魔女図書館の最強賢者、二度目の人生は見習い司書に   作:メソポ・たみあ

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第2話 五百年経ってるんですけど?

 

 私は致命的なミスを犯した。

 というか、歴史に残るレベルのうっかり(・・・・)をやらかした。

 

 なにをやらかしたかって?

 

 死の間際で自分に【転生の魔法(オルフェウス)】をかけた時、死亡してからどれくらいの期間を置いて転生するか……その調整を一切しなかった(・・・・・・)のだ。

 

 

 ――【転生の魔法(オルフェウス)】は私がこれまで研究して発明してきた魔法の中でも傑作の一つと呼んでいいと思う。

 

 意識や記憶を保ったまま魂だけ新たな肉体という別の器に入れ替えるなんて、そう易々とできるものではない。

 事実、私の教え子たちにこの魔法を教えて実践できた者は一人としていなかった。

 

 とはいえ、【転生の魔法(オルフェウス)】は完璧な魔法ではない。

 もし思い通りの転生をしたいなら生まれたばかりの赤ん坊を用意し、その場で器から器へ魂を入れ替えねばならない。

 

 だからもし赤ん坊を用意できなければ、どんな場所でどんな赤ん坊に魂が入るか見当もつかなくなる。

 要はどんな国のどんな地域でどんな両親から生まれてくるのか、完全なランダムとなってしまうのだ。

 

 魂に足はなく、距離の概念はない。

 肉体という器から離れてもその場に留まり続ける魂もあれば、器から離れた瞬間どこへともなく消えていってしまう魂もある。

 

 私が知る限り生まれ変わりの検証に成功した例はとても少ないので確固たることは言えないが、生まれ変わってみたら全く違う国の子供だった、なんてことはザラだとされる。

 

 魂は個体ごとに挙動が異なる。

 その違いはなんなのか、どこから来るのか、魔法を用いた魂の研究自体は活発に行われていたが、その本質はまるで掴めていない。

 

 私個人は、これはそう簡単に答えなど出ない問いだと思っている。

 なにせ人間の根源や真理を探るようなモノだし。

 

 私が死ぬ時、勿論すぐ傍に赤子などいなかった。

 新たな器を用意できなかったため、どんな風に転生するのかは運任せで、出たとこ勝負になる、それは理解していた。そこはいい。

 

 しかし、私はうっかりしていた。

 転生する器を指定こそできなかったが、それでも時間(・・)は指定できたはずなのだ。

 

 私が死んでから転生するまで、どれくらいの期間を空けるか? いつまでに新たな器に魂を定着させるか?

 この指定は可能だったし、やらねばならなかったのである。

 

 新たな転生先を指定できずとも、例えば【転生の魔法(オルフェウス)】を使ってから一ヶ月後に転生と指定すれば一ヶ月後に生まれ変わっていただろうし、一年後なら一年後、十年後なら十年後と、転生するタイミングだけなら自由に魂を操作できた……はずだった。

 

 ……が、私はそれをしなかった。

 しなかったというか、忘れていた。

 

 いやまあ、あの時は今にも心臓が止まりそうだったので、そこまで考えている余裕なんてなかったとも言えるけれど。

 なんならそんな極限の状況下で超高度な魔法を発動できただけでも、かなり頑張った方だと思うよ。うん。

 

 だが結果として――私の魂は、死亡してから五百年後に生まれた赤ん坊に定着してしまった。

 

 五百年だよ? 五百年。

 その間、私の魂はいったいなにをしていたというのか。

 魂の休息と称して優雅に宙を漂ってでもいたのだろうか? だとしても五百年は長すぎだろ。

 

 なにはともあれ、私はかつて私の生きた時代から五百年後の世界に転生した。

 

 メルティナという名前が珍しいと感じたのも、長い歳月の中で人名の付け方が変化していったからなのだと思う。

 ロウレンティアという性も、おそらく外国から入ってきたソレが綴りや発音などの問題で変わった当て字として定着したのであろう。

 

 幸いにも転生した地域は以前暮らしていた国と同じ『聖プロトゴノス帝国』のようで、その点においてはラッキー。

 

 

 ――この世界、つまり『アルカディア』にはざっくり東西南北に分けて六つの大陸がある。

 

 西方

 ・エリュシオン大陸

 ・アトランティス大陸

 南方

 ・オケアノス大陸

 北方

 ・タルタロス大陸

 東方

 ・オリエント大陸

 ・ケイオス大陸

 

