魔女図書館の最強賢者、二度目の人生は見習い司書に 作:メソポ・たみあ
――【
その単語は、すぐに私の好奇心をくすぐった。
何故なら聞いたことがない名称だったから。
【
【
響きからして明らかに魔法絡みの〝本〟。
それも私が知らない〝本〟。
少なくとも五百年前には聞かなかった名称だ。
名前の響きやトドックの話しぶりから予測するに、単一の本というよりは複数形。
なら一つの分類《ジャンル》の呼び方だろうか?
少なくとも複数存在する本の総称のように思える。
かつて〈魔女図書館〉を創設してその館長をも務めた私が知らないとなれば、前世の死後に現れた本である可能性が高い。
なら興味を持つなという方が無理である。
私はパンを食べる手を止め、
「【
父トドックへ質問する。
すると彼は、
「ん? あ~……メルティナにわかるようには……なんと言ったらいいかな……」
一瞬困ったような顔をして、ポリポリと頭を掻く。
どうやら説明が難しいらしい。
「知りたい知りたい。教えて!」
あくまで無邪気さを装いながら催促する私。
すると、
「【
トドックに代わり、母ロベリアが説明してくれる。
どうやらこの時代においては、【
……それにしても、今度は一転して聞き覚えのある不穏な響きが聞こえたのだが?
「……〝賢者〟様?」
「そう、〝賢者〟様。今から五百年前に実在したと言われる、最も偉大な魔女。この世全ての魔法を会得し、数多の魔法を本に書き記して後世に残した人物。五百年前から今に至るまで、〝賢者〟と呼ばれるに至った魔女や魔導士は彼女を除いて他にいないの」
まるで本の読み聞かせでもするかのように、優しい口調で淡々と説明してくれるロベリア。
さらにトドックも続き、
「〝賢者〟様は凄いんだぞ? 『聖プロトゴノス帝国』で彼女を知らぬ者はいないし、全ての魔女や魔導士は彼女を尊敬し、人生の目標としてる。彼女が多くの本を残していなければ、この国の魔法は百年は遅れていたとまで言われているんだ」
少し弾んだ口調でそう言い加える。
私はしばし唖然とし、
「……もしかして、その〝賢者〟様って〈魔女図書館〉を創った人?」
両親に尋ねる。
すると二人は一瞬驚いた顔をして見せる。
「メルティナったら、どこで知ったの?」
「本に書いてあった」
「ああなるほど。そうだよ、〝賢者〟様は〈魔女図書館〉の創設者であり最初の館長でもあるんだ。俺もロベリアも、彼女を深く尊敬してる」
――確定。間違いない。
その〝賢者〟様っての、私のことだわ。
私は五百年前、〈魔女図書館〉を創設した。
同時に周囲から〝賢者〟と呼ばれてもいた。
そんな共通点を持つ人物が世界に二人もいたら、それはもう天変地異や奇跡の類だと思う。
もっとも、私自身は〝賢者〟などと自称したことはない。
周りが勝手にそう呼んでいただけで、一介の魔女に過ぎないと自分では思っていた。
私が種々多様な魔法の知識を有し、それらを扱い、本へと記したのは、あくまで趣味だ。言い方を変えれば、仕事を兼ねた自己満足。
というか私は生来ものぐさな性分なので、好きなこと以外はなにもする気が起きなかっただけ。
だから人様に自慢できるようなことはなにもしていない。
確かに五百年前の時代では、私以上に魔法に詳しい者はいなかったし、私以上に魔法に関する本を書き記したり収集したりする魔女はいなかったかもしれない。
でもそれは結果論というか……私は好きなことを好きなだけやっていただけで、賞賛を受けるためにやっていたつもりなど微塵もない。
なんなら、私生活においては他の魔女よりだらしなかったと思う。
だから館長室の中で孤独死したワケだし。
けれど他の魔女たちはそんな私をえらく尊敬してくれていたようで、敬意を払って〝賢者〟様などと呼んでくれていた。
正直に言うと鬱陶しいと思っていたし、どちらかというと館長と呼んでほしかったのだが、別にやめさせる必要も義理もなかったので放っておいたのだけど。
両親の話を聞く限り、どうやら私の死後〝賢者〟と呼ばれた魔女は現れていないらしい。
しかもなんだか神格化されている節まである。
意図せず歴史に名を残してしまった。
五百年経った今でも私のことが語り継がれているのは、嬉しいやら鬱陶しいやら……。
私を超える魔女や魔導士が誕生していないというのは、誇らしい一方で複雑な気持ちにもなるな。
だって私を驚かせてくれるような存在が五百年もの間出てこなかったってことだし。
魔法の世界に
――しかし、しかしである。
おかしい。妙だ。
両親は明らかに五百年前の私のことを話しているのに、私の知らない〝本〟のことも話している。
私は【
そんなモノを書いた覚えはない。
しかも大いなる力を宿した、だって?
