俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

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タチバナ「合掌」


太陽の凱歌 - (赤城陽菜 視点)

 赤城陽菜の世界は、いつだってシンプルだ。好きか嫌いか。隊長のためになるか、ならないか。その二つの物差しさえあれば、人生に迷うことなど何ひとつない。

 

 

「よしっ! 完璧!」

 

 

 特四の女子ロッカールーム。その一角にある大きな姿見の前で、陽菜はくるりと一回転してみせた。白いタンクトップが汗を吸うたびに肌に張り付き、健康的な肉体のラインを惜しげもなく描き出す。合わせたミニプリーツスカートは少し動くだけで軽やかに翻り、鍛え上げられた太ももが惜しげもなく晒される。

 

 愛用の戦闘服『バーサーカーギア』。陽菜にとってそれは最強の戦闘着であり、最高のおしゃれ着でもあった。

 

 

「うんうん可愛い! これなら隊長も喜んでくれるはず!」

 

 

 鏡の中の自分に満面の笑みを送りながら、陽菜は先ほどのブリーフィングを思い出していた。厳しい口調で自分に待機を命じた、隊長の真剣な眼差し。

 

 

(あんなに真剣に、私のことを心配してくれるなんて…♡)

 

 

 思い出すだけで、頬が熱くなる。隊長の言葉の一つ一つが、陽菜にとっては極上の愛情表現だった。

 

 

 彼の厳しさは、そのまま自分への期待と信頼の裏返し。

 彼の心配は、そのまま自分への深い愛情の証。

 

 

 陽菜は、そう信じて疑わなかった。だが同時に、小さな棘が胸に刺さるのも事実だった。

 

 

「うーっ! でもやっぱり悔しい!」

 

 

 唇を尖らせ、脳裏に豪華客船での一件を思い浮かべる。隊長の隣にいたのは自分ではなく、麗奈だった。きっとあの女はあの時も自慢の豊満な胸を武器に、隊長に迫っていたに違いない。想像しただけで腹が立つ。彼が可哀想だ。だから──

 

 

「今度こそ今度こそ! 私が一番役に立って、隊長にいーっぱい褒めてもらうんだから!」

 

 

 ぎゅっと拳を握りしめ、純粋な競争心に火をつける。麗奈先輩なんかに負けていられない。雪乃にもだ。隊長の隣に立つのはこの私、赤城陽菜でなければならないのだ。

 

 

「それに!」

 

 

 陽菜はポンと手を叩いた。

 

 

「私が早く敵の情報を手に入れれば、隊長の悩みも早く解決する! うん! これは隊長のためなんだ!」

 

 

 そうだ。これは決して命令違反などではない。隊長を思うが故の、積極的なサポート活動なのだ。そう思い至った瞬間、陽菜の心からは一切の迷いが消え失せた。その瞳には一点の曇りもない、絶対的な善意と揺るぎない忠誠心がキラキラと輝いていた。

 

 

「それじゃあしゅっぱーつ!」

 

 

 陽菜はロッカールームの窓を勢いよく開けると、躊躇なくそこから飛び出した。地上数階の高さも、彼女にとってはただの玄関先だ。軽やかに外壁に着地すると、そのまま重力など存在しないかのように壁面を駆け上がっていく。眼下には、渋滞に捕まった車が長蛇の列を作っていた。

 

 

「わー大変そうですねー」

 

 

 他人事のように呟きながら陽菜はビルの屋上に到達すると、そこから隣のビルへ向かって大きく跳躍した。ごうんっという風切り音と共に、彼女の体は空を舞う。

 

 まるで街全体が彼女のために作られたアスレチックコースであるかのように、ビルからビルへと跳び移り、一直線に目的地の湾岸倉庫街を目指していく。その姿は、まさに人間サイズのスーパーヒーロー。その実態は誰にも止められない人間サイズの災害なのだが、本人は全く気づいていなかった。

 

 数分後。目的の倉庫の前に着地した陽菜は、スカートについた埃をパンパンと払った。目の前には、巨大な金属製のシャッターがそびえ立っている。見るからに堅牢で怪しげな雰囲気が、ぷんぷんしていた。

 

 

「すみませーん! お届け物でーす!」

 

 

 陽菜はとりあえずインターホンを探したが、そんな気の利いたものは見当たらない。仕方なく、シャッターをドンドンと叩きながら呼びかけてみる。

 

 

「どなたかいらっしゃいませんかー?」

 

 

 シンと静まり返った倉庫からは、何の返事もない。

 

 

「あれ? お留守かな?」

 

 

 陽菜は、不思議そうに首を傾げた。雪乃の情報では、間違いなくここがアジトのはずなのだが。

 

 

「うーん…じゃあ仕方ないですね!」

 

 

 陽菜は、ひとつ大きく深呼吸をした。そして、可愛らしい声で高らかに叫んだ。

 

 

「たのもーーっ!!」

 

 

 その声と同時に、振りかぶった拳がシャッターの中心に叩き込まれた。

 

 

 ゴッッ!!! 