『聖プロトゴノス帝国』はこの中のエリュシオン大陸の中に存在する国であり、もっと言うとエリュシオン大陸の中でも西の果てに位置する国だ。

 なので『聖プロトゴノス帝国』よりさらに西へ行こうとすれば、そこには広大な海しかない。

 

 大陸の東西南北の分け方はエリュシオン大陸と『聖プロトゴノス帝国』を世界の中心として、地図を広げた場合のモノ。

 

 自国を世界の中心とするなど傲慢にもほどがあるが、ぶっちゃけ住んでいる国が地図の中心にあると見やすいので助かる。

 それに実際に大きな国土を持つ強国ではあるのは事実だし。

 

 ――『聖プロトゴノス帝国』は〝魔法統治国家〟などと称されるほど魔法が普及した国だ。

 少なくとも、私がかつて生きていた五百年前の時代はそうだった。

 

 魔法を扱える者、魔法に詳しい者、魔力が多い者が優遇され、国家主導で日々魔法の研究を行い、魔法が日常として国全体に定着していた。特に都市部においてはその傾向が顕著であった。

 

 とはいえ、魔法とは学問である。それも中々に難しい学問だ。なので誰もがおいそれと気軽に扱えるというワケではない。

 

 まず小難しい勉学をこなせる頭脳が必要とされるし、なにより魔力量はその人間が生まれた瞬間に決まってしまう。

 

 魔力量というのは個人差が大きく、中には強大な魔法を三日三晩発動しっ放しにできるほどの魔力を持つ者もいれば、少し消費量の多い魔法を一度発動しただけで魔力切れを起こしてしまう程度の魔力しか持たない者もいる。

 つまり魔法には先天的な資質というのが存在するのだ。

 

 もっとも魔力量だけ多くてお(つむ)がアレという人間もいたりするので、先天的な資質が全てではないのだけれど。

 それに後天的に魔力量を増やす研究も前世の頃から行われていたし。

 

 そんな風に頭脳も資質も求められるからこそ、魔法に精通し、魔法を扱いこなせる者というのは重宝がられる。

 故に、魔法に関する本を読み、魔法を会得し、後世のために魔法の知識を本へと書き記す――これができる女性たちのことを、世間は尊敬と畏怖の念を込めて〝魔女〟と呼ぶのだ。

 

 ちなみに魔法を扱う者が男性である場合は〝魔導士〟と呼ばれる。

『聖プロトゴノス帝国』では魔女と魔導士の立場や扱われ方に差異はないが、世界には魔女の方が権力を持って優遇される国があったり、はたまた逆に魔導士の方が優遇されたりする国も存在するんだとか。

 五百年経った今、世界がどうなっているのか知らないけれど。

 

 ――さて。

 兎にも角にも、私は五百年後の未来にロウレンティア家の娘として生まれたワケなのだが、

 

「ね~むれ~♪ ね~むれ~♪ 私の可愛い赤ちゃん……♪」

 

 今世の母であるロベリアが、ベビーベッドに寝そべる私に対して子守唄を歌ってくれる。

 その歌声はなんとも耳心地よく、彼女が本当に私を愛してくれていることが伝わってくる。

 

 現在、だいたい生後一ヶ月くらい。まだ首が座らないので、思うように身動きが取れない。

 しかしこの一ヶ月の間で、それなりに色々なことがわかった。

 

 まずは私の生家であるロウレンティア家。

 この家は『聖プロトゴノス帝国』国内の田舎に暮らす家であり、家族構成はお父さんであるトドック、お母さんであるロベリア、そして第一子である私ことメルティナの三人家族。

 

 それなりに立派な一軒家で暮らしているが、どうやら階級的には中流~下流階級くらいらしく、お世辞にも裕福というワケではないらしい。

 ちなみに父トドックの職業は木こり。あと割とどうでもいいがウチのお隣さんはハスクバーナさんという性らしい。

 

 言葉を選ばずに言ってしまうならば、私たち一家はちょっと貧乏な田舎者といった感じか。

 とはいえ食べていくのに苦労しない程度の収入は得られているみたいだけど。

 

 この家が建っているパトラ地方ノースウッド領リサリ村という場所は、聞き覚えがない。

 しかしかなりの田舎であることには間違いないらしく、住民の多くが農業や林業などを営んでいる様子。

 

