俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

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5万円ちょうど使いました。サバゲーに挑戦するためです。感想…セールス上手すぎだろ!!!


#17 エリート部隊のお出まし
招かれざる『正義』の味方 - (橘圭一 視点)


 ニーズヘッグ強襲作戦を数日後に控えた特四の作戦司令室は、静謐な空気に包まれていた。壁一面に広がる巨大な電子マップが青白い光を放ち、室内の緊張感を演出している。その中心に立ち腕を組んで、マップを見上げている男がいた。

 

 特四隊長、橘圭一である。彼の背筋は伸び、その瞳は戦況の全てを見通すかのように、鋭く光っていた。傍から見れば、それは歴戦の将軍が次なる一手を、入念にシミュレーションしている姿そのものだっただろう。

 

 だが、その実態は大きく異なる。橘の頭の中は空っぽだった。正確には「今夜の晩飯は何にしようか」ということと、「このポーズ…俺って最高にイケてるんじゃないか」という自己陶酔で満たされていた。

 

 彼はただ立っているだけだ。何も考えていない。何も考える必要がないほど、彼の周囲は完璧に整えられていた。

 

 

「隊長。東エリアの監視カメラ網への、ハッキングが完了しました。敵の配置予測データを、マップに統合します」

 

 

 白石雪乃が静かに告げると同時に、電子マップ上に無数の赤い光点が浮かび上がる。橘が情報を欲するよりも早く、彼女は先回りして必要なデータを提示してくる。

 

 

「隊長。本日のスケジュール確認です。午後からの装備点検は、私が済ませておきました。書類の決済も緊急性の高いものだけ選別して、デスクに置いてあります」

 

 

 黒澤麗奈が流れるような所作で、タブレットを操作しながら報告する。彼女は、完璧な秘書であり参謀だ。橘が面倒だと感じる雑務は、彼女の手によって存在しなかったことにされる。

 

 

「隊長! コーヒー淹れました! お砂糖とミルクは黄金比率です! 熱すぎないように、ふーふーしておきました!」

 

 

 赤城陽菜が太陽のような笑顔で、マグカップを差し出してくる。その温度は猫舌の橘にとって完璧な適温であり、味も彼の好みを完全に把握していた。

 

 

(ククク…最高だ…!)

 

 

 橘は陽菜から受け取ったコーヒーを一口啜り、内心で悦に入った。これが王の暮らしだ。自分はただここに立って、威厳あるポーズをとっているだけでいい。最強の駒たちが先回りして障害を取り除き、道を切り開き、快適な環境を提供してくれる。

 

 かつての胃痛の日々が嘘のようだ。父へのプレゼン成功から続く万能感は、橘の小心者としての警戒心を完全に麻痺させていた。この作戦さえ成功すれば、また一歩親父の座に近づく。いずれは働かずに遊んで暮らす、貴族のような生活が待っているのだ。全ては計画通り。この完璧な計画に穴は無い。

 

 …そう信じていた。あの電話が鳴るまでは。

 

 

 ーープルルルル!

 

 

 司令室専用の直通回線が鳴り響く。それは緊急時のホットラインであり、発信者は限られている。橘は余裕たっぷりの手つきで、受話器を取った。

 

 

「こちら特四。橘だ」

『私だ。厳一郎だ』

 

 

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、絶対君主である父の声だった。橘の背筋が一瞬で凍りつき、条件反射的に直立不動の姿勢になる。

 

 

「ち…次長! お疲れ様です!」

『うむ。作戦の準備は順調のようだな』

「は…はい! 万全です! 私の指揮下で、部隊は完璧に機能しております!」

『結構だ。今回の相手は巨大だ。万全を期すため、お前に援軍を送ることにした』

 

 

 援軍。その言葉に、橘は眉をひそめた。嫌な予感がする。自分の手柄を横取りしようとする、邪魔者の気配がした。

 

 

「え…援軍…ですか? しかし特四だけで十分かと…」

『慢心するな圭一。これは決定事項だ。公安部のエリート部隊『第一公安機動捜査隊』、通称『一公』を今回の作戦に限り、お前の指揮下に入れる。彼らは優秀だ。きっと、お前の助けになるだろう』

 

 