 

 

 鈍い轟音と共に、分厚い金属が紙細工のように歪む。中心から放射状に亀裂が走り、まるで巨大な花が咲くように、シャッターが内側からめくり上がっていった。それはもはや破壊というよりも、芸術的なオブジェの創造に近い光景だった。

 

 陽菜は引き裂かれた金属の隙間から、ひょっこりと顔を出した。

 

 

「こんにちはー!」

 

 

 倉庫の中では、数十人の屈強な男たちがポーカーに興じていた。紫煙が立ち込め酒と火薬の匂いが混じり合う無法地帯。だがその均衡は今、完全に破壊された。の登場というあまりに非現実的な光景を前に、男たちは全員が時を止められたかのように固まっていた。

 

 

「「「えっ、は…へ…⁇?」」」

 

 

 口から葉巻が滑り落ち、手からトランプがはらりと舞う。その目は目の前で起きていることが信じられないことを、物語っていた。

 

 陽菜はそんな彼らに向かって、ぺこりと可愛らしくお辞儀をした。

 

 

「警視庁・特四の赤城陽菜です! 皆さんとちょっとお話ししに来ました!」

 

 

 にこやかな挨拶。だがその後に続いた言葉は、地獄の宣告に他ならなかった。

 

 

「あっ、抵抗したらまとめてぶっ飛ばしますねー!」

 

 

 一瞬の静寂。そして次の瞬間テーブルの奥に座っていた、ボスらしき男が震える声で叫んだ。

 

 

「ななな何もんだテメー! や、やっちまえーっ!!」

 

 

 その言葉が合図だった。陽菜は待ってましたとばかりに、嬉しそうに手を叩いた。

 

 

「わーい! 鬼ごっこですね! 私が鬼です!」

 

 

 その言葉を皮切りに、マフィアたちが一斉に銃を構えた。

 

 

「ふざけるな小娘がァ!」

「あの世で鬼ごっこでもしてな!」

「撃ちまくれェェ!」

 

 

 怒号と共に銃声が轟き、倉庫内は銃弾の嵐と化した。鉛の雨が、陽菜に向かって殺到する。普通の人間なら、一瞬で蜂の巣になるであろう弾幕。しかし、陽菜は笑っていた。

 

 

「あはは! くすぐったいですよー?」

 

 

 楽しそうな笑い声と共に飛んでくる弾丸を、指先でピンピンと弾き飛ばしていく。カキンカキンと軽い音を立てて、銃弾が床に落ちる。その光景に、マフィアたちの顔から血の気が引いていく。彼らが放っているのは、ただの拳銃弾ではない。サブマシンガンから放たれる徹甲弾や、ライフル弾すら含まれているのだ。

 

 

「おい! 弾が効かねえぞ!」

「馬鹿な! 今のショットは完璧に頭を捉えていたはずだ!」

「俺のマグナムもだ! 胸の中心に風穴を開けたはずなのに…かすり傷ひとつねえ!」

 

 

 そう男たちが叫ぶのも無理はない。彼らの弾丸は確かに、陽菜の体に命中していた。

 

 

 額に。

 腕に。

 足に、

 胸に。

 

 すべて、寸分の狂いもなく。

 

 

 だが悲しいかな。陽菜の白く滑らかな肌には、傷ひとつ無い。まるで鋼鉄の体にBB弾をぶつけているかのように弾丸の方が砕け散り、床に虚しく転がっているのだ。彼らの常識は音を立てて、崩壊していく。

 

 

「な…なんだこいつは…」

「弾が…効かねえ…!」

「俺のマグナムが…まるで、豆鉄砲じゃねえか…」

「そ、そんなバカなことがあってたまるか‼︎?」

 

 

 恐怖に引きつる彼らを前に、陽菜は満面の笑みで走り出した。床を蹴る度にコンクリートが蜘蛛の巣状に砕け、その体は残像を残しながら加速する。獲物を見つけた、肉食獣のような無邪気さで。