 村の規模感や暮らしている村民数もまだ正確には掴めていないが、おそらく暮らしている住民の数は二~三百人くらいだと思われる。

 

 私もかつては『聖プロトゴノス帝国』国内で暮らしていたのだから、村の名前はともかく領地名や地方名くらいは概ね把握していたつもりだ。

 

 なのに知らないということは、おそらく五百年経って国内の地方区分や土地名が変わったのだろう。

 

 そしてなにより肝心な、国内情勢。

 まず安心したいのは、現在の『聖プロトゴノス帝国』はとりあえず平和であるということ。

 

 少なくとも他所の国と戦争状態には陥っておらず、両親の会話を聞く限り治安は安定しているようだ。

 戦乱に飲まれたりなどすれば、せっかく転生したのに生きていくのが困難になっていただろうから、そこはありがたい。

 

 次に、もう一つ肝心な事。

 それは――『聖プロトゴノス帝国』において、魔法の立場と重要性が五百年前とそれほど変わっていないということだ。

 なんなら私にとっては、国内が平和だという事実以上にこっちの方が嬉しかった。

 

 私が慣れ親しんだこの国において、未だ魔法は重要視され、日常に溶け込んでいる。

 両親は会話の中で「メルティナも将来は魔女になってくれれば~」といった話を冗談交じりにしていたので、魔法を会得した者は今でも花形として扱われるらしい。

 聞くところによると、お母さんの出産を手助けしていた助産婦さんも魔女だったのだとか。

 

 私にとって、魔法とは生き甲斐だ。本を読むという行為と並び、生きる意味の一つだ。

 

 未だ魔法が世間に浸透していると知った時、私はもう一度魔女になろうと決心した。

 魔女になって、五百年後の魔法を存分に学び吸収して、そして本に記してやろうと。

 

 正直、ワクワクしている。

 五百年という長い長い年月を経て、魔法はどう変化しどう進化したのか?

 

 もしかすると私の知る魔法は廃れてほとんど消失し、全く新たな魔法が広まっているかもしれない。

 だがそれならそれで面白い。また一から学び直す楽しみができるというモノ。

 この先どんな魔法と出会えるのか、想像するだけでも胸が躍る。

 

 そのためにも、自由に動けるようになったらたくさん本を読まなきゃな。

 

 ……あ、()と言えば。

 私が創設した〈魔女図書館〉は、いったいどうなっただろう?

 五百年の経てば、流石になくなってしまっているかな?

 

 いや、普通に考えればなくなってしまっていると思うが、だとしたらだいぶ悲しい。

 

〈魔女図書館〉は私が一生涯をかけて集めた宝の山だ。

 魔法に関する本が百万冊も貯蔵された知の宝庫だ。

 

 中には空気を水に変える魔法を記した本もあったし、はたまた巨大なドラゴンを一撃で倒してしまう魔法を記した本もあった。

 あそこに貯蔵されていた本たちが、『聖プロトゴノス帝国』の発展にどれほど貢献していたことか。

 

 二度目の人生でまた同じ規模の図書館を建てられるかと考えると、正直あまり自信がないかも……。

 

「ただいまロベリア、今帰ったぞ」

 

 私がそんなことを考えていると、父であるトドックが家に帰ってくる。

 夫の帰宅にロベリアは「はーい」と返事し、玄関の方へと歩いていく。

 

「おいおい、出迎えは大丈夫だって言ってるだろ? まだメルティナを産んで間もないんだから、安静にしてだな……」

「相変わらず心配性ね。私ならもう大丈夫ですよ」

 

 なんとも仲睦まじい様子で会話する夫婦二人。

 見せ付けてくれるねぇ、と内心で思ったりするが、特になにも言わないでおく。

 っていうかまだ赤ちゃんなので碌に喋れないし。

 

「そういえば、さっき村長から聞いたんだけどな。カーソンのところの娘が村に帰ってきたらしい」

「え? それじゃあ……」

「ああ、〈魔女図書館〉の司書試験に落ちてしまったらしくてな。えらく凹んでいるようだ」

 

 ――おや?

 おやおやおやおや?

 

 お父様や、今なんと仰いましたかな?

〈魔女図書館〉と――そう言ったよね?