言われてみれば確かに色んな本を書いたし、中にはやや物騒な内容を記したモノもあるにはあるが、そんな大袈裟な言われようをするほどの本なんて私書いたかな……?
「〝賢者〟様は偉大な魔女だった。だがその一方で、恐ろしい側面もあったんだ」
「えっ」
「彼女が書き残した【
「しゅ、終焉をもたらす魔法ぅ……?」
「俺にも詳しいことはわからないが、〝賢者〟様は愚かな世界――いや、愚かな人々を憎んでいたのだろう。だからこの世から人間を消し去る魔法を生み出し、七冊の本に分けて書き記した。その七冊こそ【
トドックは神妙な面持ちで語る。食事をする手を止め、顔の前で指を組む。
「……今や人類の脅威となった七冊の【
「あなた、もしかしてその内の一冊が……」
「うむ隣国に持ち込まれたらしい。俺が聞いた話によると、持ち込まれたのは第一の【
――――ボトッ
トドックの口からその名を聞いた瞬間、私の手からパンが滑り落ち、そんな音を立ててテーブルの上へと落下した。
「メルティナ?」
「あ……あは……あはは……」
「だ、大丈夫か? 顔が真っ青だが……」
「あなた、無理もないわ。この子は本が大好きなのに、その本が世界を危機に陥れているなんて知ったら……」
心配してくれる母ロベリア。
私は顔面蒼白になって、全身から冷や汗が止まらなくなる。手の震えも止まらない。なんなら激しい動悸のせいで上手く呼吸すらできない。
今、なんて言った?
〝紅と漆黒と薔薇と血と〟って、そう言った?
それ――私が前世で書いた、
七冊の【
その繋がりを聞いた瞬間、私の中で全て繋がった。繋がってしまった。
私は前世で死亡する直前、唯一の心残りがあった。
それは――自分が若い頃に書いた黒歴史本を処分しなかったこと。
前世、私は〈魔女図書館〉を創設して〝賢者〟などとも謳われるようになり、傍から見れば順風満帆な人生を歩んでいたように感じられるだろう。
だがそれはあくまで私の半生であり、だいぶ歳をとってからの話。
残りの半生である若い頃は、苦難と苦労の連続だった。
孤児院を出てからは魔女として生計を立て始めたワケなのだが、そう都合よく仕事が回ってくるはずもなかった。
当時から『聖プロトゴノス帝国』は魔女を重用していたし魔法の社会的需要も大きかったのだが、イコールそれは私以外の魔女が既にたくさん社会進出していたということも意味する。
仕事とはなんでもそうだが、信用が大事だ。
この人になら任せても大丈夫という信用をお客さんから得られるからこそ、仕事が回ってくる。
逆に信用がなければ、仕事を任せてもらえない。
知らない人より知っている人に物事を頼むのは、いつだって世の道理だ。
若くて、孤児院出身で、オマケに明るい性格でも愛想がいいワケでもなかった私に仕事を任せてお金を払ってくれるようなお人好しは、ほとんどいなかった。
それでも魔女のコミュニティというは当時から存在したから、そのよしみで先輩の魔女からお情けで仕事を回してもらい、どうにかこうにか生活はできていたのだけど。
もっとも、そのコミュニティ自体もだいぶクソだった。
先輩の魔女たちは自分たちの方が年長で偉くて社会的信用もあるからと後輩である私のことを露骨にいびってきたし、パワハラめいた言動も繰り返していた。
それでも背に腹は代えられなかったので、必死にイライラを抑えながら毎日を過ごしていた。
あの頃、私は日々にウンザリしていた。
唯一の心の癒しは本であり、だから日々のストレスをぶつける形で「皆死ねばいい」という想いを本に綴ったのだ。
その結果生まれたのが――私の恨みと憎しみと怒りがこれでもかと込められた、おぞましい本たち。
前世の私が若い頃、文字通り若気の至りで書いた黒歴史本は全部で七冊。
その一冊目の本のタイトルは〝紅と漆黒と薔薇と血と〟。
