僕に課せられた意味がある気がする」

 

キラが軽く笑った。

 

「じゃあ、僕たち二人で……やれるだけのこと、やろう」

 

オルフェもうなずく。

 

「うん。逃げずに、ちゃんと――向き合おう」

 

イングリットは二人の背中に目を向けると、かすかに微笑んだ。

 

「……わかったわ。なら、私は信じて待ってる。絶対に、無事で戻ってきて」

 

「もちろん」

 

「……約束するよ」

 

二人の決意は、もう誰にも揺らぐことはなかった。

 

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