 

「残念だわ……。あの子、村で一番魔法を扱うのが上手だったのに」

「物覚えもよかったのになぁ。それだけ〈魔女図書館〉の試験に合格するのは難しいということだろう」

 

 トドックは肩に担いでいた斧を壁に立てかけ、

 

「なぁに、田舎暮らしも悪くないさ。それにこの村から〈魔女図書館〉の司書試験に挑んだ者が出ただけでも充分凄いことだ。村の皆も、あの子のことを誇りに思うだろうよ」

 

 当人が目の前にいるワケでもないが、励ますような口調で言う。

 

 これは……もしや、私の〈魔女図書館〉がまだ現存してる???

 

 私が前世を過ごした五百年前、『聖プロトゴノス帝国』の首都『魔法都市クロノス』にはとある建物が建っていた。

 

 その名は〈魔女図書館〉。

 かつて私が創設した、魔法に関して記された本のみを貯蔵する場所。

 

 私は本が好きだ。特に魔法について記された本は大好きだ。私は本の虫なのだ。

 

 読んだり集めたりするのは私の趣味であり、生き甲斐でもある。

 前世ではそんな趣味が転じて、魔法ついて記された本を収集する仕事を始めた。

 

 そうして創設したのが〈魔女図書館〉であり、私はその初代館長だったりする。

 

 私が創設した当初〈魔女図書館〉の蔵書数はたった数千冊程度にしか満たなかったが、見る間に数は増えていって、私が死んだ時には百万冊を超えていた。

 おそらく五百年後である現代ではもっと増えているだろう。

 

 何故それほどすぐに増えていったのかと言うと、自分の本を預けておくにはこれ以上の場所はないと、世界中の魔女たちがこぞって自ら書き記した本を預けていったから。

 

 私としてはなにもせずとも勝手に本が集まってくるので、大助かりだった。

 

 つまり〈魔女図書館〉には数百万冊を超える魔法の知識が蓄えられていることとなる。

 おそらく世界中探しまわっても、これほどの蔵書数を誇る魔法専門の図書館は他にあるまい。

 

 本が好きで、魔法が好きで、読んで、書いて、集めて、図書館まで建てて――そんなことをしている内に、いつの間にか私は他の魔女たちから〝賢者〟なんて呼ばれるようになっていった。

 

 別に私は好きなコトを好きなだけしていただけだから、そんな高尚そうな呼び方をされると正直鬱陶しいと思っていたのだが。

 そんな感じで、私は本と魔法に人生を捧げてきたワケなのだけど――

 

 トドックの今の発言を聞く限り、どうやら〈魔女図書館〉は今でもちゃんと残っている様子。

 流石にその情報だけでは私の知っているそれと合致するかどうか断定などできないし、名前だけ同じで違う建物という可能性も充分あるだろう。

 

 しかしそれでも、私にとってはこの上ない朗報だ。

 だって、私が心血を注いできた〈魔女図書館〉が残っているかもしれないのだから。

 

 ああ、もどかしい!

 今すぐにでも首都に飛んで、この目で確認したい!

 

 でも流石にそれは無理だ。なにせまだ赤ちゃんだし。首も座っていないし。

 

 幸いなことに、私が転生したこの肉体には魔力がある。

 私には魔法の知識があるから、少し成長すればすぐに魔法を発動できるようになるだろう。

 

 魔力の大きさ、つまり魔力量というのは先天的なモノなので、正直に言うと当たり外れがあるが、この肉体は当たり(・・・)だ。

 メルティナ・ロウレンティアの身体には、かなりの魔力が宿っている。もしかすると前世の私と大差ないほどの魔力が宿っているかもしれない。

 

 これは未検証の事柄であくまで一説に過ぎないのだが、かつてとある魔女が「先天的な魔力の保有量とは、実は肉体ではなく魂に依存するところが大きいのではないか」という仮説を提唱したことがある。

 

 この説を裏付けるには魂を解明する必要があるので、五百年前は仮説の域を出ていなかったが、いざ転生してみるとその通りな気がしてくるな。これも後々本に記したい。

 

 それにしても、五百年後の〈魔女図書館〉かぁ……。いったいどんな風になっているんだろう?

 

 やはり、なにもかも変わってしまっているんだろうか?

 名前だけ同じな、まったく別のなにかになっているのだろうか?

 それとも――

 

 ……いや、考えても仕方ないか。

 とにかく今は成長することだけ考えよう。赤ちゃんのままではなにもできないものな。

 

 あーあ、こんなことなら身体の成長を早める魔法でも研究しておけばよかった。

 




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