俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

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麗奈パートはタイトルミスでしたが、陽菜パートでは前半後半に分けてお送りします。橘視点ですが、彼女の視点みたくなっている描写もあるかもしれません。読んでてご不満あるようでしたら、どうぞ遠慮なく申してくださいませ。その場合は完全なる橘視点として、再構成させていただきます。


陽菜パート • 前半 : 怪物と呼ばれた女 - (橘 視点)

 黒澤麗奈がどこか吹っ切れたような、それでいて熱に浮かされたような不思議な表情で隊長室から出てきた、その数時間後。今度は赤城陽菜が、その地獄の(と橘は思っている)扉を叩いた。

 

 

 コンコンコンッ! 

 

 

 ノックの音は彼女の性格をそのまま表したかのように元気で力強い。

 

 

「隊長ー! 陽菜です! 入りますねー!」

 

 

 返事を待たずに、ドアが勢いよく開かれた。そこに立っていたのは、いつもの太陽のような笑顔を浮かべた陽菜だった。ブレザーの前を開け、袖を捲ったラフな着こなし。ワイシャツの一番上のボタンも外されている。そのダイナマイトな胸元が彼女の健康的な魅力をこれでもかと主張していた。

 

 そして制服の潔いまでのミニスカートから伸びる、引き締まった素足。白いショートソックスが彼女の活発なイメージを、更に際立たせている。

 

 

「やあ陽菜か。どうしたんだい?」

 

 

 麗奈との会話の後だというのに、橘は既に完璧な「聖人スマイル」を顔に貼り付けていた。その完璧な仮面の下で、彼の胃が新たな悲鳴を上げ始めていることなど、陽菜が知る由もない。

 

 

「えへへ〜。ちょっと隊長と、お話ししたいな〜って思いまして!」

 

 

 陽菜はテヘっと舌を出しながら、大きなバックパックを背中から下ろした。そのバックパックの中から取り出したのは、巨大な三段重ねのタッパーウェアだった。ドンッと重々しい音を立てて、それが橘のデスクの上に置かれる。

 

 

「これ差し入れです! 名付けて、筋肉増強弁当! 最近の隊長はお疲れみたいだから、もっと体力をつけないと!」

 

 

「あ、ありがとう陽菜。いつもすまないね」

 

 

 橘は明らかに一人前の量を逸脱した弁当を見つめ、引きつった笑顔を浮かべた。

 

 

(またこれか…! 俺をどんなマッチョにする気だお前は…!)

 

 

 陽菜はそんな橘の内心の絶叫には全く気づく様子もなく満足げに頷くと彼のデスクの前の椅子にちょこんと腰掛けた。行儀悪く足をぷらぷらと揺らす。その度にミニスカートの裾が、ひらひらと揺れ橘の視線を釘付けにした。

 

 

(見え…! いや見えない! だがこの絶妙なチラリズムが逆に背徳感を煽る…! 堪らねえ…!)

 

 

 橘がそんなクズな思考に陥っていることなど、露知らず。陽菜は、いつもの元気な笑顔のまま。しかしその大きな瞳には、どこか遠くを見るような影を宿して語り始めた.

 

 

「あのですね、隊長」

 

 

 彼女は少しだけ、もじもじしながら切り出した。普段の彼女からは想像もつかないような遠慮がちな仕草。そのギャップが、逆に橘の警戒心を煽る。

 

 

「私、最近思うんです。特四に入れて本当によかったな〜って。隊長に会えて本当によかったな〜って」

 

 

 その言葉は心の底からの、本心なのだろう。あまりにも真っ直ぐで、疑う余地もない。橘は聖人の仮面の下で冷や汗をかいた。

 

 

(やめろ…やめてくれ…そんな純粋な目で見ないでくれ…!)

 

 

「…そうか。僕も君が仲間になってくれて嬉しいよ」

 

 

 橘は当たり障りのない、完璧な模範解答を返す。それは彼の数少ない、サバイバルスキルの一つ。相手を傷つけず、しかし深入りもさせない絶妙な言葉の壁だ。

 

 

「えへへ〜、ありがとうございます! …だから、聞いて欲しくなっちゃったんです。私の昔の話を」

 

 

 陽菜は一度目を伏せ、そして顔を上げた。その笑顔はいつもと変わらない。太陽のようだ。だがその奥には、これまで橘が見たことのないような、深い深い悲しみの色が滲んでいた。

 

 それはまるで、太陽の中心に存在する黒点。彼女の輝きの源であり、同時に彼女自身を苛む呪い。その影の深さに、橘は思わず息を飲んだ。これから語られるであろう物語の重さを予感して、彼の胃が再び収縮を始める。

