俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

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バイオハザード好きになってしまった今日この頃。


親バカと老獪たちの狂想曲 - (上層部 視点)

 橘圭一が登壇する前の第一特別会議室は、重く冷たい沈黙に支配されていた。集ったのはいずれも、警察組織という巨大なピラミッドの頂点に君臨する者たち。

 

 

 公安部長。

 刑事部長。

 組織犯罪対策部長。

 

 

 その誰もが百戦錬磨の老獪であり、腹の内には黒々とした野心と政治的な思惑を、渦巻かせている。彼らは腕を組み鋭い目で、これから始まる若き指揮官の報告会を値踏みしていた。

 

 

(次長の息子とはいえ所詮は若造よ)

(『聖人伝説』だの『猛獣使い』だのと随分と派手な噂が立っているがどこまで本当か見せてもらおう)

 

 

 公安部長は心中で冷ややかに呟き、刑事部長もまた懐疑的な視線を空席の演台に向けていた。

 

 

(あの手に負えん女どもを、本当に御せているというのか。もし失敗でもしようものなら…橘次長共々引きずり降ろす、絶好の機会になるやもしれん)

 

 

 嫉妬、懐疑。そして、権力闘争。この部屋には正義の二文字などどこにもなく、あるのはただ剥き出しの権力欲だけだった。

 

 その中で一人、橘厳一郎だけは顔に一切の感情を出さず、ただ静かに目を閉じていた。その平静を装った仮面の下で、彼の心は一人の父親として、固唾を飲んで息子の晴れ舞台を見守っていた。

 

 

(落ち着け圭一。お前ならできる。この私が誰よりもお前を信じているぞ…)

 

 

 それは権力者ではなくただ息子を案じる父親としての静かなエールだった。

 

 やがてドアが静かに開き、橘圭一が姿を現した。その瞬間、会議室の空気が微かに震えたのを厳一郎は感じた。息子は疲労の色を滲ませていた。目の下には深いクマが刻まれ、その顔は青白い。だが、その瞳だけは死んでいなかった。むしろ逆境の中でこそ燃え盛る蒼い炎のような、強い意志の光を宿していた。

 

 

(噂は伊達ではないかもしれん…)

 

 

 老獪たちの間に微かな動揺が走る中、厳一郎は誇らしげに頷いた。

 

 プレゼンテーションが始まった。橘の口から語られるのは、単なる状況報告ではなかった。それは一つの壮大な物語だった。敵の強大さ、混沌とする現場、そしてその中で輝く三筋の光。彼の卓越した話術と情報整理能力に、最初は腕を組んで聞いていた幹部たちも、次第にその身を乗り出していく。

 

 

(ただのボンボンではない…!)

 

 

 公安部長は舌を巻いた。これまで彼が目にしてきたキャリア組の若手とは、明らかに異質だった。自信過剰なエリート意識も、経験不足からくる浅薄さも、この若者からは感じられない。あるのは巨大な敵と対峙し心身を削りながらもなお揺るがない、鋼のような覚悟だけ。

 

 

(この若さで、あの三頭の猛獣の功績を完璧にまとめ上げ、淀みなく語るとは…!? 並の胆力ではないぞ)

 

 

 公安部長は、特四の女性隊員たちの報告書にも目を通していた。報告書に記されていたのは、常軌を逸した戦闘記録と理解不能な行動原理の数々。それらを一つの筋の通った物語として再構築するなど、並大抵のことではない。この若き指揮官は、ただ猛獣を率いているだけではない。その猛獣たちの本質を理解し、その上で完全に掌握しているのだと、公安部長は直感した。

 

 橘が部下たちの功績を英雄譚として語り始めると、その驚きは感服へと変わっていった。

 

 

『人としての尊厳をかけた対話』

『大胆かつ緻-に計算された陽動』

『地道で気の遠くなるようなデータマイニング』

 

 

 言葉の魔術。橘によって美化された物語を聞くうちに、彼らは完全にその世界観に引き込まれていく。幹部たちは、自分たちが当初抱いていた懐疑心が、いかに浅はかなものであったかを思い知らされていた。彼らが書類の上でしか知らなかった「特四」という部隊が、橘圭一という指揮官を通して、初めて生きた組織としてその姿を現したのだ。

 

 それは個々のパーツがバラバラに動くのではなく、一つの目的のために完璧に連携する、恐ろしくも美しい戦闘集団だった。

 

 

(なんと見事な指揮だ…!)