私は当時から新しい魔法の発明を積極的に行っており、この七冊の本にも実際に新しい魔法の発動方法が記載されている。
一冊目の本である〝紅と漆黒と薔薇と血と〟に記したのは、【人を殺す魔法】。
読んで字の如く、人間を
だがこんな魔法、実際に使えるはずもない。
それになによりも、書かれてある内容が痛すぎる。
『我は断罪者なりて、罪人は死すべき』
『世界とは肥溜めであり、人間は邪悪な存在なのだ』
『紅と漆黒は美しい。血が干からびて
……みたいな文章が、全ページに渡って羅列されてある。
書いている間は「楽しい」「これは傑作になる」と思って記していたが、後年になって読み返してみると我ながら目を覆いたくなるほど酷く、もう見るに堪えなかった。
自分で自分を殺したくなるほど痛い文章しか書かれておらず、しかも内容のほとんどが実質ポエムと化しており、それが七冊分もあるのだから最悪だ。
当然こんな邪悪な代物を世に出すワケにはいかず、人生における最大の黒歴史として誰にも読ませることなく鍵付き戸棚の奥へとしまっていた――それが前世の私。
こんな本を七冊も書いてしまったのは、本当に若気の至りとしか言えない。
まあ逆を言えば、当時はイライラを文章として本に記すことでそれなりにストレスを発散できていたのだと思う。
だから黒歴史本に書き記した魔法を実際に使うことはなかったのだし。
それになんだかんだと言っても、結局は自分の手を動かして書いた本だ。
痛すぎて直視できないが、それでも愛着がないと言えば嘘になる。
だからいつまでも未練がましく処分することができずにいたが……。
今、ハッキリと後悔している。
私の人生最大の汚点であり恥ずかしい過去でもある黒歴史本が、よりにもよって【
あの痛すぎる文章が、これまでいったい何人の目に触れてしまったのだろう。
オマケに世界に終焉をもたらすなどと……田舎の村に住む一般農民である父ですらそういう認識ということは、おそらく世界中にそういう認識が広まっているのだと思う。
……なんか、私の書いた黒歴史本が、世界を危機に陥れてるんですけど?
前世で若い頃に書いた黒歴史本が、世界各地に散らばって人々の注目を集め、しかも人類の脅威とみなされている――。
これなんて拷問?
公開処刑にもほどがあるだろ。
最悪も最悪だよ。
「だ、大丈夫だぞメルティナ。【
冷や汗が止まらない私を落ち着かせようと、トドックが説明してくれる。
その説明を聞いた瞬間、私は即座に
「……お父さん、お母さん」
「うん?」
「私――〈魔女図書館〉の司書になる」
声を被せて「「え?」」と驚く父と母。
まあ六歳児が急にそんなことを言い出せば、普通は誰だって驚くだろう。
さっきもトドックが言っていたが、世界各地に散らばった私の黒歴史本――つまり【
〈魔女図書館〉の司書の役割は、魔法に関する本を収集・整理・保存すること。
本を集め、知識を貯蔵し、後世へと残す……これは五百年前に創設者である私が定めた規範だ。
なので当時から業務の一環として本の収集のため
私自身、身体が老いる前は旅行も兼ねてたまに世界各地を放浪したりもしていたし。
どうやらその役割や専門性が転じて、現在の司書は【
元々〈魔女図書館〉に保管されてあったのに盗まれたのだから、その責任を負っているという側面も多分にあるだろうが。
……恥ずかしい黒歴史を掘り返され、それが世界中にばら撒かれて、人々の脅威となっているなど、私には耐えられない。
その本を書いた張本人として、回収する義務がある。
私は私の尊厳を守らねばならない。
なら【
創設者にして元館長が司書から始めるというのは複雑な気持ちだが、ある意味ではそれもまた一興。
私はこの日から〈魔女図書館〉の司書となるべく、勉強を始めるのだった。