俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ 作:最高司祭アドミニストレータ
「心配してくれてありがとう。うん、元気だよ」
「まぁ! それは良かったですわ。では、そんな隊長のために、りんご剥いて差し上げますわ」
「ありがとう麗奈。凄く嬉しいよ」
そんなもんいいから! とっとと帰ってくれ! りんご美味しいけども! 大好物だけども!
ファンタジー作家の苦悩 - (橘圭一 視点)
初陣から、数日が経過した。世間では警視庁の新設部隊『特四』の華々しいデビューが、英雄譚として報道されていた。『山奥に立てこもった武装カルト教団を新設部隊が鮮やかに、そして死者を一人も出すことなく制圧』──そのニュースの見出しを見る度に橘圭一の胃は、ナイフで抉られるような激痛に襲われた。
鮮やか? どこがだ。あれは蹂躙だ。
死者を一人も出さず? 当たり前だ。
あいつらは殺す気などなく、ただただオモチャで遊ぶように敵を無力化していただけだ。結果的に死人が出なかったのは、奇跡以外の何物でもない。そして今、目の前にはその「奇跡」の後始末という新たな地獄が広がっていた。
場所は、いつもの隊長室。もはや彼の精神を削るためだけにある、地獄の仕事場だ。
マホガニーの広々としたデスクの上には、真っ白な報告書のフォーマット用紙と、一枚のUSBメモリが、ぽつんと置かれている。そのUSBメモリに、今回の事件の全てが記録されていた。現場写真、監視カメラの映像。そしてあの三人のヘルメットカメラが捉えた、阿鼻叫喚の記録。
橘は、震える手でUSBメモリをパソコンに接続。写真データを開いた。カチッとマウスをクリックする度に、彼の顔から血の気が引いていく。
一枚目。施設の分厚い鉄筋コンクリートの壁に、くっきりと人間が一人すっぽり嵌まれそうな大穴が開いている写真。
(書けるかこんなもん!?)
橘は、心の中で絶叫した。脳裏に、あの光景がフラッシュバックする。陽菜のあのダイナマイトボディが、白いタンクトップと超ミニのプリーツスカートという、あまりにもけしからん『バーサーカーギア』に包まれて壁に突っ込んでいく姿。
『赤城陽菜隊員、壁に突進。これを破壊す』などと、正直に書けるわけがないだろう。そんな報告書を提出した瞬間、自分は「部下をまともに管理できない無能」の烙印を押され、陽菜は「人間ゴリラ」として何処か人里離れた研究所に送られるに違いない。
(「公序良俗に反する服装で、敵を殲滅する危険人物」…人間ゴリラよりはマシかァ…書かないけど)
二枚目。施設の廊下の写真。天井も、壁も、床も、蜂の巣のようになっている。そして銃弾の痕跡一つ一つが寸分の狂いもなく、人間の急所とされる位置に集中していた。
(なんだこの完璧すぎる制圧力は…!!)
黒澤麗奈。彼女がフルオートで撃った弾丸は、一発たりとも無駄弾がない。まるで、精密機械が描いた芸術作品のようだ。だがこれを『麗奈隊員の射撃によるもの』と書けば、上層部は「彼女は人間か?」と疑い始めるだろう。
(「戦闘服の予算はどこから出たのかね」って質問して来るかもだよなァ…んなもんこっちが知りたいわ!?)
三枚目。施設のトラップが見事に誤作動を起こし、犯人たち自身に降りかかっている瞬間の写真。感電して泡を吹く男、天井から降ってきたネットに絡め取られる男たち。自分たちの撒いた催涙ガスで、悶える集団。
(悪魔の所業だろ、これ…)
白石雪乃。彼女が、あのフード付きパーカーワンピース『サイレントハッカー』姿で、ノートパソコンを数回タップしただけで、この地獄絵図が完成した。スカートの奥に隠された、黒いガーターベルトの残像が、橘の脳裏をチラつく。
『彼女がノートパソコンを数回タップしただけで、この地獄絵図が完成した』
もはや、超能力か魔法の領域だ。『雪乃隊員のハッキングにより、敵のシステムが暴走』…そんなSF小説みたいな報告、誰が信じるというのだ。いや、ある意味、あの二人よりかはマシかもしれないが…。
極めつけは、最後の写真。礼拝堂で、気を失って折り重なる、五十名近い信者たち。その中心で、三人の美女が例のセクシーすぎる戦闘服のまま。まるでアイドルのライブが終わった後のように、晴れやかな笑顔でポーズを決めている写真だった。
麗奈はクールに腰に手を当て、ボディスーツのラインを強調している。
陽菜は、元気いっぱいにピースサイン。そのダイナマイトな胸元が、今にもタンクトップを突き破りそうだ。
雪乃は少し恥ずかしそうに、しかし満足げに小さくガッツポーズ。そのガーターベルトが隠されたミニスカートの絶対領域は、やけに眩しい。
その光景は、凄惨な事件現場とは到底思えない。あまりにも場違いな華やかさと、危険な色香に満ちていた。
(記念撮影してんじゃねえよ、お前ら!!? しかも、その格好で!!)