 

 

 刑事部長もまた、内心で唸っていた。彼は現場一筋の叩き上げだ。個々の捜査員の能力を最大限に引き出し、それを一つの捜査線へと集約させていくことの難しさを、誰よりも知っている。特に特四の隊員たちのような、突出した能力を持つが故に協調性に欠ける「一匹狼」たちを束ねることは、至難の業だ。

 

 だが、橘の語る物語の中では、彼女たちの行動に一切の無駄がない。潜入、陽動、後方支援。それぞれが全く異なる場所で、全く異なる任務を遂行していながら、その全てが最終的に一つの結論へと繋がっていく。まるで、熟練の棋士が、何手も先を読んで盤上の駒を動かすかのように。

 

 

(全てが計算され尽くしている! あの規格外の異常者どもが彼の指揮下ではこうも有機的に機能するのか…!)

 

 

 彼らが驚嘆するのも、無理はなかった。それぞれの部下が単独で上げた戦果を、あたかも一つの作戦の下で連携して動いていたかのように、再構成し語り上げる。それは指揮官としての卓越した戦術眼がなければ到底不可能な芸当だったからだ。

 

 そしてその物語を父親である橘厳一郎は、高性能な「親バカフィルター」を通して聞いていた。彼の脳内では息子の言葉が更に美しく、感動的に再生されていく。

 

 

(そうだそうだとも!)

 

 

 厳一郎は心の中で熱く拳を握りしめた。

 

 

(麗奈君の心の闇を照らし、陽菜君の有り余る力を正しい道へと導き、雪乃君の孤独な才能に光を当てたのは、全て我が息子なのだ! 彼でなければ誰にもできはしなかった!)

 

 息子の言葉の一つ一つが彼の親バカフィルターを通ることで、絶対的な真実へと昇華されていく。陽菜がアジトを物理的に壊滅させたという、無茶苦茶な報告書を読んだ時は流石に頭を抱えた。

 

 だが。

 

 

(あの無秩序な破壊ですら、この子の口にかかればこれほど見事な戦術になるのか…! やはり圭一は天才…! 私の目に狂いはなかった!)

 

 

 息子の全てを肯定する。それこそが父親としての自分の役割だと、厳一郎は信じて疑わなかった。

 

 そしてプレゼンテーションは、息を呑むようなクライマックスを迎える。橘が一度言葉を切り、張り詰めた静寂の中で「第七倉庫以外ありえなかった!」と、まるで未来を見てきたかのように宣言した瞬間。背後の巨大スクリーンに、完璧に裏付けされたデータと美しいインフォグラフィックが表示されたその時、会議室の空気は完全に変質した。

 

 

(これが…)

 

 

 公安部長は、椅子に座ったまま金縛りにあったかのように動けなくなっていた。長年、裏社会の魑魅魍魎たちと渡り合い、幾多の修羅場を潜り抜けてきた彼の百戦錬磨の経験則が、目の前の光景を理解することを拒絶していた。

 

 バラバラであったはずの情報が、この若き指揮官の頭脳というフィルターを通しただけで、これほどまでに鮮やかな一つの答えを導き出すなどということがあり得るのか。

 

 偶然ではない。幸運でもない。これは紛れもなく、天才の領域。凡人には到底到達できない、圧倒的な思考の飛躍。

 

 

(これが若き英雄の『覚醒』の瞬間というものか…!)

 

 

 彼の脳裏を、歴史上の偉大な指揮官たちの姿がよぎった。混沌の中から唯一の活路を見出し、絶望的な戦況を覆してきた伝説の英雄たち。今、自分はその伝説が生まれる瞬間に立ち会っているのではないか。嫉妬や政治的な思惑など、矮小な感情はどこかへ消え失せ、純粋な畏怖だけが彼の心を支配していた。

 

 

(我々は…とんでもない天才を前にしていたのだ…!)