 

 

「私は生まれた時から、すっごく力が強かったんです」

 

 

 彼女は自分の拳を、ぎゅっと握りしめた。

 

 

「なんでか分かんないんですけど、他の子たちとは全然違いました。小さい頃おままごとをしてても、お人形さんの首をもいじゃったり。鬼ごっこをしてても、捕まえた子の腕を脱臼させちゃったり」

 

 

 その告白は、あまりにも物騒。彼女の口から語られると、どこか悲しいおとぎ話のように聞こえた。橘の脳裏には小さな陽菜が、無邪気に人形の首を引きちぎる光景が浮かぶ。そこに悪意はない。ただ加減を知らないだけ。純粋すぎる力がもたらす、無邪気な破壊。それが彼女の原風景だった。

 

 

「みんな最初はすごいねーって言ってくれたんですけどだんだん私のことを避けるようになりました」

 

 

 田舎の小さな道場で育った、陽菜。その空間では彼女の力は、まだ「個性」として受け入れられていた。

 

 だが一歩外の世界に出れば、それは「異常」でしかなかった。有り余る力をコントロールできずに、常に孤立していた。彼女の善意は常に誰かを傷つけた。彼女の優しさは常に恐怖の対象となった。道場の師範だったおじいちゃんだけが、彼女の唯一の理解者だった。

 

 

『陽菜。お前のその力は、天からの授かりものだ。いつか必ず、人を守るために役立つ時が来る。だからそれまで、決して腐るんじゃねえぞ』

 

 

 おじいちゃんはそう言ってくれたが、亡くなってからは彼女を理解してくれる人など誰もいなくなった。その言葉は陽菜にとって、唯一の希望でありそして同時に重い呪いともなった。人を守る力。だが彼女が力を使えば使うほど、人は彼女から離れていった。

 

 

「中学生の頃には、もう私のあだ名は『怪物』か『ゴリラ』でした」

 

 

 陽菜は、あははと力なく笑った。その笑顔はあまりにも痛々しく、橘の胸をちくりと刺した。太陽のような彼女が浮かべるその笑顔は、まるで雲に隠れた太陽のようだった。光っているのに、どこか翳っている。

 

 

「良かれと思ってやったことが、全部裏目に出ちゃうんです。いじめられてる子を助けようとしたら、いじめてた子を全治一ヶ月の大怪我させちゃったり。重い荷物を運んでるおばあちゃんを手伝おうとしたら、その荷物ごと電信柱に叩きつけちゃったり」

 

 

 橘はかける言葉もなかった。

 

 

(…だろうな)

 

 

 心の底から同情した。彼女ならやりかねない。悪意なく本当に善意だけでやりかねない。橘の脳裏に次々と悲劇的な、(しかしどこかコミカルな)映像が浮かび上がる。いじめっ子たちを正義の鉄槌で病院送りにする、セーラー服姿の陽菜。

 

 

「あらあらありがとうねえ」と微笑む、おばあちゃんを荷物もろとも電柱に叩きつけてしまう陽菜。そのどれもが悪意なき破壊。善意という名の天災。それが赤城陽菜というら人間の本質。彼女の優しさは、常に物理的な破壊を伴う。その事実が、彼女を孤独にした。

 

 橘は思う。彼女はずっと、自分の力を恐れてきたのだろう。人を傷つけることを恐れ人から避けられることを恐れ、何より自分の優しさが誰にも届かないことを恐れてきた。その恐怖を隠すために、彼女は太陽のように笑う。誰よりも元気に、誰よりも明るく振る舞う。そうでもしなければ、自分の存在が壊れてしまいそうだったから。

 

 その健気さが、橘の胸を打つ。

 

 

(いや待て待て待て)

 

 

 橘は自分の思考にブレーキをかける。

 

 

(同情してる場合か俺は!)

(こいつのせいで俺がどれだけ面倒な目に遭ってると思ってるんだ!)

(始末書! 報告書! 修繕費の請求書! 被害者との示談交渉!)

(全部俺の仕事じゃねえか!)

(こいつが元凶! 全ての元凶なんだ!)

 

 

 聖人の仮面の下で、橘のクズな本性が叫び声を上げる。そうだ同情などしている場合ではない。この女は歩く災害なのだ。近づけば必ず不幸になる。だが、それでも。彼の視線の先にいる陽菜は、ただの寂しい女性にしか見えなかった。自分の力をどうすればいいか分からず、ただ一人で泣いている女性に。

 

 

「……」

 

 

 橘の聖人スマイルが、ほんの僅かに揺らぐ。その揺らぎは彼自身も、気づかないほど些細なものだった。だがそれは確かに、彼の心の中で何かが動き始めた証拠でもあった。

 

 

(それでもやっぱり…怖いわ!!!)