 

 

「待て待て~♡」

 

 

 地獄の鬼ごっこが始まった。

 

 

「ひいぃぃ! にっげろー!」

「こいつは人間じゃねえ! バケモンだ!」

「助けてくれェ!」

 

 

 阿鼻叫喚。先ほどまで威勢の良かった無法者たちは、今や怯える子羊の群れと化していた。散り散りになって逃げ惑うマフィアたちを、陽菜は楽しそうに追いかける。

 

 その動きは最早、人間のものではなかった。逃げる男が投げつけたドラム缶を軽々と飛び越え、天井から吊るされた鎖をブランコのように使って方向転換し壁を蹴り、三角飛びで別の男の背後を取る。まるで重力など存在しないかのように、縦横無尽に飛び回るその姿は、可憐な死の妖精そのものだった。

 

 

「ひとり捕まえ〜た♡」

 

 

 逃げ遅れた大柄な男の背後を取ると、「えいっ!」という可愛らしい掛け声と共に軽いパンチを繰り出す。その拳が背中に触れた瞬間、ゴッという鈍い音と共に男の体がくの字に折れ曲がった。

 

 男は砲弾のように吹き飛び、雄叫びを上げる間もなく背後のコンクリートの壁に叩きつけられた。壁にはくっきりと人間型のクレーターが刻まれ、男は白目を剥いてそこにオブジェのように埋まっていた。その衝撃で、倉庫全体が微かに揺れた。

 

 

「次はあなたでーす!」

 

 

 別の男に狙いを定めると、「やーっ!」と美しい回し蹴りを放つ。陽菜のしなやかな脚が空気を切り裂く。ミニプリーツスカートがふわりと舞い、健康的な太ももとその先にある純白の布が一瞬だけ覗く。その光景に一瞬見惚れた男は、次の瞬間には人生最後の光景だったと後悔することになる。

 

 蹴り上げられた男はきりもみ回転しながら天井へと吹っ飛び、照明器具に突き刺さってブラブラと揺れていた。壊れた照明から火花が散り、絶望的な空間を不気味に照らし出す。

 

 

「隊長、見ててくれますかー? 私頑張ってますよー!」

 

 

 陽菜は誰に言うでもなく嬉しそうに呟きながら、倉庫の中を嬉々として駆け回る。彼女にとってこの蹂躙行為は隊長に褒めてもらうための、楽しいお遊戯に過ぎなかった。床に転がっていた鉄パイプを拾い上げると、新体操のリボンのようにくるくると回す。その先端が逃げる男たちの足や頭を的確に捉え、彼らは面白いように転倒し気を失っていく。

 

 

「わー! ドミノ倒し倒しみたいで楽しいです!」

 

 

 近くにあったフォークリフトに目をつけた陽菜は「あ! これいいですね! ちょっとお借りします!」と声をかけると、軽々とそれを持ち上げた。数トンの鉄の塊だというのに彼女からすれば、まるで子供のおもちゃのようだ。

 

 その光景を見たマフィアの一人が、完全に思考を放棄した。

 

 

「フォークリフトは…持ち上げるものじゃねえ…乗るもんだ…俺の知ってる世界と違う…」

 

 

 ブツブツと呟きながら、その場に座り込んでしまう。陽菜はそんな彼にも容赦しない。

 

 

「皆さ〜ん、動くと危ないですよ〜?」

 

 

 陽菜はフォークリフトを巨大なハンマーのように、ブンブンと振り回し始めた。巻き起こる風圧だけで、周囲の木箱やドラム缶が吹き飛んでいく。物陰に隠れていたマフィアたちがその圧倒的な破壊力の前に、次々と薙ぎ払われていく。鉄の塊が直撃した者は声もなく吹き飛び壁の一部となり、風圧だけで飛ばされた者は仲間たちとぶつかり合って気を失う。

 

 まさに人間ボウリング。ストライクの連続だ。

 

 

「そんなもん振り回す方が危ねえんだよ!」

「ぎゃああああ!」

「母ちゃーん!」

 

 

 悲鳴と絶叫が倉庫内に木霊するが、その声は轟音にかき消されていった。陽菜はフォークリフトを振り回して満足すると、それをポイと投げ捨てた。投げられたフォークリフトは放物線を描いて飛び、積み上げられていたコンテナの山に突き刺さると、大爆発を起こした。

 

 

「もうやだ…おうちに帰りたい…」

 

 

