俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

12 / 72
「「「どれがお好みですか?」」」

選びたくないです(泣)


#6 祝勝会という名の裁判
地獄の幕開け - (橘圭一 視点)


 都内の一流ホテル『インペリアル・グランド東京』。その最上階にある、天空の宴会場『ル・シエル』。

 

 床から天井まで続く巨大な窓ガラスの向こうには、宝石をちりばめたような東京の夜景が広がっている。豪奢なシャンデリアがその光を何倍にも反射して、場内を煌びやかに照らし出している。柔らかなクラシック音楽の生演奏が招待客たちの楽しげな談笑と、グラスの触れ合う軽やかな音に心地よく溶け合っていた。

 

 まさに、成功者たちのための空間。

 

 しかし橘圭一にとってこの場所は、あの山奥のテロリストのアジトよりも、余程危険な『戦場』だった。

 

 

「いやぁ、橘隊長! この度は、誠にご苦労だった!」

 

 

 がっしりとした体躯の警視総監が、満面の笑みで橘の肩を叩く。その力強さに、橘の華奢な体がぐらりと揺れた。

 

 

「君のあの見事な報告書、拝見したよ! 『偶発的な爆発』に『同士討ち』、『システムの老朽化による誤作動』とは! いやはや。我々の突入があと少し遅れていれば、犯人たちは自滅して人質(そんなものはいないが)も危なかったかもしれんな! 君の的確な判断と迅速な突入命令が、最悪の事態を防いだのだ! 天晴れだ!」

「もったいないお言葉です。全ては優秀な部下たちと、総監閣下を始めとする皆様のご支援の賜物です」

 

 

 橘は完璧な謙譲の笑みを顔に貼り付け、深々と頭を下げた。内心では、冷や汗が滝のように流れている。

 

 

(バレてない! 俺の報告書(ファンタジー小説)、完璧に信じてもらえてる! というかむしろ、俺が最高のタイミングで突入した英雄みたいになってるじゃないか!? ヤバい!! どんどんハードルが上がっていく!?)

 

 

 今日の彼は、いつもの制服ではない。この日のためにあつらえられた、高級ブランドのタキシードに身を包んでいた。体にフィットする黒のジャケット、純白のシャツ。そして寸分の狂いもなく結ばれた、蝶ネクタイ。その姿はまるで、映画祭に現れた若手俳優のようだった。

 

 だがその内側では胃がキリキリと痛み、今すぐこの場から逃げ出したいという衝動と必死に戦っていた。

 

 何故ならば。

 

 彼の愛すべき。そして恐るべき三人の部下たちが今この会場のどこかで、最終決戦兵器とも言うべき出で立ちで、彼が現れるのを待ち構えているはずだからだ。

 

 

「お待たせいたしました、隊長」

 

 

 その鈴が鳴るような声に、橘の心臓がドクンと大きく跳ねた。ゆっくりと振り返ると、そこに三人の『女神』が立っていた。

 

 いや違う。これは決して、女神などという生易しいものではない。これは、黙示録に記された、世界を終焉に導く、三人の『天使(という名の悪魔)』だ。

 

 最初に目に飛び込んできたのは、黒澤麗奈。

 

 彼女が纏うのは背中が腰のあたりまで大胆に、そして芸術的にカッティングされた漆黒のロングドレス。シルクのように滑らかな生地が彼女の完璧なボディラインを、まるで水のように流れながら包み込んでいる。うなじで緩くまとめられた黒髪と、そこから覗く白い肌のコントラストが息を飲む程に官能的だった。

 

 普段の隙のない制服姿や機能美を追求した、戦闘服姿とはまた違う。これは女という生き物が持つ最も根源的で、最も洗練された『美』という名の最終兵器。

 

 

(死ぬ…色気で、ヒトが死ぬ…!! 背中!? 背中がヤバい!!? あの滑らかなラインを指でなぞってみたいとか、そんな不埒なことを考えただけで、俺は彼女に脊髄を抜かれるに違いない…!!!)

 

 

 次に、赤城陽菜。

 

 彼女は太陽のようなオレンジ色の、フレアミニドレスに身を包んでいた。チューブトップのデザインが彼女の豊かな胸元と、健康的な肩のラインを、惜しげもなくさらけ出している。ふわりと広がるスカートの裾からは、すらりと伸びた引き締まった素足が眩しい。

 

 髪には、ハイビスカスの花を模した髪飾り。その弾けるような笑顔と生命力に満ち溢れた姿は、会場のどの宝石よりも鮮やかに輝いていた。

 

 

(眩しい! 存在そのものが眩しい! あの胸の谷間に顔をうずめてみたいとか、そんな煩悩を口にした瞬間、俺は食堂の壁のシミにされるんだ!? そういうの俺って知ってるんだ!! 分かってる!! 分かってるけど、見てしまう…!!!)