 

 

 刑事部長もまた、自分の頬が興奮で紅潮しているのを感じていた。彼は現場一筋で叩き上げてきた男だ。勘と経験、そして足で稼ぐ地道な捜査こそが正義だと信じてきた。だが、目の前の若者は、その全てを嘲笑うかのように、たった数日のうちに、自分たちが何ヶ月かけても掴めなかったであろう事件の核心を、鮮やかに暴いてみせた。

 

 それはまるで熟練の外科医が寸分の狂いもなく患部を切り開くような、恐ろしいまでの精度と美しさだった。自分たちが積み上げてきた経験という名のレンガの壁を、巨大な知性という名の鉄球で粉々に打ち砕かれたような、爽快なまでの敗北感。

 

 その衝撃は、会議室にいる他の幹部たちにも伝播していた。組織犯罪対策部長は呆然とスクリーンを見つめ、口を半開きにしている。警備部長は、ゴクリと喉を鳴らし、自分の額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。彼らはもはや、単なる報告を聞いているのではなかった。歴史が変わる瞬間を、その目撃者として固唾を飲んで見守っていたのだ。

 

 老獪たちの懐疑心は、完全に粉砕された。彼らは自分たちが今、歴史的な「伝説が生まれる瞬間」に立ち会っているのだと、確信していた。嫉妬も政治的な思惑も、全てが吹き飛んでいた。そこにあったのは、純粋な驚嘆と畏怖だけだった。

 

 そして、厳一郎の興奮は頂点に達していた。彼は感動のあまり強く拳を握りしめ、その爪が掌に食い込むのも構わなかった。息子の天才的な閃き(と彼が信じているもの)に、父親としての誇りが爆発していた。

 

 

(見たか諸君! これが橘圭一だ! 私の血を受け継ぎ、そして私を超えるであろう唯一無二の傑物よ!)

 

 

 内心で彼は、高らかに勝利宣言をした。それは息子の勝利であり、自分自身の勝利でもあった。

 

 誰かが始めた拍手はあっという間に、会議室全体を揺るがす熱狂的な喝采へと変わった。公安部長も刑事部長も、もはや政治的なライバルではなく、ただ一人の天才の誕生を、純粋に祝福する観客となっていた。その熱狂の中心で、橘は静かに頭を下げている。その姿が、厳一郎の目には神々しくさえ見えた。

 

 会議が終わり興奮冷めやらぬ幹部たちが橘を囲み、口々に賛辞を送っている。

 

 

「見事だったぞ橘隊長!」

「君のような若者がこの国にいたとは!」

「次の作戦も期待している!」

 

 

 その光景を厳一郎は、少し離れた場所から満足げに眺めていた。

 

 

(これでいい。これで誰も圭一を単なる私の息子とは見るまい。彼は彼自身の力で伝説となったのだ)

 

 

 自分の後継者が、盤石になったことを確信する。厳一郎の脳裏に、輝かしい未来が広がっていた。

 

 

(このままニーズヘッグの撲滅が叶えば…ふふっ、警視総監の椅子をプレゼントするのも夢ではあるまい)

 

 

 息子の輝かしい未来と自分のささやかな安寧を夢想し、彼の口元は自然と緩む。

 

 彼は深々と頭を下げ続ける、息子の姿を見た。あれほどの手柄を立てながら決して驕ることなく、周囲への感謝を忘れない。

 

 

(それにしても、あの子は昔から私に似ず妙に謙虚なところがあるな…)

 

 

 厳一郎は息子の謙虚さ(実際は恐怖と保身の表れ)にまで感心していた。自分の息子が内心で、(早く帰ってゲームしてえな~! 報奨金振り込まれたら新しいVRゴーグル買おっと!)などというおよそ英雄らしからぬゲスなことしか考えていないなどとは、夢にも思わない。

 

 彼はただただ誇らしげに、そして満足げに微笑むのだった。親バカと老獪たちが奏でる狂想曲は、英雄と祭り上げられた一人のクズな男を中心に、これからも鳴り響き続けるだろう。




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