橘は、パソコンの電源を叩き切りたくなった。彼はデスクの引き出しから常備している胃薬と、高級なインスタントコーヒーを取り出す。胃薬数錠を、濃いめのブラックコーヒーで一気に流し込んだ。気休めにしかならないことは、分かっていたが。
(……やるしか、ないか)
腹を括った。こうなれば己の、もう一つの能力を発揮するしかない。それは戦闘能力でも、指揮能力でもない。学生時代に読書感想文やレポートの代筆で、小遣いを稼いでいたあの頃の能力。
すなわち──『事実を、都合よく捻じ曲げて作文する能力』。
橘は、万年筆を握りしめ、報告書の「状況概要」の欄に、インクを走らせ始めた。その顔は、もはやただの内心ビクビク系クズな警察官僚ではない。無から有を生み出し絶望的な現実を、希望に満ちた物語へと書き換える一人の「作家」の顔だった。
まず、陽菜が壁を破壊した件。
『…犯人グループは、施設内に大量の違法な爆発物を保管していた模様。我が隊の突入による混乱の中、その一部が、何らかの原因で偶発的に暴発。結果として、施設の壁の一部が崩落する事態となった。赤城隊員はその崩落に巻き込まれそうになった仲間を庇い、身を挺して瓦礫を受け止めるという英雄的行動を見せた…』
(完璧だ…!)
橘は、自らの文才に自画自賛した。破壊の主犯を被害者であり、なおかつ英雄へと見事にすり替えた。これなら壁の修繕費用もテロリスト側の責任として、処理できるかもしれない。我ながら、天才的だ。
次に、麗奈の神業エイム。
『…追い詰められた犯人たちは極度の興奮状態にあり、内部で深刻な同士討ちが発生していたものと推察される。現場に残された多数の弾痕は、その内部抗争の激しさを物語っている。黒澤隊員はその混乱の最中、冷静沈着に非殺傷弾を用いて主犯格のみを的確に無力化。被害の拡大を最小限に食い止めた…』
(よし…!)
あの精密すぎる弾痕の謎も、これで説明がつく。同士討ちなら、そりゃあもうメチャクチャな撃ち合いになるだろう。うん、不自然じゃない。
そして、雪乃の悪魔的ハッキング。
『…当該施設は元々が研究施設であったため、老朽化した複雑な電気系統が張り巡らされていた。突入時の衝撃あるいは犯人たちの無謀な行動により、そのシステムがショート。結果各所のセキュリティトラップが誤作動を起こし、犯人たちの自滅を誘発した。白石隊員はその危険な状況下で暴走するシステムを解析し、我が隊への被害が及ばないよう見事に制御してみせた…』
(俺は…天才か…?)
橘は我ながら、自分の才能が怖くなった。ファンタジーだ。完全に、ファンタジー小説の世界だ。ここまで堂々とそれらしい専門用語を並べて書かれれば、上層部の頭の固いオジさんたちはコロッと騙されるに違いない。「なるほど、そういうことだったのか」っと。
コン、コン。
その時、再び地獄の扉を叩くノック音がした。
「隊長、お疲れですか? コーヒー、淹れ直しましょうか?」
麗奈の声だ。橘はびくりと肩を震わせ、慌てて書きかけの報告書を裏返した。
「あっ、いや、大丈夫だ! 集中しているから、少し一人にしておいてくれ!」
「…そうですか。あまり、ご無理はなさらないでくださいね」
心配そうな声色とは裏腹にその声には「私たちの華々しい活躍を、どのように記録しているのかしら?」という、期待が滲み出ているのが痛いほど分かった。
(お前らのせいだよ!!!)
橘は心の中で、力の限り叫んだ。
(お前らがもっと、普通に常識の範囲内で戦ってくれれば!! 俺がこんな血と汗と胃薬の結晶みたいなファンタジー小説、書く必要もないんだよ!?)
だが、そんな本音は、決して口にはできない。橘は、再び報告書に向き直った。彼の誰にも知られてはならない孤独な戦いは、まだ始まったばかりだった。彼の文才だけがこの狂った部隊と自身の平和な未来を守る、唯一の武器なのだから。
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