 

 

 騙されるなと、橘は己の精神を安定させた。既に胸など微塵も傷まず、聖人スマイルの裏側は、恐怖で満ち溢れていた。

 

 

「誰も私と遊んでくれなくなりました。誰も私に近づこうとしませんでした。みんな私のことを気味悪がって遠くからヒソヒソと噂するだけでした」

 

 

『見ろよ赤城だ』

『あいつ怪物なんだぜ』

『近づくなよ殺されるぞ』

 

 

 そんな言葉のナイフが毎日毎日、彼女の心を切り刻んだ。最初は反論しようとした。違うと叫びたかった。でも彼女が声を荒げれば上げるほど、周りの恐怖は増していく。

 

 彼女が拳を握れば握るほど、周りは怯えていく。いつしか陽菜は何も言わなくなった。ただ笑うようになった。太陽のように明るく笑っていれば、いつか誰かが分かってくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。だが現実は非情だった。彼女の笑顔は、「何を考えているか分からない不気味な笑い」と解釈された。陽菜の孤独は深まるばかりだった。

 

 

「私、ずっと一人ぼっちだったんです…」

 

 

 陽菜の大きな瞳から、ぽろりと涙が一筋こぼれ落ちた。それはデスクの上に落ち小さな染みを作った。その涙の跡がまるで、彼女の心の傷跡のように橘には見えた。

 

 

「誰も…誰も私を普通の女の子として、見てくれなかった…」

「私だって本当は皆とおしゃべりしたり、可愛い服を買いに行ったり、普通の恋をしてみたかったのに…」

 

 

 その涙はあまりにも純粋で、そしてあまりにも悲しかった。いつも太陽のように笑っている彼女のその笑顔の裏側に、こんなにも深い孤独隠されていたとは。橘は思わず息を呑んだ。

 

 

(うわ重い…! こいつもこいつで重い話持ってきやがった…!)

 

 

 彼のクズな第一声は、それだった。麗奈の時と同じだ。同情を誘う悲劇のヒロインストーリー。橘はうんざりしていた。なぜ俺がこんな美女の姿をした化け物たちのカウンセリングを、しなければならないのだと。

 

 しかし同時にほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ彼女に同情する気持ちも湧き上が…ることはなく、より恐怖で体が震え始めた。そうだ。

 

 これは同情すべき話ではない。これは恐怖すべき話だ。孤独。疎外感。誰にも受け入れられないという絶望。それらが長年積み重なった結果、この赤城陽菜という怪物が生まれたのだ。そしてその怪物は今初めて、自分を受け入れてくれる存在(と勘違いしている)を見つけてしまった。それが橘圭一。つまり俺だ。

 

 

(ヤバい…ヤバすぎる…!)

 

 

 橘の背筋を冷たい汗が伝う。乾いた土地が初めての水を得た時のように。彼女の飢えた愛情は、際限なく俺を求めてくるだろう。少しでも拒絶すれば、どうなる? 少しでも彼女を裏切るようなことがあれば、どうなる? 彼女のその有り余る力は、これまで周囲の人間を傷つけてきた。だがこれからはその力の全てが俺一人を守るため、そして橘を縛り付けるために使われるのだ。

 

 

 それはもはや、愛情ではない。それは呪いだ。逃れることのできない、太陽の呪縛。

 

 

「…でも」

 

 

 陽菜はごしごしと涙を腕で拭うと、顔を上げた。その仕草は子供っぽく健気に見える。橘には分かっていた。その腕が鉄骨すら、へし折る凶器であることを。

 

 そして橘の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳には再び太陽のような、力強い光が宿っていた。その光はもはや、ただの明るさではない。それは獲物を見つけた捕食者の光。狂信者の光。橘はそのあまりの眩しさに、目が眩みそうになった。

 

 

「でも隊長だけは、違ったんです!」

 

 

 彼女は思い出す。特四への配属が決まり初めて訓練に参加した、あの日のことを。あの時も自分は同じ過ちを繰り返してしまった。だがその時、彼だけが向けてくれたあの言葉を。

 

 その言葉が彼女の孤独だった人生を、どれほど救ってくれたか。陽菜はその感謝と愛情の全てを彼に伝えようと、大きく息を吸い込んだ。その口から語られるであろう「勘違いの歴史」を、橘は恐怖に震えながら待つしかなかった。




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