『一公』。その名を聞いた瞬間、橘の顔が歪んだ。警視庁の中でも、選りすぐりのエリート集団。正義感に燃え規則を遵守し、そして何より「融通が利かない」ことで有名な連中だ。最も苦手なタイプだ。自分のクズさが露呈するリスクが、最も高い人種だ。

 

 

「…了解いたしました。感謝いたします、父さん…いえ次長」

『うむ。隊長の結城は期待の若手だ。仲良くやってくれ。以上だ』

 

 

 通話が切れる。橘は受話器を握りしめたまま、ギリリと歯噛みした。

 

 

(ふざけるな! なんだよ、一公って! エリート集団だか何だか知らないが、邪魔なんだよ! この作戦の手柄は1から100まで、全て俺のものになるはずだったんだぞ! 援軍なんて名ばかりで、どうせ俺の足を引っ張りに来るだけだろうが!)

 

 

 橘の脳内で完璧だった計画図が、音を立てて崩れていく。手柄が分散する。部外者が入り込むことで、特四の異常性が露呈するリスクが増える。そして何より、自分の「王」としての立場が脅かされる。百害あって一利なしだ。

 

 しかし、嘆いている暇はなかった。司令室のドアが、規則正しいノック音と共に開かれたからだ。入室してきた男を見た瞬間、橘は内心で盛大に舌打ちをした。

 

 

(うわー…出たよ…)

 

 

 そこに立っていたのは、絵に描いたような爽やかイケメンだった。一点の曇りもないスーツ。整えられた髪。モデルのように、均整の取れた体躯。何よりその瞳だ。正義という概念を煮詰めて結晶化させたような、キラキラと輝く瞳。橘が最も苦手とし最も嫌悪する、「本物の正義の味方」がそこにいた。

 

 男は橘の前まで進み出ると、教科書通りの完璧な敬礼をした。その動作からは、微塵の隙も感じられない。

 

 

「第一公安機動捜査隊、隊長の結城誠です! 本日から橘隊長の指揮下に入ります! あなたのような伝説の指揮官と共に戦えること、光栄に思います!」

 

 

 声がデカい。そして眩しい。直視しているだけで目が潰れそうなほどの、正のオーラ。橘の腐った根性とは、対極に位置する存在だ。

 

 

(いかにも正義漢ぶった、一番面倒くさいタイプの奴が来た…! 伝説の指揮官だぁ? 皮肉か? いんや、こいつの目はマジだ。本気で俺を尊敬してやがる。それが余計に腹立つんだよ!)

 

 

 橘は内心で悪態をつきながらも、表面上は完璧な聖人スマイルを貼り付けた。ここで不機嫌な態度を見せれば、父への報告に傷がつく。あくまで懐の深い、先輩指揮官を演じなければならない。

 

 

「結城隊長。君のような優秀な男と共に戦えるとは、これほど心強いことはない。歓迎するよ」

 

 

 橘は手を差し出した。結城はその手を、両手で強く握り返してきた。暑苦しい。体温が高い。情熱が服の上から伝わってくるようだ。

 

 

「ありがとうございます! 噂は予々伺っております! 部下の個性を最大限に活かす、その統率力! 必ずや、勉強させていただきます!」

「あ…ああ。期待しているよ」

 

 

 橘は引きつった笑顔で、手を引き抜いた。勉強などされてたまるか。こちとら、綱渡りで生きているだけだ。中身がないことがバレる前に、さっさと追い出さなければならない。

 

 作戦会議が始まった。結城は優秀だった。憎らしいほどに優秀だった。橘が適当に頷いている間に的確な分析を行い、作戦案を修正していく。その姿は、まさにエリートそのものだ。橘は内心で焦りを募らせていた。こいつに主導権を握られれば、自分の存在意義がなくなる。

 

 

「橘隊長。このAポイントの突入経路ですが、我々一公の機動力を活かせば、より迅速な制圧が可能かと愚考します」

 

 

 結城が、地図を覗き込みながら提案した。その顔は真剣そのもので、純粋な善意と熱意に満ちている。あろうことか、彼は橘への親愛の情を示すように、橘の肩に気さくに手を置いた。

 

 

「我々が先陣を切ります。特四の皆さんの負担を、少しでも減らせればと…っと」

 

 

 その瞬間だった。橘は司令室の室温が、物理的に数度下がったかのような錯覚を覚えた。錯覚ではない。肌を刺すような冷気。そして、背筋を這い上がる戦慄。橘の生存本能が、サイレンを鳴らした。後ろだ。後ろから、何かが来る。