 

 

 そして、白石雪乃。

 

 彼女は肩を出したオフショルダーの淡い水色のフリルドレスを、少し恥ずかしそうに着こなしていた。幾重にも重なった柔らかなシフォン生地が、動く度に儚げな波紋を描く。露出は他の二人よりも控えめだが、その守ってあげなければ消えてしまいそうな、か弱い雰囲気とドレスから覗く透き通るような白い肌が、男の庇護欲をこれでもかと掻き立てる。

 

 

(天使か…? いや、本物の天使がここにいた…。この子に、薄汚れた世界の空気を吸わせてはいけない。俺が、清浄な結界を張って、守ってあげなければ…いや待てよ? こいつが一番ヤバいんだった!? 俺がちょっとでも他の女に目を向けたら、このドレスのまま、ホテルの屋上から飛び降りかねないぞ…!!?)

 

 

 三者三様。それぞれが異なるベクトルで、橘の理性を焼き切りにかかっていた。周囲の男たちの、息を飲む音。ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。当然だ。この三人が揃えば、どんな女優やモデルも霞んでしまうだろう。

 

 そしてその三人の美女が今自分だけを見つめて、にこやかに微笑んでいる。橘は内心で歓喜の雄叫びと、恐怖の絶叫を同時に上げていた。

 

 

(グヘヘヘヘ…!! 俺、勝ち組! 間違いなく今! この瞬間! 俺は世界の王だ!! ハーレム! これぞ、男の夢!!)

(いやいやいやいや!!? 違う!! これはこれから始まる、血で血を洗う最終戦争の開戦セレモニーだ!! 俺は三つの国の間で板挟みになってる、哀れな小国の王!! 一歩間違えれば、即滅亡ルート待った無しだぞ…!!!)

 

 

「隊長。今宵のあなたは、一段と素敵ですわ」

 

 

 麗奈がシャンパングラスを手に、優雅な仕草で橘に寄り添う。彼女の上品な香水の香りが、橘の鼻腔をくすぐった。

 

 

「隊長! そのタキシード、すっごく似合ってます! かっこいい!」

 

 

 陽菜が目をきらきらさせながら、橘の腕に自分の腕を絡めてくる。その柔らかく、そして豊満な感触がジャケット越しにダイレクトに伝わってきた。

 

 

「…まるで、王子様の、ようです」

 

 

 雪乃が少し離れた場所から頬を染めて、小さな声で呟く。その上目遣いの威力は、核兵器に匹敵した。

 

 橘はもはや自分がどんな顔をしているのか、分からなかった。おそらく引きつった笑顔と滝のように流れる冷や汗で、無茶苦茶なことになっているだろう。

 

 

「ははは…君たちこそ、とても綺麗だよ。見違えたね」

 

 

 なんとか、それだけを絞り出す。その時だった。

 

 

「おお、橘隊長! 君は、本当に幸せ者だなあ!」

 

 

 先程とは別の上層部の高官が、酔っ払った顔で近づいてきた。

 

 

「こんな、美しい部下たちに囲まれて! まさに両手に華! いや、三つの華か! ガッハッハ!」

「は、はあ…恐縮です…」

「どうだね? この後、我々と一緒に銀座の方へ繰り出さんかね? もちろん、彼女たちも一緒に!!」

「」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、橘は背筋が凍るのを感じた。三人の美女たちの、にこやかだった表情からスッと温度が消えたのを。

 

 

 麗奈の目が、絶対零度の光を帯びる。

 陽菜の笑顔が、能面のように固まる。

 雪乃の瞳の奥で、何かが静かに砕ける音がした。

 

 

(ヤバい…ヤバいヤバい!! このジジイ、地雷を踏み抜きやがった…!!?)

 

 

 橘は、慌てて割って入った。

 

 

「いえ! 大変ありがたいお誘いですが、彼女たちは明日の早朝から特別な訓練が控えておりますので! 今夜は、この辺で失礼させていただきます!」

「おお、そうかね。それは残念だ。まあ若いうちは、仕事が一番だからな! よし、相分かった!」

 

 

 高官は、あっさりと引き下がっていった。橘は、安堵のため息をついた。だが彼を待っていたのは、安息ではなかった。三方向からじっとりとした、そしてどこか熱を帯びた視線が突き刺さる。

 

 

「……隊長」

 

 

 麗奈が、口を開いた。

 

 

「今の、どういう意味ですの?」

「ぇ?」

「『特別な訓練』とは、どのような…?」

 

 

 その問いに陽菜と雪乃も、こくこくと頷いている。

 

 

「「「………」」」

 

 

 橘は悟った。嗚呼、俺はまた自分で自分の首を絞めてしまった、と。

 

 地獄の祝勝会はまだ、始まったばかりだというのに。彼の胃は既に、限界を訴えて『タ…ス……ケテ…』悲鳴を上げていた。




感想やお気に入り登録、高評価などをいただけますと、作者のモチベーションとなりますので是非よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。