 泣き崩れるマフィアもいたが、悲しいかな。陽菜は容赦しない。彼の前に立つと、屈託のない笑顔で首を傾げた。

 

 

「だめですよ? 鬼ごっこは最後までやらないと! はい立ちましょう!」

「い、嫌だ…! もうやめてくれ…っ」

「え〜? つまんないですー」

 

 

 陽菜はそう言うと男の襟首を掴み、軽々と持ち上げた。そして、「えいっ!」と天井に向かって放り投げた。男は放物線を描いて飛んでいき、天井の鉄骨に激突しそのまま気を失った。

 

 そしてついに生き残りは、ボス一人となった。彼は瓦礫の山の陰に隠れ、震えていた。仲間たちの無残な姿が、目に焼き付いて離れない。恐怖で完全に正気を失っていた。

 

 

(なんだ…なんなんだこいつは…悪魔か? いや、悪魔でももっと慈悲があるはずだ…こいつは、こいつは災害だ…!!)

 

「もういないかなー?」

 

 

 陽菜の可愛らしい声が、すぐ近くで聞こえた。ボスは息を殺す。だが陽菜はニッコリと笑って、瓦礫の山を蹴り飛ばした。

 

 

「みーつけた!」

 

 

 隠れ場所を失ったボスは、絶望の表情で陽菜を見上げた。

 

 

「ひぃぃぃ!」

 

 

 彼は恐怖のあまり、最後の武器であるロケットランチャーを構えた。もはや狙いも定まらない。ただ目の前の恐怖から逃れたい一心で、引き金を引いた。

 

 

「うわあああああ! 死ねぇぇぇバケモノォォォ!!」

 

 

 轟音と共に、ロケット弾が陽菜に迫る。至近距離からの発射。避けられるはずがない。これで終わりだ。ボスはそう確信した。

 

 

「わー! すごいおもちゃ!」

「へ??」

 

 

 目をキラキラさせた彼女は、なんと飛んでくるロケット弾を野球のボールのように、軽々とキャッチしてしまった。熱を帯びた弾頭を、まるで意に介さない。その手は少し、煤で汚れただけだった。

 

 

「お返ししまーす!」

「あっ、ご丁寧にどうも…いやいやいや!!?」

 

 

 陽菜の無邪気な声と共に、ロケット弾が正確にボスの足元へと投げ返された。放物線を描く、美女からの素敵の贈り物。ボスの顔が絶望に染まる。

 

 

「ひーーっ!!」

 

 

 その断末魔の悲鳴は、倉庫全体を揺るがす大爆発によってかき消された。

 

 数分後。煙が立ち昇り、あちこちで火花が散る壊滅したアジトの中。陽菜はパンパンとスカートの汚れを払いながら、満足げに頷いていた。

 

 

「ふぅー! いい運動になったね!」

 

 

 彼女の足元には黒焦げになり、頭がアフロになったボスが倒れていた。陽菜はその胸ぐらを掴み、無理矢理引き起こした。

 

 

「さーて、お話の時間です。武器取引の情報はどこですか〜?」

 

 

 キラキラした笑顔で問いかける。ボスはかろうじて意識を取り戻し、目の前の悪魔の笑顔にひっと悲鳴を上げた。

 

 

「お…教える! なんでも教えるから! だからどうか、命だけは…」

「えーっと、情報はPCの中ですか? うーん、サーバーごと持っていくのは重くて大変だからなぁ…」

 

 

 陽菜は少し考え込むとポンと手を叩いた。

 

 

「そうだ! こっちの方が効率的です!」

 

 

 素晴らしいアイデアを閃いた陽菜は、気絶と覚醒を繰り返すボスの首根っこを掴むと、ひょいと米俵のように軽々と肩に担ぎ上げた。

 

 

「やったー! これで隊長も楽ちんですね! きっと褒めてくれるはず!」

 

 

 最高の笑顔を浮かべる陽菜。その肩の上でボスは恐怖のあまり、完全に意識を失い白目を剥いていた。彼の口から「おろして…」と、かすかな声が漏れていたが陽菜の耳には届かない。

 

 

「るんるんるーん♪」

 

 

 陽菜は鼻歌交じりで、壊滅したアジトを後にする。その手には、最高の戦利品(生きた証拠品)がぶら下がっていた。




あ、あれぇ? おかしいわね。ひと月ぶりの投稿2025年10月20日して夜見たら──

タチバナ「マフィア可哀想って同情したそこの読者諸君。これからも応援してくれるとありがたいぜ!」

ランキング51位……どうなってますの!!?
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