 

 橘は恐る恐る視線を動かしたわけではない。動かすまでもなかった。背後で微動だにせず控えていた、三人娘。麗奈、陽菜、雪乃。彼女たちの三方向から結城ただ一人に向けられた絶対零度の視線と、ナイフのように鋭い殺気が放たれているのを肌で感じたのだ。

 

 

(こいつ! 死にたいのか!? バカなのか!? 俺以外の男が俺の女…じゃなくて、俺の部下のいる空間で俺に気安く触るんじゃねえ! 地雷原でタップダンス踊ってるようなもんだぞ!)

 

 

 橘は内心で絶叫した。結城には殺気など、微塵も感じ取れていないようだ。彼はただ純粋に橘を慕い、信頼の証として肩に手を置いているだけなのだ。その無垢さが今は凶器だった。

 

 

(今こいつがここでバラバラにされたら、共同作戦は中止! 責任問題で俺のキャリアが終わる! 一公の隊長が特四の司令室で謎の不審死とか、説明がつかねえ! 俺の完璧な計画が台無しになる!)

 

 

 保身。橘の脳裏に浮かんだのは結城の命ではなく、自分のキャリアへのダメージだった。だが、結果としてやるべきことは同じだ。この男を生かして、返さなければならない。

 

 

(やめろ! その手をどけろ! 殺されるぞお前! 俺が! 社会的に!)

 

 

 橘は動いた。あくまで自然に。しかし決して逆らえない絶妙な力加減で、自分の肩に置かれた結城の手を振り払った。パシッという乾いた音が、静寂に響く。結城が驚いたように目を丸くする。空気の温度がさらに下がる。一触即発。

 

 橘は顔面に全神経を集中させ、聖人君子の仮面を完璧に被り直した。そして申し訳なさそうに、微笑んでみせた。

 

 

「すまない。結城隊長」

 

 

 声は穏やかだが、その奥には必死の響きが隠されていた。

 

 

「私はどうも、他人に身体を触られるのが苦手でね。幼少期のトラウマ、というやつかな。驚かせてしまったようだね」

 

 

 嘘だ。トラウマなどない。あるのは、美女に触られたいという煩悩だけだ。しかしどうやら、この嘘がこの場の空気を救う唯一の正解だったらしい。結城はハッとした表情になり、すぐに深く頭を下げた。

 

 

「も…申し訳ありません! 配慮が足りませんでした! 不快な思いをさせてしまい…!」

「気にするな。君の熱意は伝わっているよ」

 

 

 橘は穏やかに頷きながら、背後の三人娘に目線だけで制止の合図を送った。

 

 

(お前らも殺気を収めろ! ステイだ! 待て! よしよし!)

 

 

 その必死のアイコンタクトが通じたのか、背後の冷気がわずかに緩んだ。ナイフを持つ手が止まり、破壊音が止み、削除コマンドがキャンセルされる気配を感じた。

 

 

(た…助かった…)

 

 

 橘は安堵のため息を飲み込んだ。首の皮一枚で繋がった。これで終わりではない。この共同作戦の間中、この無垢で無防備なエリート隊長はずっと俺のそばにいるのだ。そして事あるごとに俺に接触し、部下たちの地雷を踏み抜こうとするだろう。

 

 橘は悟った。この作戦における、自分の真のミッションが何かを。それは『ニーズヘッグ』の殲滅などではない。そんなものは、部下たちが勝手にやってくれる。俺がやるべきこと。それはただ一つ。

 

 

『この無邪気で善良なエリート隊長という名の疫病神を、部下たちの嫉妬という名の地雷原から五体満足で生還させること』

 

 

 それだけだ。敵と戦うよりも、遥かに困難で神経をすり減らす防衛戦。橘は再び胃のあたりに鈍い痛みを感じ始めた。キリキリと締め付けるような、懐かしい痛み。せっかく治りかけていた胃潰瘍が、再発した音だった。

 

 完璧だったはずの聖人の笑みが、わずかに引きつる。再び胃薬と冷や汗の日々が始まるのだ。橘圭一は結城の輝く笑顔を見つめながら、心の中で深く深く絶望した。招かれざる『正義』の味方は、最悪のタイミングで最悪の場所に現れたのだ。




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